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懐古的資料

小説】あめの国のものがたり 第二章「ペルセウス秘密同盟」/武峪真樹

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前回からのつづき

ジャンル:SF・ファンタジー・異世界・ジュブナイル
対象年齢:小学校高学年くらいから全年齢
作  者:武峪真樹 @ ジグザグ会
初  出:赤色土竜新聞第9号 2003.12.27

第二章 ペルセウス秘密同盟

第二章1『ターレスはどこ?』

 自動車専用道路は昨日よりも混んでいた。すこし時間がかかったけど工場前に着いた。工場の入り口前はたくさんの警察や報道の車が来ていて、消防車、救急車もあった。それからたくさん人が来ていた。警官や報道の人たちも多かったけど、工場の工員たち、それから、その家族らしい人たちも大勢いた。
 警察が入り口前をしゃだんしているので、工場の中には入れなかった。といっても、工場は、入り口の門と警備員のいる小屋があるだけで、その向こうの建物は消えてなくなっていた。きのうは確かにそこに建物があって、ぼくはその二階の窓際で食事をしたのに、今は何もない。ただ地面が広がっているだけだ。

 入り口の近くに人だかりがしていた。その中に分けいっていくと、人だかりの真ん中には工場の責任者らしい人がいて、それを囲んで工員やその家族たちがさかんに質問していた。ぼくはその人たちの中にターレスとヘーパイがいないかどうか探してみた。しかし彼らの姿はどこにも見えなかった。
 人だかりから抜けて、ぼくは教授のところに戻った。ぼくたちはしばらくのあいだ、そこにたたずんでいた。なぜこんな事が起こったんだろう。この工場はどうなるんだろう。ターレスたちはどうしたんだろう。だれに聞いたらわかるだろう…

「おーい、すすむじゃないか。来てくれたのかい?」
 聞いたことのある声がした。ふりかえると、そこにヘーパイがいた。いっしょにいるのはヘーパイの家族かな?と思った。しかしそうじゃなかった。それはターレスの家族だった。奥さんと子どもたち。今度の休みにネズミーランドへ行く約束をしていたこどもたちだ。奥さんは泣いていた。そしてこどもたちは不安そうな顔をしていた。
「うちの人が、夕べから帰って来てないんです。」と奥さんは言った。

 奥さんの話では、ターレスはきのうは残業することになったそうだ。それで遅くなるという電話があった。しかし、いつまでも帰ってこないのでおかしいと思っていたら、爆発事件のニュースが飛び込んできたのだ。それで奥さんは真夜中、車に乗って工場に向かった。ところが道路はたくさんの車で渋滞し、明け方になってやっと、ここにたどり着いたそうだ。そしてここでヘーパイに出会ったという。

 ヘーパイは残業がなかったので家に帰っていたけど、ターレスのことが心配になって工場に来たのだ。そして工場長が来たので工員の消息をたずねたが、工場長もどうしてこんなことがおきたのかわからず、首をかしげるばかりだった。ただ、工場長の話では、ゆうべ残業していたのは100人。その工員たちが、工場もろとも消えてしまったのだ。その中にターレスもいた。

「工場長のはなしでは、消えた人たちは生きてるのか死んでるのかもわからないんですって。」そう言うと、奥さんはまた泣き出した。
 ぼくたちは奥さんをなぐさめ、あきらめないでターレスの帰りを待っててあげるようにと言った。でも、今はまだ事情がよくわからないので、なぐさめようもなかった。

第二章2『ペルセウス秘密同盟』

 ヘーパイたちと別れて、ぼくたちは教授の家へもどってきた。そしてソファーにくつろいだ。教授の奥さんがお茶を入れながらたずねた。
「ねえ、どうだったの? 工場はひどいの?」
「うん。こんなひどい事件はいままで無かったが…」教授は、そう言って黙ってしまった。そして、なんだかむずかしい顔で考え事をしていた。

 ぼくは、ふと、思い出したことがあったので教授にたずねた。
「ねえ教授。きのう僕がターレスたちのことをはなした時、ちょっと困ったような顔をしてたでしょう? どうしてですか?」
「え? そうだったかい? うーん。まあ、あとで話してあげるから、ちょっとまってて。」教授はあいかわらずむずかしい顔をしていた。そしてしばらく考えごとをしてから、ようやく口をひらいた。
「君、今日は時間あるかい?」
「ええ。あるといえば、いくらでもありますけど。」
 …けど、本当はよくわからない。ぼくがもらったチケットは日帰りのはずなのに、もう一日過ぎている。だからチケットの有効期限は過ぎているはずだ。ぼくはちゃんと自分の世界に帰れるんだろうか? とても不安になってきた。でも、いますぐ帰ったらきっと後悔するにちがいない。いま帰るわけにはいかない。
「じゃあ、午後になったら出かけるよ。車でちょっと遠いところに行くからね。」
 それはぼくには願ってもない事だった。いろいろなところをできるだけたくさん見ておきたいと思っていたから。

 お昼になると自動車工場爆破事件について、また新しいニュースが入ってきた。ミラ大統領が、この事件についての政府としての見解(けんかい)を発表したのだ。

 政府の見解によると、この爆破事件に使われた爆薬は「消滅爆弾」というもので、広い地域の人や動物や建物を一瞬にして消滅させる兵器なのだそうだ。その爆弾は一発で半径100メートル以内のものを全て消滅させることができる。そして何発もいっしょに爆発させれば、消滅の半径を何百メートルにも拡大させることができるという。こういうおそろしい兵器を政府は「大量破壊兵器」と呼んでいる。

 また、この犯行は「ペルセウス秘密同盟」という秘密組織がおこなったテロであることもわかった。ペルセウス秘密同盟は、砂の国とつながっていて、砂の国の指令によって秘密のうちに爆弾を砂の国からあめの国に運び込み、自動車工場を爆破させたのだ。そこで政府は、まず、この極悪非道(ごくあくひどう)な犯罪組織「ペルセウス秘密同盟」をたたきつぶし、関係者は全員逮捕することにしたという。

 大統領がテレビの向こうから直接叫んでいた。
「みなさんの中で『ペルセウス秘密同盟』やそのメンバーの事を知っている人は警察に密告して下さい。お礼にお金をたくさんさしあげます。
 また砂の国に対しては、いま持っている『大量破壊兵器』をただちに全部差し出すように通告しました。もし通告に従わなければ、あめの国は砂の国に宣戦布告(せんせんふこく)し、報復戦争(ほうふくせんそう)をたたかうと宣言しました。犠牲となったわが国の100人の人たちのために、私は必ず復讐(ふくしゅう)を誓う。いと高きところに神の栄光あれ!地には平和、人には恵みあれ!」

 ニュースが終わるやいなや、教授は立ちあがった。
「さあ、でかけよう。」ぼくは教授についていき、車に乗り込んだ。いったいどこにいくんだろう。ぼくは不安と期待とがいり混ざった不思議な感じがしていた。今から行くところは、工場爆破事件になにか関係あるんだろうか。教授は何も言わない。でも、とにかく教授を信じてついて行こう。

第二章3『地下へ続く階段』

 ぼくは車窓(しゃそう)から、外の景色を眺めていた。車はしばらく走るとやがて郊外に出た。道は広いキャベツ畑がつづいた。やがて景色は牧草地へとかわった。遠くに何か動物が見える。ウシだろうか? 並んで見えるのはポプラの並木だろうか。それから畑にかわった。こんどはニンジン畑のようだ。どこまでも続く畑。ときどき民家が見える。畑で働く人。やがて遠くに町並みが見えてきた。大きな時計台とたくさんの建物。
 午後のやわらかい日差しの中で美しい景色を眺めているうちに、ぼくはなんだかねむくなってしまった。どのくらい時間がたっただろうか。うとうとしていると、車が止まるのを感じた。

「着いたよ。」と教授は言った。
 僕たちが来たのはカノープス市という街だった。ケンタウロス市から200キロくらい西にある都市だ。車が止まったのはその街の中心街からはずれたダウンタウンだった。僕たちは車を降りるとしばらく歩いた。公園を抜け、古い建物が並んでいる通りに入った。その通りを抜けて角を曲がり、それから二つ目のせまい路地に入っていった。路地には空き地があって、空き地には古ぼけたレンガ造りの小屋が建っていた。
「あれ? なんだか見たことがある。」ぼくはつぶやいた。教授はその小屋に入っていった。ぼくもそのあとをついていった。

 小屋にはだれもいなかったが、かべにとびらがあった。それをあけると、地下へ降りる階段が続いていた。階段の先は真っ暗で見えなかったが、教授はどんどん降りていった。ぼくもあとからついて降りていった。
 カツーン、カツーンという二人の靴音が暗闇にこだました。教授はポケットから小さな懐中電灯を取り出して足元を照らしながら、なおもずんずん降りてゆく。階段はずいぶん長く続いている。その長い長い階段をぼくたちは下りていった。

 階段は果てしなく続いているみたいに思われた。ぼくたちはどこまでもどこまでも下りていった。かなり歩いたあと、はるか下の方にかすかに明かりが見えてきた。降りるにしたがってその明かりは近づいてきた。階段を降りきったところに第二のとびらがあった。明かりはそれほど明るくない。とびらのすぐ上についていて、周囲をぼんやりと照らしていた。
 教授はとびらの前に立つと、あるリズムをもって四回ノックした。するととびらの向こうからは別のリズムで四回ノックする音が聞こえてきた。教授はとびらを開けた。

 とびらの向こうにはうすぐらい部屋があった。広さはよくわからないが、それほど広くはない。奥行きのある細長いへやだった。その部屋の真ん中に長いテーブルがあり、上からぶら下がっているライトに照らされていた。テーブルの周りには人が座っていた。10人くらいいたが、部屋がそれほど明るくないので、顔はぼんやりとしか見えない。
 教授と僕は入り口のそばの空いている席にすわった。そこで全員がたちあがっていっせいに呪文のようなことばをつぶやき始めた。
「イン・テラ・パックス・オミニブス・ボネボルム・タティス」…ぼくにはこの言葉の意味はわからなかった。でもそれは不思議な抑揚とリズムをもっていて、まるで歌っているみたいだった。呪文が終わると一同は席についた。

「きみがすすむ君だね。君のことは教授からきいている。」いちばん奥に座っている人が話しかけてきた。
「はい。すすむです。初めまして。あの、ぼくは何も聞いていないんですが、これは何の集まりなんですか?」
「ああ、それはすまなかったね。これから説明しよう。だけど、その前に約束してくれないかい。君がここへ来たこと、ここで見たこと、聞いたこと、私たちのことはいっさい人にしゃべってはいけない。」
「え? どうしてそんな約束が必要なんですか? 何か悪い事を相談するのですか? それならぼくはそんな約束はできません。」
「大丈夫だよ。君が思っているような事じゃない。信用してくれたまえ。それから君の安全は私たちが保証する。また君は自分の安全のためにも、ここであったことはしゃべらないほうがいい。」
「わかりました。ぼくはあなたたちを知らないけど、教授を信頼します。だから約束します。ここで見たり聞いたりしたことは誰にもいいません。」
「そうか。ありがとう。では自己紹介しよう。私はペルセウス秘密同盟の会長、リュネールだ。」

第二章4『工場破壊計画』

 ほかの人たちの紹介はなかった。ペルセウス秘密同盟といえば、さっきテレビでミラ大統領がいっていた犯罪組織じゃないか! ぼくは約束した事を後悔した。

「やっぱりうそだったんだな! あなたたちは自動車工場を破壊して100人も人を殺した犯罪者じゃないか!うそつき!」
「まちたまえ、それはちがう。その100人は死んではいないよ。あとで説明しよう。まず落ち着いて、私たちの話をきいてくれないか。怒るのはそれからでもいいだろ?」
 ぼくは腕組みをしながらリュネールの説明をきくことにした。もし僕をだますつもりなら、ぼくはさっきの約束をやぶるするつもりだった。こんな人たちははやく警察に捕まったほうがいい。

「君は私たちがあの工場を爆破したと思っているね。」
「え? ちがうんですか?」
「ちがうとも。われわれは自動車工場を爆破するつもりなどまったくない。いったい何のためにあそこを破壊する必要があるんだね?」
「それは……わかりません。でもテレビで大統領がそう言っていました。」
「われわれが破壊しようとしていたのは隣の軍事工場だよ。あそこは工場が集中しているが、大半が軍事工場だ。アンタレス兵器製造会社、ペガスス航空機製造、ノートゥンク武器工場、アルゴル爆薬製造工場、ウォータールー軍事工業、ミラ戦車工業など、あめの国の主要な軍事工場があそこにある。あそこは、あめの国軍事産業のいわば心臓部なんだよ。平和のためには、あんなものはないほうがいい。」

「じゃあ、なぜ自動車工場が破壊されたんですか? やったのは誰? あなたたちに関係ないんですか?」
「われわれは、ずいぶん前から、軍事工場の破壊を計画していた。そのために先週、アルゴル社に潜入して消滅爆弾をたくさん盗み出した。その爆弾を使って工場を消滅させようとしてね。」
「ほら! やっぱり破壊するつもりだったんじゃないか。ちがう工場でも犠牲者が出るのは同じでしょう?」
「まあ待ちたまえ。このところ、あめの国は景気があまり良くないから、残業なんて無いし、とくに軍事工場は夜になると数名の警備員以外には誰もいなくなるんだよ。あとはコンピューターに連動した監視体制に任される。私たちは犠牲を出すつもりはないから、爆破する時には警備員を退去させるつもりだったんだ。しかし、どうも様子がおかしいんだよ。」

「おかしいって、どこが?」
「まず、あまりにも簡単に爆弾を盗み出せたことだ。軍事工場はどこも厳重に警戒されていて、簡単には入り込めないようになっているんだが、われわれは比較的簡単に侵入し、そして爆弾を盗み出すことに成功した。
 そればかりじゃない。強力な爆弾が盗まれたと知ったら普通は大騒ぎになるはずだろう? 新聞やテレビでも大きく報道されるはずだ。しかし、なにも報道されなかったんだ。まるで何も盗まれていないかのように。」
「それは変ですね。盗まれた事を知らないんでしょうか?」
「そんなはずはないよ。例え拳銃が1丁なくなったって大騒ぎになるはずだよ。まして、あんな危険なものだ。常に厳重に管理されているはずだから知らないはずはない。」
「そうか。そうですね。」

「それから、われわれは盗み出した爆弾を、今度は工場を破壊するために持ち込もうとした。ところが、今度はどの兵器工場も警戒が厳重で、持ち込むことがどうしてもできなかったんだよ。それで、どうもおかしい、と我々も気づいた。これは『わな』なんじゃないかってね。
 我々に爆弾を盗み出させておいて、誰かがなにか事件を起こす。そしてそれを我々のせいにする、という計画があるんじゃないかと。それで、我々は密かに情報を集めてみた。私たちにはたくさん仲間や協力者がいるからね。そしたら、驚くべき事実が判明した。実は、あの自動車工場は、外国に移転する計画がすすんでいるんだよ。」

第二章5『わな』

 あ!そうだったのか。ターレスは会社が工員の給料を節約するために給料の安い外国に工場を移転するかもしれないと言っていた。そうか。計画はもうそんなに具体的になっていたのか!

「そればかりじゃない。工場を移転した跡地をとなりのアルゴル社が買い取る契約がすでに結ばれているんだ。」
「会社は工場の移転計画を社員に言ってないんですか?」
「そうだ。社員たちは何も知らない。」
「そんな! それってひどいな。そんな大事なことを黙ってて、ある日突然『移転するから首にします』なんて言ったら、社員たち、みんな怒っちゃいますよ。そういうだいじなことを会社は社員に伝える義務があるんじゃないんですか? だって、仕事がなくなったら生活に困っちゃうもの。」
「そうだ。そのとおりだ。社員に黙ってそんなことをしたら社員は会社側と大げんかするだろうな。ストライキやデモをやって徹底的にたたかうだろうよ。でも、もしそれが『過激派のテロ』のせいだったら?」

「あっ!」ぼくは、そのとき自分の心臓がドキンと鳴るのを感じた。
 もし大統領がテレビで言ってたとおり、これがペルセウス秘密同盟のしわざだったら、「会社も被害者」だと思って工員たちも会社に同情するだろう。そして「しかたがない」と思って首切り反対運動をあきらめるかもしれない。だからアルデバラン社にとっては「ペルセウス秘密同盟によって爆破された」ほうが都合がいいんだ。そうなのか。なんて巧妙な計画なんだろう。

「おそらく、われわれの仲間が爆弾を盗みに侵入した時、我々は写真に撮られていただろう。あとで『証拠写真』に使えるからね。それに、会社はさらに巧妙な手段を使ったかもしれない。」
「え?それはどんなことですか?」
「この際、会社の移転にあくまでも反対しそうなじゃま者もいっしょに片づけたのかも知れない、という事さ。
 いいかい、いま景気が悪いこの時期、会社は給料を節約するために、社員の人数を半分にしてしまったんだよ。その理由は自動車があまり売れないので仕事が少ないからさ。残業させるほどの仕事はないんだ。自動車工場の仲間からの情報では、ここ一年ものあいだ、残業なんてなかったそうだ。
 それがなぜきのうにかぎって100人もの工員を残業させたと思う? その人たちは会社にとってじゃまだから、という事になるんじゃないかい? 消えてしまった100人の名簿を調べればそれがはっきりするだろう。それがもしも会社に反抗しそうな工員ばかりだったら、これは会社がわざとやったんだと言っていいと思う。」

「そんなひどいことを会社はやるんですか? いくら何でもそんなひどいこと…。証拠は?」
「証拠はまだない。だが、残業者を指名したのは会社だし、爆破したのが我々ではなく会社だとしたら、そうなるだろう?」
「そうなりますね。うーん。」
「それから、この事件はアルデバラン社だけではない。おそらくミラ大統領も関係しているよ。」
「え? 大統領が?」ぼくはますます驚くばかりだった。

第二章6『兵器産業シンジケート』

 リュネールは地図を広げた。それはアルデバラン自動車工場周辺の工業地帯の地図だった。

「いいかい、ここが自動車工場だ。となりがアルゴル爆薬製造工場、それからここがミラ戦車製造工業、ペガスス航空機、ノートゥンク、ウォータールー。この中で、ミラ社とアルゴル社はミラ大統領の会社だ。
 大統領はいくつも会社を持つ大金持ちだが、特に兵器産業に力をいれている。アンタレス兵器製造は大統領補佐官の会社だし、ノートゥンクは副大統領の会社、ペガスス社は国務長官の会社だ。他にも、このあたりにある兵器産業の会社の大部分は大統領の側近(そっきん)やその関係者が社長や役員になっているんだよ。これをどう思うかね?」

「え? どう思うかって…よくわかりません。」
「では聞き方を変えよう。もし君が、例えばケーキ屋さんをやっていたとする。そしてそのケーキ屋さんのままで君が大統領になったとするね。君がもし、大統領の地位を利用してお金もうけをしようと思ったら、どうするかね? もちろん、地位を利用したお金儲けは、本当はいけない行為なんだけどね。」
 すこし考えてから、ぼくは答えた。「うーん、……それなら、政府の予算でうちのケーキをたくさん買ってもらって、政府の職員がよく使うレストランや喫茶店で出すようにします。」
「そうだね。自分の店の商品を政府に買わせることだ。それだよ。ミラ大統領はそれと全く同じことをやっているんだ。大統領と大統領の側近(そっきん)たちが経営する兵器会社の戦車や爆弾、飛行機、その他あらゆる兵器を大統領はあめの国政府に大量に買わせている。」

「だけど、兵器って、使わないものをたくさん買っても意味がないでしょう?『ムダな買い物だ』って議会とかで文句言われるんじゃないですか?」
「そのとおり。確かに使わないものをたくさん買っても無駄だね。じゃあ、使えばいいんじゃないか? たとえば我が国の自動車工場が攻撃されて、その攻撃が砂の国から命令されたものだということになったら?」
「そうなったら、砂の国を攻撃しますね。……あっ、そうか! 武器をたくさん売るためには戦争をすればいいんだ。」
「そう。あめの国が戦争をすればするほど大統領の会社が儲かるしくみになっている。だから、戦争をするつもりがない国にだって因縁(いんねん)をつけて、相手を攻撃する。そうすれば軍事予算はどんどんふくれあがり、兵器が売れて大統領はどんどん儲かる。
 いまやあめの国の政府が使う軍事予算は、世界中のどの国よりも多いんだよ。世界で二番目の軍事大国はシロクマ国だが、あめの国はシロクマ国の7倍も軍事予算を使っているんだ。我々は、大統領たちを『兵器産業シンジケート』と呼んでいる。」

「でもまだ砂の国と戦争するって決まったわけじゃないんでしょう? 大統領は『隠している大量破壊兵器を出せ』と言ってるんだから、それを差し出せば戦争にはならないんじゃないの?」
「砂の国はまだ工業技術がおくれているから、消滅爆弾のような高度の技術が必要な兵器なんか造れっこないよ。だからそんな爆弾を持ってるはずがないんだ。だから『出せ』と言われても無いものは出せない。でもミラ大統領は『出さないのは隠しているからだ』と決め付けてかならず攻撃する。きっと戦争になるよ。見ていてごらん。」

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第二章7『E=MC2(二乗)』

 ぼくはなんだか、とんでもないところに首を突っ込んでしまったみたいだ。
「じゃあミラ大統領と側近たちは自分たちのお金儲けのために戦争をしようとしているの?」
「そうだ。これから戦争が始まれば兵器がたくさん売れる。だからもっとたくさん生産するために工場の規模を拡大しようとしていたんだ。だからアルデバラン社が工場を外国に移転させようとしていたのはちょうど都合がよかったわけだね。そして、われわれを利用して『ペルセウス秘密同盟のしわざ』に見せかけて100人の工員もろとも会社を消滅させてしまったんだよ。」

「あの。さっき、100人は死んでないって言ってましたね。あれはどういうことですか? 消えちゃったってことは、死んじゃったということじゃないのですか?」
「それは私が答えましょう」と、別のひとりが声をあげた。
「私はある大学で物理学を学んでいます。君はE=MC2(二乗)という公式を知っているかい?」
「いえ、知りません。それは何の公式ですか?」
「エネルギーと質量の関係をあらわしたものだよ。君たちの世界の物理学研究者もみんな、この公式を知っているはずだ。
 物質は簡単には消滅しない。もしそれを消滅させようとすれば、膨大なエネルギーに変化するんだよ。だから、物質が何もない空間の中に消滅してしまうなんてことはあり得ないんだ。もしも彼らが本当に消滅したのなら、その質量は全てエネルギーに変化するはずだ。そのエネルギーはすさまじいものになる。たぶんケンタウロス市全部を吹き飛ばすくらいのエネルギーだろう。
 だから、この世界で消滅したように見えるとすれば、それは別の空間へ移動した、と考えるのが正しい。だから、いちばん有り得る可能性としては、100人の工員は建物とともに君たちの世界のどこかへ移動したのだという事だ。ちょうど君がわれわれの世界へ来たようにね。だからおそらく死んではいない。だけど帰ってこれるかどうかはわからない。」

「でも、ぼくが帰れるとしたら、彼らも帰れるんじゃないですか?」
「うん。そうだね。それは理屈として正しいと思う。けど、この世界に帰ってくる方法をかれらが見つけだせるかどうか。私にはわからない。」
 ぼくは話をきいてすこし安心した。でも、この世界に戻ってこれないかもしれないというのは、家族にとっては辛いことだろうな。

第二章8『ピエロ・リュネールとは?』

 しかし、それにしても、教授がぼくをここへ連れてきたのはなぜなんだろう。ぼくは何も特別な能力も秘密ももっていない普通の人間にすぎない。それなのに秘密の会議につれてきたのはなぜなんだろう。何の目的があるんだろう。

「リュネールさん。あなたのおっしゃることはだいたい分かりました。説明されたことは筋がとおっていると思います。きっと大部分の兵器工場が大統領と側近たちのものだということも本当だろうし、消えた100人の身元もじきに判明するでしょう。そうすれば、その人たちが会社に反抗的な人たちだったかどうかもすぐわかるでしょう。
 だけどわからないのは、なぜ警察に狙われている秘密組織の会議にぼくのような何も知らない者を呼びよせたのですか? あなたたちのためになにか手伝ってくれといわれても、ぼくにはなにも手伝えないと思います。
 それに、あなたたちの考え方はわかったし理解できるところもあるけど、ぼくはやっぱり工場を爆弾で破壊するなんていけない事だと思います。たとえひとりも犠牲者を出さないとしても。それでは多くの人たちの賛成を得られないんじゃないでしょうか。選挙だとか、ほかのもっと正しい手段で世の中を変える方法があると僕は思います。」

 するとリュネールは優しくこたえた。
「きみは『あちらの世界』からのお客様だ。通りすがりの旅行客にすぎない。その君が、この世界のことに関わる必要はまったくない。いや、関わってはいけない。
 私はね、きみに、ただこの世界を観察していってほしいんだよ。そのために、テレビや新聞で大統領が言っていることばかりじゃなく、その裏に隠されたほんとうの世界も見てほしいと思って、君にここへきてもらったんだ。その結果として私たちの考えや行動をどう思うか、それは君の自由だ。だけど、この世界で見たり聞いたりしたことを、いつか君が自分で考えたり行動していくために役立ててほしいと思うんだ。私が君にねがっているのはそれだけだよ。」

「リュネールさん。もうひとつ聞きたいことがあります。偶然かもしれませんが、ぼくが持っているチケットの発行人は『ピエロ・リュネール』という名前になっているんです。その人は、もしかしてリュネールさんの親戚かご兄弟ですか?」
「私がピエロ・リュネールだよ。」
「え?」
「そう。君をあちらの世界から呼び寄せたのは私なのだよ。」…そのとき入り口の横で聞き耳をたてていたひとりが言った。
「警察が来たぞ!」

第二章9『7番目のとびら』

 僕たちは音をたてないようにと注意された。部屋はうす暗かったのであまり目立たなかったが、部屋の反対側のリュネールの席の後ろにもうひとつとびらがあった。一同の動きはすばやかった。とびらを開けると無言のままつぎつぎととびらの向こうへ消えていった。

 ぼくは教授といっしょにそのとびらの向こうへ出た。そこは左右にひろがる廊下になっていた。ところどころにある小さな明かりが廊下をぼんやり照らしていた。廊下の壁は一面にふしぎな幾何学模様と奇怪な絵で埋めつくされていた。
 一同は右の方向へむかった。ときどき右や左に曲がり角があり、いくつも分かれ道があった。道の間にはギリシャの神殿のような円柱があって道を分けていた。それはまるで迷路のようだったが、みんな迷うことなく道をえらんでどんどん進んでいった。
 いくつも角を曲がりながらついて行くと、やがて丸い広間についた。ここの壁には模様のほかに、からだが人間であたまがウシになっている怪物の絵が描いてあり、その下に文字が書いてあった。「ミノタウロス。」

 広間のかべには一定の間隔をおいて7つのとびらがあった。ペルセウス秘密同盟の人たちは、1番目から6番目のとびらを開けてそれぞれ別々に入っていった。教授は押し殺した声で「君は7番目のとびらを開けたまえ。我々とはここでお別れだ。」と言った。
「え? ぼくはひとりであのとびらの向こうに行くんですか?」
「そうだ。だいじょうぶだよ、心配しなくても。新しい世界が君を待っている。」
「教授!」
「なんだね。もう時間がないんだよ。」
「教授はもしかして自動車工場が爆破されるのを知ってたんじゃないんですか?」
「そうだよ。知っていた。だけど、きのうだとは知らなかった。」
「そうか、それで教授が困った顔をしていたわけがわかった。ぼくの友だちを心配してくれてたんですね。」
「我々が敵のわなにはめられたと気づいた時に調べてわかったんだよ。会社に潜入している仲間から、間もなく工場が爆破されるだろうという情報が伝えられたんだ。では、私は6番目のとびらを開ける。さ、いいかい?」

「教授!もうひとつだけ。ぼくはリュネールさんのチケットでこの世界に来ました。だから消えた100人もリュネールさんのチケットでこちらの世界にもどってこれるんじゃないですか?」
「そのとおりだ。工員たちが消えたのは会社の陰謀によるものだけれど、工場に忍び込んだわれわれにも責任はある。だからわれわれはかならず100枚のチケットを用意して君たちの世界へ工員たちを探しにいくつもりだよ。 探し出すのに時間はかかるだろうけど、きっと探し出して全員連れ戻してくる。」

 廊下の向こうの遠くでかすかに音がしていた。音はこだまして混ざり合いながら少しずつ大きく聞こえてきた。それはどうやら足音と人の声とイヌの鳴き声のようだった。
「やつらが来る。軍事警察だ。捕まったら最後、拷問と処刑が待っている。さあ、もう時間がない。行きなさい。」

 こうしてぼくたちはちりぢりに分かれた。ぼくは7番目のとびらをあけて中にとびこんだ。中は真っ暗だったが、どうやらまっすぐな廊下になっているようだった。手探りでかべを伝いながら、ぼくは歩いていった。
 道はひたすらまっすぐ前にむかっている。どのくらい歩いただろうか。ぼくは距離を推定するために途中から思いついて歩数を数えていた。だんだん目が慣れてきて、かすかに道が見えてきた。それは前方がぼんやりと明るいからだった。

 やがてはるか前方に、かすかな光が見え始めた。何百歩も歩いて近づくととびらが廊下をふさいでいた。とびらの板のすき間から明かりが漏れていたのだ。ちょうど1000歩数えて とびらの前で止まった。一歩が50~60センチ位とすれば、約500~600メートル。かぞえ始める前にも200~300歩位は歩いているだろう。そうすると600~700メートルくらい歩いたんだろうか。ぼくはそのとびらを開けた。

第二章10『アルフェッカ』

 とびらのむこうは、一面に濃い霧でおおわれていた。一瞬、「また船の甲板の上にもどったんだろうか」と思った。しかしぼくが立っていたのは見覚えのある場所だった。そこは小さなレンガ造りの小屋の中だった。小屋の外に出て見た。周りは空き地になっているようだ。

「あれ、ここは教授といっしょに入ってきた小屋?」……いや、そんなはずはない。ぼくたちはかなり長い階段を降りたはずなんだから、ほんとうなら今、100メートルくらい深い地下にいるはずだ。地上にいるなんておかしいよ。それに、入る時は階段を降りたのに、出る時は長い廊下を歩いてきた。だから、よく似ているけど入った所とは別な場所のはずだ。

 霧はゆっくりと薄らいできた。ぼくは小屋を出て小屋のうしろにまわって見た。小屋の後ろも空き地になっていた。数百メートルの距離をまっすぐに歩いて来たはずの廊下は無かった。
「そんなのあり得ないよ。いったいどうなってるんだ? ここはどこなんだろう?」
 ぼくはもういちど歩いてきた廊下を見ようと思って小屋にもどった。そしてとびらを開けてみた。とびらの向こうは古ぼけた棚になっていて、食器が少しばかり置いてあった。棚の奥は硬いレンガの壁になっていた。げんこつでたたいてみた。「コツコツ」……中まで詰まっている音だ。どこにも廊下らしいものは見当たらない。廊下が消えてしまった!

 霧はだんだん晴れてきた。ぼくは空き地から外に出てみた。空き地も周囲の風景も教授と一緒に来た時とよく似ていたけど、何か少しちがっていた。付近の建物がかなり壊れているのだ。ぼくは路地を抜けて表通りに出てみた。通りのあちこちの家が破壊されている。まだ遠くの方はかすんでいるけど、ところどころガレキの山になっているところもあるようだ。まるで地震か戦争でもあったみたいだ。

「戦争? じゃあ、もしかしてここは砂の国? もう戦争は始まってしまったのかな? いや、いくらなんでも、そんなに早いはずがないな。」
 そう思ってよく見ると、道路のところどころにえぐられたようなまるい穴があいている。
「爆撃の跡だ。」近くのガレキからは煙がたちのぼっていた。ぼくはぞっとした。つい今まで爆撃されていたように生々しい。ここはどこだ。砂の国じゃないとしたら、ぼくはどこに来たんだろう。しーんとして、何も聞こえない。
 ぼくは叫んでみた。「おーい! 誰かいませんかあ!」…ぼくの声はまわりに響いてこだました。だれもいないんだろうか? いま何時だろう? うで時計を見た。4時。まだ朝早い。 空気がひんやりしているし、それほど明るくない。

「おーい、そこの君ー!」女の人の声がした。人がいた。
「そんなところで何してるのー。こっちへいらっしゃい。」はるか向こうで手まねきしている人が見える。
「ぼくですかー?」声がまわりの建物にこだまする。
「そうよー。ほかに誰がいるっていうの?」たしかに他にはだれもいない。まぬけなことをきいちゃった。

 でも大丈夫なんだろうか? あの人の所に近づいていっても。といっても、他にどうしようもないので、とにかく行ってみるしかないな。ぼくはガレキだらけの道をその人のいるところまで歩いていった。途中の家々はひどく破壊されている。ぼくを呼んだ人のほかには人影はどこにもみえない。2分くらい歩いてその人のところに着いた。
 女の人はたくましく日焼けした顔を向けて言った。「私はアルフェッカ。よろしくね。きみ、どこから来たの? この世界の人じゃないみたい。」

第二章11『デンデラの町へ』

 アルフェッカはあめの国から来た報道記者だった。いくつかの新聞社や通信社と契約していて、カメラを片手に戦場から戦場を駆けめぐっている。そして写真をとったり記事を書いて新聞社や通信社に送るのだ。 ぼくは彼女に、不思議な旅行体験のいきさつを説明した。だけど、もちろん、ペルセウス秘密同盟の会合のことは言わなかった。

 彼女に聞いて、ここがやはり砂の国だとわかった。でも、このガレキの山を見ると、戦争はずいぶん前から続いているように見える。
「ねえ、アルフェッカ。大統領はきのうのお昼のニュースの時に砂の国に大量破壊兵器を差し出すように言ってたんだよ。だから戦争はまだ始まってないと思ってたのに。」
「そんなことないわ。ここでは戦争はもう半年も続いてるわよ。あめの国派遣軍は連日爆撃しているし、砂の国の国防軍はずっと抵抗を続けているわ。さ、このあたりの写真はとったから、まちへ帰りましょう。そこで待ってて。いま車をとってくる。」

 アルフェッカがガレキの山の向こうに行くと間もなく、車のエンジンをかける音がした。ガレキの陰から車が出てきた。ところどころへこんでいる。屋根にはおおきくルーン文字で「PRESS」と書かれている。
「この車が報道関係だって知らせるためよ。飛行機から爆撃されたらたまらないからね。さ、乗って。」
 車はでこぼこになった道をガレキをよけながら進んだ。しばらく進むと車は郊外に出た。おだやかな風が吹いていた。太陽が平原の向こうの地平線から出たばかりだった。郊外には道路の横に破壊された戦車の残骸がたくさんころがっていた。それが朝日を横から浴びてオレンジ色に染まっている。どこまで行っても人影は見えなかった。

 僕たちは、砂の国の首都デンデラに向かっている。車のエンジン音の他にはなにも聞こえない。
「さっき私たちがいた町はカルナックというところよ。このあたりはきのうまで、あめの国軍と砂の国軍のあいだで猛烈な戦闘がおこなわれていたの。だから、ここに住む人たちはみんな逃げ出しちゃったのよ。」
 戦闘は一進一退のままこうちゃく状態におちいっていたけど、ほかの場所でもっと大規模な戦闘が始まったので、両軍とも、そっちの方へ移動していったらしい。でも、戦闘が終わってもあの町の市民はまだひとりも戻ってきていなかった。

「カルナックの町のひとたち、しばらくもどってこないかも知れないわね。もしかするとそのまま、となりの『月と星の国』へ避難していくのかもしれない。」
「ああ、知ってる。それ、『難民』っていうんでしょう?」
「そう。難民よ。自分の住む土地を捨てて知らない国へ行って生活するの。でもだれかが助けてあげなければ、その人たちは食べるものも着るものもなくて、みんな死んでしまうわ。難民になるって、とってもつらい事なのよ。」
 アルフェッカは悲しそうな目をしていた。

第二章12『ペンテコステ祝祭日』

 もう4時間くらい走っただろうか。太陽がだんだん高く昇ってきた。気温が上昇し、車の中が暑くなってきた。車にはクーラーはついてない。やがて前方はるかかなたに町が見えてきた。高いたてものや低いたてものが、美しくバランスを保って並んでいた。デンデラの街だ。

 街が近づくにつれて一軒一軒の家がはっきりと見えてきた。家々の壁は白く磨かれていて美しい。街の真ん中にある立派な宮殿がだんだんはっきり見えてきた。宮殿の丸いドームの屋根が青くキラキラと輝いているのが遠くからでも見える。宮殿の左右には合計4本のえんぴつみたいにとがった塔が見える。塔の先端は赤く輝いて見える。デンデラ市はまるで宝石のような美しい都市だった。
「あの宮殿のドームのうら天井にはね、星図が書いてあるのよ。」とアルフェッカは言った。「時間があったら見に連れていってあげるわね。」

 しかし、街に近づくにつれて、あちこちの家や建物が破壊されているのが見えてきた。途中にいくつも大きな対空機関砲が空を向いてそびえ立っていた。またミサイルも空に向かって並んでいた。そしてそのそばには必ず防衛軍の検問所があった。
 検問所で僕たちはいちいち車を止めさせられ質問された。止められるたびにアルフェッカは記者がもつ「記者証」というカードを検問の兵士に見せていたけど、ぼくは「顔パス」で平気だった。「あちらの世界からの旅行者」はこの国でも優遇されているのだ。

 市内にはいったところでアルフェッカはバッグから携帯電話を取り出して画面を見ていた。それから何か文字を打ち込んでいた。「この電話、どうも電波の調子が悪いのよね。」
 アルフェッカは市内の「記者クラブ」というところへ向かって車を走らせていた。大きな通信社のビルがあって、世界中からやってきた記者やカメラマンたちがそこに泊まりながら取材したり写真をとったりしているんだそうだ。アルフェッカもそのビルの中に部屋を借りて泊まり込んでいた。やがて、その通信社ビルが見えてきた。通信社の屋上にはおおきな看板が掲げられていた……「アルビレオ通信社」。

「さあ、ついたわよ。」車から降りると、アルフェッカはぼくを部屋にとおし、冷蔵庫から冷たいジュースを出してくれた。
「これから私は市内のペラダン教会に行って、ペンテコステの祝祭の祈りをあげるんだけど、ついてくる?」
「え? ペンテ…なに?」
「ペンテコステよ。ペ・ン・テ・コ・ス・テ。あなたは何か宗教に入ってないの?」
「えっとー、ぼくは何も信じてないけど、お母さんはときどき仏壇でおいのりしてる。カンジーザイボーサツ、ギョージンハンニャー、なんたらかんたら…って。」
「ああ、ゴータマ教ね。東洋の人には多いわね。」
 ゴータマ教か…。ぼくたちの世界では「仏教」っていうんだけどな。

「そのペンテコステって何ですか?」
「ペラダン教の三大祝祭日のひとつよ。聖誕祭・復活祭・五旬祭のみっつ。別のことばで言えば、クリスマス・イースター・ペンテコステね。」
 ああそうか、ここの世界でペラダン教っていうのはキリスト教のことらしいな。

「それは毎年何日にやるんですか?」
「そうね、毎年同じ日と決まってるわけじゃないわ。年ごとに少しずつ変わるの。今年は6月8日。今日よ。」
「え?」ぼくはびっくりして飲みかけのジュースを吹き出し、せきこんでしまった。
「今日は6月8日だって?」

次号につづく(2月1日に掲載)

第一章 あめの国旅行体験記
第二章 ペルセウス秘密同盟
第三章 砂の国旅行体験記

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