イワンのばか/トルストイ

「あなたの好きなだけお金をこさえることができます」

 タラスの係の小悪魔も、その晩手が空(す)いたので、約束どおりイワンの馬鹿を取っちめるために、仲間へ手をかすつもりでやって来ました。彼は畑へ行ってさんざん仲間をさがしましたが、一人もいませんでした。ただ一つの穴を見つけただけでした。彼は今度は牧場へ行って沼地で小悪魔のしっぽ一つ見つけました。そしてライ麦の刈あとでも、一つの穴を見つけました。

「こりゃきっと仲間によくないことがあったにちがいない。」
と小悪魔は考えました。
「一つおれが代ってあの馬鹿を取っちめなくちゃならないぞ。」
 そこで小悪魔は、イワンをさがしに出かけました。イワンはとうに麦のしまつをして、森で木を伐(き)っていました。二人の兄たちは、急に人数がふえて、狭苦しくなったので、新しい家をたててもらおうと思って、木を伐れとイワンに命(い)いつけたところでした。

 小悪魔は森へ出かけて行って、木の枝へ這い上って叉に陣どって、イワンの仕事のじゃまをしはじめました。イワンは一本の木の根元を伐りました。ところが、木はバッサリ倒れるはずなのに、倒れぎわに急にまがりくねって、他の枝へ引っかかりました。そこでイワンは、それをこねはずすために、一本の木を伐って棒をつくると、やっとのことで地べたに倒すことが出来ました。
 イワンはまた他の木を伐り倒しにかかりました。するとまた、前と同じようなことが起りました。イワンは汗びしょになりました。そしてようやく倒すことが出来ました。イワンは三本目の木に取りかかりました。が、今度もやはり同じ目にあいました。

 イワンは、その日のうちに百本くらいは伐り倒すつもりでしたが、まだ十本も伐り倒さないうちに日も暮れかかり、疲れてすっかりへとへとになりました。イワンの身体(からだ)からは、汗が湯気のように立ちのぼりましたが、それでも休まないで、働きつづけました。そしてまた他の木を伐りにかかりましたが、急に背中が痛んで来て、立っていることも出来なくなりました。そこでイワンは、斧をその木の根元に打ち込むと、どっかり腰を下して休みました。

 小悪魔はイワンが仕事をやめたのを見て、大へん喜びました。
「あいつめとうとうくたびれやがったな。あれでもうやめるにちがいない。どれ、おれの方もこれで一休み休むことにするかな。」
と小悪魔は考えました。小悪魔は木の枝にまたがって、クスクス笑いました。

 そのときイワンは急に立ち上がって、斧を引っこぬき、別のがわからうんと一打ち喰わせましたので、木は一たまりもなくどっと倒れました。小悪魔は全くふいを打たれて、足をはずす間もなく倒れた木に手をはさまれました。イワンは枝をおろしにかかりました。ところが小悪魔がその枝にひっかかって、もがいているのを見つけました。イワンはびっくりしました。

イワンの馬鹿
悪魔が枝にひっかかってもがいていました

「おやおや、汚いやつめまた出て来やがったな。」
とイワンは言いました。
「いや、ちがうんです。私はあなたの兄さんのタラスについてたんです。」
と小悪魔は言いました。
「だれであろうがかれであろうが、もうだめだぞ。」
とイワンは言って、斧をふり上げて打ち下そうとしました。小悪魔は、
「助けて下さい。打たないで下さい。あなたのおっしゃることならなんでもいたします。」
とたのみました。
「じゃ何が出来る。」
「あなたの欲しいだけお金をこさえることが出来ます。」
「よしよし、じゃこさえてくれ。」

 そこで小悪魔は、イワンにそのやりかたを教えました。
「樫(かし)の葉を取って、手の中でおもみなさい。そうすりゃ金貨が地べたに落ちて来ます。」
 イワンは何枚かの葉を取って手の中でもみました。すると、金貨が手からこぼれ落ちました。
「こりゃお祭に若い者に見せるにゃもって来いだ。」
とイワンは言いました。

「じゃはなして下さい。」
と小悪魔は言いました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。そして、棒で木の枝をこじて、小悪魔をはなしてやって、
「じゃ行け、神様がお前をお守り下さるように。」
と言いました。
 イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落した石のように、地べたへ消えてしまいました。そして後には、一つだけ小さい穴が残りました。