日本共産党への批判(文献再録)

sekaikakumei.jpg最近、コメント欄や掲示板において、左翼一般を日本共産党から反スタ左翼まで、いっしょくたに批判・評論した書き込みを続けていただきました。どうも右派の方は「左翼」を一つのくくりにしたがるようですが、たとえば「保守派」にも田中角栄から三島由紀夫までいるように、左翼だって無政府主義者からガチガチのスターリン主義者まで、その内容は非常に千差万別であり、一つの批判ですべてをすませてしまうのは無理というものです。

もちろん私の過去の活動や、かつての思想への批判をいただくのは全然OKですし、私自身も過去の思想に縛られる気はさらさらありません。しかしやっぱり見当違いの方向から、言ってもやってもいないことで批判されるのは、どうにも座りがよくありません。そこでこういうコメントも書きましたが、これでは何だか、「私達も右派の皆さんと同じように、ソ連や共産党を批判してましたよ」という言い訳に見えないこともない。

確かに私らはソ連や日本共産党や北朝鮮、さらに中国なども激しく批判してきたことは事実ですが、それは「左からの批判」でありまして、右派の立場から見れば「共産党のほうがまだマシ」と思えるシロモノであったはずなんです。
そこでまあ、いちいちその都度、正確なところを部分的に書くのも面倒なんで、たしか日本共産党批判を総合的かつ一般向けに書いた文献があったはずだと、押入れをひっくり返して捜してきたのがこの文献です。また、新左翼党派の一般的な(?)共産党批判のサンプルとしても、ご自由にリンクなどして使っていただければと思います。まあ、ご一読いただければわかると思いますが、日本共産党がすごく穏健な団体に見えてしまう「極左」な内容です(笑)。

しかしあれですね、もうすっかり当時の思想は私の頭からぬぐわれているかと思ってましたのに、これを読みますと、当時の思想が色濃くこのブログにも反映されていることに、自分自身、読み返してみて大変に驚きました(マジで驚いた)。まあ、「縛られない」という柔軟性さえあれば、過去の思想も自分なりに咀嚼して解釈していけばいいかなと。

おそらくこれからもどんどん自分の考えとかも変化を続けていくと思うし、自分では気のつかないうちに、ひょっとしてすでにこのブログ内で初期の頃とは矛盾したことを書いているかもしんない。願わくばそれが「発展」であることを祈るばかりですが、よろしければ今後も皆様から貴重なご意見などいただけましたら幸いでございます。

なお、今回再録いたしました文献は、活動家向けに書かれたものではなく、活動経験のない方が読むことを前提にした「一般向け」のものです。活動経験のある方には多少物足りないかもしれません。それと、「主義者Y」様、および「太陽に集いしもの」様のリクエストにお応えして、「スタ克」についてのごくごく簡単な説明を、他の文章から持ってきてくっつけてあることを申し沿えておきます。

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日本共産党への批判 (1987年12月5日-戦旗・共産同の見解)

はじめに

「革命と戦争の時代」を迎えたこんにち、韓国、フィリピンを先頭とする第三世界人民の反帝民族解放闘争の前進と、帝国主義足下で闘う人民の主体的階級的成熟の煮つまりは、プロレタリア革命の不可避性、必然性を日毎に世界史に刻印しています。そしてアジア再侵略をもって最後の延命を図らんとする日帝国家権力を打倒することが、私達日本プロレタリアート人民の歴史的任務であることがますます鮮明になりつつあります。
しかしこの帝国主義打倒とプロレタリア革命の現実性を前にして、「唯一の前衛党」の名においてこの闘いをおしとどめ、あまつさえ「もっと強くなれ」とばかりに「真の独立」を日本帝国主義に要求しているのが日本共産党です。

私達は日共が「党員四十数万、赤旗読者三百数十万」(85年、第17回大会時)に代表される「広範な影響力」を労働者人民に対し有しているという事実をけっして無視しさることはできません。私達革命的左翼の闘いを「ニセ左翼暴カ集団の妄動」と罵倒、敵対し、「首尾一貫」した綱領・路線に基づく日共型革命運動への労働者人民の囲い込みをはかる日共の存在そのものが、直接的間接的に革命運動の制動者、体制を支える左足としての役割を果たしているのです。この日共の誤りを私達は徹底的に暴露・弾劾していかなければなりません。

日帝打倒に至る過程は必然的に、日共にとって代わる強固な前衛党の創出をも歴史的な任務として私達に課しているのです。かつて1958年、私達の革命的先達、第一次共産主義者同盟を結成した同志達は、日共の前衛党としての腐敗・堕落を糾弾し、プロレタリア国際主義の復権を掲げて断固とした分派・別党の道を歩み初めました。私達戦旗・共産同もまた先達の意志をひきつぎ、日本階級闘争の前進を切り拓く、新たな前衛党への自己飛躍を、己の主体的課題として闘う以外にないことを肝に銘じ闘い続けています。

もとより日共批判は現実的実践的な革命運動における新たな前衛党としての私達の登場と、帝国主義打倒の世界革命戦略という問題としてあるわけですが、ここでは日共の綱領・路線に基づく戦略論を批判していきたいと思います。

レーニン『第ニインターナショナルの崩壊』より

ブルジョア的合法性によってひどく堕落させられ、愚鈍にされてしまって、この連中は、革命闘争を指導するための別個の非合法的な組織が必要だという考えを、理解することさえできないのである。この連中は、警察の許可をえて存在する合法団体をこえることのできない限界であり、危機の時代にこのような団体を指導団体として存続させることが、およそ可能であるかのように、想像するほどになってしまったのである!
ここに日和見主義の生きた弁証法がある。すなわち、合法団体の単なる成長、帳簿つけに終始する、のろまだが良心的な俗物たちの単なる習慣が、危機の瞬間にこれらの良心的な小市民を裏切者、変節者、大衆の革命的エネルギーの圧殺者とならせるにいたったのである。しかも、これは偶然ではない。
革命的組織にうつることは、必要である。プロレタリアートの革命的行動の時代が、それを要求するのである。しかしこの移動は、革命的エネルギーの圧殺者である古い指導者たちの頭をのりこえ、古い党の頭をのりこえることによって、古い党を破壊することによって、はじめて可能となる。

1.日本共産党綱領と革命への展望

日本共産党は現綱領(1961年、第八回大会制定)を確定するにあたり、戦後の特徴として二つの基本的変化をあげています。それは、1)日米安保条約や米軍基地の多数の存在を根拠として、日本が独立した帝国主義からアメリカ帝国主義に従属する国に変わったこと、2)国内的支配関係も絶対主義天皇制が解体され、国会を国権の最高機関とする議会制民主主義の国家制度に変わったこと、以上二点の変化を基礎にして、日本における革命運動の展望を綱領としてまとめあげています。

すなわち
一、「現在、日本を基本的に支配しているのはアメリカ帝国主義と、それに従属的に同盟している日本の独占資本である。わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、アメリカ帝国主義になかば占領された事実上の従属国となっている」

二、したがって日本の当面する革命は「アメリカ帝国主義と日本の独占資本の支配-二つの敵に反対する新しい民主主義革命」であり、「社会主義への道は民主主義的変革を達成する革命を通じてこそ確実にきりひらくことができる」

三、そこで「独立、民主主義、平和、中立、生活向上のための日本人民の要求」を当面する行動綱領の基本とし、この要求の実現をめざし「民主党派、民主的な人々との共同と団結をかため、民族民主統一戦線をつくりあげる」

四、そしてこの民族民主統一戦線勢力が「積極的に国会の議席を占め、国会外の大衆闘争と結び付いてたたかい」、「国会で安定した過半数を占めることができるならば、国会を反動支配の機関から人民に奉仕する機関にかえ、革命の条件をさらに有利にすることができる」とし、さらに「労働者、農民を中心とする人民の民主連合の性格をもつ」権力が成立したならば、「反動的国家機構を根本的に変革して人民共和国をつくり、名実ともに国会を国の最高機関とする人民の民主主義国家体制を確立する」

五、最後に、民主主義革命の勝利によってきずかれる「独立、民主日本」以降の「日本社会の進歩的な未来」の展望として「社会主義・共産主義」が語られています。

つまり、1)日本の当面する革命はプロレタリア革命ではなく民主主義革命であること、2)この革命を担うのは共産党を中軸とした革命勢力としての民族民主統一戦線であり、3)運動の基軸は国会での議席獲得に置く、4)こうして合法的に民主主義革命から社会主義・共産主義へと至るというわけです。

しかしこの綱領、路線は戦後ブルジョア民主主義体制を前提とした上で、議会における議席獲得を第一にすえた議会主義的改良運動、人民の武装解除を要求する路線にすぎません。「反動支配勢カも法的規制に従わざるをえない」という綱領の前提にもかかわらず、今や日本帝国主義は従来の法的規制や憲法のあらゆる制約をためらいもなく取り払って戦争国家計画に突き進んでいます。
このような中で、闘いを求め立ち上がりつつある人民に対し、議会制ブルジョア民主主義と体制内改良運動の枠を当てはめて闘いを制動し、一切を選挙戦へと切り縮める日共の姿こそ、まごうことなき革命の制動者であり、体制の補完物でしかないといえます。

共産主義者同盟結成大会議案より

我々は一切の革命的空文句を拒否する。たとえ我々が正しい思想、正しい理論、正しい網領をもって武装されたとしても、またそれがいくら多量のビラ、新聞の配布によって支えられようとも革命理論を物質化する実体が存在せねば全くのナンセンスである。(武器の批判は批判の武器にとって変わることは出来ぬ)組織の前に綱領を!行動の前に綱領を!全くの小ブルジョアイデオロギーにすぎない。日々生起する階級闘争の課題にこたえつつ闘争を組織しその実践の火の試煉の中で真実の綱領を作りあげねばならぬ。
…組織は真空の中では成長しない。労働者階級の闘いが生起する課題に最も労働者的に、最も階級的に応えつつ闘争の先頭に立って闘うことによって、その党は革命的方針を渇望する労働者にこたえることが出来る。

全国の青年同志諾君!我々はすぐる一年もプルジョア階級とのきびしい闘争にあけくれた。しかし、プロレタリア大衆の偉大な戦闘的意欲にもかかわらず、また、資本主義の死の苦悶にもかかわら
ず、世界革命への道程は峻しく、またきびしい。何故なら、真に革命的な指導部がどこにも存在しないからだ。…全国の青年同志諸君!我々の意図と思想と熱情は次の文書の中に未熟な言葉でつづられている。我々と思想を同じくし、ブルジョアジーと、彼等に死を与えるべき革命運動を毒しつづけている者達に対する、火のような憎悪に燃える同志諸君に、我々は熱情をもって訴える。日本労働者階級解放の革命的前進のために我々と共に進もうではないか。万国のプロレタリアート団結せよ!1958年・12月、東京

2.日本共産党批判の歴史的系譜-第二次共産主義者同盟による日共批判

日共61年綱領の確定の時期を前後して、すでに日本共産党の前衛党としての資格を問う論争が共産党内部で行われ、鋭い対立、分岐を生み出していました。
これが後に私達の前史である第一次共産主義者同盟結成へといたる端緒となるわけですが、そこでの問題提起はプロレタリア国際主義の旗の下、マルクス・レーニン主義の復権をかけた極めて原則的なものとしてありました。最終的には《反中央=反党=反人民》という論理のもと、分派、別党の道を余儀なくされていった私達の革命的先達のそこでの提起は、今なお日共批判をなすにあたり多くの正しい観点をしめしています。

そこで私達が日共批判の原点としてふまえるべき諸点を、以下「われらの対立-共産主義者同盟と共産党」(『理論戦線』十三号所収)をもとに明らかにしていきます。これは第二次共産主義者同盟(1966年10月再建されたいわゆる第二次ブント)の佐々木和雄氏によって執筆されたものですが、日共61年綱領確定時にはすでに分裂・解体していた第一次ブントの基本的意識性をふまえ提起されたものとして意義を有しています。

まず「われらの対立」では、「私達と共産党中央との対立は、1)日本の現状評価、そこから出されるべき革命路線をめぐって、2)日本における階級闘争をめぐって、3)ソ連圏の評価をめぐって、4)国際共産主義運動のあり方をめぐって」とまとめ、さらに「私達と彼らとの問には…マルクス主義そのものをめぐる対立」があったとしています。
これを現在的にとらえ返すならば、1)二段階革命戦略による議会主義・合法主義批判として、2)国際共産主義運動におけるスターリン主義批判として、3)これらの批判を根底において支える真のマルクス主義の復権について、とまとめることができます。

◆二段階革命戦略による議会主義・合法主義批判

syagakudou.jpgここでの批判の前提は、日共が「日本経済はアメリカに従属している」「日本は従属国だ」、だから「アメリカとそれに従う売国分子を追い出す民族民主革命を」、というのに対し、これを明確に否定したことです。つまり「たしかに終戦後は、日本経済は、アメリカの従属下にありました。しかし、それ以降、日本の資本家は再び地カを回復させ」、しかも安保の改訂により「再びアジアの同胞に対する脅威になりつつある」、「つまり一口にいって、日本帝国主義の復活」を指摘していったことにあります。
したがって日共の二段階革命論に対しても、「私達は、当面する革命がすでに社会主義革命であることを主張する」と提起し、これを否定しています。
「現代日本は、資本家と労働者の利益の激しいぷつかりあいを基軸にしてうずまいている」それは「日本が『自主独立』の資本主義になれば解決されるというものではない」「階級問題」としてある以上、「民族民主革命は全く現状に合わない誤ったものである」ことが明らかにされていったのです。

さらに67年、日共が議会革命・平和革命コースの追求を鮮明に打ち出したことに対しては、「闘争の右翼的指導が、より深い『理論』的根拠をもつことになりました」として次のような批判を展開します。

まず議会が「所詮階級対立を隠蔽し、闘争ではなく話し合いによる解決があたかも可能であるかのごとく幻想させるための支配者の道具」でしかないことを喝破し、ひたすら「平和な革命」をこい願う日共に対し、「実カ闘争こそが、革命を平和的に推進させるための最大の保障」であることをつきつけています。
その上で、より一層根底的な批判として議会主義の枠組そのものの固定化を問題とし、「資本家階級が、現在、私達に一定の民主主義を与えているのは、彼らがそれを通して私達を支配できる自信があるからであって」「私達の力がつよまれば、敵の対応も強カになる」。しかし「共産党中央は、現状(政治的条件)を絶対不変として固定化し、その上に革命路線をうちたてている」にすぎないこと暴き出していったのです。

◆国際共産主義運動におけるスターリン主義、一国社会主義批判

次にハンガリー暴動やフルシチョフによるスターリン批判を契機とするスターリン主義批判の原基的な観点が提起されています。

それは第一に、特権官僚化したソ連スターリニストに対する「ソ連特権官僚打倒、プロレタリア民主主義の復活」のスローガンを掲げたことです。
ハンガリー暴動の原因が「共産党員がダラクして特権官僚になって甘い汁を吸っているということ、ソ連がハンガリア人民を収奪しているということ」にある以上、官僚の特権化をいかに阻止するかは重大な問題としてあります。
そこでは、「官僚たちの賃金は労働者の賃金よりずっと高」く、「官吏や官僚はリコールどころか、その選出はすべて党の指名にもと」づいており、「ソ連の現在の政治は、一般大衆とは無関係な雲の上でなされて」いることを批判します。加えて、マルクスやレーニンの提起する「官吏の賃金は労働者の平均賃金以上にしない、官吏は選挙されるだけでなく、いつでもリコールされるものでなければならない」ということを前提として「官僚制の打倒とプロレタリア民主主義の復活」の必要性を訴えていったのです。

そして第二にプロレタリア国際主義=世界革命の視点をなげすててきたということ、「各国の階級闘争をすべてソ連擁護の目的に利用し、従属させてきた」ことが国際共産主義運動におけるスターリン主義的歪曲のあらわれであることを暴露し、これにたいして「プロレタリア国際主義」を対置していきます。
第二次世界大戦におけるソ連共産党の指導はただただ「帝国主義戦争の火の粉がソ連にとびちってこないことをこい願うだけで、その火の粉を払いのけるということから逆算して各国人民に方針を与える」というにすぎませんでした。そこで「私達は、レーニン以後ソ連共産党がプロレタリア国際主義を放棄してきたことを」スターリン主義の誤りとして「強く弾劾」していったのです。

◆真のマルクス主義の復権について

真のマルクス主義復権の提起は、ソ連を批判すれば「反ソ反共の帝国主義の手先」と非難し、「平和共存」路線を批判すれば「戦争挑発者」とののしる「公認マルクス主義」の硬直性、権威主義に対する糾弾としてなされたものでした。とりわけ「スターリン批判までは、スターリン万々歳でした。ところがフルシチョフによってスターリン批判がなされると、スターリンのスの字も言わなくなりました」という指摘にみられる「党の方針が変わるたびに、真理の基準が変わって」しまうことに対する根底的な批判であったのです。

以上三点にわたる日共批判及び国際共産主義運動におけるスターリン主義的歪曲への批判とその克服の観点は、現在でもなお私達がひきつぐべきものとしてあります。
そこで次に私達は、日共型革命論-議会を通じた平和的権カ移行論を中心とした綱領、路線の批判を通じ、革命運動における暴カ革命とレーニン主義の復権を訴えていきたいと思います。

3.日共型革命は永遠の体制内反対派運動でしかない

60anpo.jpgすでに明らかなように日共は61年綱領にもとづき、「対米従属下での日本独占資本と闘う革命の当面の任務」はプロレタリア革命ではなく、さしあたり「民族民主主義革命」であるとしてきました。そして選挙や議会において多数派が獲得されれば「国会を反動支配の機関から人民に奉仕する機関」へ、その性格を変更することが可能だとしています。そのためにあらゆる「民主勢力」を結集した「民族民主統一戦線」を形成して一切の闘いを選挙闘争=議席の獲得に収斂する方向をうちだしたのです。

ブルジヨア反動支配勢力も議会制民主主義の法的規制にしたがわざるをえないという、なんの根拠もない仮定を基礎に「民族民主統一戦線政府」が日本独占資本を解体し、米帝からの「真の独立」をかちとって「主権を回復」するまでに強化発展するならば、「民族民主革命」としての「民主連合政権」が達成される。さらにこの「合法的政府」の「適法的執行」によって官僚的・軍隊的暴力装置を含むあらゆる権力機関は徐徐に人民のものにすることができる、この権力がいずれ共産主義の第一段階としての社会主義に移行する。

以上が日共が思い描く革命の展望の一切となっています。しかし果たしてこの日共の「民族民主革命戦略」に革命の展望があるのでしょうか。まったく否です。逆に日共の無力性、無展望性はいまや明白です。「決定以来四半世紀の歴史の試験に合格した」現綱領を自画自賛する姿とは裏腹に、現在の日共の停滞は単なる運動的失敗に止どまらない、文字通りの戦略的綱領的破産以外のなにものでもないことを、私達ははっきりと見抜かなければなりません。

◆現代世界の基調的動向

日共は85年17回大会においても日帝の「軍国主義的帝国主義的復活.強化」といいながらなお、「日本は帝国主義としては自立していない」「アメリカ帝国主義になかば占領された従属国」という対米従属規定を変更しようとはしていません。
この日共の誤りは、戦後帝国主義の基本動向である「労働者国家」、第三世界に対する反革命同盟の形成を、あたかも帝国主義と植民地国のような支配-従属の関係であるかのように理解しているところにあります。

戦後世界の歴史的特質は、これまで抑圧し、搾取する勢カとして世界を規定していた帝国主義列強の力が後退し、被抑圧民族・人民の台頭の前に破滅と崩壊にむかって突き進んでいることです。帝国主義列強はそれゆえ、反帝国主義勢カとしての「労働者国家」、第三世界人民への対処として反革命同盟を形成し、これの維持発展の追求を帝国主義の延命の方途とする以外ない情況に追い込まれています。

これは日帝にとっても同様です。戦後の一時期、日本を含め資本主義世界はアメリカの完全な支配下にありました。しかし日本資本主義は国内人民からの強収奪と、アジア諸国に対する新植民地主義支配により急速にカ量を回復し、現在では反帝反独裁民族解放闘争を封殺するべくアジア再侵略をもくろむアジアの盟主として登場するに至っています。

日帝にとり、ソ連包囲網形成-革命闘争封殺は自らの延命にとって最重要課題であり、そのためにこそ日米軍事協力、軍事一体化はなされているのです。日共がいうような米帝への単なる従属、米帝核戦略への「巻き込まれ」なのではなく、日帝自らの利害に基づく積極的な意志であることをみなければなりません。

つまり私達が現代帝国主義の特徴としておさえるべきことは、
1)「労働者国家」が群として登場し、帝国主義の軍事外交政策に政治的軍事的に対立するようになったため、政治的軍事的要因が経済的要因に先行して帝国主義を規定し、帝国主義相互の対立の激化よりも、結合を必要とする客観的状況に追い込んでいること、

2)「労働者国家」群、第三世界との対抗関係を構築しながら世界支配を貫徹しうる帝国主義は米帝しかおらず、米帝を基軸とした反革命体制の構築が帝国主義総体の延命策となっていること、

3)帝国主義間の水平分業が強まり、相互依存が深まる中で、帝国主義の不均等発展が政治的軍事的対立(=帝国主義間戦争への発展)としては発現せず、経済的対立は不断に妥協と協調によって調整せざるをえない、という点にあります。

これがIMF-GATT体制であり、また米・英・仏・独・日などの政府首脳により毎年開催されているサミット体制の本質です。日共が「従属国」であることの証明としてもちだす安保条約や米軍基地の存在、軍事的一体化や貿易摩擦の激化等といったことは、日米帝共通の利害の一致に基づくものであり、また相互依存のなかでの妥協とその調整でしかないのです。

さらに一点付け加えるならば、日本帝国主義がアジア再侵略を準備しつつある今、「対米従属論」は日帝の戦争策動を米帝戦略への「まきこまれ」として描き出すことにしかならず、また「民族民主主義革命の実現」からする「真の独立」の強調は、戦争準備にむけた「日本を守れ」=国益国防論に簡単に取り込まれ、愛国主義、社会排外主義となんら変わらない、反動的、犯罪的主張となってしまいます。これではアジア民衆に対する日帝の侵略者としての立場を見失わせることにしかなりません。

私達が実現すべき課題は「独立」をかちとることなどではなく、自国帝国主義打倒を高々と掲げ、国際主義的連帯の質に裏打ちされたプロレタリア革命でなければらないのです。

fue.gif国土解放の日は来た 総蜂起のアピール

「親愛なる人民および将兵諸君、いまや全国土を解放し、パリ協定を守り抜く機会が到来した。われわれサイゴン、ジャディン地区の軍民は革命的な歴史に最も輝かしい一ぺージを記すことを決意している。
すべての人民は英雄的な戦いに立ち上がり子々孫々教千年にわたって民族和解、独立、民主、繁栄を実現し平和を回復、戦争を永久に終わらせるため、蜂起し攻撃する決意を固めよ」
75年4月29日サイゴン、ジヤデイン地区解放戦線委員会および同地区人民革命委員会

◆議会を通じた平和的権力移行論

L01.jpg日共が「民族民主統一戦線政府」樹立へといたる戦略としているのが「人民的議会主義」に基づく「議会での多数派形成」による権カの平和的移行論です。これは「戦後の日本のように、国民主権の原則のもとに議会制民主主義の制度がしかれている国では、革命の前進と成功の上で、議会が積極的な役割を果たす」という認識を前提としたものです。

その上で日共綱領では、1)「民族民主統一戦線勢カが積極的に国会の議席をしめ」ることの重要性を指摘し、2)「国会で安定した過半数をしめることができるならば、国会を反動支配の機関から人民に奉仕する機関にかえ、革命の条件をさらに有利にすることができる」、3)「反動的国家機関を根本的に変革して人民共和国をつくり、名実共に国会を国の最高機関とする人民の民主主義国家体製確立する」、したがって「日本共産党は、革命が勝利したのちの国家体制の問題について、ソビエト型はとらない。普通選挙権による国会を名実ともに国の最高機関とする」としています。

と同時に「わが党が、日本革命の展望について、単純に『平和的移行必然論』にたたないのは、国家権力の性格や反動的支配者の態度についてのこうした客観的分析に基づいている」として、いわゆる「敵の出方」論-暴力革命の積極的な否定をうちだしています。つまり選挙によつて生まれた統一戦線政府が自らを革命権力に強めるためには、国家権力の本体たる官僚群-強力装置(自衛隊・警察)をふくむ統治機構全体を指揮下におさめることができるか否かによること、そしてそれは、反動勢力の側のでかた(敵の出方)にかかっているのであり、「内外の反動勢力がクーデターその他の不法な手段にあえて訴えた場合」には、「必要な手段をとること」は「当然の態度である」、ただしこれをもって「『暴力主義』の証拠とするのは、きわめて粗雑なこじつけである」とするのです。

ここで示されていることの一切は、結局は日共が体制内改良の党でしかない、その意味では人民を武装解除する反動的な役割しか果たすことのできない党であることの根拠以外のなにものでもありません。

Lbira.jpgロシアの市民へ!

臨時政府は打倒された。国家権力は、ペトログラード労働者・兵士代表ソビエトの機関(ペトロクラートのプロレタリアートおよび守備隊の先頭に立つ軍事革命委員会)の手にうつった。
人民が闘争の目標にしてきた事業、すなわち民主主義的講和の即時の提議、地主の土地所有の廃止、生産の労働者統制、ソビエト政府の樹立という事業は保障されている。
労働者、兵士、農民の革命万歳!
ペトログラート労働者・兵士代表ソビエト軍事革命委員会
1917年10月25日、午前10時
(この声明はレーニンによって起草されました。『世界をゆるがした十日間』の著者ジョン・リードは冬宮の臨時政府降伏後、トラックからこのビラをまくのを手伝ったと、同書に記しています)

◆ブルジョア支配の擁護

なぜならばそれは第一に、日共が賛美してやまない「平和憲法」「議会制民主主義」という「戦後民主主義体制」としての、戦後帝国主義ブルジョア支配の擁護そのものでしかないからです。

そもそも階級的観点を抜きに一般的に「民主主義」を論ずることなどできるものではありません。今日の議会制民主主義は資本主義社会におけるブルジョア独裁を前提とした「民主主義」であり、議会への幻想を人民に植え付けることによってブルジョアジーへの不満、怒りを鎮静化させるものでしかありません。

日本における「戦後民主主義体制」の成立こそその見本です。それは延命をとげた日本支配層が中国革命や朝鮮戦争をはじめとするアジア革命の激動から日本を切り離し、域内平和を達成せんとした日帝の戦後国内人民支配政策でしかありません。「戦後民主主義体制」の下に一定の民主的改良をなして人民決起を抑えこみ、日帝支配者は基本的に自らの延命をなしとげ、帝国主義的復活をとげてきたのです。

しかも現在の日帝の憲法も国会の制約も踏みにじった戦争策動の激化、「過激派壊滅作戦」にも明らかなように階級対立の激化は、当然にもこれまでどうりの支配のありかたから、より一層の反動と暴力をあらわにしています。したがって日共が階級的観点を一切欠落させ、「平和と民主主義」を不変のものとして革命路線をうちたてても、それは単なる「砂上の楼閣」にすぎません。

◆ソビエトの否定

第二に、議会を通じた権力の平和的移行-ソビエトの否定が批判されねばなりません。
革命がはたして議会を通じた権力の平和的移行としてなされるかどうかをめぐる問題は、革命を成功させるための物質的基礎と実体をどのように形成していくのかという問題です。そういったアプローチを一切欠落させたまま、「反民族的反人民的勢力の出方いかんによる」とかたづけられるほど、帝国主義ブルジョアジーからの権力の奪取の問題は底の浅い問題ではありません。

日共では、1970年選挙によって成立した人民連合政権=チリ.アジェンデ政権の悲劇を、「現実にはそういう民族的、民主的な任務にとりくみながら、それを社会主義への前進として強調する。そこに反動派のつけこむ一つの大きな隙が生まれ、革新政権の打倒をめざす勢力は…この隙を最大限利用しました」と総括し、そこからの教訓として「革命の戦略段階を正しく規定することが、当面の革新連合政権の性格付けにも極めて重大な意味をもつ」としています。

しかしこれでは単に「社会主義といったからいけない、民主主義なら隙は生まれないのだ」といっているにすぎません。
アジェンデ政権の悲劇はそんな技術的なものでも、またアジェンデの個人的能力に還元されるものでもなく、ブルジヨア議会を媒介にし、できあいの国家機構をそのまま利用しただけの平和革命路線の必然的な破産の姿であり、文字通り日共型革命の破産を証明したものとしてあることを知らなければなりません。

また日共はロシア革命の一時期において、革命政府への権カの平和的移行が行われた等ということをもって、「平和革命」を根拠づけようとしています。しかしロシア革命における「権カの平和的移行」などというのは全く事実にもとづかない歴史のネツ造です。

例えばレーニンは、1917年9月に書かれた「ロシア革命と内乱」の中で「およそどんな革命でも、その平和的発展ということは、きわめてまれな、困難な事がらである。なぜなら、革命とは、もっとも鋭い階級矛盾が最大限に激化したものだからである」と述べ、それにつづき「しかし、農民国で、プロレタリアートと農民の同盟が、もっとも不正な、もっとも犯罪的な戦争に苦しむ大衆にたいして平和をあたえ、農民にたいしてすべての土地をあたえることができるなら、そういう国では、そういう例外的な歴史的時機には、全権カがソビエトにうつされれば、革命の平和的発展は可能であるし、予想されることである」「権力をめざす諸党の闘争は、ソビエトの内部で平和的にこれをおこなうことができる」と述べています。

また「革命の平和的発展」につき項目としてこれをあつかっている1917年10月の「革命の任務」という論文の中でも、「もしソビエトが全権力をにぎるなら、それは、いまでもまだ(おそらくこれがその最後の機会であろう)革命の平和的発展を保障することができるであろう」「すなわち、人民が自分の代表を平和的に選挙し、ソビエトの内部で諸党が平和的にたたかい、さまざまな党の綱領を実地にためし、一つの党の手から他の党の手へ平和的に権力をうつすことを、保障することができるであろう」と提起しています。

そこで言われていることは、いずれもソビエトが全権カを掌握した場合、その内部においてはヘゲモニーの移動が平和的になされるという趣旨でしかありません。しってのとおりソビエトは人民の権カ機関として、社会的生産組織体でありながら同時に武装蜂起の機関でもあるという、武装を前提とした革命的統一戦線機関という性格を持っています。このソビエトの形成をめざさず、議会の多数派を占めることによって革命が平和的に移行するなどというのは、とんだマヤカシなのです。

ここでレーニンが述べていることは、1917年の二月革命以降、ケレンスキーに代表される臨時革命政府が成立したが、それを現実的に支えたものは労働者兵士代表ソビエトであるという両者の二重権力的な実体的関係において、前者から後者への権カの平和的移行をなせという要求をボリシェヴィキがつきつけたことに沿うものです。また実際上の歴史過程においては7月コルニーロフ反乱を契機とするツアー残党や、これと結託したケレンスキーなど「民主主義者」の反ソビェト策動に対し、ボリシェヴィキは十月蜂起を準備することによりその打倒をはかったのでした。

つまりロシア革命における「平和的移行」とは、その内実としては武装蜂起を前提とした上での、二重権力状況の発生のもとにおけるソビエト権力の非暴力的拡大であり、その際「敵の出方」への対処のしかたとはソビエトに結集したプロレタリアートの武装-武装蜂起を前提とした種々の戦術のとりかたでしかなかったことを理解するべきです。

要するに私達がめざすべき革命は、ブルジョア議会に基礎を置くのではなく、あくまでもソビェト革命でなければなりません。蜂起の機関として成立しながら、社会的生産組織体であり、同時にプロレタリア権力機関としてのソビェトを、ブルジョア議会と置き換えることによってはじめてブルジョア国家を打倒し、プロレタリア階級の権力を打ち立てることができるのです。
こうした闘いを回避して、人民の闘いを選挙の一票に切り縮めることは人民を武装解除させ、革命を遠ざけてしまうことでしかありません。

ソビエト権カの任務についての報告 レーニン

同志諾君!ボリシエヴィキが、つねにその必要を説いてきた労働者・農民の革命は実現された。
この労働者農民の革命は、どんな意義をもっているであろうか?なによりもまず、この変革の意義は、プルジョアジーがどんな形でも参加することのない、われわれ自身の権力機関、ソビエト政府を、われわれがもつだろうということにある。被抑圧大衆自身が、自分で権力をつくりだすであろう。旧国家機関は、根本的に粉砕され、ソビエト組織という新しい統治機関がつくりだされるであろう。
いま、ロシア史上には、新しい時代がやってこようとしている。そして、この第三次のロシア革命は、結局、杜会主義の勝利をもたらすにちがいない。
われわれの当面の任務の一つは、ただちに戦争をおわらせることである。だが、今日の資本主義制度とかたく結びついていた、この戦争をおわらせるためには、資本そのものに勝たなければならないということは、だれにもはっきりしている。
すでにイタリア、イギリス、ドイツで発展しはじめている、全世界の労働運動は、この点で、われわれを助けるだろう。
われわれが国際民主主義勢力に提議した公正な、即時の講和は、いたるところで国際プロレタリア大衆のあいだに熱烈な反響を呼ぶであろう。プロレタリアートのこの信頼をつよめるためには、いっさいの秘密条約を即時、公表しなければならない。
ロシアの内部では、農民の大部分が、資本家とたわむれることは、もうたくさんだ、われわれは労働者といっしょにすすもうと言った。地主的所有をなくする布告をだしさえすれば、われわれは農民の信頼をかちとることができるであろう。労働者と同盟してはじめて農民がすくわれるということを、農民は理解するであろう。われわれは、生産にたいする真の労働者統制をうちたてるであろう。
いまや、われわれは、協同一致して活動することを学んだ。このことは、いまおこったばかりの革命が証明している。われわれは、すべてのものに打ちかって、プロレタリアートを世界革命にまで導く、大衆組織の力をもっている。
ロシアで、われわれはいますぐ、プロレタリア杜会主義国家の建設に従事しなければならない。
世界社会主義革命万歳!
ペトログラード労働者・兵土代表ソビエトの会議
1917年10月25日(11月7日)

◆暴力革命の否定

批判の第三は日共による積極的な暴力革命の否定に関してです。
日共の暴力革命についての理解は極めて皮相なものです。すなわち「『敵の出方』による『非平和的』事態における『強力』の行使、ただしこれは革命運動の大きな流れの中での一局面的な問題であるから暴力革命ではない」ということからも明らかなように、要するに現象的な「強力」としての暴力の発動が恒常的であるか否かが暴力革命か否かの判断の一切の基準となっているにすぎません。

しかしマルクス主義者にとって、「暴力は、古い社会が新たな社会をはらんだときにはいつでもその助産婦になる」「暴カは、社会的運動が自己を貫徹し、そして硬直した政治的諸形態を打ち砕くための道具である」というマルクス、エンゲルスの提起は前提であり、何かしら日共がいうように「暴力」一般が決して悪いものではありません。むしろ厳格なマルクス主義的規定性に従い、プロレタリア階級全体の利益に奉仕する観点をもって行使される暴カこそ、必ずその行使の結果として「大きな道徳的、精神的な高揚が生じる」ことは多くの偉大な革命の歴史が証明していることです。

さらに暴力革命とはマルクス主義国家論をも媒介にしたプロレタリア権力樹立にむけた革命の本質的命題としてあるということです。

kotukaku.jpgすなわち国家とは「階級対立の非和解性の産物であり、その現れである」。「国家は支配階級の機関であり、一階級が他の階級を抑圧する機関」(レーニン、『国家と革命』)です。したがってプロレタリア革命がプロレタリア独裁を貫徹するためには、それまでのブルジョア政府が権カ支配のために依存してきた国家機構(常備軍・警察・官僚)を解体しなければなりません。そしてそれは暴力革命によってのみ可能となります。
日共の暴カ革命の否定は、そのブルジョァ議会主義へのへばりつきと相まって、マルクス・レーニン主義の革命的内実をみにくく歪め、人民の武装解除を要求して回るもの以外ではないことがあきらかです。

そして最後に、革命運動をこうしたブルジョア議会への埋没と二段階戦略の固定化に切り縮めることが革命運動のスターリン主義的歪曲に外ならず、日本階級闘争の巨大なアポリアになってることが指摘されねばなりません。

国際共産主義運動に与えたスターリン主義の害毒は、第二次世界大戦におけるソ連共産党による各国共産党の指導の誤り一つをとっても明らかですし、また近くはソ連軍によるアフガニスタン侵攻、中・ベト・カン戦争にも発現されています。
まさしくスターリン主義による自国経済建設優先自国領土防衛政策は、戦後帝国主義の延命を手助けし、第三世界人民の民族解放革命戦争にさいしては革命の制動者としての役割を果たしています。このような国際共産主義運動のスターリン主義的陥穿を目の当たりにするとき、私達はこの誤りに無自覚であることは許されません。

そもそも日共の革命路線-議会主義革命そのものがマルクス・レーニン主義からの逸脱であり、「労働者はできあいの国家機構をそのまま手に入れて、それを自分自身の目的のために動かすことはできない」というマルクス主義国家論の原則的立場からはとうていでてくるはずのない路線です。つまるところ日共の民族民主統一戦線の形成にむけた諸要求実現、政策制度要求闘争路線は、なんのことはない体制内小ブル物取り路線でしかないのです。

4.プロレタリア革命運動における人間変革の問題

326.jpg本来、人間による人間の全的な解放、自己解放と類的解放を一つのものとして実現する共産主義革命運動はその過程においても、社会(=対象)変革と共に、それを担う諸個人(=主体)の変革が追求されていく運動でなければなりません。

私達は、今日、ブルジョアジーの支配する資本主義社会に生きています。この資本主義社会に生きている以上、私達は支配階級であるブルジョアジーの物の考え方、すなわちブルジョア・イデオロギーと無縁ではありません。なぜなら、およそ人間の意識・思想というものはその時代の生産のあり方に規定されて生み出されていくものですし、支配者階級たるブルジョアジーは物的生産手段を所有することによって精神的生産手段(文化・法律・その他、人間の思想形成に関係する一切のもの)をも支配して、繰り返し、ブルジョア・イデオロギーを再生産しています。このような考え方、その階級的実践における現れを克服していく主体変革の闘いが共産主義革命運動には絶対に不可欠です。

ブルジョア・イデオロギーとは一言で言えば、すべての諸個人が商品の所有者として、自己の持つ商品をいかに高く売るかを基準にして生きるところからくる個人主義と、ブルジョアジーが資本の生産性を高め、よりプロレタリアートから搾取を強めるために、人間の労働を細分化し、一つの機械のそれぞれの部分のようなものとして個々人を取り扱う合理主義の、二つの傾向として言いあらわすことができます。
このようなブルジョア・イデオロギーと対決する、人間の類的解放の思想、人間の諸力能の全的発展をこそめざす主体変革の闘いなしには、共産主義革命運動は勝利することができないのです。

今日のソ連や中国、あるいは日本共産党をはじめとするいわゆるスターリン主義潮流の誤りを私達が実践的に克服していく道はここにあります。スターリン主義とは、帝国主義包囲下のソ連において「一国社会主義建設可能論」をうちだしたのち、生産カの圧倒的発展さえ実現すれば、ソ連一国でも社会主義社会、共産主義社会に至るとしたところから発生しました。

そのような生産力第一主義の考えかたは必然的に、ともかくたくさん生産すればよい、というブルジョア的合理主義を蔓延させてしまいます。その結果、人間解放の思想であるマルクス主義の革命性は歪められ、歪められた「マルクス主義」はそれを生み出した国内経済建設の在り方によってさらに拡大再生産されていったのです。それがスターリン主義発生の根拠です。ソ連や今日の中国などがブルジョア国家とあまりかわらない、ある面ではより以上に官僚的で、人間の全的解放とはほど遠い社会となっているのはまさにそのためなのです。

また日本共産党など未だ政権を取るに至っていないスターリン主義党も同様です。彼らも又、この資本主義社会での生産力の発展がそれとして推進されていけば必然的に社会主義社会に至ると考えています。従ってこのブルジョア社会に生きる諸個人のあるがままの要求を溝たしていくための運動を続けていけば、やがて共産党が政権を取り、社会主義社会に至っていくというのです。

そこにはブルジョア社会に生きる私達一人ひとりがブルジョア・イデオロギーと闘い自己を変革していく、まさにそうした普遍的人間主体への自己変革の闘いも、またそういった意識性すら一カケラもありません。
しかしながら共産主義革命運動とは、まさに「共産主義的意識の大量産出のためにも、また主義そのものの成就のためにも人間たちが大きく変化することが必要なのであって、このような変革はただなんらかの実践的運動、なんらかの革命のなかでのみおこなわれうる」(『ドイツ・イデオロギー』)という、社会(対象)変革と、その担い手(=主体)の変革を一つのものとして行う運動に外ならないのです。

このような自己変革と対象変革を同時に行う革命運動の究極においてかちとられる人間主体の在り方、それが、各人がその精神的・人間的な力の一切を全面的に発揮し、共産主義的共同体の一層の発展を作り、歴史を作り変えていく、普遍的人間です。
私達はそうした課題を自己に課すことによって闘い続けています。まさにそうした点においても、かかる命題を全く忘却した対象変革のブルジョア的歪曲の産物であるスターリン主義を克服していくことは、今日の革命運動がさけてとおることのできない主体的課題でもあります。

5.革命運動のスターリン主義的歪曲と闘う観点

suta.jpgところでこのようなスターリン主義の誤りを批判していく場合におちこんではならないのは、世界共産主義運動のスターリン主義的歪曲、あるいは日共の体制内化=体制を支える「左」足としての敵対を、ただ単にイデオロギー的にのみ批判し、外在的な打倒の対象としてのみ措定していく立場です。

たしかにスターリン主義へのイデオロギー的批判としてマルクス主義的原則からの逸脱をあげることは必要なことであり、正当なものです。しかし問題はいかにイデオロギー的、外在的に批判しつくそうと、世界において、日本においていまだ「圧倒的な勢力」として存在しているスターリニスト潮流を、いかに私達が政治思想的にも、また具体的力量性においても止揚、解体、克服していくことができるのかという点にあります。

これにむけての私達の観点を整理するならば、
1)スターリン主義の発生が、帝国主義包囲下で当面一国的にプロ独建設をなしていかざるをえなかったロシア・マルクス主義のマルクス主義的原則の歪曲としてあり、

2)それはプロレタリア革命の主体が、ブルジョア・イデオロギーを未克服のまま次第に変質し、固定化していったものとなったことをふまえつつ、

3)したがって私達革命主体がいまだプロ独も実現しえていない現在にあっては、不断にブルジョア・イデオロギーの党的反映にさらされていることを前提として認め、ブルジョア・イデオロギーとの正面切った対決・止揚の方向を定めていかねばならないということです。

つまり私達自身のスターリン主義への陥没を克服することぬきには、真の日共批判はありえないし、またそうした観点を欠落させた批判はそれ自体ひとつの疎外形態でしかないということです。

あらゆる疎外からの解放をかけて闘われているプロレタリア革命運動が実現すべき革命は、単なる政治権力の奪取の問題におとしこめられるものではなく、その内実としてまさに人間解放=人間革命の思想がしっかりと据え付けられていなければなりません。革命主体は同時にまた革命される対象でもあるという弁証法的連関をふまえることこそ、『ドイツ・イデオロギー』のなかでマルクスが語っている「共産主義とはなんらかの状態、現実がそれへ向けて形成されるべきなんらかの理想ではない。われわれは、現実を止揚する現実の運動を、共産主義と名付ける」とする命題にほかなりません。

日共の革命路線がスターリン「一国社会主義建設可能論」にもとづく世界革命の放棄-世界革命は一国革命の総和としてあり、また日本での革命は議会における多数派の形成にあるという文字通りスターリン主義革命戦略・路線として、プロレタリア国際主義のカケラもうばわれたものになっていることは言うまでもありません。

しかし問題はやはりこの路線にもとづく政治思想的発現としての、闘う労働者階級人民と一切結合しえないばかりか、むしろ常に体制の左足としての敵対者として日共があらわれてくることを、私達自身がいかにのりこえていくのかにあります。
真に革命的に闘おうとするものは「唯一の前衛党」であるはずの日本共産党には属しえないーここに1958年日本共産党の体制内化と階級的腐敗との闘いを通じ成立したわが先達、共産主義者同盟の存在の根拠があるのです。

つまり帝国主義の侵略反革命を蜂起・内戦に転化しつつ、プロレタリア国際主義を実現するという本質的命題と、その闘いの遂行過程にあって革命運動のスターリン主義的歪曲と修正の克服をはかり、レーニン主義の復権をかちとっていく特殊的課題の実現-これこそが日共にとってかわる新たな前衛党の革命的内実として確認されていかなければなりません。その内容的核心は、スターリン主義的政治展開の自己克服とそれの担い手としての私達自身の自己変革にあります。

こんにちの帝国主義の危機の時代、したがって人民が勝利する時代を迎えたいま、帝国主義足下にいきるわが日本プロレタリアート人民の任務は疑いもなく日帝国家権力の暴力的粉砕によるプロレタリア革命をかちとることにあります。にもかかわらず、この任務をあいまいにしたまま革命を口にし、労働者人民をいつまでもブルジョア民主主義の幻影のなかに落とし込めようとする日本共産党は文字通り反革命の道を掃き清めるものに外ならないとしかいえません。

こんにち人民の勝利の方向は鮮明です。いまこそブルジヨア民主主義綱領と日共の影響下から労働者人民を解き放ち、新たな前衛党-革命党の創出に向け、わが戦旗.共産同運動への全人民の大合流をかちとり、人民の未来を切り開くべく共に安保-日韓体制打倒闘争の勝利をつかみとっていこうではありませんか。

サイト内リンク

「近代合理主義批判」に関して
日本共産党員への質問

参考リンク

孤立する日本国家(despera)
無益無害な転向(時枝武の世間!)

日本共産党ホームページ
 └ 政策と活動

日本共産党綱領(04年1月17日改定)
第23回大会・綱領改定めぐるマスコミ論調(宮地幸子と健一のホームページ)
日本共産党綱領改定案への論評(五十嵐仁の転成仁語)
日本共産党新綱領草案について(加藤哲郎のネチズン・カレッジ)
日本共産党の新綱領(BUND)
日本共産党綱領改定案批判・上(かけはし)
日本共産党綱領改定案批判・下(かけはし)

日本共産党批判(かけはし)
既成政党への批判(日本共産党編)(中核派)
護憲という名の、敗北を抱きしめすぎた一国平和主義(BUND)
ブルジョア政党への変質を宣言(日本労働党)

さざ波通信(←おすすめ!)
日本共産党戦後党史の研究(人生学院)

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草加 耕助

投稿者の記事一覧

当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

コメント

  1. なつかしく読ませていただきました。読んでしっくりくるところが、なんかなぁ・・・そういう自分が好きです。

    先週、友人が泊まった際に秘蔵(?)の書、「北西風が党を鍛える」を見せながら、あのころ、私が考えていたのはこんなことだったなんて話をしました。奥深いところは今も変わらずです。

  2. 草加さま しばらく前のリクエストにお応えいただきありがとうございます。
    >「スタ克」についてのごくごく簡単な説明を、他の文章から持ってきてくっつけてあることを
    というのは、「?、革命運動のスターリン主義的歪曲と闘う観点」の部分でしょうか。一読したところ第四インター派のスターリン主義観とは、それほど違わないように思えます。「外在的な打倒の対象としてのみ措定していく立場」というのは革共同二派(革マル、中核)の反帝反スタ・トロツキズムを指しているのでしょう。ベトナム革命をめぐっては第四インターは歓迎し、反帝反スタ派は冷淡だったように思います。トロツキズムの刻印を色濃く背負った党派でも分岐が現れていたところですね。
    チェ・ゲバラの肖像を、中核派の活動家が好むなんてことはあったのかな?
    個人的な印象では第四インターは、疎外論や主体性論というようなマルク主義哲学の領域にはあまり拘泥していなかったと。むしろ革マル派の得意分野ですが、「ドイツ・イデオロギー」「経済学哲学草稿」など初期マルクスに依拠したスターリン主義批判を思い出します。ブント系でいうと広松渉氏がすぐに思い浮かびますが、哲学の領域でのスターリン主義批判はどのようなものだったのでしょうね。未だにそのへんの精密な整理ができていなくて(汗)。宇野経済学への評価が具体的な闘争戦略にどう連関していたのかとか。

    ああ、懐かしい・・・と懐古しているだけじゃなくて「総括」しなければならんのでしょうけど。(あっ、kamakazuさんのことではないですよ・・笑)
    「パラダイム・チェンジ」をきちっとしなければいけないのかな(爆)
    いまの立場からふりかえってみると、あまりに「イデオロギー闘争」の力を過信して偏重しているのが見えます。

  3. わわわ、なんか懐かしの「イデオロギー話」に花が咲いてる(笑)
    あんまし続けると、ネットウヨに冷笑されちゃうよ(爆)
    kamakazu様>
    「北西風が党を鍛える」(!)欲しい・・・(大笑)。
    私ももう持っていませんよ。どこで買ったん?「人民の戦旗掲げて」も「武装せる蒼生」も「過渡期世界の革命」も、綱領的な基本文献は全部なくしてしまいました。まさかまたこんな話をする日がくるとは思っていなかったからなあ。どちらかといえばもう見たくもないという感じでしたから。
    こないだ東京に行った時、帰りに模索舎によりましたが、なんと「ブント主義の再生」を売っていて、思わず買ってしまいましたよ。確か「希望の冬」も売っていたが、こちらはなぜか買わなかった。もったいないことをした。買っておけばよかった。地方の街では、もう二度と手にはいるまい。
     

    • トクメイ
    • 2005年 5月 10日

    1960年台製造の自分から見ると、なんともむなしい文章です。1987年の文章であることがさらにビックリで、今日の日本の現状も致し方ないのかなぁ。などと感じてしまいます。
    特に感じる所のナイ文章なのですが、2点ほど上げれば、
    人間革命を主張していながら人間の本質や特性に関して考えていないのではないか?
    左翼陣が普遍的な共通目標を見いだせずに、内ゲバに尽力したことが日本の不幸かな?
    といった所です。もう少し大局に立ってオリコウであってほしかった。掘り下げるとダラダラ長くなりそうなので、前者に関しては、鎖付き奴隷が自縛型奴隷に、自ら進んでなった理由と背景(民主主義がどうして成立したのか)を考えてほしい。後者に関しては、日の丸とカネの元では大同団結できる保守陣営を見習うべき。とだけ(偉そうですが)申し上げます。実際、人間を熟考した勢力(有史以来の支配側)にはまるで歯が立っていない訳ですし。
    あっ、自分は代々木な人1年目です。そこで頻繁に出てくる“たたかう(い)”という単語にすら違和感を感じる人でもあります。共産主義者ではありません(^^;日本の政党政治の特性上、協力しています。21世紀っぽいかな?

  4. いま金正日の伝記に没頭しているところなので、細かい議論はできないのですが。

    *********************
    本来、人間による人間の全的な解放、自己解放と類的解放を一つのものとして実現する共産主義革命運動はその過程においても、社会(=対象)変革と共に、それを担う諸個人(=主体)の変革が追求されていく運動でなければなりません。
    *********************

    この考え方には絶対反対、と言っておきます。社会を変えるためには個人を変えなければ、というのは、私には粛清の論理にしか見えません。

    共産主義革命の課題は階級を廃止することであり、もっと具体的には資本家と労働者の関係を廃止することです。簡単に言えば、各企業の経営権が労働者に移るだけのことです。「人間による人間の全的な解放」なんていう抽象的な目標は必要ありません。

    とりあえず昔書いたものにリンクを。
    http://kazhik.net/soc/archives/1999/07/post_5.html

  5. kazhik様>
    いや、別に反論はしませんけどねー。いまさら私がこの古文書を擁護するのも変な話ですし。私なりに勝手に咀嚼して今の人生に適用している部分はありますが。

    まあ、私の咀嚼では(それは当時から同じ考えですが)、まさしく引用された部分が「粛清の論理」への批判になっているんですけどね。つまり「粛清の論理」は、相手を「自分の考えを認めさせる客体」としてしか見ていないってことでしょ。要は「物」扱いしているわけですよね。つまり「自分達の主張を実現する」という「手段」が「目的」化して、その「目的」にいたる最短手段を選ぼうという合理主義です。
    そこでは自分達の主張を認めない「異物」は何らかの手段で「取り除いて」しまうか、暴力などの威嚇で従わせたり黙らせてしまうのが一番てっとり早い。「粛清」と言いますと、何かしら自分とは無縁の遠い世界のように思いがちですが、こういうエゴイスティックな合理主義は今の日本に蔓延しつつあると思うのです。そしてまた資本主義を批判する私達も、そこで生きている限り近代合理主義的発想から無縁ではありません。
    まあそんなに難しいことを言わなくても、「他人(社会)を変えようと思うなら、まず自分(運動)が変わらなくてはならない」のは当然のことだと思います。組織でも、個人でも、社会運動でも、人生でも。
     
    単に「企業の経営権が労働者に移るのが共産主義」だとはとうてい思えませんが(共産主義なら経営という概念も貨幣もありませんから)もしそうだとしても、それは「手段」であって、「目的」ではありません。
    目的は「政治」という名の疎外形態、つまり「利害の調整」・差別・闘争・戦争・搾取・人間による人間の支配、競争社会など、諸々の疎外から人間が自由になることです。
    そういうことを心配しなくてよくなったら、人間は何をするのか?ってことについては、実はわかんないと思うのですが、一応はマルクス主義では、人間が自分の発展や人々の幸福を(貨幣や社会的地位なんてもんから切り離した地平で)追求することが喜びとなると言ってますよね。勉強や労働が喜びとなると。
     
    釈迦に説法とはこのことで、こんなことご存知の上で、kazhik様なりの思索を進められた結果、あえて書いておられることだとは思うのですが、これがまあ「無階級社会」つまり「共産主義」なわけですが、共産主義についての疑問や実現可能性についてはまた今度にしましょうね。
     
    私でも、こういう共産主義のキモを捨て去って「君らの地位も賃金も上がって、もっといい暮らしができるよ」という近代合理主義的な誘惑の土台の上に共産主義を接木すれば、どんな悲惨なことになるのかくらいはわかります。それなら資本主義のままのほうがマシというものです。そういう「左翼運動」には反対ですし、そんなのが権力をもったら、必ず「粛清政治」は多かれ少なかれ発生すると思います。
     
    リンクでご紹介いただいた文章は、あちこちで紹介されてますので、私も読みましたが、ここで紹介されている「ケーキを5個食べたら糾弾された」ということこそ、kazhik様の引用された文章で批判されているあり方そのものだと思います。
    どうも戦旗派が10年くらいかけて共産主義をやめ、現在のSENKI派になっていく過程の話は、あまりに極端なエピソードばかりで辟易しますね。実はSENKI派になってから以降、かつての「同志」とも偶然に2回ほど接触があったのですが、話した感じでは昔とちっとも変わらなかったし、私が小さな「事業」をはじめたり、大学に社会人入学したことも、とても喜んでくれて激励していただきました。(決して「プチブル」とは批難されませんでしたよ(笑)。
     
    ですからSENKI派とぶつかって辞めていった方々の話は、決して嘘でも大袈裟でもないんでしょうが、私には今ひとつピンときません。それは政治的な意図とは関係無く、単に自分に好意を示してくれた人を嫌いになるのは難しいってだけのことなんです。まあ、地域(地区)による差もあるんでしょうが。
    おっと、こんなこと書いて勘違いする人が出たら危ないな。今から「反体制運動」を捜しておられる方に、決してSENKI派はおすすめいたしませんので。もし相談されたら「やめとけ」と言うと思います。

  6. デカルト云々っていうの、俺、どこで言ったかイマイチ記憶にないんですが、多分、「近代合理主義を乗り越えたと称する新左翼の尊大」みたいな文脈で俺は言ったんじゃなかったかと思います。
    kazhikさんのいわはる文脈に重なるんじゃないかと思うんですが、合理主義乗り越えちゃったら、そこにはなににも相対化されない無謬の党が立ち現れてしまうんじゃないのか、と。その無謬性こそが、諸々の「社会変革者」を自称する者による理不尽な行為を正当化せしめてきた回路なのではないか、と考えます。
    つーかね、俺、合理主義者なんですよ(苦笑

    んで、やはり戦旗共産同という、独特の展開を遂げた党派を題材として見ると、その後のその組織の展開について言及しないわけにもいかんのかと思いますが、「スタ克」というのは、突然戦旗共産同の中に発生した思想じゃなくて、全共闘あたりからあった流れがこういう形に整理された、という話であって、そんなにびっくりするほど独特な話じゃないように思います。
    「なにと比べるのか」という問題で、中核や革マルがどんどんと「無茶苦茶なもん」になっていき、トロツキズムは古めかしく、という中では、この当時では相対的に「いいもの」に見えただろうというのは同意します。というか、俺自身、この時期の戦旗共産同はけっこう高く評価していました。まあその分、その後の展開を見ると頭イタイんですが。

    んで、2005年現時点だから言える事というのはたくさんあるわけですが、問題は「スターリン主義」なのか?
    俺はこれまで結構いろんな党派の人との付き合いありましたが、変な反スタ派やトロツキー派やスタ克派やアナキストや市民主義者なんかよりも、よっぽどマトモな運動やっている「スターリン主義者」なんか、いくらでもいるわけです。もちろん、これはその個人のキャラクターの問題は大きく、「党は無茶苦茶な事言っているけど、そこの活動家はマトモ」なんて事がいくらでも生じます。
    我々は、「左翼運動の中で生じる否定的な事象」をひっくるめて「スターリン主義」と名付けてきたようなところがあると思いますが、スターリンやスターリンの時代の事柄に、それらの事象の由来を全部求める、というのは理屈にあわんのではないか、という気がします。

    • 前田 進  
    • 2005年 5月 20日

    貨幣制度廃止戦略のグローバルな社会革命を目指せ!

    前田 進  jcfkp201@ybb.ne.jp

     19世紀(マルクスとエンゲルス)、20世紀(レーニン、スターリン、毛沢東・障ナ小平その他)の所謂「社会主義」は大失敗だった。
     それらは、資本が成り立っている土台たる貨幣制度と貨幣(拝金主義的利潤追求)の経済過程での主導的役割を極めて過小評価して、生産手段の所有問題にすべてを還元し(「共産党宣言」第2章、「プロレタリアと共産主義者」)、プロ独裁樹立を主張して、現実から離れた一種の観念論だった。逆立ちしたヘーゲルの客観的観念論を引っ繰り返して弁証法的唯物論にしたと称しながらも、いわゆる「科学的社会主義」はやはり、上述した意味で一種の観念論だった。資本論がその見本で、序文でマルクス自身がヘーゲルへのへつらいを告白していた。レーニンは1919年以来貨幣制度廃止戦略を放棄して社会主義の戦略を裏切った。
    日本では、北京まで出かけて講義した不破哲三氏の偽「社会主義」論-所謂「市場経済の社会主義」論は、天皇制と「自衛」隊の容認と不可分な裏切りで、経済的下部構造での資本主義化の徐行反革命の途を歩む中国指導部の路線を激励した、国際的反革命行動だった。
     現代生活が示しているように、あらゆる悪事の土台である貨幣制度を廃止して、生活のあらゆる分野での無償奉仕の21世紀新人類社会へグローバルに移行する戦略を目指す課題が、いまや前面に出ている。数億人のボランティア活動、NPOの普及、ODAの頻繁な無償化、益々頻繁化している自然災害での無償の国際的、国内的な救援、その他の先進的実例が人類の行く先を示している。
     それは地球、地球人、動植物、人間同士の共生を初めて可能にして、地球破壊・汚染にとどめを刺すことを可能にし、また生産手段の所有問題の平和的解決と平和的な社会革命を可能にする。
     地球破壊は臨界点を超えた。スマトラ島沖大地震と津波が示したように地球大激変が迫っている。
     ESA(欧州宇宙機関)がSOHO(太陽観測衛星)のデータで02年11月に発表したように、太陽の内部温度が11年間で華氏2,700万度から4,900万度へ上昇し、1604年の超新星爆発と同様に08年頃の太陽爆発が迫っている。日米有識者らがスパコンのシミュレーションで同じ結論に達して、対策を日米政府に要請したと、東京電力幹部がオフレコで開いた研究会で語ったことが暴露された。しかし小泉もブッシュも、沈黙して人類を裏切っている。上述したグローバルな社会変革が実現すれば、突破口になるだろう。時間が残り少なくなっている。人類生残りのため、グローバルな社会革命が必要になっている。
     

     19世紀(マルクスとエンゲルス)、20世紀(レーニン、スターリン、毛沢東・障ナ小平その他)の所謂「社会主義」は大失敗だった。
     それらは、資本が成り立っている土台たる貨幣制度と貨幣(拝金主義的利潤追求)の経済過程での主導的役割を極めて過小評価して、生産手段の所有問題にすべてを還元し(「共産党宣言」第2章、「プロレタリアと共産主義者」)、プロ独裁樹立を主張して、現実から離れた一種の観念論だった。逆立ちしたヘーゲルの客観的観念論を引っ繰り返して弁証法的唯物論にしたと称しながらも、いわゆる「科学的社会主義」はやはり、上述した意味で一種の観念論だった。資本論がその見本で、序文でマルクス自身がヘーゲルへのへつらいを告白していた。レーニンは1919年以来貨幣制度廃止戦略を放棄して社会主義の戦略を裏切った。
    日本では、北京まで出かけて講義した不破哲三氏の偽「社会主義」論-所謂「市場経済の社会主義」論は、天皇制と「自衛」隊の容認と不可分な裏切りで、経済的下部構造での資本主義化の徐行反革命の途を歩む中国指導部の路線を激励した、国際的反革命行動だった。
     現代生活が示しているように、あらゆる悪事の土台である貨幣制度を廃止して、生活のあらゆる分野での無償奉仕の21世紀新人類社会へグローバルに移行する戦略を目指す課題が、いまや前面に出ている。数億人のボランティア活動、NPOの普及、ODAの頻繁な無償化、益々頻繁化している自然災害での無償の国際的、国内的な救援、その他の先進的実例が人類の行く先を示している。
     それは地球、地球人、動植物、人間同士の共生を初めて可能にして、地球破壊・汚染にとどめを刺すことを可能にし、また生産手段の所有問題の平和的解決と平和的な社会革命を可能にする。
     地球破壊は臨界点を超えた。スマトラ島沖大地震と津波が示したように地球大激変が迫っている。
     ESA(欧州宇宙機関)がSOHO(太陽観測衛星)のデータで02年11月に発表したように、太陽の内部温度が11年間で華氏2,700万度から4,900万度へ上昇し、1604年の超新星爆発と同様に08年頃の太陽爆発が迫っている。日米有識者らがスパコンのシミュレーションで同じ結論に達して、対策を日米政府に要請したと、東京電力幹部がオフレコで開いた研究会で語ったことが暴露された。しかし小泉もブッシュも、沈黙して人類を裏切っている。上述したグローバルな社会変革が実現すれば、死中に活でえ、突破口が開ける可能性があるだろう。時間が残り少なくなっている。人類生残りのため、グローバルな社会革命が必要になっている。
     

  1. 2005年 7月 30日
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