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小説・三里塚

小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

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市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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現役活動家時代に一般の方からよく聞かれた質問、100問100答集。過激派FAQ。
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トランプの戦争をどう考えどう対応するべきか(1)

今こそ排外主義にNO!ACTION―集会とデモ 昨日「今こそ排外主義にNO!ACTION―集会とデモ」という行動に参加してきました。呼びかけたのが差別・排外主義に反対する連絡会APFS労組DA(直接行動)の皆さんという、わりと親しくさせていただいている方の多いところというのもあったのですが、この集会のテーマの一つが「反トランプ」というのが大きかったです。

 トランプに対しては世界中で抗議が巻き起こっているのに、日本ではみんな他人事みたいな顔。どんなに小さくても自分なりに世界中の人々への連帯の意思を表明したいと思っていたので、ちょうどいい機会だと思って参加することにしました。参加を決めてから後の朝鮮半島情勢の急変で、もう完全に他人事ではなくなりましたし。今こそ排外主義にNO!ACTION―集会とデモ

 デモには「Love Trumps Hate」など3枚のプラカードを持参し、ジグザグ会などの仲間たちとデモしました。排外主義反対だからそれでいいのですが、一方、トランプは中東シリアを空爆、返す刀で今度は私たち極東の地にも空母を派遣し、朝鮮半島での武力行使が危惧されています。「アメリカは世界の警察官をやめる」と宣言したトランプに、これでもうイラク戦争のような愚かな軍事行動はなくなるだろうと、なんとトランプ支持を表明した左派までが結構いた中で、唐突な武断政治への転換にも見えます。これをどう考え、どう対応すればいいのでしょうか?
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京都朝鮮小学校襲撃事件「在特会」の賠償確定1200万円 周辺街宣禁止も

 昨日、「ニュースとお知らせ」にも載せましたが、こちらにも転載しておくよ。どうも公安警察は、こういう判決などが出てカウンター側が「押せ押せムード」になると、それを嫌ってカウンター側の、それも逮捕しても比較的文句の出にくい所を叩く傾向と可能性があります。特に新左翼系と右翼系の方は、当分のあいだ要注意だと思います。万一の時でもそれでまんまと運動が分断や混乱させられることなく、逮捕されたのが誰であれとりあえず全員が一致して原則的な抗議などの対応はとれるよう、今から気持ちの準備はしておきましょう。

 さて、これでザイトク会は朝鮮学校に1200万円もの大金を「寄付」することになったわけですが(笑)、会員が自称1万5千人だそうですから、一人千円ずつ朝鮮学校に寄付すりゃいいはずですよねえ(ニヤニヤ)。まあ、おそらく今回はなんとかなるんじゃないですか。桜井さん、いつのまにか会長やめて逃げ出した(もっともらしい理由はつけてるんだろうが)みたいですが、まだこのあと李信恵さんによる損賠訴訟も控えてますから、これで終わりじゃないですよ。

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ヘイトスピーチ賠償確定 在特会、街宣も禁止(東京2014年12月11日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014121102000134.html

「ヘイトスピーチ」と呼ばれる人種差別的な街宣活動で授業を妨害されたとして、朝鮮学校を運営する京都朝鮮学園が「在日特権を許さない市民の会」(在特会)と会員らを訴えた訴訟の上告審で、最高裁第三小法廷(山崎敏充裁判長)は在特会側の上告を棄却する決定をした。約千二百万円の損害賠償と学校周辺での街宣禁止を命じた一、二審判決が確定した。
 決定は九日付で裁判官五人の全員一致の意見。ヘイトスピーチの違法性を認めて高額の賠償や街宣禁止を命じた司法判断を最高裁が支持したことで、今後、同様の訴訟が起こされる可能性がある。

 昨年十月の一審京都地裁判決は、在特会の街宣を「国連の人種差別撤廃条約が禁じる人種差別に当たる」とし、約千二百万円の賠償を命じた。
 今年七月の二審大阪高裁判決は「偏見や差別意識を助長し増幅させる悪質な行為」と指摘し、一審判決を支持した。
 在特会側は「学校側が近くの公園を校庭として不法占拠していることを非難するための正当な政治的主張。違法とするのは憲法が保障する表現の自由に抵触する」と主張していた。

 一、二審判決によると、在特会の会員ら八人は二〇〇九~一〇年に三回、当時京都市南区にあった朝鮮学校近くで「朝鮮人を保健所で処分しろ」「スパイの子ども」などと拡声器で連呼。その様子を撮影した動画をネットで公開した。
 在特会は、在日コリアンの特別永住資格などを「特権」とみなし、排斥を掲げる団体。ホームページによると会員は約一万五千人。

 最高裁決定を受けて、学校法人「京都朝鮮学園」の柴松枝(シソンジ)理事は「胸のつかえが取れた。日本の司法が私たちの子どもを保護の対象としてくれたことはうれしい」と話した。在特会の八木康洋会長は「最高裁が政治的表現の自由に向き合わなかったことは残念」とコメントした。

◆「未来つなぐ」保護者ら喜び
 最高裁決定を受け、京都朝鮮学園に通う生徒の保護者らが十日、京都市内で記者会見し「日本の司法が私たちの民族教育を保障し守ってくれた」と喜んだ。
 街宣があった当時、長女(15)が小学五年だったという母親の朴貞任(パクチョンイン)さん(46)は「当時はどうすれば子どもを守れるのか頭が真っ白だった。今は決定が未来につなげられると実感が湧いている」と声を震わせた。

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<参考>
糞をよけるのは怖いからでなく汚いからだ(ブログ旗旗)
報道】京都朝鮮小学校襲撃事件への抗議集会に900人(ブログ旗旗)
何度でも言う。差別は「言論」ではない(ブログ旗旗)
桜井会長釈放記念(笑)ー「韓国の桜井誠」(ブログ旗旗)
李信恵さんがザイトクに画期的で巨額の損倍提訴!(戸田ひさよしさんの日記)
人種差別撤廃条約の講座に参加してきました(ブログ旗旗)
<資料>国連人種差別撤廃委員会の日本政府への勧告全文(ブログ旗旗)

ネットでの反応
【速報】在特会最高裁上告棄却 高額賠償確定へ
【速報】最高裁が在特会の上告を退ける!ヘイトスピーチ問題で約1200万円の賠償確定へ
ネット右翼の間では「朝鮮人の裁判官が大勢いる」 ヾ(^o^;オイオイ
※ネトウヨさんの反応は「裁判所は在日だ」というのと「桜井誠は在日だ」の二つに分かれるようです(爆笑)。都合の悪いものは全部「在日」か「極左」の法則健在!(:.´艸`:.)プッ
しかし桜井さん、いつもそうやって「○○は在日だ」ですませてきた皆さんが、いざ自分がそう呼ばれてみた感想はいかがですか?(→参考:「おいコラ!在日!」と言われた時
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「カウンター」という行動について考える~右翼との共闘?

(とある方への意見として送った私のメールを、プライバシーに配慮して修正の上で転載)

antifa new left ○○さん、ご意見ありがとうございます。ただ、何やら「また頭の固いサヨクが右翼に文句つけてるよ」とか思われてるみたいに感じますが、そういうステレオタイプな認識のほうがよほど頭が固いと思います。私は別に右派がカウンターの現場に来ることや、そこで(事実上の)現場共闘が成立していることを否定していないし、やめろなんて言ってません。それどころか、右派がファシスト「在特会」との実力攻防の敷居を大きく下げたことを正当に評価しているではありませんか。それらをふまえた上で、以下、簡単に私の意見を述べます。

■右翼の「カウンター」との違い

 最近は「カウンター」とか「直接行動」という言葉が一人歩きしています。右翼のみならず、「在特会」系の人間までがこの言葉を使っている(!)くらいで、彼らはとにかく「カウンター」とさえ言っておけば、あとは多少のことは許されるくらいに思っているんじゃないかとさえ感じる。2009年に蕨市で「在特会」がおこなった外国人少女へのハラスメント(自称「デモ」)に対する抗議行動や、京都での差別扇動デモに対する対抗デモの頃に、左派が中心で切り開いてきたカウンター(対抗行動)とは、かなりかけ離れた使われ方をしています。

 それはぶっちゃけ「正義の自分たちが悪を懲らしめるんだからいいのだ」という程度の内容しか感じられない。ですが本来「他者の政治表現を妨害する行為一般」は、思想表現の自由という観点からは「許されない行為」であると思います。それはまさしく、先の経産省前テント広場襲撃に見られるように、歴史的に右翼がやってきたこと(「天誅!」ってやつね)そのものです。そういう貧困な彼らの側の「カウンター」と私たちのカウンター行動は無縁だし、また、無縁でなくてはならないと強く思います。

「在特会」などの街宣系右翼は、なにやら「行動する保守」だの看板をかけかえているようですが、やっていることは昔から変わりません。「まともな保守」ならできない民間への言論弾圧を、公安警察の飼い犬となっておこなう「行動する保守」ならぬ「まともでない保守」であることは同じです。そういうことを何も知らず、大衆運動の歴史を客観的に勉強する機会もない若い人を、ネットで「新しい運動だ」とだまして右翼に引き込む大人たちのやり方は、あまりにも無責任であると思います。

 それはともあれ、私たちのカウンター(対抗行動)とは、まず右翼ファシストのこういった昔からの言論弾圧、差別抑圧、少数者(マイノリティ)の自己主張や存在への否定、国家統合への暴力的強要などの差別的「行為」先にあって、これに対する民衆(市民)の側からの良心的な抵抗として、対抗行動がある(べき)と思います。苦しめられ、踏みつけにされている人々への思いが前提であり、あるべき何かへの忠誠心やイデオロギーが前提になっているのではない。それは右翼の「天誅」的な発想とは全く違います。言い換えればザイトクら右翼のカウンターは「けしからん者への憎しみ」、左派のカウンターは「踏みつけられた者への優しさ」が原動力になっています(本来は)。

■本来は「許されないこと」だからこそ高い道徳性が必要

 そこでは右翼にみられるような「自分と意見の違う者の表現を許さない」とか「こんな奴らの考えが広まったら日本はダメになる」みたいな、自己の政治信条の押しつけを超えた、普遍的かつ道徳的な理由や態度が絶対的に必要であると思います。その点が、私たちのカウンター行動が、日教組の大会に押しかける街宣右翼とは全く違うところです。

 「優しさを束ねて闘う」はかつて三里塚闘争のスローガンでしたが、もし私たちが踏みつけられた人々への優しさを忘れ、敵への憎しみにのみ捕らわれて行動するなら、ザイトク側とカウンター側の主張は等値になってしまい、どちらが正しいかは大衆が判断するみたいな世界に入ってしまいますし、ザイトク側がやっている反靖国デモや反原発デモへの「カウンター」と、私たちの差別反対の行動は、単に方向性(思想信条)が違うだけの裏返し的なものとして(少なくとも表面的には)大衆の目に映ってしまう危険性が高いのではないでしょうか。
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転載歓迎】21日は学生逮捕とヘイトスピーチに抗議するデモ IN早稲田へ行こう

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21日は学生逮捕とヘイトスピーチに抗議するデモ IN早稲田へ行こう21日は学生逮捕とヘイトスピーチに抗議するデモ IN早稲田へ 去る7月6日「在特会」らヘイト右翼が、キリスト教会の早稲田奉仕園を勝手に「反日勢力」と決め付け、結婚式や葬儀も行われている同教会に多人数で押しかけたあげく、聞くに耐えない差別的罵詈雑言を拡声器で浴びせかけるという、許しがたいヘイトスピーチ「デモ」がありました。

 これに歩道上で抗議していたカウンターの学生に、ヘイト側の一人が機動隊ごしに詰め寄る一幕があり、この時たがいのスピーカーが触れ合うということがありました。まあ、なんということもない「接触」だったのですが、その場にいた公安の刑事がそのヘイト側の一人と謀議をはじめ、「被害届」を出させてカウンター側の学生「だけ」を一方的に暴行だと因縁をつけて逮捕していきました。そして未だに彼は勾留されているのです!

 こんなのは暴行どころか「事件」でさえありません。逮捕した公安は「こんな逮捕をして公判が維持できるのか」と抗議した弁護士に「こんなの起訴できるわけないから(警察と検察の権限で)可能な限り拘束するだけだ」と弁護士に語っています。自称「被害者」のヘイトの人間は「服や体が触れ合っただけで(カウンターの人間を)逮捕できるという実績を作った」と、実質なんの被害もないのに、政治弾圧を目的として「被害届」を出したことを、自慢たらしくネットであけすけに語っています(→こちら・消されるかもしれないので保存済)。

 刑事事件に名を借りた「政治弾圧の成功」を、弾圧当事者たちが全く隠しもせずに自慢しているのです。こんなことを許していたら、私たちの自由なんてもはや無きに等しいです。さっそく彼の友人を中心に、その日のうちに救援会が結成されました。みんな怒っています。こんな奴らを絶対に許してはなりません

 直前になりましたが、21日(祝)に、早稲田現地で怒りのデモを企画しています。ヘイトが通った(汚した)早稲田を一周し、彼が勾留されている警視庁戸塚署を包囲して高田馬場までのデモです。繰り返します。私たちはすごく怒っています。パレスチナ情勢なども気になりますし、沖縄のこともあります。お忙しい中とは存じますが、私たちがそういった意見を自由に表明できる社会を守り、取り戻すため、一人でも多くの皆様が、私たちと共に声をあげ、参加していただけるようお願いする所以です。

:::以下、転送転載歓迎です:::::::::::::::::

詳細:http://wasedagakusei.blog.fc2.com/blog-entry-8.html

◆名称:WE SPEAK OUT!! 学生逮捕とヘイトスピーチに抗議するデモ IN早稲田~高田馬場

◆日時:2014年7月21日(月・休)
    12時集合、12時半デモ出発

◆場所:日本キリスト教会館(早稲田奉仕園)6AB会議室
    東京都新宿区西早稲田2-3-1
    地図とアクセス:http://www.hoshien.or.jp/map/map.html
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天は自らを助けるものを助ける(下)- なんちゃって主体形成論

スピーカーイラスト

このエントリは約14分で読めます
sexism
 ブログをお休みする前に、このタイトルで(上)を書いたのが、もう昨年の9月なんですね。このエントリは、元はmixi日記からの逆輸入でして、それも「友人にのみ公開」で書いたものです。それと言うのも、もともとは自分の中の膿を出すつもりで、その差別意識のようなものを吐露するつもりで書いた文章だからです。こんな文章を書くのは、やはり差別意識が根底にあるのかなと思いつつも、それが湧き出てくることを否定できない。そんな自己をどのように批判すればいいのか、その回路がわからない、そこでその意識をそのまんま書いて、信頼できる友人の皆さんからの批判をあおごうという趣旨でした。

 それをこちらのブログに転載するにあたり、逆に「そうだそうだ」と支持する人がいたら困る、私の差別意識を拡散するようなことになっては本意でないと思いまして、mixi日記を骨組みに、もう少し運動主体の問題に引き付ける形で、一から書き直そうと思ったのが先のエントリです。ですがそのことでものすごく言い訳がましい文章になって、何が言いたいのかさっぱりわからないものになってしまいました。そこでブログ再開にあたり、mixi日記で「友人にのみ公開」で書いた文章を、変な言い訳を付け足さず、このエントリの後半部分にそのまんま転載して批判をあびることで、本エントリの(下)に変えたいと思います。

◆心の闇と向き合うのは誰でも億劫

 誰でも自分の心の中の醜い部分や弱い部分を指摘されたり、ましてそれと向き合うのは嫌なものです。そのことは、差別を指摘されたり糾弾された人が、どんなにあからさまな差別をしていようが、それでも最初はほぼ例外なく「自分は差別者じゃない」と反発することでもわかります。「在特会」のような、ほとんど言い訳不可能な連中でさえそうだというか、そういう差別と向き合えない、人の心の弱さや自己保身や言い訳を、そのまんま合理化や責任転嫁したのが「在特会」だという一面もあると思います。つまりは誰でも我が身がかわいいわけで、常に自分を正当化したい。私もその例外ではありません。

 以下はこれも「言い訳」になるかなと少し迷ったのですが、悪文のため、そのままではすごくわかりにくいと思いますので、こういう駄文をmixiに掲載するにいたった私の問題意識を少し書いておきたいと思います。
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天は自らを助けるものを助ける(上)-左翼は「かわいそうな人」を助けられない‐

◆今のままでは今のまんま

 レーニン曰く「武器の使い方を習得し、武器の使い方に習熟し、武器をもとうとつとめないような被抑圧階級は、抑圧され、虐待され、奴隷としてあつかわれても仕方がない(全集23巻 軍備撤廃のスローガンについて)」これは現役左翼時代によく使っていたというか、あちこちに引用もされていた言葉ですが、今となってはもう(まだ)関係ないと思っている方が多いのではないでしょうか。ですが私の人生の中では今でもかなり大きな位置をしめている箴言であります。つまり、武器というのは銃だけではないのです。確かに現段階で、拳銃やバズーカ砲を苦労して備蓄することが賢明な闘争方針とは思われません。ですがその時々で必要もしくは効果的な武器というものがあると思う。

 何が言いたいかといえば、「天は自らを助けるものを助ける」ということです。抵抗もせず、そのための方法に習熟しようとしないものは、こき使われ、奴隷として扱われても仕方がない。それが私の人生訓の一つであり、それはレーニンから学んだものです。別の言い方をするならば、「待っていても何も変わらない」「今のままでは今のまんま」ということです。

◆「非常識」な抵抗が歴史を進歩させる

 誰も抵抗も暴れもせず「秩序」や「伝統」や「常識」を重んじていたら、原発だっていつまでもなくならないし、それどころか今でも奴隷制度が続いていたでしょうね。スタートレックでそういう惑星の話がありました。日本において戦後も天皇制がなくならず、未だに日の丸を使っているのもそういうことです。そのせいで右も左も共通して全国民が、とりあえずは「国家のしるし」程度には認められるような旗(国旗)が未だに日本にはない(→こちらを参照)。歴史を前に動かすのは、いつだってその時代の「常識」やら「良識」を真っ向から否定する「非常識」な人々なのだと思います。

 また、三里塚の農民が多くの支援を集めることができたのは、踏みつけられ、虫けらのように扱われて「かわいそう」だからではなく、そこで命がけの抵抗をしたことが一番大きい要因です。最近の人はよくわからないんでしょうが、その闘いの正義性と可能性に多くの人が魅せられたし、表面的なニュースを見ただけの事情をよく知らない一般の人でさえ、農民に大きな同情心を抱いて心情的に応援した。そのことが闘争と支援の輪を巨大なものにしていったのです。

 これは余談ですが、よく「左翼は農民を助けるようなふりをして実際は自分達の闘争に利用し云々」みたいなことを書く人が(必ずしも右派的な人に限らず)いますが、こういう人は歴史や現地事情を知らないがゆえに完全に誤解というか左翼への過大評価をしているんであって、そんなことで闘争がここまで大きくなるはずがない。つまり私たちが「かわいそうな農民」を「助けてやる」ために現地に行ったと思い込んでいるんでしょうが、それこそ農民やその闘いを高みから見下しているわけです。
 そうではなくて、私たちは尊敬すべき闘う農民にお願いして「支援させていただいている」と思っていたし、農民に迷惑をかけてはいけない、農民の役にたたねばと思って必死に闘っていました。農民を「助けてあげる」とか、ましてや「指導してあげる」みたいに上から目線で入ってきた支援は、共産党みたいな大きな組織力と動員力をもった団体さえ、結局は現地農民は絶縁し、排除しています(→「小説・三里塚」)。

◆「かわいそうな人」を助けることは誰にもできない

 不当な目にあわされている「かわいそうな人」はたくさんいると思いますが、もしその人がそこに身をゆだねて現状を変えようとしないのならば、神様か魔法使いでもない限り、周囲の人は手のだしようがないものです。もしそういう人を助けるのだとしたら、それこそ自分の人生を24時間すべて投げ出して、その人のために生きるくらいの覚悟がないとできません。それがわが子や恋人だったらそういう覚悟もできるでかもしれませんが、それは極めて特殊な場合でしょう。

 だから支配者にとって一番都合がいいのは、奴隷自身が「私は今のままでいい」と思い込んで「ご主人様(主君・天皇・社長・国家)に忠誠を誓います」と自発的に言うことです。するとそこで客観的に見てどれほど不当で非人道的な支配や搾取がおこなわれていようが、その関係性の外にいる人間は手の出しようがありません。その目的のために、どんな時代にもその時代の支配や搾取を正当化するため、あれやこれやのイデオロギーが道徳や常識とかのいろんな名前で存在するわけです。そこでヘタに支配者を倒して奴隷(的)な立場の人間を自由にしてあげても、「わが主君の仇」とか言われかねません。

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右翼暴力の拡大を許さず!そして恐れず!8.15反『靖国』行動」へ

 最近では東京・新大久保や大阪・鶴橋商店街へのヘイト「デモ」や、「お散歩」と称した襲撃・恫喝・インネンつけなど、権力者や強者にはいっさい逆らわず、ただ弱い者イジメばかりを繰り返すチンピラ「在特会」とヤクザ(街宣)右翼たち。その連合軍による右翼暴力が止まらない。その暴力をともなった差別行為は、もはや国内のみならず国際的にも批判を浴び、京都の朝鮮人小学生への襲撃事件など国連の場でも取り上げられ、日本政府に善処が要求されるまでになっている。

 このような事態にいたって、ついに(ようやく!)安倍総理をはじめとする政権の閣僚たちでさえ、彼らに対する真正面からの激しい批難にふみきった。未だに彼らの反戦運動への弾圧利用に未練たらたらの公安警察ではあるが、安倍政権としては、ただでさえ自分達の極右路線が、親分であるアメリカからさえあまりいい顔をしてもらえない昨今、「在特会」らをさっさと使い捨てにすることで、「いえ、私たちは無関係です」「だってあそこまで酷くはありませんから」というポーズを示すという、彼らの「最後の利用法」へと踏み切ろうとしている。なるほどさすがにあそこまで醜悪なものを先に見せておけば、憲法改悪なんてしごく「マトモ」にも見えようというものだ(笑)。

 まさに「在特会」ら右翼ファシスト側にとっては踏んだり蹴ったりの状況が訪れようとしている。安倍政権側からの切捨てに先立って、自分達の味方だと思っていた「右」の側からの「在特会批判」「ネトウヨ批判」も次々と飛び出し、政権による切り捨ての環境作りに貢献した。もはや彼らの「味方」は一つまみのネトウヨたち(の最下層部分)の他は、時代遅れで化石頭の公安警察以外にはない。それとて本当の「味方」などではありえず、ただいつでも切り捨て可能な弾圧の走狗として利用されているにすぎない。これはまさに彼らが騒げば騒ぐほど、その「主張」や行動が大衆に広く知られれば知られるほどに、彼らへの嫌悪感が広がり、ますます彼らへの大衆的な包囲網が狭まり、カウンター行動の側の確信が高まってどんどん人数も増えて元気になるという、彼らにとっての解決不可能な悪循環が続いているということなのだ。

 だがしかし彼らは、自分達自身が招いた、まさに自業自得としか言えない現実を直視することができない。そこで彼らは他ならぬ自分達の行動が招いた大衆的な嫌悪感の噴出を、何かしら「左翼の陰謀」「極左の妨害」のようなものだと思い込もうとしているのである(爆笑)。まさにお笑い種であるが、笑ってばかりもいられない。このような妄想に基づく現状分析によれば、現状を打破するためにはますます暴力的に先鋭化していく以外にはないからである。とりわけ左翼と在日(と自分達が勝手に認定した部分)への襲撃を激化させ、その果てに権力に回収されておしまいというのが、公安警察にとってはまさにベストな結末なのであり、今後はこの方向に誘導されていく可能性が高いと思っておいたほうがいい。

ヘイトスピーチ
 もちろん彼らはしょせんは弱い者イジメしかできないヘタレ集団である。だがそれは昔の右翼よりかえって危険で凶暴な集団だという側面もある。なぜならそこで狙われるのは、もっぱらただの一般商店や学校、子供、女性、老人など、抵抗できない弱者だからである。そういう少人数の弱者のもとへ、大人数の大人たちが押しかけるというのが、彼らの今までの常套手段であり、これが凶暴化していくことが予想される。「在特会」の毎回の集会動員数は首都圏で30名~200名程度で関西でもそれくらい。これは「弱い者イジメ集団」としては充分に危険な人数ではなかろうか。ヨーロッパでは「在特会」のような民族排外主義のネオナチ勢力の襲撃(放火)のために、外国人移民の子供に死者まででているのである。そうなってからでは遅い。これをデマや誹謗とは言わせない。なぜなら彼らは明確に「韓国人を殺せ」と主張しているではないか!

 そしてまさに明日(8月15日)、この脳内妄想を爆発させた凄まじい右翼暴力が予告されている。毎年敗戦記念日に天皇出席の下に行われる戦争への反省なき政府式典や、事実上それと連動した「靖国」を使った戦争賛美、政治家達の参拝パフォーマンスに対し、反対デモが行われてきた。政府側の「靖国と天皇」を政治的に利用した一方的な戦争賛美に対し、これにちゃんと反対の意思を表明する市民がいるのは大切で意義深いことだ。天皇制の問題は国内外の人々への差別問題に直結したテーマでもある。ところがこの市民デモに対して、昔から街宣右翼による(言葉の文字通りの意味での)暴力的襲撃や妨害が繰り返されてきた。近年は街宣右翼に「在特会」やそれ以外のネットウヨクも連合して加わり、彼らにとって一種のお祭騒ぎのようなレクリエーション(憂さ晴らしの暴力)になっているのが現状である。

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障碍児の選択的堕胎が発覚…「在特会」や反原発論議にもつながる問題点

※mixi日記からの逆輸入。知り合いの方で論評している方は少なかったのですが、私は大変に強いショックを受けたニュースです。日記への反応も少なかったが、もっと多くの人にかんがえてほしい。転載にあたっては私の法的無知による誤解などを訂正しました。なぜかこのブログは弁護士さんの読者が多いようで、まだ誤っている部分があればご指摘をお願いします。なお、今までこのブログでは“「障害」者”という言い方を多用しておりましたが、今後は暫定的に“障碍者”に統一することにします。ご意見がありましたらコメント欄にどうぞ。

異常胎児選んで減胎手術36件2013年8月5日07時02分 読売新聞
出産の危険が高まる双子や三つ子などの多胎児を妊娠した際、胎児の数を減らす減胎手術の実施を公表しているSクリニックで、異常が見つかった胎児を選んで手術を行ったケースが、これまでに36件あることがわかった。…中略… 母体保護法は減胎手術について定めておらず、国も具体的な指針を作っていないが、こうしたケースが初めて明らかになったことで、今後、議論を呼びそうだ。
同クリニックによると、…中略… いずれも、夫婦が「減胎できなければ、すべての胎児を中絶する」との意向を示したという。今回の減胎手術について、N院長は「一人でも命を助けるために、やむを得ず行った」としている。
◆減胎手術=多胎妊娠となった場合に、母子の安全性を高めるための処置として始まった。超音波で確認しながら、子宮内で一部の胎児を心停止させる。通常、胎児の異常がほとんどわからない妊娠初期(12週未満)に行われる。


◆なぜ、同じテーマのはずなのに賛否が逆転

 まず、以下の3つの問題に「命の大切さ」というキーワードを使って100字程度で答えてみてほしい。

 1)あなた死刑制度に賛成ですか?反対ですか?
 2)あなたは妊娠中絶に賛成ですか?反対ですか?
 3)あなたは障碍児を生まれる前に間引くことに賛成ですか?反対ですか?

熊本・こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)
 これ全部に賛成か反対なら首尾一貫すると思う。最後に『4)「赤ちゃんポスト」に賛成ですか?反対ですか?』をつけ加えてもいいかもしれない。おそらくどちらを選んでも理屈としては何らかの立論が可能なのだろう。だからこそ議論にもなっているのだと思う。
 だが、今回の記事やmixi上におけるその反応などを眺めていて、私はもう少し別に気になる点があった。それは妊娠中絶や「赤ちゃんポスト」などの問題には「命の大切さ」や「親の責任」とか言って、mixiでは反対の投稿が多いのに、今回の障碍児の選択的減胎については賛成の意見が日記に並んでいることだった。その理由として書かれていることは、ほとんどが普通の妊娠中絶や「赤ちゃんポスト」に賛成する理由にも流用できるものが多い。同じ人が書いているわけでないんだろうが、その対比がなんとも嫌な、おぞましい感じをうけたのだ。

 人の命に関する問題は、いずれも一般論としてならいろいろ立論できるが、自分や身内が当事者であるわけでもない時に、他人がとやかく言うには(とりわけ当事者を責める場合)大変に微妙な問題があると思う。死刑にしたって、被害者でも遺族でもない赤の他人の自分が、己の二束三文の安い正義感を満足させたいがために、安易に「あんなの殺してしまえ!」と叫んで正義の味方面するようなことはつつしむべきだ。そう言っていいのは被害者と遺族だけだ。私たちが言えるとしたら、ただ「制度」としての是非を、感情論を排して厳粛に論じることが許されるだけだと思う。今回のことについても同じだ。そのことに注意して以下で考えてみたい。

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日本人3人が「在日」について語っています

racism
 前の投稿に関して、羽賀さんからのコメントが発端になって続いている問答です。ここんところの更新はみんなこの問答へのレスでして、かなりの分量になりましたので、多くの方に読んでいただきたく、ここにスピンオフ(転載)します。

 なにぶん、日本人3人で深い知識もなく「在日」のことを語っているもんですから、気づかないところで地雷を踏んでいるような予感がしています。そのあたり特に私の発言について指摘していただければと。できれば私以外のここを読んでいる第三者にも理解できるような言葉で語れる方の指摘であればいいなと思います。

 なぜなら、在日韓国・朝鮮人と一口に言っても、たとえば政治的にも保守から左翼からノンポリまでいろいろおられますし、考え方は千差万別です。私の知っている在日の方々は、たとえば普通に神社に初詣するような人たちが多かったし、一見すると「違う」と感じることでも、よく話を聞いてみれば、なるほどもし日本人が彼らの立場だったら、同じような言動をするだろうなということが多かった。欧米人ならまた違うんでしょうが、むしろ日本人の感性でなら理解できることが多かった。だから在日の人たちに何かしら自分の思想や思い込みにあわせた役割人格を押し付けることには、強い違和感を持たざるを得ないのです。

 ツィッター上で繰り広げられた「仲良くしよう(ぜ)」論争も、確かに「このスローガンは日本人としての加害性を無視している」という意見を、日本の人たちが自己を捉え帰す中で持つのは素晴らしいことで、それは100%正しいと思います。そしてこういう方の周囲には、それを受け止めるだけの意識をもった在日の方がおられるのだろうなと思う。
 一方で、このスローガンに対して、それはおかしいと、とっさに切り返すような在日の方が、とりわけ30代以下の若い世代でどれだけおられるのかも疑問に思いました。むしろ、ヘイト「デモ」に対して日本人がこういうプラカードを掲げてくれたことを、素直にうれしいと思う在日の方も多いはず。それはどちらも在日の方々の本当の声なんだと思います。そのことは前提にしないといけない。

 確かに差別問題というのは、加害性の問題を無視したところの上から目線で「差別反対」を言っても、それはやがて「お前らのほうがよほど差別者だ」と言いたくなる、おそましいものに変質してしまうことは避けようがありません。だからそこは「どちらが在日の立場や歴史性を理解・擁護しているか」みたいな地平で相手を攻撃するのではなく、あくまでも日本人としての自己の内在性を省察できるようなものとして、日本人の問題として深めてほしいなと思うのです。その上で「仲良くしよう」にまた新しい意味をこめられるなら、それをカウンターに参加するみんなで共有していけるのなら、それはそれで「あり」ではないかとも思うのです。

 私は以上のような問題意識を持つものです。ご意見がありましたらお願いします。
 なお、もし批判されるとすれば、それは羽賀さんとなおじさんの「素朴な疑問」に対して頓珍漢な「回答」をした私に対するものであるべきだし、私の間違った回答を正すという形で行われるべきものだと思います。異質なものに対して漠然と不安や疑問を感じるとしても、そこまでは別に「悪いこと」ではないと思います。そこから一歩踏み出そうとした人を叩くようなことは筋違いです。それを変な方向に導いたみたいな点で叩かれるのなら、仕方ありません。私の気がつかなかった点を指摘していただくのは歓迎です。
 あと、こういう他人様の意見を紹介(転載)した時に限ってはいつものことですが、紹介させていただいた方へのご迷惑をさける意味で、あまりへんてこりんな叩きや煽りや荒らしは削除させていただきますので、あらかじめご了承ください。

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何度でも言う。差別は「言論」ではない

 前のエントリの最後で「もうちょっと考えてみる」と言ったので、その後自分なりに一生懸命に考えてみましたが、私の能力では特にこれといって新しい知見にいたりませんでした。ただそうですねえ、未だに「在特会」のようなヘイトスピーチを言論だと勘違いしている人が多いのではという気がしました。

◆ヘイトは「左右の論戦」とは何の関係も無い


6.30 新大久保 レイシストヘイト「デモ」への抗議行動
 今までも言ってきたし、これからも何度でも言いますが、差別(ヘイトスピーチ)は「言論」なんかではありません。それは単なる人権侵害行為であり、ほとんどの先進諸国では犯罪の構成要件ですらあります。在日朝鮮(韓国)人の永住権などの地位(植民地政策の戦後処理)や、今後の移民政策のあり方については、それこそ保守から左翼まで、様々な論者が意見を出し合い、左右の間だけではなく、保守や左派の内部でさえ鋭い意見の対立があって、議論が継続されています。アジア外交のあり方についてもまたしかり。別に韓国や中国や北朝鮮に抗議するべきことがあるなら抗議すればいいし、これらの国家が王道楽土で無謬の国だなんて誰も思っていません。

 しかしヘイトスピーチ(差別)はこういった議論とは何の関係もないし、保守から左翼にいたるすべての論者が、一致してこれを批難し、社会的に克服・撲滅していくべき対象でしかありません。そういった社会的存在であるがゆえに、安倍首相でさえ「在特会」を正面から批難する以外の選択肢はあり得なかったわけで、そんなレイシスト達が自分のヘイトスピーチを、保守から左派までを含めて繰り広げられる、こういった「議論の仲間」として扱ってほしいなどというのは、厚かましいにもほどがあるということなのです。

◆「人を差別する権利」なんて誰にもない

 もし、差別が言論だとすれば、その発露は人権の一つということになりますが、それでは「人権を侵害する権利」という論理矛盾になってしまいます。「自由には責任がともなう」とか「公共の福祉」という言葉を聞いたことがあると思います。これは「お国のためには個人は犠牲になってもかまわない」という意味ではもちろんありません。それは各人が個人として人権を保障される以上、各人は他人の人権を侵害してはならず、その範囲内で人権を行使できるということです。「人権を侵害する権利」という言葉が論理矛盾だというのはそういう意味です。わが国の憲法ではこれを「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」(12条)と表現しています。

 簡単な話です。私たちは日本国内のどこにでも無条件に行くことができる自由はありますが、「俺には移動の自由があるのだ」と言って、他人の家に勝手に入っていったり、面談だの「インタビュー」を強要したらどうでしょうか?あるいは気に入らない奴だの、気に入らない集団に属しているからと言って、面罵したりすることを「権利」として認めてもいいのでしょうか?「韓国人はみんな殺せ!」と叫びながら、韓国人のコミュニティに押しかけることが「権利」ですか?もう一度言いますが、そう考えれば実に簡単なことなんですよね。

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