イラクの米軍とアフガンのソ連軍 歴史は繰り返すのか

アフガンから撤退するソ連軍 某掲示板「ソ連崩壊を喜んでた奴に、資本主義の矛盾を嘆く資格は無い!」という、一見すると刺激的なフレーズがありました。

 この書き込みの趣旨自体は「資本主義やら自民党やらバブルやらを賛美していた者はその結果に責任を持つべき。今になって嘆いたり、当時異議申し立てしていた人間に『今こそ頑張れ』だの言うな」ということでした。その点については同意できる点も大きいです。旧ソ連を賛美する趣旨ではありません。

 ただ、このフレーズをみて、かつてスパルタシストという党派が「ソ連のアフガン侵攻を非難した奴に、タリバン政権を批判する資格はない!」みたいな主張をしていたのを思い出しました。確かにそれも一理ある考え方なのですが、やっぱりちょっと違う気もする。

 しかし考えてみれば、米軍のイラク侵攻や駐留を「それ以前のフセインよりはまし」だの「米軍が撤退したらイラク国内が混乱して内戦になってしまう」だの言って支持してる人に、「じゃあ、ソ連軍がアフガンから撤退したのも間違いだったんですね?」と言ってやるならまったくその通りだと思う。

 今米軍が「テロとの終わりなき戦い」を繰り広げている相手の主要な人脈は、アフガンのソ連軍とも戦ってきた人々です。現在の米軍に対するのと同じような抵抗が、当時のソ連軍にもなされてきたはずで、アメリカはそれを金銭的にも軍事的にも積極的に支援していたのですから、いまさら彼らを「テロリスト」だの「無法者」だの言う資格は少なくともアメリカにはありません。

 今から考えても、ビンラディンやタリバンよりも、ソ連軍と親ソ政権のほうが、いわゆる西側の感覚で見ても、はるかに「まし」だったはずです。そしてソ連軍を撤退させたら、アフガンは血みどろの内戦となり、タリバン政権が成立し、アルカイダの拠点となりました。その過程でとりわけ女性の人権は地の底まで落とされたのです。

 にもかかわらず、当時の私達はソ連を非難し、ただちに無条件で撤退すべきだと考えていましたし、事実そう主張してきたのです。多くの人は、ソ連軍の支援で成立したアフガンの政権を「かいらい政権」と簡単に切って捨て、交渉したり主権を尊重したりする対象ですらないと認識していたわけですが、それなら米軍の支援で成立したイラクの暫定政権は、アメリカとの関係で、当時のアフガンの親ソ政権と何ほどの違いがあるのかという疑問がわきます。

 では、スパルタシストの諸君が留保付ながら一定程度「解放軍」としての性格を持っていたかのように描くソ連軍は、なぜあんなに非難されたのでしょう。アメリカ等の宣伝だけではありますまい。やはり「解放」される対象であるはずのアフガンの人々から支持されなかったのが大きいと思います。その点でもイラクの米軍は、気味が悪いくらいアフガンのソ連軍と同じ道をたどっていると感じます。

 単純な保守主義者からみれば「逆じゃないか」と思えるでしょうが、実はソ連軍のアフガン侵攻についての考察は、私が80年代を左翼活動家として過ごすこととなった大きなきっかけなのです。

 とりあえず今日のところは問題意識の提示です。機会があればあらためて、アフガン侵攻当時の自分の考えを思い出してまとめながら、そこから現在のイラク侵攻についても考えてみたいと思います。

 今のところ私には、両者はイデオロギーが違うだけでやっていることは同じにしか見えないのです。そりゃあイデオロギーが違うのだから、細かいところはいろいろ違うでしょう。それはわかります。ですがネトウヨさんみたいに「違うところ」を箇条書き的にたくさん並べて印象操作しても仕方ない。私が言っているのはもっと端的に言えるはずの根本的な次元での話です。

 なお、「イラクの米軍とアフガンのソ連軍は全然違うぞー!」という(ネトウヨじゃないまともな)保守主義者の方がいらっしゃったら、是非とも教えを請いたいと思いますので、よろしければコメントやトラックバックなどでご教示をお願い申し上げます。なお、私は「目的は手段を正当化する」と思いませんので、そこは事前に言っておきます。

東欧革命

資料】左翼運動のスターリン主義的歪曲を克服せよ/荒岱介

2018年3月21日

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