どうでもいいこと

万博と月の石

 ここんとこ休日出勤ばかりだったのがやっとこさ久しぶりに今日は休みです。勤務時間も4種類が混在して12時間以上が当たり前なので、今日が何曜日かもわからないっすが、仕事があるだけ幸せ・・・とか思い込まされて、ますます立場が弱くなるという(悲

 その休みも一日だけなので、今のうちに何をしようかなあと考える貧乏性ですが、もう今日はぐうたら体を休めようと決めました。そうせんともたんしね。で、いかにもお金のかかっていないテレビのバラエティ番組なんぞ見るともなく眺めていたら、天童よしみさんが「大阪人の忘れられない日」として、「月の石が大阪にやってきた日」をあげていたので、とても懐かしくて笑ってしまいました。

 もちろん大阪万博のアメリカ館に、アポロ11号が持ち帰った月の石が展示されていたことを指しているわけですが、当時、まだ小学校にあがるかあがらないかの子供だった私にとって、万博そのものよりも「月の石がくる!」ということのほうが、はるかに興奮することだったわけです。これは私だけかなあと思っていたのですが、あとで検索してみると、いろんな方が月の石にまつわる当時の思いを熱く語っておられる。天童よしみさんからしてそうなんですからね。なにしろアポロ11号が初めて月面に着陸したのは深夜か早朝かだった記憶があるのですが、その瞬間はどんな小さな子供でも起きていられる限りはテレビの前にいることを許され、まあ一種の大晦日かお正月のようなお祭り騒ぎだったことをかすかに覚えています。

 子供がいる京都の家庭であった我が家としても、当然に万博に連れて行かないですますわけにはいきません。入場チケットも手に入れ、その日を指折り数えて待ちました。企業系を中心として各パビリオンの集客パンフもあちこちで手に入りましたし、「少年マガジン」の巻頭カラー特集などを切り抜き、自分なりに「こことここは絶対に行きたい」などと夢想してわくわくしました。確か、アメリカ館のほかには三菱未来館に行きたいと言っていたような気がします。太陽の塔の中にもぜひ入りたかったけれど、ここは普段は公開されていないようなので半分はあきらめていました。

で、とうとうその日がきた!「迷子ワッペン」をつけていざ、人ごみの中へ。
めざすはひたすらアメリカ館の月の石・・・と思いきや。

 とにかくアメリカ館は月の石効果で大人気でして、中に入るだけで3時間待ちの状態。そういう行列に並ぶのを両親が嫌がったみたいなんですよね。それでアメリカ館に行きたいという私が「似たようなもんだからここで我慢しとけ」とばかりに連れて行かれたのがソ連館でした(笑)。ソユーズ宇宙船の現物などが展示されていまして、一応は間近でそういうものが見られるんですが、「ほらほら、宇宙船だよ」と言われた私は「小さい子供をうまくなだめようとしているな」と思いました。

 ソ連館はなんかアメリカ館の混雑にくらべてガラガラだったような記憶があります。入ると吹き抜けの頭上に巨大なスクリーンが設置されていまして、髭で禿頭のおっさんが何やら演説している白黒映像が私を見下ろしていました。このおっさんがレーニンだったと気がつくのはずっと後年のことであります。ただ、意味はさっぱりわからんが、自分の国の歴史を紹介しているのだなということはわかりました。それはともかくですが、いくら親が「ほらほら」と盛り上げようとしても、見慣れないソユーズ宇宙船などにはさっぱり興味がもてなかった。やっぱりテレビで見慣れたアポロの月着陸船が見たかったですね。

 その後もなんだか比較的人気がなくて、あまり並ばずに入れるところばかりを適当にまわったようです。もちろん三菱館など、私があらかじめピックアップしたところには一つもいきません。覚えているのは「フジパン館」だったと思うのですが、ただ手が上下するだけの「スタンプロボ」に来館記念スタンプを押してもらったこと、松下館でタンスかロッカーみたいな大きさのテレビ電話と「人間洗濯機」を見たこと。父がコンパニオンのお姉さんに「これなんぼ?」とテレビ電話の値段を尋ねたら「10万円です」とお姉さんが答えていたこと。今の感覚なら50万くらいかな。「買おか?」と母に冗談まじりに言ってましたが、自分だけ持っていても仕方ないって(笑)。それから「ケベック館」でしたかね、外観が丸太を組んだような形になっていて、中に入ると椅子なども全部丸太型だった。ほんでその丸太の椅子に座って映画を見せられるのですが、その映画も子供の目にはただひたすら材木を切り出して丸太にしているだけの映画でした。

 そうこうしているうちに夜になりまして、とにかく月の石を見られなかったのががっかりでしたが、最後にエキスポランドのダイダラザウルスに乗れたので、まあよしとしようと自分を納得させました。当時のダイダラザウルスはコース別に5種類くらいあったと思うのですが、そのうちで一番すいている(あんまり怖くないコース)で待ち時間が40分くらいだったでしょうか、最後にこれだけは両親も我慢して並んでくれたのです。なので、両親も子供に気をつかってくれているんだなあと、これ以上は文句言えないかなと。事前の期待があまりにも大きすぎたんですよね。

 今回、いろいろと検索してみて、見覚えある光景に懐かしさがあったとともに、かなり記憶と実際が違っていることにも気がつきました。子供だったとは言え、「体験者の証言」って細かいところではあてにならないもんですね(笑)。それと、建物にしろ印刷物やその他の記念品などにしろ、そのデザインのユニークさや美しさに驚きました(参考:大阪万博記念写真館)。時代の匂いはするものの、全体として今のものよりずっといい。人間の(つか日本人の)センスってどんどん画一化されて退歩しているんかしら?太陽の塔の中と、月の石は今でもみたいですね。それと、子供って、案外大人の顔色をみているんですよねー。

※書き終わってからいろいろ検索して見つけた記憶違い
1)ソ連館はそれなりに人気でガラガラではなかったようです(でもすぐに入れたような記憶があるんだがなあ)
2)人間洗濯機とテレビ電話があったのは松下館ではなく三洋館
3)ケベック館だったと思っていたのはブリティッシュ・コロンビア館。でもなんでケベック館なんてものがあったのを記憶しているのだろう?

コメント

    • 天下御免
    • 2009年 6月 21日

    常に生活者の視点に立った地に足のついた間違いのない記事に感心して読んでいます。
    大阪万博については、『公式長編記録映画・日本万国博』というDVDが素晴らしい出来で、ぜひご覧になって下さい。
    草加氏とほぼ同世代で、大阪在住だったので万博には何度も行ったのですが、ただ興奮したのを覚えているだけで、展示内容はほとんど記憶していなかったことを確認して苦笑しました。
    三菱未来館では少年の冒険心を大いに刺激されましたが、月の石は長い間並んだ割には、ただの石ころではないかと思っただけでしたし、ほかの人も皆同じ感想だったようで、見逃したことを後悔なさることはないと思います。

  1. 私もアメリカ館には行きました。
    背の高い大人の波にもまれて長時間、訳もわからず押し流されているうちに外へ出て、けっきょく「月の石」を見ることはありませんでした(おしまい)

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