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第29話 「トロツキスト」排除

第四章 岐路

 第二十九回 「トロツキスト」排除


山崎博昭君虐殺抗議追悼葬 一九六七年九月一日だった。
 若い二人の青年が、戸田の家を訪れた。いわゆる三派系全学連の学生で、中核派の秋山勝行と青木忠と名乗った。
 彼等は砂川基地反対同盟の山岡静雄の紹介状を持ってきた。それ以前にも戸田は山岡から二度ほど、全学連の砂川闘争における真摯な取組みについて紹介した手紙を貰っていた。だから戸田は割合率直な気持で、彼等を迎えることができたのである。

 彼等は早急に現地のどこかに、団結小屋を建てて、常駐したいというのだ。戸田は返事にとまどったが彼等の積極性には、痛く心動かされるものがあった。だが、これはまず同盟として学生運動の受け入れ体制を整えてかからねばならないと思った。
「突然ですが今夜の集会のために『流血の砂川』を持ってきました」
 青木忠はリュックサックからフィルムケースを取り出して、戸田に見せた。彼等は八ミリ映写機まで用意して、三里塚にやってきたのだ。その晩は七時から駒井野団結小屋で、部落集会が開かれることになっていた。戸田は彼等の熱意と用意周到さに、驚かされた。

 戸田に案内されて、秋山と青木はその夜の集会に出ることになった。戸田は二人を紹介し、その来意を告げた。「流血の砂川」上映について話すと一同は「見たい」というのだった。
 ところが日共のオルグ臼木義雄や古込の石井幸助らが、「われわれは見ているから用はない」といって、そっぽを向いた。日共にとってその夜の二人は、招かれざる客で、全く意外だったらしかった。
 秋山勝行が、来意の挨拶を始めると、臼木や石井らは苦虫を噛み潰したような顔をした。そして、彼等は急に席を蹴って立ち去っていった。
 農民たちはそれを見て、怪訊な顔をして彼等の後姿を見送った。
 電燈が消えて、映画が始まった。鉢巻をした砂川農民が学生や労働者とスクラムを組んで、測量隊や機動隊と必死に闘っていた。芋畑を蹂躙する機動隊とデモ隊の激突――警棒の乱打をうけ血を流して昏倒する労働者、自動車から曳き摺り降ろされ、暴行をうける淡谷悠蔵代議士――小屋の中は一瞬シーンと静まり返った。

 一〇月八日だった。
 この日の多摩湖畔では、日共主催の「赤旗まつり」があった。
「佐藤南べトナム訪問阻止」と書いたアドバルーンを上げ、青年たちは漫才を聞き、コカコーラを飲みながら踊るというお祭り騒ぎだった。
 その同じ日、東京羽田の弁天橋で起きた事件があった。それは佐藤南ベトナム訪問阻止闘争中、中核派の京大生山崎博昭が、機動隊の警棒の乱打を浴びて虐殺されたのである。

 それから二日目の未明五時だった。佐藤政府は二〇〇〇名の武装警官を狩り集めて三里塚を急襲し、外郭測量の杭打ちを強行した。一〇月一〇日である。
 駒井野団結小屋の前には成田、小見川行のバス道路が通っていた。その団結小屋近くの道路沿いの杭打ちに、空港公団八名の作業員が機動隊に守られて現われた。
 その真前の路上に一群の支援団体が現われると、農民とともにスクラムを組んで座り込んだ。
 その時、前方から一台の奇妙な車が現われた。動物の檻のようなものが上に取りつけられた自動車だった。その中には指揮官らしい一人の機動隊員が乗っていた。
 大きなスピーカーが取りつけられていた。突然、そのスピーカーからポリュームいっばいに上げた声が、沈黙を破って響いた。
「道交法違反、逮捕――逮捕」
 するとスラクムの前にいた一人の「挑発に乗るな」というかけ声に、一群の支援団体が蜘蛛の子を散らすように、スクラムを解いて崩れ去っていった。
 後にとり残されたのは、農民だけだった。
「この大馬鹿野郎ーっ」
 農民は逃げまどう彼等の背に向けて、吐き棄てるように叫んだ。この一群の逃亡者が、「日共」の青年部隊である「民青」だった。農民の怒りは改めて、彼等への憤りとなって燃えた。これは農民に、忘れることのできないショックを与えた。

 一一月三目、三里塚十字路の第二公園で「三里塚空港粉砕・ベトナム反戦青年総決起集会」が、開かれた。三派系全学連が、目立って三里塚入りをしてきたのは、その頃からだった。
 これを見た現地の日共の驚きは、格別だった。彼等は全学連の動きに呼応するかのように、「トロツキスト排除」のステッカーを貼り巡らした。農民達は「トロツキスト」って何だろうかと、ステッカーを見つめて語り合った。
 ステッカーは農家の塀や壁、電柱と所嫌わずやたらに貼り巡らされた。
「民青」と青地に白く染め抜いた腕章を腕にした千葉大の学生と名乗る青年たちが、農家をしきりに訪問し、ビラ入れをして回った。
 家族の誰かれを捕えては、執拗にトロツキスト排除の説得に努めるのだった。彼等は農家の忙しいのも知らずに、しつっこいほどの説得を続けて回った。
 丁度麦刈りの真最中だった。彼等は縁先に腰かけ、鞄からパンフを取り出しては語り出す。
 それはどこもきまっての、紋切り型口上だ。
「彼等は政府の回し者で、結局は反対同盟の内部分裂を起こし、農民とわれわれの仲をひき裂くために来るんですよ」
「なるべく彼等を泊めたり、何かをしないで下さい」
 そのしつっこさには、どこの農家もほとほと困り抜いていた。

注)「トロツキスト」とは?
 本来の意味はソ連スターリン主義を批判する左翼反対派潮流のトロツキー主義者のことであるが、ここでは共産党が自分たちよりも左の団体や個人に対して十把一からげに使っていた罵倒語のこと。のちには「ニセ『左』翼」という一般向けの独自用語を編み出すようになる。
 実は今でこそ共産党も旧ソ連を批判せざるを得なくなったが、当時は「左翼の名前でソ連を批判するなんて裏切りであり味方を分断する敵のスパイ、左翼の仮面をかぶった反ソ反共主義者だ」なんてことを平然といっていたのである。
 共産党の方針は権力との闘いに優先してまず第一に「トロツキスト排除」であり、とりわけ当時の学生運動の現場では、陰惨な暴力を含めてあらゆる手段と労力を傾注した。もっとはっきり言えば共産党(民青)の手による内ゲバ襲撃が頻発していた。そのため、共産党以外の左翼が主流をしめつつある現場では、この小説のようにどうしても闘争の破壊・分断者として登場することになり、かえって忌み嫌われる結果になった。
 ただ、この「共産党だけが日本で唯一の正統な左翼だ」という唯我独尊の硬直した体質も、現在の若い党員の間ではかなり払拭されつつあるように見える。しかし古参の党員の間には今も根強く残るものがあり、その完全な克服がこそが、これからの共産党の課題の一つであろう。


次回、「黄衣の男」へ続く


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