ソ連・アフガン・革マル

2ch.gif319 :名無しさん@3周年 :04/09/23 22:06:01
>>318に同意。
みんなやるべきことは当時やったんだし。今更行動せよとか、どうこういってもしょうがないじゃん。
今を嘆いて我々にどうこうせよ、などと注文つける輩は、勝手に困ってりゃいいんだよ。
ザマーミロ、それみたことかって感じ。ソ連が崩壊したとき喜んでたツケが回っただけだよ。
ソ連崩壊を喜んでた奴に、資本主義の矛盾を嘆く資格は無い! とオモイマス。

322 :名無しさん@3周年 :04/09/24 14:38:52
まー元活なら出自がどこだっていいじゃないか。別に民青だって構わんさ。オレは。
だってもう昔の話だろ?
今のオレは別に戦旗の看板背負って生きてるわけじゃないしな。
元革マルだってなんでわざわざ革マルなんかを選んだのか問い詰めたい気もするしなw
マターリやろうぜ。同志諸君よ。

323 :名無しさん@3周年 :04/09/24 20:22:36
>>322
入った大学がたまたま革マルの拠点校でなんとなくその活動の中に。でも、途中から距離をおくようにしたら、そのまま疎遠に。しつこく追っかけてこなかったよ。
まあ、オレもつっぱり傾向の(^-^)/と思想だから、マルもほっとけの姿勢だったんかも。

324 :名無しさん@3周年 :04/09/24 20:29:24
>>323
もうちょっとエピソード教えてよん、

325 :名無しさん@3周年 :04/09/24 20:32:57
>>323
革マルって、外から見えにくいからどんな感じだったか、教えてほしいな

326 :323 :04/09/24 21:10:58
では、リクエストにお応えして・・・
最初のとっかかりは自治会活動。なんとなくクラス委員になった。オレは高卒後働いていて、その後数年して入学したもんだから、3~4年生と同じ歳だった。だからものおじせず、むしろオレは労働者だったんだぞてな感じで大きな(^-^)/してた。
そのへんで連中もやりずらかったんかも。
国際反戦デーが最初のデモだったな。解散集会でインターを歌ったのも、それが初めてだった。
でも、マルがオレの過去をしつように調べてることを知ってから、距離を置くようにしたというわけ。

327 :草加耕助 ◆l5uYUz79nM :04/09/25 06:25:07
>>319
>ソ連崩壊を喜んでた奴に、資本主義の矛盾を嘆く資格は無い!

スパルタシストが「ソ連のアフガン侵攻を非難した奴に、タリバン政権を批判する資格はない!」みたいなことを言ってるのを思い出した。
http://www.icl-fi.org/JAPANESE/afghan-j.htm
一理あるが、やっぱりちょっと違う気がする。
ただ、イラクの米軍が「それ以前のフセインよりまし」だの「撤退したら国内が混乱して内戦になってしまう」だの言ってるやつに「じゃあ、ソ連軍がアフガンから撤退したのも間違いだったんですね?」と言ってやるならまったくその通りだと思う。

まあ、>>319さんが言いたい趣旨は「資本主義マンセー、自民党マンセーだった奴は、その結果に責任を持つべきだ」ということなんだろうから、その点については同感です。
また、「我々に注文つける輩」ではなく、当時から、あるいは今、頑張っている人には頭が下がります。そういう人に何も言ってはいけないということはないでしょうが、ぐだぐだとした「注文をつける」存在にはなりたくないと思います。

328 :草加耕助 ◆l5uYUz79nM :04/09/25 06:40:54
>>323さん
革マルなんて、身近にまったくいませんでしたから、初めて反原発の集会でzの白ヘルメットを見た時は「おお、あれがそうか」って感じで、ちょうど組織山行の時に、生まれて初めて雷鳥の親子を間近で見た時と同じ感慨がありましたね。

中核派の諸君がよく「我々が命をかけて革マル戦争をやってなかったら、今ごろ国内の反戦闘争は革マルの手で根こそぎにされていて、どこもかしこも革マルにヘゲられていただろう」なんてよく言うんですが、
「おいおい、革マルってそんなに超スーパーものごっつい組織なんか?」と思ってしまいます。実際のとこ本当にそんなウルトラデラックスな組織なんすか?

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329 :名無しさん@3周年 :04/09/25 08:49:51
60年代中盤~70年代中盤までの10年余りの期間を、彼らと、(彼らと違う組織、立場、考え方で)共に身近で過ごした活動家であれば、多分、身に滲みて感じる実感でしょうね。
草加氏あたりは80年代世代でしょうから、最早、「絶頂期」も過ぎ、小手先のイタズラとたまーに衝動的なチョメチョメやるくらいしか力量がなくなっていたはずなんで、特に「ウルトラデラックス」でも無かろうかと察します。
彼らは時間と体力のある学生の一部を「それ」専用の特殊部隊に組織化し、多様な索敵情報活動と、様々な「仕掛け」を駆使し、確実にターゲット(個人、集団)を撃滅する、他派解体の尖兵としていました。その当時は、自然発生的なゲバや成り行き上の殴り合いなど、日常茶飯事でした。けれど、そこまで組織的計画的な、物質力を伴った暴力を行使したのは彼らが初めてだったと思います。ゆえに「強かった」わけです。
いくらなんでも隊列の中に(少なくとも当時は)、隊列内部の他者を路線として壊滅させる勢力がいるとは、誰しも、微塵も思いもしなかったのです。で、やりたいようにやられ、チュンもアオも、ブント、ノンセクでさえ、当時はやられるままではなかったかと。武力の専門部隊は強かったのです。で、それに対抗するために、組織部隊を整えたのはアオもチュンも70年代中盤くらいではなかったか。あとはご存知の通りです。

334 :草加耕助 ◆l5uYUz79nM :04/09/25 10:15:52
>>329
ふむふむ、当時のその筋の方の感覚がよくわかる書き込み、ありがとうございます(マジで)
そう言えば「中核vs革マル」にも、「最初のうちは街頭での会戦では中核有利、個人を標的とした内ゲバでは革マル有利だった」みたいなことが書いてあったなあ。

非難も批判もするつもりはないし、私自身もいわゆる「反内ゲバ主義者」ではないと思っているし、またこのスレであまりマジなことを書くのも無粋なのですが、
革マルが自分以外の運動を解体対象とする襲撃には、やはり(対抗的暴力を含めた)防衛を機軸に考えるべきではなかったのかと思います。
「防衛を機軸に考える」というのは決して「受身に徹する」という意味ではありません。川口君虐殺糾弾闘争のように、大衆的な怒りと結合するべきだったのではないだろうかということです。
アメリカの核軍拡と恫喝に対し、同じ核軍拡で対抗して人民の労働者国家に対する失望を増幅し、正義性を喪失したソ連のような行き方は、運動全体から見て、決して得策ではなかったと思っています。

私の時代には、「いつでもどこでも誰もが自分の意見を自由に表明できる」という意味では、革マルよりむしり中核派のほうが(彼らと違う組織、立場、考え方で過ごした活動家にとって)脅威であると認識されていたことは知ってほしいと思うのです。

今から少し寝てまた仕事です。レスがあればまた今晩(というか明日早朝)お返事させていただきます。

336 :名無しさん@3周年 :04/09/25 10:29:22
西田なぞは90年代も熊大、北九州大、東洋大などでマルに相当なことされました。
こっちのブントは、特になんと言うこともなかったのか?

337 :名無しさん@3周年 :04/09/25 10:50:36
その程度の反革マルの知識では
壊滅したのも当たり前だな。
多分それ以外の世界情勢の分析なんかも
せいぜいそのレベルだったんだろうし。

338 :名無しさん@3周年 :04/09/25 10:52:28
西田に言っているのか??

草加 耕助

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当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

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