[人物の話]藤圭子さん、安らかに

藤圭子さん

by 中野由紀子

 歌手の藤圭子さんが亡くなりました。残念なことでした。私の子どもの頃は、彼女はもう有名人でした。トレードマークの黒髪のおかっぱ、目鼻立ちのはっきりした美人でしたね。あんなに美しい人がいるでしょうか、というくらいに美しい。

 娘さんの宇多田ヒカルさんと、元・パートナーの方からの正式なコメントで、藤さんは、長い間、心の病を患っておられたということがわかりました。うつ病と言われていますが、躁状態の様子もありましたので、双極性のものだったのではないかと思います。(←安易な素人判断はいけませんね。失礼しました。)

 病のせいか、自分では感情のコントロールが難しくなったり、わがままになったり、人間不信になったり、パニック発作が起きたりを繰り返していたということです。自分でもどうすることもできなかったのでしょうね。攻撃するような暴言を吐いたり、わがままを言ったりした後には、「ごめんなさい」と言って謝っていたということは、「見捨てられる恐怖」もあったのだろうと思います。周りの人もつらいけれど、ご本人が一番つらかったろうと想像します。周りの人は、無理にも適切な治療を受けさせるべきだったと思います。ご家族は、「長いこと翻弄されて見ているだけしかできなかった」と、おっしゃっていますが、それは危険なことです。病状が悪くなるのを放っておくのとおんなじです。そうされることは、コントロールの効かないご本人にとっては一番不幸です。亡くなってからでは、どんなに悔やんでも遅いのです。

 摂食障害もあったようですが、摂食障害は、幼い頃に身内の愛がそそがれないことが原因になることも多いです。親と子の関係が逆転していたとしたら、彼女は父母を守り、自分は後まわしな毎日で、愛情を与えられるより、与えていたのではないでしょうか。

 目の不自由な母親や浪曲師の父と共に、幼いころから家計を支えるために、門付けの流しをして歩くのは、本当に大変だったでしょう。見知らぬ家の前や店先に立って、唄を歌い、お金やお菓子をもらうのです。

 デビューしたばかりの頃のビデオ映像では、「普通にご飯が食べられるだけでありがたい」というようなことを言いながら、お寿司をほおばる姿は、とてもうれしそうでした。数年前のテレビのインタビューでは、まったくお化粧をせず、髪をひとつにまとめ、ペットボトルの水をしきりに飲む様子が映っていました。マンションのベランダには、たくさんの水のペットボトルが常備されていたとのことです。ご自身も視力が落ち、年中、口中は熱を持ち、24時間、頭痛や身体の痛み、吐き気があると答えていました。「私は藤圭子は封印したの。もう違う人。純子(本名)ですから」と怒ったように言い放った彼女が印象的でした。本当の自分に戻りたかったのでしょうね。

 決して音を外さない素晴らしく魅力的な唄や歌声は、今、聴いてもうまいなぁ…と思います。一見、堂々と自信にあふれているように見える彼女は、時々、目をきょろきょろさせて不安そうにしていましたね。繊細で怖がりで、他人を信用しなかったそうです。つらかっただろうな、と思います。

藤圭子さん

 「圭子の夢は夜ひらく」が代表曲として紹介されていますが、私は彼女の唄う「逢わずに愛して」が、一番好きでした。前川清とクールファイブも歌っていますが、彼女のバージョンの方が好きです。私が古い歌にわりあい詳しいのは、父母がよく歌を歌っていたからです。たいていの懐メロは知っていますし、歌えます。カラオケで歌うとみんなが引きますから、古い歌を歌う時は「ひとりカラオケ」の方がいいかもしれません。

 子どもの頃、父が藤圭子さんのファンで、私の髪型は、ずっと彼女とおんなじようにしてもらっていました。年がら年中、酒浸りの父が、たまにしらふの時に言うことは、「ゆっこにはこの髪型が一番似合う」でした。懐かしく、うれしい思い出です。

 宇多田ヒカルさんの成功とお金のことも、彼女の人生に大きな影響を与えたことは確かだと感じます。金銭感覚の麻痺や、「なんらかの寂しさ、やりきれない思い」もあったんでしょうね。

 まだ、正確にはわかりませんが、長い間、うつ病を患っていたのなら、適切な薬物治療が必要ですが、それを拒否していたという報道もあります。うつ状態の良くなってきた時期は、発作的に自死してしまうケースが多いのです。ですから、良くなった時こそ、誰かが付いていて注意をしながら見守ることが大事です。これはあまり知られていないことだと思いますので、皆さんの周りに同じ病を抱えておられる方がおいででしたら、覚えておくと役立つかと思います。

 今となってはもう帰らぬ人となってしまいました。「日本に帰ってきても話す人がいない。以前の友人もどこにいるのか、連絡を取りたくても電話番号もわからない。参っちゃった。寂しい」と知り合いの記者に話していたそうです。成功しても、お金があっても、満たされているのではないんですね。誰か、たったひとりでも、彼女に連絡して、「懐かしいねえ、元気だった?」と言ってくれる人がいたらなぁ、と感じます。そういう人が、たったひとりくらいいてもいいのにね。みんないろいろあるんだろうけど、冷たい世の中だな、って思ったりしました。

 人間は弱い生き物です。人生の中で、ひとりぼっちではどうにもならない状態に追い込まれることがあります。自分の周りにいる人が、そんな状態の時、「その人に声を掛ける・話を聞く・適切な医療機関につなげる」。私は、必ずそういう人でいようと思っています。

 彼女は身を投げましたが、後頭部の損傷だけで、お顔はきれいなままだったとありました。阿部純子さん、痛みや苦しみ、悲しみ、寂しさから解放されて、ゆっくりお休みください。

心よりご冥福をお祈りいたします。

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ここまで読んでいただいてありがとうございます!

7件のコメント

>匿名希望さん

メッセージ、ありがとうございます。いつも読んでくださっているのですね。うれしいです。
草加さんに比べたら、語彙も少なく拙い文章ですが、ありがとうございます。

私はとりあえず、「旗旗」内では、「貧乏人のおバカな作文」といった位置付けで、そこからのバカ正直な発信ということになりましょうか。「貧乏人はしたたかで何度でも息を吹き返すのだ」と、今日、ある人から教わりました。

これからも、生温かい目で見守っていただけましたらありがたいです。どうぞ、よろしくお願いします。遠慮なさらずに、ペンネームでも大丈夫ですので、メッセージでもコメントでも、自由に寄せてくださいね。楽しみにお待ちしておりますね♪

>匿名希望さん

非公開メッセージ、ありがとうございます。先日、私のことを真剣に心配してくださった方ですね。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございます。

「野次馬雑記」のyajiumaさんとお知り合いでしょうか?
yajiyumaさんと、そのお仲間の皆さんには、本当にお世話になっています。デモでご一緒させていただいたり、いろんなこと(全共闘関連)を教えていただき、楽しいひと時を過ごさせていただいております。

私のような者を、「素敵な方」だなんて!(←みんな、ちょっと聞いた?ここ大事。試験に出ます)
もったいないお言葉。恐縮です。
こちらこそ、お会いした時はよろしくお願いします。お気軽にお声をかけてくださいませ。

「会ってガッカリ!」とならないように、毎日、お風呂で磨きあげておきます。←間違った方向性。(`・ω・´)

また、メッセージ、コメント、お待ちしておりますね。

こんにちは。
「野次馬雑記」のyajiumaです。
中野さんの藤圭子さん追悼文を読みました。
いいですね。
決して「貧乏人のおバカな作文」ではありませんよ。
私のブログでも、藤圭子さんのポスターについての文章を掲載しています。
よかったら見てください。

中野さん、藤圭子さんのヘアースタイルが似合うかもしれませんね。

>yajiumaさま

コメント、ありがとうございます。拙文を褒めてくださってありがとうございます。
ヽ(´ー`)ノわーい!うれしー!

yajiumaさんのブログ、拝読いたしました。ポスター、素敵です!いいですねえ。深いですねぇ。

【No306 藤圭子のポスターと新宿の記憶】
https://blogs.yahoo.co.jp/meidai1970/31769615.html

当時の「新宿」の様子が想像できます。なんだか魅力的です。今の私らには実感が伴わないのが残念です。

私は生まれる時代を間違えました!!(心は全共闘)
yajiumaさんたちと同じ時期に同じ場所にいて、暴れて(?)いたら面白かっただろうなぁ…って思います。
また、デモでご一緒させてください。フランスデモも(!!)
革命歌も労働歌も懐メロも歌いましょう!これからも、よろしくお願いします。

藤圭子さんを悼んで、先日、前髪をパッツンと切ってみました。子どもの頃を思い出しました。

またお気軽にコメントしてくださいね。楽しみにしています。

>グレコ・ローマンさま

非公開メッセージ、ありがとうございます。

私はカラオケでは必ず、RCか清志郎を歌いまくり、合い間に、子どもの頃のアイドル(聖子、明菜、百恵)などを入れつつ、演歌も歌います。藤圭子の「新宿の女」と「逢わずに愛して」は十八番になっています。あ!「天城越え」も。宇崎竜堂&阿木曜子の一連の作品も大好きです。

井上陽水も吉田拓郎も、椎名林檎の「丸の内サディスティック」やきゃりーぱみゅぱみゅの「インベーダーインベーダー」も歌いますよ。なんでも歌うということか!いつかぜひ、ご一緒に。

さて、「うつ病」の治療は確かに難しいですね。個々の状態もありますし。素人だけではどうにもなりません。基本は薬物療法ですが、必要があれば「入院」も視野に入れた方がいいでしょうね。家族が参ってしまってはいけないので、家族や周りの方々へのカウンセリングがおこなわれる病院もあります。ですから、家庭だけでなんとかしようとしないことが大事です。

藤さんが、ひっきりなしに水を飲んでいたのは、うつの薬の副作用であったかもしれないし、薬物療法を拒んでいれば、自律神経失調でも口の渇きは起きますので、どうだったかはわかりません。

6年も同居してらした男性は、以前のマネージャーさんで、部屋は別々。親子ほども年の離れた男性は、藤さんの介護(生活や心身の助け)をしてらしたと報道にありました。私は、そういう関係ってあるなって思いました。男女の関係に友情はないといいますが、私はあると思っている人なので、情でつながったおふたりが、それぞれ別に生きてる感覚で、でもどこかで繋がって労わりながら生きていたことに、少し安心しました。というのは、人間の関係にはいろいろあっていいのだと思ったからでした。

後半は、週刊誌からの情報なので、ちょっと下世話な話でした。

リクエストにお応えして、またいい曲をupしますね。古めの歌には本当にいい曲があるんですよね。待っていてくださいね。

メビウスリング掲示板の中高年版に
「藤圭子さんへのメッセージ」という
スレもありますよ。
皆さんそこでも思い出やメッセージを書き込みませんか、

>藤圭子命さま

非公開メッセージをありがとうございます。
少々お返事が遅れましてごめんなさい。

お礼なんてとんでもないです。恐縮です。

ずっと彼女の居場所を探していたのですか。
彼女を見守り続けていらしたのでしょうね。
今、居ないことがただただ寂しいですね。
あれだけの才能がある方ですから、少しぐらい周りに迷惑かけてしまうようなことがあっても、とにかく生きていてくれたらよし!と思ってしまうんですよね、私は。歌いたい時に歌えばいいみたいな環境を作ってあげてほしかったなってね。
稀有な存在だと思うんですよね。
なんかやっぱり悔しいです。

また気楽にメッセージくださいませね♪

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