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国際連帯

2018.05 映画『タクシー運転手~約束は海を越えて~』をみんなで見た

普通の人々の小さな決心の積み重ねが明日を創る

「私」が「私たち」になる瞬間 by 大川ふとし

映画『タクシー運転手』

 劇場内は夕方前にもかかわらず満席だ。20代から70代までの年齢層がまんべんなく押し寄せている。大手新聞に紹介されたこと、また、韓国の人気監督、人気俳優による作品であることもあるのだろうが、極めて政治的な題材を扱った作品であるにも関わらず、この盛況ぶりには目を見開いた。韓国では1,200万人動員突破の大ヒット作である。

光州事件の実際の画像

 その題材とは、1980年5月、韓国・光州民衆蜂起、軍による弾圧・虐殺である。公式な発表でも死者154名、行方不明者70名という陰惨なものだ(5.18記念財団による保証金支給者)。本作は外国人記者と彼を乗せたタクシー運転手の実話から構成したものである。

 韓国では、独裁者である朴正煕暗殺後、民主化の闘いが前進するなか、軍部内での路線対立から粛軍クーデターが起き全斗煥が実権を握る。5月17日、全国に戒厳令が布告され、有力な野党指導者である金大中、金泳三らが逮捕される。

 その金大中は全羅南道出身であり、光州での彼の支持は根強く「戒厳令撤廃」「金大中釈放」の闘いが学生を中心に広がるや、大学が軍により封鎖され軍と学生の衝突が起きる。次第に市民を大きく巻き込む闘いとなり、20日には集会は20万人を超えるものとなった。

 主人公のキム・マンソプは、妻に先立たれ、幼い娘を育てるソウルに暮らす個人タクシー運転手。ラジオから流れる「学生デモへの弾圧」のニュースを聞いても「学生は勉強するために大学に行くもの。デモなんかやっているから弾圧される」というようなことを言っている、何処にでもいる一般的な庶民だ。

映画のワンシーン

 そんな中、光州との連絡が遮断され、そこでは軍による残虐な弾圧が行われているようだとの情報を得た日本在住のドイツ人記者ユンゲン・ヒンツペーターは、光州に潜入取材を試みる。金浦空港に到着したヒンツペーターは、ひょんな事から、ちゃっかりと金目当てで現れたマンソプのタクシーで光州への潜入を図る。

 彼らがそこで目にしたものは、学生だけではなく市民一丸となって闘う姿、抵抗できない市民を殴打し、銃口を向ける軍の姿だ。そして、この真実を報道しようとしない現地マスコミ。ソウルから「タクシー運転手が真実を世界に伝えるために外国人記者を連れてきた」と知り、おにぎりの差し入れをする市民。当初、戸惑いながらもおにぎりを受け取り喜んでいたタクシー運転手の心情は紆余曲折を経て、ソウルから来た金目当ての部外者から光州市民とともに行動する当事者へと変わっていく。

 やがて外国人記者は単なる「金目当てのお客さん」などではなく、共に苦難を背負う同志のようでもある。苦悶したあげく「お客さんを連れて帰らないと・・・」のタクシー運転手の言葉には涙するものも多いであろう。観客はタクシー運転手の心の葛藤、小さな決心、大きな決心に感情移入しながら光州の闘いの現場に降り立っているかのように映画館での時間を過ごすこととなる。

 ごく普通の人々の、心の小さな変化、小さな決心が、時には大きな決心が、そして振り返った時には大きな犠牲でもあるのだが、それらが、明日を創るのだと「タクシー運転手」は私たちに教えてくれる。この無数の「私」の小さな決心が、私と私を「私達」に変える歴史的な瞬間がある事を感じ取っていただければと思う。銃口を向けられた身動きできない負傷者を助け出そうと飛び出す「私」と身動きできない彼(女)はまさに「私達」である。

実際の光州事件の画像

 蛇足ながら、前半で学生たちが「プリパ」を歌う場面が出てくる。あの「我らはプリパだ、チョッタチョア~♫」である。今ではネットですらあまり見かけることもない歌ではあるが、当時の日本の闘争現場でも頻繁に歌われていたのでご記憶の皆さんも多く、懐かしく思うのではないだろうか。

 「実話から構成」というところに重きを置いて観ると、終盤のカーチェイス、検問でソウルのナンバープレートを発見しながら見逃す兵士等、仕掛けを作りすぎている感もあるが、その事によって誰もがワクワクと感情移入できる上質な娯楽映画へと仕上がっているともいえるだろう。だからこそ1,200万人動員突破の大ヒット作となり「光州事件は韓国でもあまりにも知られていない。この歴史的事実を知ってもらいたい」というチャン・フン監督の思いは叶えられたのではないだろうか。

 この日本でも一人でも多くの方に「タクシー運転手」を見ていただき、この歴史的事実を知ってほしい。そして、日常を奪われたごく普通の人々が、その日常を奪い返すために、不条理を許さないために、小さな決心を、または大きな決心をして明日をつかみ取ることを。

(大川ふとし)

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