ブログ旗旗 » » 元活動家のつぶやき
サイト内検索
アーカイブ
最近のコメント
twitter
トップリンク

小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

市東さんの農地取り上げに反対する会

市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

結衣ちゃんは革命家

結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

mixi 三里塚勝手連

三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

戦旗派コレクション

戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

過激派への100の質問

現役活動家時代に一般の方からよく聞かれた質問、100問100答集。過激派FAQ。
オンライン状況
21 人の同志が革命的にオンライン中です。 (4 人の同志が ブログ旗旗 を参照しています。 )

登録会員: 0
シンパ: 21
カウンター
本日
昨日
累計
FROM 2004/5/01
  カテゴリー ‘元活動家のつぶやき’ のアーカイブ
1 / 612345...最後 »

人を殺して埋めてしまうことはそうそうないとしても

荒岱介を偲ぶ会(2012/04/22)
 お前はなんで昔の党派時代のことにいつまでもこだわったり、党派を擁護するかのような古臭いことを言うのかと、複数の方から問われたので、一応の問題意識をここに記しておこうと思う。

 まず私は自己に対する拘泥が激しいと思うが、そのことに気がついているだけマシであると思う。いわば肩まで自己拘泥の泥沼に漬かっているので、身動きはとれないが、一応、その泥沼だけは見えている。本当にズブズブに頭のてっぺんまで自己拘泥に埋まっている人は、その沼さえも見えず、そこが沼の中ではなく、普通の世界だと思いこんでいる。現・元を問わず、ある種の活動家やウヨサヨ気分な人(趣味者含む)においては、それは「常に自分のいる場所(立ち位置)が一番正しい」という症状として現れる。

 別にここでカビのはえたステレオタイプな「党派批判」をしたいのではない。むしろその逆かもしれない。
 たとえばサヨ経験も党派体験もない人が、サヨだの党派だのを見て「キモイ」という感想をもらしても、それは仕方がないと思う。私の周りの多くの人は、それは違うと言うが、若い人が政治の話題をうっとおしがり、その一方で橋下のような人間を「何かやってくれそうだ」と支持したとしても、それはサヨのあり方に対する反省材料でこそあれ、そういう人や発想をストレートに非難することはできないと私は思う。

 けどなんちゅうか、マル共連BBSなどで「ある種の投稿」を読んでたまに思うことなんだが、たとえネットの上だけだとしても、いまだにサヨ業界に片足突っ込んでいるかのような言動をする人が、ありがちな「党派批判」を上から目線で垂れ流し、それでなんか自分が「未だ愚かな党派の人間」を超えた「もののわかった人間」「良識ある大衆代表」みたいな顔してると、なんかイラつくのである。おまえなんかより、今もアクティオに残って環境運動している「愚かな党派の人間」のほうが、ずっと尊敬できるよというか。

 ここまで典型的でなくても、たとえば元活動家の人なんかと飲みにいったりするとありがちな流れなんだけど、ひとしきり昔の話に花が咲き、その後、自嘲的な党派批判とかにうつっていく。俺たちは闘った、正しかった、でも党派や運動方針がダメだったと、まるで自分が被害者みたいな話になることもある。総じて「なっちゃいねえ」みたいな話になる。
 そこで私が「今」の三里塚の話をして、できる範囲で協力してくれと言うと、急に歯切れが悪くなって、「いやぁ!これからは君ら若い人の時代だから」とか言われたりする。

 つか、俺は若くねえよ!その若くねえ俺がかなり無理して頑張ってるんだから、「闘ったし、正しかった」皆さんも、ちょっとくらい応援してくださいよ。そのくせ、俺が昨年に逮捕されたことは、「たかがそんなこと」とか、「逮捕なんてヘマしてんじゃねえよ」みたいな言い方を「経験豊富な先輩方」からはされる。けど、あんたらがあの時代に運動の一員である学生として逮捕されんのと、俺がこんな時代にまったく個人の中年として逮捕されんのとは、本人にとっても周りの方々への迷惑にしたって、そりゃもう天と地くらい全然わけが違うんだよ。そんなの今の自分が逮捕されたらと考えてみればわかることでしょ。昔話をしているんじゃないんだよ。諸先輩の皆さん方は、「今」の自分に引きつけて考えてみてくださいよ。そしたら私が「今」やっていることの意味がわかるでしょ。昔話の延長で「そんなのよくあることじゃん」とか言うんなら、自分が今やってみせてくださいよ。

 けど、別に俺は「今こそ逮捕覚悟で実力で闘おう」とか言ってるわけじゃないんだ。だいたい俺自身がそんなことなかなかできないよ。そんな風な発想にもっていくのは、俺じゃなくてむしろ諸先輩のほうだね。集会にだって、いろいろな理由で来れない人だっているだろうとちゃんと理解している。昔やっていたからこそ、現場に顔を出すことには抵抗感があるという人は多い。それはわかる。だって自分がそうだったからね。さすがの私だって、全力で闘い、深く傷ついたがゆえに、今の運動にかかわる気になれない物静かな方に、威勢良く「オルグ」するほど空気が読めない「ゴリ」ってわけじゃない。

 けど、酒の席でさんざん「武勇伝」を語って説教してくれるような元気な先輩方には、たとえば年に3,000円(月にではない!)の会費で市東さんの会への入会をお願いするとか、その程度のことくらいは言ってみる。農民のことを思えば、そして彼らと実際に知り合ってふれあってみたら、私だって誰だって必死になりますよ。「三里塚の日本階級闘争における位置」とかそんな高尚なことを討論しにきているわけじゃないんです。それ以前のもっと素朴な問題として、市東さんが現に耕作して住んでいる土地に年内にも機動隊がやってきて、国家が暴力で強奪していくかもしれんのですよ。現に目の前で知り合った尊敬すべき人たちが、そういう目にあわされるところを見ているんだ!必死になって何が悪い!

 まあ、だいたい「楽しい酒の席で何いってんだ」みたいなKY扱いされて終わるんですけどね。いっそのこと「三里塚にかかわったことは間違っていた。人生の汚点だ。もうかかわりたくない」と言ってくれたほうがまだ納得できる。本人の意思がそれならそれで、もう何も言わないんだけど、「三里塚は正しかったし、オレは闘ったんだ」とか言うから、お願いしているのであって、なんで「今も(心の中で)応援してるぞ」とか言ってた人が、急にモゴモゴして、いろいろ言うけど要するに「一円だって協力はしない」という結論になるのかわからない。厳しい言い方で本当に申し訳ないが、三里塚農民のことなんかより、そんな「闘っている(いた)自分」のほうにこだわってるだけなんじゃないだろうか。

 だが、私の周りのほとんどの人は、こういう私の感想とは逆で、上から目線の「良識ある大衆代表」の言葉にうんうんと頷き、橋下支持の若い人には、せいぜいが「騙されている」という程度の愚民扱いである。確かにそれぞれの主張というか、字面をみていけばそういうことになるんだろうけどさ、でもなんか違う。座りが悪い。

 思うに、私がこういう人に違和感を感じる理由は、常に自分が正しいという点で、しょせんは一貫して何も変わっていないし進歩もないというところにあるのだと思う。そこに自己正当化や自己拘泥が見えるからだ。古臭いのは私ではなく、むしろこういう人たちではないのか?活動家だった時代も、それをやめた今も。もし、今の自分と昔の自分が矛盾していたとしても、それは今の自分が「物のわかった人間」になっているからで、常に「今の自分」が正しいのだ。

 これは一見すると反省や総括をしているように見えて実はそうではない。常に「間違っているもの」は自分以外の外(含む「昔の自分」)にあって、自分はその被害者であるという発想は何も変わらない。だから自己正当化、自己拘泥が激しく、結果として尊大で上から目線になる。とりわけ「昔の自分」に似たものを見つけると、「今の自分」を守るために、いっそうこの上から目線の説教が激しく、必死になったりするのだ。
 本当に総括している本物は、もっと謙虚で物静かで、決して他人の実践を上から目線で頭から否定したりなど絶対にしない人だ。

この投稿の続きを読む »

昨春以降の活動を駆け足でふりかえる(4)ー6・11集会をめぐって

 昨年は忙しくて参加した闘争の報告を全然書かなかったので、まとめて書いてすっきりしよう企画の第4回です。今回は全然駆け足ではなくて、6・11集会のことだけで一エントリー使ってしまいました。いろいろと集会報告以外で書くことがおおかったものですから。。。

◆戦旗派同窓会(笑)で新宿に乗り込む

 さて、ようやく6月分ですが、この月は、6・11新宿・原発やめろ超巨大サウンドデモに参加しました(→動画報告画像報告)。この日は数千人から1万人規模のデモが都内3箇所で同時多発で実施されました。だいたいまあ、左翼系は芝公園、エコロジー系は代々木公園、高円寺集会からの非左翼雑多系が新宿公園と、大きくわければそんなとこでした。もちろんこれ以外に、以前から反原発運動を地道にやってこられた市民・住民運動の皆さんもおられますし、とりわけ新宿公園は「誰でもウェルカム」という姿勢でしたので「芝にも代々木にも行けない」ような人、たとえば市民運動潮流からは嫌われまくっている中核派系の人たちが押しかけ的に参加したり、一部の共産党の人たちも会場に来ていたりしました。だから必ずしも厳密にきっちりした線引きができるわけでもないし、すでにそういう線引きが厳密にできるような時代でもない。あくまでも大雑把な傾向です。

 とりあえず、私の知り合いとか、古くから名前だけはお聞きしているような、左翼または市民運動界隈では名前の知れた人はだいたい芝公園にいきました。私も今回はどうしようかなー、新宿のほうがおもしろそうだけど、一度は芝に行かないといかんかなーとか、いろいろ考えていましたが、普段からメールのやりとりなどで細々と交流のある、旧戦旗・共産同の元活動家の間で、「新宿に行こう」「新宿にいきたい」という声があがりまして、元戦旗派の人たち20人くらいで新宿集会に参加することになりました。

 今まで戦旗派を離脱してから、一度も集会などには参加したこともないという人まで、わざわざご自分から連絡をとって是非にと参加された方までおられました。もうとにかくみんな、東電や政府が引き起こした原発震災の深刻さ、そしてその後に人々が自発的に抗議に立ち上がっているという状況に、居ても立ってもいられない、自分も微力ながら何かしたいという焦りにも似た思いにじりじりしていたのです。

この投稿の続きを読む »

昨日のエントリに関する自己批判

 前のエントリの一部について自己批判いたします。私は自分を卑下(謙譲ではなく)するあまり、少し考え違いをしていたと思います。田中洌さんのコメントを見てそのことに気がつきました。

◆自分が「動員一人にすぎない」という表現について

 何よりも、自分が鈴木加代子さんにお世話になっておきながら、しょせんは集会の「動員一人」にしかすぎないという表現は、三里塚闘争に参加した自分自身の行動の意義を貶めるのみならず、この間の反原発運動などを含め、いろんな集会やデモに参加されたすべての善意の人々に対しても、非常に失礼でシニカルな表現であったと思います。それは同時に、鈴木加代子さんや鈴木謙太郎さんから受けたご好意を踏みにじる態度であったと言わざるを得ません。

 それが20人の集会であれ、千人の集会であれ、一万人の集会であれ、結局は「動員一人」の決起が積み重なって実現しているのです。そういった善意が22集まれば22人の集会やデモであり、一万集まれば一万人のデモになります。もちろん、その総和としての規模は大変に重要なことですし、三里塚や反原発などの大衆集会の場合、政治団体の集会などとは違って、そこに集まった人の考えや主張は実に様々です。素朴な正義感から参加した人もいれば、団体などで勉強を重ねて理論武装した人もいるでしょう。ですが根本的ところでは、一人一人の善意に優劣などあろうはずがありません。

 まずは自分が「動員一人」としてその場に参加すること、そこからすべてははじまり、そして最後はまたそこに戻るのだと思います。自分では何もせずに、他人に対して何かを要求したところで、そんなオシャベリは誰の心にも届かないことは子供にだってわかる道理でしょう。三里塚農民への理不尽な仕打ちに憤りを感じて現地にかけつける。原発への怒りや被曝に対する義憤、ネットやテレビでデモの映像を見て、これはいったい何だろうと生まれて初めて「デモ」というものに参加してみる。そういう人たちの一人一人こそが尊敬し、私(たち)が学ぶべき人々なのであり、そういうことの一つ一つの連なりがすべて尊いものなのです。やがてそこからいろいろと考えや行動を「発展」させていったとしても、迷ったときはそこに返って考えることが大切なのだと思います。「あの時の自分」から見て恥ずかしくないことを今しているのかと。

◆初心を忘れていた私

 鈴木加代子さんや鈴木謙太郎さん、その他にも多くの方々が、私のようなちっぽけな存在を助けてくださり、うぬぼれかもしれないけれど過分の好感を示していただけたのは、決して私がたくさんの人たちに影響を与えるような「エライ人」だったからでもなければ、動員力のある組織の人間だったからでもなかった。どこにでもいるようなただのおっさんが、それでも自分なりに三里塚のことを一生懸命に語り、集会のたびに現地に足を運んだり、最初はアッテンボローさんの呼びかけで、後にはマイミクのSFさんや中野由紀子さんの尽力でネット上にできた「三里塚勝手連」に協力したり、たとえちっぽけでもそういうことを精一杯やっていたからこそ、ああして親しく声をかけていただき、集会場に向かう私に弁当まで持たせていただいたのです。このとき私は普通のおっさんであると同時に、かつて自己の理念の中の存在にすぎなかった「人民」であったのだ。私はそのことを忘れていた。

この投稿の続きを読む »

【追悼】さよなら荒岱介さん

荒岱介さん
 もう7月に入りましたので、すでに先々月のことになりましたが、この5月3日、元戦旗・共産同議長の荒岱介さんが前立腺がんのためお亡くなりになりました(→ニュース記事)。まだ65歳の若さでしたから、ずいぶんと早い死でした。私自身の左翼体験は、18歳から20代後半までの数年間、戦旗・共産同系の活動家としてのものです。ですからその当時、戦旗・共産同を「党首」として人格的に代表していた荒さんの死は、それなりに感慨があってもよさそうなものです。ですがなぜか荒さんの死に対し、良くも悪くもまったく何の感慨もわかなかったので、自分でもちょっと驚きました。中核派の北小路さんの死に対してのほうが、もう少し感慨があったくらいです。

 かつて笠置華一郎さんの死に際して、湧き上がる感情を抑えることができず、私なりの追悼文を書きました(→【追悼】ずるいよ!笠置さん!)、また、同世代の活動家だったSさんの死に対して、どうしても一言いいたくて文章をかいた(→千の風になって)。そういう気持ちがどうにもわきません。もちろん、当時は関西にいた私にとって、荒さんのいる党中央が地理的に離れていたり、世代的にも離れているということも大きいとは思います。ですが、ある意味で私の人生を決定づけたとも言える人ですから、もう少し何かあってもいいように思います。思うに、上記お二人の追悼文を書いた頃とくらべても、それだけ個人としての戦旗派体験が、私の中でやっと消化されたものとなってきたのだと思います。

 その意味で、そんなに身近に接していたわけでもない荒さんについての個人的な思いは、上記お二人の追悼文の中に出てくる記述だけでほぼ充分というか、それ以上に独立して書くことも、私にとってはないように思えました。一方、個人体験とは別に、日本の大衆運動史の中ではまたいろいろ書くべきことのある人なのですが、そのあたりはご自分で検索して調べていただければと思います。指導者としては残念ながらかなり晩節を汚した面もあり、最後の頃にはこの『旗旗』で私のごときちっぽけな人間が書いた文章に激怒したり、あげくに私への物理的な「報復」を指示したこともあったらしい。賢明にも周りの人たちが止めてくれたおかげで事なきをえたそうですが、そんな情報までがダダ漏れで私にまで伝わってくるほど人心が離れたありさまでした。まあ、ちょっとくらい素手で殴られた程度で、いちいち「テロじゃテロじゃ」と大騒ぎする気もなかったし、良くも悪くも私の気持ちは変わらなかったでしょうね。一応は覚悟して待ってたくらいですから。その精神は皮肉にも荒さん自身から教えられたものですけどね。

 そんなこんなのいきさつはありながらも、どうも気持ちが晴れないというか、何か正体不明のモヤモヤしたものがあって、それを払拭するためというか、自分の中での区切りという意味でも、最後くらいはちゃんとお別れをしたいという気持ちがありました。それが前日になって、ちょうど仕事の合間に5月9日の御葬儀への出席が可能となり、これも天の声だろうと思って参列させていただくことにしました。

この投稿の続きを読む »

若干の補足

 先ふたつのエントリ(「反対する会」と6・11主催の間における確執)について、メールや口頭でのご指摘、はてブのコメントなどで、いくつか面白いものをいただきました。そのうちで、私が書いておきたいと思ったいくつかのものについて取り上げておきます。一応この問題についてはこれで終わりにし、さらにどうしても書きたいことがあった場合はコメント欄などに追記していくつもりです。

大衆や民衆という言葉の使い方について。

 これは普通の人とか一般の人という言い方とも共通することだけど、政治的な文章において、ことさらに「自分は大衆や普通の人であると強調しながら特定の意見を書く」という行為には、概ね二つの動機が存在します。まず、自分と違う意見を「普通の人」から排除して、そんな意見は検討する必要がない、反論なしに否定してもかまわないという印象操作のため。これはネトウヨさんがよくやる手口。ただし政権交代や震災以降、自分のほうがよほど「特殊」な存在であることに気が付いたので、最近はあまり見ない。もう一つは自分が表明したことを「単なる一大衆の意見」として、一見「へりくだる」ことで、自分の責任を軽減して気が楽になるため、同時に反論に対して、「てめえ、大衆(国民)の素朴な意見に、お前のような特殊な立場からの罵詈雑言はないだろうな!」という予防線をはる効果もある。例として某党派が左翼から「パラダイムチェンジ」し、その機関紙に『ただの庶民だが言わせてほしい』という気色悪い題名のコーナーを作ったことがあげられる。これはネトウヨさんもやるけど、それ以外でもわりと無意識にやっちゃっている人が多い。政治的な文章以外でも「17歳の普通の女子高生で~す」とか(君たちそんなに「普通」がいいのかね?)。

 でもまあ、考えてもみましょう。自己の外部に向かって意見を表明した場合、ましてや政治的な「会」を作って不特定多数に意見を表明した場合、いったいそれは誰に向かって意見を表明し、同意を求め、共に行動することを期待しているというのか?その呼びかけている不特定多数の対象を「民衆」とか「大衆」と表現して何の不思議があるというのでしょう?まったくの「つぶやき」で、特に他者への影響や同意を期待せず、単に思ったことを書いただけというのはもちろん「あり」です。でも、この場合はそうではないし、自分の意見を通すために実力行使までしています。呼びかけられた対象(大衆!)としては、その「意見(理論)」と「行動(実践)」の両方について、意見を言う権利があると思います。どうしてそれが「大衆蔑視」になるのかわかりません。もちろん「会」に所属する人間も大衆の一人ですし、その関係性は可変および互換性があるものです。しかしだからどうだと言うのでしょう。「私もまた大衆だ」という当たり前のことを言われても、上の一つ目の動機に対する反論にはなりえても、自分が大衆に向かって呼びかけ、行動を求めたことについて、運動におよばす影響への責任逃れにはなんらなりません。

「ヘイトスピーチに反対する会」は北朝鮮の人権侵害に無関心であるという指摘について

 同会の主張について詳しく知っているわけではないので、急いでそのブログをほんの一部ですがざっと読んでみました。まあ、日本の報道だけを見慣れている人には、それなりに刺激的で頑なに見えることもあるでしょうが、別に決定的に間違ったことが書いてあるとは思いませんでした。むしろ、現在の吹き上がるナショナリズムの中で、少人数で勇気ある行動をしておられるように感じました。また、次のようにも書かれています。

念のためつけくわえれば、あくまでわたしたちが主張しているのは、中国政府や中国ナショナリズムの「擁護」ではありません(そのただしい「理解」ではありますが)。中国政府や中国ナショナリズムにいかなる問題があろうと(あるいはあるからこそ)、日本の中国人への敵意と蔑視を、つまりはレイシズムと植民地主義をなくす責任が、日本人にはあるということです。また釣魚台/尖閣についても、ことの本質は、領有権がどちらの国民国家にあると正当化されるかということではなく、どの国が先に近代世界における力ずくの領土拡張(帝国主義、植民地主義)をはじめたのかこそが、この件にかんしてもっとも重要なのです。


 この文章の考え方についても特に異議はありません。気になる点があるとすれば、見た範囲で、まだ北朝鮮や中国政府に対する言及、その評価についてのエントリが、過去一年分以上について見つからないことです。ただひたすら日米(とりわけ日本政府)の差別排外主義への批判や、それとの闘いがつづられています。もちらん、これらが日本に住む日本人である私たちにとって、まず第一に考えなくてはならないことです。ですがそこにおいて、北朝鮮や中国政府による、自国民への人権侵害や迫害などが、まるで無いもののように触れられていません。見落としているのかもしれませんが、少なくともそのことについて考察したエントリはないようです。また、上に引用した文章でも、「問題がある」のは中国政府の「ナショナリズム」、いわば「思想」であって「現実」としての人権侵害については指摘されていませんし、それへの中国人民による不満や抵抗などには触れられていません。この点は気になります。強制収容所などという存在は、それが日本にあろうが北朝鮮にあろうがグアンタナモにあろうが許せないと私は思います。

 これは70年代の言葉を借りて言えば(あまり左翼全般で流通した言葉ではないかもしれませんが)、「反帝純化主義」というものです。たとえば、荒岱介氏の著書によるならば、70年安保闘争の「イケイケドンドン」な情勢の中、二次ブント指導部の一人であった塩見孝也氏は、「スターリン主義なんて無いものとして考える」とか言っていたそうです。当時の情勢の中で、運動的にはとりあえずそのほうが都合がよかったのでしょうが、やはりそれではいけません。運動も思想も薄っぺらなものになってしまう。

この投稿の続きを読む »

主張の正しさは行動を正当化しない。逆もまたしかり(下)

デヴィッド・グレーバーさん◆デヴィッドさんがどうしたってぇ?

 昨日のエントリの続きなわけですが、まあ、もうこんなこと、Twitterくらいでしか誰も何も言わないし、私も別にもういいかくらいの気持ちになっていたんですよね。でもなんか「ヘイトスピーチに反対する会」のサイトに載った、個人の補足意見の末尾に、以下のような文章があって気が変わりました。

「主張はわかるけどやりかたが理解できない」というご意見もいただきました。でも……反グロ・アナキスト、デヴィッド・グレーバーも、こういうカウンターアクションの事例を紹介してますよ。ある行動を組むとき、それに乗れなかったら抜ける自由も、また乗れないどころかそんな行動やらないべきだと思ったら、たとえ仲間であれその行動をブロックする自由も確保されている、という事例


 これでちょっとカチンときました。私には、「デヴィッド・グレーバーが、『たとえ仲間の運動であっても、私にはそれを自分の判断で暴力的に妨害する自由がある』と言ってますよ。だから私たちだって自分の判断だけで実力で妨害してもいいんです。そんな『自由』が私たちにはあるんです」。そう言っているふうにしか読めませんでしたし、実際そういうふうに書いてある。

 デヴィッド・グレーバーさんという方の名前を私は全然知りません。つか、三回にわたる「素人の乱」系の集会における数万人の参加者で、デヴィッド・グレーバーさんの著作を読んだ人がいったいどれだけいるというのでしょう。イギリスの有名なアナキストだそうですが、自慢じゃないけど彼の著作なんて私は一冊も読んだことがありません。ちょっと検索してみて「ああ、そういえばそんな人がいたな」程度ですが、それだけでも私はまだ知っている方の部類だと思います。そのデヴィッド・グレーバーさんが「妨害してもかまわない」と言ってる?だから何?としか思えませんでした。

 だいたい集会参加者ほとんどの人がそうでしょう。それをデヴィッドさんの名前を出せば、多少なりとも恐れ入る人(=活動家)に向けてのみ、この文章は書かれているということです。なんかよくわからんが「偉い人」の言葉だということを伏せた上で、単純にこの発言だけを見せたら、まあ多くの人は「そんな無茶な!」としか感じないと思う。ついでに言えば、実はレーニンもその著作で似たようなことを言っているんだよね。けれどもまた別の著作では、結果を考えずに「正しいこと」だけを主張していればいいという、そういう無責任なお子ちゃま左翼のことを「左翼小児病」と呼んで戒め、妥協の必要性を説いています。一見すると矛盾するようですが、なんのことはない、当時の情勢を加味してよく読めば、「大衆に対して責任ある態度をとらねばならない」という同じことを言っているわけです。

 それをレーニンだろうがマルクスだろうがデヴィッドさんだろうが、何かしら崇め奉って、自分に都合のよい部分や一文だけを抜き出してくるから、何かややこしくなったり、矛盾しているようにみえる。これはただの想像ですが、本当はデヴィッドさんだってレーニンと同じく、引用(?)されている部分だけから受ける印象のようなむちゃくちゃなことはきっと言ってないだろうと思う。

◆これは内ゲバ主義そのものである

 デヴィッドさんのことはともかくとして、私が一番カチンと頭にきたのはね、これはもう80年代当時、三里塚闘争が分裂した直後に嫌というほどさんざん聞かされた理屈だからです。つまり「内ゲバの論理」なんですよ。この論理を述べる人に対する私の拒否感は、一筋縄ではいきません。当時の中核派は、まさしくこの論理構造でもって、熱田派系のすべての運動を「ブロック」しようとした。最後はインター派に対する内ゲバ襲撃というところまでいってしまって、もちろんそれは一線を越えてしまったものであるがゆえに、それだけがクローズアップされてしまい、ゆえにおそらく「反対する会」の人たちは、自分とは関係ないと思っているのかもしれません。

 ですがそこでおこなわれた大小さまざまの「ブロック」の「直接行動」はそれだけではない。中核派や解放(狭間)派による「直接行動」は、それこそ今回「反対する会」が6・11集会主催者に対して行ったレベルのものまで無数にある。そしてそれらは当時の彼らの主観としては、まさしく「闘争の本質を守るため」の「やむにやまれぬ行動」だったのです。また、インター派にしたところで「直接行動」こそなかったものの、中核派がテロ襲撃を行う以前の段階から、一つの路線(=セクト性)として、「中核派の全戦線からの排除」を主張していたし、組織的に中核派を「ブロック」することを路線化していました(反内ゲバ主義)。そしてことその点についてだけはインターはものすごく非妥協でセクト主義的だったのです。

この投稿の続きを読む »

主張の正しさは行動を正当化しない。逆もまたしかり(上)

◆自分に誠実であるために

 他にも書きかけの原稿や、優先順位から言えば先に書かねばならない大切なこともあるのですが、ちゃんと書いておかないと、私のいままでの、そしてこれからの発言が嘘にもなりかねない話題だろうという点で先に書いておきます。

 何のことかと言って、知っている方も多いでしょうが、反原発100万人行動における、6・11新宿デモの主催者側と、同デモに参加した「ヘイトスピーチに反対する会」(以下、反対する会)内の有志との確執(?)のことです。関係者、とくに「反対する会」有志の皆さんには失礼な言い方ですが、客観的にみれば今のところコップの中の嵐といわざるを得ない状況ですし、無関係なのに口を出すのが面倒なのか、関係者以外のブロガーであえて言及する人も少ないようです。地理的にも離れていたりして、無関係の度合いが強いスナフさんとか非国民通信さんくらいかな?

 そんな多勢に影響のない(今のところ)状況ですから、ほおっておけばよいものを、他の人から見れば、わざわざ「火中の栗を拾う」かのように見えることを書くのにはわけがあります。それというのも、この話題を無視して何も書かないことは、私が今まで長年にわたって書いてきたことの整合性がとれない、もう少し強く言えば、今まで書いてきたことが嘘になる、さらに強く言えば、私は少数とはいえども、このブログの読者さんをだましてきたことになりかねないと思うからです。そのことは後で書きます。

◆事実経過

 さて、6・11実行委と、それを批判する「反対する会」内の有志の皆さんとの問題について、私が把握している(思っている)事態の推移は以下のとおりです。ここで重要な部分が間違っていたら、あとの考察も的を射ないものとなってしまうかもしれませんので、大きな間違いがあったら指摘していただきたいと思います。

1)6・11と同じ主催者による4・10高円寺反原発集会に参加していた新右翼の鈴木邦男さん(「一水会」創設者)が、主催者に乞われて飛び入りアピールを行う(⇒動画)。
2)6・11主催者側が、鈴木さんと同じ一水会―統一戦線義勇軍系列の新右翼、針谷大輔さん(統一戦線義勇軍議長)に当日の発言を要請、針谷さんはこれを受諾し、集会の公式ページにも掲載される。
3)集会前日、「反対する会」内の有志5名の皆さんが、針谷さんの発言を中止するよう主催者に要求する「質問状」を公表。聞き入れられない場合は「会場で問題提起をする」と妨害行動を予告。それと前後して主催者側より「都合により」針谷さんの発言を中止すると公式ページ上で発表がある。針谷さんらは主催者からの中止要請を受諾した上で、集会にのみ参加しデモには不参加の方針を決める。
4)当日の会場内において、日の丸をもって参加した針谷さんらの一行に対して「帰れ!」などと詰め寄る複数の人が目撃されている。針谷さん側にいた高校生は「殴られた(ボコられた)」とも証言しているが、「反対する会」側はそれを否定している。また集会が終わって帰ろうとする針谷さん側の人に対し、会場を出るまでつきまとって問い詰めている人もいたが、これらの行動をとった人が誰なのかは不明
5)集会で「ふるさと」を歌って「私は日本が大好きです」と発言した(⇒動画)14歳の少女タレント(藤波心さん)に対しても、ブーイングをあびせている人がいたとのこと。ただしこれも誰なのかは不明
6)同じく「日本人は世界に誇れる民族」と発言した映画俳優(中山一也さん)に対し、「反対する会」の人々が壇上に詰めよろうとして主催者に止められ、もみ合いとなる。「反対する会」は同会の野次に対して中山さんが壇上から挑発しかえしたのが原因と主張(⇒同会の言い分 ⇒動画)。
7)針谷さんへのリスペクト(あるいは「反対する会」のやり方に対する反発?)から、日の丸をもって壇上にあがったアナキストに対し、同会がマイクを引き抜いて発言を阻止。さらに主催者に対して「どういうことだ」と詰め寄るなど混乱(⇒動画)。
8)同会は今も針谷さんを呼んだ理由や経緯について釈明するよう、主催者に要求を続けているが、主催者側は公式な回答書などは出さずに黙殺を続けており、同会もまた今回の妨害行動についての総括などは出しておらず、互いに沈黙のまま事態は風化しつつあるように見える。

◆訂正(2011.06.27)

 これ↑を読んだ統一戦線義勇軍の方から直接に訂正を要請するメールをいただきました。まず針谷さんは当日、結局別の集まりに参加して新宿には行かなかった。また、その他のメンバーやシンパも含め、義勇軍関係者は新宿集会に一人も参加していないので、それは明確に書いてほしいとのこと。新宿集会に日の丸を持って参加していた人たちと義勇軍は無関係であるとのでした。

 また、「反対する会」への批判もしくは針谷さん擁護の発言をしたために会場で「殴られた」と主張しているのも義勇軍関係者ではなく、S君という法政大学の左翼(アナキスト)学生だそうです。また、殴られたと主張している場所も会場内ではなく、デモが終了してからのことでした。「殴った」という表現に関しては、それほどのものだったのかどうか直接現場を目撃していませんので、私としては両論併記以外に方法がありません。「第三者」の目撃談についても、一般的にネット上の発言を鵜呑みにするのは危険だと考えています。そのあたり慎重になることはご理解ください。まあ、私なら集会などの内部でちょっとくらい殴られても、大怪我しない限りはご愛嬌ですませますから、そのあたりの感覚は少しズレているかもしれませんね。

この投稿の続きを読む »

左翼コンニャク問答

先日、三里塚勝手連や、木の根ペンションとかの関係で、yukikoさんとスカイプでのチャットを使って打ち合わせをする機会がありました。その打ち合わせ終了後の若干の雑談がちょっと面白く(?)感じたので、ここの真似をして(レベルは遥かに低いが)、その部分のログをここに残しておきます。

The Fool◆これからは相対主義が大切

草加:彼は面倒見のいい、良い人だよ。ただ、自分の感性が一番と思うところが玉にきずかなー。

yuki:だったら私はあわないタイプかなー

草加:これからは「相対主義」が大切だと思う

yuki:なにそれ

草加:彼もいいが、私もいい。私がいい、ゆえに彼は間違いだというのは「絶対主義」

yuki:間違ってはいないけど、合う合わないはある

草加:合うところだけ合わせればいい。ダメなのは、合うところも合わせなくなること。左翼はずっと絶対主義だった。お互いの合わないところばかりさがしあって、喧嘩ばかりしてきた

yuki:うーん、わかるけど。理想かな。たとえば右翼と話なんかしないし

草加:合うところだけ合わせればいいよ。喧嘩する相手は、権力 警察 機動隊 空港会社

yuki:あうとこなんかないよ。あってもおんなじじゃない。似てるだけで根本から違う。かかわりたくない。けんかもしないけどね。

草加:権力や空港会社と喧嘩するのだ。喧嘩したり批判する相手を間違えてはいけない。エネルギーの無駄使い。「敵の中に味方をつくる」のであって、「味方の中に敵をつくる」ではいけない

yuki:エネルギー使うほどそんな人のこと考えてないよ。けんかでもなくて、味方でもないんじゃない?

草加:要するに右翼も左翼もただの人、普通の人にすぎない。自分と感性があわない、わかる人だけついてくればいいでは、尊大だと思う

この投稿の続きを読む »

北小路敏さんに謹んで哀悼の意を表します

北小路 敏 さん ブログを更新したり、レスをお返ししたりの時間がほとんどとれない中、迷ったのですが、やはり先人への敬意という意味でも書いておくことにします。中核派の元幹部で病気療養中だった北小路敏さんがお亡くなりになったそうです(→ニュース記事)。以前から療養中との噂は風の便り程度には聞いていましたが、突然の訃報で少々驚きました。

 北小路さんは、大衆的に運動現場に登場して指揮をとる、いわゆる「公然指導部」とか「表の指導部」と言われる部分のトップだった方でした。理論家や組織指導者というより、私はいわば「中核派のスポークスマン」というかアジテーターという印象を持っていました。指導部の中でも独自の意見や立場で引っ張っていくというよりも、その時々の組織の主流的な方針を、大衆的に噛み砕いて上手に説明(正当化)するのが得意な方だったのかなあと思っています。あと、関係ないけど、若い頃の北小路さんって、石田純一に似ているよなと常々思っていたのが思い出です。

 中核派については、私が現役の左翼だった時代には、随分と嫌な思いをさせられた経験ばかりが残っています。それを当事の政治的言語をもって説明するならば、中核派はソ連スターリン主義の暴虐=人民圧殺の政治思想(ロシアマルクス主義)について、所詮は「一国社会主義論」などのマルクス主義からの変節を理論主義的に批判しえただけであり、思想・イデオロギー的には全く乗り越えていなかった。そのせいで、彼らが実践的に打ち出してくる政治方針は、往々にしてスターリン主義そのものであったということです(→参考:スタ克論文)。

 言い出せばも~~~う、次から次から「恨み言」は出てきますよ(笑)。でも、私なんかまだ「笑」なんて書けるからいいほうでしてね。中核派に睨まれたせいで人生を台無しにされた左翼活動家が実際に何人もいるわけです。私は自分のことならいくらでも忘れることはできますが、そういう方々のことを忘れて不問に伏すことは、やはり彼らに申し訳なくて到底できないんです。

 それを忘れないということを充分に踏まえた上で、それでも60年-70年安保闘争や三里塚闘争等への指導・尽力など、北小路さんの権力を恐れず果敢に闘った(とりわけ人生の前半期における)功績に思いを馳せて、去り行く老将に哀悼の意を表したい。私は本心からそう思っています。北小路さんが指揮をとった「6・15全学連国会突入闘争」は60年安保闘争の頂点をなす闘いであり、そこにおいて東大女学生だった樺美智子さんが機動隊によって撲殺されたこともあり、この闘いを契機に民衆の怒りは沸点を通り越してまさに爆発。革命前夜を思わせるような状況の中で岸自民党政権は文字通り木っ端微塵にされたのでした。

 思えば、私が左翼活動に飛び込んだ10代の頃、北小路さんは最も有名な中核派の指導者の一人として活躍しておられました。考えてみますと、今の私はその当事の北小路さんよりも年上になっているのだという事実に愕然とします。全く当たり前のことなのですが、こうして並べてみますと、あらためて私は、あらゆる面で北小路さんの足元にもおよばないちっぽけな人間だということがよくわかります。

 かつて表のトップだった時代には、ポスターに「北小路敏氏来る!」と書くだけで聴衆が満員になったといいます。また、これは全然関係ない話で恐縮ではありますが、私と同郷(京都)の方でもあることですし、今はただ心よりご冥福をお祈りしたいと思います。

 以下、70年安保当事のものですが、北小路さんへの週刊誌のインタビュー記事を採録しておきたいと思います。まだ、中核派が内ゲバなどにのめり込まず、民衆からの信頼を集めて最も輝いていた時代のものです。北小路さんの経歴も含めて、北小路さんの元来の人となりがよく現れていると思います。「他の“教祖”にくらべてよくしゃべった」という結びの一文には思わず吹き出してしまいました。中にはこのインタビューを「しらじらしい」と感じる人もおられるかもしれませんが、追悼の意味を込めて、論評ぬきでそのまま掲載させていただきます。

この投稿の続きを読む »

今日はチョン・テイルさんの40回目の命日です

 本日はAPEC横浜の対抗行動が行われ、ビルマのアウンサンスーチーさんが解放されるなど激動の一日でもありましたが、同時に「僕の死を無駄にするな!」と叫んで逝った、韓国のチョン・テイル(全泰壱)さんの命日でもあります。

 左派の多くの人にとっては「チョンテイル烈士、焼身決起40周年」と言ったほうがしっくりくるのかもしれません。ただ、彼のわずか22年の生涯を思う時、同じような人々としてまっさきに思い浮かぶのは、たとえばマザー・テレサやガンジー(人によってはダライ・ラマを加えてもいいかもしれませんが)のような類の人々であって、それは必ずしも革命家や活動家の顔ばかりではありません。左派の中ではチェゲバラが同じ匂いがします。でも、一番近いのは(宗教的なシンボルではない人間としての)キリストかなと思います。どちらも現象的には無力のまま、その時は何も残さずに死んでいったように思われながら、実は自己の肉体をささげた死によってその思想を完成させ、 後の人々に多大なものを残し、ついには歴史さえも変えてしまったという意味において。

 たとえば『全泰壱評伝』(つげ書房新社)の中で、著者の趙英来は以下のように書いています。

「この欠陥だらけの本に、全泰壱に関する若干の真実でも込められていれば、あなたがこの地球上のどの場所に暮らすどんな人種・階層・信条・思想の人であっても、全泰壱は必ずあなたのところに行ってあなたの心を叩き、『僕の死を無駄にするな!』と叫ぶだろう」。


この言葉がすべてを語っていると思います。まだの方がおられましたら、是非一読をおすすめします。

 チョンテイルさんのことを思う時、私の胸には熱い思いと言葉がいっぱいにあふれてきます。でも、同時にそれを語りだそうとすると一つも言葉が出てきません。

この投稿の続きを読む »

1 / 612345...最後 »