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三里塚闘争

2011.02.04 三里塚現闘本部裁判 高裁包囲(東京・三里塚同時行動)に参加してきた

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 すでにyukikoさんに先を越されてしまいましたが(⇒yukikoさんの日記)、去る2月4日、三里塚反対同盟(北原事務局長)の、「東京・三里塚現地同時デモ」に参加してきました。私は東京高裁の天神峰現闘本部裁判控訴審闘争のほうに参加させていただきました。⇒画像報告はこちら

主催者の予想を上回る人々が結集

 当初は三里塚現地デモのほうに参加しようと思っていたのですが、「できれば高裁デモのほうに回ってほしい」との連絡をいただき、そちらに参加することにしました。はっきりとそう聞いたわけではないんですが、市民・住民運動など、私のような一般の人や、比較的に高齢な方などは高裁デモを要請されているのかなと感じました。元気な学生さんや、昔から張り付きの支援をされている党派団体の現地部隊、それに反対同盟員の大半の方々などは、現地行動に回られたみたいです。

 なんでも、ただでさえ大人数での結集が難しい平日昼間の緊急行動ですから、学生さんをはじめとして、みんなが三里塚現地に集まってしまうと、高裁が手薄になって舐められるという心配をされておられました。ですが、フタをあけてみればそんな心配は無用でした。ネットで見たり、急を聞いて駆けつけた人たちの多くが東京デモの方に集まったせいで、むしろ東京デモのほうに現地デモの倍近くの人数が集まってしまったのです。ネット時代はこのあたりの読みは難しいですね。

 そんなお一人として、当日になってyukiさんも何の前触れもなく、急遽こちらに参加されたのでした。なんと彼女は当日の朝になってから「今から行きます!」とご自分の日記に書いてやってきたのです。私があちこちウロウロしている間、「三里塚勝手連」の旗をもって立っていてもらったのですが、参加者の方から「日記を見たよー。あれを見て私もきたんだ」と話しかけられたそうです。

 yukiさんの日記だけではなく、私の書いた記事を読んでから来てくれた人もいたらしく、yukiさんから「なんかこの旗もって立っていると、草加さんって来てるの?とか、草加さんどこ?とかいっぱい聞かれるからヤダ!」と言われて、ものすごく驚くと共に、恐縮するやら有難いやらで、どう言っていいかわからなくなりました。

 そんなお一人に、やはり個人として駆けつけた、ブログ「ルンペン放浪記」の田中洌さんがおられました。田中さんも「勝手連」の旗を見てyukiさんに話しかけられまして、ちょうど私も少し離れたところから見ていたんですが、「これって草加さんって人がいるところだよね」という声が聞こえて振り返りますと、ちょうどyukiさんが「あの人です」と私を指差しているところでした。

 田中さんは見るからに味のあるおじさんで圧倒されましたが、私を見るなり「あなたが草加さん!?あなたが?」と驚いたようにおっしゃりまして、なんか気の弱い私の被害妄想かもしれんが「がっかりしたオーラ」がその言葉からにじみ出ておりました(笑)。

 いったいどんな人だと想像されてたのかと思いますが、こんなそこらを歩いている公務員かサラリーマンみたいな平凡な外見で、しかも平凡どころかいかにもヘタレで気の弱そうな軟弱男が草加でございます。本当にどうもすみませんです(爆

この裁判の何が問題か?-判決以前にそもそも裁判をしない

○地裁段階での流れとその問題点

 この日の裁判闘争の意義については、yukiさんが日記の冒頭に簡単にまとめてくれています。
 この裁判は簡単に言いますと、天神峰現闘本部のある土地の底地権(上に別人の権利が乗っかっているので自分では土地を利用できない所有権の通称)を持っている空港会社が、現闘本部に事実上の強制収用を行うためにおこした裁判です。つまり、わかりやすく言うと「地上げ」ですね

 ですが、現闘本部には底地権に対抗しうる反対同盟の地上権がありますので、このような民事裁判の形式では強制収用はできません。そのため、空港会社はあの手この手の無理な奇策でもって、無理やりにこの地上権の成立をウルトラC的に否定するレトリックを弄してこざるを得なかったわけです。もし普通の民間人同士の民事訴訟なら、裁判所はそんな屁理屈を認めませんが、「ナリタ」なら何でもありです。それに農民は「法の下の平等」「公平な裁判」を求める構図です。

 地裁段階では、反対運動に強い敵意と侮蔑心をあらわにした仲戸川裁判長によって、空港会社だけにこのような奇策の論述をさせ、一方で反対同盟側にそれに反論させないという形で判決が出されてしまいました。その最たるものが、空港会社側の「決め手」である内田証人に対して、反対同盟側からの反対尋問が行われていないことです。

 ビデオリンクと言って、仲戸川裁判長は別室との電話越しでないと反対尋問してはいけないと言い出し、それはおかしいという反対同盟側の弁護士の抗議に対して、「それでは反証もないようなのでこれにて結審。判決とします」とやらかしたのです。

 とりあえずすべてがこの調子です。空港会社側の主張は最初から無理があるので、反対同盟側がそこをついて次々と質問をします。それに対して空港会社は窮して答えることができない。法廷ドラマなんかでは(そして普通の裁判では)裁判所が「早く答えてください」と促す場面です。ところが仲戸川裁判長は空港会社側に助け舟を出すように、「それでは反証もないようですのでこれにて」と打ち切ってしまう。この繰り返しです。

 私は思うのですが、判決の内容が不当であるとかそれ以前に、民事裁判というのは、とりあえず当事者双方が納得いくまで自分の主張を(法律の範囲内で)すべて述べ合うことが大切だと思うのです。とりわけても地裁段階においてはそうです。

 原告被告双方が「言いたいことはすべて言った。あとは判決を待つばかり」という気持ちになることが大事です。そうでなくては裁判制度そのものに対する信頼というものが失われてしまいます。これは判決の内容が不当であるとか、自分の思うような判決でなかったとか、そういうこと以前の問題です。

 地裁の裁判官が双方の意見を平等にしっかりと聞いて丁寧に審理を進めれば、控訴や上告というのも減るものなんです。「納得はいかないが、法的にそうなら仕方がない」というか「言いたいことはすべて言ったから」という気持ちになるものなんですね。

○高裁に対する弁護団の要望

反対同盟北原事務局長

 デモの主張はきわめて明白です。判決内容以前に、そもそも「裁判をしてほしい」ということです。空港会社の主張だけを聞いて審理を打ち切ってしまうなんてことは納得ができない。そういう当たり前のことです。

 具体的には内田証人に対する反対尋問をさせてほしい。双方の証拠に矛盾がある点につき証人などを呼んで普通に審理してほしい。現場検証をおこなってほしい。その3点です。

 特に3番目の現場検証についてですが、現在は民主党政権が壁で封鎖して立ち入り禁止にしている現闘本部の中に入れば、地上権の目的である木造物件が存在しているのかどうか(空港会社は存在を否定)一目瞭然でわかるわけです。

 「存在しているかどうか、実際に見に行こう」という反対同盟の現場検証要求に対し、空港会社はそれを否定する理屈がないがゆえに、しぶしぶながら同意したのです。ところが地裁の仲戸川裁判長は、反対同盟を勝たせたくない一心だったのか、それともお上が立ち入り禁止にしている場所に、裁判所が反対派を立ち入らせるなんて畏れ多いと思ったのか、そのどちらかは知りませんが、この原告被告双方が同意した現場検証を、独断で「必要ない」と認めなかったのです。意味がわかりません。空港会社は胸をなでおろしたでしょうけど、これでは公平な裁判とはいえません。

○裁判所はその役割を果たせ

 現在は空港の事業認定も失効し、表向きは強制収用はできないことになっています。そこで空港会社は、行政機関である収用委員会の代用として、裁判所を使うことにしたわけです。

 「収用委員会」というのは一般に思われているようなものとは少し違って、実際は手続きに不備がないかどうかを審査するだけの存在です。要するに、強制収用の申請が出た段階で、これを中身に立ち入ってその必要性や公共性を審査するような権限はないのです。ただその審査が終了した時点で強制収用が可能になるという点で注目されるだけのことです。つまり、行政側の一方的な収用宣言だけでいきなり暴力をふるうのはいかにも聞こえが悪いので、ワンクッション置いているだけの形式的な存在にすぎません。

 裁判所はその形式的な存在の代用品あつかいされているということです。私はそれに裁判所がどう反応するのかな?、収用委員会ではできない実質的な審査をするのかな?と注目していましたが、裁判所が空港会社の一方的な言い分しか聞かないで、反論を認めずに結論を出すのであれば、まさに「収用委員会の代用品」に自らを貶めるものであり、「三権分立」の建前をかなぐり捨てて、文字通り行政機関の意を受けた国策裁判(=階級裁判)をやっているということです。繰り返しますが、これは判決内容以前の問題なのです。

高裁へのデモに出発

 さて、いよいよ高裁・霞ヶ関一帯に向けてデモ行進をはじめますが、それに先立って、本日の行動予定やデモ行進の内容について、簡単な打ち合わせがありました。訴訟当事者である反対同盟からは、代表して北原事務局長がお一人で来ておられまして、残りは全員が現地で市東さんの農地強奪のための工事開始に抗議デモをしているとのこと。

 その北原さんからは、かつて自分が「皇軍兵士」として従軍し、実際の海戦にも参加して九死に一生を得た海軍での体験などをふまえつつ、そこから今の政治状況、そして本日の裁判闘争を闘う意義を、歴史の流れの中で訴えられました。「若い労働者や学生の皆さんに、歴史があって現在があり、そして未来があるということを知ってほしい」と。そして「今まで多くの裁判があった。その経過をみると、結局は反対同盟が『裁判で勝って判決で負ける』の繰り返しだったんですね」とも。戦争体験者の重い言葉だとしみじみ思いました。

 弁護団からは大口弁護士がデモ出発の現場に駆けつけ、本日の裁判闘争の意義と弁護団からの決意を述べられました。出発地点の霞門付近では、100人くらいの公安私服刑事(yukiさん風に言うと「ピーポの一族」)が、私たちをグルっと取り囲んでいました。
 ピーポ一族はここでは100人くらいですが、沿道を進むにつれて周囲に配置されていた一族の人間が次々と合流し、解散地点の少し手前あたりでは、どう見ても200人近くのピーポ一族が、100メートルくらいに広がって練り歩き、場所によっては歩道を完全にふさぐ大人数でゾロゾロと移動しておりました(写真参照。これ全員私服刑事です!)。

 とにかくその数がハンパない!マンツーマンどころか、デモ隊一人に対して1.5人くらいのピーポ一族がいました。基本は「公安ってどんだけ暇で楽な仕事やねん+どんだけ無駄に人数がおるねん」という話ですが、同時に、もし機会があれば「混乱」を演出して一斉に襲い掛かる弾圧体制を敷いていたと考えるべきでしょう。参加者はその手にのらず、最後まで整然と行動して介入の隙を与えませんでした。

法廷闘争に移動

 解散地点でシュプレヒコールをあげた後、参加者の多くは高裁に移動して傍聴闘争に臨みました。デモの参加者は120人ほど。傍聴闘争には90人ほどが参加しました。私らはyukiさんやそのお友達とダベりながら歩いていたため、全体の流れからはぐれてしまい、着いたころには裁判所の前庭にて、傍聴券の抽選を待つ人々が長蛇の列を作っていました。

 傍聴席は28席とのことで、抽選券をわたされます。私はハズレでしたが、yukiさんはみごとに当たりを引き当てられました。「これから私のことは、『やはり何かを持っている強運の女』と呼んでね」とのことです。でも、一応当たりの傍聴券はすべて反対同盟に集約してほしいとの要望が伝えられ、yukiさんもその要望にしたがっておられました。

 さて、それから裁判所の中に入りますが、入り口で旗やヘルメットなどはすべていったん没収されて(旗やヘルメットはちゃんとたたんでしまっていたのに!)預かりとなり、さらに空港などにある金属探知機のゲートや、カバンの中身を調べるレントゲンの手荷物検査機を使い、さらにはボディチェックまで含んだ検問が実施されます。

 金属探知機の上に、没収された統一委派の赤ヘルを飾るように置いてあった(戦利品のつもりか)ので笑ってしまった。とにかく時間がかかって仕方がない。それらすべてにかつての廷吏さんの姿は見えず、下請けの民間ガードマンが行っていました。外注化や首切りの波は裁判所にまでというとこでしょうか。粗暴な公安刑事に比べ、参加者はおおむねこれら警備の下請け労働者には敬語で丁寧かつ穏やかに対応していたのが印象的でした(一部例外の人もあり)。

 私は、おそらくジャンパーについていた大きめのジッパーや財布の鎖などのせいで、何回くぐっても金属探知機が鳴ってしまう。あやしいものは持ってないよー(泣)。おかげでみんなとはぐれて高裁の建物の中で迷子になってしまいました。案内を見ながらようようのことで合流。裁判所の廊下で法廷の結果を待ちます。

 私たちの前にはやはり民間ガードマンがバリケードを作り、後ろには「過激派スタイル」の公安私服のピーポ一族が人垣を作っていました。完全にはさまれています。うー、恐いなあ、公安ピーポ一族。  ((p*>_<*q))

 なお、私は裁判所内は撮影禁止であることを知っていたので、ちゃんと行儀よく撮影はしませんでした。でも、画像報告のコーナーに「もし、撮影禁止だということを知らずに撮っちゃったという人がいたらメールで送って」と書いて、まさかと思ったら、本当に携帯動画(?)を送ってくれた人がいた。知らない人ですが使わせていただきました。ありがとうございます。

許せない!審理もせずに「裁判」終結を画策

 さて、普通、民事の法廷というのは3分とか5分ですぐに終わるものなのですが、11時に開廷された法廷は、12時をすぎてもまだ動きがない(外から見て)。おそらくかなり紛糾しているんだろうなと思われました。

 やがて12時すぎ、廷内から出てきた人により、「証人尋問などの要求はすべて却下。裁判長が結審(裁判を終わること)すると言っている」との報告がなされ、じっと待っていた人々の間に衝撃と怒りが走ります。つまり「裁判をしないでいきなり判決を書く」と裁判長は言っているのです。

 この結果は裁判長の態度から事前に予想されたことですが、それでも現場にいますと、自分でも驚くぐらいに悔しさがこみあげてきました。一度は法学を学んだ者として、裁判所の良心に一縷の望みをたくしたかった。法制度というものの建前を信じてみたかった

 「却下・結審」の報告を聞くなり、胸の奥がジーンと熱くなり、何かがこみあげてきます。それは本当に自分で自分にとまどうような感情で、ただ悔しくて悔しくて悔しくて、油断すると涙が出そうになりました。いろいろな意味で本当に「残念」です。その一言です。もうわっと声をあげて、後のことも考えず、法廷前で権力をバックにして得意げにピケをはる民間ガードマンを殴ってやろうかという衝動さえおぼえた。とにかくじっとしていられない、けれども一歩も動けない、そんな感じ。とにかく胸が熱くなった。

 そして思い出しました。ああ、昔もこうだったなあと…。
 絶対にこのまま終わらせない。今やめることはできない。このままじゃやめられない。 尾瀬あきらさんの『ぼくの村の話』で、「空港公団はぼくたちに常に新鮮な怒りを吹き込み続け、闘争をやめることを許さなかった」というくだりがありますが、まさにそれでした。ひさびさに感じた感情でした。

 裁判長は最初から「却下・結審」の一言を言う機会をずっと待っていたようだということです。弁護団が証拠を調べて審理する必要性を述べている間もずっと。きっと最初から聞いてもいなかったんでしょう。それが証拠に却下の理由すら言うことができなかったそうです。おそらく却下の理由は「あー、もう、昼休みの時間になっちゃったよ」ということだったに違いありません

 あらためて言う。井上裁判長は審理をつくせ!というか、そもそも審理を行え!内田さんら2名の証人尋問なしに、対立する双方の主張のどちらが正しいかも判断できないし、そもそも判決文など書けないはずではないか!

 それとも空港会社の主張だけを証拠にも基づかないで、そのまんま判決文に引き写そうというのか?それでも「裁判」と言えるのか?反対同盟弁護団は、法に則り、理を尽くし、証拠を提出して主張を展開している。これにダンマリを決め込んでいるのは空港会社だ。
 杜撰で穴だらけの空港会社の主張に裁判所が助け舟を出し、農民の主張を封じるために審理も行わずに結審しようとするならば、それはもはや、農地強奪・誘導路建設の「国策」と連動した階級裁判としか言えなくなってしまうではないか。

 そのうち、閉廷した直後の法廷から、傍聴人のうち二名が、ガードマンではない制服の男に連行されていくのが見えました。みんなはすっかり「裁判所が警官を法廷に入れて、傍聴人を逮捕させた!」と思いこみ、びっくりして抗議します。ですがまあ、さすがにそこまで裁判所もかろうじて地に落ちてはおらず、傍聴人を連行していたのは廷吏さんでした(だからいいとは言えないが)。
 廷吏も削れるだけ削ってガードマンに丸投げ委託しているのですが、開廷中の法廷内だけは「ガードマンなんぞにやらせたら品位が下がる」とでも思っているんでしょう。見下しながら世話をさせて頼りきるのが権力者の習性ですから。

「まあ、こんなもんなんだよ。頑張ろう」北原さんの一言に救われる

 その後、残ったみんなで朝の集合場所である霞門に再度集まり、本日の総括をおこないました。50人くらいがこの集約に集まりました。弁護団の皆さんは、やや興奮した様子で、口々に法廷内での様子を報告されます。

 審理無しで結審しようとする空港会社と裁判長に対し、双方の主張が食い違う証拠について、証人調べをしなければ判決が書けないこと、そもそも訴訟法上も、過去の最高裁の決定に照らしても、証人尋問をしなければならない事例に該当していること、本法廷が「裁判所」であるならば、必ず証人調べをしなければならない事態にたちいたったこと、さらに証人調べをすれば、空港会社の主張が崩れる可能性が大きいこと、それらの事実に逢着(ほうちゃく)したからこその、今回のまさに暴力的な「裁判」終結だったのだろうということでした。

 まさに裁判長は最初から弁護団の主張など聞いてはおらず、いきなり理由も明示せずに「却下」とつぶやいた。そのため弁護団が裁判長の忌避を申し立てた。裁判長は忌避申し立ての後であわてて「審理終結」とつぶやいたが、これは無効となります。

 そんな弁護団の説明に聞き入る人々の顔は(プライバシー保護のためにお見せできないのが残念ですが)みんな最悪の結果に厳しい表情ながらも余裕さえ感じさせる、本当にいい顔をしておられたと思います。こういう時に人間の値打ちがわかるのです。

 裁判長は「却下」とつぶやいてから弁護団の声に耳をふさぎ、風のように立ち上がって大急ぎで逃げていった。あまりのことに驚いた二人の傍聴人が、どういう根拠で誰の責任でかわからないが拘束されたということのようです。二人は裁判所の外で拘束を解かれました。この点は動画での説明を訂正します。

 最後に、北原事務局長からの挨拶がありました。北原さんは開口一番、事態に緊張しているみんなに向かって「まあ、こんなもんなんだよ」と、とぼけた口調でおっしゃり、張り詰めていたみんなは爆笑になりました。私も一気に緊張がとけて笑顔になってしまいました。

 北原さんは「これが日本の裁判の『判決の出し方』なんだよ。じゃあどうしたらいい?現地闘争で勝つしかないんだよ」とかんで含めるようにおっしゃり、みんなの気持ちが再び上を向いていくのがわかりました。
 最後に、「だけどまあね、みんな、頑張ろうよ」とおっしゃった時には、みんな「よーし、くそ!頑張るぞ!絶対勝つぞ!」という明るい気持ちになっていたと思います。この日ばかりは「一気に空気を変えてしまった北原さんさすが!」と思いました。

 解散の後、迎えを待って一人で座っている北原さんを見ました。ご高齢ゆえに、なんとなく疲れておられるように見えました。私はぼっと前をみている北原さんに近寄って、「北原さん!悔しいよ!」と言ってみたい気持ちにかられました。でも、それをしたら、いっきに涙があふれてきて止まらなくなるという予感がありました。迷惑をおかけするわけにはいかないので、そのままじっと堪えていました。

 もちろん全体としては、参加者みんなの気持ちが一つになって、とても気持ちのいい闘いだったと思います。追い詰められたのは向こうのほうだ!そう思います。北原さんの言う通り、「裁判では完全に勝っていた」と。

 一方で、これを書いている瞬間も現地では、県道付け替え工事や第3誘導路の工事をめぐる攻防が続いています。こういう現実の極めてリアルな動きに対し、「三里塚」を語るのであれば、北原派であれ何であれ、これに無関心であってはならないと思います。メラニー神父の言葉ではありませんが、「私は北原派ではなかった。だから何もしなかった」そう言っている先に何があるかは明白です。私は今後とも自分にできることを考え続け、実践していきたいと思います。

参考リンク

<外部リンク>
農地強奪の誘導路工事、裁判結審策動に怒りの同時デモ(反対同盟ブログ)
緊急呼び出し(農家便り)
天神峰現闘本部裁判闘争と現地闘争(関実・三里塚)
三里塚現地闘争報告!(3・14法大弾圧を許さない法大生の会)
三里塚現地と東京高裁前で同時決起やりぬく(『前進』速報版)

   

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コメントを見る

  • ツィターで拝んでいたあばた面のごつごつしたイメージとかけ離れて、さわやかな野焼けで漆塗りみたいにピカピカしていたんで、一瞬、初対面に必ずぶち込むはずの、気のきいた挨拶ことばを見失い、とまどっちまっただけだ。

    朝っぱらだから、帰りしなにいっぱいやろうや、ともいえないし。

    一度でいいから、エジプトのやつらみたいに群衆のど真ん中で、トチ狂って喜びあいたいなあ。

    僕もアラビアンやメキシカンと同じ教育なし、革命、革命とうわごとをいいながら持ちこたえる、どん底暮らしだからだ。

  • 田中洌さん>

    もちろん冗談ですよ。気を悪くなさらないでね。
    それにしても、さわやかでピカピカたあ、うちの親に聞かせてやりたいねえ。

    それにしても。。。そうねえ、死ぬまでにもう一度、管制塔占拠闘争みたいなことを、目の前で経験してみたいねえ。
    このままじゃ死ぬに死ねないよ。せめてやつらに一矢報いるまでは。