〔報告〕3・11『反原発福島行動’14』に行ってきました

3・11『反原発福島行動’14』by ときわ列車
 こんばんは。今日は日比谷で大規模な脱原発集会が行われましたが、見送ってしまいました…代わりと言うのも語弊があるかもしれませんが、【3・11】当日の集会の報告をします。
 当日は夜勤明けの中、郡山市で開かれた3・11『反原発福島行動’14』に「いわき駅前アクション」「いわき合同ユニオン」のみなさんと共に参加しました。
3・11『反原発福島行動’14』プレイベント 3・11『反原発福島行動’14』プレイベント
 初めのプレイベントの後、主催者あいさつとして椎名千恵子さんが発言。福島県内では震災が直接の原因ではない「震災関連死」の方が多いことに触れ、「震災関連死は国と東電による虐殺です」と言い切りました。そして「こんな国は変えるしかない。誰もが人間らしく生きられる世の中を!」と力強く訴えました。
 続いて県内の高校生からアピール。【3・11】まで原発のことを何も知らず、「今が楽しければ良い」と考えていて、山形に避難させた母を恨みもしたそうです。しかし今はそれを「罪」と認識し、2~3年先も見えない中ではあるが、そんな自分にもできることはあると精一杯伝えました。
 続いて全国からのアピールがあり、米軍基地を押し付けられてきた沖縄と、原発建設を阻止した経験を持つ和歌山の方から連帯のアピールをしていただきました。
 さらに海外からもアピールがあり、ドイツ・アメリカ・韓国それぞれの代表の方が発言しました。発言した全員が【3・11】に際して「日本の人民」と連帯する反原発の取り組みを自分の国でも行うと表明しました。個人的には、アメリカの労働者が「日米両政府は(情勢が緊迫する)ウクライナに民主主義をつくると言いながら、自国のそれを破壊しようとしている」と痛烈に批判したことが印象に残りました。

 ここで午後2時46分を迎え、集会参加者全員で黙祷をしました。

 その後、福島現地からのアピールが続きました。
 国労郡山の方は、JRの郡山総合車両センターでの放射線対策を求める取り組みを紹介しました。その中で、車両センターに入場した車両の線量を測定すると、その時よりも検査を終えて出場する時の方が線量が高くなっており、敷地内の放射性物質を含んだ粉じんが問題になっているという事実を明らかにしました。
 水郡線の運転士である動労水戸の組合員は、いわき~広野で運行された「ポケモントレイン」に言及し、「これを楽しみにしている子どももいるのではないか」と悩んだことを告白しました。そして、「鉄道員や子どもの気持ちを利用して『原発に向かって走る』列車を走らせるのはおかしい」と思い至ったと話し、「悪い意味で放射能に慣れさせられていると思います。それをひっくり返すために自分も頑張りますし、共に頑張りましょう」とアピールしました。
 浪江で「希望の牧場」を営んでいる農家の方は、「生きた証拠」として売れなくなった牛でもその牛が死ぬまで育て続けるとまず発言しました。そして「仮設住宅は半強制的な収容所だ。棄民政策そのものだ」と強い怒りをもって言い切りました。
 全国農民会議の一員でもある県内の農家からは、「原発事故を起こす間接的な原因を私たちは作ってしまったのではないか。『おこぼれ』にあずかろうとする心性があったためではないのか」と提起しつつも、「原発の無い社会をつくるというのは、我々の古い体質を変えるたたかいではないか?私は労働者や女性たちと連帯してたたかいたい」と訴えました。
 福島大学の学生からは、大学から「原発反対」の声を広めるべく行動していたところ、大学当局から呼び出されて「過激派」との付き合いをやめろと恫喝を受け、さらにその学生の親にまで当局が圧力をかけたという事実を暴露しました。さらに、かつて『差別としての原子力』という著書を出しており、表向きは「脱原発」と言っている清水修二氏が「過激派」ネガティブキャンペーンの最先頭に立っていることを批判しました。
 ふくしま共同診療所の医師からは、「私たちを呼んで講演会でも何でも開いて下さい。どこへでも行きます」と言いました。そして、「被曝は東日本全体の問題です。大人も子供も診療所で検査を受けて欲しい」と訴えました。
 最後に診療所設立に尽力した佐藤幸子さんが発言。
「甲状腺検査で2年前は〔A2〕だったのが〔B〕に悪化した人もいる」
「甲状腺がんの実態が反原発運動をしている人々の間ですらなかなか伝わっていない。この事実を広く知らしめなければならない」
「診療所を潰そうとする勢力がいる。それは国に逆らうことをやっているからだ」
「アピールした高校生とは実は私の娘でした。空っぽの自室を見て泣いた娘を見て、国や東電に改めて怒りを覚えた」

 佐藤さんのこれらの言葉が重く響きました……

3・11『反原発福島行動’14』 なお、以上の発言は僕のメモを基に書いたものなので間違っているところがあるかもしれませんので、その点は留意して下さい。

 集会後、会場から郡山駅に向かってデモをしました。昨年より警察の制限が厳しかったですが、郡山の町を力強く歩き続けました。僕たちは「NAZENいわき」の横断幕も出して比較的前方で頑張りました。
 集会解散地点の郡山駅前に「在特会」みたいな奴らがいたのにはうんざりでしたが… ┐(´ー`)┌
 こうして長い1日を終えました。

 ここからは感想や今後のことについて…
 【3・11】の日にデモを行うことに対しては運動をしている方の中にも賛否があるのは承知しています。しかし、ただ「祈り」、そして「鎮魂」するだけではその心を権力に利用されてしまうのではないかという思いが僕にはあります。むしろ【3・11】だからこそ、単なる自然災害に留まらない「人災」、特にその最もたるものである原発事故を引き起こした国や東電に対する義憤を表明し、行動に移すことが必要だと僕は思います。だから、2012年以来、【3・11】に現地で行われた集会・デモに行っていますし、これからも行き続けます。
3・11『反原発福島行動’14』 なにより、「いわき駅前アクション」参加者同士のつながりを深め、福島で、いわきでたたかう仲間との連帯が深まってきた実感をさらに持てるものになったことが大きかったです。後はこれを毎週の行動でどう示し、どう広げるかにかかっています。
 願わくば、この日記を読んでいる福島県外在住のマイミクさんが一人でも多く福島県やいわき市を訪れ(すでに現地行動を重ねていらっしゃる方もいますが)、福島やいわきの現実のほんの一端でも良いから知っていただきたいです。
 かくいう自分も実は甲状腺の検査はまだしていませんし、「ふくしま共同診療所」を「ただ訪問する」ことすらできていません…自分の体の「真実」を知るのは正直怖いです(いわきと福島市では行き来がしにくいという問題もありますが)。でもいつかは「共同診療所」で検診を受け、体に起こったことを直視しなければならない時が来ると思います。
 その事実を受け止めた上でどう行動するか、「過激派」キャンペーンや「中核派」(特にその中の「中央派」)の問題にどう対処するのか、なによりいわきでもっと駅前アクションを広めることができるのか……

 課題は多く、また大きいですが、これからもできる限りの行動を重ねていきます!

Other Posts こんな記事もあります(一部広告)。

3・11『反原発福島行動’14』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です