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定番記事

「ネトウヨ叩き」現象は他人事ではない

「ネット世論」の作られ方

 もうすでに一段楽している(と思う)のですが、総選挙で自民党が歴史的な大惨敗をした前後、2ちゃんねるをはじめとした掲示板で、「ネトウヨざまーみろ」みたいなスレや話題が連続して立ち、一部で話題になりました(→参考資料)。

踊る阿呆の「祭り」のあとに(日経ビジネス)
政権交代で「ネット右翼」危機?(J-CAST News)
総選挙に見る「ネトウヨ」の敗北(リンク切れ)
ネトウヨ大憤死の巻(はてな匿名ダイアリー)
<参考>2ちゃんねるから適当に拾い読み

「違うのだよ麻生さん。ネトウヨは数が多いのではない。クリックの頻度が高いだけだ。つまりただのパラノイアだ。匿名のパラノイア。そんな支持を真に受けたのがたぶんあなたの失敗だった。自業自得」

日経ビジネス・踊る阿呆の「祭り」のあとに/小田嶋 隆)

とのことですが、そんなのちょっと気が利いたネットユーザーならだれでも知っていること。そのせいでネット上の(政治的な)世論調査や人気投票はほとんど信用できないものに成り果てているのは周知の事実です。そしてまた、その「投票結果」をあちこちに貼り付けたり引用したりするんで、また彼らの投票の志気があがっちゃうという悪循環です。

 上の記事ではそういう事実すら知らずに「ネトウヨの支持」に最後まで踊らされて強気だった麻生さんを「情報弱者」としていますが、誰か周りでネットに詳しくて麻生さんに忠告してくれる人はいなかったのでしょうか。それともマスコミや世論調査会社の客観的なデータより、「ネトウヨのクリック」にすがりたかったのか。まあ、それじゃ確かに「自業自得」でしょうが。

「ネトウヨ叩き現象」発生の理由と流れ

  さて、その「ネトウヨ叩き」の実例の一つですが、右上に紹介した動画(リンク切れ)は、総選挙投票日直前、池袋で悲壮な叫び(つか、ほとんど悲鳴)をあげる『在特会』の方々です。これが『在特会』ということは知らずに、単なる「笑える映像」として、2ちゃんねるのあちこちに繰り返し何度も何度も貼られてバカにされまくっているところを発見しました。

 なんでこれが『在特会』だとわかったかと言えば、同集団は三鷹で市民団体による戦争展を妨害し、展示を見にきた親子連れに怪我を負わせるという事件をおこしているんですが(→ニュース参照)、池袋で叫んでいるこの方は、その時に在特会側を撮影した写真にアップで写っているからです(撮影者の方に許可をいただいて掲載)。アゴひも付きの迷彩帽(こんなんどこで売ってんの!)やサングラス、使用しているハンドマイクから、なぜか着ている服まで一緒(笑)なので間違いありません。まあ、『在特会』としても、こうして自分たちの主張や行動を紹介してくれているんですから、この動画にも、それが『在特会』メンバーであることを紹介することにも文句はないでしょう。ただしそれが一般から受け入れられるかバカにされるかは別問題だったわけですけども。

 こういう、自民党大敗直後の「ネトウヨ叩き」の投稿をざっと眺めてみますと、その一番の味噌は、あくまでも、「ネトウヨざまーみろ」であって、決して「自民党ざまーみろ」ではないということなんですよね。どういうことかと言いますと、こちらのエントリでも指摘しましたが、右翼どころか、そもそもネットで(主に)政治的な意見を書いている人そのものが、全体から見れば極少数派なわけで、大多数の「右翼も左翼も嫌。あんなに必死になってる奴らの仲間になんてならないよ」というごく普通のネットユーザーの目から、ネトウヨたちの「愚民たちに真実を知らせる活動」がどう見えていたかということなんです。(→こう見えていましたw

 たとえば「『チャングムの誓い』おもしろいよね」とか普通に語り合っているところにしゃしゃり出てきて、「韓流ブームは政治運動で在日の陰謀なんだぞ!」と聞きもしないのにご親切に教えてくれたあげく、ネトウヨ特有の特殊な歴史観をご託宣し、さらに民族差別を煽るようなマルチコピペをしまくって迷惑をかけていたのが彼らです。

とにかく空気がよめない、ウザい

 2ちゃんねるでは選挙が近づくにつれてそれもエスカレートし、政治とは全然関係ない板にまでスレッドをたてまくった。そういった彼らの介入(荒し行為)に「スレ(板)違いで迷惑だよー」と言うと、すぐ「在日ハケーン!」とか勝手に「認定」してかえって長引くので、無視して我慢するしかない。これでは「あ~!うぜー奴らだなあ」と思われても仕方がないわけで、やがてそこまでして彼らが必死に応援した自民党が大敗し、今まで我慢していた一般のユーザーが「ざまーみろ!」と一気に溜飲を下げるという流れになったようですね。

 まあ、別の言い方をすれば単にその程度の「やりすぎ」に対する反発、差別的言論に対する普通の不快感、つまりいわば何の背景もない「荒らせば叩かれる」というごく自然な流れにすぎないようですから、新たな燃料が投下されない限りは「ネトウヨ叩き」もそんなに長引くことはないでしょう。(ここで書いた「板」や「スレ」などの用語がわからない方はこちらに詳しく説明されています)

今日のネトウヨは明日の自分の姿かも

  しかしなんと申しましょうかねー、私には「お、ネトウヨが叩かれているな」と単純には思えないですね。なぜかと言うと、こうしてネトウヨを叩いている普通の人の頭の中には、同時に、昔のステレオタイプな左翼像も存在していて、それらの投稿を読んでいても、結局は「左翼も右翼も同じようなもの」と思われていることが垣間見えるからです。
 「多数派」を気取っていたはずのネトウヨ諸君が、一般のネットユーザーからどう思われていたかということが表面化した今回の事態は、まさに他山の石、反面教師として見るしかありません。左派は「ネトウヨざまーみろ」なんて思っていたら、今日のネトウヨの姿は明日の自分の姿ということになりますよ。ほんまに桑原、桑原、おー恐い恐いって感じです。

 以前から繰り返している通り、ネットは「道具」なのです。だからネトウヨのように、道具そのものを「制覇」してやろうなんて考えは愚かです。また、「リアル」(現実)と対置するものとして「ネット」があるかのような発想も根本から間違っています。ネットも「現実の一部分」にすぎないのです。つまり職場や家庭内で口走れば周囲に不快感を与えるような彼らの差別言論は、ネットでも全く同じに周囲に不快感を与えていたということにすぎないし、現実にそんな奴が近くにいても、多くの人は反論するより不気味がって放置することがほとんどなわけで、同じようにネット上でも放置されて仲間で群れていただけの現状を、彼らが「俺たちって受け入れられているよな」と勝手に勘違いしていただけだったというオチなわけです。

 しかし逆に言えばネットが現実の一部分だからこそ、それは現実を変革するための有用な道具の一つとしてありえるわけで、それは絶対に使いこなさないといけない「道具」ではあります。とりわけ全国に散在する目に見えないくらいの少数派をかき集めて可視化し、あらたな仲間を募ったりする場合には大変に有用なツールであり、ネトウヨが「成功」したのはその可視化のレベルにすぎなかったわけです。なのにそれを超えて現実に対置する「もう一つの世界」であるかのようにネットを観念したり、現実とは別の特殊なモラルが通用するように思い込んだり、ましてや自分たちが現実には極少数派にすぎないという客観的な分析を忘れ、ネットを制覇した上で「リアル」に逆襲して世界を変えるなんて、全く不可能な御伽噺を信じた「ネット信仰」が彼らの間違いでした。

 私たちは、現実に生きている人々の生活のごく一部分でしかないネット、しかもその中の極少数である政治分野を誰が「制覇」しているかなんてことを気にする必要はありません。私たちの戦略は、ただ、荒し行為からしっかりと身を守りつつ、道具としてのネットをも駆使して坦々と現実を変革する活動をしていけばいいのです。現実を変えることによって、その一部分にすぎないネットも自然に変わっていくのであって、その逆はないのです。それが今回の「ネトウヨ叩き」から汲み取るべき教訓ではないでしょうか。肝に銘じましょう。

 では左翼にはこういう「ネトウヨ」に相当する人はいなかったかと言えばちゃんといたわけです。

空気読めないネトウヨは左翼用語の「ゴリ」に相当

 前々から『在特会』などのカタカナ「ウヨク」は、存在自体が大昔の新左翼の劣化コピーだと指摘してきたわけですが、その脈絡で言いますと、この手の人たちは、かつて新左翼運動が盛り上がっていた時代に「ゴリ」と呼ばれていた人種に相当すると思います。お察しの通りこれは「ゴリゴリの~」の略でして、たとえば「あいつは中核派のゴリで話が通じない」というような使い方をします。

 みんなで一生懸命に大衆集会を企画しても、こういう空気の読めない「ゴリ」が一人いると、とりわけ質疑応答や討論の場面ですべてを台無しにしてくれるので、所属党派などを問わずに「ゴリ」は嫌われます。さらに大学の社会科学系科目の試験では自分たちの見解や歴史観をそのまんま答案に書くとかね(笑えないでしょ?ネトウヨの皆さん)。これはカルト的だとか組織に忠実というのとはちょっと違って、そもそも他人とのコミュニケーション能力や、物事を客観的に見る能力に欠ける人たちだということだと思います。ただ、こういうゴリの人は、各種の雑用や肉体労働の時は非常に頼りにはなるんですがね。

 ついでに書いておくと、最近はこういう空気が読めない「ゴリ」のあり方を一定「反省」して、内容は今までと全く変わらない荒しなのに言葉使いだけ敬語に変えた新種の「ゴリ」が出没しています。どんな丁寧な言葉を使おうが、荒しは荒しだし、ネトウヨはネトウヨです。今までの痛すぎる荒しに慣れていると、ついこういう差別や偏見を拡大することを目的としたヘイトスピーチや各種の陰謀論、またはそういう主張や団体を擁護するにすぎないものを「言論」だと錯覚させられてしまうかもしれませんから注意が必要です。それらの人の特徴として「あなたの意見もわかるけど、こういう問題点や考えもある」というようなことを枕詞において、後は実質的に書きたい放題という流れになっています。その悪質さはかえって今までの痛い荒しどものほうが素直に思えるような狡猾さですね。荒しやヘイトスピーチは言葉使いではなく、人権や人の心を傷つけたり、サイトの開設・運営目的を妨害する内容が問題なのですから、くれぐれも騙されて翻弄されないように注意してください。

 そもそも私が「ネトウヨ」という用語を使うのは、本当の右翼の方や、市民社会の中で右派的な考えをしているだけのごく普通の人と、勘違いな迷惑行為を行う輩をちゃんと区別し、右派の方々に失礼のないようにするためでした。しかし久しぶりに「2ちゃんねるウヨク」の書き込みなどを散見していまして、もう本当に何というか、こういうなんでもかんでも「在日(朝日・マスゴミ・左翼)の陰謀だ!」とか、「中韓の日本侵略計画が進行しており、我々だけがそれに気がついて日夜闘っているのだ!」みたいな、行き着くところまで行っちゃった人々をネトウヨと呼ぶのは、もはや「普通のネトウヨ(?)」にさえ失礼なんではないかと思い始めています。ここまでくると「世界はユダヤとフリーメーソンに支配されているのだ!(なんか「鳩山由紀夫もフリーメーソンだから騙されてはいけない」そうだよw)」とか、「すべては人類にまぎれこんだ爬虫人類の陰謀だ!(江澤民も爬虫人類らしいよw)」とか、数々の「証拠」や「衝撃の事実」を例示しながら熱弁している人たちと全く変わらないわけで、こういう人を何と呼べばいいんでしょうか?とりあえず「ネトウ(仮称)」とでもしとくかな(笑)。

「ネトウヨもまた犠牲者なのかもしれない」(怪獣映画のオチ風に)

 さて、それでね、こういう陰謀論を書き込んでいるネトウ(仮称)の方々には、わたしゃ一方であんまり悪感情を持てないんですよ。むしろ可愛そうだと思う気持ちが先に立ってしまいます。私がそう思うことは甘いでしょうか?

 たとえば、秋葉原での無差別殺人事件がありましたよね。おこった「事実」は一つですが、被害者や加害者、それぞれの人生を主人公にして光を当てた場合、そこにある「真実」は複数あります。裁判では検察、弁護の双方が、事件関係者のいろいろな視点から、この事件のいくつもの「真実の姿」を浮かび上がらせ、そこから第三者たる裁判所がそれらを客観的な立場から総合的に判断して判決を下すという流れに(少なくとも建前としては)なっています。
 その複数の「真実」の一つとして、やはり犯人も社会の犠牲者の一人だったのかもしれない、こうなる前に、誰か彼の肩を叩いてあげるような人がいたら、こんな事件もおきなかったかもしれないという意見があります。そして私たちはそれもまた「真実の一つ」であることは認め、社会的には教訓化していかなければならないことです。特に貧困問題に取り組んでいる方々の間では、「二度とこういう事件をおこしたくない」という自戒の意味をこめ、他人事ではなく自分の問題としてそう思う人が多いようです。

 つまり、弱肉強食の社会で落ちこぼれたネトウ(仮称)がしていること(=差別・民族排外主義・弱い者イジメ・荒しなどの迷惑行為)は、秋葉原の無差別殺人の犯人がしていることと、単に規模が違うだけで全く同じ構造にあると思うのです。大勢の人を殺してしまった、それ自体は決して許されない犯罪を犯した人間にまで上のような判断をくだす余地があるし、特に左派系でそういう意見が目立ったように思います。そんな「人殺し」さえ社会の犠牲者あつかいするのならば、同じようにネトウ(仮称)も社会の犠牲者として見てあげないと、私は論理矛盾になるような気がしてしょうがないのです。

できることはあまりない・・・自分で気づくしか

 もちろん、秋葉原の事件の現場において、目の前で人が殺されている時にどうするかは別問題ですよ。それ自体は絶対に許されない行為です。それどころか、これから10人が殺されるという時、そしてどうしてもそれを止めきれないならば、犯人に発砲することや、それでも止むを得ない場合の最後の最後の最後の最後には、犯人の射殺さえ許されることもあり得ると私は思います。

 それと 同じように、在特会の人々が実際に陰湿な弱い者イジメを行っている以上、それにどう対処するかも、やはり全く同じ理屈で別問題です。このサイトにおいても、今度とも荒し行為を含めて容赦するつもりはありませんし、この手の人にネット上で文字だけの説得を試みても、こういうパラノイア系の人はますます宗教的な自分の世界にはまりこんで絶対に自説を変えないことも体験的に知っています。

 上の「真実」と「事実」の関係で言えば、侵略の歴史も一面的に見るのではなく、複眼的に考察するべきだとかいう提起なら、あるいは一般の人が興味も引かれることもあるだろうし、時には私でも賛同できることさえあるかと思うのですが、彼らにはそういう深さがなく、自分の頭の中で継ぎはぎ的に都合よく構成した「左翼の歴史観」に対し、単にもう一つの「一面的な歴史観」を対置しているだけなので、ほとんど一般の人の興味を引かないんですよ。これも上に書いた「ゴリ」の人に端的に見られた昔の左翼の悪い部分の劣化コピーですね。

 これは左派だから言うのではなく、ごく一般的な視点で言わせてもらえば、彼らが「反日史観」とか言って学校で教える社会の授業を馬鹿にしているのは、オカルトマニアの高校生が学校の科学の授業を馬鹿にしているのとあんまり違っては見えないんですよ。
で、このオカルトマニアの繰り出す「学校では教えない本当のこと」に、本気でまともに反論して説得してやろうという親切な人は大槻教授くらいしかいないわけです。なのにそれを、「みんな俺の意見を認めているか反論できないのだ!」と勘違いしたところに、今回の選挙結果からネトウヨ叩きに至る経過の中で、多数派だと思い込んでいた自分たちが、一握りどころか一つまみの存在ですらない事実を突きつけられたネトウ(仮称)たちの悲劇があったわけです。

 爬虫人類だか在日の陰謀だか知りませんが、次々と繰り出されるそういう常識離れしたぶっとんだ「証拠」にまともに相手して反論する気もおこりませんし、悪無限的に論争ならぬ論争を続けていっても、そういう人たちを救うことなどできません。そもそもただのおっさんが「人を救う」とか思ったら、その時点で思い上がりですからね。
 結論として、元活動家でもある私が、左翼の劣化コピーである彼らの周辺の人々に経験者(笑)として言わせてもらうならば、こういうのは時とともに自分の姿を客観的に見れるようになるのを待つ、つまり自分で気がついていくしか仕方がないんです。一番凝り固まっている時期に、他人が何を言ってもダメなんですよね。

最後に-ネトウ(仮称)のみなさんへ愛をこめて

 今回の総選挙の直前に、「民主党政権になったら、日本は外国人だらけにされ、数ヶ月の後には日本人が外国人から差別・迫害を受けて暮らすようになる!」とネタではなく、大真面目に書いているネトウ(仮称)君が大勢いました。まあネットですから一人を大勢に見せかけることもできるんですけれど、他にも多かれ少なかれ、みんな「日本がめちゃくちゃになる!」とか絶叫しているんですね。

 確か「国籍法改正」の時も全く同じことを言ってましたよね?今その通りになっていますか?思わず、私が活動家だった80年代当時、中核派のゴリ(当時10代の若者)が「数年のうちに日本とアメリカとの間で戦争がはじまる!」と断言したことを思い出しました。彼は今どうしているでしょうか。そして来年の今頃、この「日本は中国人に支配される」と断言しちまったネトウ(仮称)君はどんな顔して生きているんでしょうか。両者とも笑顔で地に足をつけた生活をしてくれていたらいいんですが。

 とにかく、皮肉ぬきですべての人に幸多かれと祈らずにはいられません。そして他人に植え付けられた常識はずれな観念の世界ではなく、ほかならぬ「自分の人生」を前向きに笑って生きていってほしい。参考までに書いておくと、ブントスレでは多くの元活動家が、できることなら、あのころ自分が罵倒した(権力者以外の)すべての人に、一人一人会って謝りたいと、何人もの人が書いていました。あなたにもいずれそういう日が必ず訪れると思います。

 「明日にも特アが攻めてくる!」と一日パソコンの前に座ってネットで絶叫するのもいいけれど、それよりあなたの親兄弟や子供、あるいは恋人(いなければ作るためにまず一歩踏み出してみよう!傷ついてもいいじゃないか!)のこと、そして何よりあなた自身のリアルな生活のほうがよほど大切なんです。世の中の人はみんなそうしているんです。みんな毎日を必死で闘っているんです。それを「真実を知らない日本人はバカ」だの「情弱」だの上から目線でないがしろにしたり、軽視するような人間は信用されないと知るべきです。

 いいですか、今のあなたを肯定したり応援したりするような人物は、あなたの味方ではないのです。たとえバリバリの右翼の人でも、それがまともな人で、多少でもあなたのことを考えてくれる人なら、必ずあなたのことを現象的にはクソミソに批判したり、忠告をくれたりすると思います。「それがあなたの味方です」とまでは一概に言えないのが難しいところですが、少なくともあなたの味方はそういう人の中にこそいるのです。そのことだけは頭の隅に置いて、周りの人の声に耳を傾けてみてください。

 難しい状況だったら助けてくれるNPOや市民運動もあるから門を叩いてみよう。まず日々の生活をちゃんとして、どうすればあなたと、あなたの周りの人が笑顔でいられるか、地に足をつけて将来を考えましょう。思想を非難しているんではないんです。職場や家庭、学校で、それぞれ毎日の生活を必死で闘い、あなたを支えてくれる周りの人、そして日々の生活やネットですれ違い、接するすべての人の笑顔をまず守りましょうよ。それらがちゃんとできた上で次の段階として、改めて自分の頭で考えられる「自立した右翼」になればいいじゃありませんか。それはそれでいいんですよ。

 おそらく今は何を言っても「おれは充分に自分の頭で考えている!」と反発するばかりで無駄だろうとは思うし、コメント欄に憎まれ口の捨てゼリフを書いていってくれてもいいけれど、自分や家族のごく普通の生活や笑顔も守れない段階では、何を言っても世間の人は「熱に浮かされている」とか、「あそこの息子も変なものにかぶれて親も大変だ」みたいにしか見てくれませんよ。そしてそれを面と向かって諭してくれる親切な人はまずいません。みんな陰でそう言っているのです。どうかいつの日かそれに気がついた時、ふと「そういや、そんなことを言っていた奴がいたな・・・」とでも思い出してみてくださいね。最後まで読んでいただいたあなたに、幸福が滝のごとく押し寄せますように。

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  • はじめて書き込まさせていただきます。
    参考のエントリーにあった”息子の事で相談”のコピペをみて自分の中学生の頃を思い出してちょっと恥ずかしくなりました。
    当時、「橋のない川」を読んだばかりの私は母親に部落差別云々の事でたぶん同じように食って掛かっていたのでしょう。天皇制を悪し様に非難する私を心配して母は私のおじさんに私への説教を依頼した事がありました。
    別に説教と言っても怒鳴られたりしたわけではなく。県庁勤務の公務員として部落の事を彼らの視点から話してくれました。その叔父の言い方に差別的な視点がなかった訳ではありませんが、私がその時学んだのは、世の中は必ずしも自分の考えとは同じではないのだなという事です。
    私はそのおじさんにたいへんよくかわいがってもらいましたから、その叔父との関係性を壊したくはなかったので以後、そういった発言は控えるようになりましたが、これが”社会”のなかで上手くやっていく手段なのかと気付けたのだと思います。
    私の場合は何せ子供の頃ですから世界が狭かったので、処世術として気付けたのかも知れませんが、いい年した大人のネトウさんたちは気付ける日が来るのでしょうか?

  • 現実社会で特に政治活動をしているわけでもない、いわゆる『ネット右翼』な自分の主観に過ぎないのですが(ネトウヨさんと大差ありませんけど(汗))、
    ネトウヨさんというのは自分の感情を基準に、世界を敵と味方に分類して攻撃したり擁護したりしていましたからねぇ・・・それだけならまだしも『敵』と関係が良好ならそれも『敵』であると(いったい誰と戦っているのやら)。
    しかも、見かねた人が注意すると「在日」とか「チョン」とか言って、本来なら無関係な人まで敵に回していましたから、『2ちゃんねる』における『ネトウヨ叩き』は当然のことだと思います。
    あの世界は顔が見えないから、ちょっとでも面白いと思ったら容赦ないですから・・・(怖)
    まぁ感情にまかせて情報を分別し、都合のよいことだけを『真実』として、それを他者に強制していたんですから、ある意味自業自得なんですがね。

    余談ですが、私個人の考えというのは、
    ・人間というのは住んでいる地域によって差異が発生するから国家という枠はどうしても発生する。(※1)
    ・国民が安心して、自由で豊かな生活を享受できるのなら、国の主義・思想というものは問わない。
    ・国民の生命・財産を守るためには、必要最低限の軍隊(主権国家としての圧力)は必要である。(※2)
    というのに基づいているのですが、ネトウヨさんというのは共産党とか社民党といった『左翼』の見解や政策に同意・同調したら駄目らしいです(笑)
    かなり前になるのですが、「共産党系のHPにある経済理論(論文)がわりとしっかりしている。」と感じていたので、とあるブログに「内政的なことに限れば、共産党にまかせてもいいんじゃないか?」という旨のコメントをよせたところ、『残念な人』扱いされた経験がありますから(苦笑)
    ネットというのは『知の集積』であるという考えなので、ネトウヨさんの「左派の意見は排除する」という姿勢にはついていけません。
    もしかしたら、私が見てきたのはネトウ(仮称)さんだったのかもしれませんが・・・。

    (※1)国家の存在を不可避としている(『統治の倫理』からは逃れられない)から、自分を『右』と考えているのです。
    (※2)ソマリアの『海賊』というのは、生活がたちゆかなくなった漁師さんが武装したものなのですが、これは海上における国家の主権(軍隊)が及ばなくなったための悲劇であると考えています。
    他国の漁船が無法な操業を行っても、国がそれを取り締まることができないから自衛のために立ち上がっただけなのに・・・(以下略)。
    日本の場合も『海保』や『海自』が無ければ同じことになると思っているから軍隊は必要であると考えているのです。
    (特に隣国の中韓の漁師さんはタチが悪いらしいですから。)

  • 「在日ハケーン!」とか勝手に「認定」
    「ネトウヨハケーン!」とか勝手に「認定」
    どちらも自分と意見が違うと言うだけで勝手に認定
    どっちもどっち

  • marksさん>
     多くの方のご意見をいただき、それぞれ興味深く読ませていただきながら考えているところです。その中でもmarksさんの投稿は、とりわけこのエントリの趣旨が「他人事ではないのだ」ということなんですから、それでもまだ「どっちもどっち」と言われるのなら、そのご意見はよくよく考えて真摯に受け止めなければと考えています。
    そこでお尋ねします。なにしろ上の書き込みだけでは断片的または論旨抜きでの断言になっており、私の想像力では意味が不明と思えますので。

    1)
     まず、現在ネトウさんがやっているのは、「自分たちに反対するものはすべて在日だ」というものです。そもそもこういう規定そのものが酷い外国人差別であることに彼らは気がついていません。もう少しレベルが上の(現実が見える)ネトウヨさんになると、この「在日」の代わりに「反日」がきます。どちらも勝手に線を引いて、線の向こうの人間をまるでモンスターのように妄想したり、荒らしても叩いても何をしてもいいと考えたり、在特会にいたっては暴力を振るいながら、それも許される場合があるんだとしていますし、それが「正義」であるというのが彼らの立場です。

     「在日ハケーン!」というのはこういう立場です。つまり、市民社会内における中道や左派の意見を持つ普通の人々を線の外に排除して、排除した後は何をしてもいいし、その意見を考慮する必要はない(どころか叩き潰してしまえ)という反民主的な立場、すなわちファシズムです。
    詳しくはあわせて以下をごらんの上で意見をください。
    http://bund.jp/md/wordpress/?p=424

     さらに彼らは同じ右派や極右に対してさえ、たとえば、「私は右派だが、在特会の暴力的な手法や弱いものイジメ、外国人差別には反対だ」という、右派・極右思想を持つ普通の市民に対してまで「奇麗事保守」などというレッテルをもって牙をむいています。これは新左翼の悪い部分だけを左右裏返した劣化コピーであるネトウヨ版の内ゲバ主義であり、右翼版の紅衛兵たちです。要するに自分と意見の違うやつは全部「敵」だ「反日」だ「在日」だという感覚です。

    2)
     さて次に私へのご指摘ですが、私は今まで普通の保守や極右の人に対しても、ちゃんと言論をもって対話・討論していると自分では考えてきましたし、ネトウヨもまた「普通の人」の一部分であることを認めてきました。しかし、「どっちもどっち」という言葉を素直に読めば、ネトウと同レベルという意味なら、私が「自民党に投票した人間は『全部』がネトウヨだ」と言っている痛い奴という意味になります。
     あるいは、このエントリでは取り上げていないネトウヨのレベルならば、私の意見に同意しないやつ(右派的な考えを持つ一般市民)はネットに登場した時点で『全部』がネトウヨだ、ファシストだ、「普通の人」ではないから、彼らの意見は考慮しなくていいし、やつらのサイトは荒らしてもいいし、要するに何をしてもいいのだと、私がそう主張しているという意味になります。

     しかし、このサイトのコメント欄をちゃんと読んでいただければわかるように、私は右派や右翼、さらには極右の方の意見さえちゃんと尊重してきたつもりです。

     もちろん、左派としてそれらの意見に必ずしも同意できないことがあるのは当たり前のことです。また、読者への迷惑行為となる明確な荒しを削除するのは、ブログやネットに限らずどこの世界でも当たり前のことです。あるいは労力に比してお互いに得るものがない「勝ち負けゲーム」に堕する以外ないと私が思った、荒しと紙一重のパラノイア系の投稿、また、すでに「あなたの投稿への回答はちゃんと過去の記事やコメント欄に書いてあるよ」というような投稿は無視することもあります。
     あるいは、それ自体は真面目な投稿でも、「あなたはそう思いますか。私はそうは思いません」で終わってしまうような意見もあります。その場合は、エントリ本文とはまた違う視点を提示していただいた時点で、すでに充分にお互いや読者の方の思索に寄与していただいているので、それ以上に互いの足元に水をかけあって延々と長引かせないほうがいいこともあるのです。また、意見の違いの「尊重」を超えて、左右の「馴れ合い」になってしまうのはお互いのためにかえってよくないことだと考えています。まあ、人が書いたことへのまぜっかえしが何回も続くと、軽く「イラッ」とくることもありますが(笑)、そこは(礼儀や限度を超えて粘着しない限りは)我慢するべきだと思っています。

     つか、自慢じゃないけど、そもそも私が単純に超レス不精な人だということにすぎないんですが(@^^)ゞ

     なにしろ一つのレスの文章を考えるのに(このレスを見ていただければわかるように)最低2時間、場合によっては半日とか一日、もしくはそれ以上かかってしまう人なんです。私も社会人だし、睡眠もとらなきゃいけないし、健康管理も仕事のうちだし、だったらレスするよりも、その方の意見もふまえた上で、エントリ本文を書いたほうがいいかなと思っています。ちょっと考えすぎなんかもしれませんが・・・。
     だから(?)レスを強要するような行為にはかえって意地でもレスしてやるもんかとか思っちゃったり(爆)、marksさんのような超短文な投稿にこうして延々とレスしてしまう天邪鬼です。

    3)
     あと、エントリ本文にちゃんと書いてありますように、「そもそも私が『ネトウヨ』という用語を使うのは、本当の右翼の方や、市民社会の中で右派的な考えをしているだけのごく普通の人と、勘違いな迷惑行為を行う輩をちゃんと区別し、右派の方々に失礼のないようにするため」であるということをご理解ください。それは左右の問題や、単なる意見の違いの問題ではないということです。つまりmarksさんのおっしゃるような「排除の論理」のために使っているのではなく、むしろその逆だと思っています。

    4)
     私は現在そう考えてサイトを運営しております。しかし、marksさんからは違うように見えたという意味でしょうか?私が自分の意見と違う『だけ』で線を引き、その線の向こうに勝手に分類した奴には何をしてもいいんだ、荒らそうが暴力で潰そうがそれが当然だという立場をとったのでしょうか?「どっちもどっち」とはそういう意味以外ではありませんよね。

     もちろん差別言論やファシズムに対しては、左右の立場の問題ではありませんから、お互いの意見の違いを乗り越え、左右が一致して対峙していかねばならない課題だとは思いますよ。人の心を傷つけ、人権を踏みにじる言動が批判されたり、一般から不快に思われるのは左右の問題ではなく、残虐な犯罪が非難され、人に不快感を与えるのと程度が違うだけで全く同じことであり、本当に人としての自然な感情なのであって当たり前のことです。それもダメというなら、それは逆にあまりと言えばあまりにも不自然すぎる特殊な考えであると思います。

     しかしそうではなく、特に差別も人権侵害もしてない、自分と考えの違う「だけ」の人を、それ「だけ」をもって私が差別しているように感じられたのなら反省しなければいけないし、よく考えてみなければいけないことです。是非是非、具体的にどこを読んでそう思われたのか、該当箇所を指摘してください。お手数をおかけして本当に申し訳ありませんが、よろしくお願いします。そうしなけば意味が不明のままで考えることができませんから。

  • 追記)
    あ、単にエントリ本文の「コメント欄に憎まれ口の捨てゼリフを書いていってくれてもいいけれど」に対応するもんなら、返事はいりませんよ。
    だとしたら余計なこと書いてしまってすみません。(∩_∩)

    関係ないけど、なんでここへの普通の投稿は、三浦さんとか、たけさんとか、右派の人ばかり多いんだろうか?
    (いや、もちろんありがたいんで、今後ともよろしくお願いしますが)
    そのうち「草加は半分右翼みたいな奴」とか思われたりして(^∇^;
    erkinさんの初投稿は嬉しかったっす。他の左派の人ももっと投稿しちくりー。
    レス不精は直りそうにないんで申し訳ないっすけどorz

  • 左派からのコメントです(^^)
    「ネトウヨ」の私的規定なんですが、「歴史修正主義」的なことをネットで展開して恥ずかしくないヤツという位置付けにしております。曰く「南京大虐殺はまぼろし」「従軍慰安婦は売春婦」「沖縄戦集団自決に軍命はなかった」など、歴史とそれに翻弄された人たちへの「痛み」に思いも寄せることなく「日本国家」のみただただあがめたてまつる・・・他の言論でいいことを言っていても、実生活でちゃんとコミュニケーションが取れていても(田母神も河村たかしも、>弱肉強食で落ちこぼれた 人では決してない!)

    まあ、ネット以前から「歴史修正主義」はあって、それを元ネタに国家や社会をキチンと考えることを放棄した・・・そういうのが「在特会」につながっているのだと思います。

    中核派の「ゴリ」の話は、ああそんなんあったなぁ・・・でも「数年後」かよ!「現代戦争テーゼ」とか言って、某方面から今、批判されているものであります。

    PCがなぜか重いので、このへんで。

  • はじめまして。
    先月からほぼ毎週のように、うちの目の前にヘイトスピーチをする人がやってきます。
    どうやら街宣コースに入ってるようで、土日のどちらかには必ずきて30分~1時間くらいトラメガでさわいでいくんでほとほと困ってます。
    だけどあんなしょうもないことでも言論の自由があるし、きっと日常生活では彼らも居場所がなくて辛いんだろうなぁ、と思って苦々しくも我慢してたんですが、今週末もまたやって来るようです。
    気づいてくれるまで、もしくは飽きるまで、毎週続くと思うと憂鬱です。
    こういうときってどうしたらいいんですかね。
    ネウヨへの哀れみの気持ちと自分の生活の板ばさみでどう対処しようか決めかねています。

  • さつきさん>
    警察は左翼がビラを投函しただけで逮捕するのに、右翼は何をしても野放しなんですよねー。在特会の暴行現場ではよそ見して見ないふりしてるし。いえ、決して「右翼を取り締まれ!」みたいな在特会の裏返しの主張をするつもりはないんですが。

    それにしても「うちの目の前で1時間」は辛いですねえ。私もそれは経験ないわ。以前、私の職場も街宣コースにありましたが、単に通りすぎていくだけだったから、「彼らにも表現の自由があるんだし、不快でもこれくらいは我慢しなくてはいかんかな」くらいにのん気に思っていましたが。

    おそらく警察に言っても、よほど良心的な担当者に当たらない限り(少なくともすぐには)まともにとりあってくれないでしょう。警察と右翼が友好関係にあるのは、「左翼のデマ」とかではなくて本当のことなんですよ。警察OBの著書などにも書かれている。もちろん人によって温度差はあるそうですが、少なくとも公安関係とか直接に接する部分はそう。

    一度、私の自宅の近所で共産党の不破さんの講演集会があって、その時は100台近い街宣車が押しかけてきたことがあったんですがね。もの凄い大音響だったし、かなり酷い妨害でしたが、警察は遠巻きに眺めているだけでした。そこで右翼が不破さんを刺すとか、「警察のメンツを潰す」ようなことをしない限りは妨害や多少の暴力行為は野放しなんですよ。

    騒音についても、駅前広場のような、あまり人の迷惑にはなっていないけれども目立つ場所(左翼がよくいるところ)だと、かえって取り締まったりしますが、本当に人の迷惑になるけれども目立たない住宅街だったりするとほとんど動いてくれない。

    もし、相談するなら、警察ではなく、市役所の騒音とか迷惑行為の相談窓口のほうがいいです。これもまた、担当者が良心的でなければあまりあてにできませんが。へたすると相手が右翼と知った段階で警察に行ってくれと、たらい回しされるかもしれませんね。でも一度は相談してみる価値はあるかもしれません。

    それと、警察にせよ役所の窓口にせよ、相談前には(恐いでしょうが)通り過ぎるふりをして、気づかれないよう、さりげなく右翼の団体名と車のナンバーをひかえておいてください。

    もし、役所や警察で相手にされずに追い返されたら、共産党や左派系の市議さんに相談を持ち込んでみるのも手です。これもまた人によるでしょうけど、「当たり」の市議さんなら、キビキビと動いてくれます。この手の三流右翼にはめちゃめちゃ厳しい門真市の戸田さんみたいな人がいたらいいんですが。どちらにせよ本当の意味での市民派議員が各議会に一人はほしいですね。いなかったら、困ったときはとりあえず共産党の地方議員(できるだけ自分の選挙区の)に持ち込むというのは一つの手です。

    最後は望み薄ですが、会話が成立する右翼も少数ですが中にはいますから、直接彼らに電話(番号非通知にすることをお忘れなく)し、最初から喧嘩ごしではなく理性的に「迷惑してます。表現の自由は尊重するけれど、もう少し配慮してもらえないか」と伝え、本人たちに気がついてもらうのが一番いいのですけれど。停車中は音量をしぼり、街宣コースも週一回ではなく、せめて月1回にしてもらうとか、停車しての街宣は駅前広場など、民家が無いか少ない地域だけでやってもらうなど。

    しかし、通り過ぎるだけの街宣やデモならともかく、住宅街で大音響で迷惑かけてる時点で、「俺たちの意見を聞けばみんな同意するはず」「なぜ同意できない、あまつさえ迷惑だと!おまえ反日分子だな!」という思考回路の持ち主かもしれません。荒しのネトウさんや、弱いものイジメの在特会と同じ思考回路ですね。

    また、街宣右翼はヤクザ暴力団が準構成員のプール機関として抱えている団体も多いと聞きますので、よくわからないうちに一般市民が安易に接触するのは大変に危険だと思います。いきなり接触するのは絶対にやめてください。もしそういう人たちなら対話も期待できません。

    ご自分でいろいろ相談された上で、もし、最後にどうしようもなくなり、彼らに電話するのも恐いということでしたら、私から右翼に電話してみてもいいです。その場合は直接私にメールをください。さつきさんのお名前や地域名をふせた上で話してみます。解決するかどうかのお約束はできませんけれども。

    他に何かお智恵のある方や、「私が(喧嘩ではなく)交渉しあげてもいいよ」という奇特な方がおられたら、コメントお願いします。

  • 追記)
    投稿してから気がついたけど、ひょっとして私勘違いしてます?
    「街宣コース」に反応して、てっきり街宣右翼かと思いましたが、
    「トラメガのヘイトスピーチ」ってことは・・・(; ̄ー ̄A ・・

    もしそうだとしても、8月の反靖国デモを襲撃した際には、こういう「トラメガでヘイトスピーチ」な団体は、武闘慣れした既成街宣右翼と連合を組んで市民デモを襲撃し、重傷者を出しています。
    http://bund.jp/md/news/index.php?page=article&storyid=123

    注意するに越したことはありませんので、慎重にお願いします。

  • 情報小出しにしてすみません。わかりにくかったですね。
    具体的にいろいろなアドバイスありがとうございます。
    この情報の多さがさすがだなぁと感心しきりです。勉強になります。
    ちなみに毎週やってくる彼らはゴリゴリの街宣右翼ではなくて、おそらく桜井氏や西村氏、せと氏なんかに影響された人だと思われます。
    主張がまんま、彼らのと同じなので・・・。ちなみに団体名は××××××です。
    外国人参政権の話なのに、在日韓国人は危険だとか犯罪者が多いとか生活保護がウンヌンの嫌韓お決まりの話ばかり。
    人数は少なくていつも2~3人です。交替で話していきます。

    ヘイトスピーチを垂れ流すのは許せないけど、警察やら権力には頼りたくないし(しかも頼んでも無駄なんですね)
    どうにかして家の前ではやめさせても他でやるだろうし、無理に止めさせて鬱憤がたまって秋葉原の事件のときみたいに爆発してもよくないし、
    かといって自ら改心するには時間がかかるし、でも毎週うるさいし、考えれば考えるほどわけわかんなくなります。
    単なる愚痴みたいになってすみません・・・。