「反体制としてのオウム」の評価をめぐって

2ch.gif558 :ガノタ :04/10/30 00:32:55
>>551「お子ちゃまの革命ゴッコ、おもちゃロケット打ち上げゴッコの域から全く超えられなかったんじゃないの?」
⇒には、草加様には悪いけど未だにうなずいてしまうトコあります。
また蒸し返しになっちゃうけど、オイラは「オウム」と「狼」では、心情的には「狼」に軍配をあげたくなるけど、武装蜂起でАК47の量産あと一歩までやったのは、本当に「実力武装闘争」だと思う(サリンはイラネ)。そうした意味で、オウムに負けちゃってるな、と正直思いました。
当時、故遠藤誠弁護士も麻原にさじを投げた点で、『ああ所詮は、「日本」共産党、「日本」社会党、そして「日本」新左翼、「日本」中核派・・・だったんだな、島国ムラ社会ののじゃれあいを、何十年間か左右中道揃いも揃ってナアナアでやってきてただけだ、と実感しています。
違う、というのならば何故当時オウムと共闘して体制転覆を図れなかったのか?本気で天下取る気は毛頭無かった、としか思えない。そうした意味で、逆に権力を「ロボット」と思い込み、切り捨てることができなかった、非情になれなかった(勿論無意識かつ無自覚に)。のだと、寧ろそう思います。
「優しすぎるサヨクのためのギユウキョク」ですね。
そういえば島田雅彦も80年代デビューでしたね。

脳内理屈をこねくり回す前に、できることが沢山あったのではないでしょうか?

560 :革命的名無しさん :04/10/31 01:26:39
ガノタ様

いつもながらに真摯なご意見、ガノタ様の真面目なお人柄がうかがい知れます。

しかしながらそうだからこそ疑問を呈さざるを得ません。
純粋な力関係だけで言うのなら、いくらオウムがカラシニコフを量産しようと(私は個人的に量産する能力があったとは思えませんけど)まだまだ国家権力の武装の前には足元にも及ばないでしょう。
例えばそれを使用して「散発的な」武装蜂起を行えたとしても、それはやっぱり「オレ達はここまで本気で国家権力を打倒しようとしているんだ」というデモンストレーションに過ぎず、それは意味としては火炎瓶闘争の延長線上にしかないと思います。武器の質的な「上下」だけを権力打倒のパトスのバロメーターとするのは中核派の赤軍批判じゃないですけど、「唯武器論」なのではないでしょうか?

青臭いことを言うようですが、暴力を伴った政治的主張はやっぱりその主張の内実が大事なわけで、中途半端に武装が向上してそれこそ人民に犠牲を出せば、軍事以上に政治的敗北です。あくまで軍事は政治に従属していなければなりません。
オレは武器オタなので、現役の頃の方が新左翼各派の行う「ゲリラ」の武器的レベルの低さを内心笑っていました(機関紙にそれをいちいち大げさに宣伝することも)。しかし、今になって戦旗を含めた当時のゲリラに対し感心と感嘆の思いを新たにしています。ゲリラは政治的宣伝と権力に与える心理的打撃を至上とし、それを遂行し終えた時点で「勝ち」なんじゃないかと。そこにしかけたのが時限発火装置であろうと、ゲリラのウンコだろうとあんまり意味は変わらないような気がしますよ。

ガノタさんもご存知でしょう?
どんなに「しょぼい」ゲリラだろうと、その後の権力の尋常とは思えない弾圧を。
これこそが権力の恐れと屈辱感の表れであって、それを引き出した時点でゲリラ側の勝利なんだとオレは思います。実際中核のゲリラによって三里塚の土地収用委員会は全く有名無実化できているという「実績」もありますしね。

オウムと共闘なんて新左翼諸党派にとっては政治的にマイナスしかないっつーのがオレの考えです。

563 :草加耕助 ◆l5uYUz79nM :04/10/31 06:06:50
>>558 >ガノタ様
名前を引用していただいたので返信いたします。最初に断っておきますが、言いたいことを今後に小出しするのをさけるため、一気に全部書きます。連続カキコになってしまうと思います。2chとしては長文の部類になると思いますが、ご容赦下さい。

1)当時の私たちの心情からするガノタ様への違和感

 これについては、>>560->>561において、内容的にも当時の私たちの思いがほぼ完璧に代弁されていると思います。左翼党派のゲリラ闘争というのは、基本的に政治宣伝であったはずです。
警察が「蟻の這い出る隙もない」と豪語し、闘う側に無力感を煽ってくることに対し、ごく普通の生活をしている労働者や学生でも、その気になればそんなものいつでも打ち破れるということを示す、弱者なりの抵抗のデモンストレーションであったはずです。
その意味で確かにゲリラを遂行した段階で勝利であり、警備側に与えたショックははかりしれません。また、ゲリラに反対する勢力も含めて、政府側の「抵抗しても無駄」という言い方を闘争圏の人間は誰も信じなくなったし、警備側も自信たっぷりの言い方はできなくなった。
だからこそ警察の側はあれほど焦りまくり、憎しみをあらわにして、冤罪の2,3人が出てもやむを得ないといわんばかりの感情的でめちゃくちゃな弾圧を仕掛けてきたのです。海外で闘う人々に「日本でも闘いがある」ということを伝えられた意味も大きい。
こういった弱者の政治的な抵抗のデモンストレーションと、麻原個人の虚栄心と怨念を晴らすためのテロ(とも言いがたい単純明快な人殺し)を単純に比較して、オウムの方が被害が大きかったからオウムの勝ちというのは、あまりにも違和感がありすぎます。

2)オウムについて

 私が違和感を感じる一番大きな点は、オウムを過大評価しすぎなんではないかという点です。
警察も当初はオウムを「手ごわい組織」と踏んで準備してかかったようですが、本気で壊滅作戦をやってみると赤子の手をひねるような状態だったではありませんか。
簡単に核心にふれる重要な情報を押収できてしまうわ、いくらでも中心人物をボロボロ逮捕できてしまうわ、すぐに組織はガタガタというか、最初から組織の体裁をなしていない。逮捕者の救援対策も、たった一人の弁護士が個人的に行っている状況。
私の印象では、組織形態としては、政治や宗教団体というより、親分の独裁が徹底されるヤクザ組織(それも古いタイプの)に近い。むしろヤクザの方が組織が整っているかもしれない。
見ていて私程度の組織経験しかない者でも「あーあ、なってねえな」と思っていました。
だいたい「不殺生」の教義とやってることの落差がありすぎる。数万人の信者がいようと、本当に麻原のやっていることを知っていたのはほんの一握り。それも「防衛のため」と思い込まされていた。
こんな実態で「武装蜂起」してうまくいくと考えて武器を準備していたというのですから、それこそ「革命ゴッコ」の称号は、戦旗や中核ではなく、オウムにこそふさわしいのではありませんか?
オウム(というか麻原は)はなんの計画性も展望もなく、麻原個人の都合とエゴで、行き当たりばったりに人殺しをしていただけです。評価すべき点は何一つありません。

3)被害や武器の向上を目指すべきだったか

 私たちは当時も今も無政府主義者ではありません(少なくとも私はそう)。破壊は目的ではなく手段であり、破壊すればするほど闘いが前進するなんて考えたことはないはずです。
武装(実力闘争)は、そのエスカレートがアプリオリに「善」として存在するわけではなく、その時々の情勢と力関係の中で、慎重に決定されていくべきものです。
その中で、ゲリラも、大衆的な実力闘争も、はたまた合法的で地味なビラまきやら集会動員やら、機関紙の発行から組合・サークル活動まで、権力弾圧から組織や個人を防衛しながら、
様々に組み合わせて社会的な影響力を強めていくべきで、ゲリラの「規模」もその中で決定されるべきものです。
その意味で、私たちは中核派の内部文書で彼らの革命軍が「テロだけで国家を作ったイスラエル」なんて言い方をしたり、浅草橋焼き討ちで(警備の厳重な権力中枢ではなく)
それ自体は成功して当たり前の、無防備な市民生活そのものを標的に破壊したことを、
無政府主義者かテロリストのようだと批判していたではありませんか。

4)まとめ

 左翼党派の活動が「ゴッコ」であったという主張ないし感想については、私個人は否定するつもりは毛頭ありません。それは見方によるし、実際に革命(蜂起)にいたらなかったのですから、そういう言い方も充分に可能でしょう。
70年代に中核派に対し、破防法を駆使したありとあらゆる重弾圧があり、演説などの普通の言論が逮捕の理由とされ、デモなしの屋内集会も禁止され、中核派を支持しただけで犯罪者として検挙されるような時代がありました。
その時に中核派は「自衛隊を治安出動させて引っ張り出す」と豪語して一歩も引かなかった。
この時代の中核派くらいが唯一、革命党派への「挑戦権」を得た例だったでしょう。その後内ゲバにのめり込んで大衆的な支持を失っていったのは本当に残念です。

総じて私の言いたいのは、左翼党派が「本格的」で「ゴッコ」ではなかったということでなく、オウムこそが「ゴッコ」であったということです。
少なくとも、様々な戦術を駆使して闘争を拡大し、破防法弾圧にも耐えきって組織を温存した中核派より、行き当たりばったりに武器を製造して人を殺して回り、あげくに簡単に壊滅させられたオウムのほうが勝っているとは、逆立ちしても言えまいということです。
組織人員でもオウムのほうが多かったかもしれませんが、左翼党派は上から下まで武装闘争の意思統一ができていたわけで、「いざ!」という時に本当に動員できる数は、オウムと戦旗では実はあんまり変わらなかったんではないかとさえ思っています。

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570 :ガノタ :04/10/31 22:48:37
>>560様、草加様。
「政治的宣伝」で終っちゃったらあんまし意味ないと思うのですが・・・無論一朝一夕に政権奪取ができる筈も無いんですけどね。そうした方法論では、権力は「震え上がって」ヒステリックな弾圧の嵐を巻き起こすでしょうけど、それならばゲリラの勝利って訪れるんでしょうか?無論全く共感しませんが、創価学会的な無節操さも時には必要ではないでしょうか?「敵の敵は味方」って言うし。
本日の香田さんに関する報道で、自分も含めて「ああ、あそこまでは到底できないし、したくもない」と思ってしまいました。所詮オイラにも島国ムラ社会のDNAが流れているってことか。人を殺すことが簡単であってはいけないし、ああまで相手に対する思いやりを欠如させられる感覚って一体・・・?相手をロボットと思い切る事ができる、でもそれは、自分が首を切られたらどんなにか痛いだろうか?といったプリミティブな想像力を麻痺させないと実行できないです。
「宗教は阿片である」と喝破した、スターリンの言葉が連想されます。宗教でもイデオロギーでも、その他でも、洗脳させることで「目の前の人の心情を自分に置き換える」という自然発生的心情を麻痺させることができるのでしょうか?「革命には血が必要」などと軽々しく言っていた自分の愚かさに気付かされた報道でした。
ご家族の心情、とりわけ昨日の死体の誤報が「ぬか喜び」に終った本日を思うと、やりきれない思いで一杯になります。自衛隊イラク派兵の是非云々の以前に、ああした虐殺をみるよりも、否、虐殺される側になるのが単純に恐ろしい。そして家族や大切な人がああなったら、無事を祈り続けるしか出来ない中で、恐らく一晩で髪が真っ白になる位辛い時間を過ごさねばならない現実。

なにやらホントにとりとめのない、文字どうりの駄文になってしまいました。
また来ます。

574 :560 :04/11/02 00:58:18
>>556
>この時代の中核派くらいが唯一、革命党派への「挑戦権」を得た例だったでしょう。
>その後内ゲバにのめり込んで大衆的な支持を失っていったのは本当に残念です。

議論の本筋とは外れるけど、今になっても心底そう思うねえ...。
これに関して中核ばかりを避難するのは酷だとは思うけどね。
革マルみたいな世界革命史上でもかなり珍妙な部類に入る連中さえいなければ
中核派はもっと本腰を入れて大衆運動に取り組めていたはずだし、一定の高揚は
作り出していたに違いないと思うよ。
まあそれはそれで運動圏に色々な軋轢を生み出していたとは思うけどw

内ゲバさへしていなければオレだって戦旗じゃなくて中核に結集していた可能性は高いよ。
まあどっちにしてもコケてたと思うけど...

579 :草加耕助 ◆l5uYUz79nM :04/11/02 13:28:11
>革マルみたいな世界革命史上でもかなり珍妙な部類に入る連中さえいなければ
>中核派はもっと本腰を入れて大衆運動に取り組めていたはず

そうかもしれませんし、第一に責められるのは革マルであることに異論はありません。
しかし「革命党派になりたい」と考える者にとって、革マルへの対処はいわば試金石だったんではないでしょうか?中核派はそれへの対処を誤ったということだと思います。
これにうまく対処してこれなかった、敵と味方をわけて、「敵を殺せ」以上の内容を持てなかったということだったと思うし、やはりそんな党派に天下とられたら、スターリンも裸足で逃げ出すポルポトなみの暴政が敷かれるんではないかとしか思えません。

またインターなどの「反内ゲバ主義」「排除の論理」についても、内ゲバ主義者と市民をわけて、「内ゲバをやった者は追い出せ」以上の内容はなくて、じゃあ、将来インターが内ゲバ政治(スターリン主義化)しないという保障はどこにあんのよ?と思います。

私が戦旗を選んだのは、この問題につき「あなた方が将来スターリン主義化しない保障は?」という問いに、「ない」と明確に言った唯一の党派だったからです。「私たちはスターリン主義化なんてしません」と言いきる人はかえって信用ならないと思えました。
権力は必ず腐敗するし、自分たちもまた腐敗する。そのことを自覚してない政治党派はだめだと思っていました。別の言い方をすれば「自己を否定する回路を持っている」唯一の左翼党派だと思えたわけです。

まあ今のSENKIを見てると、ちょっとちがった形ですが、当時の「自分たちだっていつでも腐敗するかもしれない」という言葉をみごとに証明してくれちゃったわけですが。。。

582 :革命的名無しさん :04/11/02 14:51:21
>>579
 総じてレーニン主義に対する絶望でしょうかね。
 レーニン主義から派生した二つの傾向=スタ主義とトロ主義、その相克に
 我々は常に悩まされ続けてきた。だからレーニン主義と原点回帰を叫んでも、
 そこから再びジレンマが始まり、循環論が繰り返す。

 いっそのことレーニン主義から離れてみても、革命の展望は更に霧の中へと・・・
 結果、革命なぞというのは幻想でしかなかったのではと、思想と立脚点の否定へと。

 現実変革の道は単なる現実修正主義的な妥協へと向かう。体制変革なぞ夢のまた夢と・・・

 嗚呼・・・・

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