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シベリア抑留者特別措置法の成立を受けて―全抑協声明

 日本の敗戦後、時の天皇制政府によって中国侵略に狩りだされていた日本人や朝鮮人や中国人(抑留の時点では日本国籍)約65万人が、ソ連軍によってシベリアに抑留された。極寒と飢餓の中での強制労働で抑留中に6万人以上の方々が亡くなりました。

 ジュネーブ条約(1949年)によれば、捕虜の労働賃金は、その捕虜の所属国が支払わねばならない。にもかかわらず、南方などの場合と異なり、シベリア抑留の場合は、ソ連(当時)が労働証明書を発行しないことを理由に、賃金が支払われていません。そのため、今や平均年齢87歳の帰還者たちは「賃金なしで働かされるのは奴隷。その奴隷のままで死ぬわけにはいかない」と訴えている、というわけです。そして、シベリアで失われた人間としての尊厳を取り戻そうと、日本政府による補償を求めて今も裁判をたたかい、また立法を国会に働きかけてもいるのです。…この問題は実は今も完結していないのだという事実

岩波編集部便り『シベリア抑留―未完の悲劇』より)

このほど「戦後強制抑留者特別措置法」が成立し、21世紀の今日になって、ようやくにして抑留者への戦後補償がその第一歩を踏み出しました。今まで何度も社民・共産・民主などが国会に提出しながら、いつも自民によって葬り去られていた法案です。これも政権交代の数少ない成果の一つでしょうか。

 今後、これを突破口として、朝鮮・中国人抑留者(当事日本国籍)への補償、『蟻の兵隊』で有名になった山西省残留日本兵の皆様への補償、そして東京大空襲の犠牲者をはじめとする、軍人以外の戦死者に対する戦後補償の問題にも、光明が見出されることを祈らずにはおられません。

 当事者が高齢化し、多くの方々が無念のうちに亡くなられています。残された時間が限られてくる中、この歩みを止められることのないよう切にお願いします。

以下、全国抑留者補償協議会(全抑協)の声明です。

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<声明> 「戦後強制抑留者特別措置法案」成立を受けて

 本日、私ども元シベリア・モンゴル抑留者が切望してきました「戦後強制抑留特別措置法案」が衆議院で可決・成立しました。これまで法案を作成・準備し、成立に向けてご尽力いただいた各党の議員の皆様に心より感謝申し上げます。

 1979年5月7日に「全国抑留者補償協議会」(全抑協)が発足してから31年、「シベリア・モンゴル抑留・未払い賃金問題立法解決推進連絡会議」(シベリア立法会議)が2003年5月29日に結成されてからちょうど7年になります。余りに長い年月と道のりでした。私たちを送り出した祖国日本の冷たさに、失望と落胆、恨みを刻み続けてきた戦後65年でした。この間、すでに多くの戦友が無念な思いを抱いたまま他界し、会員は激減しました。80台後半になるまで、国を恨み続けてきた元捕虜の想いをようやく国会が受け止め、初めて法律をつくっていただけたことに感無量の思いです。

 不当に拉致され、前代未聞の奴隷労働、飢えと寒さ、日本人同士の対立と抗争に青春の数十ヶ月を奪われた代償としては、特別給付金の額は余りに少なすぎます。しかし、問題は金額ではありません。被害者である私たちを、冷遇・排除してきた長い戦後の反省に立って、この法律が生まれたことは、画期的なことで、評価し、歓迎します。

 長い運動の歴史の中で、政治に翻弄され、抑留者自身も引き裂かれ、分裂してきました。今回初めて、超党派で国民的合意に基づいて措置が講じられることを率直に喜びたいと思います。 「これで打ち止め」ではなく、本格的な国の事業としては、「これが始まり」です。第13条 の基本方針の肉付けの作業が大切です。いったい全体何人がシベリアに拉致され、何人が死んだのか? 最低限のことを明らかにすべきです。遺骨さえ返っていない遺族の思いを国は受け止め、国民全体で分かち合うべきです。関係諸外国の協力を求め、民間の知見も活用して、実態解明に全力を挙げていただくことを強く望みます。

 今後、同じように悲惨を体験し、日本人以上に苦労された韓国・朝鮮、中国・台湾に暮らす元抑留者らにも、相応の措置が講じられるべきもの と考えます。次代への継承、再発防止も大切な課題です。私どももそうした活動にささやかながら貢献できるよう、長生きをして、余命をまっとうしたいと思います。

  2010年6月16日

 シベリア立法推進会議代表・全国抑留者補償協議会会長 平塚 光雄

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