ウィ・シャル・オーバーカム (We Shall Overcome)

 最近はこのブログもアクセス数で「由紀子の日記」に抜かれ、少しいじけぎみの日々ですがいかがおすごしですか。今日はミクシィ日記からの逆輸入です。世間一般的には知りませんが、このブログの基準では、「由紀子の日記」さんの分類でいう「ゆるい話」に属します。

 昨日の芝公園での脱原発集会に参加してきた際、「旗旗7号」と名づけた手押し宣伝カー&ミニサウンドデモシステム(ストリートミュージシャンなどが使っているアンプを母体に改良したもの)をゴロゴロと押して歩いてきました。

画像アルバム ☆動画報告

 今回も、「四大学共闘」の大先輩の皆様(ネットを通じて40年ぶりに再結集した全共闘OB)に合流させていただくことにしました。んでまあ、ちょっと懐かしいものも入れておこうと思い立ちまして、まさに出かける直前に「We Shall Overcome」をウォークマンにダウンロードしていきました。ただ、デモでは四大学OBのご高齢の皆様は、よく新左翼系なども入る最後尾の「その他」隊列ではなく、先頭の市民隊列の一角に入られました。

 それは無難で妥当な選択だとは思うのですが、なんつーか、とりわけ市民運動畑の人やご高齢の方々は、サウンド関係(とりわけ大音響の)をうとましく思われる方が多いらしく、私が反戦系のロック音楽とかを流していると「うるさい!」とまで言われて恐縮することもあります。このままでは今日は「旗旗7号」の出番がない。

 でも私らの入った隊列は、楽器などの鳴り物や、勇ましいシュプレヒコールもあんまりない静かに歩くばかりのデモでして、現場では主催者や長年活動してこられた先輩方をたてて「なるべくでしゃばらない」が信条の私ですが、後方の別隊列のコールにあわせ、「旗旗7号」をトラメガ代わりに精一杯、私なりに盛り上げるようにしました。沿道の私服ににらまれて、ヘルメット姿で全共闘やら三里塚の旗に囲まれた私は「ヒィー、俺は指揮者じゃないですよー」とかビビりながら歩いておりました(笑)。

 そのうちあんまり張り切りすぎて、喉が痛くなった私は、コールを休んで一曲くらい流そうかなと思い立ちました。コールの合間に時々おとなしい目の曲をはさむスタイルでいけばいいんじゃないかと。そんでここぞとばかりに「We Shall Overcome」を大音響にならないよう小さめのボリュームで流してみたんですね。

 それでもそばにいたマイミクの中野由紀子さんから、「ちょっとボリュームが大きすぎるんじゃない」とか苦言を呈される始末でして、トホホと思って音を小さくしようとしたら、中野さんが「あれ?」とかいう様子でキョロキョロしながら「みんな歌ってる……」とかおっしゃる。

 えっ?とか思って周囲を見渡してみると、四大学共闘の皆さんとか、市民隊列の中でも60代以上のおじさん、おばさんたちが、大きな声ではないけれど、みなさんつぶやくように、♪ウィシャルオーバーカム サムディイイ とか口ずさんでおられる!ええっ、歌えるの?英語曲なのに?しかもフルコーラス?!心なしか皆さんちょっと遠い目(笑)。中野さんが「これはいい、もっと『懐メロ』を流せ」とか何気に失礼(?)なことをおっしゃるので、ジョン・レノンの「POWER TO THE PEOPLE」を流したら、それはまったく受けなくて、周囲に集まってきたおじさんさんたちがささっと離れていった。比較的(笑)若い世代の中野さんだけが、おじさんに囲まれて一人だけノリノリだった。

 その後、元気になった(?)四大学共闘の皆さんは車線をこえて道路いっぱいに広がり、警官が飛んでくる場面も。ところがせっかく四大学共闘が先頭で切り開いた場面なのに、後続の市民隊列の皆さんが続かず、あっけにとられてちんまりと左端によっているのをみて、四大学の一人のおじいちゃんが、「早く広がるように先導しろ」とか私に言われました。ええ~っ、そんじゃ俺が扇動した首謀者に見えて逮捕されちゃうじゃんか(笑)。

 なんだかんだで、私も東電前では喉がつぶれるほどに盛り上がりまして、ちょっとゼイゼイ言ったりしてますと、一人のおじさんから「なあ、また We Shall Overcome かけてくれよ」というリクエストがありました。市民隊列や高齢の方から「やめろ」と言われたことはあっても、「音楽流して」と言われたのは初めてです。んで、別バージョンのちょいアップテンポのやつと2バージョン続けて We Shall Overcome 流しました。

 解散地点について、公園内でも後続部隊が次々と入ってくるのを見ながら、いろいろと音楽を流していましたが、やはり「We Shall Overcome」をかけると、周囲にいる見知らぬおじさんやおばさんがスルスルと近寄ってきたり、じっとこちらを見つめてたりする。そんでよく注意して見ないとわからないんですが、皆さん遠巻きにしながらも、あっちこっちで小さく口ずさんでいるんです。なんかすげえ光景。

 夕方からの国会包囲行動も終えて、駅に向かいながら、最後にまた「We Shall Overcome」を流しながら歩きました。そしたら結構みんなニコニコしながら見てくれる。忌野清志郎の歌でもこんなことはなかったのに。駅の入り口について電源を切ったら、なぜかそのまま歌が続いている。なんと後ろから歩いていきた一団が、いっしょに大きな声で合唱しながらついてきてたんです!私が荷物を片付けていますと、みなさん私に手をふって、そのまま歌いながら駅の中に消えていかれました。なんかジーンとした。

 そういえば、森山良子さんのアルバムに「“ウィ・シャル・オーヴァーカム”を歌った日」という青春を懐かしむ曲があったなあと思い出しました。私ら左翼にとって、いろんな記憶がどっとよみがえるような思い入れのある曲と言えば「インターナショナル」ですが、昔からの市民運動の方にとってはそれが「We Shall Overcome」なんでしょうね。そんで、左翼でも70年安保からやってる人なら普通に歌えてしまうくらい何度も聞いた曲だということでしょうか。

 やはり英語曲のせいで、その後の市民運動の中で歌い続けられるにはムリがあったと思いますが、最近では訳詩曲では定評のある中川五郎さんが、反原発運動のなかで気軽にみんなが歌えるようにということで、歌詞の「We Shall Overcome」の部分を「大きな壁が崩れる」に直して歌っておられます。(→YouTube映像)これはこれで素晴らしいのですが、原曲を愛した人間には違和感があるのは仕方ない。

 思うにこの曲は、サビの部分より歌いだしの「We Shall Overcome someday」の部分がすべてなんですよね。ここを日本語にしてしまっちゃいけないというか、ここを訳したらもうそれは別の曲になってしまうわけです。その上で(私たち日本人から見て)元の曲を超えるような名曲にすることは、いくら意訳の達人中川五郎さんでも難しい。新しい曲として受け入れるにしても、元の曲をおぼえていて思い入れのある人が多すぎる。

 この歌いだしの部分を英語のままにしますと、もうあとの部分を訳詩にできない、する意味がない。訳詩でもサビの部分だけは英語のまま残すというやり方もありますが、この曲に関してはそれができない。一番ポピュラーな高石友也さんのカバーでも、この曲は英語のまま歌っていて、最後に自分の訳詩を4番としてくっつけるという形になっています。まあ、それが一番いいのかなと思います。

 しかしこんなに受けるとは本当にびっくりです。思いついてダウンロードしていってよかった。こんなことなら、もっといろんなバージョンをダウンロードして5曲くらい流してあげればよかった。

当日に流したのは以下の二つのバージョンです。


 やはり最初のオーソドックスな Joan Baez バージョンの方が、若い人を含めて受けがよかったかな。やっぱりこの曲は澄んだ女性の声で歌うのがいいみたいですね。

 エントリ中ごろに貼ってあるYouTube映像は同じ Joan Baez の2009年の映像です。若いころの持ち味である伸び上がる高音が出せなくなって、コーラスに助けられてはいますが、40年たっても観客を惹きつける、この貫禄やカリスマ性はさすがですね。
 ちなみに森山良子さんは当時「日本のジョーン・バエス」とか言われていたんだそうです。

以下でいろんなバージョンの「We Shall Overcome」が聴けます
We Shall Overcome もろもろバージョン

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コメント 3 件

三浦小太郎 より:

ジョーン・バエズの歌うこの歌は思想どうこう関係なく泣ける
http://www.youtube.com/watch?v=PX7M9psH0rM
ウッドストック・フェスでのライブで、労働組合を指揮して殺された指導者、ジョー・ヒルを歌ったもの。後、アメリカの労働組合運動のすさまじさは「ホッファ」という映画がまざまざと教えてくれました。ジャック・ニコルソンの演技もすごかったので、未見でしたらレンタルしてご覧になることをおすすめします。
そういえばこの方も今でも歌っているんだろうか
http://www.youtube.com/watch?v=hs4s7LrAuMo
よく永遠に聴きつがれる名曲、という言葉があるけど、ある意味アジびらと一緒で、その時代にあまりにもぴったりはまってしまっていて、その時代でしか理解できない曲というものもあるように思います。それはそれで価値のあるものでね。30万を超える観客の前でギター一本で堂々と建つ姿は実にかっこいい。それはこの曲のメッセージに私が共感するかしないかは全然別の問題で、思想とは関係なくかっこいい姿というものはあるのだ。
ついでに言うとこのウッドストック映像で最高なのは個人的にはザ・フー。高校3年にリバイバルで映画館で観たとき、こんなすごいバンドがこの世にあったのかと思った。

三浦小太郎 より:

私の尊敬するジャーナリスト、高世仁氏のブログです。
高世氏は決して原発推進ではなくむしろ危険性を指摘している人ですし、福島復興についても良心的な番組を作ってこられたと思います。同時に、安倍政権にも極めて批判的です。しかしその方が、山本太郎氏の言説に対し、反原発運動に帰って不味い影響を与えるのではないかという批判をしています。
草加さんたち反原発運動の人にも読んでほしいと思い、おせっかいとは思いますが紹介します
この主張は過ちであると判断されたか、また、このブログにはふさわしくないと思われたら、この投稿は削除ください。

山本太郎氏の当選に思う
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20130725

山本太郎議員への疑問
http://d.hatena.ne.jp/takase22/20130821

草加耕助 より:

読ませていただきました。

別に私はそんなに山本さんを手放しで持ち上げているわけではなくて、一歩引いたところと言ったらいいのか、ただ同じ反原発の意見を持つ仲間という以上の感覚はありません。もちろんその勇気や努力や行動力には敬意を表しますし、個人で大政党に挑んでの当選には単純に溜飲が下がる思いがしたことは事実です。

その上でまず、山本さんが反原発の原理主義者で、彼が市民運動で力を持つと、かえって運動を分裂させるかもということについては、そうなるかもしれないし、ならないかもしれないとしか言えないでしょうね。そのへんは内部の意見の違いや相互批判をどう健全に処理するかという、運動としての成熟度がためされると思いますが、山本さんは、「押しかけ応援」を繰り返した中核派に、勝手に来てくれているだけと、受け流して特別な反応をさけたり、それに対して自分を攻撃した共産党候補には「同じ反原発派」とエールを送ってその当選を喜んで見せたりと、結構したたかというか、今のところバランス感覚はあるように思えるので、まだそんなに心配はしていません。

次に山本さんの立場は、反原発運動の中でも反被曝の潮流に属していて、これは原発推進や当面は維持という立場の方から、往々にして「放射脳」などと侮蔑されることも多いです。ここはあまり私には、高世さんも山本さんも批判するだけの知識がないので論評はひかえますが、一つ言うとするなら、高世さんは避難地域外の原発周辺地区で、そこに残って生活しようとする人の例だけを語って山本さんを批難しますが、一方で自主的な避難を希望したり、すでにしている人もいるというか、反原発集会でお会いするのは、そういう人のほうが圧倒的に多いわけです。こういう方々のお話をお聞きしますと本当に悲惨で、単純になんとかしてあげたい、国や東電は何をしているのかと強く思ってしまいます。むしろ高世さんがあげているような方は、国の「除染・復興」というレールにのっているだけ保護(の可能性)があり、逆に自主避難組の方々はやっかいものとして何の保護もなく放置され、時に罵倒すらされてきたわけですから、山本さん一人くらいその代弁者や味方がいてもいいではないかと思います。

自主避難組の方から聞いたところでは、現地ではこの話題はタブーで、近所や親戚でもしないそうです。するとどうしても喧嘩になってしまうからだそうです。高世さんの文書を読むとそれもわかりますね。ただ私は高世さんの文書は、山本さんを非難しているというより、まるで集会場で出会った悲惨な自主避難組の方々をさらに鞭打っているような気がして、そういった方々の顔が思い浮かび、読みながら心が痛みました。山本さんの主張が残留組を鞭打つというのなら、その逆も言えると思います。残った方々やその判断をどうこう言うことは私にはできませんし、その方々のために何らかの施策をほどこすということを邪魔する気もありません。でもそれと同等くらいには、避難を希望する方々の判断も尊重してほしいと思いました。


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