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国際連帯

シンポ「黄色いベスト運動って何だ」報告1.パネラーのレジュメ

シンポ「フランス・黄色いベスト運動って何だ」パネラーの皆さん

 以前に開催された小倉利丸さんを迎えてのシンポ(私は家族が急病のため欠席)や、そのあとに開催された中村勝己さんを迎えてのシンポなどのシリーズです。第一回で私も登壇した経緯もあり、できるだけ出席しています。前回のイタリアに続いて、今回はフランスのイエローベスト運動をテーマに、日本の状況も踏まえて検証しいていくものとなります。

 実際にフランスに在住して直に運動をみてこられた研究者の稲葉奈々子さん(上智大学教授)、 ele-king books『黄色いベスト運動』の著者の一人でもある平井玄さん(批評家)、多くのフランス語の文献の翻訳紹介を手がけておられる湯川順夫さん(翻訳家)の順に発表がありました。

 内容や感想について、いつもここで報告しようと思うのですが、忙しさにかまけて前回の中村さんのシンポもそのままになっています。今回もまとめて文章が書けてからとか思っていると、そのままになりそうなので、とりあえず当日に配布されたゲストのレジュメ資料を以下に紹介します。

稲葉奈々子さん: モラル・エコノミーとしての「黄色いベスト運動」
平井 玄 さん: 交通誘導負と物乞いするおばあさん
湯川 順夫さん:「黄色いベスト」の運動とは何か
資料1】黄色いベスト運動の要求事項

※基本的に配布レジュメをそのまま掲載させていただいおりますが、モニターで読みやすいように一部、整理・整形しました。

モラル・エコノミーとしての「黄色いベスト運動」

稲葉奈々子(上智大学)

モラル・エコノミー

稲葉奈々子 さん

 イギリスの歴史家EP・トムソンの概念。18世紀末の農民蜂起を、非合理的で感情的な怒りにまかせた行為ではなく、正義や権利が、権力によって踏みにじられたときに発動される行動として説明した。

・経済が、モラルに照らして、うまくいっている(うまく機能している)状態がどのようなものであるかについて、広く共有された考えに訴えるもの。つまり、一定のきまりが尊重されているか、ということ。物価は生産にかかった費用に対してべらぼうに高くなっていないか、市場原理ではなく互酬性が交換の規則となるべき、などのきまりが想定されている。
 これら文字としては書かれていないきまりが尊重されなかったとき、あるいは市場経済によ って生活世界が脅かされるとき、人々は蜂起する、というもの。

・黄色いベスト運動についても、単に税制に反対する運動としてではなく、不正義な税制であると感じられたがゆえの抗議。
・権力と民衆のあいだには、民衆の尊厳ある生活を守る為政、という暗黙の契約が存在し、それが破られたときに民衆が蜂起する。
・黄色いペスト運動についても、「社会保障」という権力と民衆のあいだに成立してきたはずの暗黙の合意が破られたがゆえの蜂起と理解することができる。
 →21世紀の新自由主義に対するモラル・エコノミー

・19世紀末に国民国家が形成されて以来、国家は、個人が生存する上での基本的な単位となった。市民はナショナルな共同体に属し、階級的分裂があるにせよ、ナショナルな利害は共有していた。国家のために死ぬことも受け入れることが義務付けられるようなナショナ ルな共同体。しかし、これが必ずしも排外主義的政治に結びつくわけではない。

・政府の財政政策が、「金持ちを優遇するために貧しいものをないがしろにする政治」として黄色いベスト運動によって解釈されている。
・北東から南西に対角線上に人口密度の低い地方都市で、公共交通機関や医療機関などの公共サービスや商業施設がどんどん撤退していき、取り残されていく感覚があるという。
=物理的・精神的な消耗と民主主義の消耗・衰退と解釈できる。

もうひとつの問題=政治的代表制

・政党、労組、メディアなど古典的な政治的代表機関が、人々の怒りや不満を代表して、政策を方向付けることができなくなった。

・黄色いベスト運動の、どの既成組織にも取り込まれようとしない姿勢。政府の危機を表しているだけでなく、政治•社会的に危機的な状況も表している。
・1936年には、労働者の国会議員が50人以上いたが、現在では577人の国会議員のなかで労働者はいない。

代表者のいない運動

・実際にオーガナィザ一や代表者がいないわけではないが、水平な運動であろうとする志向 は、フランスに限らず、オキュパイなど近年の運動の特徴。

・かっては、メディアや世論調査、組織の代表者が意見を表明してきたが、そうしたメディアや、仲介者や、解釈者を拒否し、より民主主義的に、個人が直接自分の意見を表明しようとする志向。

・ただし直接民主主義への志向は、フランス革命時からみられる。
 →しかし、代表者やスポークス・パーソンがいないまま、いかにしで政治権力に影響力を与えるだけの運動たりえるかは不明。-

世界各地にみられる政治の危機

・イギリスのBrexit、米国のトランプ支持者など、「ポビュリズム」とされる現象。

・当初は、労組をはじめとした左翼運動は黄色いベスト運動に批判的だった。
 →雇用主の利益を代表する運動とみなされた。運動の発端になった人たちには工場労働者はいない。トラック運転手、個人事業主、不動産プロモーター、派遣労働者などで、その発言はどちらかというと「右」だった。催眠療法セラビス卜のジャクリーヌ・ムローなどは、 2007年と2012年の大統領選のいずれもニコラ・サルコジに投票したと公言していたし、クリストフ・チャアンソンは鍛治職人で、保守の候補者として地方議会選挙に立候補したこともある。パンジャマン・コシーは商業の管理職で、UMP (シラクが設立した保守政党、現在のLes Republicains)の議員だった。
 →最初は、国家が個人事業主に負担となる税制に対して異議申し立てし、国家エリート批判や、議員の腐敗批判が前面に出されていた。
 →しかしすぐに、社会的不平等に異議を申し立てる運動になっていった。

・不平等に対する異議申し立ては、歴史的にみてもフランスは他の国よりも強い。
 →歴史について無知な人でも、フランス革命は貴族の特権を廃止することを目的としてい たということは知っている。

・1848年の2月革命や1968年の5月革命もそうだったが、運動が社会的な連帯を強化する役割も果たした(ロン・ポワンを通過する車がクラクションを鳴らして連帯の意思を表明するなどの光景がみられる)。

誰が参加しているのか

・運動の広がりが大きく、参加者のプロフィールを描くのが難しいと言われるが、参加しているのは社会的に排除されている者や、失業者、生活保護受給者ではないことは多くの論者も一致しているし、フランスでは450万人が貧困ライン以下の生话をしているが、そうした貧困層でもないことも明らか。慎ましい生活をしている給与生活者や、困窮したミドルクラス、自営業者、年金生活者など。

 →社会的に姿が見えず、政治的にも代表されてこなかった層だが、黄色いベスト運動に代表されるような生活を送る層は500万人ぐらいと考えられている。
 →企業に根ざしていないこうした層の貧困化が進んでいるが、顧みられてこなかった(そのため、賃労働者VS旧中間層=自営業層に見えてしまう)。
 →「デイープ・フランス」

・移民が多く、フランスでもっとも貧困層が多いセーヌ・サン・ドニ県では、黄色いベスト運動による道路の封鎖やデモが起きていない。
 →そもそも車を保有していない世帯。
 →公共サービスや商業施設の撤退という問題は共有している。
 →黄色いベスト運動に共感はするが、そこに自己を同一視することはできない。

暴力について

•「やわらかい暴力」=企業の倒産により人々が突然失業する、有期雇用が増えて、正規雇用が減っていく、これが明日への不安を強める。

・むしろ国家による暴力は1968年5月よりも深刻。

・伝統的に存在してきた集合的な闘いが弱められていき、人々は生活状況が悪化することを受け入れることを強いられている。

いくつかの結果

・政治エリートを養成するENAの廃止についてマクロンが言及。
・やはり政治エリートを輩出するパリ政治学院が、筆記試験はもともと優遇されているエリ ートをさらに優遇する試験だとして、廃止することを決定。
 →黄色いベスト運動が直接要求した事項ではないが、反エリート、ポビュリズム的要求に対応。

・ただし、もっと重要だと考えられるモラル・エコノミーの要素、つまり社会保障については大きな変化はない。生存そのものの問題に対峙するような政策は打ち出されていない。

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