偶然に通りがかった「日刊コミックペーパー」というブログで、下記のような記事が紹介されていて、大変に驚きました。
さて、どこに「驚いた」のでしょう?答えはエントリー後半で(笑)。
ロングセラーを続ける玩具「黒ひげ危機一発ゲーム」のキャラクターに「ハードゲイキャラ」で人気急上昇中のタレント、レイザーラモンHGさんを採用した「爆笑問題のバク天!黒ひゲイ危機一発」の発売を中止するよう、同性愛や性同一性障害の教職員たちがつくる団体が発売元のトミー(東京都葛飾区)に求めている。
「セクシュアルマイノリティ教職員ネットワーク」は、同社に「同性愛者やそれを連想させる人物を樽に入れ、剣で突き刺して『楽しむ』玩具の発売は同性愛者に対する差別で、子どもに偏見を植え込む恐れがある」とする文書を郵送した。
これに対して、トミーは「剣で縄を切って、樽の中のキャラクターを救出するというのが当初からの商品のコンセプトですが、ご意見はしっかり受け止めて、私どもの見解をお伝えしていく方向です」といっている。(asahi.com)
私、寝る以外はほとんど職場にいて、ネット生活は「睡眠時間をどこまで削れるか」の勝負ですので、テレビはほとんど見ません。休みの日も最近は体が動かなくて、ほとんど寝てたりしてますから。で、レイザーラモンHGさんもよく知らんのですが、まあ「ゲイキャラ」のお笑いの人ってことなんでしょうか?「オカマキャラ」は沢山いましたから、目のつけどころはいいかもですね。
でも、この紹介されていたブログでは、
「『剣で縄を切って、樽の中のキャラクターを救出』…って、めくら突きで?変な言いわけはしないで、難癖は無視すりゃいいと思いますけどね」
などと、あえて「めくら」という言葉を使っての挑発的なコメントがありました。うーむ。荒らすような気はないけど、なんでこんな挑発をするかなあ。
私としては、このゲームを見ていたとしても、抗議された方々のような見解は思いつかなかったと思います。「人気お笑いキャラの冗談グッズ」くらいに思うかな?ただ、こういう同性愛者や性同一性障害者など、ずっと昔から歴史的に差別されつづけてきた人というのは、私達が日常で気がつかないちょっとしたことや言葉でも、大変なプレッシャーや屈辱を受け続けておられることが多いです。て言うか、それが差別というものの本質だと思います。
前にも書きましたが、差別で人を殺すことだってできるのです。私達にとってはどうってことないと思えても、当人にとってはそれこそ生きるか死ぬかくらいの重要なことだってあるのです。ですから私達は、こういう方々の提起については、たとえそれが私達の「日常の常識」の中からは気がつかない提起であっても、「それくらいのこと」と無視せず、一度は真剣に検討して考えるべきです。そういう意味ではトミーの回答は(この記事を読む限り)、常識的でまっとうな線じゃないかと思います。ぜひ「ご意見はしっかり受け止めて、私どもの見解をお伝え」し、話し合ってほしいです。
で、どこに驚いたかですが、トミーの「剣で縄を切って、樽の中のキャラクターを救出するというのが当初からの商品のコンセプトです」という回答部分です。
エエエー!そうだったのお!!
私が小学生の頃は、「黒ヒゲを剣で突き刺しちゃったら(飛び出したら)負け」のゲームとしてやってましたよ。だからこのゲームはずっと「剣で突き刺して『楽しむ』玩具」だと思ってましたよ。トミーの説明にある設定では、めちゃ不自然でしょう。だって、どう見ても「黒ヒゲ」は、お尻とかに剣がちょんとあたって、「あいたたた!」って感じで慌てて飛び出してくるようにしか見えないですよ。なんで縄が切れたら飛び出すんだ?だいたい人形に縄なんて描かれてなかったような。それに、あーた、これだと「飛び出したら勝ち」ってルールになると思うんですけど、それじゃあ、面白さ半減だったでしょう。「飛び出さないように」ってドキドキしながら刺すから、子供心に面白かったんですよ、あのゲームは。
それにね、ほとんど憶えてないんですけど、記憶の片隅にかすかに「黒ヒゲ危機一髪」のテレビコマーシャルを放映していたおぼえがあるんですよね。たしかそのCMでは、黒ヒゲが「ひぇー!」か何かそういう陽気な悲鳴をあげながら飛び出していた記憶があるんです。
だからねー、これはPTAとか母親の会とか、そういうところの誰か(どこか)が「子供達のゲームとしては残酷だ」という抗議をして、ゲームはそのまんまで、設定だけを後から変えたんじゃないかと思ったわけです。今回、トミーに抗議された教職員の方々も、年代的に私に近いとすれば、このゲームのルールをそういうふうに理解して(憶えて)おられたんじゃないかと。それでトミーに肩透かしみたいな返答をされてしまったんだろうと思ったんです。
でも、記事の説明では「当初からのコンセプト」だって言ってるし、そうなると、上のCMの記憶も含めて、全部私の勘違いだったということになるんですけどね。うーむ。
我が家では買ってもらえなくて、ずっと友達の家でやっていましたから、当時の説明書とかは読んだことがなかったんですよね。本当に最初からそういうゲームだったのか?私らは勝手に「残酷なルール」に変えて遊んでいたのか?気になる!誰かご存知ありませんか?
参考ページ
◇セクシャルマイノリティ教職員ネットワーク公式ページ
◇トミー「黒ひげ危機一髪」公式ページ
◇レイザーラモンHG“黒ひゲイ危機一髪”について (三四郎日記)
◇「黒ひゲイ危機一髪」問題-その後(三四郎日記)
◇黒ひゲイ危機一髪(日刊コミックペーパー)
◇黒ひゲイが発禁!?危機一発(天邪鬼な言葉)
◇HG先生(じじぃの時事ネタ)
◇黒ひゲイ危機一発が危機に(PUBLIC TALK)
こちらにルールのいきさつが出ています。
http://trivia.web.infoseek.co.jp/trivia/20031022.htm
個人的には、黒人差別に繋がるとして一時絶版になった絵本「ちびくろサンボ」問題を思い出しました。
この問題についての最も体系的な著作「ちびくろサンボよ、すこやかによみがえれ」http://www.komichi.co.jp/bd/4-7705-0171-4.html
は、このような表現の自由と差別の問題を考えるために、是非左右ノンポリに限らず読んでみて欲しいと思います。未読の方には絶対おすすめです。
私個人は、例えば本屋に行って一番気に障るのは、「反ユダヤ本」「陰謀本」のコーナーなんですよ。ああいう本は、ユダヤ民族の受難の歴史にシンパシーを持つ私としてはもう一掃して欲しいし、さらに言えば世界の現実をまず陰謀史観で捕らえようとする害悪を流しているとすら思います。しかし、これは言論の自由なんですよね。私は不愉快ならば無視すればいいし、害悪を流していると思えば断固反論するか陰謀史観の不毛さを訴えればいい。
また、これは認めざるを得ないのですが、反ユダヤ主義の思想家の仲にも優れた人は確かにいるんです。特にフランス・ファシズムの思想家とかは、反ユダヤ主義を反近代思想に高めた優れた思想家や文学者が多い。この体系的な研究は福田和也氏の「奇妙な廃墟」(ちくま文庫)に纏められていますが、個人的にも善良で文学者としても一流の作家が、ユダヤ人は捕まえろとか左派のレオン・ブルムは処刑しろとか平然と書いていたという事実は衝撃を受けます。ですから、反ユダヤ本を発禁にしろとか、反ユダヤ主義は読むには値しないとまではいえない。シモーヌ・ヴェイユすらユダヤ思想に対して厳しい批判をしているし。
それから、イスラエルでは最近までワーグナーの公開演奏はタブーだったんですね。それはナチスとワーグナー音楽の関係を見れば、ある意味当然でもあるでしょう。しかし同時に、このタブーを最近打ち破ったのもユダヤ人指揮者バレンボイムの決断だった。差別と表現の問題は中々難しいテーマです。
こんにちは
普段政治系ブログを周っているものの議論に積極的に参加することもあまり無い一般市民です
ウヨとかサヨとかいう表現自体は(本来の意味も含めて)理解が薄いのですが、色々なブログをめぐって
感じることは全体的に
サヨとされる意見の人は理路整然としていていつも冷静
であるのに対して
ウヨとされる人は、相手を罵倒し相手を萎縮させせうよするが為の罵詈雑言、根拠に乏しい決め付けなどが顕著に見受けられます
私はその主張が根拠がきっちりと示してあり、かつ
論理が通っていれば、それが真実であるかいや怪しいのではないか判断します
自分の内容の理解度が低い時は
ブログ主の人となりから真偽を判断する場合があるのでたまに大きく勘違いをすることも有るのですが
さまざまなブログを見てきて、上に示したような傾向が
顕著に見受けられるのはとても面白く
私自身の判断基準にもなるので重宝しています
>三浦小太郎さん
この団体の批判に対する評価はおいておくとして、「ちびくろサンボ」絶版の問題と関連させるのはいかがなものでしょうか。批判を行うのも表現の自由の内であり、被差別者の関心を代弁する団体が特別大きい力を持たない場合、批判の文書を出し新聞などに取り上げられるのを期待するのは賢い手段だろうと思います。今回の場合、商品名を特定の芸能人を表象するものに変えるということをこの団体は達成したわけです。そして、玩具も発売される。出版社が、批判が出ただけですぐに「ちびくろサンボ」を廃刊にしたこととは全然違うと思いますが。
[過去記事ランダム] 黒ひゲイ危機一髪 https://t.co/V4XZdWqpc6