2001年、広島の大洲中学校の当時の3年生が、平和を訴えて歌う「広島合唱団」と交流する中で自分達の思いを「平和宣言」としてまとめました。これを元に、2002年2月にこの曲がつくられました。2003年8月、教師や生徒の世界的なネットワーク「iEARAN(アイアーン)」の国際会議でテーマ曲として取り上げられ、約850人による大合唱で、国際会議の参加者を迎えました。
更に2003年10月、毎日新聞でこの歌が紹介されたことがきっかけで、日本中はもとより、世界中に歌い広まっていきます。27カ国、31言語に翻訳され、今も増え続けています。元々は、4番までの曲ですが、更に、みんなで「5番」を作りましょう、という企画で、500番以上が作られています。2005年12月にNHKで放映された「ねがい~世界に広がる平和の歌~」では、チェルノブイリ事故の時に6歳で被爆したウクライナの歌手、ナシャーシャ・グジーさんが自作の歌詞を披露されました。(バーチャルうたごえ喫茶「のび」より)
1.もしもこの頭上に 落とされたものが
ミサイルではなく 本やノートであったなら
無知や偏見から 解き放たれて
きみは戦うことを やめるだろう
2. もしもこの地上に 響きあうものが
爆音ではなく 歌の調べであったなら
恐怖や憎しみに 囚われないで
人は自由の歌を うたうだろう
3. もしもこの足下に 植えられたものが
地雷ではなく 小麦の種であったなら
飢えや争いに 苦しまないで
共に分かち合って 暮らすだろう
4.もしもひとつだけ ねがい 叶うならば
戦争捨てて 世界に愛と平和を
このねがい叶うまで 人類(わたしたち)は
歩みつづけることを やめないだろう
このねがい叶うまで 人類(わたしたち)は
歩みつづけることを やめないだろう
★Negai Project(iEARAN)(日本語ページ)
★SPECIAL THANKS(イラスト素材使用)
YUKI★さん、だすとさん、Samoさん、
ruyayaさん、jonathanbomerさん
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