「小説三里塚」第六章 欺瞞(前編)

戸村一作:著『小説三里塚』(目次へもどる

第41話 平和塔奉賛会

三里塚老人決死隊(のちに同盟の要請で老人行動隊に改称) その頃、岩山部落の辻々には、奇妙な立看板が立っていた。「野良仕事は目の出から日没まで」と、書いてあった。それ以上働く者は、泥棒だというのである。暗闇に他人の畑に忍び込んで、作物を頂戴する者も最近現われたらしい。
 こそ泥でなくとも農家は日の出から日没まで働かなくては食えないのだ。いやそれでも日増しに食えなくなり、借金の支払いのため出稼ぎまでいかねばならなくなったこの頃だ。

 四季を通じて野良仕事に精出した者が、今では機械を使って秋の収穫をかたづけ、いち早く出稼ぎに行く農民に変わった。楽をするために買った農機具のために、苦しまねばならなかった。これは最近、岩山部落ばかりか、どこにも現われてきた現象だった。それも二町歩以上の中流の農民までが、出稼ぎに出るようになった。

 農家は手元の暗くなるまで野良仕事をする。帰ってから風呂を浴び一杯飲んで夕飯である。だから農村の集会は八時開会といっても一時間は遅れてしまうのが普通だった。
 東藤は八時にはぴったり農協の二階に来て待機していた。彼は窓辺に座って正面横にかかった時計を見ては、さっきから何回となく窓の外を覗いていた。東藤は待ちくたびれていた。
 すると、農協倉庫の前を麻生禎和と斎藤文雄が歩いてくるのが、外燈の光で朧げに見えた。東堂はホッとした。

「先生、お待たせしました。なんせ、百姓は真暗になるまでやんねえとね……」
 麻生と斎藤は並んで、丁寧に挨拶した。
「ああ、お疲れのところご苦労さまです」
 東藤も合掌をもって、応えた。
「なんせ先生、きょう日の百姓は辛いですよ」
「買う物は高くなる一方、売る物は安くなるばかりで、こんなに夜おそくまで稼いだって手間にもなんねえだから……」
「何のために百姓やってるんだか、わけわかんねえですよ」
 二人は交々、百姓の辛さを訴えた。

「それはやはり日本の政治が悪いのであって、そのためにも私はみなさんと……」
 と、東藤は呟くようにいって、考え込んだ。その考え込む東藤を横目で見た麻生は、誰にいうともなく、天井を見上げ、半ば憤りと失望を含んだような口調で呟いた。
「岩山でも一、二を争った地主までがもう公団の説得で浮足立ち、それ千葉の方に代替地を買って、アバート業を経営するだなんてやってるんだから……。いやになっちゃうよ」

 そこへ木川武治、岩沢貞一、内田伸、岩沢藤助らが入ってきた。続いて部落の主だった者らが一五、六人どやどやと入ってきた。後から古込の石井幸助も来て、そろそろ顔ぶれも出揃ったところで、麻生禎和が東藤を紹介した。すると東藤は頭陀袋の中から一枚の折り畳んだ紙を卓上に拡げ、それを正面黒板にピンで止めた。それには筆太に、こう書いてあった。

平和塔建立の使命と目的
 一、空港阻止のための降魔の法城(悪魔を降伏させる不落の城)
 二、平和を願う全国の同志の統一と団結のシンボル.
 三、闘いの勝利の記念塔
 四、平和のために闘った犠牲者供養塔として、アジア不再戦を誓願し、永久に護持されるものとして建立される

 東藤は箇条書した項目を一つ一つ、丁寧に説明した。それから卓上に巻かれてあった模造紙を拡げ、また黒板に貼りつけた。これはいつか武治が家で、東藤に見せられたのと同じものだった。
「これが今回桜台に建つ平和塔の設計図です。高さ二五メートル、鉄筋コンクリート総重量三五〇〇トンが使用されます」
 東堂の説明を一つ一つ頷きながら聴いていた斎藤は、つと立ち上がった。半ば興奮状態だった。
「先生、これが四〇〇〇メーターに完成すれば、飛行機はもう飛ぺない。完全にわれわれの勝利です……」
 東藤はニッコリ笑って、一同を見廻した。

「これで先生、相当の総工費でしょう」
 と、麻生禎和が尋ねた。
「その点は昨晩も斎藤さんのお宅でちょっとご説明いたしましたとおり、私たちが資金調達いたします。全部お膳立はいたします。大体総工費は六〇〇万です」
「ほう!そりゃ大仕事だ!」
「しかし、こりゃ同盟としたって黙っちゃいられめえ」
「てめえのための闘いだからな」
「それに工事が始まればいろんな民主団体だって黙ってはいませんからね」
 と、東藤は自信たっぷりだった。

「それに学生運動だけじゃ人も集まらなくなるよ。ゲバ棒担いで戦(いくさ)ごっこじゃな」
 と、石井幸功が早口で吐き棄てるようにしていった。
「どうしたってこの闘いは民主的な平和運動を基本としていかなけりゃ、大衆から孤立してしまう。権カ者はまず、そこを狙ってきています。今、石井さんもいったようにその手先を務める者が、今現地に入りつつある三派系の暴カ学生ですから……」
 東堂は念を押すようにしていった。
「とにかくこれは相当の大事業で、平和塔が完成すれば、政府、公団もどうすることもできめえ!」
 武治は興奮のあまり心臓の高なりを押さえるごとができなかった。学生運動は問題ではなかった。

 その夜の準備委員会は好調にまとまった。次いで東藤の提言によって、平和塔奉賛会の結成まで話は一足飛ぴに進行した。
 東藤によれぱ「奉賛会とは決して反対同盟ぱかりに目的をおくものでなく、いわゆる条件派の人々や周辺住民から広範な民主勢カにまで呼びかけて、大きな平和運動の渦を作るのだ」ということだった。

 これに反論する者はなかった。まず、その会長に東藤敬通、事務局長に麻生禎和、幹事役員に岩山台宿区長の斎藤文雄、木の根の反対同盟副委員長の木川武治らが互選された。これで「平和塔奉賛会」が定まり正式に発足することになった。

 東藤の喜びは、この上なかった。「これでようやく平和塔も実現するか」と、東藤は心密かにほくそ笑むと、胸を撫で下ろし、溜飲の下る思いだった。

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