自民党総裁選2024 ― それで何が変わるのか?

 先日、味岡修(三上治)さんが岸田首相の退陣、総裁選不出馬の表明前に書かれた「改憲派の変化」についてのエッセイを動画にしてYouTubeでご紹介しました。6月に書かれたこのエッセイが、自民党総裁選に絡む9月現在の状況を、小手先の政局レベルではなく、大きく俯瞰的に考えるのに役に立つと思ったからです。

[Sponsor Ad]


一番の争点に触れられない総裁選になんの意味があるのか

 自民党総裁選の一番の争点は(保守の立場からするならばですが)裏金問題で地に落ちた自民党、もっと大きくは戦後保守政治の権力構造に対する解体的な出直し、保守派の未来像をどう描くかという政治構想をめぐってのものになるはずです。

 戦後の日本政治、特に自民党が中心となる保守政治とその権力は、金と利権、そして利益誘導による選挙の支配によって支えられてきました。そのことは誰も否定できない公然たる事実です。選挙に勝つために、議員たちは資金集めと中央官僚との癒着に必死で、政策や理念よりもまず「お金」「集金力」が重要視されてきました。そして長老と呼ばれるベテラン議員たちや派閥のボスたちはこの面で若手議員をサポートし、面倒を見て、義理や人情で政治力を築き、また維持してきました。

自民党三長老
自民党三長老(麻生・森・菅)

 政治の世界ではよく「政策や理念に基づいた政治」「政策を競い合うお金のかからない選挙」と言われます。そういう主張がくりかえされること自体が現状がそうでないことの証拠ではありますが、それを実現するために現在の保守政治の構造をぶち壊す、そのための具体的な方策やビジョンを候補者たちが競い合うというのなら、自民党一党や保守派に限らず私達もいささかの関心がわこうというものです。

 それは私たちみんなの見果てぬ夢でもあるからです。100年先を見据えた勉強をし、国民全体のためだけに真剣に働くと共に、一部の人たちだけに犠牲を押し付けない。そんな議員の姿を民衆の多くが夢見ていますが、こういった自民党の歴史的な内部構造がそれを阻んでいるのが現実です。利権を守るために、お金が絡んだ政治が繰り返され、そういうボスこそが力を持ち、誰も逆らえないのですから、根本的な改革には今回も手がつけられそうにありません。だとすれば「自民党の総裁が誰になるか」ではなく、一刻も早く自民党そのものの退場を実現するにはどうすればいいかのほうに関心が高まります。

ベルゼブブを選ぶ選挙なんですか?

 そういった保守政治のゴミ溜めをそのままにして、そのゴミ溜めの上にどんな家を建てようというのでしょうか。せいぜい裏金議員の処遇などが言及される程度ですが、そんなものはゴミから湧いたハエ(裏金議員)を一時的に払う程度のこと。根本原因たるゴミ溜めはそのままです。

 もっと言えばそのハエどもが議員票をもっており、候補者たちは旧来の主流派閥(安倍派・麻生派)のごきげんをおもんばかって、安倍政権時代の統一教会との組織的癒着について再調査を表明した候補者は一人もいません。一人もです!そんなハエが選ぶ身内の選挙にいったい何を期待しろと。まさにベルゼブブ(蠅の王)を選ぶとでも言うのでしょうか。

安倍晋三元首相と旧統一教会の面談
安倍自民党総裁(当時)は統一教会会長と総裁室で選挙協力について面談していた

未来への政治構想を打ち出せず改憲論に逃げる

 実際にはあまりにも強固にこびりついた保守政治の古い体質をくつがえし、党内外の保守派をまとめるような斬新な構想を誰も打ち出せない。そこで裏金・金権・利権体質の克服の代替として出てくるのが、世論調査でもお世辞にも関心が高いとは言えない「改憲」であり、そこに逃げるということになって、そこに最近の改憲派の動きの本質があると三上さんは指摘します。さらにそういった現状を、戦後史の中に位置づけて、民主主義の課題として提起されています。

 政策や政治のビジョンを打ち出せない候補者たちは、代わりに憲法改正や防衛問題を持ち出してきます。しかし、それは腐敗した政治の構造をそのままにして、ただ目先の課題を取り繕うだけにすぎません。ゴミ溜めからはいくらでも新しいハエは湧いてくるし、それが定期的にバレてスキャンダルは繰り返されてきたのではありませんか?。放置したゴミ溜めの上に新しい家を建てて、その家がどれだけ立派に見えても、その土台が腐っていれば、いずれ崩れてしまうということです。

 だいたいがまず軍隊の保有からはじまって、空中給油から事実上の空母の保有、集団的自衛権まで国民の反対を押し切って踏切り、今度は他国への先制攻撃ということで、もう憲法を改正しないとできないことってなんですかね?あとは国民の権利人権を制限することくらいだと思うんですがね。

 9条にいたってはすでに安倍政権時代に死文化しているのであって、あとは理念としての平和主義、軍事政策における消極主義というか、その精神だけが政策を縛る(戦争政策に反対する根拠としての)残り香としてあるだけ。つまりそれまで消し去りたいという国家主義的なイデオロギーしか動機としては思いつかないし、それは多くの国民が少なくとも積極的に望むことではありません。

結局は派閥の権力争い

 今回の総裁選レースは9人が出馬しましたが、小泉進次郎、石破茂、高市早苗の3氏に絞られてきたと言われています。このうち小泉氏と石破氏が菅義偉系列の候補であり、対して安倍政権時代の主流派で美味しいポジションにいた麻生太郎氏の系列である河野太郎、上川陽子の両氏は泡沫です。対立する麻生と菅陣営で、決選投票が小泉と石破の争いになったら、麻生陣営は投票先がなくなって空中分解しかねず、麻生氏は引退に追い込まれる可能性があります。

 そこで麻生氏は自分の派閥の子分を率いて、河野氏らを見捨てて、これまで疎遠だった高市氏を押しかけ応援の上で決選投票に残そうという動きがあると言われています。なんのことはない自分の権力を維持するために、理念もクソもない野合をしようというのです。こうなるともとから「安倍後継」を売りにしている高市氏は、ますます裏金や統一教会問題、保守政治の構造変革なんて語ることはできませんし、そうして成立した高市政権にこれらの課題にメスをいれることなどできようはずもない。なんと醜い構造でしょうか!

高市早苗氏に関する雑感

 もとより国民全体の平均よりも、かなり右にずれていることを隠そうともしない高市氏には警戒感を示す人も多いわけですが、実際にはその部分で「安倍後継」を標榜しても、安倍政権は超右寄りな性格を隠すというか印象付けないことが非常にうまかったわけで、山本太郎氏が指摘するように、その点で安倍を批判すると「また野党が同じこと言ってるよ」的な扱いをされてきました。高市氏に関しては、もしそういう安倍のような狡猾な隠蔽がへたくそだと、自民党の好感度が地に落ちた現状で安倍政権の右寄り路線を継承・成功できるかは未知数でしょう。ほとぼりをさますために使い潰されてしまうだけかもしれません。

 何が言いたいかというと、左派の多くが「高市政権」の登場の可能性を危惧していますが、この人は今回落選しても、そのうちいつかは出てくる人のように思えるので、ならいっそこのタイミングで、ついでに麻生氏との醜い野合で当選してくれたほうが、左派にとっては僥倖というか、どうせ首相になってしまうとしてもタイミングとして「不幸中の幸い」かもしれないということです。むしろ小泉氏が当選して使い潰されたあとに、真打として登場されるほうが日本の危機を招くかもです。

 さらに高市氏は自民党では今や珍しい積極財政論者みたいで、熱心な応援をしている西田昌司氏にいたってはMMT論者でさえあるので、安倍政権的な右翼政策隠蔽路線の下地はあるとは思います。安倍政権の初期みたいに当初は「株価連動内閣」とか言われるかもしれない。まあ一番いいのは自民党が下野している間に「総理になれない総裁」として登場してくれることですけど。

 あと首切り自由化の小泉進次郎氏はねえ、なんというか石原伸晃氏と同じ匂いがするので、今回ダメだったらもうダメかもしれませんねえ(知らんけど!)。だいたい首切り自由化を打ち出して、それに反対する労組や左翼を「抵抗勢力」あつかいするという、お父さんの郵政民営化と同じことをやって大見得を切ろうとしてた魂胆がみえみえなんすよね。くだらない。

 いずれにせよ、安倍政権の時代から、金と利権に基づいた権力維持のやり方は何も変わっていません。現在も同じ構造が続いており、これを変えようとする動きは非常に限られています。私たちが注目し傾注すべきは、自民党の総裁が誰になるかより、当面はいかにして企業献金を抜け道なしで禁止できるか、そして総裁が誰であれ、自民党そのものを如何に退場させるかです。総裁選は自民党の党首を選ぶものであって、首相を選ぶ選挙ではないのですから。