「小説三里塚」第四章 岐路

戸村一作:著『小説三里塚』(目次へもどる

第31話 全学連の受入れ(1)

一切の話し合いもなく問答無用の土地強奪がはじまった(三里塚’68年頃) その頃、反対同盟では、日共のトロツキスト排除に伴い、学生運動の三里塚入りの増えるのをどうすべきかを巡って、論争になっていた。そのための部落集会がどこでも夜遅くまで、開かれていた。
 今夜も十余三公民館では学生運動の受け入れを巡って、役員会が開かれることになっていた。役員会といっても、各部落の者の殆どが集まってきた。

 八時開会だというのに、その前からすでに会場はいっぱいだった。それに現地入りをしていた全学連各セクトの学生達も加わって、会場は熱気溢れる雰囲気だった。
 反対同盟員はもちろん、日共民青、全学連、それに天浪で断食を終えた東藤行敬も並んで座っていた。黄衣の小脇に何か白い巻物を挾んで持っているのが目立った。

 例のように冒頭、委員長の戸田の挨拶が始まった。
「今晩の会場には最近現地で話題になっているトロツキストも、それに宗教家もいるという多彩な集会です」といい出すと、学生たちがゲラゲラと笑った。
 次いで戸田は労農学の革命的な結合こそ、反対同盟の求めるものであり、これなしに三里塚闘争の勝利はありえない。いかなる意味においても階級闘争に、偏見と差別は許されないと強調した。
 「異議なし」が、会場から連発された。居合わせた日共系の者には、戸田の言葉は一種の妨げとなって響いた。なぜなら戸田の話からうける印象は、日共の「トロツキスト排除」を否定し、全学連受け入れ体制をはっきり示すかのようだったからだ。日共の臼木や石井らは戸田に対して怒りの眼を向けたが、一様におし黙ったままだった。

 事務局長の金原孝一の司会で議事が進行され、いよいよ全学連受け入れを反対同盟はどうすべきかについて論議されることになった。これは今夜の議題中の議題である。一瞬、緊迫感が、会場に漲った。だが、各部落の代表者たちから、自由にして率直な意見が交された。

「トロツキストやマルクス・レーニン主義って、おらあわかんねえけどよ、自民党だって空港に反対する奴なら、排除することもあんめえ」
 まず、皮切りに辺田部落の秋葉信一から問題が提起されると、次から次へと討論が交されていった。結局、「他者(よそもの)」にひっ掻き回されて、農民がおいてきぼりになる恐れがある。学生運動ばかりが問題でなく、農民が政党政派の食い物にされたり、指導権争いの犠牲になるのはいやだという意見が、強力に出てきた。
「しかし、それは反対同盟の力量の問題であって、農民が中心だから同盟がしっかりしていさえすれば、何者が入ってきたってビクともしねえぞっ」
「まず他者にひっ掻き回されるとかされないとかじゃねえ。さっき委員長がいったようにだ、農民だけでこり固っていたんじゃ、国相手の喧嘩にゃ勝てっこねえよ。何もこの際、全学連の学生だけを退け者にする必要はあんめえ」

 天神峰の加藤一夫のこの提言に対して、窓際にいた日共の石井幸助が立ち上がって、発言を求めた。
「まず同盟では委員長はじめ、トロツキストをどう見ていますか。トロは……」とまで石井がいいかけた時である。中頃にいた一人の長髪の学生が、石井を睨んですっくと立ち上がった。
「トロとは何だ、スターリニスト、あ前らは一〇月一〇日駒井野で機動隊を見て逃亡したではないか」と叫んだ。石井はそれにかまわず、後を続けた。
「過激派トロツキスト集団は反対同盟の分裂工作に……」
 学生たちは総立ちとなって、石井を取り囲み、口々に日共に対する批判攻撃を始めた。
 すると、臼木義雄が立ち上がった。続いて天神峰の関根裕一、菱田の竜崎昇平らがかわるがわる立ち上がって、一斉に石井を庇うような姿勢をとった。険悪そのものである。

 会場は混乱の坩堝たらんとする気配だった。農民らの制止でその場はそれで納まったが、その場からも日共の卑劣さと陰険さが暴露されてか、学生たちの純真な気持に共感し、農民の心は全学連支持に動いていったようだ。その夜の雰囲気では、もはやそれ以上役員会は続けられなくなり、次の日の役員会を期して解散することになった。

 帰りぎわに戸田は、東藤を見かけ、声をかけた。
「先生、その巻物は何ですか」
「……平和塔設計図です」
 と、いったきり一瞥もくれず、暗がりに消えていった。
 東藤は今夜の役員会の席上で、平和塔設計図を示し、その抱負をアッピールしようと思っていたのだ。その当てが外れ、隠し切れない腹立たしさが、彼の言葉や表情に自ずと漏れていた。

ここまで読んでいただいてありがとうございます!