シンポ「黄色いベスト運動って何だ」報告1.パネラーのレジュメ

投稿者:草加 耕助

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シンポ「フランス・黄色いベスト運動って何だ」
「黄色いベスト運動って何だ」パネラーのレジュメ・2ページ目

交通誘導負と物乞いするおばあさん

平井 玄(批評家)

2つのエビソード

平井 玄 さん

--- フリーター仲問の一人に、仕事がない季節に備えて工事現場の交通誘導をする資格を持っている人がいる。まあ(交通誘導警備業務)2級検定なら、3〜4日の講習を受けて実技訓練をする程度だが、 手数料が3万円以上する。それでも同業者は増える。「日給8000円で月何日もない。ヤバい現場じや交通費なしで経費も引かれるのに!」と彼は怒るのである。

 パリから遠く離れた田舎町の道ばたに集まった人々が着込む蛍光色のべストを見た時に、まず頭に浮かんだのは、血管3か所にステントを入れ白内障を患う彼のことである。

 板橋生まれで今も小さな実家に一人住む65歳。若いころはブランクサパスのファン。広告関係会社からリストラされ離婚、何回かの転職を繰り返して出版の底辺に流れ込んできた。彼らは工事現場では必ず光るベストを着せられる。こういう見えない人間たちの層がいくつも重なり合って東京圏を流れ動いている。

--- 3か月ほど前、週末の宵の口、新宿駅東口から歌舞伎町にわたる紀伊國屋裏の交差点で信号待ちしていると、後ろから声がした。「そこのお兄ちゃん、500円でも300円で もいいからめぐんでよ」「昨日からなにも金べてないんだよー」。

 世界最大の駅から巨大な歓楽街に向かう夕暮れの交差点には、一時に何百人が鈴なりになる。その中から 明らかにこちらを目がけた呼びかけだった。顔から毛布のような布を身に巻きつけた70代後半かという老女。「そんなにハラがすいてるの? 」と思わず喉が反応する。信号が替わるとっさに500円玉をサイフから 出しながら、高度成長以前に時計が逆回転したような気分に面喰らう。

 「大通りの真ん中で現金を乞う」。
 これは1990年代に西口地下広場を被ったダンボールハウスの住人たちとは違う。繁華街が捨てる残飯を漁り、空き缶を集めて消費や流通のすき間に介入することはもうできないのだ。群れではない。たった一人 である。ネットカフェに行く年代ではない。といって泥まみれでも日焼けしているわけでもない。おそらく どこかに寝床を確保しているのだろう。あれからほかの大通りでも彼女を見かけ、同じようなシノギの仕方をする別の女性にも遭遇するようになった。

 この2人は失業者、派遣、非正規や日雇い、あるいは野宿者、ルンペンや乞食なのだろうか?
 いや「道の人」である。交通誘導員と大通りの物乞い。いわば制空権ならぬ「制道権jをめぐる者たち。 「黄色いベスト」たちは幹線道路に立つ。ブレグジットはユーロ資本の交通が発火点。香港の大群衆は大陸への「関所』に反応した。彼らは分解しつつある中産階級がプロレタリア化し、あるいはナショナリスト化する途上の人々なのか?それともマルチチュードやブレカリアートというべきか?---そういう聞き慣れた物語を離れる時だ。

 黄色いベス卜のオジさんやオバさんたちがブラカードを持って焚き火を囲む。フランスなのにこのダサさ——と思うほうがダサイ。1968年は若い。2011年の世界蜂起もまだ若くカッコよかった。歴史は若き女と男の蒼い希望で書かれ、その黒い絶望でいつも句読点が打たれる。ブランキさえ年老いると議会内の改良派になる。だから拙著『ぐにゃり東京』に「生存年齢が延びて、似たようなことに3回も出くわす」と書いた。このデジャヴ感覚から解放されたいと思う。

 修正しよう。田舎が蜂起する。こんなダサい蜂起は見たことがない。いま何をダサいと感じるか。そのダサさの震央になにか反転の兆しを感じとれるか。ここに多くのものが賭けられている。(ele-king books『黄色いベスト運動』所収の拙文を改稿)

アンダークラスを交雑する

 まだ古典的マルクス派といえる渡辺雅男の『階級!』が2004年に出されて以降、哲学系を除いて橘本健二は社会学者としてはほとんどただ一人『階級』という言葉にこだわってきた。その統計学的な分析が一歩を 踏み出したのが2018年である。2018年1月刊の『新・日本の階級社会』から同年12月刊の『アンダークラス』にいたって、数値の処理法に心理情動的な視角が導入される。そして主にイギリスからの輸入概念だっ たunderclassに骨肉を与えようとする。
 その結果つかみ出されたのが約930万人の「アンダークラス」である。

日本の階級社会
数字は橋本 健二著 「 新・日本の階級社会 」より

 さらに上図のように、旧中産階級が収入や貧困率でこの階層に近づき、学歴資本では酷似した状態に置かれているからこそ、世代を追って合流していくことが明らかになる。産業資本主義的かつ社会民主主義的な 「労働観」に引きずられているせいか、高齢者が70代でも現役であることや、低層労働者の増大、非就労者の見えない存在が低く見積もられているように思う。アンダークラスとは階級外の階級である。

 「階級形成」はこれまでもマルクス派に語られてきた対自的な概念である。「政治ブロック」はグラムシが練り上げたプロレタリアを優位とする諸階級の連合、いわば同種間の「交配」である。いま発明が待たれるのは異なる遺伝子系を横断する「交雑種」としてのアンダークラスではないか。

基盤的コミュニズム

 だがフランスの、香港の、あるいは世界のどこかで点火され、急激に増殖する群衆の「量』に魅了されるのはもう止めよう。量化された群衆の無方向な動きはビッグデータとして捕獲される。それが資本による 2011年の回収法だった。人の行動を誘う非合理的な直観や偏りを重視する行動経済学の発展がその具体的 な成果である。ついには「神経経済学」 neuro economics なる領域さえ現れた。

 デヴィッド•グレーパーの言葉はかつてのアナキズム/マルクス主義の境を越えて聞くに値する。

「現今の世界は決して守られない諸々の「約束」によって形成されている。私たちが自身の問題に自ら対抗する権利さえ放棄すれば、国家に少なくとも生命の安全だけは保障してもらえる。私たちが資本主義に全面的に従属し、株を買い続けさえすれば王様のような暮らしができる。今やこれらすべてが崩壊しつつある。残されたものは、私たちが相互に与え合う「約束」のみである」。

---この約束こそが「基盤的コミュニズム」と呼ばれるのである。

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