2007.08 ライラのバラード(英訳詩朗読)/PANTA-響

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 原曲は、伝説的バンド『頭脳警察』を再結成し、積極的な活動を展開するPANTAさんが、アコースティック・ユニット“響”としてリリースした1stアルバム「オリーブの樹の下で」に収録されています。重信房子さんとの書簡のやりとりにより完成した、同アルバムを代表する12分にも及ぶ大作です。

 ここでは、その歌詞を重信メイさんが英訳・朗読しているものをあげておきます。これでも雰囲気はわかると思いますが、是非、原曲もお聴きください。

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ライラ・ハリド(Wikipedia) ◇重信房子さんを支える会

★九条を唱えし我れを嘲笑うのか君は知らざり「テロリスト」の愛(重信房子)

free_palestine_パレスチナに自由と平和を

日本赤軍とは何か-これだけは知ってほしいこと

2009年11月26日

ライラのバラード 作詞:重信 房子 補作詞:PANTA

わたしは4才だった
誕生日のすぐ後 ハイファを追われた
ママは8人の子供等と小さな車に乗り込んだ
一人足りない それはわたし
「何故引っ越さなきゃいけないの?」
ナツメヤシのカゴの後ろに隠れたわたしを
引っ張り上げて ママが言った 
「ユダヤ人に殺られちゃうよ」
パパは涙を流して 子供達にお別れのキスをした

 戦火を逃れて 故郷を追われた
 家も街も祖国も なにもかも奪われた
 あれから半世紀過ぎても わたしは家に帰れない
 わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
 パレスチナの 子供の物語 ライラ ライラ ~

わたしは5才だった
夏になって やっとパパに会えた
一文無しになり 家も店も盗られ 祖国を追われた
闘いに敗れ 父は変わった
「いつパレスチナに帰るの?」
難民となり 失くした日々を語りながら
18年後 パパは死んだ ハイファに帰る夢を 見続けて
土に還るパパに オリーブの枝をそえた

 戦火を逃れて 故郷を追われた
 家も街も祖国も なにもかも奪われた
 あれから半世紀過ぎても わたしは家に帰れない
 パパの物語 だけどそれはみんなの物語
 パレスチナの 父の物語 ライラ ライラ ~

わたしは25才だった
八月のある日 祖国への旅に出た
一万フィートの上空から 祖国に還る為に
幅広のレースの帽子でわたしは言った
「乗客のみなさん ベルトをお締めください
 わたしはこの機の新しい機長です
 PFLPのチェゲバラ隊が この飛行機の指揮をとります」
パレスチナの海岸線に ハイファをはるかに見下ろして

 戦火を逃れて 故郷を追われた
 家も街も祖国も なにもかも奪われた
 あれから半世紀過ぎても 世界はそ知らぬ顔してる
 わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
 パレスチナの 戦士の物語 ライラ ライラ ~

わたしはいまも待っている
待つことは闘うこと 闘いつづけること
二度目のハイジャックで友を失い わたしは奪還された
それからバーシムと出会い リッダ闘争
パレスチナの恨みと希望を背負って
自由の戦士たちは 闘いつづけた
闘わなければ パレスチナの存在も 思い出に消えて
わたしも母になり 子供たちの為に いまも闘う
わが母のように

 戦火を逃れて 故郷を追われた
 家も街も祖国も なにもかも奪われた
 あれから半世紀過ぎても 戦いの火は消えない
 わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
 パレスチナの 母の物語 ライラ ライラ ~

わたしはもうすぐ60才
証言の為に日本に来ました
自由の戦士マリアンは無罪と訴える為に
あの時代はだれも 自由の戦士だった
それが何故 裁かれるのか
裁判長 あなたに訴える
わたしは パレスチナの民衆を代表して来ました
祖国を奪われた民には 抵抗する権利があると
そしてマリアンもそのひとりだと

 戦火を逃れて 故郷を追われた
 家も街も祖国も なにもかも奪われた
 あれから半世紀過ぎても 闘いの権利は捨てない
 わたしの物語 だけどそれはみんなの物語
 パレスチナの 世界の友の物語 ライラ ライラ ~

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ライラのバラード

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