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小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

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市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

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結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

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三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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  カテゴリー ‘左翼的発想の研究’ のアーカイブ

一応は原典も押さえておこうかリンク集

マルクス兄弟 と、いうわけで。。。。
 以下はTAMO2さんによる電子化粗入力完了国民文庫リストからのリンクです。まさしく気の遠くなるような地道な作業をボランティアで続けておられるTAMO2さんに心からの敬意を表しつつリンクさせていただきました。

 TAMO2さんのおかげで、こうしてネット上で参照可能な共有財産として議論の俎上にのせることもできますし、検索などの電子化ならではメリットも享受できます。

 翻訳の著作権など難しい問題もあってすべてを公開することはできないようですが、法的にはともかく、実際には「国民文庫」なんて安いものですから、ちゃんと読みたい人は買うであろうし(モニターを「読む」のは想像以上に疲れる)、ネットで間に合わせるような人は最初から買わないであろうから問題はないのだろうとは思うのですが。

共産党宣言(マルクス、エンゲルス著)
賃労働と資本(カール・マルクス著)
空想から科学へ(エンゲルス著)

 まずは初心者向けの定番3冊です。
 「共産党宣言」の有名な書き出し一匹の妖怪がヨーロッパを徘徊している-共産主義の妖怪が)は、昔はよくパロディで使われたものです。たとえば「共産主義」を「オタク」とか、大人が眉をひそめているような存在に入れ替えてみたりしてね。つまりそれくらい皆が知っていた。大学生なら一度くらいは目を通したということでしょうか。
 これらはマルクスらが当時の欧州の一般労働者向けに「宣伝パンフ」として発行したものですから、頑張れば今の日本の私達でも、なんとかなると思われます。

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ウルトラマンと革命無罪-左翼が「何でも反対」の理由

戦うウルトラマン●ウルトラマンは有罪か?

闘いというのは往々にして関係ない人間をまきこんだり傷つけたりします。
たとえばウルトラマンは地球の平和のために怪獣と闘うのですが、その過程で多くの家屋や建造物が破壊されています。罪のない人も死んでいるかもしれません。

30年のローンをくんでやっと建てた庶民の一戸建てが、なんとか破壊されずに怪獣が通過してくれたと思って胸をなでおろしたのもつかの間、たまたまそこにウルトラマンがやってきたがために「やめてくれ~!」と絶叫する間もなく、命がけで建てたマイホームは、ローンを残したまま木っ端微塵に跡形もなく破壊されてしまったわけです。

では、ウルトラマンは有罪でしょうか?

実はこれは法学部の学生のよた話としては古くからある「設問」らしく、結論としては、ウルトラマンには損害賠償義務があるという説が有力らしいです。
法律的には有罪(賠償義務あり)かもしれませんが、何かおかしい気もします。ウルトラマンが来てくれなかったら、怪獣によってさらに大きな別の被害が出たはずです。

たとえウルトラマンが注意不足で壊れる必要のない家まで壊してしまったとしても、その家にたまたま生後間もない赤ちゃんがいたとしても、その他もろもろのどんなことがあったとしても、『怪獣退治』という『目的そのもの』に有罪を宣告することはできないではないか。


これが私の理解していたこの問題に対する左翼的発想です。これを端的に言い表わしたのが毛沢東の掲げた「革命無罪」のスローガンだと思っています。
そこで次にもう少し、左翼の『目的そのもの』についてみていきたいと思います。

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アンパンマンと共産主義社会

ひとりがみんなのために!みんながひとりのために! 今日は「共産主義とは何か?」というお話です。その最適の見本が、漫画家のやなせたかしさんが描く「それいけ!アンパンマン」の世界です。これは私が活動家時代に抱いていた共産主義社会のイメージそのものでした。たとえば、ジャムおじさんはパンを作り、カレーパンマンはカレーを作り、ラーメン天使はラーメンを作るのですが、それは「商売」として行っているのではなく、みんなに喜んでもらうために作っているのです。

 つまり利潤を得るための【疎外された労働】ではなく、自己実現のための労働です。そしてそれらを作る原料は、それぞれの農作物を作っている人がやはり無償で提供しています。つまりジャムおじさんは「美味しいパンを作る人」ではあっても、決して「パン屋さん」ではないのです。

 人間としての向上心のベクトルは「もっと儲けよう」という利己的な方向ではなくて「もっと美味しいパンをもっと沢山の人に食べてもらおう」という社会的な方向に向いています。そこではジャムおじさんのパンがどんなに絶賛されても、それで本人が喜びと生き甲斐を感じてまた頑張ろうと思うだけであって、これで儲けようとか、ましてや他人を雇ってその労働を搾取し、パン工場を大きくしてやろうとか思うことはありません。

 もしこれが資本主義社会のお話であったなら、ジャムおじさんの優しい顔はたちまちにして眉間にしわをよせた資本家の顔になり、電卓をたたいてため息をつき、原料費を削減したり、一生懸命に働く労働者のバタ子さんに、それでもまだ怠けているかのような罵声を浴びせるようになったに違いありません。あるいはとっくの昔に倒産していたでしょうか。そんな良心的なジャムおじさんに、原料を売ってくれる人もいないでしょうから。

 食パンマンにいたっては、毎日食パンを無償で学校に運んでいますが、おそらくは学校教育もすべて無償でしょう。物語りには小学校と思われる場所しか登場しませんが、おそらく「もっと勉強して人々の役に立ちたい」と言う人には、しかるべき教育手段が無償で用意されていることでしょう。おそらくは土地も共有制(所有権はなく利用権のみがある)であろうと思われます。

 時にはきれいな絵を描いたり、美しいカレンダーを作ったりしてみんなに喜ばれている芸術家や、だいこん役者などの俳優も登場しますが、それとてお金や名声や自己満足のための「芸術」ではなく、一般の人々を喜ばせるために頑張っている民衆芸術家として描かれています。また、宗教はコンニャク和尚が出てきたことがあるので残っているようですが、高圧的・支配的なものではなく、人々の生活に根ざした素朴なもののようです。魔王が攻めてきた時には、アンパンマンが「前衛」となり、バイキンマンドキンちゃんまで協力して「民衆蜂起」で撃退していますから、軍隊も存在していないということがわかります。

 つまり一言で言って、「貨幣」と「他人の労働の搾取」という資本主義を資本主義たらしめている二つのものが存在していないのです。ゆえに「資本家」のような「支配階級」もいませんから、人々は平等で差別もなく、貧困も戦争も税金も政府すら存在する必要がないのです。私が見ている限りでは、アンパンマンに「お金」という概念が出てきたことはありません(←これ重要)

 これらのことの帰結として、生産物には「使用価値」のみで「交換価値(=商品価値)」というものが存在しないことになります

 そこでこの世界の悪者であるバイキンマンには「世界を征服する」(=支配階級になる=他人を搾取する)という発想がありません。いつも美味しい食べ物を一人占めするのですが、それは自分とドキンちゃんが食べるだけであって、よそで売って儲けるという発想にはなりません。自分一人だけで全部食べようとすること、つまり「使用価値を盗む」のが悪いのであって、「交換価値を盗む」資本主義社会における泥棒とはちょっとニュアンスが違うのです。

 資本主義社会で生まれた私達は生まれながらに資本主義者であって、この世界で共産主義者でいつづけることは困難が伴うように、共産主義社会に生きるバイキンマンやアンパンマンは生まれながらに共産主義者であって、資本主義社会の常識(イデオロギー)は理解の外にあるわけです。

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カテゴリー「左翼的発想の研究」まえがき

パブロ・ピカソ作 「ゲルニカ」カテゴリー「左翼的発想の研究」

ファシズムとの闘いに命を捧げてくれたすべての人々に「今」を生きる一人として、心からの感謝と哀悼を捧げます。あなたがたの尊い犠牲の上に、今の私達があることを決して忘れません。心の底からの果てしない敬意をこめて。合掌。

 実はこのカテゴリー、最初は「左翼思想入門」で書きはじめようかと思ったのですが、「入門」というからには、自分が上級者であることが前提です。んで、これは無しと。。。(^_^;

 そこで今のところこのカテゴリーでは、活動家時代の自分を材料にして、左翼活動家のものの考え方というか、思考回路、発想方法みたいなものを書いた文章をアップしてこうかなと思っています。身近に「左翼」という人種を知らない人はもとより、身近に「左翼」がいる人ならいっそう、「はーん、それであいつらはあんなことを言うとるわけか」と合点していただける(?)と思います。

 念のために申しますと、これらの駄文を読んだ方に、左翼思想の「宣伝」をしようと思って書いた文章ではありません(それは読めばわかると思いますが)。読んだ上で多少なりとも共感を持つか、嘲笑するか、あるいは左翼を批判するための材料とするか、それは読者の自由です。

 「左翼」というものを離れて15年。当時の文献や資料というものはほとんど手元にないので、当時の私が考えていたことを、記憶だけをたよりに書きました。読み返すとずいぶんと「青臭い」ことを考えていたのだなあと思うこともありますし、修正したいこともあるのですが、資料もないままにへんにねじ曲げることはせず、若き日の記憶としてそのまま公開することとしました。

 また、本物の左翼の方が読んで「これは違う!」「これはおかしい!」という点が多々あると思います。党派や団体が違えば多少は考えが違うこともあるのですが、私と同じ党派で活動していた方でも「違うぞ!」ということがあると思います。その点は「末端の一活動家の目からみた」あるいは「私が考えていた左翼というもの」つまり「私個人の考え」だということでご容赦ください。