ジャンル:SF・ファンタジー・異世界・ジュブナイル
対象年齢:小学校高学年くらいから全年齢
作 者:武峪真樹 @ ジグザグ会
初 出:赤色土竜新聞第10号 2004.01.05
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第三章 砂の国旅行体験記
第三章1『ペラダン教会』
ぼくは今のいままで「今日は11月2日だろう」と思っていた。だって、あめの国の秘密の会議があったのは11月1日だもの。それなのに、あの長い暗闇の廊下を抜けて出てきたら、6月8日になっているなんて! あの廊下は空間だけじゃなく時間も超える通路だったのか。
そうか。それでわかった。ここでは半年も前から戦争が続いているというのは、そういうことだったのか。やっぱり、砂の国はミラ大統領から「大量破壊兵器を出せ」と言われて「無いものは出せない」とこたえたんだ。そこでミラ大統領はこの国を攻撃することにしたんだ。リュネールが言ってたとおりになったんだ……半年前に。
ぼくはリュネールに導かれて、この砂の国に来たんだ。リュネールはこの国でぼくに「なにか」を知ってほしかったんじゃないだろうか。この国にくれば、なにかぼくが「知るべきこと」があるにちがいない。ここでリュネールがぼくに知らせようとしていたものを見つけてやろう。よし! まず手始めに、ペンテコステだ。
「ぼく、行きます。ペンテコステに行ってみたい。いっしょに連れてってください。」
「そう? じゃあいっしょにいきましょ。」
ふたりは通信社ビルから出て、西の方角へ向かった。しばらく歩いて、広場に出た。がやがやと人の声がいっぱいする。そこは市場が開かれていた。市場にはいくつもいくつもテントが広げられていて、ゆかに広げたシートにはいろんな野菜や果物が並べられていた。どれもぼくの世界じゃ見たことのない形だ。魚や肉もあった。それから飲み物、衣服、たばこ、首かざりや化粧品、おみやげ品。お花……。店の人はみんな威勢(いせい)よく声をはりあげて売っていた。パン屋や食堂もあって、テーブルにはおいしそうな料理が並べてあった。
広場を抜けると、幾つかの路地をとおり、それからまた広い通りにでた。通りの先に、周囲よりもひときわ高い建物がそびえ立っていた。通りをしばらく歩いて近づくと、それが教会だった。かべは白くて中央にまるいステンドグラスの窓があった。左右にもおおきなステンドグラスの窓がついていた。教会のいちばんてっぺんに十字架がついていて、その真ん中にはバラの花の模様がついていた。正面には大きな黒い木のとびらがあった。
「ついたわよ。ここが私たちの教会よ。」とびらの上に大きな字で「バラ十字教団ペラダン教会」と書いてあった。
第三章2『似ている!』
実をいうと、ぼくのおじいちゃんとおばあちゃんは「聖公会」という英国キリスト教の信者だった。その教会には小さい時にいっしょに連れられていったことがある。その時に、司祭さまからひとりずつ、ちいさなおせんべいみたいなものを口に含ませられ、それからグレープジュースをひとくちずつ飲まされた思い出がある。何の儀式か知らないけど、とても大切なものらしい。ここの教会でもたぶん、そういう儀式をやるんだろうな。ぼくはアルフェッカの後ろにについて教会の中にはいった。
なかは広くて、空気は外よりはひんやりしていた。クーラーがあるわけでもないのに、それほど暑さを感じなかった。柱は高いところでアーチ型にせり出していて、その柱が天井で星形に組合わさっていた。ステンドグラスは美しく室内を照らしていた。たくさんの人たちが教会の中にいた。中央の祭壇(さいだん)にはピカピカ光る彫刻(ちょうこく)がたくさん置いてあり、その中央にひときわおおきい十字架が立っていた。十字架にはバラの花輪の形の彫刻が組合わされていた。
やがて司祭らしい人物が、三人出てきた。三人とも大きなりっぱな帽子をかぶり、黒いだぶだぶの服を着て、その上に金と赤のきらびやかな長いマフラーみたいなものを両肩から下げていた。三人とも手には長いクサリを持っていた。そのクサリの先には壺がぶら下がっていて、そこから煙が出ていた。けむりはいい匂いがする。
「香(こう)を焚いているのよ。」とアルフェッカが説明してくれた。三人は時々、その壺を下げたクサリをふりこのように振っていた。場内にいた人たちはみんなそれぞれ席について手をあわせ、司祭たちの方に注目していた。
中央の木の台の上に大きくて重たそうな古い書物が置いてあった。司祭のひとりがそれを開き、まるで歌うように祈りのことばを読み始めた。
「クレド・インウヌム・デウム。」すると他の司祭たちもいっしょに唱和し始めた。
「パートレム・オムニポテンテム・ファクトレム・チェリ・エ・テラ・ビジビリウム・オムニウム・エト・インビジビリウム……」
その声はゆったりとした独特(どくとく)の不思議な抑揚(よくよう)とリズムをもって教会内部に響いた。それを聞いて、あっ!とぼくは思った。その瞬間、頭のうしろがざわざわっとした。ぼくは思わずつぶやいた「似ている!」
第三章3『一千年の時を超えて』
それは、あのペルセウス秘密同盟の人たちが唱えた呪文に似ていた。ことばはちがっていたけど、歌い方がそっくりだったのだ。
やがて、お祈りが終わったあと、信者たちは3列になって前に進んだ。祭壇の前で3人の司祭がひとりずつに、ぺちゃんこの小さなパン切れを口にいれ、それから飲み物を飲ませていた。おじいちゃんたちに連れられて来たときとそっくりだ。ぼくたちもその列にならんでパン切れと飲み物を受けた。やっぱりグレープジュースだった。終わった人たちはそのまま帰っていく。
「これでおしまい?」
「そう。これでおしまいよ。あとはそれぞれの家庭でお祝いして、歌をうたったりごちそうを食べるの。でも、私たちはどこかレストランにでも入りましょう。そろそろお昼だわ。おなかすいちゃった。」
ぼくたちは教会を出て通りを歩き、大きな通りに出た。爆撃で壊れている建物もあったけど、まだそれほど大きな被害は出ていないみたいだ。ここはこのまちのメインストリートだろうか。通りはたくさんの人でごったがえしていた。いろんなお店が軒(のき)を並べていて活気があった。
銀の食器を売る店がたくさんある。それに古いカブトや剣を並べている店も。剣はどれも三日月のようにわん曲し銀色に光っていた。それから銀の首飾りやうでかざりもたくさん陳列(ちんれつ)されていた。それからじゅうたんを売る店。鮮やかな青い色の豪華なじゅうたんもあり、赤い小さなじゅうたんもあった。どのじゅうたんにもからくさもようや動物のもようやなにか紋章(もんしょう)のようなものなどが織り込まれていた。
アルフェッカは店の前を歩きながら、いろいろ教えてくれた。銀の食器のこと。うでかざりのこと。それをつけて踊るダンスのこと。三日月の剣のこと。じゅうたんのこと。……
この通りにはところどころレストランや喫茶店(きっさてん)があった。喫茶店では男たちが水ギセルを吸いながら話したり笑ったりしていた。水ギセルはごぼごぼとけむりのあわを立てていた。
ぼくたちはしばらく歩いて、ひとつのレストランにはいった。そこは店の外の石だたみの道路にもテーブルがいくつか並べてあった。そこで僕たちは注文したものを外に運んでもらって食べることにした。
テーブルにつくなり、アルフェッカが突然聞いてきた。
「ねえ、さっき司祭さまのお祈りを聞いて『似ている』って言ってたでしょ? なにか似ているものを聞いたことがあるの?」
うっ…。困ったぞ。ペルセウス秘密同盟のことはしゃべるわけにいかない。
「いや、そんな気がしただけです。あのことばは何なの? どういう意味?」
「あれはね、『グレゴリオ聖歌(せいか)』というものよ。歌われていることばはラテン語。あなたたちの世界から来たことばよ。」
「えー、そうなんですか。ラテン語?」
「ラテン語は二千年くらいまえには西洋で話されていたの。でも、だんだん誰も使わなくなって、ただ教会の中だけでつかわれるようになったの。」
「じゃあグレゴリオって、教会の人?」
「そう。今から千数百年もむかしの人よ。その人が教会のお祈りのことばを歌にしたの。そのうたが古文書(こもんじょ)に記されてから一千数百年のあいだ、ずっと歌いつがれてきたのよ。」
「ええ? さっきの歌は千年以上もむかしからうたわれてきたの?」
「そうよ。ずっと変わらない歌い方でね。」
たしかにびっくりだ。同じうたが一千年の時を超えて今もうたわれているなんて。テレビのアイドルが、どんなに人気があったって千年後にはもう誰も知らないだろうな。ぼくはなにも信仰してないけど、「何かを強く信じる」ってすごい事なのかもしれない。
第三章4『呪文のことばの意味』
アルフェッカは、その意味も教えてくれた。
「最初の司祭さまが『クレド・インウヌム・デウム』っていったでしょう? クレドは『信ずる』って意味。ウヌムは『ひとつの』。デウムは『神』。続けると『われはただひとつの神を信ず』となるのよ。」
「へー。ぼくは学校で英語しか習ってないけど、ぜんぜんちがうね。」
「あら、そんなことないわ。ラテン語は英語のもとになったことばよ。だから似た単語も出てくるわ。例えば『ファクトレ』っていうことばは英語のファクトリーと同じ『つくる』って意味だし、『ビジビリウム』と『インビジビリウム』は英語のビジブルとインビジブルに当たるわね。つまり『見えるもの・見えざるもの』。他にもいっぱいあるわ。」
「あの、ちょっと聞きたいんだけど。」
「なあに?」
「『イン・テラ』…えーと…」
「『パックス』ね。」
「そうそう。」
「そのあとは『オミニブス・ボネボルム・タティス』。」
「そうそう。そのとおり。よく知ってるなあ。それはどういう意味?」
「これは最初の方が省略されてるわね。ほんとはこう始まるのよ…『グロリア・イン・エクスチェルシス・デオ・エト・イン・テラ』…。グロリアは『栄光』って意味。デオはデウムと同じ『神』のこと。テラは『地上』。パックスは『平和』。全体を訳すとこうなるわ…『いと高きところに神の栄光あれ。地には平和、人には恵みあれ。』」
あれ? なんだかその訳したことばも聞いた気がするな。えーと、どこで聞いたんだっけな? ……
そうだ! 思い出した。工場が消滅してしまった翌日、ミラ大統領がテレビで言ってたんだ! どうしてなんだろう?
「ところで君、それ、どこで聞いたの?」
「んん? いや、困っちゃったな。」
「困ることないじゃない。ん? どこ? 隠すとこみると何かあやしいわねー。」
今はまだ言うわけにはいかない。でも、半年まえの秘密の約束は、いまでもそのままリュネールさんたちのためになるんだろうか? あの集会のあと、あの人たちがどうなったか、調べてみたほうがいいんじゃないだろうか? ぼくはアルフェッカに聞いてみることにした。
「ねえ、半年まえの話なんだけど、あめの国の自動車工場が消滅爆弾で消えちゃった事件、おぼえてる?」
「ああ、おぼえてるわよ。あの時はおお騒ぎだったもの。砂の国から命令された『ペルセウス秘密同盟』のしわざだったのよね。」
(…ほんとはちがうんだけどな)
「たしか、10月31日だったわよね。」
「うん。それでね、その翌日、ミラ大統領がテレビで演説した時、演説の最後にさっきのお祈りの言葉を言ってたんだよ。どうしてなのかな?」
「ああ、そうなの? それはなんとなくわかるわ。大統領もペラダン教の信者ですもの。だけど、わたしは大統領の考え方は少し変だと思うわ。」
「え?それはどういう意味?」
「詳しいことは後で話してあげるわ。たしかその日、カノープス市の地下室で秘密集会が開かれているっていう密告があったけど逃げられてしまったのよね。」
そう。そこにぼくはいたんだ。
「そのことだけど、なにかわかる資料ない?」
「そうねえ。インターネットで調べる手もあるわね。でも、通信社の図書資料室に過去の新聞が5年分くらいとってあるはずよ。『ケンタウロス・タイムズ』よりは『デイリー・カノープス』の方が詳しいと思うわ。でも両紙ともあるわよ。」
ぼくは大急ぎでランチをほおばった。「ねえ、急いで戻ろう。新聞を早く見せて。」
「なあに? 急にどうしたの? さっきのグレゴリオ聖歌と関係あるの?」「今はまだいえない。でも、話す時がきたら、きっと一番に話すから。」
第三章5『新聞の記事』
アルフェッカはぼくのわがままにつき合ってくれた。僕たちはいそいでアルビレオ通信社のビルにもどった。そしてビル内にある図書資料室に入った。そこは入り口はそれほど広くないけど奥行きがあって、本がたくさんあった。古そうな本から新しいものまでいっぱいあるし新聞もおいてある。その新聞や本をたくさんの記者らしいひとたちが利用していた。
「私はこれから記事をまとめなくちゃいけないので、ここで別れるわね。そうだわ。いい人を紹介してあげる。こっちへ来て。」
アルフェッカは図書室の受付へ僕を連れていった。そこには黒い大きなスカーフで頭をおおった女の人がいた。黒くて濃いまゆげの下に大きなキラキラ光る目をした人だった。
「こちらは、エリダヌス。この近くに住んでいるの。以前は学校の先生をしていたんだけど、戦争で学校が休校になっちゃったので、今だけ臨時にここの図書館員をやってもらってるのよ。わからない事があったら何でも聞いてね。とっても親切な人だから。エリダヌス、お願い。ちからになってあげて。」
「うん。だいじょうぶよ。まかせて。じゃあ。」といってエリダヌスはアルフェッカを見送った。
ぼくはエリダヌスから過去の新聞があるところを聞いて、『ケンタウロス・タイムズ』と『デイリー・カノープス』を見つけだした。そしてその中の10月と11月分を机のほうに持っていき、10月31日のところから開き始めた。そして見つけた! 11月1日の、あの日の会合の記事を!
新聞には「国家てんぷくをもくろむいんぼう団、とり逃がす」と大きな字で一面トップに書かれていた。記事を読むと「警察とくしゅ部隊は、いんぼう団のかくれがを発見し、のりこんだ。しかし一味はけむりのごとく消え去っていた。」と書いてあった。ぼくは、そこにのっている写真を見ておどろいた。あの丸い部屋の写真があったのだ。部屋には「ミノタウロス」の文字とウシにんげんの絵がうつっていた。だけど、七つのとびらは無かった。ただかべがあるだけだった。「一味は中央のまるい部屋でこつぜんと消えてしまった。」
よかった。みんな無事にあそこから逃げ出せたらしい。あのとびらは出口だけじゃなく、入り口も消えるのか。ぼくは、ほかになにか記事が出てないかどうか、そのあとの日付の新聞を探してみた。でも、それからあとは、いんぼう団と砂の国とのあいだの電話の盗聴記録(とうちょうきろく)とか、消滅爆弾が砂の国から運びこまれたらしいという証言とかが出ていただけだった。そして11月30日の新聞に、大統領は12月8日に砂の国を攻撃すると発表していた。
第三章6『砂の国年代記』
ぼくはそれから砂の国の歴史を調べてみることにした。新聞を元の場所にもどしてから、こんどはぶ厚い『砂の国年代記』を見つけてきて読み始めた。
…………………………………
砂の国の国民の90パーセント以上はサラセン教徒であるが、ほんの数パーセントだけバラ十字教徒がいる。これは獅子の国の統治(とうち)の時にひろまった宗教である。古代ゾロアストル王国が獅子の国によって滅ぼされたあと、獅子の国に支配された。
その後砂の国は独立したが、まもなくそれは北の王国と南の王国に分かれた。両国は仲が悪くてけんかばかりしていた。また、北の国の王も南の国の王もとても残酷な王様だったので国民のくらしは不幸で貧しかった。
やがて「アルクトゥルス」という英雄が人々のためにたちあがった。南の民も北の民もアルクトゥルスとともにちからをあわせて北と南の王たちに立ち向かった。すると両王国の軍隊からもたくさんの兵士たちが逃げ出してアルクトゥルス軍に参加していったので、アルクトゥルス軍は両王国軍との戦争に勝利した。そのため北の国王も南の国王も国外へ逃げ出してしまった。こうしてアルクトゥルスを大統領にして新しい「砂の国共和国」が誕生した。
しかし、あめの国は、まだ砂の国の国境地帯に隠れている北の王国軍ゲリラと南の王国軍ゲリラにたくさんの武器をわたし、再度戦争するように言った。そのために戦争はいつまでもつづき、国はちっとも豊かにならなかった。
おもいあまったアルクトゥルスは、北方のシロクマ国に援助をたのんだので、シロクマ国から軍隊が派遣されてきた。しかしシロクマ国派遣軍(はけんぐん)の司令官はとても横暴な人で、砂の国共和国の政府を自分の思うままにあやつり、命令を聞かないものを次々と逮捕し牢獄に入れてしまった。そしてついにアルクトゥルスまでも逮捕し、裁判にかけて死刑にしてしまった。
英雄を死刑にされた共和国の民はシロクマ国をうらみ、みんな北の王国軍や南の王国軍のゲリラに加わって、シロクマ国派遣軍とたたかったので、シロクマ国派遣軍はとうとうシロクマ国へ逃げかえってしまった。
戦争はそれからも長くつづいた。また昔のように北の王国軍と南の王国軍が戦争を始めたからである。しかし、もうアルクトゥルスのような英雄は現れなかった。あめの国は南の国王アルタイルと取引をして、「あめの国が武器をたくさん援助するから、もし戦争に勝ったら砂の国の石油をあめの国だけに安く売ってもらう」という約束をした。
こうして、あめの国からたくさんの武器が南の王国軍に渡されたので、戦争は南の王国の勝利に終わった。こうして南の国王アルタイルが砂の国全土を支配し、北の国王アルファドはゆりの国へと亡命(ぼうめい)していった。
…………………………………
そうか。今、砂の国は南の国王が支配しているのか。
すると、あめの国は、むかし自分が武器を援助して戦争に勝たせた国を、こんどは攻撃していることになるのか。味方したり敵になったり、なんでこんなに戦争ばっかりさせたがるのかな。
第三章7『戦争博物館の係員』
ぼくはリュネールや教授たちのことが心配になった。あのあと、みんなはどうしているんだろう?
自動車工場破壊はペルセウス秘密同盟のせいじゃないのに、どの新聞でも、あの人たちを犯人あつかいしている。あめの国のひとたちはみんな「砂の国がやらせた」という大統領のことばを信じてるんだろうか? じゃあ、こっちの砂の国の人たちはどう思ってるんだろう? ぼくはその事を知りたくなった。ぼくは年代記をもとの場所にもどすと、受付のところにいって、エリダヌスにたずねてみた。
「ねえ、エリダヌス。いま、あめの国と砂の国が戦争してるでしょう? そのことを砂の国のひとたちはどう思ってるの? 教えてくれませんか?」
「そうねえ、ひとくちでは説明できないわ。ここの仕事は5時までだから、よかったらそのあとうちへいらっしゃい? いろいろ教えてあげるわよ。ついでに夕食も食べていって。」
「え? いいんですか?」
「かまわないわよ。こどもがふたりいるだけだから。でもまだ時間があるわねえ。じゃあ、それまで町を見学してきたら? なにかあたらしい発見があるかも知れないわよ。」
エリダヌスはそういうと、市内の地図をコピーしてくれた。
「ここが市場。それからここが教会。今朝(けさ)行ってきたのよね。それから、ここが戦争博物館。ここに行ったらなにかわかるかも知れないわ。」
「どうもありがとう。じゃあ5時にここにもどってきます。」ぼくはそういうと、さっそく外に向かった。
まずぼくは戦争博物館に行ってみた。そこでたくさんの展示されている写真を見た。壊(こわ)された家、両親(りょうしん)をなくしたこどもたち、けがをして入院している人たちなどたくさんあった。みんな悲しそうな目をしていた。それから展示されている武器や戦車を見た。ミサイルや投下型の爆弾もあった。砂の国製よりも、あめの国製やシロクマ国製の武器がたくさん陳列されていた。
博物館のあちこちに係員がいて、見物のひとに説明していた。ぼくは係員に聞いてみた。
「あのー、砂の国には『消滅爆弾』はあるんですか?」すると係員は答えた。
「むかし持っていたこともあります。少しのあいだだけね。南の王国が北の王国とたたかっていた時にあめの国がくれたんですよ。それから作り方を書いた詳しい文書や、材料も送ってくれました。しかし、当時、砂の国ではそれをつくる設備(せつび)も技術(ぎじゅつ)もなかったので、つくることはできませんでした。」
「あめの国からもらった爆弾はどうしたんですか? まだ持ってるの?」
「いや、それは北の国との戦争の時に使ってしまいました。いまはもう無いはずです。」
「じゃあ、去年あめの国の自動車工場が消滅爆弾で爆破されましたが、あれは砂の国から持っていったものじゃないの?」
「さあ、それが不思議なんですよねえ。爆弾は重たいですからねえ。ひとりで持ち運ぶのは無理ですよ。それに、そんなものを船や飛行機に持ち込んだら見つかってしまうんじゃないのかな?」
「じゃあ、あなたは、あの爆弾が砂の国のものだとは思ってないのですね?」
「う~ん。ぜったいちがうとは言い切れないけど、ちがうんじゃないのかなあ。それに、爆破された自動車工場のすぐ隣に消滅爆弾を造っている工場があるでしょう? そこから盗み出すほうが簡単なのになあ。でも、盗難事件はおこってませんからねえ。」
ぼくはそのあと、市場へ行ってそこにいるいろんな人に戦争のことを聞いてみた。中には「あめの国なんかひとひねりだ。来るならこい!」と勇ましいことを言うひともいたけど、たいていのひとは迷惑そうだった。みんな、戦争なんかしたくないようだった。だけど、なぜあめの国が攻撃してくるのか、と聞くと、よくわからないみたいだった。
第三章8『オッフェルトリウム』
そろそろ5時になる。ぼくは通信社ビルの図書資料室へもどった。そこにはアルフェッカも来ていてエリダヌスと笑いながら話をしていた。
「あら、お帰り。じゃあ行きましょうか。」
僕が来る前にアルフェッカはエリダヌスとうちあわせをしていて、僕たちといっしょに行くことになっていた。
エリダヌスの家は通信社ビルから近かった。通りを渡ってからしばらく歩いた。歩く道みち、エリダヌスは結婚してまもなく、夫を戦争で亡くしたことを話してくれた。
やがて僕たちは石造りの家についた。
「ただいま。帰ったわよー!」すると家のなかから男の子がふたり出てきた。
「おかあさん、おかえりなさい。」
ふたりともおおきな目をしていて、おかあさんによく似ていた。ふたごだった。
「紹介するわね。こっちがナミカンタ。そしてこっちがルテエルよ。よろしくね。ほら、お兄ちゃんにごあいさつしなさい。」
「おにいちゃん、いらっしゃい!」どっちがナミカンタでどっちがルテエルなんだか、僕には区別できなかった。
エリダヌスは僕たちを部屋に通すと夕食のしたくを始めた。それを待っているあいだ、ぼくはアルフェッカと話をしていた。
「ねえ、教会で、小さなパン切れとグレープジュースを飲む儀式があったでしょう? あれ、何なの?」
「ああ、あれ? あれはね。バラ十字教会の大切な儀式のひとつよ。ほんとうはグレープジュースじゃなくてぶどう酒を使うのよ。でもこどもは未成年だからぶどうのジュースを飲ませるの。あれは救い主ペラダンの肉と血をあらわしているのよ。」
「ぼくたちの世界のキリストのことだね。」
「ペラダンは、いよいよ最後のお別れのときに弟子たちといっしょに食事をするのよ。そしてひとりひとりにパンをちぎってやりながら、こう言うの…『これを私の肉だと思いなさい』。それからぶどう酒をついで、こう言うの…『これを私の血だと思いなさい』と。」
「ふーん。つまり弟子たちは、おなじ救い主の肉と血を分け合うことで、かたく結ばれるって事だ。」
「そう。それが大切なのよ。みんなで何かを食べるとか飲むとか、何かいっしょに経験する事で、強い結びつきが生まれるのよ。それを『連帯』っていうの。「れんたい?」
「そう。連帯よ。お互いが『おなじなかまなんだ!』って強く思い込むための儀式なのよ。」
「あの歌も、それに関係するの?」
「グレゴリオ聖歌のことね。そうよ。グレゴリオ聖歌はいくつもあって、それが組み合わさって『ミサ』という儀式のためにつかわれるのよ。まず最初が『イントゥロイトゥス』。言いかえれば『イントロ』よね。それから、このパンとぶどう酒の儀式をするの。これを『オッフェルトリウム』というのよ。そのときに歌われる歌は『クレド』とか『グロリア』。」
「それでね、君がさっき言ってたミラ大統領の言葉だけど。」
「うん。」
「たぶん大統領は、サラセン教がきらいなのよ。」
「へえ…。どうして?」
「戦争はあめの国と砂の国とのあいだで起こっているでしょう? あめの国の人々はほとんどがペラダン教で、砂の国の人々はほとんどがサラセン教だわ。だから大統領はこの戦争をペラダン教とサラセン教のたたかいだと思ってるんだと思うわ。だから演説の最後にお祈りのことばを言ったのよ。つまり大統領は『ペラダン教徒は連帯しよう!』といいたいのよ。」
「なるほどね。『れんたい』か。」
「そう『連帯』よ。でもそれはまちがった『連帯』だとわたしは思うわ。」
それを聞いて、ぼくは思いついたことがあった。あの地下室のせまい部屋でみんながいっせいに歌をうたったのはもしかしたら……
「ねえ、いっしょに歌うだけでも『かたい連帯』の気持ちをあらわすことができるんじゃないの?」
「もちろんよ。同じうたをいっしょに歌う事で『自分たちは仲間なんだ』って強く思うことができるわ。……なにを考えてるの? 話してごらん?」
ぼくはあの時「誰にも話さない」って約束したけど、アルフェッカに話すべきなんじゃないかと思った。いま、戦争が始まって、しかもそれが砂の国のせいで、ペルセウス秘密同盟が犯人だと思われているなんておかしい。やはりはなすべきだ。よし、彼女を信じて話してみよう。
その時、エリダヌスの声がした。「夕食ができたわよ。」
新約聖書 マルコによる福音書
一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた、「取りなさい。これはわたしの体である」。
また杯を取り、感謝の祈りを捧げ、弟子たちに与えられると、全員がその杯から飲んだ。すると、イエスは言われた、「これはわたしの血、多くの人のために流される契約の血である。
よく言っておくが、神の国で新しいものを飲むかの日まで、わたしはもう決してぶどうの実から造ったものを飲むことはない」。
第三章9『エリダヌスのはなし』
食事の前にみんなはお祈りをした。ぼくは何も信じてないので、ただうつむいてだまっていた。アルフェッカはペラダンに感謝の祈りをささげていた。そしてエリダヌスと子どもたちはサラセンの神に祈りをささげていた。それぞれちがう宗教の者たちが、違う神様においのりし、そしていっしょに食事をする。ぼくはなんだか不思議な気持ちになった。
アルフェッカはさっき、同じ宗教の「連帯」のための儀式のことを説明してくれた。でも、いまぼくたちはそれぞれ宗教がちがうのに、こうしていっしょに食事している。そして、お互いが仲良くなり、気持ちが通じあって「なかま」になっている。同じ宗教じゃなくたって、いっしょに何かを経験しながら、ぼくたちみんなが「連帯」できるんだ。アルフェッカはそう言いたかったんじゃないのかな?
食事のあと、ぼくはエリダヌスにあめの国のことをきいてみた。
「ねえ、エリダヌス。砂の国のひとはあめの国のことをどう思ってるの?」
「ああ、それを聞きたいって言ってたのよね。わたしたちの国は、昔から戦争が続いているでしょう? あまり平和だった時がないのよ。だから人々のくらしもまずしくて、なかなか良くならないのよね。
国も貧しいから、子どもたちもみんなが学校に行ってるわけじゃないし、大学や研究設備もすくないし、道路や橋もこわれかかってる。あめの国には映画館やコンビニもたくさんあるけど、砂の国にはほとんどないわ。」
「そういえば、あめの国の自動車工場がたてられたでしょう?」
「ええ、あの工場が来たときにはみんな喜んだわ。わたしたちにもこういう素敵な自動車が作れるし、社員になって働けばいっぱいお給料がもらえるって。でも、工場はしばらくしたら他の国へ行っちゃったのよ。」あれ、ゾウの国やワニの国と同じだ。
「じゃあ、そこで働いていた社員はやっぱりクビになったの?」
「そうよ。失業よ。」
エリダヌスは学校の先生だったので経済のことをよく知っていた。
「南の王国が北の王国と戦争している時、戦争に勝つためにあめの国におねがいして、南の王国があめの国から武器をもらったの。でもそのかわりに、この国から産出される石油をぜんぶ、あめの国に安く売る約束をしてしまったのよ。だから、いま油田地帯には、あめの国の石油精製工場がたくさんあるわ。
あめの国はここで石油を精製して他の国に売っておおもうけしているのよ。でも、砂の国はあめの国に安く売っているから、あまりもうかってないわ。」
「じゃあ、けっきょく、北の王国と南の王国が戦争して、南の王国は戦争に勝ったけど、いちばん得をしたのはあめの国だったってわけ?」
「そうね。あめの国は自由で豊かな国だから、みんなにうらやましがられているんだけど、それは、砂の国やほかの国ぐにを利用してもうかっているから豊かなのよ。」
「じゃあ砂の国もあめの国をまねすれば豊かな国になれるんじゃないの?」
「そうね。あめの国が砂の国を利用しておおもうけしているように、砂の国も他の国を利用すれば豊かになれるかもしれないわね。じゃあ利用される国はどうなると思う?」
「それは貧しいままなのかな。でもその国も他の国を利用すれば…」
「そうやって、だれかを利用して自分だけがもうけるなんてことをすれば、国と国とが仲よくなることはできないんじゃない? あめの国は豊かでうらやましがられてるけど、すごくうらんでいる人たちも砂の国にはたくさんいるのよ。」
第三章10『連帯のための儀式』
ぼくは、砂の国の人たちの気持ちが、ほんのちょっぴりだけどわかったような気がした。そしてペルセウス秘密同盟の人たちも、砂の国の人たちとおなじ気持ちを抱いているんじゃないかな、と思った。でも、ペルセウス秘密同盟が砂の国の命令でうごいているとはかぎらない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ぼくはアルフェッカにさっき思っていたことを思い切って聞いてみることにした。
「ねえ、『イン・テラ・パックス』なんとかっていうお祈りのことばのことをお昼に聞いたでしょう?」
「ええ、そうね。さっきあなたが隠していたことね?」
「うん。それで、ほんとうはその前には『グロリア』なんとかってつくんでしょう?」
「ええ、そうよ。」
「もしも…もしもだよ。最初の部分をわざと省略して歌っていたんだとしたら、どう思う?」
「つまり『いと高きところに神の栄光あれ』の部分を省略して『地には平和、人には恵みあれ』の部分だけを歌っていることになるわ。それが?」
「ぼく、いま思いついたんだけど、あとの部分だけなら、別に神様を信じていない人だっていっしょに歌うことができるんじゃないかな?」
「ああ、そういう考え方も成り立つわねえ。へえ、あなた、面白いことを思いついたわね。」
「いや、そうじゃないんだ。ある人たちの集団が、『地には平和、人には恵みあれ』を目的にして、宗教を持っているひとも持っていない人も強い連帯のきもちを高めるために、その部分だけを歌っていたのかもしれない、って思ったんだ。」
「あなた、それ、どこで聞いたの?」
「実はね。ぼく、去年11月1日にカノープス市の地下室の集会にいたんだ。」
「え?」アルフェッカの顔が青ざめた。
「ペルセウス陰謀団のひみつ会議のこと?」
「そう。その会議を始めるとき、みんなでこの歌をいっしょにうたっていたんだよ。あの人たちは別に宗教的なあつまりじゃないでしょう? だから自分たちの連帯のきもちを強めるために、この歌の最初の神様の部分をわざと省略して歌っていたんじゃないかって思ったんだ。」
食卓はしーんとしてしまった。
第三章11『大スクープ』
「それ、すごい話よ。もっと聞かせて!」アルフェッカはこんどはこうふんしてほほが紅潮してきた。そこで、ぼくはあの日リュネールから聞いたはなしを伝えた。
ペルセウス秘密同盟が持っていた消滅爆弾は、アルデバラン自動車工場のとなりのアルゴル爆薬製造工場から盗み出したものだったこと。でも盗まれた事を工場ははぜんぜん公表しなかったこと。自動車工場を爆破させたのは秘密同盟ではないこと。そもそも秘密同盟の目的は兵器工場を爆破することだったこと。
自動車工場はここ一年くらい残業なんてなかったのに、あの日だけ会社は100人も残業させたこと。その100人は会社に反抗的な人たちばかり選んだんじゃないかということ。アルデバラン社は工場を移転する計画であること。そのためにアルゴル社に土地の売買けいやくをしてしまっていること。その事を社員は知らないこと。
爆破事件は砂の国のいんぼうだと大統領が発表したので戦争がはじまったけど、工場地帯にたくさんある兵器工場は大統領とその側近が社長になっていること。だから戦争をすれば、大統領や側近たちが儲かることなどを、いっきに話した。
「うーん。」アルフェッカはうなった。
「これ、大スクープだわ。世界中がひっくりかえるようなおおさわぎになるわよ。もしこのニュースを流したら、あめの国の議会はすぐに調査団をつくって徹底的に調査することになるわね。それに、たぶん世界中で戦争に反対する運動がおこるわよ。」アルフェッカは興奮していた。
「そうだ! このニュース、すぐ手配しなくちゃ。でも、あなた、この事を知られたら危険だわよ。あめの国には秘密ちょうほう機関があって、国家や大統領につごうが悪いことがおこったりしたらなにするかわからないのよ。あなたの命もねらわれるかも知れないわ。あめの国はすごくすすんだ科学技術を持っているから、どんな方法で狙ってくるかわからないわ。
とにかく、そのはなし、めったなところではしちゃだめよ。私は、さっそく契約している新聞社にこのニュースを流すわ。……それだけじゃ足りないわね。……よし! 記者クラブに集まってるみんなにバラまきましょう。これで戦争がおわるわよ。」
そう言うとアルフェッカは携帯でんわを取り出してプッシュボタンを押した。
「もしもし、エウロパ? そっちにみんないる? たいへんよ! 大ニュース! この戦争のもとになったのはあめの国の自動車工場の爆破が原因だったでしょう? ペルセウス秘密同盟のしわざだって。その背後に砂の国があったからだって。
それがちがうのよ。これはみんな、あめの国の大統領の陰謀よ! 大統領はわざと戦争を引き起こしてお金もうけをしてるのよ。明日の朝刊のトップ見出しは決まりだわ。『大統領の陰謀、発覚!』。ミラはきっと硬直して石になるわね。メデューサににらまれたくじらみたいに。え?……よく聞こえない。なに?……え?……」携帯でんわの調子が悪いらしい。
「だめだわ、雑音がひどくて。わたし、急いで記者クラブに戻るわ。君もついてらっしゃい。もっと詳しく聞きたいから。エリダヌス、どうもごちそうさま。とてもおいしかったわ。あわてて帰っちゃうけどごめんなさいね。」
「いいわよ。しかたないわ。それに、わたしも嬉しいわ。もしかすると、これで戦争が終わるんだもの。じゃ、がんばってね。すすむ君、ありがとう。ほんとうにうれしいわ。これでやっと平和が来るのね。」エリダヌスは目をかがやかせていた。
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第三章12『誘導ミサイル』
ぼくはアルフェッカといっしょに大急ぎで通信社ビルにもどった。そしてアルフェッカはみんなに記者クラブに集合するようにと伝えた。
「特ダネよ。とんでもない大スクープよ! このニュースを世界中に伝えるのは私たちの使命だわ!」
そして、アルフェッカはさっきぼくから聞いたことをとても早口で話しだした。
そこには100人くらい記者がいただろうか。アルフェッカの話を聞いていくうちにみんな興奮しはじめた。そして話を聞き終わるやいなや、みんな大急ぎでそれぞれ自分の机にもどり、記事を書いたり電話したりした。パソコンからメールを送っている記者もいた。もう、記者クラブの部屋はてんてこ舞いだった。
その時、遠くからなにか音が近づいてきた。「キーン」という金属的な音だった。それがだんだん大きくなり、「ズーン」と鈍い音がした。
「なに? 今の音。」だれかが言った。「あれ、聞いたことがあるよ。誘導ミサイルの音だな。ビルの近くに落ちたぞ!」別の誰かが言った。
おおぜいの記者たちが窓ぎわにかけよった。まどの下、住宅地のあたりの一角が赤々とほのおをあげて燃えていた。ほのおは白と黒のけむりを吹き上げながら夕暮れの空に高くのぼっていった。
「エリダヌスの家だ!」どうして? なぜ? ぼくは頭がパニックになりそうだった。
ぼくは記者クラブの階段を急いでおりて行こうとした。そしたら目の前にアルフェッカがいた。そしてぼくの行く手をさえぎった。
「どうして止めるの? 行かなきゃ! エリダヌスが大変なんだよ!」すると彼女は顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくりながらぼくを抱きしめて言った。
「私のせいよ。エリダヌスを殺したのはわたしなのよ!」
「え? 何いってるの? まだ死んだと決まったわけじゃないんだから助けに行こうよ。それにどうしてアルフェッカのせいなの?」
「さっきわたしの携帯でんわが雑音で聞こえなくなったのを覚えてるでしょ? 秘密ちょうほう機関はわたしの携帯でんわを盗聴していたのよ。そして大統領にとって都合の悪い事実を私がしゃべったから、妨害電波できこえなくしたんだわ。それから私を殺そうとしたのよ。
さっきのは誘導ミサイルの音よ。まちがいないわ。誘導ミサイルはいろいろな電波で誘導できるの。あのミサイルはわたしの携帯でんわが出す電波をたどって飛んできたんだわ。
わたし、さっきエリダヌスの家のテーブルの上に携帯でんわを忘れてきたの。おお、おお、なんていうことでしょう。かわいそうなエリダヌス! 子どもたち!」そういうとアルフェッカははげしく泣きだした。
その時、ぼくは「はっ!」とした。秘密ちょうほう機関はここの記者全員の携帯でんわを盗聴してるんじゃないのかな? アルフェッカの電話だけじゃないだろう。それなら記者たち全員があぶない!
「ねえ、アルフェッカ。それならここもあぶないんじゃない? ちょうほう組織はここのビルにもミサイルを飛ばしてくるんじゃない?」アルフェッカもすぐ気がついた。
「ああそうだわ。泣いている場合じゃない」アルフェッカは両手でなみだをぬぐうと急いで部屋にもどり、みんなに言った。
「みんな! 今すぐ携帯でんわの電源を切って! 電波を出すものはぜんぶ切るのよ。それから、すぐにこのビルから逃げて! わたしたちもミサイルにねらわれているのよ。みんな、ニュースは配信したわね?」
「よし!オーケーだ。」「だいじょうぶ。明日の朝になれば、もう世界中がこのニュースを知ってるよ。」「大統領はこれで破滅だぜ!」
第三章13『夢からさめて』
僕たちは、それからいそいで階段をかけ降りた。そしてビルからできるだけ遠くに走った。そのうち、うしろで金属音がきこえてきた。
「キーン」「キーン」…「ズーン」
「ズーン」
振り向くと、通信社ビルに大きな穴がふたつ空き、そこから炎が吹き出していた。ぼくたちは息が苦しくなるまで走り続けた。後ろからミサイルの音が次々と聞こえてきた。途中、じゃり道でころんで手のひらをすりむいた。起きあがった時、アルフェッカが叫んだ。
「すすむ! 今すぐあなたの世界に帰りなさい。これからどんな攻撃が来るかわからないわ。もしも消滅爆弾をまとめて落とされたら、走っても間に合わない。だからあなただけでも助かるのよ。チケットは持っているわね?」
「うん。でも……」
「わたしたちは『戦場ジャーナリスト』よ。いざという時の覚悟はできているわ。それに世紀の大スクープをモノにしたんだもの。死んでも本望よ。さ、行きなさい! 私たちのこと、忘れないでね。さようなら。」
「そんな…だめだよ。死なないで!」
「心配しないで。そんなに簡単には死なないわ。なんとか生きのびるつもりよ。」息をはあはあさせながら、アルフェッカは両手をひざに置いて下を向いていた。そして、そのままぼくに手を振っていた。
「じゃあ、さようなら。いつか、きっと会おうね。ぼく、忘れないから。」
そういうと、額にチケットを当て、回りながらつぶやいた。「ぼくのうち、ぼくのうち、ぼくのうち……」
「ほら、ごはんよ! なにしてるの?」おかあさんの声で「はっ!」と気が付いた。ぼくは庭にしゃがみ込んでいた。うで時計を見た。……7時1分。
やっぱりぼくは夢を見ていたのかな? ずいぶん長いゆめだったと思ったけど、1分しか過ぎてないなんて。
ぼくはみんなのところに行った。それから「ちょっと顔あらってくる。先に食べてて。」そういうと洗面所へ行った。鏡で自分の顔をみると、たしかに寝ぼけたような顔をしてる。やっぱり夢だったのかな? いや……、これは疲れ切った顔なんじゃないか? あれがもしも現実にどこかで起きていたんだとしたら……ぼくは自分の体験をもういちど思い出していた。
教授といっしょに行ったひみつの会議。みんなは無事に逃げたんだろうか? そのあとどうしたんだろうか? アルフェッカは? 消滅爆弾でどこかに吹き飛ばされたんだろうか? それとも…
……ああ、かわいそうなエリダヌス。生まれた時からずっと戦争の中で生きてきた。結婚した夫は戦争で死んだ。そして今度はこどもたちといっしょに自分まで……
ぼくは顔をざぶざぶと洗った。しばらく激しく洗いつづけた。顔を洗いながら、ぼくは泣いていた……
それからタオルで顔をふきながら思った。いや、きっと、うまく逃げて生きているさ。……いくら何でもそうじゃなきゃ。そうさ。きっと生きているさ。きっと!……。
その時、鏡の中のぼくの右むねにゾウの会の青いバッジがみえた。「あ!」と思ってぼくは自分の胸をみた。何もついてない。もう一度鏡をみたがもう胸にはなにもついていなかった。…気のせいか。
「やっぱり、全部ゆめだったのかな。」そう思ってタオルをかけた時、タオルにちょっと血がついていた。ぼくは自分の手のひらを見た。
両方の手のひらにすりきずがあった。ぼくは、さっきころんだ時の痛みを思い出した…
第三章14『エピローグ』
あれからずいぶん時間がたつ。あの日のことを時々思い出す。一分間の日帰り旅行。例のチケットは、あの日以来みあたらない。どこかにいってしまった。おとうさんに聞いてみたけど、おとうさんはチケットのことを何もおぼえてなかった。
それからあのパン屋のうらのレンガの小屋にはやっぱり誰もいなかった。壁をたたいてみたけど、どこにも通路はなかった。
ぼくの世界でも戦争の記事が連日、テレビや新聞をにぎわせている。戦争は続いている。今日も爆撃がつづき、死者やけが人が出ている。あの中にエリダヌスのようなひとびともいるんだろうか?
でも戦争に反対する人たちもたくさんいて、世界中で反対のデモがおこっている。教授たちはあのデモの中にいるんだろうか?
もしかしてどこかの街かどでターレスに会うことはないんだろうか? 工場が移転してしまったあと、ヘーパイは失業したんだろうか? 今ごろは公園のベンチにしょんぼり座っているのかな
あれからまたちょっと考えたことがある。例のラテン語の呪文「イン・テラ・パックス・オミニブス・ボネボルム・タティス」は、最初の「グロリア・イン・エクスチェルシス・デオ」も付け加えれば、「いと高きところに神の栄光あれ 地には平和、人には恵みあれ」という意味になる。これは爆破事件の翌日、ミラ大統領がテレビで言ってた言葉だった。
なぜ大統領のことばとペルセウス秘密同盟の呪文とが一致したんだろう? 偶然の一致? それとも大統領もペルセウス秘密同盟だったのかな? いや、そんなこと、あり得ない。自分の陰謀を暴露させるはずがないもの。そうしたら、あの言葉はペルセウス秘密同盟に「おまえたちのことはわかっているんだぞ!」という合図だったのかな?
ある時ぼくは夢を見た。夢のなかで、ぼくはまた霧に囲まれていた。霧の中にあのレンガの小屋があって、正面に旅行社のへんな婆さんがすわっていた。
「お帰り。どうだった? 楽しかったでしょう?」
え? 楽しいかって? 楽しくなんかなかったよ! とても悲しかった……
ねえ、お婆さんは知ってるの? アルフェッカやエリダヌスのことを。あの人たちがどうなったかを?
それから教授たちは? ターレスたちは無事にもどってこれたの? それとも、これはみんな夢なの?……
お婆さんは何も言わず、ただにこにこしているだけだった。やがて霧がまた濃くなってきて、なんにも見えなくなってしまった……そこでゆめからさめた。
僕の目は涙でぬれていた。
ぼくはある詩集が好きになって、よく読むようになった。そして偶然「ナミカンタ」と「ルテエル」をその詩の中に見つけた。
ふたりのこどもの名前は「みんなの」「しあわせ」という意味だった。
おしまい
復刻版『あめの国のものがたり』
「旗旗」への掲載を記念して(?)『あめの国のものがたり』(2004年もぐら社刊)が復刻されました。僅少非売品ですが、手に入れたい方がおられましたら、こちらからご相談ください。子どもへの贈り物や読み聞かせにもいいかも。体裁はA4版、中綴じパンフレット形式の55ページです。
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