1990.10 西成・釜ヶ崎 第22次暴動

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 民衆の不満による「暴動」はよその国の出来事だけではない。これは当時のマスコミ用語で「西成暴動」と称された映像。前回までの21次にわたる労働者の暴動により、行政も一定譲歩、それまでの暴力団や企業による日雇い・野宿労働者への搾取・暴力支配を黙認する姿勢から転換したこともあって、70年代を最後に17年間ものあいだ暴動は沈静化していた。

釜ヶ崎 第22次暴動

 ところが釜ヶ崎のど真ん中にある西成警察署の刑事が暴力団から賄賂を受けていたことが発覚。
 いわば日頃自分たちが搾取・ピンはねされているヤクザと、それを取り締まるべき警察官が裏でつながっていたことになる。貧困と生活苦と重労働にあえぎながら、常日頃から積もりに積もっていた警察官(日雇い・野宿労働者に対して横柄で差別的な態度をとることが多い)への不満と、ヤクザへの怒りがここにきて爆発。

釜ヶ崎 第22次暴動

 労働者たちは西成警察署前に集まり謝罪と説明を要求して警察とにらみ合い、やがて6日間にわたる労働者VS西成署の激しい暴動へと発展していった。大阪府警は自分たちの不祥事が原因のため、最初はマスコミの目を気にしていたが、暴動後半は無抵抗な高齢の労働者を取り囲んで激しい暴行を加えるなどの強攻策をとり、その一部始終が日本中にテレビ放映された。

 今日現在、これが日本国内で発生した最後の暴動である。行政や警察もこの時の教訓を忘れかけているようであるが、今後、格差・貧困・差別・弾圧が強化され続けたら最後はどうなるかという見本であろう。今度おこる時は全国規模になっても知らないよ!

って書いたら、直後に暴動が発生(驚)↓。しかもその理由が酷い!

釜ヶ崎 第24次暴動(2008)