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イワンは畑をたった一畝残したきり、鋤き返しました。それでまだ腹は痛みましたが、残りの一畝を片づけるつもりで、またやって来ました。そして例の牝馬に鋤を取りつけて、仕事にかかりました。ところが、一畝鋤きおわってまた後へ鋤き返そうとすると、何か鋤が木の根にでも引っかかったように、動かなくなってしまいました。それは例の小悪魔が、両脚(りょうあし)を鋤先にからみつけて、引き戻しにかかっているのでした。
「これあ妙だ。」
とイワンは考えました。
「木の根っこなんて一つもなかったのに、さてはやはりあったんだな。」
イワンは片手を畝へ突っ込んで、探りました。すると、何かやわらかいものにふれたので、それを引っ掴んで出しました。見るとそれは木の根のようにまっ黒で、しかも、のたくり廻っているのでした。それはまぎれもなく、例の小悪魔でした。
「なんて汚えもんだ。」
イワンはそう言って、鋤にぶっつけようとして、それをふり上げました。すると小悪魔は苦しがって声をたてながら、言いました。
「どうかひどくしないで下さい。そのかわり何でもあなたの言いなり次第にいたします。」
「手前(てめえ)に何が出来る。」
「あなたの言いなりに何でも。」
イワンは頭をかいて考えました。そして言いました。
「おりゃ腹が痛い。どうだ、なおせるか。」
「はい、なおせますとも。」
「よし、じゃなおしてくれ。」
小悪魔はすぐ畝の中へ這い込んで、しばらく爪で引っかいてさがし廻っていましたが、やがて、三本根の出た木の根を引っこぬいて来て、イワンに渡しました。そして、
「この根を一本だけお上りなさい。これを召し上がればどんな病気だってなおらないことはありません。」
と言いました。
イワンはそれを受取ると、根を一本むしり取って飲みました。腹痛(はらいた)はそれですぐなおりました。小悪魔はまた放して下さいとたのみました。
「私はすぐさまこの地の下へ飛込んでしまいます。そして二度と再び出ては参りません。」
と言いました。
「よろしい。」
とイワンは言いました。
「じゃ行け、神様がお前をお守り下さるように。」
イワンが神様の名を口にするかしないかに、小悪魔は水に落ちた石のように地面へはまり込みました。そして後には小さい穴が一つ残りました。
イワンは残りの木の根二本を帽子の中へしまって、また仕事をつづけました。そしてすっかり鋤きおえると、家(うち)へ帰りました。彼は馬をときはなして家(うち)へ入りました。するとそこには、兄の兵隊のシモンとそのお嫁さんが、夕飯(ゆうめし)を食っていました。シモンはその領地をすっかり取り上げられてしまい、命からがら牢屋をぬけ出して父親の家(うち)で暮すつもりで帰って来たのでした。
シモンはイワンを見ると、こう言いました。
「おれはお前と一しょに暮すつもりでやって来たんだが、おれの主人が見つかるまでおれと家内をやしなってくれ。」
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
「どうぞいなさるがいい。」
ところがイワンが長椅子へ腰を下そうとすると、シモンのお嫁さんがその着物の臭いのを嫌って、シモンに、
「私はこんな汚い百姓と一しょに御飯をたべるのはいやです。」
と言いました。
そこでシモンは、
「お前の着物が大へん臭いので家内がいやだというのだよ。お前外へ行って飯を食ったらいいだろう。」
と言いました。
「いいとも、いいとも。」
とイワンは言いました。
「どうせ私は馬の飼葉(かいば)の世話をせにゃならんから、外へ行こう。」
そうしてイワンは少しのパンと外套(がいとう)を持って牝馬をつれて野原へ行きました。
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