懐古資料】戦旗派83年上半期総括 – 「武装を内包する革命党Ⅰ」

投稿者:草加 耕助
1983.1.9 三里塚反対同盟旗開き
1983.1.9 三里塚反対同盟旗開き

80年代以降の青年大衆運動の資料の一環として公開しています。純粋に資料としてお読みいただけない方の閲覧をお断りいたします。

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はじめに

 全国の同志・友人諸君!
 われわれ戦旗・共産同と全革命勢力は反対同盟の分裂をはさんだ3・27三里塚闘争、その過程での中核派、第四インターなどとの攻防をふまえた5・22安保-日韓闘争勝利、中曽根ファシスト政権打倒集会を共に勝利的に戦取しぬき、今、八三年春夏大攻勢の大爆発にむけ大きく飛躍しぬこうとしている。

 大衆的実力闘争と結合したゲリラ・パルチザン戦闘の遂行をかかげ、破防法弾圧に打ち勝党建設へむけ突進を開始したわれわれに対し、日帝三井-下稲葉警備公安警察は、一気に厳戒を強め、尾行・張り込み・スパイ潜入を強化しつつあるが、われわれはこれを打ち破り必ずや八二年春夏大攻勢の大勝利をもぎとる決意である。考えてもみたまえ、情熱の煮つまりにおいて既に余りにも機は熟しているのだ。

 73年6月アダチ分派問題後丁度10年たち、ブント主流派としての完全な地歩を築きつつあるわれわれにとり、日帝国家権力との正面きった対峙戦の進行はまさに望むところであり、全身に燃えたぎるパトスの爆発をもって勇躍戦闘におどり込まんとする心のたぎりをわれわれは誰もが押さえることができない。

 光州民衆蜂起に連帯すること、武器をとり闘い抜ける組織主体への飛躍を克ちとること、この数年間決意に決意を固め、覚悟に覚悟を重ねてきたわれわれにとり、道はまっすぐに掃き清められている。投獄も死さえも恐れず生き急ぐように駆けぬけること、それが問われる情勢として、主体の位置として、われわれはこの春夏大攻勢をとらえているのだ。

 すべての同志諸君!共に革命的に前に躍り出よう。全世界人民の反戦・反闘争の爆発が実力闘争形態をもって打ちぬかれ続け、中米エルサルバドル、ファラブンドマルチが総蜂起へむけ突撃を開始し、レーガンの反革命介入に対しニカラグア人民が「勝利か死か!人民は必ず勝利する!」と雄叫びをあげて総反撃している現在、われわれも又革命的左翼の主力党派として、已の全思想性にかけて安保-日韓体制打倒の戦略的大道をひた走る以外、他のどんな生きざまがあるというのか。

 われわれ独白の戦争の論理にもとづき、不抜の戦略的方向性に忠実に、六・一九反安保・中曽根打倒闘争から、八・八パイプライン供用開始粉砕と連動しての7・31戦旗・共産同政治集会、そして八月ニュージャージー横須賀寄港、トマホーク配備阻止闘争へと大進撃を貫徹すべく、更に猛烈な運動展開と組織戦に着手しぬこう。

 本稿は、この春夏大攻勢を闘い抜くわれわれの位置につきふまえるべき諸点をつかみとり、勝利の展望を明確化することを目的としている。
 われわれは既に3・27闘争後の党的展望としてあった5・22光州蜂起三周年・安保-日韓闘争勝利・中曽根ファシスト政権打倒集会を、滝野川会館大講堂を埋めつくす×××名の大衆結集をもって打ちぬいたわけであるが、この闘いの勝利の意義をまずもって明確化することをつうじ、いかなる方向と内容において今後われわれが闘いぬき、又何を戦取すべきなのかを明らかにしたいと思う。

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