原発事故】無責任に「不安」も「安心」も煽るな

 今は「不安を煽る」のもよくないですが、「安心を煽る」のも同じくらいよくありません。両者は同罪です。

 福島原発の事故の経過や現状をまとめようかとも思いましたが、すでに多くの発言や報道があり、かつそれが刻一刻と変化するので、門外漢の私が屋上屋を重ねることはやめることにします。ですが、報道を見るたびにドキドキするようになりました。新しい情報が入るたびにわきの下に冷や汗が流れます。「最悪の事態」が迫っているのかと思います。

 やるべきことはいくらでもあるでしょうが、被災地への緊急にして応急の救援と並行しつつ、福島原発事故の収拾に最優先で取り組むほかはありません。事故が最悪の事態に陥った場合、すべての救援活動なども無に帰してしまいかねないのですから。ですが、私たちは福島までバケツに水を汲んで原発にかけにいくわけにはいきません。だからこそ、今はパニックや不安に陥らず、冷静に推移を見守り、政府に情報の逐次公開を求め、自分や家族の身を守ること、そしていざという時に自分にできることを静かに考えるべき時です。 私もそのときには、弱い立場の人たちのために最後まで残って、災害ボランティアでも何でも、自分に出来る限りのことをしたいと思います。皆さん!その時は集まりましょう!

 しかし報道に出てくる原発の専門化(推進派)の解説を聞いていて、いつもイライラするのですが、たとえばメルトダウンの定義(「いや、まだメルトダウンじゃないですよ」みたいな話)なんてどうでもいいです。要するに今、燃料棒が溶けかかって(すでに溶けはじめて?)いるんでしょ。また、住民が浴びた放射能とCTスキャンやレントゲンとの比較話、あるいは「どこそこに飛行機で行くときに浴びる程度の云々」みたいな、そんなたとえ話もうんざりします。だってそこが本質じゃないでしょう?大切なのは、原発から離れた地域でも次々と放射能が検出されはじめたという事実ですよ。その上で、「今はまだ不必要に大騒ぎするレベルではない」と冷静な対応と今後の準備を呼びかけるならわかる。ですがその一番肝心な点をすっとばして、「こんなのたいしたことじゃないよ(フフン)」で終わらせてしまうのならば、それはあまりに無責任というもんだし、何も「解説」していない。チェルノブイリと原子炉の構造や事故の態様が違うなんてこともわかっている。そんなおためごかしの言い訳が聞きたいのではない。

 まったく、この期におよんでまだ何をいっているのかと思う。現に目の前に事実がある以上、「絶対安全、地震対策もばっちり、ジャンボ機が突っ込んでも大丈夫、事故なんてありえない、うちはチェルノブイリみたいな欠陥とは違います」と上から目線で公言してきたことは、「すみません、ちょっと言いすぎでした」程度には認めても別にかまわないんじゃないかな。

 こうなってしまった以上、今は原発賛成派も反対派もくそもない、左翼も右翼もへったくれもないです。そんなレベルのことを言っている事態ではない。「四トロ掲示板」の、トチローさんの投稿からの引用ですが、「福島原発の職員や業者は、文字通り決死の奮闘努力中だろう。日本の運命を背負っている。ガンバレ! ガンバレ!頑張ってくれ!」と。今はきっと何とかしてくれる。何とかなる。そう信じるしかありません。そのためなら私は右翼(それも街宣右翼)の人とだって協力しあったっていいとさえ思う。

 同じくトチローさんの投稿からですが、「政府には、これが戦争状態だという認識がない」のです。だからまず、事故の初期段階において、事態を過小評価する御用学者や東電の報告を鵜呑みにしてしまい、きわめて危機意識が低かった。事故の対応を東電にまかせ、政府はその報告を聞いて支援・指導すればよいという、従来の原発事故の延長線上の対応を考えていたのではないでしょうか。それが証拠に14日段階でも、玄葉光一郎国家戦略担当相(民主党政調会長)が、民主党の「地震対策本部」総会で、「絶対にチェルノブイリ(級の事故)はあり得ない」とする保安院の見解をそのまま紹介。危機意識の低さを露呈しました。2度目の爆発がおこり、菅首相が東電に乗り込んで声を荒げて、やっと政府との合同対策本部を設置させたのはそのすぐ後です。

 ネットを回っていますと、ある原発推進派の方がこう書いておられました。「確かに政府の対応はまずいし、私は今の政権を支持していない。だからかばうわけではないが、これは自民党時代に決まった法律であって、政府はその手順通りに動いていたのだ」と。これは政府や官僚たちが、自民党から民主党まで含め、原発は安全で決定的な破局をもたらす事故などあり得ないという楽観論で法律を作り、また、その手順通りに動いたことを意味していると思います。東電があたふたして、それでも自分たちで何とかしようとして事態を悪化させたのも同じ理由でしょう。「チェルノブイリはあり得ない」も何も、そんな他人事みたいな楽観論ではなく、何がなんでもチェルノブイリになんかされては困るのです。日本のみならず、世界の総力をあげても、事態が深刻化する前の段階で必死に押さえ込むべきだったのです。

 東電や御用学者など、今まで原発を推進してきた人間の言うことばかり聞いているから、どうしても対応が後手後手に回る印象を与えてしまう。それは時間がたてば今よりも事態が沈静化するかのごとき前提で考えてきたからではないでしょうか。今は「半径10キロ」の避難で充分でも、事態が悪化することも見越して考えるのが災害対策には大切だと思います。それなのに、いざ「想定外」に事態が悪化してからその後で、「20キロ以内の避難」だの、「30キロ以内の屋外退避」だのを、やっとその時になってから追加していくから、後手の印象を与え、不安を増す結果になっていくのです。すでに米軍は「80キロ以内の退避」、フランス大使館は「東京以北」、ドイツは「国外退避」を勧告し、今日の情報ではイスラエル大使館は公式の発表もないまま、もぬけの殻になっているそうです。日本も80キロと言わず、最初からせめて50キロ以内の退避を勧告しておくべきだったし、避難しろと勧告したからには、民間の客船を避難先に派遣してでも、避難を保障するべきです。首都圏・中部東海・関西など、直接震災被害にあわなかった地域は、避難民を受け入れて負担を共有すべきだし、船舶の費用なども企業などの供出で負担を求めるべきです。それでこそ、むしろ住民には今よりも「見捨てられていない」という安心感を与え、不安はかえって和らげられたと思います。

 え?「まだそこまでしなくてもいい段階である」だって?だからそれが「絶対に必要」になってからやってたんじゃダメなんだって言ってるだろ!オールジャパンで総力をあげて必要な負担をしないといかんし、楽観的な予測で作られた原子力関連の法律や、保安院など御用学者「だけ」の意見では役にたたない。今まで冷や飯を食わされてきた、原発に反対したり懐疑的だった専門家や学者も数人を対策本部に加え、厳しい目でビシビシ指摘させることも、絶対かつ早急にやらなくてはなりません。とりあえず避難地域を50キロまでに拡大し、避難方法や避難場所を保障することです。そのために政府は「戦争にも匹敵する事態」という認識のもと、イニシアチブをとらなくてはなりません。まことに癪に障ることだが、今だけはそれに協力してやってもいいと思っています。もちろん、その場合でも、批判するべきことは批判しますけど。どちらにせよ私みたいな「極左」がですよ、そこまで思っているというのに、まったく何をしているんだか!

 例の「計画停電」にしても納得がいかない。私もそうだったけど、初日は情報もないまま多くの交通機関がストップし、その路線が動いているかどうかは、とりあえず駅までいってみないとわからないような状況でした。そんな大混乱の中でも、みんな律儀に這うようにして出社したと思います。また、人口呼吸器や透析器などを使用している病院、手術を待っている患者は今も大変な苦労と不安を強いられているといいます。おまけに政府がこの東電の停電に対して最初にしたことは、停電による休業には補償は必要ないと企業に通知したことだという。

 ふざけるな!と言いたい。だいたいどうしても電気が足りないというのなら、まずは停電ではなく、「計画休業」を考えてもいいと思う。たとえば、停電はしないで企業や工場などは一日おきに操業を停止する。医療などやむを得ないなものを除いて「夜勤仕事」なんてとんでもない。もちろん休業日の給与も補償する。企業が大変だというなら、失業保険みたいに最悪正規の給与の7割とか5割でもよい。零細企業には政府から税金による補助も出す。これなら、労働者も収入は減るが、企業も内部留保などを吐き出して、労働者と共に負担を共用することになる。耐え切れないところは税金を使ってみんなで支え、雇用を守る。あるいは操業率を落として半数づつ休むとか、何らかのボランティア活動に参加を希望する社員にはその期間も給与の何割かを支給して支えるなど、いろいろな方法をいくらでも考えられるはず。

 もちろん、ここに書いたことだけが方法ではないと思うけれど、少なくとも、労働者だけが大混乱の中でも必死に出社し、創意工夫をこらして仕事をこなし、あげくに停電休業しても補償なしなんて、そんな一方的で不公平な話はないと思う。被災地の苦労や災害による疲弊は社会的にみんなで公平に分担し、支えるべきではないのでしょうか?これで「節電にご協力を」とか「みんなで頑張っていきましょう」とか言われても、どさくさの中で善意の人は「よし私も」と素直に思うのだろうけど、実は冷静に考えてみれば、まったく説得力がないべらぼうな話ではありませんか。

 まあ、ここまでは「安心を煽る」人のことを書きました。本当はこのあと、「不安を煽る」人のことを書いて、私たちに求められる心構えや、できることは何かというようなことを、僭越で微力ながら考えるつもりでした。今日はもう2時になりましたので、尻切れトンボですがここまでにします。私は仕事の現場が毎日違いますので、今は念のために5時台に出社していますので、どうかお許しください。とりあえず今誰でもできることは「断固として平常通りに暮らす」ということだと思います。買占めなどもってのほかです。最低限、それだけはみんなに守ってほしいです。

 それでは。明日は事態が良い方向に動いていますように。その結果としてエセ原発推進派に勝ち誇ったみたいなこと言われても別にいい。どうせ驚くような事実が時間を追うごとに次から次から出てくるだろうし、何より最悪の事態よりははるかにそのほうがマシですから。
おやすみなさい。

草加 耕助

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当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

コメント

    • 「あ」とよばれしもの
    • 2011年 3月 21日

    サヨクには蛇蝎のように嫌われている私です。
    草加さんのおっしゃられることは本当にその通りで、
    それぐらいしか今は語れないと私も思います。

    でも、やっぱり、違うなと思うのは、
    草加さんも<国家の強制>を<安全のために>担保
    すべきだという前提があると思うのです。
    それが政治家の仕事だろ…。

    私は、上からそのような指図をされて、静々とそれを
    実行するのなら、その方が何倍も恐ろしいのです。

    電力会社ができるのは、優先順位を決めて電気を送電
    することだけです。

    政治家の姿が見えないことに腹を立てている人たちも
    いますが、政治家の姿が見えないのに世の中を回そう
    としている現場のルールの構築力こそが希望のように
    感じます。

    私は戦争の傷跡しか見たことがありません。
    だから、戦争の悲惨さを一番に感じてしまいます。
    けれども、戦争を生きていた人たちは、それが日常
    であり、その日常をただ生きたいように生きること
    だけを望みにして生きていたのだと思うのです。

    その望みが理不尽な暴力によって無作為に消し去られる
    可能性があってもです。

    誰かが作らなければ商品は存在しない。
    誰かが運ばなければここに商品は並ばない。
    誰かが使わなければ商品である意味がない。

    当たり前のことがほかならぬ社会的つながりだけで
    成立している。だから、草加さんがいう労働者が
    割りを食ってるって発想はちょっと違うと思います。

    労働者は労働を通して、ほかならぬ、日常を生きる
    人々を支えてるんです。どんな高給取りも結局は
    賃金労働者で、自分の仕事の意味を自分ではなく、
    自分の仕事によって喜ぶ人によって与えられて
    いるはずです。

    その評価をお金で計ることをやめたらいいと
    思うんです。

    現場の人たちはお金のために動いているわけじゃない。
    案外
    人間は明白な困難を前にすれば
    素直に地道なことに取り組むのではないでしょうか?

    左翼って感情だから仕方ないっていえば仕方ないです。
    (右翼だって感情です。)
    どちらにしても、案外誰かを笑顔にしたくて行動して
    いるような気がします。(サヨクとウヨクは違いますよ)

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