2012 年 5 月 16 日

祇園暴走事件と てんかん患者への差別(下)−患者・家族のみなさんの声


2012 purple day 世界てんかん啓発の日 (→公式サイトへ
 これは前の記事の続きです。まず、前のエントリを読んでからごらんください。その前記事に対してよせられたmixiでのコメントを、何件か選んで匿名でご紹介したいと思います。文責その他、すべての責任は草加にあります。どうか是非読んでください。

 mixiでは、単にてんかんの既往者として思ったことを書いただけのつもりでいて、どうせ叩く奴もいるかもしれないな程度に考えていたところ、患者やその家族の方から「うれしかった」というコメントを何件もいただき、望外の驚きでした。そうか、まるでてんかん患者は危険な奴で警戒しろみたいな、無知と偏見に基づくバッシングにさらされ、歯をくいしばって悔しさに耐えていたんだなと。私の拙い日記にさえ、「こんなことを書く人もいるんだ」と読んでホッと胸をなでおろすほどにです。その心情を思うと、胸にグッとこみあげてくるものがあるのは、私だけなのでしょうか?

 祇園暴走事件から一ヶ月がたちましたが、未だにその原因は不明のままです。今一度あらためて、犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げると同時に、勝手な憶測で、何の罪もない無関係の第三者まで傷つける心ない行為や、知ったかぶりの悪質な書き込みはもうやめていただきたいと切に願います(後半に続く)。

<以下、読者の方々からの投稿引用ーここから>————————————-

自分はてんかん持ちです。この日記読んで涙が出ました。
今回の事件の記事に対する日記やコメントなどを見ていて一番思ったのは、「よく分かってないのに知った風な事をいう奴らの多さ」です。日記やコメントの書き出しで「ちょっと調べたんだけど・・・」とか「さっきwiki見てきたんだけどさ・・・」とかそんなので分かった風な考えを並べ立てられるのがもう悔しいやら、腹立たしいやら・・・
別に同情が欲しい訳じゃない。慈悲が欲しい訳じゃない。ただてんかんについて少し調べて全てわかったように言わないでほしい。それだけなんです。なのにこんな連中の多さときたら・・・
この日記はそんな事なく、ちゃんと患者の目線にも立って書かれてる気がしました。こういう言い方はおかしいかもしれませんが、とても嬉しかったです。失礼しました。

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私がモヤモヤと考えていたことを、まとめてくれたような日記で、気持ちがスッキリしました。
私の旦那さんは、大人になってから発症したタイプです。免許も取りませんでした。
今回の事で、職場の批判好きの人種の方々から、まるで事件の犯人かのような言われ方をされ、手まであげられました

主様の『めがねのようなもの』といった表現が、しっくりきたので、使わせて頂こうと思いますが。

偏見の塊な人は、居なくならないんでしょうね(T-T )
長々とすみませんでした。

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私は、2週間ほど前にてんかんと診断された30代です。
京都祇園の事故の件で、世間の反応が事故そのものではなく、てんかん患者全体に対しての批判や差別、軽蔑があまりにも多いことを知り、かなりショックをうけました
でも日記読ませていただいて気持ちが落ち着いたのでお礼がいいたくて。

ありがとうございます。

私は、犯罪事件等に関心を持つことは大切なことであるが、当事者でもないのにどちらかサイドに寄り添った気になって無責任に発言する人たちが理解できないと日ごろから思っていました。
それを正義だと勘違いしているように見えるし、ただただネタにして叩いて快感を得ているようにも見えて。
まさか自分が間接的に叩かれる立場になろうとは思ってませんでしたけど。
病気に対する心の準備もまだ不十分な中でこのニュースだったからよけい敏感になってしまったのかもしれません。

そんな中で、ただ感情だけで書き殴っている日記ではなく、まっすぐな内容を拝見しほっとしました。
正直、今後の不安や生きづらさは当分解消されそうにありませんが歪まないでいけそうです。
ありがとうございました。

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私も妻がてんかんです。
もちろん、そんな事は関係なく世界一大切と思っています。

今回の事件では早くからてんかんであることだけを強調する報道ばかりで、また、ここ(注:mixi)の日記を読んでも差別的な表現ばかりで本当に腹が立っていました。
でも、前の方も書いておられましたが患者目線での日記で救われた気持ちになりました。
ありがとうございました。

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2012 年 5 月 14 日

祇園暴走事件と てんかん患者への差別(上)−もういい加減にしてほしい!

※mixi日記からの逆輸入です。書いたのが4月14日なので、その時点での情報に基づいた文章です。

脳波測定を受けるてんかんの子供 頭に糊を塗られてあちこちギトギトになる
 私は子供のころに、てんかんの既往症があります。親は近所から親戚にいたるまで、私の病名を徹底的に隠しました。本人にさえ言わなかったので、自分の病名に気がついたのは、かなり成長してからのことです。

 物心つくかつかないかの時分から、月に一回程度、病院で脳波測定をしていましたが、小さい子供だったこともあり、何も言わずに親に従うばかりで、その意味もよくわかっていませんでした。今でも、本人に告知されていないことを知らずに担当医のおっしゃった、「薬はメガネみたいなものだからね。それさえしていれば、君は普通の人と何もかわらないし、何の問題もないんだからね」という言葉が心に残っています。私はきっと、よく意味もわからずきょとんとした顔をしていたでしょう。

 小児性のてんかんは、成長するにつれて発作が消滅するのが通常で、薬の力で10年以上発作を抑え続ければ完治したと判断されるそうです。青年期までの辛抱です。だから15年くらい薬を飲み続けた私も、成人後は別に免許をとっても問題なかったし、申告の必要もありません。ですがまあ、私は免許をとりませんでした。その後、完治からさらに10年以上もたって、通勤の関係で必要になり、バイクの免許のみ一週間コースでとりました。今さら長々と教習所に通う余裕はなかったです。その頃はもう病気のことも、子供の頃から青年期にかけての想い出にすぎませんでしたが、それでも両親はハラハラしてたくらいです。

 両親が隠し通し、私も強く口止めされていたせいで、周囲の人は誰も私の病気を知りませんでした。薬もちゃんと飲んでいましたからね。だから私は、この病気に対する差別や偏見というものを受けたことがなく、それを知らずに育ちました。成人後に私の既往症を知った友人たちも、誰一人として奇異の目で見たり、へんな同情をすることもなく、「胃潰瘍で手術した」というのと同じ普通の話として受け止めてくれたし、普通に私の運転するバイクに二人乗りしてた。だいたいそれが当たり前の反応だと私は思うし、世の中の人はみんなそうなのだと思っていた。両親の反応は過剰というか、ちょっと反感さえ抱いていたものです。

 けどまあ、この事故(?)の報道をめぐる日記や、そのコメントなどを読んでいて驚いた。
 てんかんの既往症がある人に、本人は免許もとってないにもかかわらず、近所から「あの事故と同じ病気」「まさか運転とかしてないか」「一人だけで死ぬんならねえ」などという心無い噂話がされているとか、あろうことか、親戚からは面と向かって同じような酷いことを言われ、ただでさえ病気と苦しんで闘ってきたであろう本人は、涙が出るほど悔しい思いをしているという。まるで明治時代にでも戻ったかのようなレベルの、こんな噂話や親戚の言葉と同じ心ない酷いことを、当たり前のように日記やつぶやき、コメントなどに書き込んでいる人もごまんといるようだ。

 ああ、両親が恐れていたのはこんな人種だったのかと合点がいった。ネットでちゃらっと検索して、ウィキとかちょろっと読んで、それでもうこの病気のことが全部わかったような気になって、知ったかぶりなことばかり書いているアフォどもだ。この病気の本質とか、それと向かい合う心構えとか、なんと言うかうまく言えないけど、それは「ネットで検索」したら5分でわかるような、そんな表面的なものではありません。軽々しいことを言うな。私は青年時代までだったから、そんな大したことを言えるようなものではないんだけど、成人後も発作の続く人の苦しみとか、どんな気持ちで生きているんだろうとか、私程度で想像できるようなレベルのものではないはずです。

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2012 年 5 月 12 日

「在特会」の元幹部らが企業脅迫容疑で大阪府警暴力団担当に逮捕さる

YouTube
◆今のところどうでもいいこと

 タイトルの通り。いったい何をしてるんだ?とさすがにびっくりしました。

 公安の右翼担当に回収されるならまだしも、れっきとした一般警察(しかも暴力団担当の捜査四課)に逮捕されるとは!つまり、政治性もなく、ごく普通に犯罪を犯して逮捕されちまった。ちなみにこの大阪府警捜査四課は、タレントの羽賀研二氏と渡辺二郎氏の企業脅迫容疑を逮捕立件した部署。つまりその事件と同列の扱いです。まあ、映像で見ると、2ちゃんねる用語でDQNとか言うんですか?確かに脅している様は渡辺二郎よりも恐い(笑

 昨秋に「在特会」8名が逮捕された時は、場所も京都府警と徳島県警で前後しての連続逮捕であり、まだあきらかに全国的な公安がらみの政治的思惑が見えました(→参照「『在特会』京都に続き徳島でも逮捕の報を考える」)。その時の考察で私は「(『在特会』の行為などは)基本的に一般警察(刑事警察)が、政治的に中立の立場から、騒ぎをおこしているチンピラを注意して解散させればそれで済む程度の『迷惑行為』」と書きましたが、逮捕までしたとは言え、それが現実のものとなったということでしょうか?まだまだ結論を下すのは早いかもしれないし「在特会」系右翼の行動への評価はまた別にあるでしょうが、まあ、「右翼が脅迫や強要で捕まる」なんて大昔からよくあることですもんね。その次元では、警察さんもちゃんと仕事してよねという以外、そんなこと別にどうでもいいという感じです。

◆事件そのものは右翼のありふれた古典芸能

 10代とか20代前半くらいの人は、これを暴力団担当の刑事が担当していることの意味がよくわかってないようだけど、もともと企業やマスコミに対するこの手の脅迫事件は右翼(特に街宣右翼)の由緒ある専売特許なんですよ。かつてその多くが暴力団がらみで、特に総会シーズンには増えるとかあったのよ。だから今回の彼らがやったようなことは昔だったら本当によくあったことでね、私の世代にとってはどうということもない懐かしい事例ですよ。違いといえば、「北方領土」が「竹島」になったくらいかな。ちっとも新しくもなんともない、大昔からの右翼の古典芸能ですわな。いわゆる「行動する保守」の行動パターンというのは、要するに「街宣車を降りた街宣右翼」であって、やってることも主張内容も30年前の街宣右翼とほぼ同じだということが、悲しいかな歴史を知らない若い層には自覚がないみたいだね。だから純真な右派の青年が、そういうものにホイホイと動員されて片棒かつがされているんだろうな。

 それでもかつては企業もめんどくさいもんだから、適当に右翼に頭下げて、「政治献金」とか「機関誌購読」とか申し出たり、相手の面子たてつつ、なあなあで終わらせていたのね。けど、90年のバブル景気以降、だんだんと暴力団への社会的な風当たりが強まりーの、企業の社会的責任とかもいわれるようになりーの、警察(マル暴担当)も新法作って企業への指導や助言を強めたりしていきーので、不景気も手伝って、企業も泣き寝入りしなくなり、警察も積極的に動くようになって、段々とそういう光景も見なくなっていったのよ。そこへあーた、素人同然の新人さんが見よう見まね、「昔なつかし街宣右翼」の手法そのまんまで乗り込んでいったんだから、そりゃあ、飛んで火にいる夏の虫ってもんですわな。良い子の保守のみんなはそんなことしちゃダメだし、こんな古臭い「街宣車を降りた街宣右翼」をかばってたらお里が知れますよ。彼らが暴力団ではないことを認めたとしてもね。

◆支持者たちのカンチな反応

 つか、暴力団だったら、同じことをしても、絶対に脅迫の証拠が残らないように気を配りますよ。それを信じられないことですが、彼らは自分が脅迫している現場を自分で撮影して、堂々とYouTube とかで公開してるんだぜ。証拠隠滅どころか、自分で開示してるんだから、そりゃ普通に捕まるって(笑)。警察だって嫌でも捕まえなきゃしょうがないじゃん!「在特会」支持者の中には、「今回の逮捕はおかしい!是非真実を見てください!」とか書いて、その動画を紹介している人もいたけど、いや、それ絶対に逆効果だから(笑笑)。さらには「企業に抗議する時は、撮影や録音されている危険性を考慮しよう」とか勘違いしている人もいましたが、撮影してたほうだから(笑笑笑)。それともこれからは暴力団トークを真似して、「降板させろ」ではなく「誠意をみせろ」とでも言いますかね(爆笑)。

 あとねー、これが最大の勘違いだと思った書き込みにね、「私たちは潜在的には多数派なのだ」というのがありましたね。少し冷静になってみようじゃありませんか、まだソ連という国があった昔だってね、「北方領土は日本の領土です」という人が圧倒的多数派だったのよ。ちょうど今、韓国で「独島(竹島)は韓国固有の領土です」と学校で教育してるみたいに、日本じゃ「北方領土は日本の領土です」と子供に教えていた。韓国で「日本の言い分は勝手で間違っている」と政府あげて主張しているように、日本では「ソ連の言い分は勝手で間違っている」と政府がテレビCMまで流してやってたのよ。で、そんな圧倒的に有利な状況の中で、「北方領土奪還」の右翼は支持されてました?今回みたいな行動は世間の人から温かい目で見られてましたか?全然違いますね。圧倒的に孤立しまくってましたよね。昔もそうなら、今もそうなんですよ。

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2012 年 5 月 8 日

中核派本多暴力論批判−昨6.11新宿の騒ぎによせて

革共同本多延嘉氏
 今日は、昨年の611新宿の騒ぎに関して思い出した、暴力に関する論文を紹介したいと思います。

 もともと新左翼潮流の間では、暴力論について種々の考察がなされており、一般に「否定の否定の論理」と呼ばれるものが基本にありました。が、大衆運動に歴史というものが存在しないこの国では、それらが正しく継承されず、いつしか否定の否定ではなく、単なる肯定、すなわち、「暴力一般の否定」の裏返しにすぎない「暴力一般の肯定」へと歪められてきたように思います。それは革命思想や大衆的実力闘争、ましてや直接行動と呼ばれるもののとは似て非なる、根本的に全く異質なものです。それは右からではなく、他ならぬ左翼の立場からこそ徹底的に批判し、乗り越えていかなくてはならないものです。

 「暴力一般の肯定」とは、「俺は正しい。奴は間違っている。だから殴ったり排除してもいいんだ」ということであり、煎じ詰めれば「奴は敵だ。敵は殺せ」以上の内容をもちえません。するとその判断は、暴力を行使する側が一方的にくだすという論理になり、そこには彼我の弁証法的な考察も暴力論もクソも何もありません。どんなに高尚な横文字をちりばめたところで、カラッポで中身のないものです。豊かなヒューマニズムに立脚しているはずの左派の政治として、それはなんと貧しい政治内容でしょう。それでどうして大きな顔して「在特会」を笑えるのか。所詮は同じ穴のムジナじゃないか。そんなものに自身の未来を投機してでも参加する人民がいるでしょうか。

 私が611新宿問題について苦言を呈した時、それをあたかも「目的はいいけど手段が悪い」という言い方に、勝手に切り縮めてしか理解ができない、すなわち、戦術問題と、運動論や思想性の問題の区別すらつかず、私の主張を日本共産党や市民主義などの一部に見られる「暴力一般の否定」と同じようなものとしてしか見れない、そうして自分の脳内に勝手に作り上げた「草加耕助」を罵倒している、そんな愚か者もいました。そんなことをされても、現実の私は痛くも痒くもないのであり、自分の思想性の貧しさや底の浅さを露呈しているだけなのです。

 こういう、左翼思想とは異質な内ゲバ主義は、左右を問わずにあらゆる大衆運動で蔓延しています。殴らなかったから、排除するにあたって丁寧な言葉を使ったから、だからいいんだということにはなりません。内ゲバ主義は疎外された「思想」であり、別の言い方をすれば「文化」です。そういう文化風土があるからこそ、それを裾野として、党派による極端な内ゲバだって発生・存続するのです。内ゲバ主義は、まず自分自身の足元から根絶することでしか、なくすことはできません。

 以下はクラウゼヴィッツの『戦争論』を研究した、『戦争論・暴力論の革命的復権』というタイトルの論文(1985年8月発行・機関誌「理論戦線」所収)の第8章以下からの抜粋です。
 これは「革命派」の書いた論文ですから、そういう意味では市民主義者や右派の方には違和感や拒否反応があるでしょうが、そんな人も含めて(違和感のある部分はスルーして)、できるだけ多くの方に読んで考えてほしいと思います。結局、常に考え続けて継承していくことしか、解決法はないように思います。そのお題の一つになれば幸いです。

(追記)なお、以下の論文とあわせて、こちらの文章 もあわせて読んでいただければ、私の言いたいことをより理解いただけると思います。

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2012 年 5 月 7 日

「原発ゼロ」実現の日に思うこと

泊原発の停止にあわせ、パレードする札幌の市民グループ

◆まずは素直に誇ろう!祝おう!

 2012年5月5日23時3分、最後に残った北海道泊原発3号機が運転を停止し、これで日本国内に「運転中の」原発はゼロになりました。東電管内はとっくに原発ゼロでしたが、それでも、日本国中どこに行っても、自分の使っている電気に原発が含まれていないと思うと、本当にホッとした気分になります。
 安全とか言う以前に、そして「よく調べてみれば」というレベルではなく、明確に他人を犠牲にし、踏みつけにして得た電気で「快適な」生活を送る罪悪感から、少し解放されるからです。部屋の明かりを眺めながら、かなり気が楽になりました。願わくば生涯このままの状態でいてほしいものです。

 思うにこの5月5日という日は、将来の日本から見て、「あの日が日本の分岐点だった」と言われるように必ずなるでしょう。つまりこのまま再稼動を許さずに、腰をすえて脱原発に取り組むのか、それともこれを「異常事態」としてそこからの「復旧」=再稼動に向かうのかです。前者なら歴史的な一瞬として、後者なら、10年後か20年後か30年後か、それとも明日か、この次に大きな原発事故がおこった時に、「もしあの時に……」と後悔と共に振り返ることになるでしょう。

 今日のこの日を、運動の成果で原発を止めたのではなく、敵失で止まったのは残念という人もいます。確かに半分はそうです。福島事故によるあまりにも大きな犠牲を出さなくては、この日を迎えられなかったこと、それだけの運動展望をつくれなかったことは、ろくに運動もしてこなった私も含め、反原発の側の力不足で残念です。ですが、事故後のこの一年、政府・推進派は「原発ゼロ」という事態を作らないために、大飯原発の再稼動をなんとか早めようとやっきになってきました。それを今日まで押し返し続けたのは、何よりも多くの人々の願いと、それを体現して献身的に頑張ってこられた運動の側の大きな成果です。一度でもデモにでたすべての皆さん。どうか誇ってください。

 なにはともあれ、私たちは「原発ゼロ」という事態を出現させ、すべての人がそれを経験した。そのことの持つ象徴的な意味はとてつもなく大きい。だって、「なんとかして原発をなくそう」という問題ではなく、とりあえず発電形態としての原発は一時的にでもなくなり、「このままいくのか、それとも昔に引きかえすのか」という問題の立て方になったのですから、これは天と地ほど違います。今後、政府がなりふりかまわず、どこでもいいからと、とにかく再稼動させてくるということもあると思います。ですがその場合でも、再稼動強行のほうが「異常事態」で「一時的」だという見方も充分に成り立つようになりました。それをたぐりよせた成果はとてつもなくデカイのです。

◆手放しで喜べないーこれからが大変、山積みの課題

 小が大と戦う時のセオリーである「防御→対峙→反攻→追討」という流れていけば、今はようやっと建設反対の防御段階から、既存の原発の是非までが俎上にのぼる対峙段階に小指がかかったくらいです。支配層もこの問題では一部分裂を開始しました。ですが、このまま具体的な脱原発政策に踏み込んでいく反攻段階に突入するためには、大きな壁がいくつもあるでしょう。まず原発は発電をやめただけで、核設備としてはそのまんま残っています。運転停止だけでは解決にならず、これを完全に無害な状態にもっていくためには、10万年からの気が遠くなるような時間がかかります。この先、一人の人間にとっては未来永劫ともいえるほどの時間、原発を解体、処理、管理していく仕組みが国際的にも必要です。

 次に、原発のみならず、火力などにもできるだけ頼らないために、いわゆる自然エネルギーへの転換も楽観視するのはもちろん危険です。原発推進派は「自然エネルギーには問題があり簡単ではない」とオウムのように昔から繰り返してきました。そんなの当たり前のことです。だから何だと言うのでしょう?ゆえに福島の人は経済発展の犠牲になれ、多少被曝しても仕方ないとでも言うのでしょうか?今や原発にこそ、自然エネルギー以上の「問題」があることは明らかです。推進派の論理は、「禁断症状が苦しいから麻薬をやめることは体によくない」と言っているようなものです。これは原発に限ったことではありませんが、人の命と目先の短期的な経済効率のどちらが大切だと思っているのか。

 たしかに一朝一夕ではいかないかもしれませんが、もし、1986年のチェルノブイリ事故の時に原発依存からの脱却を決意し、その後の20年間、原発に湯水のごとくつぎこまれてきた莫大な金額の、その半分でも自然エネルギー開発につぎこんでいたら、私たちが見ている風景は、今とは随分と違ったものになっていたはずです。おそらくは自然エネルギー開発も、実際にやってみたら次から次へと問題は出てくるだろうし、停滞することもあるに違いない。ですがもはやこれ以上の問題の先送りは許されません。本当は20年前にやっているべきだった問題に取り組みましょう。次の20年も同じことの繰り返しではいけないのです。誰かの犠牲の上に成り立つ「豊かさ」なんてまっぴらです。

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2012 年 5 月 5 日

荒岱介さんを偲ぶ会に参加して

荒岱介さんを偲ぶ会
◆ごく普通に偲んできました

 戦旗・共産同元議長の荒岱介さんがお亡くなりになって一年がすぎました(→参照「【追悼】さよなら荒岱介さん」)。市ヶ谷の私学会館で一周忌の偲ぶ会があり、自宅に案内が届いたので参加してきました(→画像報告)。
 あまり一般向けでもないし、大衆的に公開されたものではないので、ブログに書く気もなかったのですが、前のエントリで写真を使ったせいで気になった方もいるようですので、ごく個人的なことだけ書いておこうと思います。最初にことわっておきますが、私は現役時代は関西で活動しており、荒さんとは主に書籍の上、および党中央と地区の関係、すなわち文章でのおつきあいが中心でしたので、活動を離れたところでの荒さん個人に特別な思いいれもないかわり、憎んだり嫌ったりという感情もありません。

 さて、上に書いたように一般公開の集まりではありませんので、参加者の顔ぶれやその発言を、どこまで公開していいものやらわかりません。いわばmixiで書いた内容を、本人に無断で外部に公開するようなというか。まあ、特に問題はなかろうと思われる方々についてのみ書くことにします。でも、内容はごく普通に「偲ぶ会」でしたね。この会の呼びかけ人の一人でもある、埼玉県ふじみ野市議の鈴木啓太郎さんが、「強烈な個性とカリスマ性を持つ荒さんの呪縛から、一年たってやっと解放されたような気がする」とおっしゃっておられましたが、ようやくわだかまりぬきで、ごく普通に「偲ぶ」ことができるようになったという解放感が会場にあふれていました。まあたとえて言えば、「飲んだくれて暴れて家族に迷惑かけて亡くなった親父だが、一年たってやっとその息子たちもしみじみ想い出を語れるようになった」というような状況でしょうか。

◆荒さんの人生と発言者の面々

 知らない方に一応の解説。荒さんは元々70年安保闘争時における、学生運動の指導者(社学同委員長)として頭角を現し、二次ブント分裂に際して党派(戦旗派)の指導者として一派を牽引します。その後も党の分裂など挫折を経験しながら、ほとんどのブント系党派が小サークルとなって「党」としては事実上消滅に近い形になっていく中、指導する戦旗・共産同をまがりなりにも革共同系に対抗しうる勢力にまで伸張させます(この説明がチンプンカンプンの素人さんはググってくだされ)。
 ところが90年代以降の荒さんは徐々に共産主義思想を否定し、10年かけてゆっくりと組織まるごと陽性転向して「環境革命」を提唱するようになります。さらに晩年は周囲をイエスマンで固めた強引な運営が目に付き、最後はそのイエスマンたちからも見放される状況となって、手切金まがいの「退職手当」をもって組織から離れてしまった。まあ、簡単に言えばそんな経緯です。一番大きかったのは、「管制塔カンパ闘争」に対する冷淡な態度でしょうね。それで人心がすっかり離れて、地方組織もガタガタになり、全国動員もできなくなったと会場で話している人がいました。

 そんな荒さんの人生の、それぞれの時期につきあった方々が会場にはみえていましたが、やはり来賓(?)として会場で発言された「業界有名人」は、二次ブント系の方と、戦旗・共産同時代におつきあいのあった方が中心でした。やはりこの二つが荒さんが最も輝いていた時期ということなんでしょうね。名前をあげても差し支えないだろう方で言いますと、大下敦史さん米田隆介さん太田昌国さん清井礼司さん植垣康博さんらでしょうか。このあたりは左翼業界の人ならだいたい知ってますよね。旧赫旗派からは元議長の松平直彦さん(現・労働者共産党指導者)の顔もみえました。
 あと、今は普通に暮らしておられる方々で、二次ブントの各党派のリーダー(党首)クラスの人たち。ここらはかなりコアな趣味者しか知らないレベルですね。私はそれぞれのグループ名が記憶の片隅にあるくらいで、お名前はどこかで聞いたかな程度ですが、趣味者の人たちは本当にびっくりするくらい細かく知っていますから。ほかに戦旗・共産同関係では、啓太郎さんのほか、もうほんとに趣味者しか知らないでしょうが、こちらの画面下にある署名で有名な佐脇正祐さん、「管制塔カンパ闘争」に際して2ちゃんねるなどで何度も名前が出ていた牧原良(岩村清克)さんらの発言がありました。

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2012 年 5 月 3 日

人を殺して埋めてしまうことはそうそうないとしても

荒岱介を偲ぶ会(2012/04/22)
 お前はなんで昔の党派時代のことにいつまでもこだわったり、党派を擁護するかのような古臭いことを言うのかと、複数の方から問われたので、一応の問題意識をここに記しておこうと思う。

 まず私は自己に対する拘泥が激しいと思うが、そのことに気がついているだけマシであると思う。いわば肩まで自己拘泥の泥沼に漬かっているので、身動きはとれないが、一応、その泥沼だけは見えている。本当にズブズブに頭のてっぺんまで自己拘泥に埋まっている人は、その沼さえも見えず、そこが沼の中ではなく、普通の世界だと思いこんでいる。現・元を問わず、ある種の活動家やウヨサヨ気分な人(趣味者含む)においては、それは「常に自分のいる場所(立ち位置)が一番正しい」という症状として現れる。

 別にここでカビのはえたステレオタイプな「党派批判」をしたいのではない。むしろその逆かもしれない。
 たとえばサヨ経験も党派体験もない人が、サヨだの党派だのを見て「キモイ」という感想をもらしても、それは仕方がないと思う。私の周りの多くの人は、それは違うと言うが、若い人が政治の話題をうっとおしがり、その一方で橋下のような人間を「何かやってくれそうだ」と支持したとしても、それはサヨのあり方に対する反省材料でこそあれ、そういう人や発想をストレートに非難することはできないと私は思う。

 けどなんちゅうか、マル共連BBSなどで「ある種の投稿」を読んでたまに思うことなんだが、たとえネットの上だけだとしても、いまだにサヨ業界に片足突っ込んでいるかのような言動をする人が、ありがちな「党派批判」を上から目線で垂れ流し、それでなんか自分が「未だ愚かな党派の人間」を超えた「もののわかった人間」「良識ある大衆代表」みたいな顔してると、なんかイラつくのである。おまえなんかより、今もアクティオに残って環境運動している「愚かな党派の人間」のほうが、ずっと尊敬できるよというか。

 ここまで典型的でなくても、たとえば元活動家の人なんかと飲みにいったりするとありがちな流れなんだけど、ひとしきり昔の話に花が咲き、その後、自嘲的な党派批判とかにうつっていく。俺たちは闘った、正しかった、でも党派や運動方針がダメだったと、まるで自分が被害者みたいな話になることもある。総じて「なっちゃいねえ」みたいな話になる。
 そこで私が「今」の三里塚の話をして、できる範囲で協力してくれと言うと、急に歯切れが悪くなって、「いやぁ!これからは君ら若い人の時代だから」とか言われたりする。

 つか、俺は若くねえよ!その若くねえ俺がかなり無理して頑張ってるんだから、「闘ったし、正しかった」皆さんも、ちょっとくらい応援してくださいよ。そのくせ、俺が昨年に逮捕されたことは、「たかがそんなこと」とか、「逮捕なんてヘマしてんじゃねえよ」みたいな言い方を「経験豊富な先輩方」からはされる。けど、あんたらがあの時代に運動の一員である学生として逮捕されんのと、俺がこんな時代にまったく個人の中年として逮捕されんのとは、本人にとっても周りの方々への迷惑にしたって、そりゃもう天と地くらい全然わけが違うんだよ。そんなの今の自分が逮捕されたらと考えてみればわかることでしょ。昔話をしているんじゃないんだよ。諸先輩の皆さん方は、「今」の自分に引きつけて考えてみてくださいよ。そしたら私が「今」やっていることの意味がわかるでしょ。昔話の延長で「そんなのよくあることじゃん」とか言うんなら、自分が今やってみせてくださいよ。

 けど、別に俺は「今こそ逮捕覚悟で実力で闘おう」とか言ってるわけじゃないんだ。だいたい俺自身がそんなことなかなかできないよ。そんな風な発想にもっていくのは、俺じゃなくてむしろ諸先輩のほうだね。集会にだって、いろいろな理由で来れない人だっているだろうとちゃんと理解している。昔やっていたからこそ、現場に顔を出すことには抵抗感があるという人は多い。それはわかる。だって自分がそうだったからね。さすがの私だって、全力で闘い、深く傷ついたがゆえに、今の運動にかかわる気になれない物静かな方に、威勢良く「オルグ」するほど空気が読めない「ゴリ」ってわけじゃない。

 けど、酒の席でさんざん「武勇伝」を語って説教してくれるような元気な先輩方には、たとえば年に3,000円(月にではない!)の会費で市東さんの会への入会をお願いするとか、その程度のことくらいは言ってみる。農民のことを思えば、そして彼らと実際に知り合ってふれあってみたら、私だって誰だって必死になりますよ。「三里塚の日本階級闘争における位置」とかそんな高尚なことを討論しにきているわけじゃないんです。それ以前のもっと素朴な問題として、市東さんが現に耕作して住んでいる土地に年内にも機動隊がやってきて、国家が暴力で強奪していくかもしれんのですよ。現に目の前で知り合った尊敬すべき人たちが、そういう目にあわされるところを見ているんだ!必死になって何が悪い!

 まあ、だいたい「楽しい酒の席で何いってんだ」みたいなKY扱いされて終わるんですけどね。いっそのこと「三里塚にかかわったことは間違っていた。人生の汚点だ。もうかかわりたくない」と言ってくれたほうがまだ納得できる。本人の意思がそれならそれで、もう何も言わないんだけど、「三里塚は正しかったし、オレは闘ったんだ」とか言うから、お願いしているのであって、なんで「今も(心の中で)応援してるぞ」とか言ってた人が、急にモゴモゴして、いろいろ言うけど要するに「一円だって協力はしない」という結論になるのかわからない。厳しい言い方で本当に申し訳ないが、三里塚農民のことなんかより、そんな「闘っている(いた)自分」のほうにこだわってるだけなんじゃないだろうか。

 だが、私の周りのほとんどの人は、こういう私の感想とは逆で、上から目線の「良識ある大衆代表」の言葉にうんうんと頷き、橋下支持の若い人には、せいぜいが「騙されている」という程度の愚民扱いである。確かにそれぞれの主張というか、字面をみていけばそういうことになるんだろうけどさ、でもなんか違う。座りが悪い。

 思うに、私がこういう人に違和感を感じる理由は、常に自分が正しいという点で、しょせんは一貫して何も変わっていないし進歩もないというところにあるのだと思う。そこに自己正当化や自己拘泥が見えるからだ。古臭いのは私ではなく、むしろこういう人たちではないのか?活動家だった時代も、それをやめた今も。もし、今の自分と昔の自分が矛盾していたとしても、それは今の自分が「物のわかった人間」になっているからで、常に「今の自分」が正しいのだ。

 これは一見すると反省や総括をしているように見えて実はそうではない。常に「間違っているもの」は自分以外の外(含む「昔の自分」)にあって、自分はその被害者であるという発想は何も変わらない。だから自己正当化、自己拘泥が激しく、結果として尊大で上から目線になる。とりわけ「昔の自分」に似たものを見つけると、「今の自分」を守るために、いっそうこの上から目線の説教が激しく、必死になったりするのだ。
 本当に総括している本物は、もっと謙虚で物静かで、決して他人の実践を上から目線で頭から否定したりなど絶対にしない人だ。

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2012 年 5 月 2 日

「頑張ろう日本」の前に効率優先主義の責任をとらせよう−反対同盟萩原進さん挨拶

【4・15反対同盟団結お花見会における萩原進事務局次長の挨拶】

画像報告 →動画報告1

……いわゆる旬の野菜っていうのはそこにあるんですよ。それを無理してハウス栽培とか、促成栽培とか、抑制栽培とか、そういうものをもってして、その、食料をごまかそうとしているのが今のやり方なんです。われわれがジャガイモを植えた時点で、もう何日かすれば九州のほうでは新ジャガができる。沖縄にいけばもう最適な気候になっているわけです。ですから、無理してそういう形で化学肥料あるいは企業の言いなりになって、資材のかかる石油製品のものを使わなくともですね、そういう形で、日本列島というのはできる地形になっているんです。ですから、そういう中で食料というものを考えていけばいいわけです。

 それはTPPにも通じることで、今政府がやろうとしているのは、広大な面積において、そしてその中で、効率主義的にやっていけばいいんだというようなやり方を導入しようとしているわけです。それはあくまで机上の計算であってね。それを日本の農業の形態にあてはめようなんてのは、そんなやり方ってのは、絶対的にダメです。ですから、自分たちはやっぱり、その地域にみあった、そして家族を主軸とした、そしてやりがいのある、そういう魅力ある農業を育てていこう、そしてそういう人たちと一緒になってやっていくと、そういうやり方の農業を追求したい。

 そういうやり方を昔からやってきたわけですよ。それをいっぺんに変えようとしている。その一つの大きな転機が飛行場建設だった。市東さんの土地の問題にしたって、100年近い、一世紀近い耕作をしてきたわけですよ、もう本来であれば市東さんの土地なんですよ。それを一方的に奪い去ろうなんてね、そういう形でやってくるなんて、もうとんでもない話です。ですから、そういう土地の問題だけでもこれは一時間は話したいんだけれども、そういう形で、土地そのものを商品化して、そしてそれを効率主義的に展開していこうというやり方が今の農業政策であるし、これに対して農地こそ、土地こそ、侵したら元にもどらないんだと、ですから耕す者に権利があるんだと、そういうことを今、本当に胸をはって言える時代にはいったんじゃないか。

萩原進さん(反対同盟お花見会にて)
 本当にそういう意味でね、ほんとに今、めちゃめちゃなやり方しているでしょ、再稼動を今度は認めるって形で、なんとかして再稼動ありきで、認めるって形で今進めようとしているわけですよ。そうじゃないでしょやっぱ。今までの責任を明らかにしない、そして責任をとらない、こういう中でね、それをやっていこうなんてとんでもない話ですよ。3月集会でも言いましたけども、ガレキ処理にしたって、そういうガレキを作ったのは誰なんだと。

 あの福島の集会で高校生が、経済を言う前に、人間の命のほうが大切なんだと、そして、この状況を作ったのは天災じゃない、人災なんだとはっきり言ったわけでしょ。年寄りはやっぱり、戦時中の問題を引きながら市民政策で、これで支えあわなくちゃならんと、農民は、自分たちは悪くないんだと、こういうことを実際におこしちゃダメだし、そしてこの責任を絶対にとらせるんだ!という形で発言した。そのことをわれわれはどうとらえて、どう実践していくかという問題ですよ。

 そういう中ではね、これは絶対的に天災じゃない、人災なんだと、このことをはっきりさせ、認めさせるべきだと、そしてそういうことの中から、責任をとらしていくと、そして、ガレキにしたって、それを作ったのは誰なんだと、それをまた作ろうとするのが再稼動ですよ。決して「原子力をなくそう」とは言わないわけですよ、「こういう時だから、それを全国に一律化していこう」という。こんな言い方はないでしょう。われわれはそういう責任を絶対にとらせる、そういうやり方をしていこうじゃないか。あらゆる現場であらゆる地域で、ガレキ処理の問題で住民説明会なんていらないだろうと、だったらそれに対して反撃を開始しようじゃないか。そういう中から今の政治、社会の問題を提起し、知らしめていく、このままじゃだめだということをはっきりさせていく。

 TPPの問題にしたって、日本の圧倒的多数はね、まだまだ実態を知らないんですよ。そのことをわれわれは本当にほじくりかえし、そして満天下に示していくと。そして、今の、「がんばれ日本」じゃなくて、日本はもう、われわれがつくるんだというところに展開していく。今日のこの英気をそこにもっていきたい。

 まあ………(無言で宙を指差して)、そこに謙太郎いますよ。そして幸司オヤジもいます。それからあの高台には、本当にわれわれの指導者であった戸村(一作)さんが、「あの飛行機を撃ち落せ」と、そういう発言をなされたここ第一(公園)でね、われわれが誰はばかることなく、他から見たら「なんの団体だろうか?」と、そういう中でね、大胆に花見を今日できたのはね、本当に嬉しいと思う。彼らが作ってきた“葵の御紋”をね、われわれが踏み潰すんじゃなくて、それをもっともっと、二つも三つも全国に作っていく、そういう闘いをしたいと思います。よろしくお願いします。

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