ウヨ・サヨ論

正しければいいのか-日本赤軍の経験から

赤軍―1969→2001 (KAWADE夢ムック)

 えーと、たまには「元過激派」らしいタイトルをつけてみたかったのですが、タイトルと本文はあんまり関係ありません(笑。

 さて、前のエントリー(「普天間は『移設』でなく『閉鎖』せよ!『鳩山首相への緊急提案』に連名を!」)をトラバしたところ、GO@あるみさんがご自身のブログに賛同要請を転載してくれました。そのエントリーにGOさんが書いておられた以下の感想を読んで、少し思うことがありました。

ま、鳩山政権への「お願い」運動も、今年いっぱいぐらいかな~
四の五の言っていると、新年早々から「打倒」するからね
普天間基地なんぞ、本当は民衆の力で包囲して、解放しなければなるまい

 わずか数行のごく素朴な感想に対してまで大きな意味付与をするつもりはありませんし、以下、私が思ったことも、GOさんのふとした一言から芋づる式に私の脳髄からわいて出たことであり、GOさんはこういう人なんだと言いたいわけでも、論争をふっかけているわけでもありませんのでご注意ください。

 さて、まず要求・要請運動は別に自民党政権の時代からやっていたことであるからして、民主党政権になったからって、ことさら「鳩山さんへのお願い運動」と卑屈に考える必要はないだろうと思いますよ。まあ、最初っから民衆の願いなんて聞く耳もたねえだろうなとわかっていた自民党政権にくらべて、多少は聞く耳くらいはもっているかもという、世間一般的な鳩山政権への評価からそういう言い方になるんでしょうけど。

 しかしそんな「原則的」なこと言い出したら裁判闘争もできなくなりますし、不当な逮捕には「獄舎を突き破っての奪還」以外の方針は全部日和見主義になってしまいます。そういうのを左翼小児病というのではないでしょうか。また、場合によっては辺野古の闘いは日和見的な「麻生さんへのお願い運動」だったことにされかねません。実際、中核派の指導部(いわゆる中央派)の反貧困運動に対する評価などを読みますと、彼らにはそういう感性があると思わざるを得ません。

 ここでは「お願い運動」に「普天間包囲・占拠・解放」を対置しておられますが、同時にこの「要請」を転載していただいているのですから、これはGOさん一流のちょっと斜にかまえた左翼ノリであるわけです。でも大昔はわりとこういうスローガンを大真面目に打ち出すことで既成左翼との差別化をはかる-だけなら良いけど「中間主義的な市民運動」を頭ごなしに否定するような感性としてありがちだったわけですね。

 私自身はそういう感性にはついていけないというか、それではかえって民衆からの反発やリアクションを生み出してしまい、「本当は民衆の力で包囲して、解放しなければなるまい」という考え方をも宙に浮いた空念仏にかえてしまうのではないでしょうか。別の言い方をすれば、こういう感性は、民衆の苦闘や実存から遊離した学生共産主義者の観念主義にすぎないと思いますし、それでは「地元密着の地道な運動」を対置して、実際には「民衆の力による包囲」に敵対するだけの部分にも対抗できないと思います。さらに私たちは最も過激な方針を提起する人が、ちょっと挫折すると、たちまち極端な経済主義者や市民主義者に(場合によっては右翼にさえ)宗旨がえしてしまうことがあるのを知っているのではないのでしょうか。要するに両者は同じコインの裏表にすぎないのだと。

 それがどんな「コイン」かと言えば、先に書いたように、民衆の苦闘や実存から遊離した観念的なあり方、別の言い方をすれば民衆への愛や信頼というものの欠如だと思います。さらに言うなら自己存在やその世界へのこだわりかな。新左翼の裏返し版である『在特会』に、ニートやヒッキーが多いとされているのも、決して偶然ではありません。

 これは「過激な方針」を批判しているのではなくて、こういう傾向は「地元密着」を主張している人の中にも(むしろそういう人にこそ)多く見られます。つまり、今現在あるがまんまの民衆に受け入れられる運動や主張しかしてはいけないというのがそれであり、彼らは現実の民衆が部分的にでも自分の思惑を乗り越えて「過激化」した場合にはあわてふためき、そこに民衆の可能性を見るのではなく、逆に必死になって運動に枠をはめようとすることで、容易に民衆の敵対物に成り下がります。まあ、本人はそうして自分を乗り越えていった民衆こそが「人民の敵」に見えるようですが。

 で、一番問題なのは、左翼の常識で「正しい」方針をアプリオリにそれとして持ち込んで押し付ける「紅衛兵」な路線にしろ、あるがままの民衆に迎合する大衆運動至上主義者にしろ、どちらもその根っこには、民衆を自己の主張に従わせたり操縦しようとする発想、すなわちあの「遅れた大衆」という発想があるということです。それこそがスターリン主義なのであり、両者は同じものがどういう形態で発現したかの違いにすぎないということです。

 申し訳ないですが、私は戦時共産主義だのNEPだのはスターリン主義発生の研究対象としては外せないとしても、そういう政策的なレベルでスターリン主義は語れないと思います。それよりもっと、政治思想的なレベルでの実践的な克服が求められると思いますし、そうでなければいくらスターリン主義を批判しても、実践的にはあんまり意味がありません。その意味では日本共産党も中核派も、それぞれスターリン主義内部の右翼と左翼としての発現にすぎないと思います。

 たとえば左翼スターリン主義の中核(本部)派は、年越し派遣村や、民主党政権入りした湯浅誠さんらを「資本主義の延命に手を貸す者」として批判し、右翼スターリン主義の日本共産党は議員らが派遣村を訪問して「頑張ります」と表明したわけですが、煎じ詰めてみれば中核派は「中核派系に結集して労働運動で革命やろう」、共産党は「わが党を支持して一票入れてください」以上のことは言えていません。政治党派なんだからそれも一定は当然で仕方のないことではあるんですが、派遣村に限らず寒空に震える派遣労働者を、どうしても支持者や票田以上には見られない。

 党なんだからまあそれはいいんですよ。ですがそこで「遅れた」派遣労働者からこそ、「前衛」である自分が学ぼうという姿勢(主体形成)がどれだけあるかなんです。民衆の実存に寄り添ってそこから学ばない「人民の前衛」なんてただの独裁予備軍であって、そんなものはいらないのです。
 次に、単に便乗したり批判したりだけでなく、湯浅さんや派遣村を越えるような、労働者大衆を守る闘いを実践で作り上げていくという努力なり試行錯誤なりをやりぬく気持ちがあるのかということです。念のために言えばそれは運動の規模とか世間の注目度という意味ではありませんよ。少なくとも注目度という観点から見れば、中核派と派遣村を比べるほうがおかしいくらいの差がありますから。

 実際には運動実践において、むしろ自分たちこそが民衆から見たら湯浅さんよりはるかに遅れた場所にいるという謙虚な自覚が必要なのではないでしょうか。そしてそれは湯浅さんに対する理論的な批判では置き換えることはできないと思います。反貧困運動は別に湯浅さんの専売特許じゃないし、ほんの数人でも地道に続いている運動がたくさんあるわけですが、そういう人たちが、中核派の労働運動と、湯浅さんの運動の両方を熟知したとして、はたしてどちらに魅力を感じるでしょうか。「資本主義の延命に手を貸している」という批判も原理的には間違っているとは思わないし、「革命やろう」でもいいんだけれど、便乗する人にしろ批判する人にしろ、そこで党派でも左翼でもない「遅れた民衆」の反貧困運動の実践から学ぼうという姿勢がないだろうと思うのです。それじゃ中核派がさんざんに批判してきたカクマルの姿勢と変わらないじゃないですか。

 その意味で言いますと、反貧困運動の中でも、学生活動家あがりの人なんかは、湯浅さんが政権に参画したことに不快感を示したり、批判することが多いみたいなんですけれど、私はむしろそういう「正しい批判」のほうに感情的には反感を感じてしまいます。湯浅さんは左翼でもましてや党派の代表者でもない人なのですから、それは彼の生き方としては変節ではなくてむしろ一貫しているのですね。先日の労働者派遣法の日比谷集会で湯浅さんは、「派遣村でも内閣でも、私のやることは一緒だ」と言っておられました。そういうことなんだと思います。

 今後は湯浅さんが変節または妥協して政権に残り続けるのか、保守政権のほうが耐え切れずに湯浅さんを放り出したり棚上げするのか、それとも鳩山政権が左傾化して民衆のための内閣になるのか(これはありえんか 笑)それは知りませんが、湯浅さんを批判するのであれば、たとえ世間の注目度でかなわなくても、たとえば中核派だったら「革命やろう」を掲げて、派遣村以上に魅力的でいきいきして自由な運動を作り上げることに力をそいだほうがいいし、そのためには湯浅さんの運動からさえ学ぶべきことはたくさんあるように思えてなりません。湯浅さんが「資本主義延命運動にすぎない」というのなら、なおさらその時にこそはじめて、人はその実践における比較において「なるほどそういうことか」と納得するのではないでしょうか。常に実践における態度で見せてもらわないなら紅衛兵の空論にすぎません。人はみな、数十年前の学生さんみたいに、理論の「正しさ」だけではついてきません。もし私が現時点で二者択一を迫られるなら、中核派(的)な運動より、喜んで湯浅さん(的)な運動のほうに行くでしょう。

 たとえば三里塚闘争(成田空港反対闘争)について、本当に論評したければ、現地に入って反対運動している農民と話してみるしかない。こんなことは、三里塚闘争を知っている私たちだからこそ、もうほとんど常識としてわかりますけれど、それが派遣村についてだったらちょっと反発を感じてしまうんでしょうね。でもそんなに「革命」したければ、まず、派遣村なんかの労働者の前で、派遣村を批判する演説をしてみたらいい。そしてどう思うか聞いてみたらいいと思うんです。そこで理解されなかったりバカにされたとして、その時に「遅れたやつら」だから理解されないだけで「自分らが導いてやらねば」と思うか、あるいは「遅れたやつら」だから「こいつらにわかるレベルで手当てや補償金みたいな話だけするか」と考えるか、それとも逆に彼らの実存から、自分に足りないものが何かを学ぶかということの違いだと思います。

 日本赤軍の重信さんらは、最初は「世界革命の根拠地建設」などという革命理論に従ってパレスチナに飛び立った。現地でパレスチナの人に一生懸命に自分たちの革命理論を説明すると、一応最初は「ふんふん」と聞いてくれるのだけれど、話し終わると決まって「で、具体的に何するの?」と聞き返されたそうです。ここでは生活そのものが闘いであり、生きることが闘い抜きには成立しない。日本では理論の違いをめぐって殺し合いまでしているのに、ここではスターリンを尊敬する人と、トロツキーを尊敬する人が一緒に手をとって闘っている。それが当たり前の世界なんですね。自分たちは民衆に決起を呼びかけてきたけれども、民衆が立ち上がって闘うとこういうことになるんだと。モザイク的な複数主義が当然になっちゃう。そしてそれこそが「生活」そのものなんですね。これじゃあ私たちに、民衆の決起なんて最初から作れっこなかったはずだと悟ったそうです。(『赤軍』文藝別冊より)

 そのうちに日本から届く党派の機関紙を見せるのが恥ずかしくなってくる。他党派の機関紙なんだけど、そこには「首相官邸に突入せよ」とか書いてあって、「まるで明日にも革命がおきるみたいだね」とパレスチナの人々からは控えめに呆れられる。ヨーロッパからパレスチナ支援に入っている女性は何の遠慮もなく「お子様左翼」と言ったそうです。自分とは関係ない他党派の機関紙なんですけど、「日本左翼の現状」と把握されるんで、私は関係ないみたいな島国根性な言い訳は許されない。「お前ら何をしてるんだ」という目でみられる。「内ゲバ」にしてもそう。パレスチナでも「内ゲバ」はあって、しかも拳銃やバズーカ、ロケット弾まで相手に打ち込む。なのにそれがおさまると双方がケロっとして一緒に闘っている。ふりかえって日本の現状を見てみるに、なんなんだこれはと。

 こうして重信さんの場合、それまでの頭でっかちな学生左翼としてのアイデンティティが、民衆の実存の前にあっというまに崩壊・解体してしまう。赤軍派の闘士から、日本人初のパレスチナ義勇兵へと変化してしまう。しかも活動らしい活動をはじめる前の最初期に。そのことがとてもよかった。そしてそこから再度、民衆の実存に根ざした左翼としてのアイデンティティを長時間かけて試行錯誤しながら再構築していかれるわけで、その試行錯誤が重信さんを人間的にとても魅力的な人につくりかえていく。他にも、自国や隣国の歴史についてほとんど無知であることに気がついたとか、いろいろ面白いエピソードも語っておられますが、それはともかく、私たちもまた、この「お子様左翼」からどれだけ抜け出せているか疑問です。

 繰り返しますけど、これは決して「過激な方針はダメだ」ということを主張しているエントリーではありません。そもそもそういう論点とは無関係です。だけどはっきり言えるのは、「お子様左翼」に革命なんてできないし、何かの間違いでお子様が権力をとっても、それはスターリン主義政権以外の何者でもないということです。

 もちろんこれらは全部自戒をこめて書いているんですよ。だから私が偉そうに、運動を必死に担っている人をどうこう批判はできない。もちろん外から見ての意見や感想が役にたつこともあるだろうし、そういった意味ではあくまでも同志的に意見を言うことはありますし、それは普通のことだと思います。さらに公的な存在を自認している党派に対しては、民衆の一人として意見を言うのは当然だと思っています。ですがとにかく人のことを言う前にまず自分ですね。そして私は自問するんですよ。「で、具体的に何するの?」と。

草加 耕助

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当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

コメント

    • PV
    • 2009年 12月 04日

    >日本赤軍の重信さんらは、最初は「世界革命の根拠地建設」などという革命理論に従ってパレスチナに飛び立った。現地でパレスチナの人に一生懸命に自分たちの革命理論を説明すると、一応最初は「ふんふん」と聞いてくれるのだけれど、話し終わると決まって「で、具体的に何するの?」と聞き返されたそうです。

    まあ、これが、日本を出国する前にわかっていれば、良かったのにね。
    では、改めて、聞きたい。
    「これから、何するの?」

  1. 「普天間包囲」のアイデアは、報道等で「移設・移設」、いかにも代替地が見つからない限り、普天間撤去もありえないといった論調になんとかでっかく異議申し立てする方法はないものか?という発想から来ました。もちろんどっかの跳ね上がりが挑発的に行うのではなく、「地元に密着した地道な運動」をもとに、行うの大切だと考えております。その上で「普天間包囲・突入!」のスローガンも入れて運動をつくっていくのアリかな、大衆運動としても成り立つのではと考えました。
    「お願い」運動という書き方も、あまり良くありませんでした。拙ブログのコメント欄にも書きましたが、あらゆる方法を用いて政権に要求を突きつけ、実現させることが大切です。

    「スターリン主義」問題について、今回も有意義な記事をTBしていただき、ありがとうございます。いろいろ自分なりに考えてまとまったエントリーを上げたいのですが、民衆から学ぶ…というか、お互いに学びあうということが大切だというか、実体験でもなかなか実践できていないので、うまく書きにくいところです。

  2. PV氏へ>
    申し訳ないが、あなたのサイト(?)へのリンクは消させていただきました。
    言っときますが、私は『在特会』の宣伝ビデオへのリンク投稿さえ消さなかった人です。そんな私でさえこれはダメです。

    今はじめてこれを読んだ方は「いったい何だ」と思っちゃうでしょうが、以下と同じリンク先です
    http://bund.jp/md/bluesbb/thread.php?thr=154&sty=2&num=1

    なんで「ダメ」かですが、まず外山氏に対する批判(というか罵倒)に関しては特に何も言うことはありません。これだけだったら消さなかった。でも全体の4分の3は外山氏の「夫人」であるHさんに関する記述で埋められており、しかもその内容は外山に騙された「社会不適合のバカ女」が虚栄心から「革命家婦人」を夢見て自分から「肉便器」として外山氏に肉体を捧げたというもので、その後はずっとSM小説のような内容が続きます。しかもHさんの名前(本名かどうか知りませんが)がはっきりと書かれており、あろうことか顔がはっきりと写ったヌード写真や外山氏との性交中とされる写真まで大きく掲示されています。また外山氏のご両親の写真も掲載されています。

    要するに内容を一言でまとめれば、あたかも外山恒一批判の体裁をとりながら、実際はHさん個人を徹底的に貶め辱めるものであり、内容も極めて下劣です。基本的に外山さん本人は(いまさら)あんまり打撃をうけないでしょうが、Hさんにとっては破滅的な内容です。Hさんは外山さんが服役した傷害事件の被害者でもあると同HPにありましたので、一瞬、まさかこれ、外山さんが自分で作ったサイトじゃないだろうなと思ったくらいです。このHP作者は自分の娘がHさんと同じような扱いでヌード写真付のサイトを公開されても平気なのでしょうか。

    Hさんの(単なる黙認や承認を超えた)積極的な支持がない限りにおいて、このサイトは蕨市における『在特会』のN子さんへのハラスメントデモにも匹敵する明々白々たる犯罪行為であり、政治的な問題以前に道義的に許されない点で『在特会』と同です。最低限、Hさんと外山さんのご両親の写真掲載をやめること、Hさんを匿名にすることがなされない限り、このHPにリンクして広めること自体が愚劣な人権侵害行為であると判断します。というか娘をもつ人の親として許せません。

    • 三浦小太郎
    • 2010年 6月 09日

    「日本赤軍とは何だったのか」和光晴生著(彩流社)という本を先日入手し、実は深い感銘を受けました。守る会のホームページに、実はまだ全部読了していなかったのに紹介してしまったほどです。
    http://hrnk.trycomp.net/news.php?eid=00258

    これほど、自分の運動について、その失敗について率直に語った本を私は左右の活動家の書いたものの中であまり読んだことがない。この本では重信氏が強く批判されているので、私は公正を帰するために彼女の本も、ざっとですが目を通してみました。事実関係について、私はどちらが正しいかを判定することはできませんが、少なくとも説得力においては遥かに和光氏の文章に感じました。また、実際の和光氏を知る方におたずねしてみましたが、彼の人格については大変高い評価をしていたのが印象的でした。

    もし未読であれば、ぜひ目を通されることをお勧めします。決して暴露本ではありません。ただ、『具体的に何をするの』というパレスチナ側の言葉が、また違う意味をもって聞こえてくると思います。

  1. 2009年 12月 04日

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