「桜の花の咲くころにお船は帰ってくるという 花のロマンス」というフレーズがよく口をついて出てきていたのはいつの事であろうか。花見が好きだった。だから、いつもこの季節になると腰が落ち着かないというか、わくわくしたものだった。
だが歳を取ったということなのだろうか、最近は幾分かさめた気分もする。それだけではなく、世間というか、世界は戦争の最盛中だ。どうにもならないというか、傍観者のように見ているしかないのが切ないが、それがどこかで花見なんて、という気分に作用しているのだろうか。
プーチンもすさまじいがイスラエルはもっと、である。プーチンはナワリヌイという政敵を闇に葬って権力の座にしがみついているが、彼の行為はやはり許せないし、僕はそこに権力の魔物を見ているが、イスラエルに至ってはもっとその思いがする。
僕はウクライナ戦争ではウクライナ人々の抵抗を、パレスチナ紛争ではパレスチナの人々の抵抗を支持する、それが原則であり、基本的な考えであることを何度も語ってきた。この考えはいささかも揺るぎはしないが、それにしてもプーチンやイスラエルの度し難い行為はいつまで続くのか。
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新人類学者のエマニエル・ドットはウクライナ戦争において数少ないプーチン(ロシア)の擁護者であるが、彼はそれを「西欧の失敗」というように指摘する。これは西欧の没落論以来なんども現れた近代西欧批判の図式だが、その根底を個人や人権を評価し、それが国家や家族という共同的な契機をないがしろにしたからだという。グローバリズムの展開が、個人主義というか、個人の尊重ということを過激化した結果であるという。
ドットはフランスでのイスラム教の肖像批判が引き起こしたテロ事件に抗議する「表現の自由」擁護の行動に対して批判的だった。彼には近代西欧の価値概念(自由や民主主義や人権)などに批判的であり、今回もそれがあらわれているように思う。
ここは逆なことを見ているように思う。グローバリズムと新自由主義がもたらす危機感を、個人の尊重とか人権の擁護の過剰化として批判する動きは国家主義の台頭となってあらわれているのであり、ドットはこの擁護者のように位置している。この理由は彼のアメリカ、西欧批判が明瞭な思想を持たず、その分、東方的なものも評価になっているからだ。近代西欧の批判の思想であった左翼の論理(マルクス主義)が指南力を失い、東方的な論理がその空白をうずめるように現れているからだ、とも思う。
プーチンが東方の民主主義を語り、習近平が民主的な国際秩序というとき、そこには東方から西欧批判の匂いがあり、僕は日本の戦前を想起する。日本の論壇思想家たちはエマニエル・ドットにマルクス主義的な思考ではない目新しさを感じて評価するが、結局のところ自前の考えのなさを露呈させているに過ぎない。
たとえば今回のウクライナ侵攻にあたってプーチンはウクライナのナチ化の排除を語り、西欧との対立を言う。西欧との対立はキリスト教的価値観、その展開としての個人の尊重や人権の擁護を批判するが、それがなぜウクライナのナチ化排除という論理と結びつくのか語り得ない。ドットも西欧の過剰な個人や人権の尊重がロシアの戦争の理由になっているというが、それがなぜウクライナ戦争の理由なのか説明できない。
ドットはロシアのウクライナ侵攻の原因が、西欧(アメリカ)にあるというがそれば漠然としていてなにをさすのか明瞭にできない。戦争が価値観の対立である言う面を西欧的価値観とロシアの価値観の対立として取り出しそうとしているが、それがどういう対立で「西欧の失敗」と結びついているのか説明できない。説明できないからなんとなしに評価されるということもあるのだろうが、それは日本の論壇の水準を示してもいる。
ドットのこの戦争における評価や分析には国家論的な視点が欠落している。これはドットの思想からくることだろうが、この戦争の主要な動機である、国家的な動機の問題が抜け落ちている。戦争は国家意志の発現であるが、この点からの認識も分析もないのだ。プーチンの国家の方向付けというか、考え(国家戦略)と、ウクライナ戦争の関係を取り出せないのだ。ドットの国家観というのは凡庸であり、だから観単に日本核武装を提起したりするのだが、これは彼の文明論的視点の戦争分析が新鮮に見えても、少し検討するとすぐにそれが凡庸なことに気がつく理由である。
パレスチナにおけるイスラエルの行動もそうなのだが、ウクライナのロシアの侵攻の根底にあるのはなにか。戦後の世界体制に対する国家主義の台頭であり、そこからの反抗である。それは現存の世界体制への反抗なのだが、それは反動的な反抗である。それは歴史の流れという意味では、戦後の世界体制に対する反動的な、国家主義的な反抗であり、かつてのファシズムによる当時の世界体制への反抗と似ている。その意味では現代世界の民主主義と専制主義との対立にあるというのはあたっていなくはない。
専制主義は現在では権威主義といわれるが、その本質は国家主義であり、その意味では類似していて当然なのだ、国家の論理というか考えは経済のように不可逆的に進むのではなく、復古の反動的な復権ということもある。政治的、国家の論理はかつての国家主義にもどることはありえる。
国家主義のヨーロッパでの台頭は歴史修正主義としてあらわれ、プーチンや習近平やアメリカのトランプの登場はその一環である。これは今、民主主義の危機として語られるが、それは戦後体制の危機と同義である。ここで重要なことは、それは戦後体制が生み出しつつあるものだということだ。グロ―リズムと新自由主義が現在の世界体制の危機を到来させていて、それに対応できる民主主義的なものの不在のゆえに、国家主義が台頭している。それは国家主義をこえる自由で民主的なものが不在なためだ。
この理由は割と簡単で戦後の国家体制としての民主主義が国家主義を超克したのではなく、その発動に制限は加えても、それは存続させてきたことにある。もっと遡及すれば近代の国民国家は国家主義と国民主義双方を内包していて矛盾的な存在形態だった。だから国家主義が前面化するとき、帝国主義なナショナリズムを生んだのだった。
さらに言えばロシア革命や中国革命はこの国家主義を克服した国家を創出したのではなく、それは失敗したのだ。その国家(スターリンや毛沢東の国家)は労働者国家といわれたが近代的な国家主義の国家に過ぎなかった、その相続人がプーチンであり、習近平である。
しかし、この反動を含めて戦後の世界体制を超えていくものは真正の自由で民主的な運動として存在している、ウクライナやパレスチナ人々の抵抗と、それと連帯しての動きはその存在をしめしている。こうした中で戦後体制への反動的対応である国家主義の猛威は続く。
世界が戦争の時代になってきたことは戦後の緩やかな国家主義が、急進的な国家主義の台頭に見舞われていることだが、僕らは国家主義と闘うこと、それがいま求められている政治課題であり、政治を革命することだということである。戦争への対応が重要な軸になるのは近代の戦争は国家主義を根底にしてきたからである。
国家と戦争の問題を考えるときに重要なのは国家主義の延長としての帝国主義、つまり国家概念としての帝国主義であるが、これは国家の認識においてしかつかめないものである。レーニンの帝国主義戦争論が、戦後の戦争認識や分析には役立たないことはそのためである。これには国家論というか、国家の認識や対応に欠陥があったためだ。左翼はこの呪縛から解放されていないが、そこから自由になって戦争や国家の認識も生まれては来ている。
国家のありようとして、国家主義を超えるという課題は戦争にどう対応するか、自由と民主主義どう現実化するかを問うだろう。民主主義が真正ものであるか、どうかは、また。国家主義との関係の中で問われるのだと思う。
自民党の裏金問題を追及したかったのだが、僕らに追いかぶさっているウクライナ戦争やパレスチナ戦争に筆はすすんでしまった。
by 味岡 修(三上 治)
(各見出しは旗旗でつけたものです)