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このサイトについて

出現このサイトはもともと別ページの「管理人の部屋」として作りはじめたのですが、力が入り過ぎて、いつの間にか独立したサイトになってしまいました。まあ、元左翼活動家が15年ぶりに「何か」を発言する(つぶやく)サイトとでも思って下さい。

ここは他人の思想に影響を与えようとか、ましてや組織化してやろうとか、そういうことを目的としたサイトではありません。また、私と価値観の違う他人様の考え方にからんだり糾弾してやろうという気はありません。(公務員が公務として行った言動などを除く)

各種の理屈や「理論」、「こうあらねばならない」というドグマ(教条)の数々、国家、組織、そして何よりも自分自身(欲・ちっぽけな自尊心・恐怖)そういったものから少なくとも精神的には自由でありたい。そして自分の直感と良心に問いかけ、それを信じて行動できるような自分でありたい。今のところそれだけがこのサイトの方針です。以下、現時点で私の考えていることを述べてみます。

●正しいことは正しいし、間違ったことはどこまでいっても間違っている

良心に問いかけて間違ったことはどうしたって間違っているのだと思う。一般人の良心に反する主張はそれゆえ広がりを持たない。その思想の信奉者や組織、日本やその他の特定の国だけで通用する正義などあってはならない。それはエゴだ。まやかしだ。いくら「正当化」のための理屈をこねてみたってだめだ。最低限「同じ境遇にいたなら自分もそうしたかもしれない」。そう思えなければダメだ。そのことに右翼も左翼も関係ないのだ。

たとえばあるページの作者が生徒の時代、先生から「お年寄りには席を譲らなくてもいい」と教えられたそうである。なぜなら「今の年寄りは戦争に協力して人を殺してきた世代だから」「これからの日本を担う罪のない若い君たちこそが座るべきだ」と。これはおかしいだろう。百歩譲って「人を殺してきた世代」だとしても、なんで世代全体が集団で迫害や軽蔑を受けなくてはならないのか。
この作者の方は「左翼教師・日教組」の実例としてこの話を書いている。そしてこの方は今では反左翼的内容のページを作成しておられる。(実はこれは日教組や左翼というより、昔の「ヒッピー」や「フーテン」といわれた種族がよく親の世代への批判として展開していた理屈なのだが)一般人の良心に反する言動が運動や思想を衰退させていく好例だ。

また、私の友人は、暴走族などの「荒れた」生徒が右翼に入り、街宣車で「日教組撲滅」を叫ぶのを見て、いつも「馬鹿だなあ」と言っていた。彼自身も高校時代は「荒れた」生徒だったのだが、ちゃんと生徒の言い分も聞いた上でしか怒らない、親身になって相談にのってくれる数少ない「いい先生」は「みんな日教組の先生だ」というのだ。彼はそんな先生の努力や助言で立ち直り、今でもそんな先生達を慕っている。
当時の学校と言えば、生徒のこまごまとした日常生活やささいな身なりまで校則でがんじがらめにし、介入するのが日常だった。「なぜいけない?」という生徒の問いかけに、「校則で決まっているから」以上の内容を語れない先生ばかりだった。そのために校則がどんどん肥大化していった。日教組の中の一部の先生は、こういった風潮に反対して先生同士で研修会などを開催し、事例を持ち寄って、討論を重ねていた。彼が出会った先生もそんな一人だったのだろう。
実は私もこの世代に属するので、「日教組の先生」と言えばドラマの金八先生みたいな「熱血教師」を連想してしまう。そして彼も私も左翼や日教組に対して全然抵抗感がない大人になった。
もっと言うなら、日教組でもなんでもない、逆にすぐに生徒をぶん殴る「体罰先生」もいた。私もよく殴られた。でも生徒のことを親身に思っている心情が時として垣間見える、そんな先生だった。私はその先生を、どんなに殴られても嫌いになれなかった。今でも「体罰」と聞いてもすぐに「悪」とピンと結びつかない。そんなものなのだ。理屈ではないのだ。

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●それは「愛」(えーい、笑わば笑えぃ!(^_^;)

今の私に人の思想をどうこう批判する資格はない。だが左翼は左翼なりに、右翼は右翼なりに「愛」をもって欲しい。それも「日本」などと狭い視野ではなく、全地球の人間、そしてできるならすべての生物に対して。そして愛という名の自己の良心に問いかけて欲しい。自分の今していることは正しいのかと。どこの国や地域でも通用する「正義」なのかと。

理論ではなく、理屈ではなく、信奉するドグマではなく、自己の良心に問いかけて、それでも「愛」ゆえに人を傷つけにいくのなら、もう私は何も言わない。決して同意するとか反対しないという意味ではないが、人はキリストや釈迦ではないからそういう場面もあるだろう。
パレスチナの人々に「イスラエル軍に石を投げるな」とは誰も言えない。自分が何もしていないのに家を破壊され、親兄弟や子供を殺されても無抵抗でいる覚悟が普通の人間にあるだろうか?その覚悟もないのに「石を投げるな」と言う人間がいたなら、それは偽善者だ。

だが内ゲバで人を傷つけに行く君よ!それは本当に君の良心からの行動なのか?
天皇を尊敬しないと言って人を脅かす君よ!その理屈がどこでも通用すると本当に信じているのか?全地球からみれば天皇だってたった一人のちっぽけな人間だ。それを尊敬するのも完全に自由なら、しないも自由。君が代や日の丸だってそうだ。警察や行政処分や有形無形の圧力や暴力で強制することが本当に「正義」だと(理屈や理論ではなく良心から)信じているのか?

そしてイラクの米軍達よ!君たちは本当にイラク人を愛し、イラクの歴史を尊敬しているのか?
「自由主義者」の連合軍はイラクを踏みにじり、占領した。当初は解放軍と歓迎されながら、イラク人が喜びにあふれて各地で立ち上げた復興のための自主組織を「反民主的」の名の元につぶして回った。そして自分達がお気に入りの、西欧に亡命していたイラク人を中心に名前だけの「統治評議会」を作らせてイラクに押し付けた。そうして君たちは「解放軍」から「占領軍」になった。イラクの人々にとって、ただ単に罪のない家族を空爆で次々と殺した殺人者に成り下がったのだ。そして私達日本もまたその占領軍の一部になったのだ。
占領軍が「遅れたイラン人に自由主義を定着させる、民主化してやる」という見下した態度でいたことは明らかだ。それは君らに抵抗したイラク人への組織的な拷問や虐待を見ればわかる。言い訳はできない。それでもブッシュ氏を筆頭とする君たちが「イラク国民から歓迎される」と考えていたのなら、あまりに想像力の足りない、心に「愛」のない、空っぽの精神だと言わざるを得ない。

ラムズフェルド氏のイラクでの演説を聞いた時、この人にとってイラク戦は「自由と正義の崇高な闘い」ではなく、自分の「理論」の正当性を証明するための実験(ゲーム)でしかないと心から実感した。実験材料は「人の命」だ。
君たちは氏の演説を間近で聞きながら、何の疑問も感じなかったのか?そこまで人の心を失ったのか?
イラクの人々の反感はやがて憎悪となり、憎しみは報復の連鎖を産む。そして「敵地」で憎悪に囲まれた君たちは、人間の心を失い、生き残るために獣の本能だけが残り、そしてモラルが崩壊していく。そしてますます憎悪に囲まれていく。君たちは一度ベトナムで経験したことではなかったのか?

●わかってくれとは言わないが・・・

管理人は自己紹介ページでもカミングアウトしている通り、元左翼組織の活動家だった。組織を離れたのは何も高尚な考えからではなく、単に自己の主体の弱さからだった。
これは組織を離れた者でしかわからないし、わかってくれとも言わないが、その直後というのは本当に苦しいものだ。立ち直るのに数年かそれ以上かかる人もざらにいる。長い人生のうちのほんの数年にすぎないはずなのに、そこに自分の人生が凝縮されていたような気がするものだ。そしてそこから離れた自分をもてあまし、整理して再び歩み出すには大変な苦しみが伴う。
よく左翼からいきなり右翼になってしまう人がいる。あの気持ちは活動家時代にはよくわからなかった。世間では「極端が好きな人なんだろ」とか軽く言うが、今はその気持ちもわかる。かつての自分の思想や行動が間違っていて、そこから離脱したのだと思えばとてもすっきりするのだ。そして真面目な人ほど、その責任から過去の自分の行動を清算し、攻撃することで「罪滅ぼし」をしようと思う。私だって、あまりの苦しさに、一時は宗教団体の集会に通ったことさえある。

ここまで書いてきたことは、現時点での私の「精一杯」である。
不十分なことはわかっている。だが誰かが私が前に進むために道の岩をどけてくれるわけではない。今はただ「歩く」のみである。

「どこに向かって?」本来はそれを教えてくれる「導きの糸」が「理論」のはずだ。そういう世界を統一的に説明できる理論への希求はもちろんある。だがその道標やガイドブックには、時として「目の前の蛙をふみつぶして進め」みたいな記述が出てくることがある。「北西風が吹き荒れますが、負けずに進みましょう」くらいなら容認できるとしても、「途中で邪魔になる村はすべて焼き払って進みましょう」くらいになると、それが正しいことなのかどうか?今までの私はそれを「理論的に」検証しようとしていたのだと思う。
とりあえずそれは一時棚上げだ!今は自分の良心と対話しながら、それをガイドブックとして、また導きの糸としてとりあず一歩進む。
ただこの「個人の良心」というガイドブックはあまりに近くのことしか書いていない。体系的な理論が世界地図だとすれば、町内会の地図みたいなものだ。見当違いの方向に進んでいるかも知れないし、そのうち行き詰まって自己撞着に陥るかもしれない。しかしいいこともある。世界地図に比べて格段に縮尺が大きいので、落とし穴や泥沼などの間違った方向に陥ることも少ないのだ。

●しょせんは「自分」か?

ここまでを読み返してみると、一見、立派なことを言っているようで、しょせんは「自分」というものへの強烈な執着に満ちていることがわかる。

「けっ!御大層なことを並べやがって、結局は自分・自分・自分かよ!」

その通りです。私も近代的な自我に縛り付けられた、資本主義社会の時代の子です。
でもいいんです。とりあえずそのことに気がついているから。
蛸壺から外に出てみることにしたから。

いつの日か「自分」という存在からも自由になれることを目指して!
全地球の人々が「自分」らしく生きられる日がくることを信じて!
「みんな」と「わたし」の分裂が止揚される時がくると信じて!

一人がみんなのために!みんなが一人のために!

草加 耕助

投稿者の記事一覧

当サイト『旗旗』の管理人。建設現場などで働いています。10代からの数年間左翼活動してましたが、現在は特に何ということもない普通のおっさん。今は休みの日に集会などにぶらり参加。そこで知り合った人たちと個人参加者の互助会的にジグザグ会、三里塚勝手連などを名乗りゆるく楽しく連帯中。よろしければご一緒にいかが?。個人としての目線を大切にしていきます。

コメント

    • 浪人
    • 2005年 2月 13日

     初めてこちらのサイトを拝見しました。マル共連に時々書き込みをしている者です。運動を離れて自分なりの総括作業中の私にとって、所属団体が違うとは言え、参考になりました。今後とも精力的なご活躍をなさって下さい。

    • 長月 凛
    • 2005年 3月 14日

    はじめまして。ボクも漫画喫茶で書いてます笑

    元左翼の方のページというのも惹かれましたが(謎)ちょっと相談事があって書かせていただいております。(ちょうど大阪府警ネタだったので)

    先日、車を運転中交差点に差し掛かり、信号が青色から黄色へと変わったので、
    左右と後方安全を確認し、
    「このままブレーキを踏んでも交差点内。停止線までに停まろうとするなら後方から追突の可能性が・・・」
    と思った為、アクセルを踏み信号をやり過ごしました。

    すると、パトカーのサイレンが・・・

    警察官の言うには
    「赤信号無視」
    の一点張り。

    ボクとしては、後方からの追突を回避する
    ために踏んだのにもかかわらず、聞く耳持たずでした。

    こんな時はやっぱり、後ろから追突されようとも
    赤信号を守らないといけないのでしょうか?

    書く場所が違うとは思いながら、どうしても
    聞いて欲しくて書いてしまいました。

  1. >こんな時はやっぱり、後ろから追突されようとも赤信号を守らないといけないのでしょうか?
    そう尋ねられましても(苦笑
    それこそ小倉先生か、地元の弁護士会に尋ねたほうが早いかと思います。各単位弁護士会にて、定期的に無料法律相談を行っているはずですので、まずはそこで見通しなどを相談してから、正式依頼などされるのが常道かと思います。あるいは弁護士会で交通事件に詳しい弁護士を紹介してもらって、直接相談に行かれるのがよいかと思います。相談だけなら5千円程度で受けてもらえるはずです。各弁護士会への連絡先はこちらに一覧があります↓
    http://www.nichibenren.or.jp/bengoshikai.html

    また、どうしても納得ができない、本気で闘いたいとお考えでしたら、「人権110番」を強くお薦めします。ここは長月様の事例のような「警官による反則切符の押し付け」との闘いで多くの実績をあげています。
    ◇人権110番(http://www.t3.rim.or.jp/~330206a/index2.html)
    ◇ザ・警察対抗法(http://www.t3.rim.or.jp/~330206a/jikenbo/vs_keisatu/police.html)
    ただしここは甘くない。本気で自分の人権を守りたい、そのためには裁判も労力も厭わないという「本気の人」を援助する互助団体です。「無料相談所」とか「自分の変わりにやってくれるボランティア」とか思っていたら、説教されて追い返されます。逆に「本気で闘う、自分で闘う」という気概があるんなら、力強い味方となってくれるでしょう。
    なお、もし現場で違反を認めてサインしているんなら、基本的に「事件」としては終わっています。あとは「処分」を軽くする以外にやれることはありません。納得できないなら、認める(自供する)ことは絶対にしてはいけません。したらそこで終わりです。

  1. 2005年 3月 27日
    トラックバック:美しい日本

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