2010 年 3 月 8 日

「障害者」は同じとか違うとかの話−私がであった人たち

前のエントリーに対する三浦小太郎さんのコメントにレスを書いていましたら、長くなっちゃいましたので、例によってエントリーとしてスピンオフいたします。できるだけ先に前のエントリーと三浦さんのコメントに目を通してからお読みください)


<以下本文>

 三浦さんの視点も一つの切り口として、書いておられることに異議はありません。というか、新左翼系はむしろ「障害者」と健常者を社会的に「違うもの」として、対立的に論理を構成することが多かったくらいではないかな。私はそれも間違っているとは思わないです。その上で、また違う切り口というか、私の狭い体験で語れば「違う」も「同じ」もどちらもその通りだと思うのです。そのあたりの理屈はあんまり深く考えていないのです。重要な論点だとは思っていないというか。自然体で考えればいいじゃんというか。

 これは適切なたとえであるかどうかは迷いますが、男と女だってもちろん違う。違うんだけど同じ人間であることは変わりないでしょうという。「同じ」を強調しすぎると欺瞞になるし、「違う」を強調すると差別を正当化することになる。そのことは三浦さんもわかって書いておられるんだろうと思う。でも、実際には「同じ」→「同じなはずなのに××」という側面から考えたほうが現状では正しい結論になることが多いと思います。

 つまり基本的に、人種、性別、国籍、門地、など本人に責任のない事実で生存権保障やその他の事項で不利益な扱いをするのは差別であるというのが原則だと思う。だから私に対するのと全く同じに扱われた結果として「障害者」に年金が支払われるのだと理解しています。まあここまでくると、「違う」も「同じ」も論理の入り口にすぎず、どちらから入っても同じ結論を導けそうですが、今回はそのあたりの論理とか理屈の話はまあいいです。ここはそういうことを語るブログではありませんしね。

◆学生時代における出会い

 狭い個人体験であまりわかったようなことを書くのが嫌なので言わなかったけれど、先のイブン・ハキームさんのコメントに対するレスで書いたのは「障害者」とのおつきあいの中で実際に思ったことです。
 私がいた一つ目の大学には福祉系の学部があった関係で、全学生の1割が「障害者」だった。キャンパスに「障害者」がたくさんいたし、その他に福祉系のサークルなどもたくさんあり、養護学校の子供たち(主に知的「障害者」)とか、大学とは直接関係のない子供たちや若者も含めて、常時大勢の「障害者」やボランティアがいました。常に視界にあるといっていい状態。そうなるともう、同じも違うもくそもない、学内外を含めてもうそれが日常生活なんですね。違うけど同じ、同じだけど違う。ごく自然なんです。

 わかったようなことを書きたくないという意味は、これは大学という閉じられた空間の中でのことであって、生活上も施設は最新式のバリアフリー。手話通訳者をはじめとして、周りにいる人は全部ボランティアみたいなもの。そしてここにいるのは、まだ大学に行ける程度には比較的恵まれた部類の「障害者」だったということです。一歩社会に出れば、その諸関係の中でまた違う現実がある。私はそれを充分に知らないわけですが、トイレにさえ簡単にはいけないわけです。大学なんて夢のまた夢みたいな生活をしている「障害者」だっている。

 もちろんそういう社会的なことを考えたり訴えたりしている人もいましたが、そういうのは左翼系が多くて、まあ、そのへんが左翼系の果たしてきた(もしくは果たすべき)社会的な役割かなと思っています。三浦さんには申し訳ない(のか?)し、今はどうかは知らないんですが、こういう時に右派の人って社会問題として考えることができず、「恵まれない人に愛の手を」とか権利の実現ではなく「施し」みたいなことしか言えない人が、当事は多かったかな。それじゃ「障害者」はうつむいて生きるしかなく、前をむいて自分の人生を生きようとすると叩かれるようになってしまう。

 しかし考えてみれば、あらゆる施設がバリアフリーで、そのへんを歩いている人がみんな当然にボランティアみたいに手を差し伸べて、差別的な言動は非常識あつかいされるのが当たり前。それくらい、みんながやろうと思えば今すぐにできる程度のことばかりですよね。そういう場所って、きっと「障害者」に限らず誰にとっても居心地のいい社会だと思うのですがねえ。どちらにせよ、あれはあれで貴重な経験だったと思います。

 余談になるけれど、この頃の思い出は、同級生の聴覚「障害者」の女性と、やっと一回だけデートにこぎつけて映画(字幕付の洋画)を見に行ったこと。結局ふられたけど(泣)。その時には活動家でしたが、他のみんなには内緒でデートにいった。それともばれてましたかね?数年後に労働者になってから「オルグです」とか言って、実際には情宣さぼってデートしてたことは、2ちゃんねる掲示板で「ばれてたよ、草加さん」とか言われて、ありゃまあと思ったけど(笑

 あと、「障害者」の人もボランティアに出かけたりするわけですが、学童保育の子供たちの面倒をみるボランティアとかで、行った先の子供たちが、初めて見る「障害者」にけっこう差別的なことをあっけらかんと言ったりするんです。私だったら怒ったり、大真面目に説教したりすると思うのですが、「障害者」の人は怒るんではなくて、「つっこみ」をいれるんですね。まあ、これは関西特有なのかもしれんけど。んで、そのうち最後は仲良くなる。友達になるともう(少なくとも意識的なレベルの)差別なんてできない。まじめな話をするとすればそれから。

 んで、差別的なことを言わないだけで、私も精神構造はやっぱりこの子供たちと同じだったんですね。

「違う!どう接したらいいんだ?」⇒「なんだ同じやん」⇒「やっぱり違う」⇒「けど同じなんだ」という経過。

 そのあたりは何と言うかなー。つまり中身は自分と同じなんだけど、条件が違う。自分がそういう条件になったら、あるいはそういう条件で育ったら、どう思って何を考え、どういう行動をとったかなということだと思う。そこでは想像だけじゃなくて、身近に接しないとわからないところがあるとは思いますが。でも、そう考えると、「障害は個性である」というのは、それだけ聞いてもなかなか真意が伝わらないかもしれませんが、多用されているだけのことはある、わりと上手な表現だと思うのです。

◆社会人になってからの出会い

 その次に出会ったのは会社でのおつきあいでね。途中から大勢の「障害者」の人たちと一緒に働くようになった。主に現業部門におられたのだけど、最初は会社が補助金狙いで雇ったのです。ですがそのうちにつきあいも深まって、つてを通して徐々に人数も増えていった。知的「障害者」の人も数人おられました。ここで出会った「障害者」は、大学で出会った人たちはとは全然違うのね。社会人と学生の違いということなんだろうけど。一番仲良くなったのは、知的「障害者」の18歳の男の子と、下半身不随の車椅子のおっさん。

 この車椅子のおっさんはキャバクラ大好きのあきれるドスケベでした。補助金とかも「くれるちゅーもんはもろといたらええねん」の一言で特に何も気にしてませんでしたし、私はそれくらいでちょうどいいと思いますよ。ただし、このおっさんの場合は福祉制度を悪用しようとして逆に補助金を止められてた。それはやりすぎ(笑)。けどめっちゃ明るくて、私なんかよりはるかに行動的で、車椅子用の自動車に大人用紙おむつを積んで、週に一回ペースでキャバクラに出かける。普段は意外と常識人で職場でも好かれてた。私もよく一緒に飲みにいき、女の子の話とか聞かされた。起業を考えているとか言ってたけど、今どうしているかなー。

 反対に知的「障害者」の男の子のほうは、おっさんとは逆の性格で、まじめで誠実なんだけど、ちょっと暗いといっていいくらいでした。よく一緒に話しながら仕事をしましたが、自分の「障害」にコンプレックスを持っていて、そのことが見ていて辛かった。人と「違う」ところがあることを、そんなに気にやんでうつむく必要はないんじゃないかと、左翼的な発想とは関係なくごく普通にそう思った。おっさんの陽気さと開き直りを少しわけてやりたかった。だから私はやっぱり、理屈ではなくて、素直な気持ちとして「障害」という言葉には「」をつけます。他に言い方はないのかなと。

 まあ、当たり前のことで言うまでもないから三浦さんも言っておられないんですが、「障害者プロレス」や「障害者パンクバンド」も含めて、いろんな人がいます。その親や家族もね。貧乏人も金持ちも、スケベも紳士も、左翼も右翼もみんないる。それは在日と言った場合も同じ。それ以外の人とは違うんだけど同じ。同じなんだけど違う。

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2010 年 3 月 7 日

「障害者」はデモに出ちゃいけないのか?-「室岡徹郎Blog」への書き込みから

「ナショナル・フロント壱番隊隊長」の室岡徹郎さんのブログへの書き込みですが、こちらにも転載・保存しておきます。わたしのような「もろ左翼」な人間が、右派のブログに何か書き込む時には、荒らしにならないよう、注意の上にもよっぽど細心の注意を重ねなくてはいけません。ですがちょっと、これは見過ごせない気持ちになって書き込んでしまいました。ですが(1)室岡さんの思想や行動を否定する趣旨の書き込みではない、(2)室岡さん自身は私と違って現役の活動家である、の2点から、自分としてはまあ、許容範囲内かなと思っています。以下、転載です。

草加耕助 at 2010/02/14 14:04

三里塚闘争に決起した「障害者」
この批判はいかがなものかと思う。右翼の人が左派の「スローガンに腹がたつ」のは普通のことだし、そのことにこの場でとやかく言うつもりはありません。しかしなんで「障害者」が運動やデモに参加していることが批判の対象になるのかと思う。「障害者」はデモに出ちゃいけないのか?なんで「障害者」だと、ヘルメットを「被らせられている」ことになるのか?それ以外の健常者なら、普通に「かぶっている」と表現したでしょ?

勝手に邪推させていただくと、室岡さんは、「障害者」を、「かわいそう」で「同情をひく」、「哀れな存在」だと見下して観念しておられるのではないですか?別の言い方をすれば、全く自覚なく当たり前のように差別しておられる。それとも「障害者」の個性を無視して、彼らもデモ本体にまじって機動隊や右翼と対峙せよという主張なのでしょうか?

老人や子供や「障害者」らを本体とは別にして、隊列の前に置くのは普通のことです。後ろだとかえって危ない。彼らの主体性を認めずに「同情をひく」ために駆り出されたかのように言うのはあまりに失礼な侮辱です。

荒らす気はありませんし、室岡さんの右翼思想にとやかく言う気はありませんが、かなり失望したし、はっきり言って見損ないました。最低限の礼儀は守るべきではないでしょうか?

草加耕助 at 2010/02/14 17:54

室岡さん、荒しになるのは嫌なので、これで最後にします。ゆえに少々長文になりますが、ご容赦ください。

私が現役時代にも「障害者」の人は組織にいてデモにも参加していましたが、彼らは組織の「盾」などという非人道的な理由で駆り出されていたのではありません。本人の決意と覚悟と主体的な判断において運動に参加し、自分の判断でヘルメットをかぶっていたのです。私は具体的に自分の友人だった人の顔を思い浮かべることができますから、室岡さんみたいに外から勝手に推測しているのとは違うと思います。思想を批判するのは全然にOKです。その批判にいちいち口出しするつもりはありません。ですがそうではなくて、「障害者」の友人の当事の純粋な思いや決意を、こんな書き方で侮辱されたと感じるのであって、そこを「最低限の礼儀は必要なのではないか」と言っているのです。

当事の私たちも、そして今の「青ヘル」諸君も、「障害者」を盾にしているのではありません。大衆的な集会やデモには「障害者」ばかりではなく、その日に初めて(ちょっと試しに)参加してみただけの一般の市民や学生もいます。大衆運動とはそういうものなのです。車椅子の人を盾にして、その後ろから火炎瓶でも投げていたのなら、室岡さんの批判は妥当しますが、そうではないでしょう。大衆集会において「障害者」の隊列は前に出し、初参加などの人は隊列の内側のほうに入ってもらいます。それ以外に防衛隊の任務を担っている人がいます。万一の襲撃があった場合はこの人たちが前面に立って対処します。「障害者」を前に出すなんてことはしません。もちろんこの防衛隊のメンバーはしぼります。それで何か問題があるのでしょうか。

室岡さんの言い方だと、左翼は大衆運動をするなというに等しいですね。「一人一殺」の決意を固めた人間だけが参加すべきだとでも?もちろん政治に限らず何しても決意は必要ですが、大衆運動展開などというものは、情勢に応じて柔軟に考えていけばいいのです。権力側が、民主も自由もあらゆる建前をかなぐり捨てて弾圧が激しくなるのなら、そこでは防衛のための半公然や非公然の展開もとれなくては潰されてしまいます。ですが権力弾圧との関係において、現在的にデモに出るたびに襲撃されて多大の犠牲を出すなどという状況でなければ、それに応じて公然活動を大胆にすすめていくべきです。

このように私たちは常に国家権力との関係において問題をたてていたのであって、右翼の妨害や敵対などは目の端にある程度でした。その当事に右翼に4トンダンプで突っ込まれた組織の者がそう言うのですから間違いありません(笑)。大変に失礼な言い方ながら、室岡さんは当時の私たちの認識にくらべ、かなり自分たち(および右翼全体)を過大に思っていらっしゃるように感じました。

そもそもですよ、ごく普通の大衆集会やデモにまで(右翼から)「容赦無く攻撃される覚悟が必要」だと言うのであれば、相手が左翼であれば「容赦無く攻撃」してもいいということですよね。相手が左翼であれ右翼であれ、私はそんなことをしてもいいと思いません。この点でははっきり決別ですね。

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2010 年 3 月 2 日

動画】ドイツ極右デモ 人間の鎖で阻止

 すでに超有名になっているニュースですが、ここにも貼り付けておきます(動画は後半にあります)。

 たしかに欧州とは違い、日本において、ネオナチを社会的に克服していく歩みは、いかんせんまだはじまったばかりです。少なくともこの点においてはですが、日本社会は20年以上は遅れた段階と認識にあります。一方でそれは、(まだ人権擁護に対するバックラッシュがおこる段階にすら達していなかったとはもちろん言えますが)今までその必要が社会的にはなかったという意味では、逆に幸福なことでもあり、むしろ欧米に対する日本社会のいい意味でのバランス感覚というか、その長所を示すものですらありました。一般の人々の認識としても、日本で反ネオナチ運動が必要になるような日が来るとは思っていなかった人が大半だったと思います。

 しかしもう、そうも言ってはおれなくなりました。そういう意味で、このドイツ市民の行動には大きな勇気をもらいました。「自由の敵に自由を許すな」です。人を差別し、傷つけ、ましてや襲撃することを「自由」だの「言論」だのと呼ぶことは、先人たちが血を流した闘いの末に勝ち取ってきた尊い自由や言論に対する許しがたい冒涜です。そういうことをやめさせるためにこそ、この世からなくするためにこそ、自由というものが闘いの末に勝ち取られてきたというのに!まさしく自由とは他人から与えられるものではなく、ドレスデンの市民が示したように、自分で血を流して勝ち取り、また、闘って守り抜くものなのです。

 日本でも市民の良識とバランス感覚が健在であることを示しましょう。自分には関係ないと思わず、ほんのちょっとした勇気をみんながもちましょう。みんなが身近でやれることを少しづつやりましょう。なぜなら、ネットの匿名社会において、憎しみや差別を撒き散らすヘイトスピーチが現れたとき、言論の自由というものの意義をはきちがえ、それに一般の人々がちゃんと対処しなかったことのツケが今まわってきていると思うからです。人権教育を敵視さえしてきた自民党政権のもとでの教育の荒廃も問題ですが、今や子供たちはこういう大人たちのせいで、人を傷つける「言論」は、「サイトの主催者が禁止しているから」書いてはいけないんだとか思うようになってしまった。そんなのわざわざ決まりを作らないといけないほうが情けないわけじゃないですか。じゃあ、法律や規約で禁止されてなかったら、何をやってもいいのかって話ですよね。ついにはネットをイジメの道具に使う子供たちまであらわれてきた。

 ネオナチは憎しみや差別を組織化し、ヘイトスピーチを正当化することで育つのです。いまさらネオナチに流れる若者が増えたからと言って、毅然とした態度をとってこなかった私たちに、こういう子供たちを非難する資格があるのでしょうか。彼らは私たち大人社会の鏡なんです。むしろこの子らは人権が守られない社会の被害者でさえあると私は思っているのです。

 つまり、ネオナチの台頭は、たとえば列に割り込んだ人にちゃんと注意したり、傷ついて困っている人がいたらちゃんと声をかけてあげるくらいの、そういう小さな勇気、差別や偏見を当たり前に注意できる大人の態度、その程度の小さな良識を、市民みんなが持つことだけで充分に防げたのです。それはネットであろうがリアルであろうが同じこと。「困った大人にしないために」という公共広告機構のCMがありますが、「自分には関係ない」と見てみぬふりをせず、自分の子供の前でも、親がそういうことをちゃんとした態度で示すべきです。「左右対決だろ」みたいな言い訳してんじゃない。単に「大人をにげるな」って話ですよ。今まで権利の上に眠っておいて、お尻に火がついてから愕然としても遅いですからね。

以下、動画とその説明です。

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2010 年 2 月 22 日

動画】これは「事故」ではありません!

カナダ職場安全保険局の公共広告より

[翻訳(抄)]


1)事故?事故なんかじゃないわ。会社がずっと前にハシゴを取り替えてくれてたら。だいたいあんな高いとこ届くわけないし。働いてる人が少ないのになんでちゃんとした規則がないの?

2)私はここの副シェフなの。運が良ければ来年までにはシェフになれそう。素敵な婚約者もいる。でも週末の式は挙げられないの。私がひどい事故に遭ってしまって。本当に私はこのあたりの床の油を掃除しておくべきだった。そうしておけば私が「揚げ物」になることもなかったのに。

3)これは事故なんかじゃない。会社はあんな上に重い荷物を積むのが規則違反だってことはわかってるはずだ。オレもやってることに集中してなかったけど、上司たちが壊れた棚も買い換えられないとはね。

4)オレは家族をいい休暇に連れていってやりたくて残業してるんだ。でも、もうすぐ家族はオレが「事故」で殺されたって電話を受けるんだ。オレもイカれたハーネスを着けてたけど、会社はタンクを点検するべきだった。

字幕:アクシデント(自然発生的な事故)などということは決してないのです

——-
 かなり前に反戦動画集で紹介して、ブログにもあげておこうと思いながら、例によってそのまんま忘れてしまった動画です。サイト整理中に目に留まったので、あらためて紹介しておきます。

 日本の経営者の感覚じゃ、みんな「労働者の不注意」ですませられそうな事例ですね。これは事故から経営破綻まで、さらには貧困すらすべて労働者に「自己責任」を押し付けようとする日本の経営者や政治家に見せてやりたい

 子供たちがこういうCMを当たり前に見て育つカナダ社会と、「ストで何万人に影響が出た(=迷惑をかけた)」という偏向報道で、まるでストやデモ、団交などの正当な権利の行使が悪いこと、あるいは少なくとも抑制的であるべきだと子供の頃から教育され続け、今や若者がストや組合運動などを見かけると声援するべきなのにしかめ面さえするまでに洗脳された日本社会、その住みやすさの違いは歴然です

 本心から「愛国心」を語るなら、まずこういうことを一番に問題にしてほしい。その真逆である国家主義的でイデオロギーに満ち満ちた「愛国」運動で、日本がちょっとでも住みよくなるとは全く思えないし、私たちが幸せになれるはずもありません。

参考:フレンチ・スト(イルコモンズのふた。)←カナダだけじゃないぞ!

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2010 年 2 月 13 日

2010年1月のアクセス記録公開

 皆様、お久しぶりです。私生活その他の事情で一気に鬱期に入り、サイトの更新どころかネットにつなぐ気にさえならず、半月ほど休んでいましたが、ようやく帰ってまいりました。先のエントリーでは「明日書く」なんて言ってたのがこのざまです。ランキングの順位もすっかり下がってしまいました。考えてみれば、ブログの記事で「後ほど書きます」と言った話題については、95%くらいの確率で、それっきり書いていませんね(自爆)。なんと言うか、私みたいに特に体系だった思想を持たない普通の人間は、特定の話題については、それを書きたいと思ったその瞬間に書かないと、熱がさめてからでは書く気にならないもんですね。今回に限っては、すでにある程度先に書いてありますので、それに手を加えて載せようとは思っています。

 まだ本調子ではありませんが、徐々に躁状態にスイッチ入りつつあります。当サイトの「更新期(躁状態)」への第一歩として、先月分に続いて月間アクセス情報の公開を載せておきます。
 まず当サイトにどこから来たかのリンク元(Referer)情報については、どこでもそうでしょうが、各種の検索エンジンが大半を占め、当月に限って言えば、各種google系(日本版、各国語版、イメージ検索など)だけで合計1万アクセスあります。ゆえに単なる「リンク元の上位」を並べても、マイナーどころを含めた「検索エンジン一覧表」にしかならなかったので、これでは見る人も面白くあるまいと思い、これらをすべて除外してみました。すると…(笑

 次に検索キーワードについては、長期的にはともかく、短期的には毎月さほど変わり映えしないですね。下位はわりと情勢を受けてそれなりの変化がみられるようですが、それにしてもかなりばらけていて、突出したキーワードがない。で、それでは見ても面白くないので、下位の中から「こんなキーワードでやってきた人は満足したのでしょうか?」と思えるような、変なキーワードでやってきた人をピックアップしてみました。日別・曜日別・時間帯別のアクセス数についてはまあ、基本情報なので載せましたが、特徴のない平凡なもんだと思います。強いて言えば、「在特会」のことを書くと若干アクセスが増える傾向があるって感じかな。

■当月アクセス解析(対象期間 : 2010/01/01 13:15:33 〜 2010/01/31 23:58:40)

総アクセス数 72823アクセス
一日平均 2349.13アクセス
平均アクセス間隔 36秒に1アクセス
訪問者数 ※1  55552人
一意の訪問者数 ※2  17271人
再訪問率 76.28%

※1)実際にアクセスしたのべ人数。該当月に同じ人(IPアドレス)が一定時間をおいてから再訪問した場合もカウントされます
※2)ユニークアクセス人数。該当月に同じ人(IPアドレス)が何度アクセスしても2回目以降はカウントされません


■リンク元(Referer)状況(各種の検索エンジン等からの被リンクをすべて除く上位25)
112レッドモール党 > リンク集
111マル共連 > 第7期フォーラム
108はてなブックマークから (合計)
68アッテンボローの雑記帳
66vanacoralの日記
61村野瀬玲奈の秘書課広報室
61Wikipedia > 成田空港管制塔占拠事件
53室岡徹郎Blog(合計)
521968年全共闘だった時代 > R i n k
51Wikipedia > 三里塚闘争
46いつまで生きていくのやら
46mixi > フォーラム(合計)
43人気ブログランキング
43たたかうあるみさんのブログ
30ちゆ12歳
30トラックバックピープル > 自エンド
28おっとせいのきらひなおっとせい > おっとせい日記
27はてなリング > 護憲派アマゾネス軍団
262ちゃんねる掲示板から(合計)
24土佐高知の雑記帳
24Twitter
18スナフの酔いどれ日記
17I know.アンテナ> 北朝鮮化する日本を憂える者たち>
16喜八ログ
15薔薇、または陽だまりの猫
14大木晴子の明日も晴れ

※上記のリンク元(Referer)状況は、ログを元にして、すべて手作業で集計しています
※明らかに本当らしいアクセスのみを抜き出して並べたものです。不自然にアクセスが急増したものは撥ねます
※エロ業者さんがカチカチと自分でクリックしたり、不正な方法でアクセス数を突っ込んでも全くのムダです。

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2010 年 2 月 1 日

新基地建設を許さない 1・30全国集会に行ってきたよ

 「普天間基地はいらない 新基地建設を許さない 1・30全国集会」に行ってまいりました。前のエントリーにも少しコメントをいただいていますが、いろいろな意味で私が予想していたのと違うところもありました。運動はもう次の段階に入りつつあるのかもしれないと感じます。とりあえず、デイリーモーションに14分の動画報告をあげておきます。近日、YouTubeにも10分未満の短縮バージョンをあげておきますので、よろしければお使いください。

◆参加前からもうびっくり(笑

 今回で日比谷野音も東京に来てから3回目なので、遅れることなく時間通りに到着。どうせ11月の労働者集会の時みたいに、山のような公安刑事さんが、入り口にたかって圧力をかけているんだろうなと思ってたら少々びっくり。正面入り口の向かって左に中核派の宣伝隊のみなさんが、右側にはカクマル派の宣伝隊が、それぞれ横断幕を掲げてアジ合戦をしながら、両派が仲良く(?)いりみだれ、集会に参加しようとする人々に必死にビラをまいておられる。50人くらいの公安さんはその間にはさまれてなんだか小さくなっている。

 まあ、もういまどき内ゲバなんて時代ではないんですが、それでも実際に「中核VS革マル」が、同じ現場で共存している風景は初めて見ましたので、かなり驚いた。けどなんか後で聞いたら、東京ではすでにイラク戦争の頃から、大衆集会の門前ではおなじみの光景なんだそうです。ふーん。時代は変わっているんだねえ。しかし、両派の人たちが全く普通の労働者、学生なのに、公安刑事さんのほうはマスクと帽子で顔を隠し、目つきも悪くてよっぽど「過激派」みたいにしか見えないのがおかしかった。私は管制塔カンパ運動の時に作られた、3・26闘争の帽子をかぶっていったんですが、カクマルの差し出したビラを受け取ろうとしたら、その帽子をみて一瞬ビラをひっこめようとしやがった(笑。

◆なんつー人の多さ!

 さて、そんな彼らのあいだをすりぬけて会場に入ります。中に入って最初に思ったのが、なんつー人の多さ!通路までごったがえして歩けない。10月の派遣法改正集会の3倍、11月労働者集会の1.5〜2倍はいるのではと感じました。参加人数は主催者発表で6000人でしたが、正直「そんなに少ないかな?」と不思議に思ったくらいです。そのあたり、他の方にきいてみたら、同じ「主催者発表6000人」でも、政治団体の集会の場合は、正直に言って「多く見ても6000人未満」という意味なんですが(笑)、労組や市民団体の人は「少なく見ても6000人以上」という数え方をするそうです。あたしゃ現役時代のクセで、前者の数え方に慣れてますから。でもこんなにぎゅう詰めで6000人しかいないと言うなら、1万人なんて最初から入れないことになっちゃうと思うんだけどな。実際この日も会場に入れ切れない人が出ていたそうです。

普天間基地はいらない 辺野古・新基地建設を許さない全国集会 現場につくまでは、会場の後ろからゆっくり全体を見ながら参加しようと思っていたんですが、それでは人ごみで演壇が見えないので、かきわけて前に出ます。しかし通路にまで人が座っているので、途中で立ち止まることができない(写真参照)。
 仕方なくそのまんま最前列までいきました。そのあたりにいたカメラマンのみなさんに混じって私も撮影を開始しますが、そこも人が多くて、どんどん通路から座席のほうに押されてしまう。気がつけば座席に座っている人の前に立ちはだかるような形になっていて、座っていた年配の女性に怒られて激しくへこみました。「弾圧」だの「炎上」だのいうことには心臓に毛が生えているくらいの神経なんですが、こういうことに関しては幼児なみなノミの心臓なんですよ。そりゃまあ、座っている人からみたら、かなりムカツクだろうから仕方ないです。

 会場をざっと見渡してみますと、今回は大きな組合の人たちもちゃんと大勢来ておられました。大組合の皆さんには、前のエントリーで少し批判的なことを書いてすみませんって感じです。少しばかりバツが悪かったっす。なお、この後に組合動員の比率が増えたことについての見解を書いていたら、その部分が長くなったので、これについては独立させ、別エントリーとして明日アップします。実は大変に重要な変化になるかもしれないと思っています。
 今回は特に自治労の人が目立ちましたが、これは集会実行委員会の中の平和フォーラムさんの関係でおつきあいがあるらしい。日教組も来てたけど数は少なかった。ネット限定ではまるで「反日」代表みたいに言われてるんだから、もっと来ればいいのに(笑)。まあ、「日教組の先生」が普通に日の丸掲げて君が代歌ってるこのご時世に、ネットでそんな人の書いていることは、30年くらい前の情報を元にしたトンデモ解釈なわけですけど。

◆集会での発言から

 さて、集会はまず主催者挨拶からはじまりました。集会実行委員会を代表して発言された平和フォーラムの藤本泰成さんは、「アメリカの旧政権下で国防族や軍事利権のメンバーだった人物たちばかりが、新基地を建設しないと『日米同盟の危機』だと発言している、日本のマスコミもおしなべてそれに同調し煽るばかりだ。しかしそんな武力中心の考え方では、少しも平和につながらないことが、9・11以降の事実によって示された。鳩山首相は施政方針演説で『命を守る』と言ったが、9・11後の世界は武力で命は守れないことを証明している。命を守り、平和を実現するためには、普天間を閉鎖し、辺野古新基地建設を阻止しよう」と発言されました。なお、以降の発言も含めてメモはとっていないので、細かいところは違うかもしれません。

普天間基地はいらない 辺野古・新基地建設を許さない全国集会 次に国会議員からの発言で、社民党の福島瑞穂大臣と、民主党の斉藤つよし衆院議員の発言。福島さんは「(内閣の態度は)迷走とか先送りというのではない。みんなの力で、辺野古新基地建設の強行を阻止して押しとどめているということだ」という認識を示されました。そしてさらに決定期限とされている5月に向け、政府や閣内で全力を尽くすので共に頑張ろうということでした。

 福島大臣が発言しておられる時、演壇脇から壇上にあがる階段に足をかけて撮影しようとしたら、そばにいたSPの人に恐い顔で睨まれてしまった(爆)。なんか集会の発言者にSPがついてるのって、私ら左派には慣れなくて不思議な感じですね。まあ、SPの人も、今までの大臣だったら、私みたいに得体のしれない雑種の貧乏人がいるような場には出なかったろうから、ずいぶんと勝手が違うのはお互い様ですけどね。

 民主党の斉藤さんははっきりと、「県外・国外移設すべきだ」と表明されましたが、「グアムにいきゃあいいじゃないですか!」と言われたのには、ちょっと違うかなと感じました。「基地の県内たらい回しをやめろ」というのはその通りですが、普天間の苦しみを辺野古に押し付けても何の解決にもならないのと同じように、自分たちが嫌だというものを、「グアムにいけばいい」というもんじゃないだろうと。グアムはアメリカ領でもなく、元から住んでいた人には選挙権もないということを忘れてはいけません。今回参加された人々の中でも、市民グループの中には、はっきり「グアムにも行くな」という主張を掲げている人を見るようになりました。それだけ基地撤去が現実味をおびてきた反映でもあるんでしょうが。
 なお、他に国会議員としては社民党から山内徳信さん、重野安正さん、服部良一さんが参加しておられました。民主党は斉藤さん一人だけで、共産党からの参加はなかったようです。そのあたりの大人の事情は知りません。

◆沖縄から平野発言に怒りのアピール

 続いてはいよいよ沖縄代表団からの発言です。沖縄からは今回の集会にはなんと100人もの大代表団が派遣されてきました。なんかもう沖縄代表団だけでちょっとしたデモができるくらいの人数ですが、その全員が壇上の席についておられました。代表して沖縄平和運動センターの山城博治さん、ヘリ基地反対協の安次富浩さん、「ヘリパットいらない」住民の会の伊佐真次さんの3人が発言されました。聞いていて、やはり沖縄では「名護市長選の結果は斟酌しない」という、平野官房長官の発言に対する怒りが大きいという感じを受けました。まあ当然ですよね。私が沖縄県民だったら、たとえ基地賛成派でもなんとなく胸くそがわるくなる発言だと思いますもの。

 安次富さんなどは、「鳩山首相は事前には『市長選の結果を参考にする』と言った。だから負けられないと思った。そして選挙に勝ちました。これ以上の民意はないでしょう。そしたら後になって平野発言があった。沖縄選出のある国会議員は『足を蹴っ飛ばしたい』と言っていたが、もし私がその場にいたら鉄拳がでていた。それくらい沖縄の人は怒っている」と発言されました。
 また、山城さんは「これだけ沖縄の問題で全国の人が声をあげてくれたのは、沖縄返還協定の時以来だ」と言われ、安次富さんも「今日の事態を実現させたのは、全国の人々が沖縄を励まし続けてくれたその力の成果だ」とされました。伊佐さんからは、高江のヘリパッド建設問題の報告があり、地元住民の力で建設が全く進んでいないこと、それに業を煮やした防衛省が、なんと「住民の反対運動を政府が裁判所に告訴する」という暴挙を行ったことが報告・批判されました。
 三里塚でもそうですが、かつての行政執行のように、わかりやすい強権発動で世論の集中的な批判をあびることをごまかす目的で、裁判所を使って結局は同じことをするという手口が目につくようになってきました。強権発動であることに何の違いもなく、それに加えて住民に裁判の負担を強いて経済的にも締め上げるという汚いやり口には、激しい憤りを感じました。

 その後の連帯アピールの中では、岩国から来られた井原さん(前市長)が、平野発言について「私は、政府は防衛力で国民を守らなくてはならないという主張を、間違っているとは思っていない。だがそれは、国民に政府が決めたことは黙って言うとおりにしろ、口を出すなということではないだろう」と、地元の民意なんぞ斟酌する必要なしとする平野官房長官に疑義を呈されたのが印象に残りました。

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2010 年 1 月 30 日

ついに本日!辺野古基地建設阻止!全国集会へ

1・30全国集会チラシ
※チラシ(PDF・A4)
 表面(カラー) 表面(白黒) 裏面(白黒)

普天間基地はいらない

新基地建設を許さない

1・30全国集会


◆2010年1月30日
◆集会開会 14:00〜
◆デモ行進 16:00頃〜  銀座・東京駅方面へ
◆会場:日比谷公園・野外音楽堂
◆主催:1・30全国集会実行委員会

会場周辺地図 交通アクセス
東京メトロ:丸の内線→霞ヶ関駅 B2出口より
東京メトロ:日比谷線→日比谷駅 A14出口より

—————————————————-

 反戦カレンダーでは告知しておりましたが、本日は上記の全国集会があります。微力ながら私も参加させていただきます。会場で見かけられましたら、お気軽に声をかけてください。

 秋の沖縄県民大会にあわせた集会では、沖縄2万人東京400人大阪200人、名古屋150人ってところだったようで、参加された方々の熱意に敬意を表するのはもちろんですが、単純な参加人数だけを見ますと、本土の人々の関心の薄さ(所詮は他人事意識)が恥ずかしいと思われる面もありました。

 もちろん、何でもいいからハードルを下げて、とにかく人をたくさん集めるべきだとは思いません。そういうことを言い出せば、集める方法はいろいろあると思います。しかし一年前ならともかく、もう、この期におよんでは、どっちつかずで何が言いたいのかわからない「エセ反戦」(善意は認めたとしてもです)では何ひとつ事態は動かない。本当に沖縄の人たちの立場から考え、普天間無条件撤去・辺野古基地建設反対を掲げた実効的な反戦運動を存在させることが大切なのだと考えます。

 こういうちゃんとした内容では、しがらみにしばられた組織官僚が支配する既成の大組織が「動員」するなんてことは期待できない、普通の市民や労働者に自分の意思で参加してもらうしかないわけで、このての集会の参加人数は、その時々の世論の動向に大きく左右されて増減してしまうわけです。ですが、それだけに、世論の動向に左右されない組織動員とはちがって、一つのバロメーターとしての意義をもっており、政府側は私たちが思っている以上にこういう人々に注目しているのです。

 別の言い方をしますと、特定野党の集会に2万人が集まっても政府側はさほど何とも思わないが、今まで数百人だったこういう市民集会がいっきに数千人の規模になることは、それよりはるかに大きなインパクトを与えるということです。マスコミはあんまり大きく報道しないであろうことは最初から見えていますが、政府・官僚らは意外にちゃんと見ている。

 そんな中、名護市長選挙の後に開催された大阪集会では、県民大会時には200人だったものが、屋内集会で単純比較はできないとはいえ、それでも2300人が結集しています。それでいけば今日の集会は4000人、最低でも3000人くらいは集まってほしいところです。主催者は1万人を目標にしておられるようで、そこまで言われると正直、「え〜、それは無理ちゃう?」と敗北主義にとらわれてしまいますが(笑)。確かに沖縄だけで2万人なんですから、本土の全国集会でもそれくらいは集まらないと本当は嘘なんですよね。「1万くらい集まるべきだ」というなら、まったくもってそのとおりだと思います。

 ともかく、「今が正念場だ」というのはよくある言い回しですが、今回ほど本当の正念場はそうそうありません
 決断を延ばせるだけずるずると先送りしてきた鳩山政権は、名護市長選挙の結果を受けて、「やっぱり辺野古にします」とは言うに言えないところに追い込まれています。ここまで延ばしておきなら「結局は辺野古」となったら、小沢問題との合わせ技一本で、もう政権の自殺行為です。鳩山さんもそれはわかっているでしょう。政権側も今ものすごく苦しいところに追い込まれている。ここで手綱を緩めたら絶対にダメだ。さらに追い詰めることで突破口は必ず開けます。そのせいで鳩山内閣が倒れたってかまわない、いや、そんな内閣なら倒してしまえ!とにかく、一人一人が今できることをしましょう。

それでは、会場でお会いましょう えいえいおー

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2010 年 1 月 28 日

安保体制の本音と建前 - 平野長官の「法的措置」発言から

日の丸を背に発言する平野官房長官
 名護市長選の結果を受けた平野官房長官の「地元が合意しなくても法的措置」発言には怒りがおさまりません。たとえ新基地建設容認派の立場に立って考えてみたとしても、よりによって選挙の直後になんということを言うのかと。暴言以外のなにものでもない。およそ彼の眼中には「民意」というファクターが最初からない。あまりにも権力的な発言。

平野官房長官への抗議先
●郵送で
〒100-8982
東京都千代田区永田町2-1-2衆議院第2議員会館330号室
●電話で
TEL/03(3581)5111(内7330)
●FAXで
FAX/03(3502)5025
●インターネットで(HPから意見を送信できます)
http://www.hhirano.jp/opinion.html

 よく新基地建設派は「金はくれてやるから我慢しろ」みたいなことを言いますが、自民党の「地元振興策」は地域の人々の役にはあまりたたず、ついには不況のどん底に叩き込まれる中で、先の総選挙では沖縄の全選挙区で新基地建設反対派候補が当選しました。名護市長選では今まで、新基地建設派候補は基地問題の争点化を徹底して避け、景気や地元振興を訴える作戦で過去の選挙を制してきたわけですが、だいたいこういう作戦を取らざるを得ないところに、建設反対の民意が圧倒的であることが示されています。そして今回はついにそれでも勝てないところまできたのです。ちょっと自分の身になって考えてみてくださいよ、自分や家族・親戚・友人が失業している時に、地元振興ばっかり訴える候補より、基地反対を訴える候補に投票するんですから、たとえ僅差であってもこれはものすごいこと、並々ならぬ強固な民意の現われなんだと知るべきです。

 つまり実際の票差以上に、沖縄の民意は圧倒的に新基地反対だと考えるべきです。そしてその怒りは、何かしら理屈や理念に基づくものではないんです。自分たちがおかれた現実からくる素朴な怒りなんです。ついに沖縄自民党でさえ「新基地反対」を打ち出すにいたったという現実がそれを示している。だいたい「県外・国外移設」なんて議論はもちろんのこと、「もうこれ以上は新しい基地はいらない」とか、「せめて普天間飛行場だけでも返してほしい」というのは、安保体制の維持という主張とすら必ずしも矛盾しません。

 だいたい新基地を作ってくれないなら普天間も返さないという根拠は、米軍再編による世界戦略上、そうしないと都合が悪くなるという理屈からです。つまり米軍が中東を含むアジアに睨みをきかせるために必要だからという話であって、そんなの「日本の防衛」とは関係のない論理です。沖縄の米軍が今までしてきたことは、ベトナムやイラクへの侵攻のように、他国に侵攻するための踏み台として沖縄を使い、日本はその侵攻に主体的に協力してきたのであって、事実として過去も現在も、米軍は日本を守るために機能してきたのではありません。

 もちろん、そのせいで日本も他国から攻撃されにくくなるという議論も理屈としては成り立つかもしれませんが、それは単なる副産物にすぎないという冷静な現状認識は必要です。だって米軍はそのためにいるのではないのですから。基地容認派はそういう副産物ほしさのために用心棒のみかじめ料を払い続け、米軍の侵攻にポチのように従順に全面協力することの道義的な責任の是非はもちろんのこと、そのことによってかえって他国の民衆を敵に回したり、攻撃や憎しみの対象になってしまうという点も含め、そのリスクの是非を検討していかなくてはならないでしょう。基本的に現在の米軍は、他国から全面攻撃されるということではなく、歴史的にも主に他国を攻撃・侵略するものとして客観的には存在しています。それに協力するべきかどうかが基地問題についての主要な争点です。

 百歩譲って「協力するべきだ」という結論に達したとしましょうよ。その場合でも、どこまでどのように協力してあげるかは、私たちが自由に決めるべきことなんではないんですか?なんでそれをアメリカが勝手に決めて、日本はそれに従わざるをえないんだなんて理屈になるんでしょうか?協力してあげてるのに、「それでは足りまへんなぁ、普天間を返してやると言ったのも、考えなおさなあきまへん」なんて、悪代官みたいなことを言われなくてはならんのか。そしてそれにビビッて「そんなあ……」と涙目で震え上がり、右往左往している屈辱。冷静に考えてもみてください。日常生活におけるごく普通の感覚で考えても、そういう関係を私たちは「友人」とは言わないはず。普通はヤクザの「親分子分」の関係とか、「パシリ」とか言っているはずです。もしこれが自分の子供だったら「そんなの友達でもなんでもないから、さっさと縁をきれ!」と言いませんか?

 アメリカの言い草は、ジャイアンがのび太に何かを要求する時にだけ「心の友よ」って言うのと同じ。本当に友人だったら、どうしても普天間を返してということになっても、「今までありがとう、これからもよろしくね」くらいは言えるでしょう。民主党の一部からちらほらもれてくる「安保の見直し」は、こういう「親分子分の関係に基づく米軍の世界戦略への協力」という安保の本音を、「友人同士の関係に基づく日本の防衛問題」という元々の建前に戻そう、あるいはそういう建前にすぎないものを、安保体制の本質だと理解しているがゆえの発想だと考えれば、非常にわかりやすいのではないでしょうか。それもできるだけ良く解釈してあげれば、本来の保守の立場からする善意の一つだとも言えますが、アメリカはそんな綺麗な建前でものを考えてなんていません。もっとドロドロした本音の利害で動いている。それを理解して、日本政府は毅然とした態度を示さないといけないと思います。保守なら保守でかまわんから、せめて保守らしく、アメリカの子分ではなく日本人の立場で動いてほしいものです。

 たとえば、麻生政権時代に反麻生の声が大きくなってきた時、困った右派の一部(主にネトウヨ系)の連中が、「麻生さんに反対するならそれに代わる人を提示しないと無責任(=批判してはいけない)」というレトリックを編み出したことがあります。一見すると、論理的に中立にみえるけど、よく考えればこれは「麻生さんは正しいんだから政権交代を言うのは無責任」と言う麻生全面擁護の論理だとすぐにわかる。つか、だいたい国民が政治に意見を言うのに、なんでいちいちそんな枠をはめられねばいかんねんという話であって、あんまりアホらしいので、これに乗せられる人はいなくて、主に彼らの内部で流通しただけの理屈でしたけど、これを簡単に評すれば「おいおい、逆ギレかよ(笑)」ということ。

 これと全く同じレトリックで、沖縄の犠牲に対する批判や同情の高まりに対して逆ギレし、「アメリカが納得しない(=本音の部分での安保が維持できない)じゃないかぁ!」と叫び、だから、安保体制(の副産物)にかわるものまで明示しないなら最初から批判してはいけない。沖縄には金をくれてやるから黙って我慢しろ。それが嫌なら日本核武装しかないといういう人がいます。本当にそうでしょうか。

 80年代、欧州でソ連とアメリカが巡航核ミサイルの配備合戦を演じて緊張が高まり、レーガンがソ連の脅威をガナリたてた時、欧州の人はこれに同意するどころかとうとう怒り出して「おまいら、どっちもいい加減にしろ!」ということになり、空前の規模で全世界的な反核闘争がまきおこりました。欧州では多くの基地が民衆に包囲されていった。ところがその後、ソ連はとっとと自壊し、実はすでに脅威どころかボロボロだったことが判明している。彼らが自壊したのは軍事で負けたからではなく、存在が反人民的だから負けたのです。ようするにこのレトリックも、選択を迫る視点が出発点から間違っている。つか私たちと判断のステージが違うのでかみ合わない。(余談になるけど、もし本当にソ連が「左翼」だと言うなら、この民衆の声の高まりを支持・連帯し、アメリカの脅威なんぞと言わずに、一方的に核ミサイルを撤去するという政治を打ってきたはず)

 日本の民衆が北朝鮮の核武装をやめろと大きな顔して言えるのも、さらにはその政権をぎゅうぎゅう締め付けて崩壊させよと言える根拠も、すべて自分たちが核を持たず、人権の擁護を掲げて、国家権力のために民衆を犠牲にすることは許されないと考えることを、自分たちの社会の原理する総意が存在しているからこそです。だから堂々と北朝鮮を否定することができる。つまり北朝鮮とはそもそもステージが違うから批判できる。その原理を否定して北朝鮮と同じ土俵に乗ったのでは批判の根拠が失われて、ただの縄張り争いになってしまいます。この原理に立ち切ることこそが私たちの選択肢であり、これはソ連の崩壊、東欧革命で正しさは実践されてると考えます。

 一方で、米軍に加えて日本も核を持つというなら、かつての米ソ核軍拡競争のような、危うい冷戦への道を選ぶことになる。その競争に勝つためなら、民衆に犠牲が出ることもやむをえないという論理です。こういう古臭いカビの生えた色眼鏡をかけている人の目には、この軍拡競争に「どっちもいい加減にしろ!」と悲鳴をあげる人が、「向こう側」の味方に見えるようですが、問題はそんな「どちらの味方」ということではない。

 この人権派と軍拡競争(縄張り争い)派のどちらの道を選ぶのかというのが、問題の議論にあたって一番最初に問われる本当の選択肢。それ以外の具体的な議論はその次の問題です。

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2010 年 1 月 25 日

「在特会」ごときと「刺し違える」ような値打ちなどない

他のことを書こうと思っていた矢先だったけど、また例によって貧乏性ゆえに、長文のコメントがもったいないのでエントリーとしてスピンオフしておきます。こちらのコメントに対するお返事ね。せっかく書いた、全然関係ない話題のエントリーを荒らされているのを防ぐ意味もありますので、そこんとこ乞ご理解。

dialog.gif また関係ないエントリーに関係ない話題を(苦笑)。どうしても「自分の投稿を常にトップに出しておきたい病(戦術)」ですかね。もちろん一山いくらさんがそんな人だとは思いたくありませんが、中には議論を少しも前に進めず、全く同じ趣旨のことを(論破されても論破されても)繰り返し投稿し続けて常にトップに出しておくことで、通りすがりなどの人に、あたかも自分が「勝っている」かのように見せかけるゾンビ戦術の人がネトウヨさんにはあまりにも多すぎるものですから、ちょっと必要以上(?)に警戒してしまいますわ。

 とにかく議論をしたいのなら、相手の言うことをよく読んで、相手以上に理解する「努力」をして話を前にすすめてくださいね。それと、ちゃんと関係する話題のエントリーのコメント欄へ、またはブログ記事とは関係ない一般的な話題を投稿したい方のためには掲示板(交流用議論用罵倒専用)もちゃんと設置しておりますので、そちらのほうに投稿するようにしてください。この意見とは議論する価値がないとか、そうではなくても、この人とは議論を前に進められないだろうなとか思う場合は黙殺(私はだいたいそうしてますが)するか、罵倒専用掲示板に捨てゼリフを投稿しておくことです。ゾンビさんはお断りしますので、そういう卑怯なことをする人には、、それ相応に対処させていただくことを、この機会に述べておきます。

 さて、他のエントリーでも書いたことですが、
『自身が「私はこう思う」ということを簡単に書いていただいて、それに対する私の感想という形にさせていただいたほうが、より的確なお返事になると思います……このことは、よくメールなどで「質問」いただく方にもお願いしたいと思います。興味をもっていただくのは大変に嬉しいのですが、藪から棒に「どう思うか」なんて質問されても、私は学者でも何かの先生でも評論家でもない、そのへんにゴロゴロいるごく普通のおっさんなので、人を感心させるようなことは言えませんし、いったいどんな回答を差し上げればご満足いただけるのかさっぱりわかりません』(⇒「ネット上の右翼バブルについての考察」

 ちゃんと以前に書いたことであって、確かに通りすがりの人にまでいちいち「全部読んでから書け」とは言えないとしても、一山いくらさんのような継続的な読者まで、ろくに読まずにまた同じようなことをされるのはがっかりです。少し一山いくらさんを過大評価していたかもしれません。一山いくらさんの意図がわからないので、どういう趣旨(切り口)で返答したらご満足いただけるものか、さっぱりわかりません。運動論?それとも暴力論?

 ごく普通に考えれば、「在特会」の襲撃事件についてちゃんと批判した上で、それにどう対応するかという観点から議論を積み重ねていけばいいと思います。議論をふるのであれば、まずそれについて、一山いくらさんの案や考えを提案するべきでしょう。あるいは「在特会」への評価がわかれて、それでは議論にならないというなら、一般論として、道義的に許されない暴力的な存在一般(警察さえもそれに協力している場合)に対し、民衆はどういう対策をとるべきかというところから論じるべきだと思います。

 友好的なやりとりや、何気ない雑談まで杓子定規にそうしろとは言いませんが、少なくとも敵対的な議論において、自分の考えを隠し、相手にだけ「回答」の義務を負わせるのは卑怯者(荒し)のすることです。それとも真面目な議論ではなく、単に一山いくらさんは揶揄や荒し行為をされていると判断し、私がそのように対応(無視・削除等)してあげることで、どこかの香ばしい人々が集まる掲示板で「勝利宣言」ができるようにしてあげたらご満足ですか?もしそうなら、そういうふうにしてあげますので、メールなどでこっそりお知らせください。口外はしませんし、実際、痛くも痒くもないので、それくらいの汚名は着てあげます。

 いずれにせよ、できるだけ一山いくらさんのご満足いただけるようにしたいと思いますが、そこんとこ明快にしておいてもらわないと、全部の論点にふれた上で、様々な対応をとらないとないといけなくなりますので、ひとつひとつの文章も長文になり、こちらばかりが疲れてしまいます。そういう投げ方は卑怯だと思います。これはネトウヨが荒しの手口としてよくやるやり方で、自分の考えを隠し、人がちゃんと主張していることの揚げ足を延々と取り続けるだけのラクチンな手法ですね。同じ問題意識の者同士が友好的に行うなら別ですが、そうでない場合、そういうのは議論でも論争でもなく、単なる荒し行為といっていいと思います。

 対立する傾向の者同士の場合、そこでの議論とは二つの異なる考え方の間で行われる交流ですから、まず自分の考えを示し、その上で、相手の考えより自分の考えのほうが「モア・ベター」であることを論証する、そして、くだらない「勝ち負けゲーム」ではなく。可能な限り、もっと高次の議論へ自分の意見を高めていく努力をお互いにするべきだと思います。自分はお気楽な上から目線で、他人にだけ「努力」を求めるような種類の人間を私は軽蔑します。

 もちろん、一山いくらさんがそういった種類の下劣な卑怯者の「心の戦友」だとか、そういう印象操作だけですませようと私は思いませんし、今回は単に無自覚で、たまたま考え方が浅かった(もしくは私の過去の文章の趣旨をろくに忖度していない)だけだと思いますので、次回からご注意ください。まずは、一山いくらさん自身が、「道義的に許されない存在(警察さえもそれに協力している場合)にどういう対策をとるべきか」という点についての考えを示していただきたいと思います。

 なお、まるでネトウヨみたいな謀略論を書いておられますが、そんな謀略論(空想)を展開すれば、どんなことでも好き勝手に言えるので意味がありません。論理を展開できない人が謀略論に逃げるのは議論としては最低の低に属します。芸のないお笑い芸人が舞台で裸になるのと大差ないレベルです。

 さて、仕方がないので、勝手に一山いくらさんの意図を想像(邪推?)して、話を進めます。次回からこういう長文を書かなくてもすむようにお願いします。

 まず、運動論から。くわしい事情はさっぱりわかりませんが、なんか高校生が「在特会」の右翼に詰め寄られたか罵倒されたかなんか、とにかく衝突した際に、持っていた護身用スプレーを使用して警察に検挙されたってことですね?「在特会」はもちろんですが、それに抗議する側にも「暴力事例」があったじゃないか!やっぱりどっちもどっちだ!(やーいやーい、ざまあみろ)ってとこが言いたい趣旨(?)ですよね。

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