イタリアの反ファシズムバンドのメンバーがドンバスから訴えるネオナチ問題:この8年間の虐殺に無関心な人への怒り

Ramiro-Gomez in Donbass
Ramiro-Gomez in Donbass

by 戸田ひさよし

 ウクライナのネオナチ問題について、戸田が非常に重たいと感じた重要な報告を是非紹介させてください。

◆筆者のラミロ・ゴメスは、パレスチナ、ニカラグア、エルサルバドル等の民衆闘争に共感して1987年に活動開始したイタリアのスカ・パンクバンド=「バンダ・バソッティ」の反ファシストキャラバン「ルベン・ルイス・イバルリ旅団」のメンバーである( ウィキペディアなどから)

 彼は「プーチンや今日のロシアに同調するつもりはない。とんでもない!」という心情の人であると同時に、ウクライナの実状に詳しく、ネオナチの残虐行動を傍観するに忍びなく東部のドンバス支援で現地に駆けつけて生活する中でこれを書いている。

 これを掲載している「寺島メソッド翻訳NEWShttp://tmmethod.blog.fc2.com/ は、チョムスキーらとも親しい英語教育の大家である元岐阜大学教授寺島隆吉氏のサイトで、「大手メディアに載らない海外記事を翻訳、紹介する」ものです。

※このサイトや寺島先生はQアノンなどのトランプ賛美や「ディープステート(DS)が存在して世界を支配している」とかの類いの妄想論とは無関係で安心できると思います。 

▲昨今、「ウクライナではネオナチ軍団が跋扈して住民虐待虐殺を続けてきた」と指摘すると、少なからぬ左派や反ヘイトの人々までが「それはフェイクだ」、「大きな問題ではない」、「2014年政変はネオナチクーデターではない」、「オデッサの虐殺は無かった」、などと考える傾向があるようです。

 取りあえず「断固反ファシズム!」の立場で活動してきたイタリアミュージシャンのウクライナ現地での体験からの訴えを聞いてみて下さい。
(抜粋紹介。それでも長文ですが、ぜひ原文見て!
  ↓↓↓↓
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The Hypocrisy of a Leftist “No to War” that Comes too Late
「No To War」と叫ぶ左翼陣営の欺瞞。今それを言うか!

INTERNATIONALIST 360°2022年2月28日
ラミロ・ゴメツ(Ramiro Gomez)
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ>2022年3月12日
http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-822.html

  ↓↓↓↓
「これでドンバスの人々は、8年ぶりに避難所を出て、体を吹き飛ばされる心配なく子供たちと公園で遊べるようになる。」

 こみ上げる怒りと憤激を何とか押さえつけながら、私は今この記事を書いているが、ロシアのウクライナへの反撃に対する西側諸国の左翼や、一般の人たちの反応はいったい何なのだ!

 (中略)

 あなた方は「テレビが操作しているのだ」と口を酸っぱくさせながら言う。
 しかし、西側メディアが奏でるリズムに合わせて踊ることをあなた方はやめない。

 (中略)

 また、これはどうだ。2022年2月現在までに、パレスチナ、ダマスカスにおいてイスラエルの爆撃による死者が出ている。イエメンやソマリアでもそうだ。しかし、あなた方の「NO TO WAR!」のプラカードは忘れ去られたままだ。

  (中略)

 私が焦点を当てたいのは2014年にウクライナで起こった戦争だ。それに対して、あなた方は気の抜けた「NO TO WAR」のプラカードを掲げていない。8年後の今頃になってそれを持ち出している。

 誰しも、ぼーっとすることはある。過ちだって犯す。しかし、その「過失」次第では、手が付けられない事態が進行している可能性だってある

 (中略)

 最初に、これからチョロチョロ顔を出すかもしれないネズミどもに警告する意味も含め言っておこう。

 私はプーチンにうんざりしているし、そしてロシアはソ連ではなく、今のロシアの諸政策はソ連の過去とは何の関係ない、と。私はロシアに焦点を当てるつもりはない。そんなことをすれば、バランス軸を間違えるし、結果的に(西側によって)操作された立場に身を置きかねないと考えるからだ。

 私が焦点を当てようと思うのは、愛するドンバスの人々だ。

 2013年に政治的腐敗に対する社会的反応だと考えられたマイダン運動が起こったとき、ドンバスの労働者や鉱夫たちは、共感的にこの運動を捉えた。彼らは、行政から長く見捨てられた都市、首都(キエフ)からも遠く離れた都市の石炭ストに参加していたのだ。ここ(ドンバス)からは、キエフでの大規模なデモの様子や、警察と激しくぶつかり合う様子などの映像も見ることができた。

 (中略)

 警察を攻撃するデモ隊が準軍服で、その盾にナチスのシンボルが描かれ始めた頃から、事態はおかしくなり始めた。きな臭くなってきた。

 赤と黒の旗は、ナチスのステパン・バンデラのウクライナ反乱軍のシンボルであることがわかった。彼は第二次世界大戦でドイツのナチスと手を組み、ドイツ人自身がショックを受けるほど、仲間のウクライナ系ユダヤ人の虐殺を実行に移した人物である。

 どう考えても奇妙なのは、エウスカディやカタルーニャ、マドリードで警察に石を投げればテロリスト同然、ベネズエラやウクライナで警察官を生きたまま焼けば自由のための活動家となることだ。

 実際、この後の出来事は誰もが知っている通りだ。
 ヤヌコヴィッチ(Yanukovych)大統領(御多分に漏れず、彼も腐敗した人物)がウクライナを去り、クーデターによってポロシェンコのような誰もがファシストと認める人物が政権トップに置かれた。

 ナチスは街頭に出た。
 徐々にはっきりするだろうが、そのような抗議運動は、ブリーフケースに詰められたアメリカドルに支えられ、そのドルを湯水のように流し込んでポロシェンコという戦争モンスターを育て上げたのだ。

 それ以後の暴力は残虐で日常的なものになった。

 彼らがまずしたことは、共産主義者や反ファシストの本部へ行き、それを叩き壊すことだった。武装したナチグループがすべての集会にやってきて、「我々に加わらないなら殺すぞ!」と言った。多くの者が逃げ出し、移動し、他の「同志たち」は、ウクライナ統一を求めてナチスの隊列に加わった。不条理な話だが、そうだったのだ。

 ウクライナの人口構成は非常に多様で、ロシア系が20%、主に東部のドンバスという鉱床地帯に定住している。その他、タタール人、ベラルーシ人、ルーマニア人、モルドバ人、ハンガリー系ポーランド人、ジプシー、ユダヤ人などがいる。

 ウクライナ東部では、スターリンが石炭資源の豊富なドンバス地域の廃鉱に数千人のロシア人労働者を送り込み、鉱山を開発した際、ロシア人とウクライナ人の家族が融合し、憎しみよりも兄弟愛の強い健全な共存関係を築いた。ロシア人の父とウクライナ人の母、あるいはその逆の家庭が、そこではごく普通に存在していたのである。

 しかし、不吉なことが、数年前から起こっていた。

 まず、教育現場では、それまで非国民的な無法者とされてきたステパン・バンデラの反乱軍を歪曲し、「祖国の英雄」として各学校に売り込み始めた(今日では、この野蛮な殺人者たちを象徴する赤と黒のエンブレムをつけた子供たちが描かれた小学校の教科書は簡単に見つけることができる)。

 他方、ウクライナのテレビでは、主要な政治トーク番組から、民族的憎悪の温床が作られ始めた。入念な構想を施し、国民が受け入れやすいように手を加え、ロシア人をウクライナ人が被るすべての経済的悪の犯人として仕立て上げるのだ。
 こういった動きも、「繁栄するヨーロッパ」よりもロシアとの貿易関係を優先するというヤヌコヴィッチの地方政策で一筋縄ではなかった。

このようなトークショーの中で、彼らはドンバスの住民を、大学や近代的な世界を持つキエフのウクライナ人とは対照的に、炭鉱を掘ることしかできない人間以下の猿のように描き始めたのである。民族的な憎悪が絶えず浴びせかけられた。

 インターネット上には、ウクライナの有名なトークショーの司会者が「受け入れがたい事実だが、あの人たちは重荷で、我々を貧しくし、我々本当のウクライナ人が必要とする空間を占領している。言いにくいことだが、ドンバスには死ななければならない人たちがいる。」
と語る映像が流れている。これはそのままネット上に残っている。

 一方、ウクライナのナチス政党であるプラヴィー・セクトールとスヴォボダは、長年にわたり、並行して、西側の資金で武装勢力に戦争と戦闘技術の準軍事的訓練を施してきた。

 マイダンに話を戻すと、こうした戦略の効果は、彼らが期待したとおりの果実をもたらした。ナチスや人種差別主義者の憎悪は、キエフで人種差別主義者、同性愛者、左翼、ソ連の過去を懐かしむ人々へのリンチへと転化した。殺人は毎日のように起こっていた。

 その時、極右の準軍事集団が、コロモスキ(Kolomoski)などの地元オリガルヒの財布から直接高給を得て、正式な軍の大隊として結成された。これらの大隊はドンバスに向かっている。

 これらの編隊が、シンボルや制服でドイツのナチス集団を模倣して行進する一方で、キエフの市民は「ロシア人に死を」「ウクライナに栄光を、英雄たちに栄光を」と唱えながら拍手喝采している。悲劇が漂っていた。

 これらナチスの部隊がドンバスの人々を壊滅させるために移動している間、超国家主義的な市民の過激派は、すべての都市で彼らの法律を押し付け始めた。彼らが最初にしたことは、レーニン像(東部ではすべての町に1つある)をすべて取り壊し、祖国の敵とみなした者をすべてリンチすることであった。

 レーニン像に花を運ぶ老人の頭を、若者やそれほど若くない者が容赦なく蹴りつけるいろいろな場面の映像がたくさんある。こういったやりたい放題の暴力を受けた人たちの大半は死んだ。

 東部出身のロシア系の人たちは、対応せざるを得なかった。

 彼らは、自分たちの立場を示すために、レーニンの広場や銅像の周りに集まり、自衛のための組織作りを始めた。

 多くの国の、何千人もの人々の人生を変えた運命の日がやってきた。2014年5月2日である。

 一触即発の場面のど真ん中にサッカーリーグは、「偶然にも」、サポーターの主流がファシストたちである2つのサッカーチームによる「祖国のための」親善試合を企画した。

 試合前、彼らは全員でウクライナ祖国の統一のためのデモに参加した。このデモのルート近く、労働組合会館の門前には、ロシア系の反マイダン派デモ隊が野営していた。

 ロシアでは、彼らの「聖なる週」はソ連の歴史に刻まれており、労働者階級の日の5月1日からドイツ第三帝国に対する勝利の日を記念する5月9日までが休日で、人々はそれを利用して親類を訪ねたり、小旅行に出掛けたりするのだ。だから、反マイダン派の野営地には年金生活者と若者を中心に数百人しかいなかった。

 ファシストの行進のある地点でルートを逸脱して、一斉に労働組合会館に向かったのだ。それがどのようにして起こったのか、どの工作員たちが関与したのか、言いたいことは山ほどある、
今それを突っ込んだら話は終わらない

 結果は皆知っている。野営地にいた人々は、ウクライナの旗を持ったナチスのあの激怒した集団を見て、労働組合会館の建物の中に避難せざるを得なくなったのだ。

 ナチスは建物を取り囲み、中にいる全員を燃やした。
 16歳を含む50人以上の犠牲者が焼け死んだ。

 他のデモ隊が「ロシア人に死を」と叫ぶ中、ナチスに電話線で絞め殺された妊婦の映像が誰でも見られるように公開されている。

 炎から逃れようと3階から道路に飛び降りた人々は、「無垢な一般市民」の暴徒に鉄棒を突きつけられ、撲殺された。

 実際のデータには、その焼かれた50人のほかに、どこに行ったかわからないまま行方不明になった人が150人も含まれる。

 恥ずべき所業はそれだけでは終わらない。
 なぜなら、その襲撃に何もせずにその場にいた当局が、あろうことか、協力さえしていたからだ。この事件で逮捕されたのは、襲撃された人たちだけだった。
 一方、ウクライナの政治家たちは、インターネット上でこの出来事を公に称賛した。焼かれた同志たちの遺体の画像はひどいものだ。

 また、20代前半のウクライナの少女や少年たちが、仲間を生きたまま焼き殺すための火炎瓶に
ガソリンを満たしている映像もひどいものである。
 あるいは、ウクライナのFEMEN*のリーダーが、燃え盛るビルを背に大虐殺を祝っている画像(Googleで「FEMEN, Odessa」と検索すればすぐにわかる)。

 FEMEN*・・・フェメンは、2008年に設立された、ウクライナのキエフを中心に活動する第三波のフェミニズム抗議団体である。
「ウクライナの若い女性のリーダーシップ、知性、道徳性を磨く」、「ウクライナは女性にとってチャンスの国だというイメージをつくる」などの理念を掲げている。( ウィキペディア)

 この国(ウクライナ)では、ロシア人がいかに悪いか、この戦争に抗議するために今日も街頭に出るべきだと言っているのと同じメディアが、この事件の後、「ロシア分離主義者との衝突で50人以上死亡」という見出しを掲げたのである。

 よほど見下げ果てた犯罪者でないとそんな見出しは出せない。
 犠牲者たちを死刑執行人だと言いくるめようなんて。別に目新しいことでもないのだが。

 この後の展開は予想通りであった。

 ナチスはロシア民間人をリンチし、首を吊り、生き埋めにし、女性を強姦し、人々を磔にした後に火を放った。これらの写真を添付するのは簡単だが、私は病的な状態に陥りたくない。
 さらには犠牲者の友人や仲間に敬意を表し、これらの写真を常に眼前に置かなくても彼らの記憶に刻んでおけるようにしたい。

 しかし、先ほども言ったように、それらの画像は公開されており、探そうと思えば誰でも手に入れられる。私は、このことを否定し、メディアが押し付けるクソのような情報を飲み込むことを好む人間たちの心が変わるとは思っていない。彼らの見下げ果てた存在の中に取り組むべき事柄はたっぷりある。

 ドンバスを占領し、東部にいる人口の20%を絶滅させるというウクライナの言い分を前にして、彼らは家族と家を守るために対応せざるを得なかったのである。

 ウクライナから独立し、ロシアに助けを求める住民投票が行われた。
 例えばクリミアでは人口の97%がロシア人であり、これらの住民投票の結果は予想できた。誰だって、自分を殺したいと思っている国に居たいとは思わない。

 ウクライナ人民共和国の独立宣言が相次いだ。
 ウクライナ軍は宣戦布告し、ナチス大隊(アゾフ、アイダー、等々)は親ロシア派の代表的な都市を包囲し砲撃しはじめた。

 このような内戦や民族戦争は、NATOの対ロシア経済冷戦(秘密の、あるいはそれほど秘密でない場合もある)における非常に重要な飛び地を乗っ取るという計画が隠されていたと言わざ
るを得ない。彼らはクーデターを起こし、西側の傀儡を配置し、ロシアの玄関口に軍事基地を設置したのである。そのために、戦略的に非常に重要な要素が海軍基地と黒海の支配権を持つクリミア半島だった。

 ロシアもバカではないので、すぐにクリミア住民投票を支持して併合した。

 クラマトルスクもハリコフも*軍用砲の包囲に耐えることができず、すぐに屈服してしまった。この後に続くナチスの暴力沙汰は目を覆うほどだった。
クラマトルスクもハリコフも*・・・いずれもウクライナ東部、北東部に位置する都市

 しかし、ルガンスクとドネツクは強くなった。労働者、鉱山労働者、市民、そしてロシア系の警察官や兵士の一部が、自ら組織し、宿泊所を設営、自衛の民兵を結成して武装したのだ。彼らは、むざむざ自分たちが殺されることを潔しとはしなかった。

 ナチスの大隊とウクライナ軍は、これらの都市を孤立させる包囲網を作り、あらゆる人権条約・規約に違反する民間人への無慈悲な爆撃を開始したのである。

 まず最初にやったのは、水道、電気、発電所の爆撃だった。住民を、水も電気もなく、ラジオ、電話、テレビなどの通信手段もないままにした。そして、主要な輸送路を破壊して、食料の供給が受けられないようにした

 あなた方の小さな戦争反対の看板は、あなた方の良心という埃まみれのクローゼットの中で、安らかに眠っていた。国際社会は沈黙したままだった。

 これらの都市は数ヶ月間、最も残酷な方法で暴虐の限りを尽くされた。
 何千人もの人々、老人、子供などが、血まみれの大虐殺の中、体をバラバラにされ、吹き飛ばされた。

 病院も、学校も、幼稚園も、爆撃を免れることはできなかった。
 周辺の町や村も破壊された。
 何十万人もの人々が国外に脱出し、ロシアに迎え入れられ、爆撃から守られた。

 ファシストのサディズムは、ラ・デスバンダの爆撃を行ったフランコ・スペインを模倣している。ルガンスクからロシアにつながる最後の道路で、恐ろしいことが起こった。

 ウクライナ軍はドンバスの市民に対し、24時間発砲を停止し、ロシアに逃げようとする市民がすぐに逃げられるようにすると通告したのだ。

 バスの車列が道路を走り始めた。
 ウクライナ軍は発砲し、車列全体を虐殺し、黒焦げの死体の間にねじれた鉄のくすぶる瓦礫と
化したのである。今、同じ軍隊がロシアによって罰を受けている。鉄で殺す者は、鉄で死ぬのだ。

 私は述べたが、5月2日の出来事は、多くの私たちの心に永遠に刻みこまれた。

 憤怒と正義を求める錯綜した涙の中で、多くの人々がすべてを捨て、ドンバスの人々をファシストの虐殺から守るために自らの心臓を盾として、手を道具として提供することを決意したのだ。

◆私もその一人で、すべてを捨て、恐怖の涙の中、たった一人で飛行機に乗り、数千キロを横断し、ウクライナ軍の包囲網を突破し、ルガンスクに身を置いて、あなた方が忘れた人々に手を貸そうと思った。

 私がそこで見ることができたものを、多くの人はロシアのプロパガンダとしてはねつけてしまう。私が見た恐ろしいイメージと経験を克服するためには、長い時間と多くのカウンセリングセッションが必要となるだろう。
 私は、全身の力を振り絞り、心も体も柔軟にし、死を逃れたことが幾度となくあった。
 私の周りには、それほど幸運ではない人たちがいた。
 子供や老人、罪のない男女の切断された死体や散乱した内臓を目にした。
 あの匂い、あの血、それらの光景は、生涯決して忘れることはないだろう。◆

 ウクライナ軍がドンバスの人々を容赦なく、途切れることなく虐殺し続けて8年になる。

 あなた方みんなが何も声を上げないことで残酷な共犯者となったクソのような8年間だった。メディアもそうだし、今、「NO TO WAR」の、胸糞悪くなるような小さなプラカードを掲げているあなた方もそうだ。

「公式」の民間人犠牲者数は、実数より限りなく少なく、14,000人が殺されたとしている。

 ナチスの大隊は、村全体を占領し、女性や少女を好き勝手にレイプし、家を略奪し、男性を拷問し、母親の前で赤ん坊をレイプする乱交パーティさえ行った。トルネード大隊の実態は、あなた方自身の目で確かめることができる。

 40度の暑さの中、一滴の水もなく、食事も洗濯もできず、ウクライナの爆撃を避けるために隅や地下室、さらには下水道で寝泊まりしながら、彼らと共に生活する中で、彼らがいかに苦しんでいるかを知ることができたのだ。

 ポロシェンコ大統領が「ドンバスの子供たちはネズミのように地下室に隠れなければならないが、我々の子供たちは学校に行くことができる」と言ったとき、すべてのウクライナ人から喝采を浴びた。彼を支持する国民はみんな拍手をした。
 戦時中にプラヴィー・セクトール(Pravy Sektor)*のナチス指導者たちに国防省の役職を与えたのと同じ人々だ。

「自分は無垢な民間人だ!」などと言っても、容赦なく拷問し、殺し、レイプする本物の精神病質者に権力を与えてしまったことの何の言い訳にもならない。

プラヴィー・セクトール(Pravy Sektor)*・・・右派セクター。
ウクライナの民族主義者らで構成される極右政治団体・政党・準軍事組織。
ロシアへの強硬な対抗姿勢で知られる。創設者はドミトリー・ヤロシ。
現在の代表はアンドレイ・タラセンコ。( ウィキペディア)

 さて、かねてからこれ以上の包囲と危機に晒されることを許さないと警告してきたロシアは、行動を起こすことにした。明らかに、自国の利益を守るため、そしてNATOがミサイルと軍隊で武装し、包囲し続けるのを阻止するためにそうしようとしている。

 私は、プーチンや今日のロシアに同調するつもりはない。とんでもない!

 しかし、ロシアに焦点を当てることで、今回の恥ずべき振る舞いの輪に入ることはしない。
 目を完全にふさがなければそんなことはできないだろう。
 そもそも、大きな国同士の地政学的な対立の結果には、長年にわたって他の土地を爆撃し、支配を拡大し続けるために軍を動かしてきた多くの責任ある勢力が関わっているのであって、自らに降りかかってくるものを見た反対側の勢力が軍を動かすのは完全に正当だと私は考えているからだ。

 他方、すでに申し上げたように、ニュースはそう決めつけているからあなた方が急に心配しているこの戦争は、2022年2月23日に始まったわけではないのだから。
 この戦争は、あなた方が傍観したり、見て見ぬふりをしている間に、8年間も罪のない人々を容赦なく殺し続けてきたのだ。

 あなた方の小さな「NO TO WAR」のプラカードは、残酷なまでに遅い。
 NATO主義者の利益に間接的に奉仕しているのだ。

 彼らが求めているのは、途切れなく続いた8年間、私たちの国民が苦しんできた野蛮な行為の操作された共犯者に、あなた方を変えることだ。
 この8年の間、ウクライナはミンスク協定のすべての合意事項を無視した。

 ちょっと頑張って、理解してみてほしい。
 今、あなた方が(喜びで)飛び上がっている姿を見て、私がどんな怒りと憤激を感じていると思われるのか!

 ロシアのほんとうの意図などどうでもいい。
 確かなことは、ついにドンバスの人々が苦しむことと、血にまみれた廃墟の地下室に隠れて暮らすことが終わるということだ。

 実際、このテロリストで殺人者のウクライナ軍は、その基地、火薬庫、武器や爆弾の倉庫を破壊することによって非武装化される。彼らはドンバスに爆弾を落とすこともできなくなる。

 確かなことは、アゾフ大隊のような超残忍なネオナチ大隊は、もはやレイプも拷問も行わないということだ。昨日、彼らはマリウポルの軍事基地で何千人も死んだからである。
 ナチスの指導者たちは排除され、捕らえられた戦犯のリストは非常に長く、ドンバスの人々の前で裁かれることになる。

「キエフの無辜の市民たち」は一日中サイレンに怯え、地下や地下鉄のホームに隠れ、キエフの特派員たちが中継してくれる映像に涙を流しているのだ。

 彼らは虐殺の市ドンバスには一歩も足を踏み入れようとはしなかった。

 あなた方は24時間以内に今回の事態を目にして憤激した。  
 ドンバスの子どもたちの命にも同じ価値はないのか?

 ロシアがウクライナから撤退すれば、あなた方のNO TO WARは満足するだろう。
 そして、あなたは再び小さなプラカードをメディアに従わせ、再び沈黙を守り、ドンバスの息子や娘たちを自分のシャベルで葬るだろう。

 本当はあなた方を軽蔑しているのだ

 私たちがドンバスで訪問した、破壊された土地に永遠に取り残された子供たちの孤児院(複数)にあなた方をお連れしたいと思う。
 それらの孤児院から去る時、私は怒りと悲しみで泣いていた。

 5歳の孤児たちが、爆弾から身を守るために、先生の命令で体を丸めて地面に投げ出すことに慣れていたからだ。そして、日々、この子どもたちがどのように命を落としていったのかを想像したからだ。

 今更、戦争反対を私がいっしょになって叫ぶことなど期待しないでほしい。

 戦争はいつの時代も、そしてこれからも、金持ちの引き起こす面倒でその代償は貧乏人が支払う。
 しかし、この戦争は、あなた方を、忘却の彼方から見ている多くの、多くの命を殺してきた。
 そしてその命を奪った処刑人たちをあなた方は守ろうとしている。

 このようなことから、ウクライナで一般市民が死ぬことが正当化されると言っているのではない。偽善的になるつもりはない。死人は出るだろうし、そのようなシナリオでは避けることはできない。

 しかし、ウクライナ軍が組織的に民間人を虐殺し、今朝もゴロフカ(Gorlovka)の学校で教師2人を殺害したのとは異なり、ロシア軍は軍人にのみ犠牲を出そうとしているのは事実だ。
 ただテレビでは、シリアなどでの爆撃の記録映像を使って、そうではないと伝えてはいるが。プロパガンダ・マシンはフルスロットルで動いている。

 私が言いたいのは、あなた方の支援も連帯も得られないまま何万人もの子どもや老人、女性が死んでいたのに、それには口を噤み、今回の戦争についてぺらぺら話すのは恥知らずだということだ。

 私に悲しみの気持ちを求めても無駄だ。
 斜に構えて「紙一重で死を免れた」などと、口にすることはない。

 私は心を盾にして、民衆に対する銃弾を止めるために、あらゆる危険を冒して現地に赴いたのだ

 しかし、私の心の中には、私が死ぬのを見た多くの人々、私が泣くのを見た多くの子供たち(そして死んだ子供もいた)、忘れられた隠れ家でバラバラにされたり、飢えと渇きで死んだり(なぜそんな目に合わなければいけないのだ!)という多くの老人たちがいる。
 その人たちのために、そして正義のために、私にはやるべきことをする義務がある。

 NATO、アメリカ、ヨーロッパは犯罪者であり、殺人者である。
 ロシアを含む列強の戦争は、直ちに中止されるべきだ。
 世界中の働く女性や男性は、彼らの戦争に反対し、すべての戦争に反対し、両陣営のオリガルヒたちに反対して団結すべきだ。

 それが理想だろう。
 ウクライナとロシアの労働者がオリガルヒを収奪し、相互支援と連帯の環境を構築する。

 しかし、私たちはそこから何光年も離れている。
 今、私にとって重要なのは、ドンバスの人々が8年ぶりに自爆テロを恐れることなく、避難所を出て、子どもたちと公園で遊べるようになることである。

NEITHER WAR BETWEEN PEOPLES, NOR PEACE BETWEEN CLASSES

諸国民の間に戦争があってはならない。階級間に平和があってはならない。

※ラミロ・ゴメスは、バンダ・バソッティの反ファシストキャラバンであるルベン・ルイス・イバルリ旅団のメンバーです。
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(注1)ユダヤ人一般と「ユダヤ人富豪」や「イスラエル支持者」「シノオニスト・シオニズム」とは全く違う。シオニズムは「帝国主義の尖兵としてのアパルトヘイト国家イスラエル」を支持する連中。

(注2)ナチスはユダヤ人やスラブ人を劣等人種とみなして殺害したが、シオニズム国家建設の移民を増やすために、シオニストがナチスと闘うのではなく協力的に取り引きした事は歴史的事実。「ユダヤ人迫害激化=シオニズム国家への流入者増大」の図式。

戦後パレスチナの地に作られたシオニズム・アパルトヘイト国家=イスラエルはそれを大いに利用。「ウクライナでのネオナチ増大」は「ウクライナのユダヤ人難民のイスラエル流入増加」に直結しており、パレスチナ人の追い出し攻撃と直結している。

イスラエルがプーチンと「一定の取り引き」をするのは、ウクライナネオナチ問題の顕在化が自らの「ユダヤ人の民主主義国家」という建前の維持上まずい事と「ロシアを取り込んだパレスチナ問題押さえ込み戦略」のため。

(注3)「ユダヤ教正統派」の多くは「シオニズム反対・イスラエル国家反対」でパレスチナと連帯する。

(注4)「ユダヤ人なのにネオナチ」という存在は、イスラエル国内ですら存在するようになっている。(2000年頃から。人民新聞のパレスチナ報告など)
「反共反左翼、反スラブ反ロシア、白人優越主義、キリスト教右派」という点でネオナチとシオニストのユダヤ人はいくらでも共存できる。
ユダヤ人であるゼレンスキーやユダヤオルガリヒがネオナチと結託する事はいくらでもあり得るし、現に結託している。

▲こういう事実を踏まえずに「ネオナチ問題を言い立てるのは陰謀論だ!」とか「イスラエル・シオニズムを批判するのは『ユダヤの陰謀』を語る事で、『在日特権』というデマを語るのと同じだ!」、などのトンチンカンな非難をするお人が一部に存在しているのは誠に嘆かわしい。

▲インターネットが出来るはるか以前から、日本赤軍(JRA)を含めた反帝国主義の現場活動家や誠実な学者やジャーナリスト達が、NATOが秘密の殺人部隊を動かしている事や、左翼の仕業に見せかけたテロの「偽旗作戦」をやってきた事実を指摘してきた。
戸田は時にはJRA絡みのこじつけ弾圧を受けながら、そういう真摯で切実な情報に触れて世界情勢を学んで来たのだが、そういう経過を想像もできないで「戸田が陰謀論にはまった!」と軽々に思い込んでしまう人達もいるらしい。

・・・そもそも「陰謀論」という言い方自体がうそ臭い。
世の中に「陰謀」、「策謀」は実際にゴマンと存在している。社会を動かす実際の「計画」的なものから「単なる思惑」的なものまで幅広い範囲で。

本来ならば、「○○という説は妄想だ、デマだ」、と具体的に指摘しないと意味が無い。
「陰謀論」という言葉で何かを批判した気持ちになるのはお粗末過ぎる。

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