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小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

市東さんの農地取り上げに反対する会

市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

結衣ちゃんは革命家

結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

mixi 三里塚勝手連

三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

戦旗派コレクション

戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

過激派への100の質問

現役活動家時代に一般の方からよく聞かれた質問、100問100答集。過激派FAQ。
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ウィ・シャル・オーバーカム (We Shall Overcome)

 最近はこのブログもアクセス数で「由紀子の日記」に抜かれ、少しいじけぎみの日々ですがいかがおすごしですか。今日はミクシィ日記からの逆輸入です。世間一般的には知りませんが、このブログの基準では、「由紀子の日記」さんの分類でいう「ゆるい話」に属します。

 昨日の芝公園での脱原発集会に参加してきた際、「旗旗7号」と名づけた手押し宣伝カー&ミニサウンドデモシステム(ストリートミュージシャンなどが使っているアンプを母体に改良したもの)をゴロゴロと押して歩いてきました。

画像アルバム ☆動画報告

 今回も、「四大学共闘」の大先輩の皆様(ネットを通じて40年ぶりに再結集した全共闘OB)に合流させていただくことにしました。んでまあ、ちょっと懐かしいものも入れておこうと思い立ちまして、まさに出かける直前に「We Shall Overcome」をウォークマンにダウンロードしていきました。ただ、デモでは四大学OBのご高齢の皆様は、よく新左翼系なども入る最後尾の「その他」隊列ではなく、先頭の市民隊列の一角に入られました。

 それは無難で妥当な選択だとは思うのですが、なんつーか、とりわけ市民運動畑の人やご高齢の方々は、サウンド関係(とりわけ大音響の)をうとましく思われる方が多いらしく、私が反戦系のロック音楽とかを流していると「うるさい!」とまで言われて恐縮することもあります。このままでは今日は「旗旗7号」の出番がない。

 でも私らの入った隊列は、楽器などの鳴り物や、勇ましいシュプレヒコールもあんまりない静かに歩くばかりのデモでして、現場では主催者や長年活動してこられた先輩方をたてて「なるべくでしゃばらない」が信条の私ですが、後方の別隊列のコールにあわせ、「旗旗7号」をトラメガ代わりに精一杯、私なりに盛り上げるようにしました。沿道の私服ににらまれて、ヘルメット姿で全共闘やら三里塚の旗に囲まれた私は「ヒィー、俺は指揮者じゃないですよー」とかビビりながら歩いておりました(笑)。

 そのうちあんまり張り切りすぎて、喉が痛くなった私は、コールを休んで一曲くらい流そうかなと思い立ちました。コールの合間に時々おとなしい目の曲をはさむスタイルでいけばいいんじゃないかと。そんでここぞとばかりに「We Shall Overcome」を大音響にならないよう小さめのボリュームで流してみたんですね。

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中核派本多暴力論批判-昨6.11新宿の騒ぎによせて

革共同本多延嘉氏
 今日は、昨年の611新宿の騒ぎに関して思い出した、暴力に関する論文を紹介したいと思います。

 もともと新左翼潮流の間では、暴力論について種々の考察がなされており、一般に「否定の否定の論理」と呼ばれるものが基本にありました。が、大衆運動に歴史というものが存在しないこの国では、それらが正しく継承されず、いつしか否定の否定ではなく、単なる肯定、すなわち、「暴力一般の否定」の裏返しにすぎない「暴力一般の肯定」へと歪められてきたように思います。それは革命思想や大衆的実力闘争、ましてや直接行動と呼ばれるもののとは似て非なる、根本的に全く異質なものです。それは右からではなく、他ならぬ左翼の立場からこそ徹底的に批判し、乗り越えていかなくてはならないものです。

 「暴力一般の肯定」とは、「俺は正しい。奴は間違っている。だから排除してもいいんだ」ということであり、煎じ詰めれば「奴は敵だ。敵は殺せ」以上の内容をもちえません。するとその判断は、暴力を行使する側が一方的にくだすという論理になり、そこには彼我の弁証法的な考察も暴力論もクソも何もありません。どんなに高尚な横文字をちりばめたところで、カラッポで中身のないものです。豊かなヒューマニズムに立脚しているはずの左派の政治として、それはなんと貧しい政治内容でしょう。それでどうして大きな顔して「在特会」を笑えるのか。所詮は同じ穴のムジナじゃないか。そんなものに自身の未来を投機してでも参加する人民がいるでしょうか。

 私が611新宿問題について苦言を呈した時、それをあたかも「目的はいいけど手段が悪い」という言い方に、勝手に切り縮めてしか理解ができない、すなわち、戦術問題と、運動論や思想性の問題の区別すらつかず、私の主張を日本共産党や市民主義などの一部に見られる「暴力一般の否定」と同じようなものとしてしか見れない、そうして自分の脳内に勝手に作り上げた「草加耕助」を罵倒している、そんな愚か者もいました。そんなことをされても、現実の「草加耕助」は痛くも痒くもないのであり、自分の思想性の貧しさや底の浅さを露呈しているだけなのです。

 こういう、左翼思想とは異質な内ゲバ主義は、左右を問わずにあらゆる大衆運動で蔓延しています。殴らなかったから、排除するにあたって丁寧な言葉を使ったから、だからいいんだということにはなりません。内ゲバ主義は疎外された「思想」であり、別の言い方をすれば「文化」です。そういう文化風土があるからこそ、それを裾野として、党派による極端な内ゲバだって発生・存続するのです。内ゲバ主義は、まず自分自身の足元から根絶することでしか、なくすことはできません。

 以下はクラウゼヴィッツの『戦争論』を研究した、『戦争論・暴力論の革命的復権』というタイトルの論文(1985年8月発行・機関誌「理論戦線」所収)の第8章以下からの抜粋です。
 これは「革命派」の書いた論文ですから、そういう意味では市民主義者や右派の方には違和感や拒否反応があるでしょうが、そんな人も含めて(違和感のある部分はスルーして)、できるだけ多くの方に読んで考えてほしいと思います。結局、常に考え続けて継承していくことしか、解決法はないように思います。そのお題の一つになれば幸いです。

(追記)なお、以下の論文とあわせて、こちらの文章 もあわせて読んでいただければ、私の言いたいことをより理解いただけると思います。

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荒岱介さんを偲ぶ会に参加して

荒岱介さんを偲ぶ会
◆ごく普通に偲んできました

 戦旗・共産同元議長の荒岱介さんがお亡くなりになって一年がすぎました(→参照「【追悼】さよなら荒岱介さん」)。市ヶ谷の私学会館で一周忌の偲ぶ会があり、自宅に案内が届いたので参加してきました(→画像報告)。
 あまり一般向けでもないし、大衆的に公開されたものではないので、ブログに書く気もなかったのですが、前のエントリで写真を使ったせいで気になった方もいるようですので、ごく個人的なことだけ書いておこうと思います。最初にことわっておきますが、私は現役時代は関西で活動しており、荒さんとは主に書籍の上、および党中央と地区の関係、すなわち文章でのおつきあいが中心でしたので、活動を離れたところでの荒さん個人に特別な思いいれもないかわり、憎んだり嫌ったりという感情もありません。

 さて、上に書いたように一般公開の集まりではありませんので、参加者の顔ぶれやその発言を、どこまで公開していいものやらわかりません。いわばmixiで書いた内容を、本人に無断で外部に公開するようなというか。まあ、特に問題はなかろうと思われる方々についてのみ書くことにします。でも、内容はごく普通に「偲ぶ会」でしたね。この会の呼びかけ人の一人でもある、埼玉県ふじみ野市議の鈴木啓太郎さんが、「強烈な個性とカリスマ性を持つ荒さんの呪縛から、一年たってやっと解放されたような気がする」とおっしゃっておられましたが、ようやくわだかまりぬきで、ごく普通に「偲ぶ」ことができるようになったという解放感が会場にあふれていました。まあたとえて言えば、「飲んだくれて暴れて家族に迷惑かけて亡くなった親父だが、一年たってやっとその息子たちもしみじみ想い出を語れるようになった」というような状況でしょうか。

◆荒さんの人生と発言者の面々

 知らない方に一応の解説。荒さんは元々70年安保闘争時における、学生運動の指導者(社学同委員長)として頭角を現し、二次ブント分裂に際して党派(戦旗派)の指導者として一派を牽引します。その後も党の分裂など挫折を経験しながら、ほとんどのブント系党派が小サークルとなって「党」としては事実上消滅に近い形になっていく中、指導する戦旗・共産同をまがりなりにも革共同系に対抗しうる勢力にまで伸張させます(この説明がチンプンカンプンの素人さんはググってくだされ)。
 ところが90年代以降の荒さんは徐々に共産主義思想を否定し、10年かけてゆっくりと組織まるごと陽性転向して「環境革命」を提唱するようになります。さらに晩年は周囲をイエスマンで固めた強引な運営が目に付き、最後はそのイエスマンたちからも見放される状況となって、手切金まがいの「退職手当」をもって組織から離れてしまった。まあ、簡単に言えばそんな経緯です。一番大きかったのは、「管制塔カンパ闘争」に対する冷淡な態度でしょうね。それで人心がすっかり離れて、地方組織もガタガタになり、全国動員もできなくなったと会場で話している人がいました。

 そんな荒さんの人生の、それぞれの時期につきあった方々が会場にはみえていましたが、やはり来賓(?)として会場で発言された「業界有名人」は、二次ブント系の方と、戦旗・共産同時代におつきあいのあった方が中心でした。やはりこの二つが荒さんが最も輝いていた時期ということなんでしょうね。名前をあげても差し支えないだろう方で言いますと、大下敦史さん米田隆介さん太田昌国さん清井礼司さん植垣康博さんらでしょうか。このあたりは左翼業界の人ならだいたい知ってますよね。旧赫旗派からは元議長の松平直彦さん(現・労働者共産党指導者)の顔もみえました。
 あと、今は普通に暮らしておられる方々で、二次ブントの各党派のリーダー(党首)クラスの人たち。ここらはかなりコアな趣味者しか知らないレベルですね。私はそれぞれのグループ名が記憶の片隅にあるくらいで、お名前はどこかで聞いたかな程度ですが、趣味者の人たちは本当にびっくりするくらい細かく知っていますから。ほかに戦旗・共産同関係では、啓太郎さんのほか、もうほんとに趣味者しか知らないでしょうが、こちらの画面下にある署名で有名な佐脇正祐さん、「管制塔カンパ闘争」に際して2ちゃんねるなどで何度も名前が出ていた牧原良(岩村清克)さんらの発言がありました。

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人を殺して埋めてしまうことはそうそうないとしても

荒岱介を偲ぶ会(2012/04/22)
 お前はなんで昔の党派時代のことにいつまでもこだわったり、党派を擁護するかのような古臭いことを言うのかと、複数の方から問われたので、一応の問題意識をここに記しておこうと思う。

 まず私は自己に対する拘泥が激しいと思うが、そのことに気がついているだけマシであると思う。いわば肩まで自己拘泥の泥沼に漬かっているので、身動きはとれないが、一応、その泥沼だけは見えている。本当にズブズブに頭のてっぺんまで自己拘泥に埋まっている人は、その沼さえも見えず、そこが沼の中ではなく、普通の世界だと思いこんでいる。現・元を問わず、ある種の活動家やウヨサヨ気分な人(趣味者含む)においては、それは「常に自分のいる場所(立ち位置)が一番正しい」という症状として現れる。

 別にここでカビのはえたステレオタイプな「党派批判」をしたいのではない。むしろその逆かもしれない。
 たとえばサヨ経験も党派体験もない人が、サヨだの党派だのを見て「キモイ」という感想をもらしても、それは仕方がないと思う。私の周りの多くの人は、それは違うと言うが、若い人が政治の話題をうっとおしがり、その一方で橋下のような人間を「何かやってくれそうだ」と支持したとしても、それはサヨのあり方に対する反省材料でこそあれ、そういう人や発想をストレートに非難することはできないと私は思う。

 けどなんちゅうか、マル共連BBSなどで「ある種の投稿」を読んでたまに思うことなんだが、たとえネットの上だけだとしても、いまだにサヨ業界に片足突っ込んでいるかのような言動をする人が、ありがちな「党派批判」を上から目線で垂れ流し、それでなんか自分が「未だ愚かな党派の人間」を超えた「もののわかった人間」「良識ある大衆代表」みたいな顔してると、なんかイラつくのである。おまえなんかより、今もアクティオに残って環境運動している「愚かな党派の人間」のほうが、ずっと尊敬できるよというか。

 ここまで典型的でなくても、たとえば元活動家の人なんかと飲みにいったりするとありがちな流れなんだけど、ひとしきり昔の話に花が咲き、その後、自嘲的な党派批判とかにうつっていく。俺たちは闘った、正しかった、でも党派や運動方針がダメだったと、まるで自分が被害者みたいな話になることもある。総じて「なっちゃいねえ」みたいな話になる。
 そこで私が「今」の三里塚の話をして、できる範囲で協力してくれと言うと、急に歯切れが悪くなって、「いやぁ!これからは君ら若い人の時代だから」とか言われたりする。

 つか、俺は若くねえよ!その若くねえ俺がかなり無理して頑張ってるんだから、「闘ったし、正しかった」皆さんも、ちょっとくらい応援してくださいよ。そのくせ、俺が昨年に逮捕されたことは、「たかがそんなこと」とか、「逮捕なんてヘマしてんじゃねえよ」みたいな言い方を「経験豊富な先輩方」からはされる。けど、あんたらがあの時代に運動の一員である学生として逮捕されんのと、俺がこんな時代にまったく個人の中年として逮捕されんのとは、本人にとっても周りの方々への迷惑にしたって、そりゃもう天と地くらい全然わけが違うんだよ。そんなの今の自分が逮捕されたらと考えてみればわかることでしょ。昔話をしているんじゃないんだよ。諸先輩の皆さん方は、「今」の自分に引きつけて考えてみてくださいよ。そしたら私が「今」やっていることの意味がわかるでしょ。昔話の延長で「そんなのよくあることじゃん」とか言うんなら、自分が今やってみせてくださいよ。

 けど、別に俺は「今こそ逮捕覚悟で実力で闘おう」とか言ってるわけじゃないんだ。だいたい俺自身がそんなことなかなかできないよ。そんな風な発想にもっていくのは、俺じゃなくてむしろ諸先輩のほうだね。集会にだって、いろいろな理由で来れない人だっているだろうとちゃんと理解している。昔やっていたからこそ、現場に顔を出すことには抵抗感があるという人は多い。それはわかる。だって自分がそうだったからね。さすがの私だって、全力で闘い、深く傷ついたがゆえに、今の運動にかかわる気になれない物静かな方に、威勢良く「オルグ」するほど空気が読めない「ゴリ」ってわけじゃない。

 けど、酒の席でさんざん「武勇伝」を語って説教してくれるような元気な先輩方には、たとえば年に3,000円(月にではない!)の会費で市東さんの会への入会をお願いするとか、その程度のことくらいは言ってみる。農民のことを思えば、そして彼らと実際に知り合ってふれあってみたら、私だって誰だって必死になりますよ。「三里塚の日本階級闘争における位置」とかそんな高尚なことを討論しにきているわけじゃないんです。それ以前のもっと素朴な問題として、市東さんが現に耕作して住んでいる土地に年内にも機動隊がやってきて、国家が暴力で強奪していくかもしれんのですよ。現に目の前で知り合った尊敬すべき人たちが、そういう目にあわされるところを見ているんだ!必死になって何が悪い!

 まあ、だいたい「楽しい酒の席で何いってんだ」みたいなKY扱いされて終わるんですけどね。いっそのこと「三里塚にかかわったことは間違っていた。人生の汚点だ。もうかかわりたくない」と言ってくれたほうがまだ納得できる。本人の意思がそれならそれで、もう何も言わないんだけど、「三里塚は正しかったし、オレは闘ったんだ」とか言うから、お願いしているのであって、なんで「今も(心の中で)応援してるぞ」とか言ってた人が、急にモゴモゴして、いろいろ言うけど要するに「一円だって協力はしない」という結論になるのかわからない。厳しい言い方で本当に申し訳ないが、三里塚農民のことなんかより、そんな「闘っている(いた)自分」のほうにこだわってるだけなんじゃないだろうか。

 だが、私の周りのほとんどの人は、こういう私の感想とは逆で、上から目線の「良識ある大衆代表」の言葉にうんうんと頷き、橋下支持の若い人には、せいぜいが「騙されている」という程度の愚民扱いである。確かにそれぞれの主張というか、字面をみていけばそういうことになるんだろうけどさ、でもなんか違う。座りが悪い。

 思うに、私がこういう人に違和感を感じる理由は、常に自分が正しいという点で、しょせんは一貫して何も変わっていないし進歩もないというところにあるのだと思う。そこに自己正当化や自己拘泥が見えるからだ。古臭いのは私ではなく、むしろこういう人たちではないのか?活動家だった時代も、それをやめた今も。もし、今の自分と昔の自分が矛盾していたとしても、それは今の自分が「物のわかった人間」になっているからで、常に「今の自分」が正しいのだ。

 これは一見すると反省や総括をしているように見えて実はそうではない。常に「間違っているもの」は自分以外の外(含む「昔の自分」)にあって、自分はその被害者であるという発想は何も変わらない。だから自己正当化、自己拘泥が激しく、結果として尊大で上から目線になる。とりわけ「昔の自分」に似たものを見つけると、「今の自分」を守るために、いっそうこの上から目線の説教が激しく、必死になったりするのだ。
 本当に総括している本物は、もっと謙虚で物静かで、決して他人の実践を上から目線で頭から否定したりなど絶対にしない人だ。

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昨春以降の活動を駆け足でふりかえる(4)ー6・11集会をめぐって

 昨年は忙しくて参加した闘争の報告を全然書かなかったので、まとめて書いてすっきりしよう企画の第4回です。今回は全然駆け足ではなくて、6・11集会のことだけで一エントリー使ってしまいました。いろいろと集会報告以外で書くことがおおかったものですから。。。

◆戦旗派同窓会(笑)で新宿に乗り込む

 さて、ようやく6月分ですが、この月は、6・11新宿・原発やめろ超巨大サウンドデモに参加しました(→動画報告画像報告)。この日は数千人から1万人規模のデモが都内3箇所で同時多発で実施されました。だいたいまあ、左翼系は芝公園、エコロジー系は代々木公園、高円寺集会からの非左翼雑多系が新宿公園と、大きくわければそんなとこでした。もちろんこれ以外に、以前から反原発運動を地道にやってこられた市民・住民運動の皆さんもおられますし、とりわけ新宿公園は「誰でもウェルカム」という姿勢でしたので「芝にも代々木にも行けない」ような人、たとえば市民運動潮流からは嫌われまくっている中核派系の人たちが押しかけ的に参加したり、一部の共産党の人たちも会場に来ていたりしました。だから必ずしも厳密にきっちりした線引きができるわけでもないし、すでにそういう線引きが厳密にできるような時代でもない。あくまでも大雑把な傾向です。

 とりあえず、私の知り合いとか、古くから名前だけはお聞きしているような、左翼または市民運動界隈では名前の知れた人はだいたい芝公園にいきました。私も今回はどうしようかなー、新宿のほうがおもしろそうだけど、一度は芝に行かないといかんかなーとか、いろいろ考えていましたが、普段からメールのやりとりなどで細々と交流のある、旧戦旗・共産同の元活動家の間で、「新宿に行こう」「新宿にいきたい」という声があがりまして、元戦旗派の人たち20人くらいで新宿集会に参加することになりました。

 今まで戦旗派を離脱してから、一度も集会などには参加したこともないという人まで、わざわざご自分から連絡をとって是非にと参加された方までおられました。もうとにかくみんな、東電や政府が引き起こした原発震災の深刻さ、そしてその後に人々が自発的に抗議に立ち上がっているという状況に、居ても立ってもいられない、自分も微力ながら何かしたいという焦りにも似た思いにじりじりしていたのです。

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昨日のエントリに関する自己批判

 前のエントリの一部について自己批判いたします。私は自分を卑下(謙譲ではなく)するあまり、少し考え違いをしていたと思います。田中洌さんのコメントを見てそのことに気がつきました。

◆自分が「動員一人にすぎない」という表現について

 何よりも、自分が鈴木加代子さんにお世話になっておきながら、しょせんは集会の「動員一人」にしかすぎないという表現は、三里塚闘争に参加した自分自身の行動の意義を貶めるのみならず、この間の反原発運動などを含め、いろんな集会やデモに参加されたすべての善意の人々に対しても、非常に失礼でシニカルな表現であったと思います。それは同時に、鈴木加代子さんや鈴木謙太郎さんから受けたご好意を踏みにじる態度であったと言わざるを得ません。

 それが20人の集会であれ、千人の集会であれ、一万人の集会であれ、結局は「動員一人」の決起が積み重なって実現しているのです。そういった善意が22集まれば22人の集会やデモであり、一万集まれば一万人のデモになります。もちろん、その総和としての規模は大変に重要なことですし、三里塚や反原発などの大衆集会の場合、政治団体の集会などとは違って、そこに集まった人の考えや主張は実に様々です。素朴な正義感から参加した人もいれば、団体などで勉強を重ねて理論武装した人もいるでしょう。ですが根本的ところでは、一人一人の善意に優劣などあろうはずがありません。

 まずは自分が「動員一人」としてその場に参加すること、そこからすべてははじまり、そして最後はまたそこに戻るのだと思います。自分では何もせずに、他人に対して何かを要求したところで、そんなオシャベリは誰の心にも届かないことは子供にだってわかる道理でしょう。三里塚農民への理不尽な仕打ちに憤りを感じて現地にかけつける。原発への怒りや被曝に対する義憤、ネットやテレビでデモの映像を見て、これはいったい何だろうと生まれて初めて「デモ」というものに参加してみる。そういう人たちの一人一人こそが尊敬し、私(たち)が学ぶべき人々なのであり、そういうことの一つ一つの連なりがすべて尊いものなのです。やがてそこからいろいろと考えや行動を「発展」させていったとしても、迷ったときはそこに返って考えることが大切なのだと思います。「あの時の自分」から見て恥ずかしくないことを今しているのかと。

◆初心を忘れていた私

 鈴木加代子さんや鈴木謙太郎さん、その他にも多くの方々が、私のようなちっぽけな存在を助けてくださり、うぬぼれかもしれないけれど過分の好感を示していただけたのは、決して私がたくさんの人たちに影響を与えるような「エライ人」だったからでもなければ、動員力のある組織の人間だったからでもなかった。どこにでもいるようなただのおっさんが、それでも自分なりに三里塚のことを一生懸命に語り、集会のたびに現地に足を運んだり、最初はアッテンボローさんの呼びかけで、後にはマイミクのSFさんや中野由紀子さんの尽力でネット上にできた「三里塚勝手連」に協力したり、たとえちっぽけでもそういうことを精一杯やっていたからこそ、ああして親しく声をかけていただき、集会場に向かう私に弁当まで持たせていただいたのです。このとき私は普通のおっさんであると同時に、かつて自己の理念の中の存在にすぎなかった「人民」であったのだ。私はそのことを忘れていた。

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【追悼】さよなら荒岱介さん

荒岱介さん
 もう7月に入りましたので、すでに先々月のことになりましたが、この5月3日、元戦旗・共産同議長の荒岱介さんが前立腺がんのためお亡くなりになりました(→ニュース記事)。まだ65歳の若さでしたから、ずいぶんと早い死でした。私自身の左翼体験は、18歳から20代後半までの数年間、戦旗・共産同系の活動家としてのものです。ですからその当時、戦旗・共産同を「党首」として人格的に代表していた荒さんの死は、それなりに感慨があってもよさそうなものです。ですがなぜか荒さんの死に対し、良くも悪くもまったく何の感慨もわかなかったので、自分でもちょっと驚きました。中核派の北小路さんの死に対してのほうが、もう少し感慨があったくらいです。

 かつて笠置華一郎さんの死に際して、湧き上がる感情を抑えることができず、私なりの追悼文を書きました(→【追悼】ずるいよ!笠置さん!)、また、同世代の活動家だったSさんの死に対して、どうしても一言いいたくて文章をかいた(→千の風になって)。そういう気持ちがどうにもわきません。もちろん、当時は関西にいた私にとって、荒さんのいる党中央が地理的に離れていたり、世代的にも離れているということも大きいとは思います。ですが、ある意味で私の人生を決定づけたとも言える人ですから、もう少し何かあってもいいように思います。思うに、上記お二人の追悼文を書いた頃とくらべても、それだけ個人としての戦旗派体験が、私の中でやっと消化されたものとなってきたのだと思います。

 その意味で、そんなに身近に接していたわけでもない荒さんについての個人的な思いは、上記お二人の追悼文の中に出てくる記述だけでほぼ充分というか、それ以上に独立して書くことも、私にとってはないように思えました。一方、個人体験とは別に、日本の大衆運動史の中ではまたいろいろ書くべきことのある人なのですが、そのあたりはご自分で検索して調べていただければと思います。指導者としては残念ながらかなり晩節を汚した面もあり、最後の頃にはこの『旗旗』で私のごときちっぽけな人間が書いた文章に激怒したり、あげくに私への物理的な「報復」を指示したこともあったらしい。賢明にも周りの人たちが止めてくれたおかげで事なきをえたそうですが、そんな情報までがダダ漏れで私にまで伝わってくるほど人心が離れたありさまでした。まあ、ちょっとくらい素手で殴られた程度で、いちいち「テロじゃテロじゃ」と大騒ぎする気もなかったし、良くも悪くも私の気持ちは変わらなかったでしょうね。一応は覚悟して待ってたくらいですから。その精神は皮肉にも荒さん自身から教えられたものですけどね。

 そんなこんなのいきさつはありながらも、どうも気持ちが晴れないというか、何か正体不明のモヤモヤしたものがあって、それを払拭するためというか、自分の中での区切りという意味でも、最後くらいはちゃんとお別れをしたいという気持ちがありました。それが前日になって、ちょうど仕事の合間に5月9日の御葬儀への出席が可能となり、これも天の声だろうと思って参列させていただくことにしました。

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若干の補足

 先ふたつのエントリ(「反対する会」と6・11主催の間における確執)について、メールや口頭でのご指摘、はてブのコメントなどで、いくつか面白いものをいただきました。そのうちで、私が書いておきたいと思ったいくつかのものについて取り上げておきます。一応この問題についてはこれで終わりにし、さらにどうしても書きたいことがあった場合はコメント欄などに追記していくつもりです。

大衆や民衆という言葉の使い方について。

 これは普通の人とか一般の人という言い方とも共通することだけど、政治的な文章において、ことさらに「自分は大衆や普通の人であると強調しながら特定の意見を書く」という行為には、概ね二つの動機が存在します。まず、自分と違う意見を「普通の人」から排除して、そんな意見は検討する必要がない、反論なしに否定してもかまわないという印象操作のため。これはネトウヨさんがよくやる手口。ただし政権交代や震災以降、自分のほうがよほど「特殊」な存在であることに気が付いたので、最近はあまり見ない。もう一つは自分が表明したことを「単なる一大衆の意見」として、一見「へりくだる」ことで、自分の責任を軽減して気が楽になるため、同時に反論に対して、「てめえ、大衆(国民)の素朴な意見に、お前のような特殊な立場からの罵詈雑言はないだろうな!」という予防線をはる効果もある。例として某党派が左翼から「パラダイムチェンジ」し、その機関紙に『ただの庶民だが言わせてほしい』という気色悪い題名のコーナーを作ったことがあげられる。これはネトウヨさんもやるけど、それ以外でもわりと無意識にやっちゃっている人が多い。政治的な文章以外でも「17歳の普通の女子高生で~す」とか(君たちそんなに「普通」がいいのかね?)。

 でもまあ、考えてもみましょう。自己の外部に向かって意見を表明した場合、ましてや政治的な「会」を作って不特定多数に意見を表明した場合、いったいそれは誰に向かって意見を表明し、同意を求め、共に行動することを期待しているというのか?その呼びかけている不特定多数の対象を「民衆」とか「大衆」と表現して何の不思議があるというのでしょう?まったくの「つぶやき」で、特に他者への影響や同意を期待せず、単に思ったことを書いただけというのはもちろん「あり」です。でも、この場合はそうではないし、自分の意見を通すために実力行使までしています。呼びかけられた対象(大衆!)としては、その「意見(理論)」と「行動(実践)」の両方について、意見を言う権利があると思います。どうしてそれが「大衆蔑視」になるのかわかりません。もちろん「会」に所属する人間も大衆の一人ですし、その関係性は可変および互換性があるものです。しかしだからどうだと言うのでしょう。「私もまた大衆だ」という当たり前のことを言われても、上の一つ目の動機に対する反論にはなりえても、自分が大衆に向かって呼びかけ、行動を求めたことについて、運動におよばす影響への責任逃れにはなんらなりません。

「ヘイトスピーチに反対する会」は北朝鮮の人権侵害に無関心であるという指摘について

 同会の主張について詳しく知っているわけではないので、急いでそのブログをほんの一部ですがざっと読んでみました。まあ、日本の報道だけを見慣れている人には、それなりに刺激的で頑なに見えることもあるでしょうが、別に決定的に間違ったことが書いてあるとは思いませんでした。むしろ、現在の吹き上がるナショナリズムの中で、少人数で勇気ある行動をしておられるように感じました。また、次のようにも書かれています。

念のためつけくわえれば、あくまでわたしたちが主張しているのは、中国政府や中国ナショナリズムの「擁護」ではありません(そのただしい「理解」ではありますが)。中国政府や中国ナショナリズムにいかなる問題があろうと(あるいはあるからこそ)、日本の中国人への敵意と蔑視を、つまりはレイシズムと植民地主義をなくす責任が、日本人にはあるということです。また釣魚台/尖閣についても、ことの本質は、領有権がどちらの国民国家にあると正当化されるかということではなく、どの国が先に近代世界における力ずくの領土拡張(帝国主義、植民地主義)をはじめたのかこそが、この件にかんしてもっとも重要なのです。


 この文章の考え方についても特に異議はありません。気になる点があるとすれば、見た範囲で、まだ北朝鮮や中国政府に対する言及、その評価についてのエントリが、過去一年分以上について見つからないことです。ただひたすら日米(とりわけ日本政府)の差別排外主義への批判や、それとの闘いがつづられています。もちらん、これらが日本に住む日本人である私たちにとって、まず第一に考えなくてはならないことです。ですがそこにおいて、北朝鮮や中国政府による、自国民への人権侵害や迫害などが、まるで無いもののように触れられていません。見落としているのかもしれませんが、少なくともそのことについて考察したエントリはないようです。また、上に引用した文章でも、「問題がある」のは中国政府の「ナショナリズム」、いわば「思想」であって「現実」としての人権侵害については指摘されていませんし、それへの中国人民による不満や抵抗などには触れられていません。この点は気になります。強制収容所などという存在は、それが日本にあろうが北朝鮮にあろうがグアンタナモにあろうが許せないと私は思います。

 これは70年代の言葉を借りて言えば(あまり左翼全般で流通した言葉ではないかもしれませんが)、「反帝純化主義」というものです。たとえば、荒岱介氏の著書によるならば、70年安保闘争の「イケイケドンドン」な情勢の中、二次ブント指導部の一人であった塩見孝也氏は、「スターリン主義なんて無いものとして考える」とか言っていたそうです。当時の情勢の中で、運動的にはとりあえずそのほうが都合がよかったのでしょうが、やはりそれではいけません。運動も思想も薄っぺらなものになってしまう。

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主張の正しさは行動を正当化しない。逆もまたしかり(下)

デヴィッド・グレーバーさん◆デヴィッドさんがどうしたってぇ?

 昨日のエントリの続きなわけですが、まあ、もうこんなこと、Twitterくらいでしか誰も何も言わないし、私も別にもういいかくらいの気持ちになっていたんですよね。でもなんか「ヘイトスピーチに反対する会」のサイトに載った、個人の補足意見の末尾に、以下のような文章があって気が変わりました。

「主張はわかるけどやりかたが理解できない」というご意見もいただきました。でも……反グロ・アナキスト、デヴィッド・グレーバーも、こういうカウンターアクションの事例を紹介してますよ。ある行動を組むとき、それに乗れなかったら抜ける自由も、また乗れないどころかそんな行動やらないべきだと思ったら、たとえ仲間であれその行動をブロックする自由も確保されている、という事例


 これでちょっとカチンときました。私には、「デヴィッド・グレーバーが、『たとえ仲間の運動であっても、私にはそれを自分の判断で暴力的に妨害する自由がある』と言ってますよ。だから私たちだって自分の判断だけで実力で妨害してもいいんです。そんな『自由』が私たちにはあるんです」。そう言っているふうにしか読めませんでしたし、実際そういうふうに書いてある。

 デヴィッド・グレーバーさんという方の名前を私は全然知りません。つか、三回にわたる「素人の乱」系の集会における数万人の参加者で、デヴィッド・グレーバーさんの著作を読んだ人がいったいどれだけいるというのでしょう。イギリスの有名なアナキストだそうですが、自慢じゃないけど彼の著作なんて私は一冊も読んだことがありません。ちょっと検索してみて「ああ、そういえばそんな人がいたな」程度ですが、それだけでも私はまだ知っている方の部類だと思います。そのデヴィッド・グレーバーさんが「妨害してもかまわない」と言ってる?だから何?としか思えませんでした。

 だいたい集会参加者ほとんどの人がそうでしょう。それをデヴィッドさんの名前を出せば、多少なりとも恐れ入る人(=活動家)に向けてのみ、この文章は書かれているということです。なんかよくわからんが「偉い人」の言葉だということを伏せた上で、単純にこの発言だけを見せたら、まあ多くの人は「そんな無茶な!」としか感じないと思う。ついでに言えば、実はレーニンもその著作で似たようなことを言っているんだよね。けれどもまた別の著作では、結果を考えずに「正しいこと」だけを主張していればいいという、そういう無責任なお子ちゃま左翼のことを「左翼小児病」と呼んで戒め、妥協の必要性を説いています。一見すると矛盾するようですが、なんのことはない、当時の情勢を加味してよく読めば、「大衆に対して責任ある態度をとらねばならない」という同じことを言っているわけです。

 それをレーニンだろうがマルクスだろうがデヴィッドさんだろうが、何かしら崇め奉って、自分に都合のよい部分や一文だけを抜き出してくるから、何かややこしくなったり、矛盾しているようにみえる。これはただの想像ですが、本当はデヴィッドさんだってレーニンと同じく、引用(?)されている部分だけから受ける印象のようなむちゃくちゃなことはきっと言ってないだろうと思う。

◆これは内ゲバ主義そのものである

 デヴィッドさんのことはともかくとして、私が一番カチンと頭にきたのはね、これはもう80年代当時、三里塚闘争が分裂した直後に嫌というほどさんざん聞かされた理屈だからです。つまり「内ゲバの論理」なんですよ。この論理を述べる人に対する私の拒否感は、一筋縄ではいきません。当時の中核派は、まさしくこの論理構造でもって、熱田派系のすべての運動を「ブロック」しようとした。最後はインター派に対する内ゲバ襲撃というところまでいってしまって、もちろんそれは一線を越えてしまったものであるがゆえに、それだけがクローズアップされてしまい、ゆえにおそらく「反対する会」の人たちは、自分とは関係ないと思っているのかもしれません。

 ですがそこでおこなわれた大小さまざまの「ブロック」の「直接行動」はそれだけではない。中核派や解放(狭間)派による「直接行動」は、それこそ今回「反対する会」が6・11集会主催者に対して行ったレベルのものまで無数にある。そしてそれらは当時の彼らの主観としては、まさしく「闘争の本質を守るため」の「やむにやまれぬ行動」だったのです。また、インター派にしたところで「直接行動」こそなかったものの、中核派がテロ襲撃を行う以前の段階から、一つの路線(=セクト性)として、「中核派の全戦線からの排除」を主張していたし、組織的に中核派を「ブロック」することを路線化していました(反内ゲバ主義)。そしてことその点についてだけはインターはものすごく非妥協でセクト主義的だったのです。

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主張の正しさは行動を正当化しない。逆もまたしかり(上)

◆自分に誠実であるために

 他にも書きかけの原稿や、優先順位から言えば先に書かねばならない大切なこともあるのですが、ちゃんと書いておかないと、私のいままでの、そしてこれからの発言が嘘にもなりかねない話題だろうという点で先に書いておきます。

 何のことかと言って、知っている方も多いでしょうが、反原発100万人行動における、6・11新宿デモの主催者側と、同デモに参加した「ヘイトスピーチに反対する会」(以下、反対する会)内の有志との確執(?)のことです。関係者、とくに「反対する会」有志の皆さんには失礼な言い方ですが、客観的にみれば今のところコップの中の嵐といわざるを得ない状況ですし、無関係なのに口を出すのが面倒なのか、関係者以外のブロガーであえて言及する人も少ないようです。地理的にも離れていたりして、無関係の度合いが強いスナフさんとか非国民通信さんくらいかな?

 そんな多勢に影響のない(今のところ)状況ですから、ほおっておけばよいものを、他の人から見れば、わざわざ「火中の栗を拾う」かのように見えることを書くのにはわけがあります。それというのも、この話題を無視して何も書かないことは、私が今まで長年にわたって書いてきたことの整合性がとれない、もう少し強く言えば、今まで書いてきたことが嘘になる、さらに強く言えば、私は少数とはいえども、このブログの読者さんをだましてきたことになりかねないと思うからです。そのことは後で書きます。

◆事実経過

 さて、6・11実行委と、それを批判する「反対する会」内の有志の皆さんとの問題について、私が把握している(思っている)事態の推移は以下のとおりです。ここで重要な部分が間違っていたら、あとの考察も的を射ないものとなってしまうかもしれませんので、大きな間違いがあったら指摘していただきたいと思います。

1)6・11と同じ主催者による4・10高円寺反原発集会に参加していた新右翼の鈴木邦男さん(「一水会」創設者)が、主催者に乞われて飛び入りアピールを行う(⇒動画)。
2)6・11主催者側が、鈴木さんと同じ一水会―統一戦線義勇軍系列の新右翼、針谷大輔さん(統一戦線義勇軍議長)に当日の発言を要請、針谷さんはこれを受諾し、集会の公式ページにも掲載される。
3)集会前日、「反対する会」内の有志5名の皆さんが、針谷さんの発言を中止するよう主催者に要求する「質問状」を公表。聞き入れられない場合は「会場で問題提起をする」と妨害行動を予告。それと前後して主催者側より「都合により」針谷さんの発言を中止すると公式ページ上で発表がある。針谷さんらは主催者からの中止要請を受諾した上で、集会にのみ参加しデモには不参加の方針を決める。
4)当日の会場内において、日の丸をもって参加した針谷さんらの一行に対して「帰れ!」などと詰め寄る複数の人が目撃されている。針谷さん側にいた高校生は「殴られた(ボコられた)」とも証言しているが、「反対する会」側はそれを否定している。また集会が終わって帰ろうとする針谷さん側の人に対し、会場を出るまでつきまとって問い詰めている人もいたが、これらの行動をとった人が誰なのかは不明
5)集会で「ふるさと」を歌って「私は日本が大好きです」と発言した(⇒動画)14歳の少女タレント(藤波心さん)に対しても、ブーイングをあびせている人がいたとのこと。ただしこれも誰なのかは不明
6)同じく「日本人は世界に誇れる民族」と発言した映画俳優(中山一也さん)に対し、「反対する会」の人々が壇上に詰めよろうとして主催者に止められ、もみ合いとなる。「反対する会」は同会の野次に対して中山さんが壇上から挑発しかえしたのが原因と主張(⇒同会の言い分 ⇒動画)。
7)針谷さんへのリスペクト(あるいは「反対する会」のやり方に対する反発?)から、日の丸をもって壇上にあがったアナキストに対し、同会がマイクを引き抜いて発言を阻止。さらに主催者に対して「どういうことだ」と詰め寄るなど混乱(⇒動画)。
8)同会は今も針谷さんを呼んだ理由や経緯について釈明するよう、主催者に要求を続けているが、主催者側は公式な回答書などは出さずに黙殺を続けており、同会もまた今回の妨害行動についての総括などは出しておらず、互いに沈黙のまま事態は風化しつつあるように見える。

◆訂正(2011.06.27)

 これ↑を読んだ統一戦線義勇軍の方から直接に訂正を要請するメールをいただきました。まず針谷さんは当日、結局別の集まりに参加して新宿には行かなかった。また、その他のメンバーやシンパも含め、義勇軍関係者は新宿集会に一人も参加していないので、それは明確に書いてほしいとのこと。新宿集会に日の丸を持って参加していた人たちと義勇軍は無関係であるとのでした。

 また、「反対する会」への批判もしくは針谷さん擁護の発言をしたために会場で「殴られた」と主張しているのも義勇軍関係者ではなく、S君という法政大学の左翼(アナキスト)学生だそうです。また、殴られたと主張している場所も会場内ではなく、デモが終了してからのことでした。「殴った」という表現に関しては、それほどのものだったのかどうか直接現場を目撃していませんので、私としては両論併記以外に方法がありません。「第三者」の目撃談についても、一般的にネット上の発言を鵜呑みにするのは危険だと考えています。そのあたり慎重になることはご理解ください。まあ、私なら集会などの内部でちょっとくらい殴られても、大怪我しない限りはご愛嬌ですませますから、そのあたりの感覚は少しズレているかもしれませんね。

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