三里塚勝手連

10・10三里塚(成田)現地闘争報告(その4)-集会・デモ報告

10・10三里塚全国集会 その1その2その3の続きです。
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◆勝手連の仲間と東峰神社に参拝

 さて、集会場の近くで車からおろしていただきまして、私は『三里塚勝手連』の皆さんとの待ち合わせ場所に向かい、ほどなくして合流できました。天候は相変わらずで、大雨注意報の上に雷警報まで出ているとか。余談ですが、勝手連の「動員力」は不思議なことにいつも一定していまして、今回はすごくたくさんの参加者があるかと思える時には、常連さんたちがそろって参加できなくなるとか、逆に今回は少ないだろうなと思うと、思ってもいなかった人や、ネットを見て初めて参加しますというような人に大勢来ていただけるというようなあんばいでして、だいたいいつも同じくらいの人数で参加させていただいています。まあ、勝手連の趣旨としては、入るところのない個人参加の方に、三里塚にかかわれる「場」を作るということですから、人数は関係ないと言えば関係ないのですが、それでも数が多いとなんとなく心強いということはあります。

10・10三里塚全国集会、東峰神社に参拝 今回は集会の前に、いつも道案内の看板だけが見えて気になっていた東峰神社を、みんなで訪問することになっていました。「勝手連」らしく、訪問か参拝か見学か、はたまた現地調査かは、各自の位置づけにまかせるということで。でもやっぱり神社に行ったら自然に参拝しちゃうよな。ということで、結局は全員が普通に(?)参拝しました。

 東峰神社は、東峰部落をはじめとする開拓農民たちの産土神(うぶすながみ)として親しまれていた神社で、「勤労の神様」として二宮尊徳を祀っているそうです。元は「東峰の森」と呼ばれる鎮守の森に囲まれた緑の多い神社でした。この森は地域の防災林としての役割も果たしていましたが、日韓ワールドカップの年に、空港会社がこの森を伐採して神社を丸裸にしてしまったのです。おまけに周囲を二度と木が生えないアスファルトで固めたあげく、鉄板で神社を囲い込んでしまいました。東峰神社はもともと飛行場(伊藤飛行機研究所)にあったものを遷座したもので、元は「航空神社」という名前だったのですが……空港会社もずいぶんと罰当たりなことをするものです。きっと今の成田空港の没落は、空港を建設するために殺された何人もの犠牲者や、流された夥しい血の怨念と、そして東峰の神様の祟りのせいかもしれません。

東峰神社 参拝ののち、みんなで神社を見学しておりますと、黒塗りの公安私服刑事の車がスルスルと背後から近寄ってきました。車から出てくる2名の公安。私たちは検問でもされるのかと身構えますが、マスクと帽子で顔を隠した「過激派スタイル」の公安さんは、遠くから大声で、「千葉県警でーす!集会に参加されるんですかぁー!」と警察手帳を見せながら叫んでいます。私は公安が警察手帳を見せるところを生まれて初めて見てびっくりしました。まあ、しょせんは遠くからなので確認は不可能ですが、いつもは身分が不明の私服姿の人間の言うことなど聞けないので、警察手帳を見せろと言っても公安はチラリとすら絶対に見せないのに。あんまり驚いたんで、「ああ、集会の前に参拝しにきたんだ」と素直に答えてしまうと、私服さんも「はい。オッケーでーす!」と言ってあっさり去っていってしまいました。ブログ『小太郎とカラスウリと』の平凛さんは「どうりで雨も降るわけだ…」とつぶやいておられました。

 でも、東峰神社は今もわずかに残された地面から草も生え、こんな姿にされても、とても雰囲気のよい神社のように感じます。適切な表現かどうかわかりませんが、とてもかわいらしい神社です。漫画家の尾瀬あきらさんは、「(こんな姿にされて)もうここには神様はいないだろう」と書いておられますが(→「神様を追い出すサッカー」)、尾瀬さんがこの文章を書かれた頃よりは、こうして草も茂って木も伸びてくると、どうしてどうして、まだまだちんまりとそこに神様がおられるような気がしてきます。できれば鎮守の森がある頃に来たかったですね。
 なんでも空港会社は、やっと伸びてきたこの木をまたしても刈り取ろうとしているとか。たたでさえ森を伐採してアスファルトで固めてしまったあげくに、またしても地元の人々に親しまれている神社を裸にするようなことは許せません。

 集会場に入る時には、今度は機動隊の検問です。といっても昔の暴虐さに比べたらまだ緩いもんですけど。その機動隊が私が持っていた勝手連の幟(のぼり)旗用のプラスチックの旗竿を指差して、「それは何に使われますかぁ!」と言いました。私がきょとんとしていますと、もう一度「何に使われますかぁ!」と言うもんで、「いや…旗だけど…」と、他に何に使うんじゃいと思いながら答えました。すると、「旗っ!オッケーでーす!」と言われました。少し呆れて「別にこんなもんで殴りかかったりしないよ」とつぶやきながらプラスチックの棒をヘロヘロと振って見せますと、後ろでジュラルミンの盾をもって並んでいた若い機動隊員の一人が、思わずプッと吹き出して笑いを堪えているのを私は見逃しませんでした。

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◆1560名の結集で集会をうちぬく

10・10三里塚全国集会 おりからの雨で、会場の畑はもうズブズブのぬかるみ状態かと覚悟していましたが、思ったよりは水はけがよくて助かりました。さすがは普段からの手入れが行き届いているのかと。それでも充分に靴は泥の中に沈みます。そこではたと全員が気がついたのですが、下に敷くシートを誰も持ってきていない!いつも持ってきてくださる幹事役の方が今回欠席されたせいで、みんなあまりにも油断しすぎ!つーか、私がかわりに気をきかさなければいけない立場だったのですが、大ちょんぼでした。そのまま集会がはじまりましたが、忙しい中で駆けつけた、『たわいもない話』の薩摩長州さんが勝手連に合流。下に敷くためのゴミ袋をみんなに配ってくださって、本当に助かりました。薩摩長州さんありがとう。また、雨の中でうずくまって発言を聞いていますと、「勝手連」の旗を見て、なのなの勢力さんがわざわざ訪ねてきてくださり、しばしの再開を喜びました。

 集会は全国から1560名が結集する中、いつものように反対同盟員の最長老(93歳)、森田恒一さんの熱烈な開会宣言で始まりました。この日はいつもに増して大量の飛行機が低空で、集会場の上をまるで威嚇するみたいにスレスレで飛んでいきます。ですが、これはまさに、閣議決定から実に半世紀を経過しても、こうして今でも空港の予定地内で堂々と反対集会を貫徹できるのだという、農民の側の力関係を示していることでもあります。

 続いて北原事務局長の主催者あいさつ萩原事務局次長の基調報告、特別報告として、動労千葉の田中委員長沖縄・市東さんの農地を守る会の安次富浩さん関西実行委員会の永井さん、山本さんと続きます。そして、今回の特別報告では、現在、ストライキの只中ということで動員こそとれませんでしたが、関生労組から、初めてアピールがよせられたのが注目されます。次回の集会では、あの連帯旗が三里塚の大地に翻るところを見れるかもしれません。それぞれの発言内容については、すでに多くのブログで紹介されていますし、『関実・三里塚』のブログではテープ起こしをして全文が読めますので、私はそれにリンクを張るだけで楽をさせていただきます。もうすっかり日もたちましたし、このエントリーもすでに長文になりつつありますので(汗

 萩原さんの基調提起についてだけ簡単に報告させていただきますと、まず、農民を虫けらのように扱う、旧態依然とした空港会社の姿勢こそが、今の不様な成田空港の姿を強制している原因だ。その現状に対して空港会社は、滑走路1本に対して3本の誘導路を作るというような、常識では考えられないやり方をもって攻撃を加えてきているのが今日の三里塚の姿だと。これに対しては、われわれは敵のタイムスケジュールをズタズタにするような闘いに成功してきたし、これからもどんどん押し込んでいく闘いをやる。
 そのためには第一には断固として現地闘争を闘いぬくということであり、それと並行して裁判闘争をこれと一体のものとして激しくたたかう。第二に、民主党政権打倒を掲げ、労働運動、反戦・反核、住民運動、環境問題も含めた市民運動など、あらゆる階層との連帯を深めていく。第三に、国の農業潰し阻止を掲げ、市東さんの農地取り上げは、その縮図なんだということを鮮明にする。第四に、沖縄をはじめとする反戦・反基地の闘いとの連帯・合流を実現する。そして第五に、「一番肝心なところ」として、労農連帯とインターナショナルをあげられました。農業・食糧問題は一国では解決できない。そして日本では少ないけれども全世界の圧倒的な人口は農民である。その農民の位置づけを確固として築いて、労働者とともに闘う、それを農民が労働者に求めていく。それをインターナショナルに展開していくということが重要だと提起されました。

 続いて、「農民アピール」が鈴木謙太郎さんから読み上げられ、『市東さんの農地取り上げに反対する会』の皆さん、北総のコメ農家小川さんと続き、市東孝雄さんご本人からは、「農業こそ公共であり、公益ではないのか」と、農民としての誇りに満ちた発言がありました。反対同盟顧問弁護団による現状の説明と今後の決意をこめた挨拶、鈴木加代子さんからのカンパアピール、各地の市民団体などからの挨拶、共闘関係の党派団体からの決意表明と続きます。

◆多彩な「勝手連」参加者

10・10三里塚全国集会 集会の途中で「勝手連」の皆さんと、いつもお世話になっている鈴木加代子さんにご挨拶に行きました。とりわけ「初めて三里塚に来た」という人は、集会の発言だけでなく、できるだけ農民の方と直に顔をあわせて判断してほしいと思うので、集会中にご迷惑かとは思いつつ、いつも可能な限りご紹介させていただいています。

 特にこの日は加代子さんも烈々と「三里塚は農民が生きるための闘いなんだ」ということを、現地の動きをまじえて説明してくださいました。その烈々とした訴えに、私などは思わず「きおつけ」の姿勢になって恐縮して聞いてしまいましたが、この日、生まれて初めて三里塚に来た、それまで何も知らなかったという方が私たちの中におられまして、その方は、鈴木さんの話を聞いているうちに「感動して泣きそうになった」と言っておられました。
 本人の了解を得ていませんので、あまり勝手なことを書くのは控えさせていただきますが、実はこの方、政治的には右翼な思想の方なんです。私は以前にも、三里塚闘争を応援するということは、自分にとって、子供が川で溺れていたらどうするのか、見て見ぬふりができるのか、そういうレベルの明白なことであると書きました。このエピソードからも、その思いを新たにしました。

 今回は、主に初めて参加していただいた方を中心として、「勝手連」の参加者は三里塚の集会としてはちょっと「ひと捻り」したような方が多かったかなと思います。もちろん「勝手連」の趣旨からして、そういう方々に来ていただけることは嬉しいことであり、予想できたことでもあって、「勝手連」がなければ来れなかったかもしれない方々ですから、そのことは良かったのかなと思います。個人的にはあまり想定していないことで意外ではありましたけれども。

 ですが一方で、この方のように、とてもピュアで正義感に溢れ、偏見や先入観をもたない心から尊敬すべき若者が、普通の生活の中で右派に傾いていってしまうようでは、左派もダメだなあという思いにかられました。私なりに三里塚への思いや、これまでの歴史などを一生懸命説明させていただいたつもりですが、後日にいただいたお礼のメールに「草加先生にはお世話になりました」とか書かれていて、椅子から転げ落ちるを通り越して、悶絶してしまいました(笑)。どうか「先生」だけはやめてください。

◆いよいよデモに出発

10・10三里塚全国集会 さて、集会も終わってデモに出発です。前半は東峰部落を抜けるいつものデモコースで、かつ解散地点もいつも通りに市東さんの畑です。ですが、今回は、いつもの団結街道を通るコースが封鎖されていますので、市東さんの自宅前からは、今現在、市東さんが実際に畑まで通っている迂回路を通って、解散地点の畑まで行くデモコースでした。先頭は農民が運転する4台のトラクターです。

 私はすでに前日、車でここを通っていますから、コースとしては知っているはずなんですが、実際に歩いてみますと、いつまでたっても解散地点につかないという感じがします。普段のデモの感覚を、体が覚えているということもあるんだと思いますが、いつもならもうそろそろ解散だというくらいの感覚なのに、そこはまだ折り返し地点といった具合で、体感的には2倍から3倍くらいの距離に感じました。卑近な感覚かもしれませんが、歩きながら、その長さに、団結街道封鎖への理不尽に怒りが改めてわいてきます。実際に体感してみないとわからないことはあるのだなあと思います。

 解散地点についても、市東さんの畑を見ることができません。すっかり塀で囲まれているからです。事態は第三の誘導路にとどまらず、すでに市東さんの農地強奪の準備が進んでおり、その攻防に入っているのだと感じました。
 人でごったがえす狭い入り口から、やっとのことで少しだけのぞきますと、例によって市東さんは乗ってきたトラクターで畑に入り、そのまんま農作業に入っています。市東さんはいつもデモが終わるか終わらないかのうちに畑にすっとんでいって農作業をはじめてしまいます。本当に農業が好きなのだなあと思います。本当に空港会社は、この人から父祖伝来の農地を暴力で強奪することをやるのでしょうか?知れば知るほど信じられない思いでいっぱいになります。市東さんがここで農業を続けていくためなら、一肌でも二肌でも脱ごうじゃないかと思ってしまうのは、私だけではないと思う。

 その後、私たちはいったん都内に戻り、遠方からの方も含めて、時間が許す限りの交流会をもちました。語っても語っても語りきれないまま、それぞれの場所に帰っていったのでありました。

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<参考>

10・10(たわいもない話)
再び東峰神社へ(小太郎とカラスウリと)
雨の三里塚(不条理日記)
行ってきました(なのなの勢力)
新「あるみさんのぼり」完成!(たたかうあるみさんのブログ)
「集会参加者約770人に対して警察約3,700人」っておかしくない?(社会の隙間から)

三里塚芝山連合空港反対同盟(北原事務局長)
 ∟ 反戦の意気高く 第3誘導路粉砕へ1560人がデモ
 ∟ 10・10全国総決起集会:集会宣言
 ∟ 主導権は我々にある―10・10全国総決起集会・基調報告(その1)
 ∟ 国益より人民の利益―10・10全国総決起集会・基調報告(その2)

関実・三里塚
 ∟ 10・10三里塚全国集会
 ∟ 森田恒一さん 開会宣言
 ∟ 北原鉱治事務局長 主催者あいさつ
 ∟ 関西空港反対住民 特別報告
 ∟ 基調報告 萩原進さん
 ∟ 基調報告 萩原進さん(その2)
 ∟ 特別報告 沖縄・安次富浩さん
 ∟ 特別報告 関西地区生コン支部
 ∟ 労農連帯 小川浩さん(北総の稲作農家)
 ∟ 労農連帯 『農民アピール』
 ∟ 「市東さんの農地を守る会」、市東孝雄さん
 ∟ 星野文昭さんのメッセージ
 ∟ 住民団体 部落解放同盟全国連

三里塚第3誘導路建設阻止へ(日刊動労千葉)
10・10三里塚現地集会に1560人が参加(こくがブログ-泉佐野市会議員・国賀祥司)
10・10三里塚現地に1560人(東京北部ユニオン「街」分会日誌)
三里塚全国総決起集会(北島邦彦の「すぎなみ未来BOX」)

10・10三里塚現地に1560人、農地強奪攻撃に怒り爆発(『前進』速報版)
10・10三里塚 “農地死守”誓い1560人集う(週刊『前進』)
トラクターデモで工事現場席巻(週刊『三里塚』)
危険で遠い迂回路を行進 権力への市東さんの怒りを共有(日刊『三里塚』HP版)

コメント

  1. (その1)報告のTBありがとうございます。前日に断念したへタレとは違って、援農や監視行動にまで参加され、詳細な報告お疲れ様でした。それにしても、何とも参加したかった…次回こそ新「あるみさんのぼり」をかついで決起するぞぉ~

    >とてもピュアで正義感に溢れ、偏見や先入観をもたない心から尊敬すべき若者が、普通の生活の中で右派に傾いていってしまうようでは、左派もダメだなあという思いにかられました。

    う~ん全くその通りですね。ただ、上のような方は今の「国家」や「民族」をアプリオリに考えるような単純な右派にはきっとならないと思います。
    「領土問題」等で「ナショナリズム」が吹き上がる時代となりましたが、「普通の右派」のナショナリズム(あまりに偏狭で悪質なものではダメですが)を持った人にも「ああ、そうか」と転換してもらえるような「左派」の自然な理論や感性ができると、いのでしょうね。

  2. GOさん>

     いえいえ、登山でも一番難しいのは「中止して引き返す勇気」なんですよ。登山でも、準備を重ねて休みをとって楽しみにしていて…そのあげくの体調不良や天候急変などのアクシデントに遭遇した場合、中途半端な登山経験者はどうしても一番楽観的な予想をたてて先に進んでしまいます。そうして余計に困難な目にあったり、最悪の場合は遭難とかしてしまう。そういうのは勇気ではなくてただの蛮勇です。まずは自分の生活や体を大切にして、長期にわたって持久的に闘い続けるられる環境整備を大切にしてください。

     今回は三里塚としては異色な方にも来ていただけました。実は私は「子供が溺れていたらどうするかの自明な問題」と言いながら、勝手連が始まった時、参加していただける層として、元々が「筋金入りの左派」みたいな人たちばかりを想定していたようなところがあります。ですが三里塚の闘いは、ちゃんと知れば万人が感動・共感できるものですから、むしろ左派以外の人たちが勝手連という「場」に来ていただけることは想定できることでした。

     今回来ていただいた方がどうこうということではなく、それとは無関係の一般論なんですが、現在の市民社会の中で、右派的な考えや潮流というのは、必ずしもレイシストではない「普通の人」の間にも厳然としてあります。それをつかまえていちいち糾弾しているようでは、自分と考えの違う他人をつかまえては吊るし上げているような、ネトウヨ諸君のメンタリティの裏返しに私たち左派が落ち込んでしまう、彼らネトウヨが北朝鮮と同じ穴のムジナになっているように、私たちもまたそうなってしまうと思います。それでは人民の未来はありません。

     たとえばかつての三里塚の農家では、どこの家にも明治天皇や昭和天皇の写真が飾ってありました。闘争の一番激しかった時代でもです。そんな農民を右翼や保守派は政府に媚へつらって平気で見捨てたのです。また、共産党は自分の考える運動の方針や範囲内に農民を統制しようとして絶縁されました。対して、新左翼系は天皇の写真があろうがなんだろうが、国家権力の暴虐に必死で抵抗している農民に無条件で連帯を申し入れ、そんな農民の自主性を尊重してその統制に従い、膝をつきあわせて語り合う中で三里塚闘争を創生してきたわけじゃないですか。

     誤解のないように言っておきますと、私は「左右共闘」という言い方には否定的ですし、決して馴れ合ってはいけないと思います。それはお互いにとってもよくない。ただ私が言いたいのは、「人としてどうよ」という観点は絶対になくしてはいけないということです。思想やイデオロギーに基づく運動では、往々にしてこの観点を失いがちになるのではないでしょうか。理論的な整合性でもって、それを免罪することは絶対にできないし、してはいけません。三里塚闘争の全体をテロリスト呼ばわりする一部のネトウヨさんの浅はかさや、子供を襲撃する「在特会」のあり方など、まさしく格好の反面教師だと思います。

     実際、左翼運動全盛時代の左派は、油断してそういう方向に行ってしまったことが衰退した一因であると思います。現在の「行動する保守」とやらの皆さんも、完全にそういう方向にどっぷりと漬かっていますので、これでは将来性がありません。こういう行き方というのは、だいたい人口の5%くらい(それでも膨大な人数ですが)を組織したところくらいで頭打ちになるようです。あとは風まかせで、よほどの幸運がなければそれ以上は行けません。そしてちょっと風向きが変わればガタガタと衰退してしまう。70年代の新左翼運動がそうでした。

     以上のような三里塚の歴史性とは別に、三里塚闘争自体を左翼革命の方向に純化させたいとか(そう思ったり主張するのは全然いいんですが)、結局は自分の考える運動の枠内に純化させたいと思うような発想だって、運動の内部にはあります。運動はどこをとっても全部が綺麗で何の問題もないというわけでもないでしょう。しかしながら、運動の主体である現地の農民自身が「マルクスも読んだことがない非左翼の人間は現地に来るな」とか言い出さない限りは、私は多くの皆さんに三里塚の実態を知ってほしいと思うし、勝手連の旗を掲げ続けたいと思うのです。

  1. 2010年 11月 03日
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  2. 2010年 11月 08日
    トラックバック:不条理日記

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