by 原 隆
ウクライナに侵攻したプーチンは、もともと殺し屋(=KGB)で暴力の信奉者であり、徹底した大ロシアナショナリストの独裁者である。今回、市民の犠牲もいとわないウクライナ侵攻によってその肩書きがまた増えた。侵略者、戦争犯罪者という名だ。
私たちは必死に抵抗するウクライナの人々に連帯するのと同時に、独裁者プーチンに抗い、反戦の声をあげるロシアの人々とも連帯しなければならない。世界が草の根から国境を越えて連帯するインターナショナリズムは一段と高まっている。
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プーチンの大ロシア的ナショナリズム
ソ連崩壊を「20世紀最大の破滅的な地政学的事件」だったとするプーチンは、失った版図を取り戻す「失地回復」、つまり旧ソ連勢力圏―「大ロシア」の復活という野心をむき出しにしている。徹底した大ロシア主義的ナショナリストであるプーチンにとって、ウクライナは大ロシア勢力圏の一部である小ロシアと見なし、決して独立した存在・主権国家として認めない。
20年以上も前、プーチンはチェチェンで抵抗するイスラム教徒を惨殺する焦土作戦を展開し、2008年には旧ソ連構成国のジョージア(グルジア)の2つの地方に軍を送り、力ずくで奪い取った。2014年にはウクライナのクリミア半島を一方的に併合し、ロシア系住民の多い東部ドンバス地方の一部を実効支配する親ロシア武装勢力を支援してきた。これらはプーチンにとっては、大ロシア勢力圏内の紛争、つまり「内戦」なのである。大ロシア復活を意図したプーチンの戦争は、民主主義と自由を巡って、新しい「内戦」が世界的に起こりうる時代の到来を示唆した。
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、「平和」が国連の決議や宣言、国際法によって保証されるという幻想を打ち砕き、「絵に描いた餠」に過ぎないことを浮き彫りにした。また自国の勢力圏や権力を保持するために軍事力の行使をためらわないというプーチンのような独裁者・為政者がいる冷厳な現実も改めて突き付けた。
「いくら経済的な相互依存の関係を築き上げても、また強力な制裁発動を警告しても、専制主義国家の独裁者のかたくなな決意の前には無力であることが露呈した」(3.9毎日・特派員論考)と言える。
プーチンの戦争の本質は何か
では独裁者が最も忌み嫌い恐れる敵は何か。それは「自由」だ。このことは既に香港で、ミャンマーで、そして今回ウクライナで実証された。独裁者プーチンが恐れているのは、NATOでも帝国主義でもない。ウクライナそしてロシアで自由を求め民主主義のために強権と戦う民衆の声だ。
ウクライナは文字通り侵略者に対して自由と生存をかけた戦いの最中にある。ロシアによるウクライナへの侵略は、「大ロシア」復活のおぞましい野心を隠さない独裁者プーチンの唾棄すべき戦争―プーチンによる、プーチンのための戦争である―と言っても過言ではない。
プーチンはウクライナへの侵略を、ありもしないロシア系住民のジェノサイド(集団虐殺)を陰謀論的にデッチ上げた「住民保護」という名目や、NATOなど外国勢力の「脅威」を口実に自衛目的という理屈によって正当化する。これらは侵略者が自己正当化を図るときの常套句だ。既に指摘されていることだが、かつてチェコスロバキアへ侵略したヒトラーの理屈と同じなのだ。
ウクライナの人々が苦しんでいる惨状に、世界は涙し怒りに震えている。プーチンによるウクライナ侵略の意図を見誤ったり、デマゴギーに満ちたそのプロパガンダに惑わされてはならない。
侵略を擁護する「間抜けな反帝国主義者」
だが看過できない混乱も生じている。その最たるものが、ウクライナのゼレンスキー政権がNATOや欧米への傾斜を強めたことがロシアを刺激し侵攻を招いたという説だ。NATOの脅威をデッチ上げ侵略を正当化するプーチンの虚言を追認したに等しい。こうした人々は、戦争に対する一般的な非難にとどまって、侵略にさらされているウクライナには武器を置いて降伏しろとでも言うのだろうか。
ウクライナ人左翼活動家の論述から引用すると、こうした傾向は「間抜けな反帝国主義」に散見される。彼らは何故、こんな「へまを犯すのか」。それは、いまだに「冷戦」時代の思考―行動様式の枠組み(パラダイム)から脱却できず、時代錯誤のバイアス(思い込み、先入観)に囚われているからだ。前例のない事態や、新たな情勢に対する感度が鈍すぎる。こうした傾向がウクライナ情勢を巡って浮き彫りになったと言える。
【参照】
西側左翼へのキエフからの手紙(タラス・ビロウス)
A letter to the Western Left from Kyiv(原文)
ウクライナの知識人から届いた手紙―小国が侵略されない世界を(加藤直樹)
西側の左翼は再考しなければならない(その後のタラス・ビロウス)
ロシアの行為を「侵略」と認めず、「米国がロシアへの圧力を強めて危機を高めた」などと米国を非難し、事実上ロシアを擁護した(あの香港の自由を圧殺した)中国政府の見解をなぞるようでは、ウクライナへの連帯を示す国際的な反戦運動のうねりから取り残されるであろう。反戦運動はウクライナを巡って今後を左右する分岐点を迎えた。歴史は見ている。
そもそもロシア革命後のレーニンはウクライナの「創設者」とされ、バルト3国の分離・独立も承認した。プーチンはこのレーニンの民族政策を批判する一方で、スターリンの大ロシア主義を賛美してきたのだ。
【参照】
プーチン大統領「ウクライナ侵攻」の理由を説明1時間スピーチ全文訳(今井佐緒里さん)
侵攻直前 プーチン大統領演説全文訳(NHK)
プーチン論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」和訳下(在日ロシア大使館)
1989年に米ソ首脳のマルタ会談によって「冷戦」終結が宣言され、ソ連と東欧7カ国で発足した軍事同盟「ワルシャワ条約機構」が91年に解散、ソ連自体も崩壊した。一方、NATO(北大西洋条約機構)は、「冷戦」後もポーランドやルーマニア、バルト3国など東欧諸国を取り込んでいった。このように旧ソ連の勢力圏が次々とNATOに組み込まれることに、ウクライナを大ロシアの勢力圏の一部とみなすプーチンは危機感を募らせ、2014年のクリミア併合を成功体験にしてウクライナへの全面侵攻を企んできた。
だが、ウクライナへの侵略は、1980年代のアフガン侵攻がソ連崩壊につながったように深刻な政治的・経済的打撃になりかねないと言える。それがいかに高い代償を払うことになるかをプーチンは軽視し高をくくっていた。ところが当初想定していた首都キエフを数日で陥落させるという短期決戦のシナリオは、「完全に失敗した」との見方がロシアの軍内部や情報機関から出ている。ウクライナの戦闘能力や士気の高さを見くびっていたからだ。また国際社会によるロシアへの経済制裁も過小評価していた。これは傲慢な独裁者が陥りがちな明らかな誤算と言える。
ロシアは原油や天然ガスの化石燃料頼み(輸出の5割)の脆弱な経済力(GDPは韓国より下の11位)を、ソ連時代と同様に巨大な軍事力でカバーする―その実態は経済力とつり合わない軍事支出が国民経済を蝕んでいる―という構造的な歪さを抱えている。この軍事力に呪縛されたプーチンは、国民生活を顧みずウクライナ侵略によって破滅の道へ突き進んでいる。
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プーチンの誤算と抵抗するウクライナ
ウクライナへの侵略は、独裁者プーチンの破滅の始まり・序曲になる可能性がある。ウクライナ侵攻でプーチンが犯した誤算とは何か。ポイントは3つだ。
ウクライナの徹底抗戦
その第1は、ウクライナの徹底抗戦だ。戦力差では圧倒的に優勢なロシア軍に対して頑強に抵抗し続けている。戦力差が大きな相手に同じ戦い方をしていては太刀打ちできない。ウクライナ軍は米欧諸国から受け取った携行型の対戦車ミサイルや地対空ミサイルなど2万発で武装、前線に展開した歩兵が「ヒット・エンド・ラン」でロシア軍を返り討ちにして爆撃機や戦車などにかなりのダメージを与えている。
「ウクライナは相手と異なる戦い方を選択し、強大な相手より優位に立とうとする『非対称戦』を狙っているとみられる。こうした戦い方がロシアの進軍阻止に一役買っている」(3.2日経)と指摘されるようにロシア軍は苦戦を強いられている。その最大の要因は、ウクライナ人の戦闘能力と市民も含めた士気の高さを完全に見くびっていたことだ。ウクライナは侵略者に抵抗してきたパルチザンの長い歴史を持つ。プーチンは自らの誤算によって侵攻の初期段階で激しく動揺し苛立つ羽目になった。
サム・ポトリッキオ(ジョージタウン大学教授)はニューズウィーク誌(3.15)で「ロシアが軍事的勝利を手にするために、途方もない犠牲を払うことはもはや不可避だ。ロシア兵の命とロシア経済に甚大な犠牲が生じるだけでなく、ウクライナのおびただしい数の一般市民の命も失われることが避けられない」と述べている。
ロシア足下での反戦運動
第2に、ロシア国内での目を見張るほど異例ともいえる草の根からの反戦機運の高まりである。厳しい言論統制と弾圧下にある中で反戦の声はやまない。
「ウクライナに対するロシア軍の攻撃を無条件に非難する。侵略に加わらず、認めず、沈黙しないように呼びかける」―これは100人を超える各地の議員が署名した公開書簡である。さらに戦時体制下で数十万人が全国の街頭で反戦を訴えているのだ。ここにもプーチンの誤算が明らかだ。
プーチン政権が反戦の声を封じるために言論に対する統制・弾圧の強化に躍起となっているのも焦りの裏返しと言える。ロシア人たちにウクライナに親族や友人がいる人も少なくない。「親族の中にウクライナ人が1人もいないモスクワ市民はまずいない」とさえ言われるほどだ。通貨ルーブルは暴落し、物価は既に上昇し始めて経済の破綻は避けられない。22年間のプーチン体制の終わりが見え始めた。
ロシアの言論統制の強まりに対して毎日(3.8社説)は「人々から言論の自由を奪い、反抗する者を収容所送りにした旧ソ連時代に時計の針を戻すつもりなのか。〈略〉そもそもプーチン氏の時代錯誤の野望が引き起こした戦争である。ウクライナ政権を『ネオナチ』、親露派への攻撃を『ジェノサイド』と呼ぶ実態とかけ離れた受け入れがたい主張だ。軍事作戦が長引き、統制の厳しいロシアでも反戦デモが続いている。侵攻開始以降、国内で拘束されたデモ参加者は1万3000人を超えた。<略>破壊しているのはウクライナだけではない。自国の民主社会も危機にさらしている」と批判した。
ウクライナ連帯の世界の声
第3は、国際社会でのロシアの孤立とウクライナへの連帯の広まりである。プーチンは欧米西側諸国が結束してウクライナを支援したり、ロシアに原油・天然ガスを依存しているEU諸国が厳しい制裁を科したりすることはないと踏んでいた。
だがウクライナ侵略はNATO内部に亀裂をもたらすどころか全く逆効果で裏目に出た。フィンランドはNATO加盟の動きを強めた。ヒトラーに対する制裁措置さえ実施しなかったスイスとスウェーデンもウクライナ支援に参加した。またEUと米国はロシアの複数の銀行を国際金融の決裁システムSWIFTから追放することを決め、ロシア経済への打撃は深刻だ。
こうした誤算は独裁者プーチンの破滅の始まりを告げている。ロシアの侵略に抵抗するウクライナへの支援と連帯を示す反戦の声は今や大きなうねりとなっている。
ウクライナ人民には政治的自由=自決権のために侵略に抵抗する権利がある。よしんば首都キエフが陥落したり、ゼレンスキー大統領が殺されるような事態になったとしても、それでもウクライナの人々は「ウクライナは滅びず」(国歌)と戦い続けるだろう。
侵略者に死を!抵抗するウクライナに栄光あれ!
(原 隆)
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