アクション

昨春以降の活動を駆け足でふりかえる(5)

 一月の上旬には終わらせる予定だったこのシリーズですが、もう2月になっちゃったよ。今日はじめて見た人からすれば、節分の声を聞いてからまだ「昨年をふりかえる」って何をやっているんだこいつはってとこですね。今までなら、もうやめようかであいまいにしてきたところですが、こっから先はしばらく画像アルバムで報告したものが続くので、そんなに細かく書く必要もないと思う。だからとにかく今回は最後までいくよ。しかし春までに終わるのかね。

木の根ペンション・プール開き

◆ついに!木の根プールで泳いだよ

 さて、7月ですが、17日には木の根ペンション20年ぶりのプール開きに行ってきました。これは主に旧熱田派系の人が中心ですが、私は中野由紀子さんら勝手連の皆様と前日の16日から準備作業に参加、さらに翌18日の反対同盟(いわゆる北原派)主催の緊急集会にも参加しましたので、三里塚に二泊三日となりました。
 これは画像報告にかなり詳しく書きましたから、詳しくはそちらを見てもらうでいいですよね(→こちらを参照)。よって以下は具体的な報告というより感想になるかな。
 あっ、でも動画を編集も掲載もしてないΣ(゚□゚ 今さらだけど見たいですか?動画の編集は非力なパソコンだと、すんごくストレスたまる、めんどい作業なので、最近は後回しにしてしまいます。うーん、まあ、未編集の携帯動画がたまってるので、そのうちぼつぼつやるかなあ。

 しかし私みたいに、ごくたまに手伝いに来ていただけの者が見ても感慨無量でしたよ。20年間放置されたまま、大量の泥がたまって緑色の沼と化していたプールを、まる一年がかりの作業でよみがえらせたわけですから。木の根と言えば、やはり死ぬまで土地を売らなかった開拓農民・小川源さんのことが思い出されますが、きっと源さんも空港に覆われて荒れ果てた、今の木の根を寂しく思っていたでしょう。そしてこの日のプール開きに、昔みたいにたくさんの人が集まってくれたことを喜んでくれているに違いないと思います。

 とりわけこの日のプール開きには、三里塚闘争のことなんて何も知らない若者がたくさん来てくれたことが嬉しい。まあ、いつまでたっても「何も知らない」ままなのはどうかと思うが(笑)、「生まれた時にはとっくの昔に反対同盟は分裂してました」「その両派の違いって見ててもよくわかりません」的な人には、やはり世代ギャップを感じました。部外者から見たら、そんなに対立するほどの大きな違いには見えないみたいです。「過激さの度合い」が違うくらいにしか思えないみたい。うーん、まあそういうもんかねえ。私らの世代にしたら、その違いは路線的なものだったわけですが。

 でもとても楽しかったですよ。プールで泳いだのも、模擬店(?)の店員やったのも、コンサートも、太鼓たたいてチャングを踊ったのも、具体的なことは画像報告のほうに譲りますが、こういうプールだのペンションだのの取り組みだって、原則的な農地死守の闘い(現地攻防)と立派に両立すると思います。ドリルの先端みたいな闘いは必要だけど、それを支えるためにも、広範に裾野を広げるような活動も大切で、それはそれで頑張るべきかと。ところがそれを具体的な敵の攻撃が迫っている目の前で、「あんな決戦主義じゃダメだ」とペンションやプールやコンサートとかを現地攻防に対置するものとして語るからおかしくなる。それじゃとりわけ空港用地内の農民の中に不満を持つ人が出ても当たり前だし、そういう不満を持つことを、ただの「誤解」だのなんだの「わかってない」みたいに言うこと自体がおかしい。

 一方でその逆に、「ペンションやプールやコンサートなんかやることは闘争の破壊だ、だからそんな奴はやっつけてしまえ、それが闘争勝利の道だ」というのも全然違います。ペンションやプールだって、空港会社にとっては嫌なものであり、目の上のたんこぶには違いないのです。それを同じ空港反対派がぶっ潰して取り除いてくれたら、政府-空港会社は困るどころか大喜びで、今度は残ったその実力闘争派のほうに弾圧を集中させてくるだけのこと。
 また、今のペンションやプールに集まってくる若い人々は、かつての人々と(良くも悪くも)同じではありません。年配の方の中には今でも「一坪再共有化運動最強伝説」にこだわっている人もいます。それはご自分の人生の総括がかかっていることなので、少なくとも第三者が軽い気持ちで否定はできないけれど、世代も変わってもっとフリーに物を考えられる方も出てきています。また、これらの施設も今や反対運動全体にとっても貴重な拠点の一つでもあるということは理解してほしいと思います。

◆裁判所よ、おまえもか!

2011・7・18 三里塚緊急現地闘争

 続いてプール開きの翌日には、その足で7・18 三里塚緊急現地闘争 に参加してきました(→画像報告)。これも当日の様子などは画像報告のほうを見ていただくことにして、少し大事なことをいくつか書いておかねばと思います。文章と画面が乱雑になっていると思いますが、大切なことなので、ここだけでも読んでください。

 この日は、ただそこにいただけの人々が反対派だという理由で50名も不当逮捕された5・20高裁弾圧、そして何度も書いていますので詳細は繰り返しませんが、一番の争点についてなんらの審理もおこなわずに天神峰現闘本部の仮執行付き収去判決を出した不当判決、それらを受けて、現闘本部の破壊を許さないための現地緊急集会であり、250名ほどが参加されました。

 昨年は全国集会以外に、小規模な現地緊急集会が何度もありましたが、それらはだいたい100人くらいの参加であり、この日はその2倍以上の人が集まったことになります。上のような流れの中で、激しく続いている現地攻防の緊張を反映したものだと思います。
 プールのような裾野の闘いも、こうした現地攻防への取り組みと結合できれば、より大きな力を発揮できます。昔はこれらの闘いが、一つの反対同盟の中で有機的に闘われていたのになあと思います。複雑になってしまった運動系列の中では難しいものがあるのは事実ですが、せめてそれらに縛られない個人参加の一人として、一個の「農民殺しの政府-空港会社との闘い」として位置づけて取り組んでいきたいと思いました。

 さて、実はこの天神峰現闘本部というのは、「本部」とは言っても悪名高い成田治安立法によって建物への立ち入りが禁止され、その上に鉄板で封鎖されていまして、実際にはもう20年以上も使われていない(使うことができない)建物なのです。で、さらに登記されている現闘本部の「本体」というのは、外側の鉄筋コンクリート部分ではなく、法律上はその中にある木造平屋の建物なのです。外側の鉄筋の建物というのは、その天神峰現闘本部を守るために、あとから付け足された建造物です。そしてさらにその外側を、現闘本部を封鎖している鉄板が覆っているという三重の構造になっています。

 で、そこに漠然とした「収去判決(命令)」が出たわけですが、判決は立ち入り禁止を解除していません。さらに内部の登記済み木造建物が現存しているかどうかが争点の一つだったにもかかわらず、その点について全く審理も証拠調べもしなかったので、判決文に書くことができませんでした。つまり「すでに木造建物はないっぽい方向で」本体ではなく外側の鉄筋部分を念頭においた曖昧な表現でお茶を濁しているわけです。ちょっと酷すぎる「なんちゃって判決」ですよ、これは。よって執行官からの収去命令に対し、弁護団より「それならば」と、この2点について質問が出されました。

 つまり、「建物を収去せよ」ということは、建物への立ち入りを禁止したままではできないではないか(どないせいっちゅうねん!)。つまり立ち入り禁止は解除されているということか?つぎに裁判の争点であった木造建物の存在について、もし存在していればこの判決では収去できないことになる(あらためて審理が必要になる)わけですから、仮に今でも現存していると仮定した場合(本来は裁判で調べておけという話ですが)、命令における「建物」の中に木造家屋は含まれないことになるが、そのへんはっきりしてくれという2点です。

 これに対する執行官の回答はまことに驚くべきものでした。曰く「立ち入り禁止は解除しない。この立ち入り禁止命令は、『敷地に立ち入るな』とは書いてあるが、『壊すな』とは書いてないから、このままでいい」というもので、思わず「ええええええーっ!」って感じですよね。確かに「壊してはいけない」とは書いてないけどさ。屁理屈もいいとこですよね。具体的にどうしろというのか?さらに木造建物(現闘本部の本体)については、「確かに判決文では、木造建物が残っていた場合、これを壊していいのかどうかわからない」と認めた上で、「よって、本命令によって、木造建物を壊すことにする」と、審理もなしに勝手に判決文を書き換えてしまった!最大の争点の一つについて裁判でいっさい審理をおこなわず、判決後の執行でこっそり勝手に「判決」を出してるんですよ!こんなことが信じられますか?これらの文書はすべて反対同盟のサイトで公開されていますので、法律(特に行政法・訴訟法)を学んでいる学生さんは、是非とも目を通してみてください。その上で「無法者」とは誰のことか、よくよく考えてみてください。

◆内田ひろきさんの選挙を一日だけお手伝いさせてもらえた

2011 内田ひろきさん柏市議選初日

 次に7月最終日の31日には、現闘本部破壊攻撃の迫る中で、三里塚「市東さんの農地取り上げに反対する会」の仲間である内田ひろきさんが、地元千葉県の柏市議選に立候補されました。私は初日だけですが、選挙ボランティアとして応援に行ってきました(→画像報告動画ニュース

 全盲の内田さんは、視力を完全に失っていった少年時代に激しいイジメを受け、親を恨み自分の「障害」を悲観するだけの毎日だったそうです。ですが青年時代に、さまざまな「障害」を持つ仲間や、外国人、被差別部落出身者など、自分と同じように差別と抑圧を受ける友人達との出会いで価値観が変わっていき、人の心の傷みに気づく社会を作りたいと前向きに考えることができるようになっていったそうです。やがてそれは「政府から一方的に押しつけられる新自由主義的な『地域主権』でなく、喜びと悲しみが分かち合える『市民主権』を」という形で整理されていきます。

 まさにこの選挙戦のさなかに、天神峰現闘本部の抜き打ち破壊がおこなわれ、この攻防はテレビや新聞でも大きく報道され、ひさびさにマスコミでも三里塚闘争が大きくクローズアップされる事態となりました。また、柏市内は福島原発事故の影響でも放射線量が他地域よりも高く、いわゆるホットスポットも発見されており、各候補がこれにどういう主張を持っているかも注目されました。

 このような中、原発問題にほとんど触れない候補もいる中で、「市東さんの農地取り上げに反対する会」の一員である内田さんは、選挙の最中で自分が三里塚闘争の支持者であることを隠すどころか、ナリタの三里塚空港、そしてフクシマの原発問題の根は一つであり、それは「国策」の貫徹のために住民が犠牲にされていくことだと喝破、「国策と対決するためには三里塚のように闘う必要がある」と、戦闘的な反原発姿勢をしっかりと打ち出していきます。そしてこのような主張のもと見事に当選を勝ち取られたのです!

 天神峰現闘本部破壊のニュースのすぐ後で、地元千葉での勝利はとても重いものです。内田さんの力で、現闘本部破壊攻撃に抗して一つ押し返した!

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 さて、いつのまにか夜中の3時を回りましたので、今宵はここまでにしとうございます。続きはまた。

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