上記サイト
の内容を作っておりしたので、長らく「旗旗」のほうは放置状態でした。例によってほとんど寝てないので朦朧としています。文法がおかしかったり、変なことを書いていたら許してください。この抗議署名はアッテンボローさんの呼びかけに応え、いくつかのブログとその固定読者がサイト横断的にはじめたもので、アッテンボローさんが代表として矢面に立ちながら奮闘していただいています。私も精一杯のご協力をしていきたいと思います。
同じような趣旨のものは救援連絡センターでも行われていますが、こちらはリアルの世界での署名が中心で、しかも実名でなけば署名できません。私達の署名はインターネット限定で、ハンドルネームでも受け付けています。署名時にメールアドレスの記入は必須としますが、これも公開はしません。もちろん「法的効果」に類するものは何も発生しませんが、私達ネットユーザなりの方法で、法政大学に抗議をしていきたいと思っています。それも、従来の「ネットを使った攻撃(抗議)」にありがちだった、「相手を不快にさせることを目的にした嫌がらせ」的なものなど、姑息で不正な方法ではなく、もっと堂々としたやり方で。
私達の行動は、救援連絡センターの大々的な署名と比べても、非常に規模の小さな個人的取り組みにすぎませんが、それでも「弾圧いかん!」と思われるネットユーザーの皆さんに、抗議の場を提供できればという思いです。法政大学での弾圧事件をご存知ない方も、以下の抗議文をお読みになって、よろしければ賛同や、上記サイトへのリンクなどの形でご協力をお願いします。簡単に送信できる、賛同署名のための送信フォームも用意しましたのでご利用ください。
とりあえず第一次集約は3月26日です。27日に皆さんの署名や抗議のコメントを添えて、法政大学の担当者である安東学生部長に郵送します。その後も引き続き賛同とコメントを受け付け、定期的に皆さんの声を届けていきます。どうぞよろしくお願いします。
※「抗議する有志」サイトに掲載したものです
私達はインターネット上のブログやWeb、掲示板などを運営し、あるいはその固定読者として偶然に知り合った個人です。そして同時に、去る3月14日に法政大学で発生した学生たちへの大弾圧事件に対し、それぞれの立場や考えから、大きな憂慮を抱く者でもあります。
私達はネットを介して連絡をとりあい、今回の事態に自分達も何かできないかをメールなどで話し合いました。その中で私達は、自分達の考えを、法政大学への抗議・要請文としてネット上で公開し、さらに多くの賛同者を募った上で、今回の弾圧の現場責任者である、学生部長、安東祐希氏に送ろうということになりました。
もちろん私達は、弾圧された学生達のとった行動や、とりわけその運動の先頭に立っていた一部の学生の所属団体(=中核派)に対しては、様々な評価や考え方を持っており、一様ではありませんし、それはここを読んで下さっている皆さんもそうだと思います。
しかしながら、ここ数年の公安警察の増長、思想や表現行為そのものを取り締まり、逮捕する、「政治警察」化の従来を倍する一層露骨な進行、そしてそれへの「良識の府」たる大学の屈服、これらに歯止めをかけ、思想・信条・表現・言論の自由を防衛していく必要性において、私達は完全に一致しました。そしてその一点をもって、お互いの考えの違いを乗り越え、以下のような抗議・要請文をまとめるにいたったのです。
私達の行動は、小石にも満たない小さな砂粒かもしれません。しかし今は「できないこと」を数え上げるのではなく、各人が一つでも「できること」を積み上げていくことが大切だと思います。すべてをできる人はいません。しかし誰でも何かができます!どうか私達の自由と未来を守るために、ネットの片隅でおこったこの小さなムーブメントに、あなたの声を束ねてくださるよう、心より要請します。
** ↓以下、郵送する予定の抗議文です**
法政大学学生部部長 安東祐希 殿
●はじめに
前略。去る3月14日、貴職らが管理する法政大学市ヶ谷キャンパスにおいて、警視庁公安部の刑事ら200人が大学構内に大挙して突入し、キャンパス内にいた29名の学生を逮捕して連れ去るという事件が発生しました。私達はこの事件の報に接し、大変なショックを受けた者です。
また、報道によれば、この事件の原因は、貴職が立て看板設置やビラ撒きなどの学生の表現活動に関して、今後は貴職が許可を与えた者にしか認めない、さらに自分達の許可を得ない表現活動をした学生からは報復的に金銭を徴収するいう、到底信じがたい内容の通告を行ったことであると言います。しかも貴職は、かかる重大な内容の通告を、当事者である学生達と何らの話し合いも交渉もなく、文字通り一方的に「通告」していたこと、そして逮捕された学生達は貴職の通告に対する反対の意思を表明していたにすぎなかったということを知り、私達は二重のショックを受けています。
さらに極めつけは、貴職は警察の学内立ち入りに抗議するどころか、むしろ貴職らが積極的に警察を引き入れて自分達に反対する学生を政治的に逮捕させたという事実であり、これに関してはもはやショックを通り越して激しい憤りと絶望を同時に感ぜざるを得ません。よって私達一同は、貴職に怒りをもって強く抗議し、同時に逮捕された学生とその家族に対し、貴職が誠意をもって謝罪と釈明を行うよう求めるものです。
●「建造物侵入」の言いがかり
まず第一に、逮捕の状況を報道したニュース映像では、大学の周囲をデモして戻ってきた学生に対し、大学職員が唐突に言いがかりを付けはじめ、それを合図にして大量の私服刑事が殺到して学生達に襲いかかっています。ところがデモの先頭には誘導と交通整理のための制服警官がいるのです。貴職もご存知のように、公道をデモする場合には各都道府県の公安委員会に対して事前に申請して許可を取る必用があり、その際にデモの出発地点と解散地点、デモコースを届け出ます。つまり学生たちは事前に届けてある解散地点である法大キャンパスに入っただけであり、何らの違法行為を行っていません。
貴職らは、デモ隊に支援の他大学生が含まれていたことをさかんに宣伝しておられますが、たとえば通常の音楽サークルや、文芸サークルなどでも、他大学との交流は日常茶飯事のことであり、ごく普通に行われています。また、各種のイベントや発表会、学生主催の講演会でも、他大学や一般市民に広く呼びかけ、開放されているほうが、むしろ普通なのではないでしょうか。そして学生同士のこのような交流は、開かれた大学という観点からも、規制されるどころか、むしろ奨励されるくらいだと思います。ましてそれが一般法規に照らしてさえも合法的な活動である限りは、より自由が保障されるべき大学内においては当然に認められるべきものです。たとえそれが貴職の価値観に照らして、「目障りで邪魔」なものであったとしてもです。およそ「キャンパス内で他大学生と一緒に行動していた」から、法政に学籍のあるものまで含めて全員を110番して逮捕させるなど社会通念に照らしても滅茶苦茶な行為であり、もはや法政でまっとうなサークル活動など成り立ちません。小学生ではないのです。貴職は学生に「先生の許可なく他校の生徒と交流してはいけません」とでも言うつもりなのですか。
●「業務妨害」とは何のことか?
第二に、貴職らは当初、事件当日の14日に学生らの立て看板の撤去・破壊を通告していましたが、学生らの反対運動を受けて、いったん延期すると発表しておられます。当日も逮捕直前まで、何らの作業も行っておられませんでした。ところが貴職らは学生らがデモから帰ってきたところを見計い、学生達から見えるよう、これみよがしに撤去作業の一部を開始しています。これに学生らが抗議のシュプレヒコールをあげたところで警察を学内に引き入れて逮捕させています。これで一体全体何の「業務」が妨害されたというのでしょうか。学生らはごく普通に抗議行動をしていただけです。貴職らは学生が14日当日になって業務妨害を行ったがために、その場で警察の導入を決定したかのごとき宣伝を行っておられますが、むしろこの事実経過を見れば、その宣伝は貴職らが自己を正当化するためのデマ宣伝にすぎず、事実は貴職と公安警察が事前に周到で綿密な打ち合わせをおこない、その計画に従った「連係プレー」で学生達を罠にはめたと見るほうが、よほど自然で合理的な解釈ではないでしょうか。
そもそも貴職らの言う「業務妨害」は、まるで飲食店やコンビニなどの営利企業において、客がクレームをつけて騒いでいたかのような言い草だと思います。あえてこういうたとえをするのであれば、学生らの行動は、会社の労務政策に抗議した組合員のストのようなものだと思います。そしてそれはピケなども含め、正当な活動であることは言うまでもありません。だいたい、貴職の頭の中では、大学は金儲けのための「営利企業」で学生は「客」なんでしょうか。確かに営利企業であれば、サービス内容は店舗側で決めることであり、嫌なら店に来なければいいという側面はあります。そしていったん入学して逃げられなくなった「客」の言うことなど、もう聞く耳を持たないということですか。ただお前らは、こちらの決めたサービス内容に従って、金さえ払っていればいい、話し合いなど拒否するし、ましてやそれで大学の方針が変わることなどありえないということでしょうか。
●大学の自治を踏みにじる自殺行為
第三に、貴職の行為は、憲法に明記された「学問の自由」と「大学の自治」を自ら放棄し、泥足で踏みにじるものです。貴職も重々認識しておられるとおり、我が憲法は戦前に国家権力がたびたび大学の自由な研究活動や学説の発表などに介入し、滝川事件などの弾圧を引き起こした反省に鑑み、これらの自由を保障しているのです。これにより、国家権力、とりわけても警察官は、大学側の許可、要請がない限りにおいては、大学内に一歩も立ち入ることができなくなりました。学内における学生とのトラブルに際しても、いきなり警察が介入することは許されず、まず、大学側と学生の双方の自治の元で、自律的に解決することが保障されているのです。これは先人達の多くの血であがなわれた貴重な自由の一つであることは言うを待ちません。そしてその自由の恩恵は、それが反射的なものかどうかは別にしても、すべての学生の表現活動にも保障されるべきものだと考えます。そもそもこのような自由の気風なくして何が「学問の府」と言えるでしょう。
しかるに貴職が個人的に決定する「許可」がなければ表現活動を許さない、さらには貴職に許可・登録された正規の学生団体を設立しなければ、立て看板はおろか、ビラすらまくことを許さないなどという驚くべき規制は、たとえば特定の政治的意見を持つ任意の学生が、自分の政治的な意見を規制なく自由に表明するのを取り締まることを目的にしているとしか思えません。しかしこのような自由は、たとえたった一人の学生にさえ保障されているはずです。しかも違反すればビラやポスターまで押収した上に金銭まで徴収するとは、まさしく「自由は法政の門の前で立ち止まる」としか言いようがありません。かかる規制のもとで、いったい学生達に「学問」の何を教えようというのでしょうか。
確かに70年代において大学紛争が頻発した時には、多くの大学は機動隊を学内に入れて学生を逮捕させています。が、その時でさえ、ほとんどの大学では、学生達との数度の団体交渉(大衆団交)を経た末のことです。日大のように、政府が介入して破棄させるまでは、いったん学生の要求に大学側が応じて「妥結」寸前までいった例さえあります。しかるに貴職らの行為は、具体的な被害が何もないにもかかわらず、学内の些細な「業務の邪魔」になるからと、110番一本でほとんど何も考えずにこの重大な決定を行い、あまつさえ合法的な反対行動に対し、公安警察と通じて、これを卑劣な罠で陥れて逮捕させるなど、機動隊を学内に入れた当時の大学側の判断と比較してみてさえも、貴職の安直さと異常さは極端に際立っていると言わざるを得ません。
●政治弾圧への積極的協力
第四に、これは「違法行為の取り締まり」ではなく、明確な政治弾圧です。私達はこの弾圧が、この間起こっている立川テント村ビラ撒き弾圧・東京都議選における共産党員が政治論議していたところを建造物侵入で逮捕した事件・同じく共産党員が休日に赤旗を配布しているところを公務員による政治活動として逮捕した弾圧等と同じく、思想的に「左」な者だけを選別的に取り締まる、言論・表現・思想・良心の自由に対する不当な弾圧であると考えます。「学問と良識の府」である大学の管理・運営を委託された貴職らは、こういう動きには明示の意思をもって反対し、これに抗して学内における自由を守り抜く神聖な責務があると考えます。
そもそも警察が単なる学生の合法的な学内運動に、これだけ大掛かりな弾圧をおこなった理由は明らかです。それはデモの学生の中に中核派の活動家が含まれていたからであり、とりわけ中核派全学連の織田委員長がいたからです。警察にとって、逮捕の理由などどうでもよく、ただ中核派に打撃を与えたいがために、立て看板の許可制に反対していたにすぎない多くの一般学生もろとも全員を無差別に逮捕したのです。そこには中核派が近年、弾圧の口実となるような違法行為を行わず、合法的な政治活動に転じることで支持を広げつつあることへの焦燥感があったと思われます。
●中核派への評価は別問題であるはず
誤解されたくないのは、もとより私達の中核派に対する態度や考えは様々であり、過去から現在にいたる中核派の行動や主張に対しては、それを支持できる部分があると考える者もいれば、逆にむしろ批判的な意見を持つ者も多いのです。貴職らが逮捕された学生の言論・表現の自由を抑圧したのが許されないように、中核派が自分と意見の違う一般の人々の人権を脅かすことも当然に許されないのはもちろんです。私達の中でもそう考える者は、今後とも中核派を批判すべきは厳しく批判をしていきたいと考えています。
しかしにもかかわらず、私達は意見の相違を乗り越え、全員が一致して、貴職や公安警察による、今回の弾圧に抗議します。もし、中核派のメンバーが違法行為を行ったと言うのであれば、当該メンバーを通常の刑事犯として普通に取り締まればよいはずです。それが第三者から見てどれほど批判に値するものであろうとも、思想・信条や表現活動を理由に逮捕されるようなことがあっては絶対になりません。しかるに警察は逮捕に際して、学生側の弁護士が逮捕の理由を問うたことに答え「罪状などなんでもいい、とにかく逮捕だ!」と叫んでいます。これはもうほとんど「中核罪」であり、中核派を支持する「思想」を逮捕したに等しいものです。そしてそのためには、中核派でも何でもない一般学生であろうとも、よしんばその学生の将来や家族にどんな打撃を与えようとも、かまわずに巻き添えにしています。そしてこういう非道な弾圧に、貴職が決定的に加担したという罪を自覚してほしいと思います。
●要求事項
最後に、以上をもって、私達は、警視庁公安部は不当に逮捕した学生達をただちに釈放すべきだと考えます。そして貴職に対し、以下の事項を要求するものです。
<要求>
1:告発を取り下げ、学生達の釈放のために、全力をつくして下さい。
2:公安警察との事前の周到な打ち合わせの上、その指示に従って110番を行い学生を逮捕させた責任者を明確にして下さい。
3:上記の事実関係を内部調査の上、逮捕された学生とその家族に真摯な謝罪を行い、学内での名誉回復措置を緊急にとってください。
4:大学としての自らの存在を否定するような、学生の自由な表現活動への規制・抑圧の通告を取り下げて下さい。
以上
法政大学に抗議する有志一同
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※なお、今回の運動(と言えるかどうか定かではありませんが)は、時間との勝負でもあります。管理人も多忙につき、一部の「非建設的で粘着的なコメント」については、いつものようにお相手している時間がありません。大変に申し訳ありませんが、ビシバシ消去させていただきます。どうしても書きたい方は、罵倒専用掲示板のほうにお願いします。
◆法政大学での弾圧事件に抗議する有志一同(この署名運動の公式?サイト)
◇賛同人一覧
◇賛同人のコメント
◇署名送信フォーム
◆アッテンボロー(われらが代表のブログ)
◇法政市ヶ谷弾圧弾劾と支援を訴える
◇法政大学当局に抗議しよう
◇思考回路はショート寸前
◇賛同有り難うございます
◇新たな呼びかけ人・賛同人
◆労働者Lの言いたい放題!(われらが呼びかけ人のブログ)
◇法政大学に抗議しよう!
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君の意見には反対だが、君が意見を表明する権利は命に代えても守る
大学が良識の府というのはいつの時代のことですか?
大学は職安なんですよ。今の時代。我々就職活動で頑張っている学生たちの足を引っ張らないで下さい。
抗議する権利は認めます。
神楽坂や四谷のネタにならないことを祈ります。
就職活動頑張ってください。
無事に就職してから長時間・低賃金だのリストラ(という名前の首切り)にあわれないことを祈ります(皮肉ではない)。その時に抗議したくなったり、愚痴を言いたくなったら、またここに来てください。
Chic Stone さんのコメントは、どこかで読んでますね。(最近記憶力がとみに減退して、誰の言葉だったか思い出せません)しかし、彼の引用はその人の豊かな精神性、民度の高さを感覚させてくれます。
思想的には異なるのでしょうが、そうした差異は問題ではないと思います。
ひるがえって、 エントリーマニアさんのコメントは、現代の多くの若者の正直な感想と言えます。
「大学は職安なんですよ。今の時代。」などと言い切るのは結構なのですけれど、残念ながら、そこには知性も文化も感じることができません。
まあ、ともかく就職活動に励んで、無事に入社されんことを。
そして、時間が取れたら音楽、絵画ー彫刻、小説等などの芸術に触れ、西洋、東洋の様々な哲学、思想と対話して、自らの精神を豊かにされることを望みます。
製造装置メーカーの内々定ゲットしました。念入りに四季報見てみたら、3年離職率1.2%、社員平均年収933万円。組合弱し。
第一志望の金属材料メーカーより300万円以上条件いいとはorz。組合強いところは給料も離職率も高いか不明なんですね。
↑給料低くて離職率高いか不明、の間違いでした。失礼しました。
会社がピンキリなように、「組合」ってもピンキリですからね。それだけじゃ何にもわかりませんよ。
私も以前に勤めていた会社で「もう、こんなとこたまらんから、組合作ってくれ」と頼まれたことがありますが、断りました。だって「もう、こんなとこたまらんから」辞めようと思ってましたので(笑)。
日本みたいに企業別組合の場合、組合活動やる人ってのは、その会社に骨をうずめる覚悟のある人で、本当は仕事に熱意のある人なんですよね、もともとは。私以降の世代は、会社に不満があっても、それを改善して良い職場にしようとするより、辞めて逃げ出しちゃうんですよねー。
草加さんの仰るように今四十前後の年齢から下で労働運動に励んでいる人間は少ないですね。私はその珍しい方だと思いますが、いつまで首が繋がるやら。出来れば定年まで職場にしがみついて、かつて「権利の全逓」と言われた戦闘的組合を再生したい物です。
市ヶ谷キャンパスで学んだ卒業生です。
政治活動?どうぞご自由に。
ただ、誰も聞いてないのに大音量スピーカーでわめいたり、
教室の机に一斉にビラをばら撒いて、次の講義を受ける人や掃除する人の迷惑になったりと、
そういうやり方では、他の思想・信条の人から新たな賛同を得るのは難しいかと。
もう2年もキャンパスに足を踏み入れてないから、いくらか変わったのでしょうか?
らくすいさん、こんにちは。コメントありがとうございます。読ませていただいて、考えたことを書いてみたいと思います。
●運動スタイルの問題について
そういう、いわゆる「スタイル」の問題は、70年代の学生運動最盛期でも言う人はいたみたいですよ。ましてや今の時代には大勢いますね。でも、私は懐疑的です。なぜなら、そういう人のやっていることは「古いスタイル」の人を排除したり、そういう表現方法を強圧的にやめさせようとしているだけだからです。昨今の反戦運動ではそのへんが問題になっています。
私はスタイルなんて、誤解を恐れず極論すれば「どうでもいい」と思っています。らくすいさんにしても誰にしても、是非ともやりたい、参加したいという運動や課題があれば、たとえその運動のスタイルが「ダサい」ものであったとしても、やはり参加すると思うんですね。
たとえば、サッカーや野球のチームが統廃合されたり、身売りされてしまうことに対して、地元ファンが反対運動をするということがここ数年で何回ありました。地元ではそれなりに盛り上がったりしているわけですが、彼らが何をしてたかと言えば、デモしてマイクで叫んで署名集めてビラまいてシュプレヒコールしているわけです。自然にそうなるんですよ。本人たちに気合が入っていて運動が高揚してくるとね。
逆にらくすいさんも考えてみればわかると思いますが、「どうぞご勝手に!」というその運動が、考えうる限り「今ふうの」「新しいスタイル」で展開されていたとしたら、らくすいさんはその運動に飛び込んでいたでしょうか。その主張内容に元々反感を持っていたり、無関心な人が、スタイルを変更しただけで、どんどん参加してくるなんて、到底考えられません。第一、そんなことで人を集めるのは詐欺です。運動にふさわしいスタイルというのはあると思います。
変えなくてはいけないのは、自分の考えを人に押付けたり、自己の主張だけを絶対化したり、逆らう人間に圧力や暴力を加えることです。そのことを「新しい運動」を唱える人々や、法政大学当局はわかっていない。結局は自分の考えに同調しない人間を排除・圧殺しているだけです。そんな歴史はもう終わりにしないといけない。
●他人の迷惑について
次にらくすいさんのおっしゃる通り、自分にとって不愉快な、あるいは無関心な主張や表現行為が身近で行われることは、迷惑に感じることもあるでしょう。私だってそうです。うるさい軍歌を流すだけの右翼の街宣車なんて、はっきり言って全員検挙してほしいです。でも、それはやっぱりダメなんですよ。どんな少数派でも、むしろ少数派だからこそ、その表現行為は積極的に保障・保護・容認しないといけない。
表現行為ってのは、どんなに気をつけても、無関心・無関係の人間にとって、大なり小なり「迷惑」になるもんですよね。デモ行進なんて典型です。でも、だからと言って、必要最小限の範囲を超えて規制したり、枠にはめてしまっちゃいけない。それは「自由のコスト」というもんです。そのわずかでちっぽけなコストを払うのを惜しんだばかりに、失うものの大きさに思いをいたすことができないでしょうか?
右も左もなく「政治活動」一般に嫌悪感を示しておられるようにも見えましたので気になります。そのへんのことも考えていただけたらと思います。