10・5三里塚集会に参加しました(3


動画報告(Google ビデオ)
 さて、前回の更新からものすごく日がたってしまったわけだが、まるで何事もなかったように完結編を書くのであった(笑)。

 いえ、続きを書こうとするたびにいろいろと雑用や気持ちを乱されることばかり続いておりまして、あっというまに時間がたってしまいました。内容や事実経過についてはすでに多くの方が詳しい報告をアップしておられるので、このエントリの巻末にそのリンク集を掲載してそちらを見ていただくとして、私の個人的な感想をごく簡単に記しておくことにします。

◆熱気あふれる集会

 集会はその直前に中山国交相が思わず「成田の反対派はゴネ得だ」という反対運動に対するホンネの戦闘宣言をもらしてしまい、さらに現地農民の市東さんの畑が強制的に強奪されるかもしれないという怒りと緊迫の中で開催されました。そういう事態の進展ということもあったと思いますが、発言者は決まり文句の連続ではなく、それぞれに自分の言葉で熱い思いを語っておられるように感じられ、全体としてとても良い集会だったと思います。なんと言うか、みんな決して無理をせず、自分なりの等身大で伸びやかに闘っているにもかかわらず、なんとしてでも市東さんらを守りたい、そのためには体を張ってでもという決意に溢れていました。二昔前の言葉で言うなら「主体的決起」とでも言うのかな?3時間以上の集会だったそうですが、私にはもっと短く感じられました。

◆農民を「何々派」で区別したくない

 旧熱田派系の人が読んだら、ちょっとほめ過ぎとか思うでしょうか。でも決して「等身大で伸びやか」な運動っていうのは、エコロジー的な市民運動や、現地にペンションやプールを建設するみたいな運動の専売特許ではないと思うんですよ。「これこそが三里塚闘争でなければならない」とか、「そんなのは三里塚闘争ではない」みたいな発想は、お互いにもうやめないといけない時期に来ていると思います。パレスチナのアナロジーで言えば、アメリカとイスラエルの目の前でファタハとハマースがお互いに争っているわけだけど、問題解決のためにはまずパレスチナ側の統一こそが急務であるわけです。ハマースを目の仇にしてファタハを優遇しようとする態度は間違っています。それと同じ事は三里塚でも言えると思います。

 ましてやもう旧熱田派の人で、農民たちにちゃんとした支援活動ができている人や勢力なんて、いったいどれだけいるのでしょうか?熱田さんが移転した時にも書きましたが、もし旧熱田派で現在も用地内で頑張っている人の誰かが明日出て行ったとしても、北原派から熱田派までの全関係者を含め、それをどうこう批難する資格のある人なんてほとんどいないと思います。もちろん私も批難する資格のない人間の一人です。だからこそ、私は個々の農民がどこそこ派に属しているから応援するとかしないとか、そういうことは言いたくないのです。

 もちろん80年代に中核派がしたことは、いくら時間がたっても絶対に消えません。それは大変に難しい問題ですが、北原派反対同盟や、他ならぬ中核派自身が、もし現在の枠を超えて運動を広げていきたいと望むのであれば、いつかはこの問題に向き合わなくてはならなくなることは必定だと思います。ただ、私は北原派の農民にその全責任を負わせるのは酷だし間違っていると思います。また、何かしら中核派のしたことをもって北原派農民に対してまで、「熱田派が正しかった」「被害者だった」と主張するつもりはありません。北原派の農民が不信感を持ち、ついていけないような内容が熱田派にもあったわけであり、自分たちだけが正義であったかのような自己絶対化は戒めるべきだと思います。感情的に難しいのは痛いほどわかりますが、そのあたりは私たち旧熱田派系列に属していた人間も、北原派農民の主張に虚心坦懐に耳を傾けるべきだと思っています。もちろん北原派系の特に支援の皆さんにも、中核派のしたことからの類推でもって、自分たちが一般の市民運動などの中でどんなに酷い「人でなし」のように思われているのかも知るべきだと思います。念のために強く言っておきますが、一般からそんなふうに思われているのは、闘争方針などを巡ってどちらが正しかったとか脱落派云々とか言う話とは全然関係ない地平でそう思われているのです。


◆市東さんの発言に感動!

発言する市東さん さて、集会の発言ですが、GOさんのブログで「北原事務局長の演説が一番よかった」みたいに書かれていて、私は正直「へぇー」とか思ってしまいました(北原さんごめんさない)。私は個人的に当日は北原さんの演説より、萩原さんの基調報告のほうがずっとよかったように感じました。萩原さんの報告は、日本における反戦運動の流れの中で、三里塚闘争のもっている位置を、歴史的な経緯を振り返りつつ現在における位置づけまでをわかりやすくまとめた上で、今後の方針を提起したもので、私としては「ふむふむ」と大変に納得いくものでした。ただ、関西実行委のブログで、当日の主な発言がテープおこしして掲載されているのですが、文章で読むと当日の印象とは違って、確かに北原さんの演説が一番いいように思えます。このへんはその場の雰囲気というものもあるのでしょうが、自分でも意外でした。

 それにもまして一番印象に残っているのは、やはり何と言っても親子3代90年に渡って耕してきた農地強奪の危機が迫る市東さんの発言でした。市東さんは1億5000万円やるから出て行けという空港会社の要求に対して「私には1億の金よりも1本100円で安全な大根を届けることのほうが価値がある」とこれを蹴った人です。もちろんこの先、もしも農地を強奪されてしまっても、もう1億の金を受け取ることはできません。その市東さんは、空港会社が一方的に通告した明け渡しの期限が目前に迫る中、「これからは、自分の農地を耕すことそのものが実力闘争になりました」と淡々と発言され、私はそれに全身が震えるような感動をおぼえました。左翼党派の機関紙などでは、その言葉に続く「それでも農地にふみこんでくるなら実力で闘う」という発言のほうに比重がおかれた紹介がありましたが、この後段の「実力闘争宣言」は、前段の言葉とつなげてこそ一段とその光を放つように思えます。「畑を耕すことそのものが実力闘争」という言葉に、かつての「耕す我らが人間要塞」という反対同盟分裂前のスローガンを思い出しました。同時に、これに連帯しなければ嘘だと思いました。



◆いまさら「脱落派」なんてね

 まあもう今さらということなのでしょうが、集会全体の中で「脱落派(=北原派系列の人が旧熱田派に対して使う蔑称)」が云々なんて発言はほとんどありませんでした。それどころか多くの北原派系列の方に、ネットなどを通じて「よく来てくれた」と歓迎していただいたくらいです。ただ、多くの発言の中でたった一人だけ、それも発言の最後につけたしみたいな感じですが「脱落派の徘徊を許さず」という一節がありました。まあ、こう言っては申し訳ありませんが、その方の発言は集会の中で唯一「我々わぁ~」式の昔ながらの左翼アジ演説、共産趣味者の諸君が言うところの「古典芸能」でした。あたしゃそれを聞きながら「ごめんねー『徘徊』してて」とか思いました(笑)。「脱落派」が来てはいかん、応援なんかお断りするというなら、はっきりと反対同盟の決定を出してください。迷惑だと思われるのは本意ではありませんし、そうしたら北原派系列の運動にはかかわらないようにしますから。また、その方以外の発言でも一度、「脱落」という単語が使われていましたが、こちらは言葉の真の意味での運動からの脱落者、つまり空港会社側に積極的に寝返った人を念頭に置いているようでした。どうもこのあたりの言葉には過敏に反応してしまいますね。

◆いよいよデモに出発

10・5三里塚デモ さて、集会の後、いよいよデモに出ます。先のエントリでも書きましたが、どこもかしこもすっかり鉄条網つきの高いフェンスや鉄板で囲われた殺風景な光景が続きます。

 かつての三里塚はこんな風景ではありませんでした。ジブリの映画「となりのトトロ」を初めて見た時、本当に「うわぁ三里塚そっくりの風景だぁ」と思ったくらいなんですから。その緑豊かなでビロードのような農地が続くその先に、忽然と強制収容所のようにライトで照らし出された空港が、まるで島のようにぽつんとあるのが三里塚でした。現在でも空港がそのように孤立しているのは同じですが、回りの土地が空港から流れでる毒素のためにどんどんと壊死させられていっているかのようで、早くなんとかしなければと思います。この国の、そして人間の愚かさにちょっと悲しくなりますが、大量の機動隊の紺色の波が蠢く中、それでも元気にデモ行進します。

 途中で反対同盟の所有地を通る時だけ、何十年にもわたって耕され、黒々とした農地が広がっているのを見て救われた気持ちになります。よく誤解している人もいますが、農地というのは宅地と違って、移転すればいいというものではありません。その土地の土とつきあい、土を作り、やっと「自分の農地」だと言えるようになるまで10年はかかるそうです。デモの中ほどで三里塚らっきょう工場の前を通りました。ここは旧熱田派の農民で今も頑張っている拠点のひとつです。らっきょうのいい臭いがぷーんとしました。日曜日ということもあり、お休みで中には誰もおられないようでした。農家が立ち並ぶ狭い路地に入ったところで、急にデモ隊がつかえて立ち止まり、すわ「弾圧でもあったのか」と思ったら、農家の方がデモ参加者のために、庭先で蒸したジャガイモやサツマイモ、それにお茶などを配っておられたのでした。そういえばかつての三里塚でも、デモをしているとよく留守番のあばあさんやなんかが家から飛び出してきて、一生懸命に笑顔で手をふってくれました。私はサツマイモを一ついただきましたが、それがものすごく美味しかったです。

◆空港会社こそが「ゴネ得」じゃないか!

10・5三里塚デモ さらにデモはB滑走路の下を通るトンネルをくぐり、高い鉄板をへだてた敷地越しに進んで、強奪が懸念される市東さんの畑の前まで進んで流れ解散となりました。こうして実際に現地に足を運び、そこで実際に生活している方々の視点から眺めてみますと、まさに農家の鼻先にまで有無を言わせず滑走路が突っ込んできたのだということがよくわかります。

 けど、三里塚の歴史も何も知らない人から見れば、きっと空港の中に人が「居座って」いるように見えるのではないかと思います。しかしこのB滑走路自体、実は政府・空港会社は「地元農民の了解が得られない限りは絶対に作らない」と旧熱田派系の農民の前で確約していたものなのです。それまでに現職の運輸大臣が二人も現地にやってきて、農民に対して深々と謝罪さえしてみせています。にもかかわらず、「サッカーW杯があるので」という口実で「暫定的に」ということで工事が強行されたのがB滑走路です。「W杯のための暫定滑走路」なんだというなら、W杯が終わったら、ただちに供用を中止するべきところ、火事場泥棒的にさらなる拡張を目指して農民の生活を破壊し、あげくに農地まで強奪しようとは!いきあたりばったりで、かつ、なんという二枚舌でしょうか。「ゴネ得」というのであれば、こういう空港会社のやり口こそ、まさしく「ゴネ得」でなくてなんだと言うのか!

 もう一度言いますが、空港の中に農民が居座っているのではありません。実際にそこで生活している農家の庭に空港が突っ込んでいるのです。「ゴネ得」なのは農民ではありません。「暫定」とかいう二枚舌で約束を破っておきながら、それを既成事実として農民を追い出そうとしている空港会社の手口こそが「ゴネ得」なのです。その事実をもっと多くの人に知ってもらわねばと強く思いました。

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関実・三里塚(1)
  (2)北原事務局長の発言 (3) 農民からのアピール(1)鈴木謙太郎さん
  (4)基調報告 萩原進事務局次長 (5)特別報告(1)田中康宏動労千葉委員長
  (6)特別報告(2)関西新空港反対住民から (7)農民からのアピール(2)小川さん(コメ作り農民)
  (8)沖縄現地からの報告 知花盛康さん (9)市東さんの農地取り上げに反対する会
  (10)決意表明・部落解放同盟全国連合会

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