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今回の総選挙結果をめぐって、活発な分析・討論が様々なブログでかわされています。討論は各ブログのオーナーだけでなく、そこに訪れた読者をも含めたところで横断的に行われており、ブログの特性を生かした形で進められているように思います。

こういった分析の中で、共産党がほとんどの小選挙区に候補を立てて票を割ったことについても論点になっています。たとえば労働者Lさんの試算では、共産党の泡沫候補の票が民主に流れるだけで、東京だけでも5人の自公候補を落選させることができたわけです(つまり民主が当選していた)。これをどう見るべきか?

この点については労働者Lさんアッテンボローさん黒目さんらの友好的な論争が続いていますので、私も少しだけ「参戦」させていただきます。その前に少し選挙結果の受け止めについて見ていきますと、各ブログごとにいくつかのグループに分けられるように思います。

まず保守派でも、底抜けに楽観的に「小泉首相の政策が国民から理解・支持された結果だ」と過大に意味付与し、政権と自民党中央指導部の代弁をしている「勝った!勝った!」派とでも呼べるところもあれば、「これからが大変」「理解を得る努力は足らない」「むしろ靖国推進などの理念的保守派は衰退した」「いつでもひっくり返るレベルに過ぎない」などの危機感を表明している「慎重派」もあります。

次に左派系でも、「もう知らん!」とか「これから失業・属国・戦争の暗黒時代になっても、全部投票したやつの責任だかんな」みたいな「捨て鉢派」もいますが、実際の与党の得票率はやっと50%を超えたに過ぎない点などを冷静に見すえ、むしろこれから数年にわたって続くであろう敵の攻撃に対し、早急に反撃を準備するのが先決ではないかと呼びかける「前向き派」もあります。

そんな中でも特に目立っているのが労働者Lさんの「今回の選挙結果はまずまずの成果」であり、むしろ「これは勝利のはじまりだ」という選挙総括です。

根拠は民主党も自民党も保守政党であり、これに自民造反組などをあわせた保守派の議席の総合計は、解散前は426で、選挙後は427。ほとんど変わっていないというものです。これに対して共産党と社民党を合わせた革新勢力は解散前が14で、選挙後が16。これも2議席増えただけで変わっていないが、もとの数が少ないので2議席でも大きい。
もちろん小選挙区制のもとでは議席と民意は必ずしも一致しない。そこで比例区の得票を見ると保守は前回総選挙も今回も約87%。革新は前回も今回も約13%。得票率を見ても、前回総選挙と何も変わっていないじゃないかと言うのです。そんな中で公明党が衰退し、辻元清美と保坂展人がカムバックしたことは心強いというものです。

まあ、「なるほどね」と思いましたわ。そういう「保守・革新」という視点でものごとを見れば確かにおっしゃる通りですが、私自身、もう「革新」という言葉も忘れてました(笑)。私ら反スタ左翼はもとから使わない言葉ですし、当の社共がもう使ってないんだからしょうがないです。

労働者Lさんの分析に異をとなえる気はありません。保守派総体の勢力は変わっていない。むしろ内紛でかなりガタガタになっているという見方もできる。それは正しい。

それでこういう見方をしている保守派はないのかなと思って探してみましたが、近いのが「草莽崛起」さんの「自民『保守系』の危機」というエントリーです。この方はご自分では「保守」という位置づけのようですが、世界的な基準では「極右」に属する人だと思います(決して単純な罵倒語として使ってるのではないので誤解なきよう)。このエントリーを読んで、自民党内の「靖国・教科書・歴史認識・アジア外交」などの政策で極右派の立場をとっている人と、郵政造反組とがかなり重なっていることを初めて知り、大変勉強になりました。今回の保守派の内紛で、むしろ安部さんを担ごうとしていたような極右派はガタガタになり、多くが党外に去ったり落選したということです。そのためこの分野で公明党の発言力が強まることを大変に危惧しておられるようです。

で、共産党の戦術の評価ですが、「保守VS革新」という構図で見れば、所詮は民主党もバリバリの保守であって「へたれな自民党」にすぎないわけですから、共産が民主をも敵に回して候補をたてたことはまちがいではないという見方もあります。さらに労働者Lさんは、民主や社民が共産党に選挙協力や政策協定を申し込んできて、共産党がそれを蹴ったというなら別だが、共産だけが一方的に民主に気を使う必要はないのではないかと提起しておられます。これらは共産党中央の不破さんらの主張と一致します。

ことは小泉政権の評価ともかかわってきます。小泉を倒したって、そして民主党政権になったって、所詮はまた似たようなやつが出てくるだけ。だいたい小泉ってそれほどの男なのかい?ってことです。「発言は森喜朗なみにトンデモですし、政策の実行力も大してありません。普通の首相なら調整力を発揮してとっくの昔に郵政民営化法案を成立させていたはずです。靖国参拝への拘泥は明らかに独占資本の利益を損ねています」(労働者Lさん)

つまり民主党を勝たせても、この資本主義的な常識でもトンデモな首相を、資本主義的・国益的な見地から「まともな」首相に変えてやるだけのことにすぎんではないかというわけです。それは否定しませんが、一方で、小泉さんになってから急速に「古い利害調整型の党であった自民党は、新自由主義の党として生まれ変わった」(黒目さん)のも事実です。そういう「古い利害調整型の政治」「都市部の税金を地方にばらまくだけの利権体質」への国民(没落した都市部中産階級とその子弟)の不満を吸収する形で、「擬似的革新性」を身にまとい、「古い自民党」を攻撃しつつ政策的には国家主義・愛国主義であるという、絵に描いたような「古いファシズム」の特徴を如実に現しつつあります(石原都知事もそうです)。

公安警察もすっかり増長して、今や人権もくそもありません。法律に違反したというより「お国に逆らった」から取り締まっているようなもんで、法律はなんとでも後からこじつけているような状態です。それは今にはじまったことではありませんが、かつては「過激派」に対して行われていたそのような弾圧が、今は普通の市民に対して行われています。辺野古の基地建設やイラク派兵(参戦)、そして三里塚での「話し合い路線」の破棄、あらゆる闘いの現場で、小泉政権以後の攻撃に怒りが渦巻いています。そのため、社共の退潮を尻目に、左翼運動や市民運動はむしろ若干の活気を取り戻しているくらいです。

ですから「小泉打倒」は今や闘う人々共通の喫緊の課題であるわけです。国家主義的な政策や中韓との緊張が「明らかに独占資本の利益を損ねている」のは、小泉さんの無能さよりも、むしろ国家主義的な政策をただちには全面的に貫徹できない敵の弱さにすぎません。それを笑っているばかりでは、今に左翼側は手ひどいつけを払わされることになるでしょう。

保守内部を分裂させてでも、「古い利権政治」が攻撃されるのは、今までの政策では支配が貫徹できないからです。その支配の危機を「国の危機」とすりかえて、「改革を止めたら大変なことになる」と民衆を恫喝し、国家利害を貫徹しようというペテンが小泉改革です。私達左派は「国も資本家も労働者民衆には必要ない」ということを訴え続けるしかないわけですが、まずもって小泉政権が推し進める国家の支配構造の転換、福祉など民衆へのおこぼれ配布の中止という大転換期にあたって、その出鼻をくじき、少しでも押し返すことが求められているし、そのためには危機感をもって、できることはなんでもやりきるべきです。

さらに小泉さんには調整能力がないと労働者Lさんはおっしゃいますが、小泉さんの手法として、わざと調整しないで自分の主張を独裁的に押し通し、党内の反対派が我慢できないように追い詰めてあぶりだすのが常套手段です。YesかNoかの単純な突きつけで、自分ではいっさい中身の論争に応じない(丸投げ)のも特徴で、自分についてこない者を一律に「抵抗勢力」とレッテルを貼ってたたき出してしまう。彼らと喧嘩し、相手を悪者、自分をそれと闘う弱者のように描き出すことで、今も昔もファシズムの主な支持基盤である「旧体制下で没落した都市部中産階級とその子弟」からの拍手喝さいを浴び続けてきたのです。ですから「調整力がない」のではなくて、これは計算の上のことだと思います。これは常に国に喧嘩を売り続けることで「カッコよさ」を演出している石原都知事と同じ手法です。

これを繰り返すことで小泉さんの党内基盤は当初の「選挙に強いのが値打ちだからね」なんて言われていた脆弱なものから、今や中曽根・宮沢・野中といったうるさい先輩連中の首を切り、今度の総選挙で誰も逆らえないところまで強化されました。これはナチス右派だったヒトラーが、ナチスを「政権を担える現実的な政党」にする(=旧体制の大資本・財界との和解)ため、左翼との共闘さえ模索していた反主流のナチス左派(実際にはナチスが中産階級のみならず労働者や知識人まで味方につけることができたのは、この左派の活動によるところが大きい)を一気に粛清し、党内基盤を磐石にして以後は誰もヒトラーに意見できなくなった時点に相当するんではないかと思っています。

今や市民主義的な人の間では、民主党のみならず、自民党内の「守旧派」とでも手を組んで小泉と対抗すべきだという声すらあります。しかも結構強い声のように思います。私はそこまでは思いませんし、民主党とすら「手を組む」べきとも思いません。ですがわざわざ民主党の邪魔をして、結果はより悪い小泉を助けただけで後には何も残らないということでよいのでしょうか。事態はもっと深刻な局面なのです。

これは黒目さんの言う通り、「社民主要打撃論」と「人民戦線論」の対立ということになると思います。労働者Lさんの提起でも、共産党をも含む「左派人民戦線」の構築の必要性は強調されていると思います。左派がまとまることは非常に重要で必要なことですが、そのまとまった左派がまた、「主要打撃論」になっては意味がありません。
共産党はずっと「主要打撃論」で、権力には従順でありながら、非共産党の左翼運動である私達を潰すためには、どんな暴力でも使って牙をむいてきました。しかしそれは彼らの主観とは裏腹に、結局は「左翼の内ゲバ」にすぎないのであって、自分達以外の左翼を打倒した後は、民衆の支持が「とり放題」になるどころか、自分達が生きていくための生態系を破壊してきたにすぎないのです(その反省はもちろん私達反スタ左翼にも妥当することは重々承知しています)。

さらに今はもう少し広い立場でみるべきです。私はトロツキストではありませんが、ドイツのファシズム勃興期にあたって、トロツキーはそれまで共産党を弾圧してきた社民党をナチスから防衛し、共闘するべきことを訴えました。これに対してソ連からの指導を受けた共産党は勃興しつつあったファシズムを軽視し、むしろ人民の主要な敵は社民党であるから、トロツキーの主張は非常に反動的であると批判しました。しかし今となってはどうでしょうか?この時の論争の教訓を忘れては、また私達は同じ道を歩んでしまうのではないでしょうか?

総じて共産党の戦術は、自分達以外の運動にすべて「反共・反動」のレッテルをはって潰して回り、民衆を一人でも多く囲い込もうとしているだけであり、それは今回のみならず、昔からちっとも変わっていない。左派系運動全体として見た場合に、やはりそういう動き方は「桎梏物」でしかないのです。

私はこのブログで、かつて共産党から受けた暴力を含む弾圧に対して、すべてを許し、こだわりを持たないことを表明しています。いまさら憎いとも思いませんし、そんなこと言っている余裕は左派にはありません。早急に共産党もあらゆるこだわりや面子をすてて、左派の共同戦線を構築し、民主をさえ利用して、自派のためではなく、小泉打倒のためにこそあらゆる手段をつくしていただくことを最後に要望いたします。

●論争経緯

小泉劇場の「勝利」とローザ・ルクセンブルグ(旗旗)
自民圧勝をどう総括するか(アッテンボロー)
これは勝利のはじまりだ(労働者Lの言いたい放題!)
戦術的問題について(despera)
共産党の選挙戦術について(労働者Lの言いたい放題!)
「共産主義における『左翼』小児病」(アッテンボロー)
左派共同戦線の戦術問題について(旗旗)

●参考

東京都の政党別得票率・議席占有率を分析してみると(雑食系ブログ)
レーニン著「共産主義における『左翼』小児病」(TAMO2さんによる電子書籍化)
自民「保守系」の危機-「安倍シンパ分断」の声も(草莽崛起)

日本共産党のとる全小選挙区立候補戦術の誤り(さざ波通信)
共産党はこうすれば(とりあえず)
社民打撃論でナチスが台頭(blog土佐自由民権新聞)
共産党の大罪(ニュースの研究所)

総選挙の結果について(日本共産党中央委員会常任幹部会)
共産党の大罪?(三四郎日記)
日本共産党、9議席守る(親バカ党宣言)

コメントを見る

  • とりあえず私は郵政改革推進派なのでそれが進むことは素直に喜んでいますが、他となるとさっぱりわかんないですねこの先は(笑) 郵政を除くと自民も民主もどっちが勝ってもなんかあんまし変わらなかったんじゃーないのかなぁとか思いますが、そういう意味では郵政一本に絞って支持を訴えた小泉総理にノせられた一人ではあるのかな。他の野党の主張にピンとくるものがなかったというのもありますが。保守派だから社民・共産とは水と油だし。民主党が中国や韓国の干渉をはねのけられるよーな気概を持ってくれればまた違ってくるんでしょうけれどねー。

  •  いつもながら深い考察に敬服しています。今回の左派統一戦線の問題については、日共系のブログにおいても批判のコメントがいくつか出ております。そんな中で私の「共産主義における『左翼』小児病」を共産党系の「三四郎日記」http://blog.goo.ne.jp/yojiro5/e/5587fbdfdfcb7a128bb5bc5c3980688a「親バカ党宣言」http://blog.goo.ne.jp/ko-b/e/db5e28d3f2ec10195aefd116be155747にもトラックバックして彼らにも論争参加を呼びかけたつもりです。
     私の文章は日共を反革命として批判していますので彼らが乗ってくるかどうか分かりませんが、草加さんのこの記事であれば、彼らにも参加をを流し、左派全体にとって実りある論議が出来るのではないかと思います。

  • 私は自称右派のくせに共産に入れた一人です。
    私から見ても公明とくっついたままの自民にはほとほと嫌気がさしていましたし、かといって左端から右端まで揃った、オールスター民主に入れるのも嫌でしたので。
    それと、この結果がなんとなく予測がついていたというのもあります。
    岡田党首の中身のない発言を何度もニュースで目にしてましたから。
    志井党首が一番いいことを言っていたと思ったのも心に残っておりました。
    もちろん共産の歴史認識は相容れません。
    先の大戦は侵略戦争であったとは思っていますが、南京事件の人数には文句つけますし、従軍慰安婦もいたにせよ全てとは思えないので、一人一人再検証すべきだと思っています。

    ちょっとした駄文ですが、
    ネット右翼に民主が反発された、されてきた理由は、
    外国人地方参政権と主権委譲、それから岡田元党首のいくつかの親中、親韓発言、岡田党首がジャスコの御曹司であること、
    などがあげられるでしょうね。
    なので特に小泉総理の「かっこよさ」に惚れたとは言い切れないような気がします。
    選挙後に突然、「こんなこと(自民圧勝)なら共産に入れればよかった」なんて発言も噴き出すくらいですし。

    共産はなぜかネット右翼にも自民ほどではないにせよ受け入れられつつあります。
    真面目さと、(現在の)清らかさが受けているようです。
    あの「野党宣言」も、「政権さえ取らなければ」と逆に高評価のようです。

    「小泉反対!」も結構ですし、そのために左派の共同戦線を張るのも結構ですが、
    政争に勝つことより、真の弱者に対してより政策をアピールすることも必要だと思われます。

    ただ、社民に対しては民主とほとんど変わらない評価しかできません。

    「改憲→確実に戦争」こそ「外国人地方参政権→引っ越してどこかの町をのっとり」とあまり変わらないように見えます。私からは。
    護憲を訴えるより、共産のように経済政策を訴えていく方がよかったように思われますが。

    ちなみに私は九条二項のみの撤廃、もしくは書き換えには賛成ですが、戦力保持の明記のみで、集団自衛権は必要ないと思っています。
    というか、なんで改憲案一つで全部まとめて改憲しちゃうんでしょうね。
    一部ずつやった方が民意も反映できると思うのですが。
    時間がないからってこういうところを惜しんだらいけませんよね。

  •  お忙しい中、丁寧な返答をありがとうございます.結局のところ,この論争は「小泉という人間をどう評価するか」というところに収斂してくるように思います。この点について、旗旗さんの考えはわたしよりはるかに深いです。小泉をヒトラーに例える分析はなるほど,と思います。
     ただ、わたしはドイツの歴史をよく知らないので何とも言えませんが、事態がそんなに深刻であるという実感が湧きません。小泉に世論を動かす特殊な才能があるとしても、本人の弁によればあと1年、延びたとしてもせいぜい4年間で退陣することになるのではないでしょうか?過去の実績を見ても、その間にわたしたちの社会を破滅に導くほどのことはできないのではないかと思います.
     わたしが楽観的すぎるのかも知れませんが、小泉以後を見据えて、あせらず長い目で考えた方がいいのではないでしょうか。かって社会党が保守政治家との合従連衡の末に自滅していったことを教訓としつつ。

  • すみません、TB二重になっちゃいました。
    お手数なんですけどどっちか(あるいはどっちも)消してやってくださいませ。
    自分のなかでワケわかんなくなりつつある問題について、
    誰かに整理してほしくて無謀にもTBつけさせていただきました。

  •  どうも。たしか一度だけコメントさせていただいたことのある、秋本九一郎です。

     えっと、今回の自民勝利の背景として、創価学会との癒着が指摘される公明党の組織力が大きかったとおもうのですが、草加さんは創価学会=公明党についてどのような考えをお持ちでしょうか。発表することにリスクはあるかとおもいますが、もしよろしければこのようなテーマでエントリーしてみてください。
     
     憲法上での政教分離には違反しないというのが内閣府法制局の見解ですが、憲法二十条は拡大解釈で許すとして、憲法第89条の【公の財産の支出利用の制限】に公明党に対する政党助成金はひっかから無いのでしょうか…。元法学部ということでこれについての見解もぜひうかがいたく思います。

  • そろそろ以前にいただいたhiroさんの質問に答えなくてはなーと思っていたところに、あおざかなさんや、 秋本九一郎さんから宿題をいただいという感じです。また、保守派のガウスさんの書き込みにも感心しました。

    さらにアッテンボローさんの提起により、共産党派の三四郎さんのところにもトラックバックを送らせていただきましたが、何やら本格的に反論がいただけるご様子です。従来であれば、私らのような反スタ系の左翼に対しては、「反革命!権力の手先!」とか罵倒する以外の接触はなかった共産党系の方が、たとえ批判・反論のためとは言え、このようにまともに向かい合っていただけるのは感動です。三四郎さんには心からの大きな敬意を表したいと思います。

  • おひさしぶりです。こういう話題にはムズムズしてしまって(笑)
    共産党系の人々との対話は今までかなり限定された場しかなかった(さざ波通信など党非公認の掲示板はありました)が、個人でブログを立ち上げる人も増えてきて、その意味では交流の通路は広くなってきたと思います。
    日本共産党も党員の高齢化が進み、若年層の厚みが薄くなってきているようです。こうした人々に対して「スターリニスト反革命」という悪罵を投げつけても、キョトンとさせるだけだと思います(アッテンボローさんゴメンなさい。私はそう考えています)。
    新左翼ばりのレッテルを使いたくなるのは、私もよくわかります(笑)。しかし、対話については「共通の言語」を使うように気をつけましょう。
    共産党も宮本→不破の変遷のなかで微妙に「市民派」との距離感を縮めてきています。党員層の理論的力量の低下(古典学習、種々の党決定の読了率低下)はそれ自体マイナスなことですが、逆に言えば「現状認識」の圧力が党中央への異論形成に結びつくとも考えられます。そのための契機に、私たちの対話は役に立つのではないでしょうか。

  • はじめまして。以前から一度コメントを書きたいと思っていましたが、機会を失ってばかりでした。

    >総じて共産党の戦術は、自分達以外の運動にすべて「反共・反動」のレッテルをはって潰して回り、民衆を一人でも多く囲い込もうとしているだけであり、それは今回のみならず、昔からちっとも変わっていない。左派系運動全体として見た場合に、やはりそういう動き方は「桎梏物」でしかないのです。

    完全には同意できません。客観的に見ても、共産党は共同を呼びかけているのに、それに応じないのが「反共左翼」の人々ではないでしょうか? たとえば、社民党は今回も民主党と選挙協力した。なんでか?理解できません。

    ただ、このことは、共産党にまったく問題がないということではありません。共産党にも、帰るべき点が多くあるというのも、客観的事実です。

    >私はこのブログで、かつて共産党から受けた暴力を含む弾圧に対して、すべてを許し、こだわりを持たないことを表明しています。いまさら憎いとも思いませんし、

    えらいですね。

    >そんなこと言っている余裕は左派にはありません。

    その通りです。

    >早急に共産党もあらゆるこだわりや面子をすてて、左派の共同戦線を構築し、民主をさえ利用して。。。

    僕は、「左翼」というものの存在に懐疑的です。なぜなら、(今の)日本人に「翼」を名乗れる人々が本当にいるのか?それ自体が、「古い概念」というか、そもそも輸入概念で日本にはもともと存在しなかったのではないか。いまや、単なる悪い意味での「レッテル」としての存在意義しかないように思えます。

    そうではなく(既存の概念や枠組みから出発するのをやめて)、前提を捨てて、いちから議論していく、徹底的に対話しあうことでしか、現状打開の道はないと思います。

    これ以上暮らしにくくなる日本はごめんです。これは共有できる認識ではないでしょうか? ここから出発して共同していく。

    いかがでしょうか?