by 原 隆
今回の米大統領選は、全世界が注目する中、「前代未聞」「異例」とも言えるほどかつてない選挙であった。頑迷に「敗北」を認めずゴルフに興じるトランプの悪あがきにもピリオドが打たれ、1月20日に民主党のバイデンが次期大統領になることが確定した。
今回の米大統領選の最大の焦点は何だったのか。それは人種差別や分断、憎悪を煽り「米国第一主義」を掲げたトランプ政治の継続か、それを阻むのか。「トランプ対反トランプ」にあったと言える。コロナ禍にもかかわらず、投票率が過去100年間で最高の66.8%に達したことにも関心の高さが表されていた。期日前の投票所に何時間も並んでいた人たちからは、何としてもトランプの再選を阻みたいという悲痛な意思が伝わってきた。
民主主義の逆襲
バイデンに投票した人にその理由を尋ねると「トランプではないから」という答えがまず返ってくるほど「反トランプ」が求心力になっていたことがうかがえる。他方トランプも7400万票集めたことが強調されてもいるが、現職としての有利さを生かせなかった。8100万票のバイデンとの差は約700万票でもはや「大差」と言える。
前回大統領選では民主党クリントン候補が300万票差をつけて票数ではトランプに勝利しながら選挙制度のために敗北。今回の700万票差は文字通りトランプへの「倍返し」だ。
私が強調したいことは、何よりも投票率の高さ―過去100年で最も高かったことが何を示しているか。そのわけを考察すべきだという点だ。私は、トランプの登場のおかげでナショナリズム(国家主義)やレーシズム(人種差別主義)が勢いづいた一方で、危機に瀕した民主主義が目を覚ましたことにあると思う。歴史的な規模で波及したBLM(ブラック・ライブズ・マター「黒人の命が大切だ」)運動に象徴されるように、草の根から「自由と平等」を求める民主主義が力強い鼓動を示したことだ。それが今回の米大統領選の最大の特徴であり意義ではないか。
左翼勢力の大躍進
大統領選と同時に行われた連邦議会選でもサンダース氏らの「アメリカ民主社会主義者(DSA)」が支援する下院議員が倍増、1991年にサンダース氏が6人で立ち上げた「進歩派議連」―「急進左派」は、オカシオコルテスをはじめパレスチナ系、ソマリア系の女性議員等、今や民主党下院の多数派を占めつつあると言われる。その背景には、2019年11月の世論調査で23~38歳の若者世代の49%が社会主義を好意的にみていると回答していることがある。
また米の社会主義系論壇誌『JACOBIN』が2010年の創刊時に2000部だった部数を、現在は30倍にも伸ばしたと言われている。「冷戦」時代に敵とした「社会主義」に「勝利」したはずの米国でいま左翼が伸張するという皮肉とも異例とも言える現象の背景には、格差・不平等への怒り、そしてBLM運動によって可視化された草の根民主主義のリアル(現実)があることは間違いない。
新自由主義の歪みが生んだトランプ極右政治
トランプ政権下で深刻さを増した(1)コロナ禍、(2)格差・不平等、(3)人種差別、(4)気候変動の課題が今回の米大統領選で最も大きな政治的争点になった。民主党も共和党も既成2大政党がともに政権を移譲し合い、社会が抱えた構造的な歪みを不問に付してきた米政治と危機に瀕した民主主義をいかに立て直すか。コロナ禍によってあぶり出された格差や人種差別といった社会の歪みにどう向き合うのか。それが根本的に問われた。
格差・不平等をかつてないほど拡大し、民主主義を蝕んできたのは、紛れもなく新自由主義グローバリズムだ。だが今日、極右勢力は、その歪みから人々の目を逸らすために「新たな敵」(既得権益層や移民等)との争いを演出してグローバリズムの本筋とは異なったナショナリズム(国家主義)の主張を押し出すに至っている。まさにその象徴が、16年の極右トランプ政権の誕生と言える。
08年にリベラル派のオバマが黒人初の大統領に選ばれたことに対する「バックラッシュ」(揺り戻し)が、「米国を再び偉大に」「米国第一主義」のスローガンでナショナリズムに訴えた「トランプ・ショック」を生み出したのだ。トランプ政治が南北戦争以来とすら言われる「分断」を深めたのか。それとも「分断」がトランプ政治を生み出したのか。いずれにしろトランプは「分断」に塩を擦り込んで人種差別や憎悪を煽った。「民主主義の逆回転」をもたらし民主主義自体を貶めたのである。
トランプイズム(デマ政治)は克服できるか
トランプは大統領選で証拠を示せないのに不正があったと主張し続けるという前代未聞のアンフェアな行為に出た。だが怒りを通り越して失笑や呆れを呼び「世界の笑いぐさ」となった。いずれ「史上最悪の大統領」という称号が与えられることであろう。こうした「トランプ政治」「トランプ主義」は、バイデン新政権になっても根強く生き残ると考えられている。「分断から融和へ」を説きトランプ政治を修正しようとしてもバイデン新政権にできることは限られている。
「トランプ政治」とは、事実や政策よりも感情に訴える「ポスト真実」の政治、つまり平気で嘘をつき人を欺くデマゴギーを特徴とする。わざと敵をつくり争いを演出することで「敵か味方か」に二分して反感や憎悪を煽り、大衆の支持を得るために噓にまみれて相手を貶め対抗心をむき出しにする。稚拙な陰謀論さえはびこらせる。
トランプは大統領就任以降、虚偽や誤解を招く発言を繰り返してきた。ワシントン・ポスト紙の集計によると4年余で「2万5千件を超えたのではないか」と推測している。まさに「民主主義の土壌に塩をまく」ようなアンフェアな行為だ。だから「虚偽を正当化し不都合な事実から目を背け、虚構の世界に安住する。…暴力的な白人至上主義者を擁護し、黒人差別の抗議デモをテロ扱いする」(12.17毎日社説)のだ。
BLM運動のうねり
かつてない規模の民衆蜂起のうめりを起こし歴史を塗り替えたBLM運動―直接民主主義の実践が、反トランプの急先鋒となって大統領選―間接民主主義に影響を及ぼしたことは明らかだ。コロナ禍の感染リスクがある中でも人々は全米各地の街頭で怒りの声をあげた。歴史的ともいえる規模で民衆蜂起は広がった。米の世論調査によるとデモに参加したと答えた人は18%で5人に1人が抗議の声をあげたことになる。
しかもBLMへの共感は世界中に波及し、草の根から大きなうねりを起こした。日本でも6月14日に代々木公園からのデモに3500人が集まった。英国では、現在ある人種差別だけでなく、過去の英国の植民地支配や奴隷制にも批判が向けられ「負の歴史」を問い直す中で、かつて奴隷貿易で巨万の富を築いた人物の銅像が引き倒され海に投げ捨てられることも起こった。
構造的な人種差別と警察暴力への抗議から始まったBLM運動の特筆すべき点は何か。それは何よりも「警察の廃止」を掲げ警察システムによる暴力機構そのものの変革が重視されている点だ。現に米西部のシアトル等では、若者たちが市庁舎を2週間にわたって占拠し「自治区」(コミューン!)の設立を宣言して衝撃を与えた。まるで68年の非支配の「解放区」を想起させる民衆の蜂起ではないか。半世紀前のブラック・パンサーを精神的な源流としたブラック・ラディカリズムの地下水脈が全米各地の至る所でしみ出ているのである。
このようにBLM運動は、反人種差別というシングルイシューにとどまらず社会の根底的(ラディカル)な変革を志向するインターセクショナリティー(交差性、連携性)を重視した新しい社会運動であり、「下層からの反乱」とも評されている。この点でもブラック・パンサーのポリシーは、50年の時を超えてブラック・ラディカリズムとして現代に「繋がっている」。
香港に自由を!
自由のために権力の弾圧に抗して声をあげた香港のデモに関してジェフリー・ワッサーストローム氏(米カリフォルニア大教授)の実に興味深い論稿を紹介する。
2014年と19年に香港で繰り広げられた大規模な抗議活動は、その目標である香港の民主化を推進することができなかった。だが、<略>香港の先行きは暗いとしても、その闘争が独裁的勢力と戦う世界の活動家に影響を与えたことは明らかだ。
<略>抗議活動の戦術や戦略の起源特定は困難だが、各地の抗議活動には香港の手法がうかがえる。リーダーを強調しないことやソーシャルメディアを通した戦略的行動に関する情報共有などがその例だ。
中でも香港のデモ隊が採用した『水のようになれ』(注―ブルース・リーの言葉で孫子が起源とされる)という変幻自在な戦術の影響は大きい。バンコクや米国のポートランドなどの活動家が参考にしたようだ。
日経新聞 Asiaを読む(20.10.31)
J・ワッサーストローム氏は、「一連の香港の抗議デモを失敗とみなすことはできない。世界各地の抗議活動に大きな影響を与えたからだ」と述べ、「目標を達成できなかったが」香港の若者たちが示した勇気は、自由と平等を求める世界各地の活動家を鼓舞し、より多くの人々を闘いに駆り立てている―そのことの意義を明瞭に論じている。だが今、香港の若者たちは、「希望があるから反抗し続けているのではなく、反抗し続けないと希望がない」(ニューズウィーク)―という窮地に立たされあえいでいる。
香港ではいま、国家安全維持法(国安法)―文字通り戦前日本の治安維持法を再現した中国版といえる―が、中国共産党政府によって6月30日に施行されて以降、「恐怖」を統治手段とした言論弾圧が凄まじさを増し、状況が一変した。この間、民主活動家の逮捕や議員の資格剥奪が相次ぎ、12月2日にはデモを煽動、組織したとして周庭(アグネス・チョウ)さんらに実刑判決が下された。また中国政府批判で知られる香港紙・りんご日報(アップルデイリー)の創業者の黎智英氏も逮捕され12月11日に国安法違反で起訴された。
朝日社説(12.3)は、「昨年の抗議行動を理由に拘束された者はすでに1万人以上にのぼり、うち2千人以上が起訴された。苛酷な法執行を通じて、市民らの言動を威嚇しようとする当局側の意図は明確だ」と中国政府の弾圧姿勢を批判。東京新聞も「香港政府は密告制度なども利用して政府批判を抑え込んでおり、中国政府による直接統治への移行期間のような様相を呈している」と論じた。
いま自らの将来をリスクにさらしてまで抑圧に抗い自由のための闘いを貫こうとしている若者が苦境に立たされている。香港の自由が眼前で奪われていくことに、あなたは黙っていられるのか。香港が苦しんでいる。胸が塞がる。
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パレスチナに連帯を!
2010年10月17日、1人の貧しい青年の警察に対する抗議の焼身自殺がきっかけとなってチュニジアから広がった民衆蜂起・反乱のうねりは、国境を越えチュニジアだけではなくエジプトやリビア、イエメンで独裁政権を次々と倒した。「アラブの春」と呼ばれる草の根からの反乱の始まりから10年となった。だが反乱をしのいだ強権的支配者たちは、専制支配を固め、民衆の貧困と不平等は一段と深まった。エジプトでは6万人が政治犯として収容されている。
一方で2019年には、アルジェリアやスーダンで長期反動政権が民衆の反乱で退陣に追い込まれた。中東のレバノンでは、政治腐敗と格差・不平等の拡大に「アラブの春」の第2幕ともいえる怒りのデモが続いている。不公正・不平等が放置されている限り、民衆蜂起・反乱の火種は尽きることがない。自由への希求は止められない。
いわゆる「中東問題」―中東が世界で「最も不安定で戦乱の地」と見なされてきた問題の根本には、軍事植民地国家イスラエルがパレスチナを占領しアラブ諸国との戦争を繰り返してきた歴史がある。そのイスラエルの後ろ盾となってきた米国のトランプ政権下で、8月にアラブ首長国連邦(UAE)が、それに追随する形でバーレーンが9月に、モロッコが12月に相次いでイスラエルとの国交正常化を発表した。
占領下の苦しみを強いられ続けているパレスチナでは、こうしたアラブ反動諸国の動きに対して、「裏切り行為だ」と怒りや屈辱感が渦巻いている。約500万人が居住するパレスチナ自治区で9月にパレスチナ政策調査研究センターが行った世論調査によると、イスラエルとUAEの国交正常化について「外交的な大きな失敗」との回答が60%を超え、アッバス自治政府議長の辞任を求める声も62%と、和平推進派の自治政府への失望があらわになった。
現に同センターの2月の世論調査でも、対イスラエルの姿勢を尋ねると、「武装闘争」(45.1%)がトップで「和平合意」(22.1%)や「平和的闘争」(15.2%)を大きく上回っている。パレスチナ民衆の怒りは、イスラエルやその後ろ盾の米国に対してだけでなく信頼を著しく失った自治政府にも向けられているのである。
イスラエルの占領下で虐げられたパレスチナ民衆は、国際社会からも置き去りにされ「絶望的」ともいえる状況にある。だからこそ、闘わなければ希望は取り戻せない、希望を取り戻すには実力で抵抗するしかない。そういう悔しさや孤絶感(E・サイード)に苛まれながら生きている。自由を求めてパレスチナは苦しんでいるのだ。
彼らがどれだけの苦境にあるか。私たちは見逃しがちだ。だが思いを馳せることはできる。私が2002年にガザを訪れた時に見た壁に書かれていたメッセージが目に浮かんだ。「オリーブの樹(平和の象徴)が泣いている。これからもまだまだ多くの犠牲を払わざるを得ないからだ」―。胸が、潰れた。「パレスチナに自由を!」の声なき叫びに耳を澄ませたい。
民衆蜂起が問う左翼の存在意義
ステレオタイプ(自らが既に持っている思い込みや先入観―バイアスに当てはめて物事や他者をみる考え方)の左翼は、BLM運動や自由を求める香港の闘いについても通り一遍でその意義を到底つかみ取れない。せいぜい民主主義はブルジョア・イデオロギーだと自由と権利を貶めるだけであろう。世界中で草の根から広がった「真の民主主義」を求めてやまない民衆の蜂起・反乱のうねりから取り残され、はじき飛ばされてしまっていることの証だ。
旧来型左翼はこの現状認識が乏しい。自らの「立ち遅れ」や「弱さ」を率直に認めることができないアンフェアさゆえと言える。だからA・ネグリ、M・ハートに「私たちに必要なのは、左翼の教会を焼き払うことなのだ!」(『叛逆』)と言われてしまうのだ。草の根の民衆蜂起によって左翼の存在意義が問われているのである。
いま私たちが享受している諸権利は―労働組合の団結権や言論の自由、奴隷制の廃止、女性の参政権も、それらを認めない既存の権力や政治勢力に抗い、多くの犠牲を払いながら、「自由と平等」を求め連帯して声をあげること、抵抗することを決して諦めなかった者たちによって、とりわけ左翼によって戦い取られてきたものだ。それを貶める者は最早左翼ではない。
世界はいま、民衆の蜂起、草の根・下層からの反乱が大きなうねりを起こし、腐朽した資本主義を根底から覆す「嵐の時代」を迎えた。現に草の根から蜂起を促し、誰も支配されない「非支配」を原理に構想された民主主義―「蜂起するデモクラシー」(ミゲル・アバンスール)を実践するラディカルな左翼活動家たちが世界中の至る所に大勢いる。我々もその端くれとして、国境やさえぎる壁を越えて繋がっていけばいい。
ブルジョア代議制であれ、いわゆる社会主義であれ、それらを包含する民主主義は、いま危機にさらされている。真の民主主義はいまだ「自由と平等」を実現するための闘いの途上にあって、その革命の道の先にある。「どこまでも偽善的で偽りの民主主義」を、民衆のための真の民主主義に転化させること、「民主主義を徹底的に発展させること」(レーニン)こそ、革命のフィールドを耕し未来に種を蒔くことを使命とする我々左翼に課せられた緊要な課題なのである。
「諦めという名の鎖」(中島みゆき)を断ち切ってファイト!
越境する連帯と民衆蜂起が世界を変える!
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