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小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

市東さんの農地取り上げに反対する会

市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

結衣ちゃんは革命家

結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

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三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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閉鎖(更新停止)のお知らせ(ネタ)

April Fool's Day

大変残念ですが、個人的事情により、サイトの更新を停止することにいたしました。
なお、サイト自体はレンタルサーバーとの契約期間満了までこのまま放置しておくことにいたします。10月末までは残りますが、保存しておきたい内容がございましたら、それまでにダウンロード等をお願いします。

またどこかでお会いできる日もあると思います。その時はよろしくお願い申し上げます。

(追記:4月2日)
超ベタなネタで申し訳ございません。もうちょっとひねったものにしたかったのですが・・・。
実は気分転換したい時などに、一年くらいかけてゆっくりと育てていたシュミレーションゲームのサイトで、「データーが消失しました」とかなんとか、同じようなネタで思いっきり慌てさせられましたので、ニヤリとしつつ、「くそー、俺もやってやる」と急遽作ってみました。

ですが小心者なので、「4月1日」と大きく表示してみたり、画像のタイトルを「エイプリルフール」としたり(IEだとマウスオーバーで表示される)、中途半端でしたねー。急に思い立ったので、笑えるネタなども思いつかなかった。

ここは管理人がナンチャッテなのに、訪問者が超マジメな方が多くて、趣味が悪いとかのお叱りまでいただいてしまいました。来年はもう少しネタを考えてからやります。

報道】京都朝鮮小学校襲撃事件への抗議集会に900人

朝鮮学校周辺の街宣禁止 京都地裁仮処分を決定
(京都新聞2010年03月24日)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100324000209


 京都市南区の京都朝鮮第一初級学校で「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などが民族差別発言をしたとされる問題で、京都地裁(小河好美裁判官)は24日、在特会などに学校周辺で誹謗(ひぼう)中傷を伴う街宣活動を禁止する仮処分を決定した。

 学校側が、28日に在特会が街宣活動を予定しているとして、19日付で仮処分を申し立てていた。

 申し立てによると、在特会のメンバーらが昨年12月4日、学校による近隣公園の使用方法を批判するため、授業中の学校前に訪れた。約1時間、拡声器を使って差別的発言を繰り返したという。

ーーー
抗議集会に900人 円山からデモ行進 京都朝鮮初級学校に差別発言
(京都新聞 2010年03月28日)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P20100328000121

 昨年12月、京都市南区の京都朝鮮第一初級学校に、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」を名乗る団体が押しかけ在日朝鮮人を差別する発言や脅迫を繰り返したとされる問題で28日、差別的攻撃に抗議する集会が東山区の円山公園であった。

 集会は、大学教授や弁護士らが呼びかけ人となり、実行委が開催し、900人(主催者発表)が参加した。

 集会では、攻撃を受けた初級学校生徒の保護者らが登壇し「子どもたちは心に大きな傷を負った」などと話した。高校授業料無償化から朝鮮学校を排除する動きについてもアピールがあり「すべての在日・滞日外国人が民族性や文化を尊重され、共に生きていくことができる多民族共生社会の実現に力を合わせよう」とする宣言が、拍手で採択された。

 集会後には、参加者らが円山公園から市役所前までデモ行進した。四条河原町交差点や市役所前で、在特会のメンバーらが「日本から出て行け」などと叫び、デモ隊ともみ合い府警の機動隊員が割って入るトラブルもあった。

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負け犬の遠吠えにならないために – まる・いさんへのお返事

新社会党 三里塚闘争の参加報告を書く前に、いただいたコメントへのレスをまとめて書いてしまおうとしたんですが、新社会党を支持しているとおっしゃるまる・いさんのコメントへのレスが例によって長文になってしまいましたので、エントリーとしてあげておきます。

 何にでも真正面からお返事すると長文になってしまうのは当然のことですが、言葉は悪いけれども時には軽く流すことも必要かと思います。私にはなかなかそれができない(能力がない)ので、こうして「もはやレスではない」超長文になったり、時間的にそんなものを書く余裕がない時は極度の「レス不精」になってしまいます。今回もやってしまって、そんな両極端というのもちょっとどうかと自分でも思いますが、よろしければおつきあい願います。

>なによりも残念なのは、いわゆる「左派」に共感する人たちが、いわゆる「保守」の人たちには少しでも共通しそうなところがあれば賞賛する一方で、他の左派勢力に対してはいくらでも非難する材料を見つけてきて熱心に強調する、ということです。
>共産党と新社会党がいくつもの地方選挙で共闘し、国政や県議会レベルの選挙でも個々に協力しているケースもまた、いくつもあります。こうした積み重ねが、しばしば共産党に近い立場からの発言ではほとんど考慮されず、新社会党への敵意を露わにした言葉ばかりが並べられることには、しばしば悲しい思いをしております。


 共産党への指摘にとどまらず、まさに左翼全体にとって耳の痛い話ですね。保守や右翼とは思想を超えて仲良くなれる人でも、こと同じ左翼内で考えの違う人とは激しく罵倒しあう・・・よく聞く話ですね。いわゆる「近親憎悪」ってやつですかね。そうなってしまう心情もわからないことはないですよね。ただ、現在的に保守の発言でも評価できるようになったのは、単に自分が弱ってふらふらになっているから、保守の人がちょっといいことを言ったら、それにさえ飛びついているだけの話だと思いますがね。もっと元気なときは「欺瞞だ!だまされるな」くらいの勢いだったのに、病気の時に受けた情けは身にしみるよねみたいな(笑)。それはともかく、旧来の左翼にありがちな体質ということで考えてみました。そこでは近親憎悪みたいな感情的なこと以外にも、いくつか政治的な理由も考えられます。

◆共産党にとっての新左翼体験のトラウマ

 まる・いさんのおっしゃる「支持層はある程度重なるし、票をあまり持っていないし、共闘する相手としてあまり魅力がない」そして「社民党や共産党とあまり違いはないじゃないか、と常々言われている状況で、綱領で他党との考え方の違いを明示するのはむしろ必要なこと」というのは、実は共産党から見れば新左翼とも共通する特徴なんですね。

 その新左翼(主にブントについてですが)は登場当時、共産党中央からさんざんに統制された若い党員たちが、ついに新党をたちあげて独立したという経緯をたどっています。そしてそれに共感する部分が大量にそこに合流し、非常に短期間で成長していった。まさしくなだれをうつようにです。そのため、組織体制も資金も規模の急拡大に全くついていけず、そのことがあとからボディブローのように効いてくるわけですが、それはまあ別の話で、ともかく、その最初の数ヶ月は共産党中央にとって肝が凍りつくような思いだったと思う。その後も、彼らにしてみれば「共産党にくるべき人々がだまされて」、最初から共産党を素通りして新左翼に大量に流れていった。これはもう、徹底的に批判して、潰してしまわないといけない、断固として潰す、あらゆる手段で潰す、こと新左翼を潰すということについては絶対にあいまいな態度はとらない。共産党がそう考えたのも政治的なリアリズムとしては「正しい」組織戦術だったのかもしれません。

 また、新左翼側も共産党に対して妥協的な態度をとらなかった。そんなあいまいな態度ではおそらく潰されていたかもしれませんし、新左翼にとって共産党は、「左翼の理想をおろして敵と妥協した裏切り者」で、現象的には自分たちが分派でも、その旗は自分たちこそが継承して裏切り者の元から持って出たと思っていますからね。そういう文字とおりの近親憎悪があった。そこにもってきて、どうしても「他党との考え方の違いを明示」する必要がありますから、共産党を批判して、自分たちの違いを示し、「社共総評などではなく、自分たちの潮流にこそ結集せよ」という流れになる。そして特に登場初期においては、それに一定成功してきたという体験もある。もともとが非妥協的なレーニン主義の体質にプラスして、さらにこういった関係性が日本の左翼文化の土壌を決定していく。

 だから大昔の新左翼系のビラを読みますと、だいたいその最初の枕か最後の締あたりに、社共両党に対する批判がある。やつらを支持しても勝利はないからこっちに来なさいというわけです。これは党派によってかなり濃淡が違いますが、とりわけ「他党派解体路線」のカクマルなどは、権力と闘うよりもせっせと共産党批判ばかりしている特異な体質の党派(現場的には右翼となんら変わらない)でした。それで「共産党の新左翼批判」といえば、この新左翼の中では極めて特殊なカクマルの論調をもって、新左翼全体を代表させることがしばしばです。まあ、はっきり言ってそれは読者の無知につけこんだデマに近いと思いますけどね。

◆共産党自身がやってきたこと

 これは特に京都でよく聞かされる話なんですが、かつては(つーても大昔ですが)社会党の牙城だった京都が、いつのまにか共産党の拠点になっている。その経過で社会党の人はいつも「ひさしを貸して母屋をとられた!」といっていたわけです。社会党は革新共闘のために共産党と組み続け、居場所を与えてそれなりに気も使ったわけですけど、それは主流派政治というよりも、単にお人よしで貫徹力がなかっただけかもしれませんね。共闘というのはその中でどちらがよく闘うのかを競うという側面から見れば、本来の意味での正しい党派闘争の形態こそが共闘だと思うのです。そして社会党はその党派闘争に負けただけのことです。いつのまにか、京都の社会党はすごく小さくなって、共産党に全部地盤をとられてしまった。そういう体験的な反発もあって、京都の社会党内部は右派がすごく強い地区になっちゃった。

 もちろん、社会党を敵の側に追いやってしまった共産党の側も批判されるべきで、やはりそこにも主流派政治という観点はまったくない。まずは「正しい主張」を掲げて、敵か味方かを選別し、敵と選別したらあとは徹底的に叩くのみ。そういう少数派根性の政治を打っているようにしか見えません。社会党はこれに有効に反論して競わなかったし、お互いに批判しあいながらも、自民党に対しては共に闘うという豊かな関係を、どちらの党も作れなかった。

 共産党のやり方は、これもまた政治的なリアリズムとしては正しかったのかもしれませんが、いつまでもそういう発想しかもっていないと周辺からは嫌われて近親憎悪を拡大再生産し続けてしまう。新左翼並みに小さくてあまり相手にしてもらえない時代は、それくらいのトンガリ具合でちょうどいいと思いますが、やはりどこかの時点でそういう政治からは脱却しないといけない。共産党は過去の成功体験や失敗体験にとらわれて、そういう視点を失ってしまったように思えます。しかしいつまでたってもそういうトンガリ体質の党に国政をゆだねるなんて恐くてとてもできません。

 昔の共産党と社会党の関係を考えてみれば、まさしく今の新社会党と共産党との関係はそのミニチュア版だといえます。そして共産党は昔の社会党ほど甘くはない。絶対に「ひさしを貸す」ことはしない。そういうことだと思います。むしろどちらかといえば、小さいうちに潰してしまいたいくらいの(本当に潰しにかかるとは思いませんが)気分でいると思います。現在の社民党にとってもそう。自分たちにとっては何のメリットもないですからね。ただしある程度、新社会党が地方議員などを抱えて基礎票が読める地域では、これを取り込むメリットがあるので、調子よくそこでだけは共闘するということでしょう。この場合は実は少数派の新社会党のほうが多数派の社共にひさしを貸しているからこそ成り立っている関係なのです。ただしそれもまた本来の意味での共闘ではなく、単に切羽詰った少数派同士がやむなく手を組んでいるにすぎないように見えます。

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それでは、行ってまいります – 本日、三里塚現地総決起集会

昨年の3・29現地集会にて

 <昨年の3・29現地集会にて>
「第3誘導路」計画粉砕! 団結街道廃止許すな!
現闘本部の破壊を阻止し、市東さんの農地を守ろう!
改憲阻止・軍事空港建設粉砕!


3・28三里塚 全国総決起集会

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【日時】3月28日(日)正午より集会 15:00よりデモ行進
【会場】成田市天神峰 反対同盟員所有地
【地図】http://bund.jp/md/mygmap/?cat=1&id=61

【主催】三里塚芝山連合空港反対同盟
(連絡先) 事務局長・北原鉱治 成田市三里塚115
(E-mail) otayori@sanrizuka-doumei.jp
(Web) http://www.sanrizuka-doumei.jp/

※京成成田駅からタクシーで「東峰十字路のローソン前」まで相乗りで割り勘(総額3000円ほど)がおすすめ。
※私は個人参加なので「三里塚闘争に勝手に連帯する有志の会」の皆さんに合流させていただきます。他にも個人で来られる方がおられましたら、会場でのぼりをたてていると思いますので、お気軽に合流してください。

【反対同盟の呼びかけ】

 全国の労働者、農民、闘う仲間のみなさん!反対同盟は3月28日、成田市天神峰において全国総決起集会を開催します。
 反対同盟は、44 年間不屈・非妥協の闘いをもって、敢然と決戦を挑む決意です。3・28全国集会は、2・25判決闘争の勝利を引き継ぎ、「第3誘導路」計画粉砕、団結街道・現闘本部防衛、市東さんの農地死守の決戦陣形をうちかためる総決起集会です。大結集を訴えます。

以下、招請状の全文を紹介します。(PDFファイルはこちら)

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招請状
 <2・25現闘本部判決公判闘争>


 沖縄の基地全面撤去の闘い、動労千葉を先頭とする国鉄決戦と一体のもとに、三里塚闘争は政府権力・空港会社との激しい攻防に突入しました。

 2月3日、空港会社と成田市は、天神峰の市東孝雄さんに対して「第3誘導路」計画を口実に団結街道(成田市道)を廃道とする旨を通告しました。これはあからさまな営農妨害による移転の強要であり、現闘本部の強制撤去攻撃です。通告の直前には現闘本部わきの竹林を伐採して整地作業を強行し、2・25仮執行宣言付き判決をもって、解体攻撃にふみこむ構えだったことは明らかです。

 しかし仮執行宣言(強制執行)判決の策動はものの見事に粉砕されました。団結街道と現闘本部を守り市東さんの農地強奪を粉砕する攻防の緒戦で、反対同盟は敵の計画をガタガタにする勝利を勝ちとりました。地上権をはく奪した仲戸川隆人裁判長(千葉地裁民事第5部)の不当判決に対しては直ちに控訴し、廃道のための迂回道路の取り付け工事と対決し、成田市議会に対する弾劾・追及行動に決起しています。

 全国の労働者、農民、闘う仲間のみなさん!
 反対同盟は、44年間不屈・非妥協の闘いをもって、敢然と決戦を挑む決意です。3・28全国集会は、2・25判決闘争の勝利を引き継ぎ、「第3誘導路」計画粉砕、団結街道・現闘本部防衛、市東さんの農地死守の決戦陣形をうちかためる総決起集会です。大結集を訴えます。

 恐慌がもたらす底知れぬ危機の中、自民党による政治支配が崩壊して登場した鳩山政権は、トヨタと普天間に象徴される日米対立でますます危機と混迷を深め、攻撃を激化させています。なによりも沖縄の基地強化、財政危機のなかでの消費増税、公務員3万5000人の削減、そして国民投票法の5月施行・改憲攻撃です。300万農家を40万戸に激減させる改悪農地法が施行されました。戸別所得補償は減反協力とFTA(自由貿易協定)推進が引き替えです。資本による農業からの収奪が進行しています。首切りと賃下げ、教育、医療、年金、社会保障などすべての分野で、むき出しの攻撃が襲いかかっています。

 三里塚闘争は44年間、農民殺しと闘い続け、国策=成田空港を破たんさせて航空政策の転換を強制しました(前原国交相の「羽田空港ハブ」発言)。戦後の枠組みの抜本的な転換をかけて、東アジアに延命の道をみいだそうとする鳩山内閣(東アジア共同体構想と軍事基地化)の前に敢然と立ちはだかっています。

 国と資本による収奪があらゆるところで強まる現在、いまなお国策を不屈に阻み続けている三里塚闘争は、人々の未来をともに切り開く普遍的な闘いです。それゆえ三里塚は、労農連帯の旗のもと、全国の反戦・反核・反権力、反差別などの広範な市民運動・住民運動が結集する共闘の砦として発展しました。三里塚闘争に対するなりふり構わぬ攻撃の背後にあるのは、政権の危機と人民の決起に対する恐怖です。

 労働者、農民、学生、人民の力こそが、新たな時代を切り開くことができるのです。ストライキで闘う動労千葉、沖縄や関西住民、韓国やアメリカをはじめとする全世界の労働者と連帯して闘おう。

 いまこそ資本と権力による分断をうち破り、「空港絶対反対・一切の話し合い拒否」「農地死守・実力闘争」「空港廃港」の闘争原則のもと、3・28全国集会に総決起されることを心から訴えます。

 2010年3月1日

オレの弱さは半端じゃねえぜ!

曽野綾子「天上の青」
 情勢はどんどん動く。このブログもそういう動き続ける情勢についていかねばならんのかなと思う。そのための一番楽チンな方法は、日々の政局なんかのニュースを毎日とりあげて、それに短い論評をつけていくニュースサイト方式かな。きっとそうしたほうがアクセス数もあがるんだろうな。

 けどそれじゃあ、自分自身のモチベーションが保てない。政局ニュースとか毎日やってたら、やってるうち絶対に「どうでもいいや!こんなの」と思ってしまうだろうな。そんな自分がいいとも、ましてや「高尚」だなんて露ほども思わないけど、ホントそういう生の政治とかダメなんだよね。興味がわかないを通り越して嫌いなんですよ。ずっと前にも書きましたが、私は「蝶を追う人」ですからね。「青い鳥を追う人」の現実とはズレちゃうんでしょうね。

 ここんとこは特にそうで、政治的な文章とか本とかも読めないし、もう脳が受け付けない。元来がそうなのに、無理してたんだと思う。ここ数ヶ月で読み終えたのは、天童荒太さんの『悼む人』、曽野綾子さんの『天上の青』くらいかな。両方とも読み終えてからすぐにもう一度、今度はゆっくりと読み直したから、何ヶ月も楽しめました。今読んでいるのは立花隆さんの『臨死体験』。これはこれで面白い。同名のNHKドキュメンタリーでの取材から生まれた本なので、本とテレビの情報加工の違いなども比較できたのも興味深かったです。でもやっぱり『宇宙からの帰還』のほうがおすすめかな。

 『天上の青』などで曽野さんの小説に登場するクリスチャンやその宗教観は好きです。思わずクリスチャンでもいいかなと思っちゃう(笑)。こういう小説を書く人が、なんで世界中から非難されているチリの虐殺者ピノチェトやフジモリをかばうのかなあ。『天上の青』でも、クリスチャンの波多野雪子が連続殺人鬼の宇野富士男と心の交流を持つんですよ。雪子は富士男を「教え諭す」のではなくて、すべてをありのままに受け入れ、同時に受け流し、非難せず、自然体で愛そうとします。「どこのどんな人なのか」を詮索せずに、目の前にいるありのままの富士男に、ありのままの自分で接する。だから富士男の毒にも染まらないし、富士男のほうが驚いて自然に心を開いてしまう。どこかで同じ寂しさをもつ二人ですが、でも決して雪子は富士男を受け入れつつも迎合することはないんです。男女の関係にもなりそうでならない。

 本当のところはわかりませんが、その深い情感のこもった交流と、現実の曽野さんのフジモリとの接し方は随分と異質なもののような気がします。極めて政治的というか、生臭く感じてしまいます。小説後半に富士男が逮捕されてからの、雪子と富士男の長い手紙での交流の中でも、雪子は富士男に殺された被害者やその家族のことを忘れてはいない。ただ、被害者でもない自分が富士男の人格を否定するような、安っぽい正義をふりかざさないだけ。富士男を呼び捨てにする権利があるのは被害者の家族だけで、自分にはないという。そんな雪子は人間としてとても魅力的で感銘を受けます。でも現実の曽野さんは、フジモリの責任で殺されたり、一生を台無しにされた罪なき人々のことを忘れないで彼と接していたんでしょうか。曽野さんの心の中は曽野さんにしかわかりませんが、ただ政治にのめっちゃうと素朴な良心や魂の眼が曇っちゃうのもよくある話なので、私もくれぐれも気をつけないとと思います。

 その前に読んだものでは日系イギリス人の作家、カズオ・イシグロさんの『日の名残り』がよかったです。これは映画化もされているらしくて、そちらは見てないんだけど、やはり一人称で語られる主人公の心理描写が直接的でない「わかりにくい」ところが胸にせまってくる、決して言葉通りに受け取ってはいけないところがいいのであって、これを映像で「わかりやすく」されてしまっては、とりわけイギリスの伝統文化やその美学をバックボーンとして共有していない者にとって、魅力半減ではないのかと思います。

 特に後半でスティーブンスが主人のために、どうでもいいような客のどうでもいいような接待のために廊下に立ち続けるシーンが延々と描写されます。これがこの小説のクライマックスみたいなものだと私は思うのですが、このどうでもいいような長い描写の最後の最後に、「この夜が執事としての私の人生の中で最大の試練だったのです」という意味の一行があるのを見たとき、一気にスティーブンスの心情がどっと流れ込んできて衝撃を受けました。そこからラストの「時計の針は元には戻せないもの」という、それだけ読めば一見ありきたりのケントンの別れ際の台詞がしみじみと胸にしみて迫ってくる。これを映像でどう表現しているのかなあ。よほどの名優と名監督でないと表現できないか、極めて陳腐になってしまいそうに思うのですが。

 まあ私って、本当はこういう開いた口がふさがらないような鼻持ちならない文章ばかり書いていたい人なんですが、こういう話と政治の両方について、それなりに語れてどちらも一流と言えるような文章を書けたのは、トロツキーと三浦小太郎くらいかな(笑)。私はそのどちらも書けないから困ったもんですが。さらに三浦さんは漫画評も書いていて、それも面白いからなあ。まだ書いておられないのはアニメとゲームくらいか。そのトロツキーと三浦さんの最大の違いは、トロツキーは私と思想的に近いけれども、おそらくそばにいたら我慢ならない嫌な奴だったに違いないと思うが、三浦さんは思想や考えは私と反対だが、きっとそばにいても心地よいくらいの好人物だろうということかな。麻生マンガ太郎なんてのが過去にいましたが、ありゃ単にマンガ週刊誌読んでるだけで、別にそれは悪いことではないけれど、それ以上に特になんかの文化的な素養があるわけでも、ましてや「オタクの味方」なんかでは絶対にないですよ。

 本当は今日はね、「あ」さんへのレスシリーズからの流れで、共産党員でもある土佐高知さんのブログ(プラスそのコメント欄)で交わされている党組織論の議論について書こうと思っていたんですよ。大切な話だと思うし、GOあるみさんもエントリーあげておられます。私もエントリーをあげて議論をネットで横断的に広げていければ、そういうのが本来のネットの議論だと思うのですね。「勝ち負けゲーム」のくだらないエセ議論ではなくて。で、その枕として、政治というのはそれ自体が自己目的化して存在するのではないというようなことを書こうとしたら、こんなになっちゃった(笑)。

 つーかもう最近、小説つながりで表現すれば太宰治のトカトントンでね。土佐高知さんとこのコメント欄(に限らないんですが)の中でも「~なのである」式の大上段にふりかぶった書き方をしている人を見ますと、ずっと頭の中で「トカトントン」ですよ。大切な話だとは頭ではわかっちゃいるんですけどね。どうも人間は、「頭」と「心」と「体」とそれに「下半身(爆)」がそれぞれ密接に関連しあいながらも別々の生き物らしいです。その中でも今は心が弱っているというか、単に生命力が低下しているだけかもしれませんが、ちょっと引きこもりに近い心情になっています。大げさに言えば、人恋しいくせに、他人とコミュニケーションがとれない感じ。なんでだろう。絶対にそれをしないとヤバイような簡単なことだって、なんかどうしても体が動かないです。これがあんまり長く続くとまずいなあ。3・28三里塚闘争からなんとか脱却していかなければと思う。

 基本やはり私は論理や理屈が先にたって動くような頭でっかちな生き方はできないんだと思う。そういうものは後からそれが必要だからついてくるものだと思っている。三里塚で言えば農民の現実があって、それを許せるか、こんなことをしてしまう国家っていったい何なんだというところからすべてがはじまる。じゃあどうするのかという段になって、はじめて理屈が(後から)ついてくる。政治や思想は宗教じゃないんだからそれでいいと思う。それこそが本物だと思う。おかしいことはおかしい。それをおかしくないという屁理屈に意味があるとは思えないのです。だからもう一度その原点に戻って、徹底的に素朴実践主義の境地から再度はじめてみたいと思います。

 以前にマザーテレサの言葉を使ったエントリーで、三浦さんから「そういう発想の人はかえって残酷になりうる時もある」という指摘もうけましたが、大丈夫です。私はどんな方向にしろ、残酷になりうるほど強くないですから。弱くていい。「頑強なまでに弱く」ありたいと思います。弱いからわかることもあるし、寛容になりうることだってある。これからも、ちっとも立派な人じゃない、みっともない姿をさらし続けます。愚民左派(=バカサヨク)代表として頑張る『旗旗』をよろしくお願いします。ただ、邪魔にはならないかわりに、万が一にも頼ったり、あてにしちゃあダメよ(笑

自然な正義感が出発点にならなければいけないと思う

「あ」さんへのレスに便乗して、普段から考えていることをこの機会に書いてしまおうシリーズの三部作、今回が最終回です。第一回はこちら第二回はこちらにあります。

写真素材 PIXTA
(c) har.s写真素材 PIXTA
◆共闘関係の原則について

確かに、一つの党とは限らない。我が党だって「民主連合政権」って言ってますよ。んじゃ、実際に今の日本の現状で手をとる相手がいるか?
社民党は右転落。9条の会、新社会党の手先、綱領に我が党を批判する記述あり。これじゃあねぇ、って気もします。
我が党を批判しないのなら、手を組みますよ党は。しかし面と向かってうちの党に喧嘩売ってたり、ことあるたびに右転落する党を見ると・・・


 こういう文章を普通に書く「あ」さんの感覚からは、「え?!」と思われるんでしょうが、「わが党を批判している?だから何?なんで一緒にやれへんの?」と思います。

 私は大衆運動の目線で見ていますから、政党同士の合従連衡などについては、あんまり言うことはありません。それぞれの党の判断ですからね。基本は口出ししませんが、感想として言うならば、共産党は共闘実現の責任を、ちょっと相手にばっかり押し付けているような気がします。「共産党に対する批判を降ろせ、さもなくば一緒にやれない」って、どういうことよと思います。

 もう少し詳しく書いておきます。たとえば新左翼同士の共闘なんかだと、まあこれは昔の極端な例なんで一般化はできませんが、集会場ではお互いの発言に拍手と怒号が交差し、会場の周辺では、集会参加者同士があちこちで相手を批判する激しい討論を大声でしてたりとか。それでもいざデモに出る時にはお互いにスクラムを組んで、権力の前ではかばいあいながら共に闘う。そんなもんでしたけどね。私らに言わせれば「そういうのっていいよね」ってな感覚でしたね。ロシア革命とか、いろんな勝利した革命の高揚期には、それこそ国中がそういう討論の坩堝だったと思いますよ。「民衆がこぞってわが党を支持しはじめる」的な革命イメージを持っているんなら、それはちょっと違うと思う。

 そもそも「課題の一致」、「行動の統一」、「相互批判の自由の保障」、この3つが共闘の大原則でしょう。党内で執行部批判ができないとか、そんなのは内部の問題ですが、共産党は共闘相手にまで自党に対する批判を許さないんですけど、それっておかしくないですか?方法が打撃的な場合は「空気読め」って言うかその点を非難してもいいけれども、基本は共闘現場での批判に対しては、共闘現場でそれに反論すればいいことです。「けれども、この点では一致できるからそこでは共に闘おうよ」と言えばいい。それが共闘ってもんでしょ?それを否定して「わが党を批判しているから共闘できない」ってんなら、ありとあらゆる共闘なんでただの一つも成立しません。なんにも批判することがないなら党を統一するか、共産党に入党してしまえばいいだけの話ですよ。

 要するに本音の部分では、共産党の運動の作り方として、「思想信条は関係ありません。諸要求貫徹です」という路線で大衆を緩く包摂し、コツコツと自前の勢力を作ってきたから、自分がかかわるテリトリーの中で、自分に対する批判が普通に語られたりすることを許容できるような構造になっていないという理由につきる。つまりそういう相互に風通しよく議論が交わされるような場所に出たくないし、まして自分のテリトリーにそういう奴らを入れたくない。そういうことじゃないですか。けどもうそろそろ、そういう囲いの中の「共産党系」を増やすことばかりじゃなくて、自派系列の温かい部屋の中から、風に吹かれて打って出ればいいのにとも思います。排除と囲い込みと純化の「孤高」ばかりでは、もうこの先は頭打ちなんじゃないかなあ。

◆悪政をストップさせることが第一

 私はね、四面楚歌まではいかなくても、周りから冷たい目で見られるような関係の中でも、そこに自分たちから飛び込んだり、そこで自分たちなりに共闘の成功のために努力し、説得に努めたたなんて経験はいくらでもありますよ。そういう私から見たら、共産党の言い方はずいぶんと甘えた勝手なものに見えますね。

 つまり共産党が言っていることはね、「お前の党の路線や主張を変更せよ、さもなくば協力はできない」ということです。共闘集会の発言や実行委の会合で、新社会党が共産党の路線とか政策を攻撃しはじめたんなら、そりゃあさすがの私だって怒りますけれども、「あ」さんの説明だと、むしろそういうことをしているのは、共産党のほうに見えるんですけどね。まあ、まだ政党同士なら口を出すことではないかもしれませんが、たとえば市民運動家とかから見ればどうでしょう。自分が同じことをですね、自分の1万倍くらい大きな組織から言われたら、相手にどういう印象をもちますか?そういう「圧倒的な大組織」である共産党の態度が、ずっと小さな少数派から見てどんなふうに見えているか、それを考えたことがあるのでしょうか。あげくの果てに「反共勢力」呼ばわりとかされちゃうわけで、「共産党」という名前はそのレッテル貼りのためにだけ残しているのかと。

 何より言いたいのは、そういう大組織や政党の思惑とか都合の中で、地域の市民運動や大衆運動の人は翻弄されっぱなしになるということです。もう、「そんなことはどうでもいいいいいい!!!自民党と闘う気があるのかないのか!!」と机ひっくり返したくなりますよ。共産党と末永いおつきあいをするためには、現状では、結局はマスコミが言うところの「共産党系の市民団体」になるしかないんです。前のエントリーで「主流派政治」「横綱相撲」をお願いすると言ったのはそういうことなんですよ。

 京都では確か城陽市だったかな、保守系の反主流派と共闘して、市政を奪取したことがあったじゃないですか。それははっきり言ってあんまり評価できなかったけど、要は市民が第一、国民が第一、悪性をストップさせることが第一でしょ?それが回りまわって結果として共産党の評価につながっていくんですよ。だいたい常々共産党をさんざん批判している地方の保守派とさえ共闘できるのに、左翼内部では「わが党を批判しているから」共闘ができないなんてそんな馬鹿なことがあるものか!と思います。共産党を批判することと、共に闘うことは両立すると思うんですよね。そのあたりをちゃんと見定めてほしいなと。

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自分の考え一色で世界を染めようとする発想が人々を不幸にする

傲慢 前のエントリーに続いて、「あ」さんへのレスの形で書いてみたいと思います。どうも「あ」さんのコメントが、私がこのブログを書き始めたテーマそのものに触れる点が多いので、それへのレスに便乗する形です。今晩か明日にもう一本あげます(三部作?)。それでしばらく「『あ』さんへのお返事シリーズ」はお休みにさせてください。3・28全国集会にむけて三里塚のことも書かないといけないし。

◆「おもしろい」ブログにするのは難しい

 ところで、他の人のブログとか読んでいましてね、「ためになった」とか「勉強になった」というのとは別に、「おもしろかった」と思うのは、まず文章のうまさや読ませ方というのが一番大きくて、最終的にはそこに還元されてしまうんですけど(だからこそ文章のプロというものが存在する)、それが同レベルだった場合、つまり素材の問題としてはまず、その人の個人的な経験とか人生、つまりその人だけが知っている事実というのが一等おもしろい。特に同じような体験を共有していると最高。私にとっては書評などもここに含まれるかも。次がマスコミとかで報道され誰もが知っていてかつ興味のある話題。そして一番おもしろくないのが、その人の個人的な観念や理屈が抽象的に書かれている文章です。こういう「お説教」はよほど面白くないと、途中で別のサイトに飛んじゃいますね。で、今回は基本的にそういう「おもしろくない」部類のエントリです(自爆)。できるだけ個人的な体験や具体例をまじえて退屈されないようにはしたつもりですが、さて、どうでしょう。

 しかし政治系のサイトで「おもしろさ」を追求するのは難しいんだろうな。基本は読む人が努力するのが当たり前の分野だから、ネットというかブログ文化にはなじまないんでしょう。政治系のブログランキングとかを見ても、上位にくるのはみんな特定の政治傾向を極端に強調して見せる芸風のみなさんか、同じ傾向を持つ人が喜ぶような情報だけをかき集めてコンパクトに提供するサイトばかり。つまり同じ傾向を持つ人が「読んでいて気持ちよくなる」麻薬的な効果を狙った短文系のサイトが多いですね。安易な結論に飛びつかず、読む人に「考えさせる」サイトは一般的に苦戦しています。つまりまだまだサブカルの世界が主流なわけで、これではいつまでたっても「ネット発」が現実政治に力を持てないはずだわ。

 あくまでも本や新聞などの活字は基本だけれども、それにネットやテレビなど、すべてに一長一短があるわけで、それらを使い分け、あるいはクロスさせて考えるのが当然と思います。けれど、「ネットにこそ真実がある」とか「ネットを見て本当のことを知りました!」とか言っている、「ネットこそわが世界」な人を客層にしないと、これからの政治系サイトって難しいのかなあ(参考⇒「曲がり角の保守系論壇誌、過激にあおる雑誌台頭」)。まあ、私には無理だわな(苦笑)。

◆言論市場の生態系

 ああそうそう、「あ」さんのコメント投稿についてでしたね。

> 「自分の考え一色で世界を染めることがよくない」。
> 私にはわかりません。みんなそれを目的として党派活動をするんじゃないんですか?
> 私には権力側の「分断」にしか思えません。
> バラバラにすれば、奴らの思い通りにできるじゃないですか。共産党に結集させない行動にしか思えないんです。


 正確に言うと「染めることがよくない」のではなくて、「染めようとする発想がよくない」つまり「我こそが正義なりというという発想がよくない」ということなんですが、うーん、なんて言うかな。まず抽象的なたとえ話からはじめると、思想とか言論というのにも生態系みたいなもんがあって、「正しい」草花一種類だけにして、それ以外を全部引っこ抜いちゃうと、虫とか動物とか(=人民と読むべし)は住み着かないというか、本人の意図とは裏腹に、かえって荒れ果ててしまうと思うんです。左翼森や右翼森の住人は、一生懸命にそんなことばかりやってきて、どの草花を残すかで喧嘩ばっかりしているもんだから、ものすごく魅力のない平板な森にしてしまったんじゃないかなあと思っています。まっ平らに整地された地面にロシア流マルクス主義の大木が一本だけ生えている光景だけじゃなくして、その周りにアナキズムのお花畑が広がってたって別にいいじゃんというか、それはそれでまた癒される光景で、人や虫も大木の下に集まってくるということもあるのではと。ファシズムみたいな毒草を抜くのはそういったことの中で考えていってもいいかなと。

 あと、もう一つは、前のエントリーで書きましたが、圧政を倒すための革命ではなく、革命後の政権が比較的安定した時代に、他ならぬその革命政権によって多くの人が殺されたなんて場合のことですね。それをなんかポルポトなりスターリンなりの個人的資質として、彼の正体は実は尻尾の生えた悪魔で、私利私欲を満たすためにその本心を隠し、地位をすて勉強して共産主義者になって命がけで革命をしたなんて言うと、なんか複雑怪奇な話なんであって、むしろ彼が理想に燃えて人々を救おうと考えたせいで、そのためにこそ多くの人が死んだのだという流れのほうが理解しやすいわけなんですよ。あと、「途中から変節した」というある意味一番わかりやすい別バージョンもありますが、それについては今までも何度か書いていますので、今回は置きますけれども、理想のためには、あるいはそれに敵対する「わる者」を倒すと考えた時にこそ、人はいくらでも残酷になれるというか。それは別にスターリン主義に限らないわけですけど、スターリン主義の場合はそういう側面がより強く出ているので、左翼としてはよく考えないといかんと思うのですね。それとやはり思想の左右にかかわらず、「我こそ正義なり」という発想からは脱却すべきかと。

◆党派の常識と個人の常識

 さて、たとえ話ではなくて具体的なことを書いていきますが、まず第一に、私は「党派活動」をしていません(笑
 だからそのあたりで、「あ」さんと感覚が違うのは仕方がないです。前のエントリーで「『あ』さんが嫌う『ニセ左翼』の党派の人間のほうが、私より『あ』さんの感覚に近いかもしれませんよ」と書いたのはそういうことです。自民党のような利権的保守政党ならともかく、共産党のような革新政党が、自分たちの理念で周囲を染めていこうとするのはむしろ当然だし、そこで「いやー、わが党の主張もひとつの考えにすぎないし、違う考えでも別にいいんだけどね(へらへら)」とか自信のないことを言われたらずっこけますよね。まあ、そのほうが外部の人間にはおつきあいはしやすいですが(笑)、そんな党派性がないことをもって党派性にしようとするようなとこに人生かけようとは絶対に思わない。

 つまりね、私もかつては小なりと言えども「党」に属していた人間ですから、「あ」さんのおっしゃる疑問はとてもよくわかるのですが、現在的には個人である私に「よし、おまえの言うことはわかった。全面的に同意する。具体的にどうしたらいいか教えろ」とか言われても困るわけですよ。そんなん自分で考えなはれというか。レーニンが著書の中で「もはやいかに生きるべきかを教えるだけでは足りない。いかに死すべきかを我に教えよ」という労働者の言葉を引用して、党の負うべき責任を説いていて、当時の私は戦慄したもんですが、今の私には到底そんな責任は負いきれないのです。当然ですけど。

◆「正義」とは相対的に存在する不安定なもの

 第二に、「真理や正義という概念は相対的にしか存在しない」ということ、そして「人間の考えは常に間違っている可能性がある」ということは常に心にとめておく必要があると思います。「相手よりは自分のほうが相対的に正しい」という主張は当然にあります。けど、自分が絶対的とか「科学的に」正しいとか真理だとか正義だとか「歴史の進歩」だとかいうのは、神ならぬ人間の考えとしては思い上がりだし、かえって無責任です。そういう宗教的なことを言っている人に限って、あとから「あれは真理ではありませんでした」と今初めて悟ったような顔で開き直ってしまうのはよくある話ですが、そうではなくて、最初から「主観」であることを認め、党を名乗るんだったら間違っているかもしれないその主観に責任を持てということです。だいたい、そんな宗教的なレベルで「正義」を語るから、内ゲバだっておこるし、「在特会」のような人間がでてくるし、「あ」さんが大学で経験したような嫌な思いをする人が出てくるんではないでしょうか。

 その「あ」さんの体験談で言えば、今は多少は嫌な思いをする人がいても、いつか自分たちの革命が成就して、みんなが幸福になった暁には、「あの時は反発したけれども、今となっては彼らが正しかった」といずれはわかる日がくる。そんな感覚になっちゃうんじゃないでしょうかね。もちろんそれは共産党の人にだって言えることで、自分と考えの違う他の左翼の主張が、自分の主観と並立する別の主観ではなく、「ニセ」だったり「人民の敵」とか「権力の手先」に見えちゃうことになるんじゃないですか。「自分が一番正しい」。政党がそう主張するのは当然です。けれども、それが「他とくらべて」を超えた「絶対的な真理」だとか、そういう発想は捨てるべきだと思いますね。このことは共産党に限らず、「党」とか政治的な団体の方々には是非忘れないでいてほしい。

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人は自分が批判しているものにどんどん似ていくの法則ー「あ」さんの投稿を読んで


 ●回想・全共闘 ////
 「あ」さん。はじめてご自分の気持ちをぶつけてこられたように感じられて、嬉しく思います。
 私だって毎日の生活は苦しいですし、「畜生!」と思うことなんていくらでもあります。そこで愚痴っているだけではなく、社会の変革に取り組んでいるおられることに敬意を表したいと思います。

 学生時代に「ニセ左翼」とぶつかって、嫌な思いをされたことがあるのですね。それで新左翼系全般に偏見なり悪意を抱くようになったのですね。それは仕方のないことですね。私だって、「あ」さんとは逆ですが、学生時代に、「5対200」くらいで共産党が多数派の場所では、ごく普通にそれこそただビラをまいていただけなのに、共産党に随分と非道な目にあわされました。だから共産党がいくら「正しいこと」を言っても心の底ではなかなか信用できませんし、当事のことを思い出しますと、いまでもはらわたが煮えくり返ることもあります。

 人間ですから、お互いにそういうのって仕方がないんですよね。そういう個人的な経験とか感情はね。もう、そういうのってこれからは根絶したいし、互いの頭を叩き合うことなんてしたくないとは思いますが、私の周辺でも、ある党派の呼びかけとかは正しいし、今はいっしょにやるべきだと思うけれども、かつてその党派との間で嫌な思い出があるからやりたくないなんてことは、いくらでも見聞きします。それがたまたま私の場合は共産党(とか中核派)に対してそういう思い出があるというだけの話です。そういう感情を持つことは責められないと思いますし、誰かを責める気もありません。

 ところが私のそういう個人的な感情が文章の端々に出るのでしょうね。非左翼の左派の人に言わせれば、私は「共産党に批判的」なんだそうです。ですが私はただ国会に議席を持つ公党に、「国民の一人」としてその時々の意見や要望を持つだけの「革新浮動層」の一人にすぎません。幅広く解釈すれば世の中の3割はそういう人だと思うのですが、どうもネットでは支持かアンチか無関心の三つ以外の態度は認めてもらえないみたいで窮屈に思っています。批判的って言ったって、私の場合は「批判的に期待している」つもりなんですがね。そして期待と支持はまた微妙に違うわけで、人の気持ちなんてそんなもんでしょう。

 それはともかくとして、「あ」さんは大切なことを思い出させてくれたと思います。それは簡単に言ってしまえば「人は自分が批判している相手にどんどん似ていく」の法則なんですが、それだけ書くと「あ」さんを「オマエモナー」と揶揄しているように誤解されかねませんので、少しくわしく書いておこうと思います。

 まず、わかりやすい例で言いますと、たとえば旧ソ連や北朝鮮で、共産党にものすごく嫌な思い(ではすまないが)をさせられて、「共産党なんてみんなとんでもない奴らだ。あんな奴らが世の中を少しでも良いほうに変えるなんてできっこない」と言う人がいたらどうしますか。「あ」さんが新左翼全般に対して言っているのもこれと同じことなんですが、こういう時に人が言うことって、主張の左右にかかわらずにあんまり変わらないパターンがありますよね。

 たとえば「オレとは関係ない」からはじまって、当初の思想や方向はよかったが「やり方が悪かった」とか「指導者に能力がなかった」とか、または「本人はいいことをしようと努力したが周囲(や他国など)が悪かった」とかね。そして最後に、「あれは真の○○主義の姿ではない」とか「裏切り者だった」みたいなところに落ち着いて、「オレたちこそが真の○○主義者だ」という流れになる。これは戦前の天皇制ファシズムなどの愛国主義を批判された時の右翼から、スターリン主義の実態を批判された時の左翼まで、少なくともパターンとしては全く同じ。私はそういうのは「死ぬまで言ってろ」としか思えないですね。つまり満足できる回答ではない。

 そうではなくて、もし「やり方が悪かった」というなら、なんでそういうやり方が出てきたのかを深く考えないといかんでしょうと。こう言いますと、だいたいの人が当事の政治力学とか個人の資質とかに還元してそれを論じるだけで満足してしまい、やっぱり「やり方」とか「周囲の人間(や他国)」とか「特定の誰か」が悪かったで、すべて理解したような気になっている。アホかと思う。確かにそういう表層的な「政治」のレベルでの分析は出発点だし、必要不可欠なものだけど、その出発点だけで終わっている。

 つまりそういう「やり方」が発生して是とされる「思想」のレベルでの検証がない。そのことをよくよく考えていけば、実は個人であれ組織であれ、自分(たち)の中にも、自分がそうやって批判している相手と同じものを、内部に抱えていることに気がつくはずなんです。それに気がつかないで批判している人は、結局は相手と同じ土俵で闘っているにすぎない。だから部分的にでも相手を打ち負かして覇権を確立した場合には、今までさんざん批判していた相手(の一番悪い部分)とそっくりになってしまう。そんなに大きな歴史的な問題でなくても、現在のネトウヨさんたちのやっている言動が、私(たち)から見れば極めて北朝鮮的な体質であることは、すでに多くの人が指摘しています。

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「障害者」は同じとか違うとかの話-私がであった人たち

前のエントリーに対する三浦小太郎さんのコメントにレスを書いていましたら、長くなっちゃいましたので、例によってエントリーとしてスピンオフいたします。できるだけ先に前のエントリーと三浦さんのコメントに目を通してからお読みください)


<以下本文>

 三浦さんの視点も一つの切り口として、書いておられることに異議はありません。というか、新左翼系はむしろ「障害者」と健常者を社会的に「違うもの」として、対立的に論理を構成することが多かったくらいではないかな。私はそれも間違っているとは思わないです。その上で、また違う切り口というか、私の狭い体験で語れば「違う」も「同じ」もどちらもその通りだと思うのです。そのあたりの理屈はあんまり深く考えていないのです。重要な論点だとは思っていないというか。自然体で考えればいいじゃんというか。

 これは適切なたとえであるかどうかは迷いますが、男と女だってもちろん違う。違うんだけど同じ人間であることは変わりないでしょうという。「同じ」を強調しすぎると欺瞞になるし、「違う」を強調すると差別を正当化することになる。そのことは三浦さんもわかって書いておられるんだろうと思う。でも、実際には「同じ」→「同じなはずなのに××」という側面から考えたほうが現状では正しい結論になることが多いと思います。

 つまり基本的に、人種、性別、国籍、門地、など本人に責任のない事実で生存権保障やその他の事項で不利益な扱いをするのは差別であるというのが原則だと思う。だから私に対するのと全く同じに扱われた結果として「障害者」に年金が支払われるのだと理解しています。まあここまでくると、「違う」も「同じ」も論理の入り口にすぎず、どちらから入っても同じ結論を導けそうですが、今回はそのあたりの論理とか理屈の話はまあいいです。ここはそういうことを語るブログではありませんしね。

◆学生時代における出会い

 狭い個人体験であまりわかったようなことを書くのが嫌なので言わなかったけれど、先のイブン・ハキームさんのコメントに対するレスで書いたのは「障害者」とのおつきあいの中で実際に思ったことです。
 私がいた一つ目の大学には福祉系の学部があった関係で、全学生の1割が「障害者」だった。キャンパスに「障害者」がたくさんいたし、その他に福祉系のサークルなどもたくさんあり、養護学校の子供たち(主に知的「障害者」)とか、大学とは直接関係のない子供たちや若者も含めて、常時大勢の「障害者」やボランティアがいました。常に視界にあるといっていい状態。そうなるともう、同じも違うもくそもない、学内外を含めてもうそれが日常生活なんですね。違うけど同じ、同じだけど違う。ごく自然なんです。

 わかったようなことを書きたくないという意味は、これは大学という閉じられた空間の中でのことであって、生活上も施設は最新式のバリアフリー。手話通訳者をはじめとして、周りにいる人は全部ボランティアみたいなもの。そしてここにいるのは、まだ大学に行ける程度には比較的恵まれた部類の「障害者」だったということです。一歩社会に出れば、その諸関係の中でまた違う現実がある。私はそれを充分に知らないわけですが、トイレにさえ簡単にはいけないわけです。大学なんて夢のまた夢みたいな生活をしている「障害者」だっている。

 もちろんそういう社会的なことを考えたり訴えたりしている人もいましたが、そういうのは左翼系が多くて、まあ、そのへんが左翼系の果たしてきた(もしくは果たすべき)社会的な役割かなと思っています。三浦さんには申し訳ない(のか?)し、今はどうかは知らないんですが、こういう時に右派の人って社会問題として考えることができず、「恵まれない人に愛の手を」とか権利の実現ではなく「施し」みたいなことしか言えない人が、当事は多かったかな。それじゃ「障害者」はうつむいて生きるしかなく、前をむいて自分の人生を生きようとすると叩かれるようになってしまう。

 しかし考えてみれば、あらゆる施設がバリアフリーで、そのへんを歩いている人がみんな当然にボランティアみたいに手を差し伸べて、差別的な言動は非常識あつかいされるのが当たり前。それくらい、みんながやろうと思えば今すぐにできる程度のことばかりですよね。そういう場所って、きっと「障害者」に限らず誰にとっても居心地のいい社会だと思うのですがねえ。どちらにせよ、あれはあれで貴重な経験だったと思います。

 余談になるけれど、この頃の思い出は、同級生の聴覚「障害者」の女性と、やっと一回だけデートにこぎつけて映画(字幕付の洋画)を見に行ったこと。結局ふられたけど(泣)。その時には活動家でしたが、他のみんなには内緒でデートにいった。それともばれてましたかね?数年後に労働者になってから「オルグです」とか言って、実際には情宣さぼってデートしてたことは、2ちゃんねる掲示板で「ばれてたよ、草加さん」とか言われて、ありゃまあと思ったけど(笑

 あと、「障害者」の人もボランティアに出かけたりするわけですが、学童保育の子供たちの面倒をみるボランティアとかで、行った先の子供たちが、初めて見る「障害者」にけっこう差別的なことをあっけらかんと言ったりするんです。私だったら怒ったり、大真面目に説教したりすると思うのですが、「障害者」の人は怒るんではなくて、「つっこみ」をいれるんですね。まあ、これは関西特有なのかもしれんけど。んで、そのうち最後は仲良くなる。友達になるともう(少なくとも意識的なレベルの)差別なんてできない。まじめな話をするとすればそれから。

 んで、差別的なことを言わないだけで、私も精神構造はやっぱりこの子供たちと同じだったんですね。

「違う!どう接したらいいんだ?」⇒「なんだ同じやん」⇒「やっぱり違う」⇒「けど同じなんだ」という経過。

 そのあたりは何と言うかなー。つまり中身は自分と同じなんだけど、条件が違う。自分がそういう条件になったら、あるいはそういう条件で育ったら、どう思って何を考え、どういう行動をとったかなということだと思う。そこでは想像だけじゃなくて、身近に接しないとわからないところがあるとは思いますが。でも、そう考えると、「障害は個性である」というのは、それだけ聞いてもなかなか真意が伝わらないかもしれませんが、多用されているだけのことはある、わりと上手な表現だと思うのです。

◆社会人になってからの出会い

 その次に出会ったのは会社でのおつきあいでね。途中から大勢の「障害者」の人たちと一緒に働くようになった。主に現業部門におられたのだけど、最初は会社が補助金狙いで雇ったのです。ですがそのうちにつきあいも深まって、つてを通して徐々に人数も増えていった。知的「障害者」の人も数人おられました。ここで出会った「障害者」は、大学で出会った人たちはとは全然違うのね。社会人と学生の違いということなんだろうけど。一番仲良くなったのは、知的「障害者」の18歳の男の子と、下半身不随の車椅子のおっさん。

 この車椅子のおっさんはキャバクラ大好きのあきれるドスケベでした。補助金とかも「くれるちゅーもんはもろといたらええねん」の一言で特に何も気にしてませんでしたし、私はそれくらいでちょうどいいと思いますよ。ただし、このおっさんの場合は福祉制度を悪用しようとして逆に補助金を止められてた。それはやりすぎ(笑)。けどめっちゃ明るくて、私なんかよりはるかに行動的で、車椅子用の自動車に大人用紙おむつを積んで、週に一回ペースでキャバクラに出かける。普段は意外と常識人で職場でも好かれてた。私もよく一緒に飲みにいき、女の子の話とか聞かされた。起業を考えているとか言ってたけど、今どうしているかなー。

 反対に知的「障害者」の男の子のほうは、おっさんとは逆の性格で、まじめで誠実なんだけど、ちょっと暗いといっていいくらいでした。よく一緒に話しながら仕事をしましたが、自分の「障害」にコンプレックスを持っていて、そのことが見ていて辛かった。人と「違う」ところがあることを、そんなに気にやんでうつむく必要はないんじゃないかと、左翼的な発想とは関係なくごく普通にそう思った。おっさんの陽気さと開き直りを少しわけてやりたかった。だから私はやっぱり、理屈ではなくて、素直な気持ちとして「障害」という言葉には「」をつけます。他に言い方はないのかなと。

 まあ、当たり前のことで言うまでもないから三浦さんも言っておられないんですが、「障害者プロレス」や「障害者パンクバンド」も含めて、いろんな人がいます。その親や家族もね。貧乏人も金持ちも、スケベも紳士も、左翼も右翼もみんないる。それは在日と言った場合も同じ。それ以外の人とは違うんだけど同じ。同じなんだけど違う。

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「障害者」はデモに出ちゃいけないのか?-「室岡徹郎Blog」への書き込みから

「ナショナル・フロント壱番隊隊長」の室岡徹郎さんのブログへの書き込みですが、こちらにも転載・保存しておきます。わたしのような「もろ左翼」な人間が、右派のブログに何か書き込む時には、荒らしにならないよう、注意の上にもよっぽど細心の注意を重ねなくてはいけません。ですがちょっと、これは見過ごせない気持ちになって書き込んでしまいました。ですが(1)室岡さんの思想や行動を否定する趣旨の書き込みではない、(2)室岡さん自身は私と違って現役の活動家である、の2点から、自分としてはまあ、許容範囲内かなと思っています。以下、転載です。

草加耕助 at 2010/02/14 14:04

三里塚闘争に決起した「障害者」
この批判はいかがなものかと思う。右翼の人が左派の「スローガンに腹がたつ」のは普通のことだし、そのことにこの場でとやかく言うつもりはありません。しかしなんで「障害者」が運動やデモに参加していることが批判の対象になるのかと思う。「障害者」はデモに出ちゃいけないのか?なんで「障害者」だと、ヘルメットを「被らせられている」ことになるのか?それ以外の健常者なら、普通に「かぶっている」と表現したでしょ?

勝手に邪推させていただくと、室岡さんは、「障害者」を、「かわいそう」で「同情をひく」、「哀れな存在」だと見下して観念しておられるのではないですか?別の言い方をすれば、全く自覚なく当たり前のように差別しておられる。それとも「障害者」の個性を無視して、彼らもデモ本体にまじって機動隊や右翼と対峙せよという主張なのでしょうか?

老人や子供や「障害者」らを本体とは別にして、隊列の前に置くのは普通のことです。後ろだとかえって危ない。彼らの主体性を認めずに「同情をひく」ために駆り出されたかのように言うのはあまりに失礼な侮辱です。

荒らす気はありませんし、室岡さんの右翼思想にとやかく言う気はありませんが、かなり失望したし、はっきり言って見損ないました。最低限の礼儀は守るべきではないでしょうか?

草加耕助 at 2010/02/14 17:54

室岡さん、荒しになるのは嫌なので、これで最後にします。ゆえに少々長文になりますが、ご容赦ください。

私が現役時代にも「障害者」の人は組織にいてデモにも参加していましたが、彼らは組織の「盾」などという非人道的な理由で駆り出されていたのではありません。本人の決意と覚悟と主体的な判断において運動に参加し、自分の判断でヘルメットをかぶっていたのです。私は具体的に自分の友人だった人の顔を思い浮かべることができますから、室岡さんみたいに外から勝手に推測しているのとは違うと思います。思想を批判するのは全然にOKです。その批判にいちいち口出しするつもりはありません。ですがそうではなくて、「障害者」の友人の当事の純粋な思いや決意を、こんな書き方で侮辱されたと感じるのであって、そこを「最低限の礼儀は必要なのではないか」と言っているのです。

当事の私たちも、そして今の「青ヘル」諸君も、「障害者」を盾にしているのではありません。大衆的な集会やデモには「障害者」ばかりではなく、その日に初めて(ちょっと試しに)参加してみただけの一般の市民や学生もいます。大衆運動とはそういうものなのです。車椅子の人を盾にして、その後ろから火炎瓶でも投げていたのなら、室岡さんの批判は妥当しますが、そうではないでしょう。大衆集会において「障害者」の隊列は前に出し、初参加などの人は隊列の内側のほうに入ってもらいます。それ以外に防衛隊の任務を担っている人がいます。万一の襲撃があった場合はこの人たちが前面に立って対処します。「障害者」を前に出すなんてことはしません。もちろんこの防衛隊のメンバーはしぼります。それで何か問題があるのでしょうか。

室岡さんの言い方だと、左翼は大衆運動をするなというに等しいですね。「一人一殺」の決意を固めた人間だけが参加すべきだとでも?もちろん政治に限らず何しても決意は必要ですが、大衆運動展開などというものは、情勢に応じて柔軟に考えていけばいいのです。権力側が、民主も自由もあらゆる建前をかなぐり捨てて弾圧が激しくなるのなら、そこでは防衛のための半公然や非公然の展開もとれなくては潰されてしまいます。ですが権力弾圧との関係において、現在的にデモに出るたびに襲撃されて多大の犠牲を出すなどという状況でなければ、それに応じて公然活動を大胆にすすめていくべきです。

このように私たちは常に国家権力との関係において問題をたてていたのであって、右翼の妨害や敵対などは目の端にある程度でした。その当事に右翼に4トンダンプで突っ込まれた組織の者がそう言うのですから間違いありません(笑)。大変に失礼な言い方ながら、室岡さんは当時の私たちの認識にくらべ、かなり自分たち(および右翼全体)を過大に思っていらっしゃるように感じました。

そもそもですよ、ごく普通の大衆集会やデモにまで(右翼から)「容赦無く攻撃される覚悟が必要」だと言うのであれば、相手が左翼であれば「容赦無く攻撃」してもいいということですよね。相手が左翼であれ右翼であれ、私はそんなことをしてもいいと思いません。この点でははっきり決別ですね。

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