[お知らせ]追悼集会「小田原ですが……」のご案内

by 中野由紀子
 小田原紀雄さんは、5ヶ月にわたる入院・闘病生活ののち、去る8月23日夕刻ご逝去されました。享年69歳でした。お見舞いに行こうとしていた矢先でした。残念です。心からご冥福をお祈りいたします。以下、ご案内です。どうぞ皆さま、いらしてください。
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追悼集会「小田原ですが……」
小田原紀雄さん 微かにビブラートの効いた低音の、しかし思いのほかはっきりとした声が、そこここにある脳裏に蘇っている。今、このとき、我々は、まだ小田原紀雄と語り合いたい。例えば、電話口の向こうから「小田原ですが」という声が、すぐそこで聞こえてくるように、今、語り合いたい。
 小田原紀雄は、もうここにはいない。彼の、そこいらじゅうに散らばっている言葉を拾いながら、その一つ一つを自分の中でかみ砕いてその破片を身体に刻印するように、あの声にもう一度、思いを傾ける時を皆さんと持ちたいと願います。
 万障お繰り合わせの上、ご結集いただきたく、ここにご案内申し上げます。
日 時:2014年11月15日(土)13時開場、13時半〜16時50分
場 所:池袋サンシャインシティ文化会館5階特別ホール
    東京都豊島区東池袋3-1 総合案内電話03-3989-3331
    池袋駅東口から徒歩8分
参加費:2,000円
主 催:追悼集会「小田原ですが……」実行委員会
連絡先:東京都新宿区大久保1-7-18アサヒニューシティビル4階
    キリスト教事業所連帯合同労働組合
    TEL&FAX:03-3207-1273
■ご参加される方はお手数ですが、下記にご記入の上、FAXもしくはメールでお申し込みください。 また、ご出席叶わない方もメッセージがあれば、どうぞお願いします。
FAX:03-3207-1273  メール:odawaradesuga1115@gmail.com
※参加費からは経費の半分程度しか見込めませんが、小田原の遺志と重ね合わせて参加費を決めました。追悼集会の成功の為に是非ともカンパをお寄せ下さるようお願いします。
送り先:郵便振替「靖国・天皇制問題情報センター」
                     00120-5-572390
※通信欄に「小田原追悼集会カンパ」とご記入ください。
※お申し込みは10月31日までにお願いします。
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お名前
ご連絡先
小田原紀雄さんとの関係
  (以下に○をつけて括弧の中に具体的にお願いします)
・キリスト教 ・コスモ ・運動 ・その他
(                    )
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 尊敬してやまない小田原さん。いろんなことが思いだされて涙が出るので、今はあんまり考えないようにしています。羽生の教会にもご自宅にも何度もうかがい、お世話になりました。泊めてもらったり、畑仕事を手伝ったり、みんなで美味しいご飯を食べたり。パレスチナのこと、山谷のこと、私の悩み事、いろいろお話しました。小田原さんは私を一度も叱ったり怒ったりしなかった。
 いつも話の前にみんなでご飯を食べました。まずはみんなで食べました。そうすると受け入れてもらえたことで安心する。そのうちに迷いやつらい気持ちが和らいでいきます。お腹が満足した頃には大いに笑っている自分に気づくといった具合です。話をよく聞いてくださり、批判も非難もせず、ただただ思いやり深い安心する言葉をくださいました。
 悩みの深い頃、なにかの集会の帰りの電車でふたりになりました。あんまり苦しくて、クリスチャンでもないのに「私も牧師になりたい」と言ったら、「どうしてもなりたかったらいつでも推薦状だってなんだって書くけれど、不自由なことも多いぞ?自由なままの方がいいということもある」と言われて、根性なしな私は「じゃあ、もう一回よく考えます」と言いました。
 だいぶ前になりますが、山谷の越冬闘争に参加させていただいたある年、一週間連続で泊まる女性の参加者が私ひとりだったことがありました。小田原さんは心配してくださり、山谷の福祉労働会館の2階にある「日本堤伝道所(にほんづつみでんどうしょ)」に泊まれるようにしてくださいました。あんまり無理するなよ?と言ってくれた。
 シャコさん(宇賀神寿一さん)を紹介してくださり、「日本ってクニはな、こんなに優しい男を爆弾魔にしてしまうんだからひどいクニだぜ」とおっしゃったときのあの独特の低く響く声のトーンやいたずらっ子みたいな表情、お酒を召し上がるときの仕草や……ああ、胸の奥にたくさんの小田原さんが生きています。私を「由紀子さん」と丁寧に呼んでくださるのは小田原さんひとりだったな。故人の遺志ということで、棺を車に乗せる時には参列者の歌う「インターナショナル」で送られたそうです。斎場となった教会には、入りきれないほどの人だったようです。
 小田原さんが最後に取り組んでおられたのは、三里塚です。様々なしがらみや党派のごたごたを超えて、大きな運動にしたいと願っておられました。大して役に立たないんだけど、私にできることをやっていきますね。「なにがあっても、たとえ一人になろうとも、淡々と毎日を積み重ねて強くなりなさいよ?」と言われた言葉を忘れません。追悼集会にはうかがいますからね。聞こえる?なんで死んじゃったんだよー!
 本当にありがとうございました。本当に本当にお世話になりました。
 一旦、ちょっとだけ、さようなら。

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小田原紀雄さん

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