佐藤紅緑『ああ玉杯に花うけて』後編

 黙々先生に系図を見せられたその夜、千三はまんじりともせずに考えこんだ、かれの胸のうちに新しい光がさしこんだ。かれは嬉しくてたまらなかった、なんとも知れぬ勇気がひしひしおどり出す。かれは大きな声をだしてどなりたくなった。
 眠らなければ、明日の商売にさわる、かれは足を十分に伸ばし胸一ぱいに呼吸をして一、二、三、四と数えた。そうしてかれはあわいあわい夢に包まれた。

 ふと見るとかれはある山路を歩いている。道の両側には桜の老樹が並んでいまをさかりにさきほこっている。
「ああここはどこだろう」
 こう思って目をあげると谷をへだてた向こうの山々もことごとく桜である。右も桜左も桜、上も桜下も桜、天地は桜の花にうずもれて白一白(はくいっぱく)、落英繽紛(らくえいひんぷん)として顔に冷たい。

「ああきれいなところだなあ」
 こう思うとたんにしずかに馬蹄の音がどこからとなくきこえる。
「ぱかぱかぱかぱか」
 煙のごとくかすむ花の薄絹を透して人馬の行列が見える。にしきのみ旗、にしきのみ輿! その前後をまもるよろい武者! さながらにしき絵のよう。
 行列は花の木の間を縫うて薄絹の中から、そろりそろりと現われてくる。

「下に座って下に座って」
 声が聞こえるのでわきを見るとひとりの白髪の老翁(ろうおう)が大地にひざまずいている。
「おじいさんこれはなんの行列ですか」
 こうたずねるとおじいさんは千三の顔をじっと眺めた、それは紙幣で見たことのある武内宿禰(たけのうちのすくね)に似た顔であった。
「あれはな、後村上天皇がいま行幸(みゆき)になったところだ」
「ああそれじゃここは?」
「吉野だ」
「どうしてここへいらっしったのです」
 じいさんは千三をじろりと見やったがその目から涙がぼろぼろこぼれた。一円紙幣がぬれては困ると千三は思った。

「逆臣尊氏に攻められて、天(あめ)が下御衣の御袖乾く間も在(おわ)さぬのじゃ」
「それでは……これが……本当の……」
 千三は仰天して思わず大地にひざまずいた。このとき行列が静々とお通りになる。

「まっ先にきた小桜縅(こざくらおどし)のよろい着て葦毛の馬に乗り、重籐(しげどう)の弓を持ってたかの切斑(きりふ)の矢を負い、くわ形のかぶとを馬の平首につけたのはあれは楠正行(くすのきまさつら)じゃ」
 とおじいさんがいった。
「ああそうですか、それと並んで紺青のよろいを着て鉢巻きをしているのはどなたですか」
「あれは正行の従兄弟和田正朝(わだまさとも)じゃ」
「へえ」
「そら御輿がお通りになる、頭をさげい、ああおやせましましたこと、一天万乗(いってんばんじょう)の御君が戦塵にまみれて山また山、谷また谷、北に南に御(おん)さすらいなさる。ああおそれ多いことじゃ」
 おじいさんは頭を大地につけてないている、千三は涙が目にたまって玉顔を拝むことができなかった。

「御輿の御後に供奉(ぐぶ)する人はあれは北畠親房(きたばたけちかふさ)じゃ」
「えっ?」
 千三は顔をあげた。
 赤地にしきの直垂(ひたたれ)に緋縅(ひおどし)のよろい着て、頭に烏帽子をいただき、弓と矢は従者に持たせ、徒歩(かち)にて御輿にひたと供奉(ぐぶ)する三十六、七の男、鼻高く眉秀で、目には誠忠の光を湛え口元には知勇の色を蔵す、威風堂々としてあたりをはらって見える。

 千三は呼吸(いき)もできなかった。
「いずれも皆忠臣の亀鑑(きかん)、真の日本男児じゃ、ああこの人達があればこそ日本は万々歳まで滅びないのだ」
 こうおじいさんがいったかと思うととっとと走っていく、その早いこと百メートル五秒間ぐらいである。
「待ってくださいおじいさん、お紙幣になるにはまだ早いから」
 こういったが聞こえない。おじいさんは桜の中に消えてしまった。

 にわかにとどろく軍馬の音! 法螺! 陣太鼓! 銅鑼ぶうぶうどんどん。
 向こうの丘に現われた敵軍の大勢! 丸二つ引きの旗をへんぽんとひるがえして落日を後ろに丘の尖端(とっぱな)! ぬっくと立った馬上の大将はこれ歴史で見た足利尊氏である。

 すわとばかりに正行、正朝、親房の面々。屹(きっ)と御輿を護って賊軍をにらんだ、その目は血走り憤怒の歯噛み、毛髪ことごとく逆立って見える。

「やれやれッ逆賊をたたき殺せ」と千三は叫んだ。
「これ千三、これ」
 母の声におどろいて目がさめればこれなん正しく南柯(なんか)の夢であった。
「どうしたんだい」
「どうもこうもねえや、畜生ッ、足利尊氏の畜生ッ」と千三はまだ夢中である。
「喧嘩の夢でも見たのか、足利の高さんと喧嘩したのかえ」
「なんだって畜生ッ、高慢な面あしやがって、天子様に指でも指してみろ、おれが承知しねえ、豆腐屋だと思って尊氏の畜生ばかにするない」
「千三どうしたのさ、千三」
「お母さんですか」
 千三はこういってはじめてわれにかえった。母はじっと千三を見つめた、千三の顔は次第次第にいきいきと輝いた。

「お母さん、ぼくは勉強します」
 母はだまっている。
「ぼくは今日先生にぼくのご先祖のことを聞きました。北畠顕家(きたばたけあきいえ)、親房(ちかふさ)……南朝の忠臣です。その血を受けたぼくはえらくなれない法がありません」
「だけれどもね、このとおり貧乏ではおまえを学校へやることもできずね」
 母はほろりとした。

「貧乏でもかまいません。お母さん、顕家、親房はほんのはだか身でもって奥州や伊勢や諸所方々で軍(いくさ)を起こして負けては逃げ、逃げてはまた義兵を集め、一日だって休むひまもなく天子様のために働きましたよ、それにくらべると日に三度ずつご飯を食べているぼくなぞはもったいないと思います。ねえお母さん、ぼくはいま夢を見たんです。先祖の親房という人はじつにりっぱな顔でした、ぼくのようにチビではありませんよ、尊氏のほうをきっとにらんだ顔は体中忠義の炎が燃えあがっています。ぼくだって忠臣になれます。ぼくだってね、チビでも忠臣になれないことはないでしょう」

「いい夢を見たね」
 母は病みほおけた身体を起こして仏壇に向かっておじぎした。
 千三は生まれかわった。翌日からなにを見ても嬉しい。かれは外を歩きながらそればかりを考えている。
「やあ向こうから八百屋の半公がきたな、あれも忠臣にしてやるんだ。おれの旗持ちぐらいだ、ああぶりき屋の浅公、あれは母親の財布をごまかして活動にばかりいくが、あれもなにかに使えるから忠臣にしてやる、やあ酒屋のブルドッグ、あれは馬のかわりにならないから使ってやらない」

 黙々先生はチビ公が急に活気づいたのを見てひとりほくほく喜んでいた。
 ある日かれはひとりの学生を先生に紹介された。それは昨年第一高等学校に入学した安場五郎という青年である。黙々塾をでて高等学校へはいれたのは安場ひとりきりである。
 先生は安場が好きであった。色が赤黒く顔は七輪に似て、ようかん色になった制服を着て腰にてぬぐいをさげ、帽子はこけ色になっている。かれは一年のあいだに身体がめきめきと発達したので制服の腕や胴は身体の肉がはちきれそうに見える。かれは代書人の息子である。

 かれは東京から家へ帰るとすぐ黙々先生のご機嫌うかがいにくる。
「先生ただいま」
「うむ帰ったか」
 先生は注意深くかれの一挙一動を見る。
「学校はどうだ」
 まず学校のようすをきき、それから友達のことをきく。
「どんな友達ができたか」
「あんこうというやつがあります。口がおそろしく大きいんでりんごを皮ごと二口で食ってしまいます。それからフンプンというやつがあります。これは一年に一ぺんもさるまたを洗濯しませんから、いつでもフンプンとしています。それからまむしというやつ、これは生きたへびを頭からかじります」
「ふん、勇敢だな」
 先生はにこにこする。
「この三人はみんなできるやつです。頭がおそろしくいいやつです、三人とも政治をやるといってます」
「たのもしいな、きみとどうだ」
「ぼくよりえらいやつです」
「そうか」

 先生が一番注意をはらうのは友達のことである。かれはそのまむしやフンプンやあんこうがどんな話をしてどんな遊びをしてどんな本を読んでるかまでくわしくきいた。
「活動を見るか」
「さかんに見ましたが、あれは非常に下卑たものだとわかったからこのごろは見ません」
「それがいい」
 先生は安場がいつも友達の自慢をするのをすこぶる嬉しそうに聞いていた。人の悪口をいったり、自慢をいったりするのは先生のもっともこのまざるところであった。

 安場は実際先生思いであった。かれは帰省中には毎朝かならず先生をたずねて水をくみ飯をたき夜の掃除をした。先生は外へ出ると安場の自慢ばかりいう。
「あいつはいまに大きなものになる」
 先生はわずかばかりの汽車賃があればそっと東京へ出て一高を視察にでかける、そうして安場がどんな生活をしているかを人知れず監視するのであった。そのくせかれは安場に向かっては一度もほめたことはない。

「きみは英雄をなんと思うか」
「英雄は歴史の花です」と安場は即座に答える。
「カアライルをまねてはいかん。英雄は花じゃない、実である。もし花であるならそれは泛々(はんぱん)たる軽薄の徒といわなきゃならん。名誉、物質欲、それらをもって目的とするものは真の英雄とはいえないぞ、いいか。英雄は人類の中心点である、そうだ、中心点だ、車の軸だ、国家を支える大黒柱だ、ギリシャの神話にアトラス山は天が墜ちるのを支えている山としてある。天がおちるのを支えるのは英雄だ、花だなんてそんな浮わついた考えではまだ語るにたらん。もっと修養しろ馬鹿ッ」
 すべてこういう風である、どんなにばかといわれても安場はそれを喜んでいた。

「先生はありがたいな」
 かれはいつもこういった。かれとチビ公はすぐに親友になった。おりおりふたりは郊外へでて長い長い堤の上を散歩した。寒い寒い風がひゅうひゅう野面をふく、かれあしはざわざわ鳴って雲が低くたれる、安場は平気である。かれは高い堤に立って胸一ぱいにはって高らかに歌う。

  ああ玉杯に花うけて、緑酒に月の影やどし、
  治安の夢にふけりたる、栄華の巷低く見て、
  向ヶ岡にそそり立つ、
  五寮の健児意気高し。……

 バリトンの声であるが、量は豊かに力がみちている。それは遠くの森に反響し、近くの野面をわたり、べきべきたる落雲を破って、天と地との広大無辺な間隙を一ぱいにふるわす、チビ公はだまってそれを聞いていると、体内の血が躍々と跳るような気がする。自由豪放な青春の気はその疲れた肉体や、衰えた精神に金蛇銀蛇の赫耀(かくよう)たる光をあたえる。

「もっとやってくれ」とかれはいう。
「うむ、よしッ」
 安場は七輪のような顔をぐっと屹立させると同時に鼻穴をぱっと大きくする、とすぐいのししのようにあらい呼吸(いき)をぷうとふく。

  ふようの雪の精をとり、芳野の花の華(か)をうばい、
  清き心のますらおが、剣(つるぎ)と筆とをとり持ちて、
  一たび起たば何事か、
  人生の偉業成らざらん。

 うたっていくうちにかれの顔はますます黒く赤らみ、その目は輝き、わが校を愛する熱情と永遠の理想と現在力学の勇気と、すべての高邁な不撓な奮闘的な気魄があらしのごとく突出してくる。チビ公は涙をたれた。
「きみはな、貧乏を気にしちゃいかんぞ」と安場はいった。「貧乏ほど愉快なことはないんだ」
 かれはチビ公のかたわらに座っていいつづけた。

 おれは貧乏だから書物が買えなかった。おれは雑誌すら読んだことはなかった。すると先生はおれに本を貸してくれた。先生の本は二十年も三十年も前の本だ、先生がおれに貸してくれた本はスミスの代数とスウイントンの万国史と資治通鑑それだけだ、あんな本は東京の古本屋にだってありやしない。

 だが新刊の本が買えないから、古い本でもそれを読むよりほかにしようがなかった、そこでおれはそれを読んだ、友達が遊びにきておれの机の上をジロジロ見るとき、おれははずかしくて本をかくしたものだ、太政官印刷なんて本があるんだからな、実際はずかしかったよ。

 おれはこんな時代おくれの本を読んでも役に立つまいと思った、だが、先生が貸してくれた本だから読まないわけにゆかない、それ以外には本がないんだからな、そこでおれは読んだ。最初はむずかしくもありつまらないと思ったが、だんだんおもしろくなってきた、一日一日と自分が肥っていくような気がした。おれは入学試験を受けるとき、ほんの十日ばかり先生が準備復習をしてくれた。
「こんな旧式なのでもいいのか知らん」とおれは思った。
「だいじょうぶだいけ」と先生がいった、おれはいった、そうしてうまく入学した。

「なあチビ公」
 安場はなにを思ったか目に一ぱい涙をたたえた。
「試験の前日、先生はおれにこういった」
「安場、腕ずもうをやろう」
「ぼくですか」
「うむ」
 先生はがちょうのように首が長く、ひょろひょろやせて、年が老いている。おれはこのとおり力が自慢だ、負かすのは失礼だと思ったが、さりとて故意に負けるとへつらうことになる、互角ぐらいにしておこうと思った。
「やりましょう」
 先生は長いひざを開いて畳にうつぶしになった。さながら栄養不良のかわずのよう!
「さあこい」
「よしッ」
 おれもひじを畳についた、がっきと手と手を組んだ、おれはいい加減(かげん)にあしらうつもりであった、先生の痩せた長い腕がぶるぶるふるえた。
「弱虫! なき虫! いも虫! へっぴり虫!」と先生はいった。
「先生こそ弱虫です」
「なにを!」
「どっこい」
 おれは少しずつ力をだして不動直立の態度をとるつもりであった。だが先生の押す力がずっとひじにこたえる。
「弱いやつだ、青年がそれでどうする、米の飯を食わせておくのはおしいものだ、やい、いも虫、なき虫、わらじ虫!」
 あまりしつこく虫づくしをいうのでおれもちょっと癪にさわった。
「いいですか、本気をだしますぞ」
「よしッ、虫けらの本気はどんなものか、へっぴり虫!」
「よしッ」
 おれは満身の力をこめて一気に先生を押したおそうとした、先生の腕が少しかたむいた。
「いいかな」
 先生はこういって、「うん」と一つうなった、たよたよとした細い腕はがきっと組んだまま大盤石!

「おやッ」
 おれは頭を畳にすりつけ、左の掌で畳をしっかとおさえ肩先に力をあつめて押しだした。
「虫があばれるあばれる」と先生はげらげらわらった。おれはどうもふしぎでたまらない。負けるはずがないのだ。
「いいかな」
 先生はこういっておれのこぶしをひた押しに倒してしまった。
 おれは汗をびっしょりかいて、ふうふう息をはずませた。
「どうだ」
 首を傾げてふしぎがってるおれの顔を見て先生はわらった。

「ふしぎですな」
「おまえはばかだ」
「なんといわれてもしようがありません」
「いよいよジャクチュウかな」
「ジャクチュウとはなんですか」
「弱虫だ、はッはッはッ」
「先生はどうして強いんですか」
「わしが強いんでない、おまえがジャクチュウなんだ」
「ぼくはそんなに弱いはずがないのです」
「おまえはどこに力を入れてるか」
「ひじです」
「腕をだしてみい」
 先生のひょろひょろした青ざめた腕とおれのハチ切れそうに肥った円い赤い腕が並んだ。
「ひじとひじの力なら私の方がとてもかなわないはずじゃないか」と先生がいった。
「じゃ先生は?」
 先生はにっこり笑って、胸の下を指さした。
「腹ですか」
「うむ、力はすべて腹から出るものだ、西洋人の力は小手先からでる、東洋人の力は腹からでる、日露戦争に勝つゆえんだ」

「うむ」
「学問も腹だ、人生に処する道も腹だ、気が逆上(ぎゃくじょう)すると力が逆上して浮きたつ、だから弱くなる、腹をしっかりとおちつけると気が臍下丹田(せいかたんでん)に収まるから精神爽快、力が全身的になる、中心が腹にできる、いいかおまえはへそをなんと思うか」
「よけいなものだと思います」
「それだからいかん、人間の身体のうちで一番大切なものはへそだよ」
「しかしなんの役にも立ちません」
「そうじゃない、いまのやつらはへそを軽蔑するからみな軽佻浮薄(けいちょうふはく)なのだ、へそは力の中心点だ、人間はすべての力をへそに集注すれば、どっしりとおちついて威武も屈するあたわず富貴も淫するあたわず、沈毅、剛勇、冷静、明智になるのだ、孟子の所謂 浩然の気はへそを讃美した言葉だ、へそだ、へそだ、へそだ、おまえは試験場で頭がぐらぐらしたらふところから手を入れてしずかにへそをなでろ」

 おれは試験場でへそをなでなかったが、難問題にぶつかったときに先生のこの言葉を思いだした、そうして、
「へそだ、へそだ、へそだ」と口の中でいった、と急におかしくなってふしぎに気がしずまる、かっと頭にのぼせた熱がずんとさがって下腹に力がみちてくる。
 旧式の本、それを読んだことはいわゆる試験準備のために印刷された本よりもはるかに有効であった。
 どんな本でも、くわしくくわしくいくどもいくども読んで研究すればすべての学問に応用することができる、数多くの本を、いろいろざっと見流すよりたった一冊の本を精読する方がいい。

 おれが受験から帰ってくると先生はぼくを待ちかねている、おれは試験の問題とおれの書いた答案を語る、先生はそれについていちいち批評してくれた、そうしておれににわとりのすき焼きをご馳走してくれる。
「うんと滋養物を食わんといかんぞ」
 こう先生がいう、七日のあいだに先生が大切に飼っていた三羽のにわとりがみんななくなった。

「おれは先生の恩はわすれない、もし先生のような人がこの世に十人もあったら、すべての青年はどんなに幸福だろう、町のやつは……師範学校や中学校のやつらは先生の教授法を旧式だという、旧式かも知らんが先生はおれのようなつまらない人間でもはげましたり打ったりして一人前にしたててくれるからね」
 安場はこういって口をつぐんだ、かれはたえきれなくなってなき出した。
「なあ青木、おまえも責任があるぞ、先生がおまえをかわいがってくれる、先生に対してもおまえは奮発しろよ」
「やるとも」千三も無量の感慨に打たれていった。
「さあ帰ろう」
 夕闇がせまる武蔵野のかれあしの中をふたりは帰る。

  花さき花はうつろいて、露おき露のひるがごと、
  星霜移り人は去り、舵とる舵手(かこ)はかわるとも、
  わが乗る船はとこしえに、理想の自治に進むなり。

 日はとっぷりと暮れた、安場ははたと歌をやめてふりかえった。
「なあおい青木、一緒に進もうな」
「うむ」
 たがいの顔が見えなかった。
「おれも早くその歌をうたいたいな」とチビ公はいった、安場は答えなかった、ざわざわと枯れ草が風に鳴った。
「おれの歌よりもなあ青木」と安場はいった。「おまえのらっぱの方が尊いぞ」
「そうかなあ」
「進軍のらっぱだ」
「うむ」
「いさましいらっぱだ、ふけッ大いにふけ、ふいてふいてふきまくれ」
 ひゅうひゅう風がふくので声が散ってしまった。

 幸福の神はいつまでも青木一家にしぶい顔を見せなかった、伯父さんとチビ公の勉強によって一家は次第に回復した。チビ公の母は病気がなおってから店のすみにわずかばかりの雑穀を並べた、黙々先生はまっさきになって知人朋友を勧誘したので、雑穀は見る見る売れだした。生蕃親子がこの地を去ってからもはやチビ公を迫害するものはない、店はますます繁昌し、大した収入がなくとも不自由なく暮らせるようになった。

 安場は日曜ごとに浦和へきた、そうして千三にキャッチボールを教えたりした、元来 黙々塾に通学するものはすべて貧乏人の子で、でっち、小僧、工場通いの息子、中には大工や左官の内弟子もあった。かれらはみんな仲よしであった、ハイカラな制服制帽を着ることができぬので、大抵は和服にはかまをはいていた。

 チビ公は日曜ごとには朝から晩まで遊ぶことができるようになった、塾の生徒は師範学校や中学の生徒のように費用に飽かして遠足したり活動を見にゆくことができないのでいつも塾の前の広場でランニング、高跳びなどをして遊んでいた。それが安場がきてからキャッチボールがはやりだした、安場は東京の友達からりっぱなミットをもらってきてくれた、チビ公は光一のところへグローブの古いやつをもらいにいった。

「あるよ、いくらでもあるよ」
 光一は古いグローブ二つと新しいグローブ一つとをだしてくれた。
「こんなにもらってもいいんですか」と千三はいった。
「ぼくは買ってもらうからいいよ」と光一はいった。
「これは新しいんですね」
「心配するなよ」
 グローブ三つにボール二つ、それをもらって千三が塾へいったとき一同は万歳を唱えた、勉強はできなくとも貧乏人の子はスポーツがうまい、一同はだんだん上達した。

 あるとき千三が豆腐を売りまわってると道で光一にあった。
「おいボールがうまくなったそうだね」
 光一は例のごとく上品な目に笑みをたたえていった。
「少しうまくなりました」
 光一は妙にしずんだ顔をして千三の目を見つめた。
「きみ、たのむからね、ぼくに向かってていねいな言葉を使ってくれるなよ、ね、きみは豆腐屋の子、ぼくは雑貨屋の子、同じ商人の子じゃないか、ねえきみ、きみもぼくも同じ小学校にいたときのように対等の友達として交わりたいんだ、きみも学生だからね」
「ああ」

 いまにはじめぬ光一のりっぱな態度に、千三はひどく感激した。
「それからね、きみ、きみの塾とぼくの学校と試合をやらないか」
「ああ、だけれども弱いから」
「弱くてもいいよ、おたがいに練習だからね」
「相談してみよう」
「きみはなにをやってるか」
「ぼくはショートだ」
「それがいい、きみは頭がよくて敏捷だから」
「きみは」
「ぼくは今度からピッチャーをやってるんだよ」
「すてきだね」
「なかなかまずいんだよ、手塚はショートだ、あいつはなかなかうまいよ」

 その夜千三は塾で一同に相談した。
「やろうやろう」というものがある。
「とてもかなわない」というものもある。議論はいろいろにわかれたが結局安場にきてもらってきめることになった。

 安場は翌日やってきた。
「やれやれ、大いにやれ、親から金をもらって洋服を着て学問するやつに強いやつがあるものか、わが校の威風を示すのはこのときだ」
 一同はすぐ決心した、毎夜課業がすむとこそこそそのことばかりを語りあった、だが悲しいことには貧乏人の子である、マークのついた帽子や、ユニフォームを買うことはできない、いわんやスパイクのついた靴、プロテクター、すねあてにおいてをやである。

「銭がほしいなあ」と一同はいった、この話がいつしか黙々先生にもれた、先生は早速一同を集めた。
「遊戯は精神修養をもって主とするもので形式を主とするものでない、みんなはだかでやるならゆるす、おれはバットを作ってやる、はだかが寒いならシャツにさるまた、それでいい、それが当塾の塾風である」
「先生のいうとおりにします」と一同はいった。

 翌日先生は庭先にでて大きなまさかりでかしの丸太を割っていた。
「先生なにをなさるんですか」と、チビ公がきいた。
「バットを作ってやるんだ」
 放課後も先生はのこぎりやらかんなやらでバット製作にとりかかった。と仕立屋の小僧で呉田というのがぼろきれをいくえにも縫いあわせて捕手のプロテクターを作った。すると古道具屋の子は撃剣の鉄面でマスクを作った。

 道具は一通りそろった。安場が日曜にきて、各シートを決めた、安場は東京からの汽車賃を倹約するためにいつも五里の道を歩いてくるのである。

 投手は馬夫(まご)の子で松下というのである、かれは十六であるが十九ぐらいの身長があった。ちいさい時に火傷をしたので頭に大きなあとがある、みなはそれをあだ名して五大洲と称した。かれの球はおそろしく速かった。
 捕手は「クラモウ」というあだ名で左官の子である、なぜクラモウというかというに、いつもだまってものをいわないのは暗がりの牛のようだからである、身体は横に肥ってかにのようにまたがあいている。

 一塁手は「旗竿」と称せられる細長い大工の子で、二塁手は「すずめ」というあだ名で駄菓子屋の子である、すずめはボールは上手でないが講釈がなかなかうまい、かれは安場コーチの横合いから口をだしていつも安場にしかられた。
 三塁手にはどんな球でもかならず止める橋本というのがある、かれはおそろしい勢いで一直線にとんできた球を鼻で止めたので後ろにひっくりかえった。それからかれを橋本とよばずに鼻本(はなもと)とよんだ。

 外野にもなかなか勇敢な少年があった、ショートはチビ公であった、チビ公は身丈が低いが非常に敏捷であった、かれは球を捕るには一種の天才であった、かれはわずかばかりの練習でゴロにいろいろなものがあることを感じた、大きく波を打ってくるもの、小さくきざんでくるもの、球の回転なしにまっすぐにすうと地をすってくるもの、左に旋回するもの、右に旋回するもの、約十種ばかりの性質によって握り方をかえなければならぬ。チビ公は無意識ながらもそれを感じた。

 一生懸命に汗を流してけずり上げた先生のバットはあまり感心したものでなかった。それはあらけずりのいぼだらけで途中にふしがあるものであった。
「なんだこれは」
「すりこぎのようだ」
「犬殺しの棒だ」
「いやだな、おまえが使えよ」
「おれもいやだ」
 少年共はてんでにしりごみをした。さりとてこれを使わねば先生の機嫌が悪い。一同は途方に暮れた。
「ぼくのにする」とチビ公はいった。「このバットには先生がぼくらを愛する慈愛の魂がこもってる、ぼくはかならずこれでホームランを打ってみせるよ、ぼくが打つんじゃない先生が打つんだ」

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