〔考察・長文〕差別用語としての「中核派」(定義編)

by ときわ列車
中核ヘルメット こんばんは。ときわ列車です。
 今日(日付は昨日)の昼休みに都知事選絡みでTwitterつぶやいていて、表題のことを考えたので、今回は自分がわかる範囲で「中核派」という言葉について半ば解説しながら、それが「差別用語」となっている実態について書いてみたいと思います。これは政治に興味の無い方にも、できれば読んでいただきたいです。一方、「左翼の歴史」に詳しい方には僕の記述で事実とは異なる箇所があればご指摘いただければ幸いです。

 ただ、非常に長くなりそうなので、まずは「中核派」の「厳密な定義」から話を始めようと思います。
 まずもって「中核派」と定義づけられるものが何なのかについては、はっきりいって「いいかげん」にも程があると思います(それが差別用語としてのイメージも助長しているのでしょうが)。
 そもそも「中核派」は【正式名称】ではありません。正式名称は「革命的共産主義者同盟全国委員会」(以下、革共同)と言います。その前身組織は先ほどの組織名に「全国委員会」が抜けた名前でした(以下、前身組織を「旧・革共同」とします)。
 旧・革共同は何度か分裂しており、2度目の分裂の時点で本多延嘉氏を書記長、黒田寛一氏を議長に据えた体制でもって「革命的共産主義者同盟全国委員会」を名乗っていました。ここから1963年に本多氏支持派閥と黒田氏支持派閥とにさらに分かれ、後者は「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派」(これがいわゆる「革マル派」)を結成しました。
 その際、革共同の学生組織である「マルクス主義学生同盟」(以下「マル学同」)も本多支持派と黒田支持派に分かれ、本多氏支持の学生らが名乗った分派名こそ「中核派」だったのです。その由来は当時の機関紙名である「中核」からとっていました。これ以来、マル学同・中核派の上部組織もひっくるめて「中核派」と称され、結局その通称を受け入れて今に至るわけです。
 なお、その「中核派」自体さらに分裂しています。まず、労組内での主導権を重視する「労働戦線派」があり、これが僕が度々挙げてきた「中央派」になります。一方で各方面での大衆運動に関わることを重視する革共同関西地方委員会中心の「諸戦線派」は「関西派」と通称されますが、彼らは「革命的共産主義者同盟再建協議会」という別組織を立ち上げています(「中央派」はこれを「塩川派(塩川一派)」と呼称してます)。

 さてここまで書いてきたことをもとに「中核派」の定義をしますと…
①1963年以降、本多延嘉氏を支持していた「革命的共産主義者同盟全国委員会」及びその下部組織にいた活動家
②現在において「中央派」もしくは「関西派」と呼ばれる組織の「党員」となっている人々

 …になるのではないかと思います。
中核派報道 これを前提に考えると、マスコミで「中核派活動家逮捕」というニュースがたまに出ますが、この場合①にも②にも当てはまらない人まで「中核派」扱いして報道している例があるかと思います。
 2006年の「3.14法大弾圧事件」においても「中核派活動家など29人が逮捕」という表記をとる記事が見受けられますが、この「中核派活動家など」という表現が厄介なもので、「中核派」の定義に当てはまる人間は29人のうち何人なのかわからない一方「もしかしたら全員中核派かも?」という印象を抱かせるには十分という恐ろしい性格をもっていると思います。
 一般的な概念としては①と②の定義に当てはまる方と「一緒に活動」したり「その思想や行動に何かしらの共感を抱いている人間」(いわゆるシンパ)も「中核派」となってしまっているかと思います。この概念に当てはめれば僕も「中核派」となります。また支持・共闘関係の大衆組織(例えば動労水戸や百万人署名運動。NAZENもそうです)に属していることも「一般的概念」としては「中核派」になってしまうでしょう。
 ですが、「中核派」の定義を厳密に追うならば、「革命的共産主義者同盟全国委員会」もしくは「革命的共産主義者同盟再建協議会」の「活動家」ないし「党員」であるかどうかが重要であると思います。
 「活動家」でも「党員」ない人まで一緒くたにしたり、敢えて曖昧な書き方をして報道すること自体が「中核派」への偏見であり、そこに近付く人間を遠ざけようとする意図が見えます。
 いや、事実としてある人間が「定義通り」の「中核派」だとしても、その「所属」を理由に差別することは本来許されないはずです
 確かに近寄りがたいところがあったり、「党派」「組織」として過去における事件の責任を負うべき部分はあります。だからと言って「中核派」の各個人が「逮捕されても良い人間」と考えたり、彼らを「日本社会にいてはいけない人間」と扱うのは「自分はそういう人間じゃない」という「上から目線」の態度であり、それは在特会の外国人に対するそれと相似の関係にあると言えるでしょう。

中核派時代の猪瀬直樹氏
中核派時代の猪瀬直樹氏

 余談ですが、徳州会問題で東京都知事を辞任し、一部で「極右」と言われた猪瀬直樹氏は実は「中核派」の活動家だった時期があります。こうした「転向」した人間がこの日本社会に多くいることは頭に留めた方が良いかもしれません。

 さて、またしても長いくせにわかりにくい定義になってしまいましたが、次回はいよいよ「中核派」が差別用語として独り歩きされることを本格的に考えていきます。
 今回はここまでです…
参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/革命的共産主義者同盟全国委員会

中核派全学連

〔考察・長文〕差別用語としての「中核派」(使用パターン編)

2014年2月8日

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