by 原 隆
米大統領選とBLM運動
世界の政治・経済にも大きな影響を及ぼす米大統選挙まであと1力月。「米国第一主義」を掲げるトランプが再選を果たすのか、それともそれを阻むのか。それが最大の焦点だ。トランプは再選に「黄信号」がともろうと、おかまいなしに分断と対立を煽り暴走し続ける。物事をひどく単純化して「敵か味方か」、あれかこれかの二元論に落とし込む思考法は、ナショナリス卜(国家主義者)に共通する特徴でもある。反人種差別のBLM (ブラック・ライブズ・マター「黒人の命も大切」)運動に対して、トランプは「法と秩序」を乱す極左・アンティファの「暴徒」とレッテルを貼って、逆にホワイト・ナショナリス卜(白人至上主義者)を擁護する始末だ。
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英フィナンシャル・タイムズ (8.19)のコラム(エドワード・ルース)は「つまるところ、トランプ氏はバイデン氏を社会主義者だとあげつらう以外に戦略がないのだ。 (トランプが郵便投票に反対するのも)投票率を高めるリスクを冒すぐらいなら、新型コロナで国民を苦しめても構わないというわけだ」と批評。東京新聞も社説 (8.30)で「共和党がより右に、民主党がより左にそれぞれ頃いて両極化するにつれ(…略…)19世紀の南北戦争以来だとまで言われるほど米社会の亀裂は深い。(…略…)分断はトランブ大統領に少なからぬ責任がある。対立や憎悪をあおり、差別意識と偏見を解き放ったのはトランプ氏だ」と断じた。
BLM運動が歴史的な規模で全米に広がる中、トランプは人種差別自体を逆手にとって、BLMの参加者を「暴徒」と決めつけ、自らの支持者であるキリスト教福音派など白人保守層の間に不安や憎悪(ヘイ卜)をかき立てることで、白人保守層に「自分たちは暴徒の犠牲者だ」とする被害者意識を刷り込み、この国の「法と秩序」を守ると主張している。社会不安を煽り分断を持ち込むことが票につながるという手法は、デマゴギー政治そのものだ。トランプは大統領選に勝つために必要とあらば、民主主義さえ破壊することも厭わない。
トランブの支持層を分析してきたペティー・グルー、米力フォルニア大学教授(心理学)らによれば、歴代大統領候補の支持層の中でも特に権力への「服従」を是とする「権威主義的な価値観」が強く見られ「危険や脅威」に反応しやすい傾向にあることを指摘した(毎日 9.8『火論』大治朋子)。その典型がホワイト・ナショナリスト(白人至上主義者)の自警団であろう。昨年米国で起きた「テロ事件」の3分の2は、極右・白人至上主義者による犯行だった。問題なのはトランプがむしろ彼らからの支持を歓迎していることだ。このようにトランプが掲げる「米国第一主義」は、「露骨なナショナリズム」に他ならず、民主主義を蝕み、既存の制度的政治を劣化させ、社会の分断・二極化を深めている。
米国の新型コロナ感染者数は830万人。死者はベトナム戦争の米兵戦死者の3倍の20万人を超えた。コロナ対策が後手に回り失政を批判されるとトランプは「私に貴任はない」と言い放ち、中国に責任を転嫁している。だがトランプは今年2月時点で、新型コロナウィルスの危険性について、季節性インフルエンザよりも「はるかに命にかかわるものだ」との認識を持っていたにもかかわらず、公の場の発言では「リスクは極めて低い。ウイルスはすぐに消える」などと嘘を吐いて故意に危険性を過小評価し国民を欺いていたことが暴露された。コロナ禍に対する失政批判を回避し人々の目をそらすため、トランプは今、 中国との対立をエス力レートさせている。
米中対立は「新冷戦」ではない
だが米中の対立を「新冷戦」だと捉える見方は間違っている。米ソの「冷戦」時代とは異なり、資本主義グローバリズムの下で米中は相互依存関係を強め、いまや相互に最大の貿易相手国である。しかも中国は最大のドル保有国だ。貿易等経済的な対立がエス力レートしても、直ちに軍事対立に発展する条件はない。
アナトール・リーベン、 ロンドン大学教授は、中国をかつてのソ連になぞらえることは誤りであり、国家や体制の存亡をかけた米ソの「冷戦」時代とは全く異なるとして、「現代のアメリ力と中国のライパル関係を『新冷戦』というのは、マスメディアの安っぼい決まり文句だが、…米中の地政学的競争は米ソのそれとは根本的に異なる」(ニューズウィーク9.22号)と述べている。米中対立を「新冷戦」 と捉えるのは、世界情勢を分析する上で明らかなミスリードと言わざるをえない。中国に対する「脅威」をかき立てナショナリズムに訴えるトランプのデマ政治に惑わされてはなるまい。
いずれにせよ今回の米大統領選で波乱が起きるリスクは高く、かつて例をみないほど予断を許さない展開になりそうだ。最悪なのは 共和党のトランプ、民主党のバイデンの両候補が勝利宣言をする事態になることだ。トランプはそれを想定して保守派が多数を占める最高裁で決着をつけると明言している。そうすれば間違いなく抗議デモがおこり衝突も予想される。また前回16年の大統領選と同様にトランプが得票数で負けて選挙人数で勝った場合、民主党支持者が選挙のやり直しを求める展開も考えられる。特にトランプはバイデンに有利と言われる郵便投票を不正、インチキだとして認めないことを示唆している。接戦の場合、敗北した側がその支持者を含め、結果を受け入れないことにもなりかねない。 前例のない事態も起こりえる。
BLM運動の意義
こうした11月の大統領選をにらんで反トランブの急先鋒となっているのがBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動だ。感染リスクがあるコロナ禍の中でも、人々は今も全米各地の街に出て怒りの声をあげ続けている。歴史的ともいえる規模で全米に広がった、そして世界にも波及したBLM運動は、構造的な人種差別への異議申し立てから始まり、それにとどまらない社会の根底的(ラデイカル)な変革を求めるうねりを起こしている。
水嶋一憲、大阪産業大学教授は、現代思想10月臨時増刊号でマイケル・ハ一トの言を引きつつBLM運動の意義を以下のように論じている。
「BLMアクテイヴィストたちの掲げる要求のなかでも、際立って大きなインパクトをあたえてきたものは、『警察予算を削減せよ』と『警察を廃絶せよ』という呼びかけであろう。(…略…)マイケル・ハ一トは最近のインタビューで、『予算削減』と『廃絶』という、これらの二つの要求に関して、以下のように語っている。
『ある意味で警察の予算削減は穏健な提案に見えるかもしれません。その一方で、警察と刑務所が一体となったシステム全体の変革という考え(警察の廃止という考え)は、 まさに革命的な提案です。予算削減を通じてたとえ最小限でも警察システムを変革することを、BLM運動は重視しています。(…略…)けれどもBLM運動は、それよりも髙い野心を抱いており、もっと ラディカルな構造転換を目指しています。社会そのものの変革、レイシス卜社会全体の変革がその目的なのです』
(…略…)2011年以降の新たな社会運動と闘争のサイクルと同じく、BLMもリーダーのいない運動として知られる。けれどもそれは、BLMが組織化の原理を欠いた運動であることを意味しない。…資本主義じたいの廃絶を企図する集合的なプロジェクトとしても立ち現れてきているように見える」
大坂なおみさんに続こう
BLM運動に連帯するためテニス選手の大坂なおみさんは、全米オープンで、警察による暴力で命を落とした黒人の名前を記したマスクを着けて入場した。マスクに込めたメッセージを問われると、「あなたはどんなメツセージを受けとりましたか。それの方が大事です」と答えた。そして「私はアスリートである前に、一人の黒人の女性です」と人種差別に抗議する意志を貫いた。
日本ではとかく政治を論じること自体が忌避されたり、異論を唱えたり異議を申し立てること(デモ等)にも、「お上」にたてつく行為だと異端視し、周囲と同じ行動を強いる「同調圧力」によって封じる傾向がある。政治文化における欧米とのこの「違い」は無視できないだろう。だが黙って見ているわけにはいかない。多数派に同調して言いたいことや異論を隠してはいけない。という彼女の勇気ある姿勢と人間性は、世界中で共感を呼んだ。
彼女の「抗議のマスク」に込めたメッセージに、コラムニストでアラビア語講師の師岡カリーマさんは、「『日本の大坂なおみ』が黒人であることを誇りにし、国際舞台で反差別の声をあげたことで、日本は真の意味で21世紀の世界地図に載った。彼女の後に続こう。国内にも差別の問題はある。それらに無関心では、彼女の活躍を誇る資格はあるまい」 (9.19東京) と応じた。
香港国家安全維持法は現代の治安維持法だ
香港で「言論の自由」が危機こさらされている。反体制活動を弾圧するする国家安全維持法(国安法)が6月30日に施行されて以来、香港の状況は一変した。「言論の自由」に対する抑圧・侵害が相次いでいるのだ。
中国政府批判で知られる香港紙・りんご日報(アッブルデイリ一)の創業者の黎智英氏や民主活動家の周庭氏が逮捕されたり、教科書から1989年6月の天安門事件など中国の「負の歴史」に関する記述が削除されたりもしている。97年の香港返還以降、政府批判を理由にした逮捕はほとんど例がなかった。中国共産党の宣伝機関であるメディアは、 香港の民主派を「売国奴」と批判する社説を掲載。まるで戦前日本の治安維持法の現代版と言える国安法など、「恐怖」による専制主義統治をもくろむ香港・中国政府のかたくなで頑迷な意思がうかがえる。
香港ではでは英国の植民地時代よりも「自由と権利」が中国共産党政府によって脅かされている。これは紛れもない事実だ。この中国政府の抑圧が、彼らに「香港人」という強烈なアイデンティティーを呼び覚ましているのだ。
英フイナンシャル・タイムズ紙(7. 7)ギデオン・ラックマンの「中国は間違いなく香港が豊かでダイナミックな発展を続ける部市であってほしいと考えているだろう。民主化を求めるデモと混乱が続いた香港を、中国政府が無政府状態から教おうと本気で思っている可能性さえある。ただ残念ながら、中国政府が今回とった措置は、ベトナム戦争中にある米軍将校が語ったとされる言葉を思い出させる。『この村を救うために、この村を破壊しなければならなかったのだ』」一 との論説は皮肉で鋭敏な中国批評といえる。
朝日は社説(8.13)で「中国が香港の自由を押しつぶそうとしている。…この露骨な弾圧を、国際社会は看過してはならない」と述べ、東京社説(8.20)もまた「香港民主派は今や崖っぶちに追い詰められている。日本を含め国際社会は中国による香港弾圧に強く抗議すべきだ」と論じている。だが中国政府はこうした批判を「内政干渉」だとして一顧だにしない。
当初9月6日に予定されていた立法会選挙は、香港政府によって来年9月以降に延期された。それは香港政府とその背後にいる中国政府が、いかに民主派を恐れているかを示している。中国共産党とそれに追従もしくは黙認して偽善的態度をとるネオ・スターリニストは、民主主義を拒絶し自由を抑圧して自滅した、旧ソ連一東欧「社会主義」のぶざまな姿から何一つ教訓を学ばなかったようである。
立法会選挙への立侯捕を阻止された何桂藍さんは「諦めず、妥協せず、闘い続ける。抵抗こそが、ただ一つの活路だ」と語り、まったく怯む様子をみせない。いま香港の若者たちは、逮捕されれば退学や職を失いかねない。そういう自らの将来をリスクにさらしてまで、権力に抵抗し自由を取り戻す意志を貫こうとしている。その思いにあなたは胸が熱くならないか?
日本からも国際連帯の闘いで応えよう
苦境に立たされている彼ら彼女らの痛みと 困難に、私たちは思いを馳せたい。抗議デモが一旦力で押さえ込まれたとしても、誰も締めない怯まない。自由を求める香港の人々の願いは根絶やしになどできないからだ。再びマグマのように噴出するに違いない。もし世界を変えたいというなら、香港の自由が眼前で奪われていくことに黙っていられるのか。
私たちはいま、世界で現実に起きている草の根からの抵抗や反乱、蜂起にどう向き合うか―。現実に背を向けて未来は語れない。無関心や冷笑ではなく、国境を越えた連帯こそが世界を変える!
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企画案内】BLM運動は未来を変えるか
~大谷行雄 元ブラック・パンサー準党員に聞く/池袋
人種差別への怒りの抗議/反乱する米国ブラック・ラディカリズム
■ 日時:2020年12月12日 18時~
■ 会場:としま区民センター
東京都豊島区東池袋1丁目20−10
JR他各線「池袋駅」(東口)より徒歩7分
■ お話:大谷行雄さん(元ブラック・パンサー準党員)
■ 連絡先:反資本主義講座(LACC)
Tel:090-1429-9485
全米に燃え広がり世界にも波及した「ブラック・ライブズ・マター」(BLM 黒人の命も大切だ)運動。「我々は自由を求める」ブラック・ラディカリズムの源流とは?1968年に来日したブラック・パンサー党が私たちに呼びかけたメッセージとは?
私たちは米国の黒人差別について、また黒人の闘いについて、何一つ知らないと言っていいほどだ。この集いを企画したのも、まったくその理由による。まず私たちは「知りたい」と思った。大谷さんに「聴きたい」と思った。
そして、「私たちは(どこかで)つながっている」(小田実)-ことを、時空を超えて今、あなたは「知る」ことができる。越境する連帯が世界を変える!
(チラシ文責・原 隆)
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