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小説・三里塚 戦後最大の住民闘争、三里塚。実在の開拓農家をモデルに、敗戦、開拓、闘争と、その波乱の道のりを感動で描く。

市東さんの農地取り上げに反対する会

市東さんの農地取り上げに反対する会 親子3代90年も耕してきた農地を、違法に取り上げる動きを見過ごすことができません。

結衣ちゃんは革命家

結衣ちゃんは革命家 誰でも遊べるブラウザゲーム。ヒロインの声は声優さんによるフルボイス。君はエンディングを見ることができるか?

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三里塚勝手連 当コミュは三里塚闘争に共感し、様々な形で農民を応援していきたいと考えている有志の集まりです。

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戦旗派コレクション 20世紀、1970~80年代を駆け抜けた「戦旗派」の写真集。かつての同志たちへ、そして……。

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地球に酷似した惑星見つかる-せっかくの夢をオカルトまがいにしないでほしい

※昨年の12月初旬に書いたミクシィ日記からの逆輸入です。基本的にミクシィとブログでは、なるべく違うことを書くように努力しています。が、最近はちょっと重なりつつあります。頑張ります(汗
———–

ケプラー22
 昨2011年12月5日NASAより、太陽系外にある地球型惑星を探すために2009年に打ち上げた探査機「ケプラー」が、「生命誕生の可能性がある圏内に位置する、極めて地球に似た惑星を初めて発見した」との発表があり、大きな話題になりました。

 この惑星は「ケプラー22b」と名付けられ、半径が地球の約2.4倍で、地球からの距離は約600光年。生命にとって必要不可欠な水が存在する可能性があり、仮に同惑星に地表と大気が存在すれば、気温は摂氏約22度という「非常に快適」な温度になるとか。地球外生命体調査の大きな手掛かりになると期待が寄せられているそうです。(参照記事→CNNロイター

 子供の頃からこの手の宇宙の話やSFは大好きで、こういう話題には胸が踊ります。けど、一部の方のミクシィ日記を読んで思ったことなのですが、やはりオカルトと科学をごっちゃにするようなことはいけないと思います。それは男性で言えば、ポルノ小説と現実の恋愛をごっちゃにして女性を見るような態度です。何百光年先までの恒星間飛行や「ワープ航法」、それを前提とした未知なる生命体とのコンタクトの話は楽しいですが、空想と現実のけじめはつけないといけないと思うんですよ。

 今回のニュースで話題の「ケプラー22b星」は約600光年先にあるそうです。600光年というと、光の速度で600年の距離というのは、今時子供でも知っています。で、この単位に慣れてすぎると「1光年」とか「0.5光年」というと、なんか比較的近いように感じてしまう。光の速度で8分ちょっとの太陽なんてすぐそこだとか(笑)。

 さっぱり実感がわかないので、人類最速の移動手段であるロケットでどのくらいかかるか計算してみました。
 ネットでざっと検索すると、一光年は約9兆4千600億キロだそうです。なら600光年はざっと5京6千760兆キロになる。
 ロケット(スペースシャトル)の速度は27875 km/時だそうだから、66万9千km/日、2億4418万5千km/年。
 これで1光年進むためにはだいたい3万8636年くらいかかる計算になり、600光年先の「ケプラー22b星」を目指すとすれば、片道だけで2324万4671年!往復だとさらにその倍。

 地球上に、直立二足歩行をする猿人が出現してからでも、まだ600~500万年くらいしかたっていない。なのに2300万年ですよ。って、思わず24万4671年も端数扱いしちゃったよ。その「端数」の24万年前でも、まだ現生人類(ホモ・サピエンス)は登場していない。一人の人間にとっては最後の71年でも無理。

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2011 あけましておめでとうございます

あけましておめでとう 新年から不景気な話で申し訳ないですが、今、鬱期なので、とりあえず「生きてます」というご挨拶だけで今回は内容がありません(笑)。少し日本語がおかしくなるかもしれませんが、ご容赦くだされ。年末年始はてっきり休めないかと思っていましたが、大晦日から三日までは休むことができました。んで今日からお仕事でした。ちょっと疲れた。

 こちらのエントリーでお約束していた「東峰現地行動」と「市東さんと語ろう農民シンポジウム」の報告記事については、お正月休みの間に書き溜めておくつもりでおりましたが、結局はひたすら寝倒してすごしました。言い訳ですが、かなり疲れていたと思う。だいたいがまあ、私が「後日書きます」と言ったものは、ほぼ9割の確率でそのまま書かずに終わっているわけですが、この報告記事だけは(もう日にちもたっていることだし)簡単な感想だけにしても書いておきたいなと思っています。

◆昨年は本当にありがとう。そしてごめんなさいでした

 さて、旧年をふりかえってみますに、私生活はともかく、ことネットだの運動だののことになりますと、毎年のことながら、まったくもってわがままに、言いたいことばかり言って、やりたいことばかりやってきたなあと思います。それにもかかわらず、周囲の方からは暖かい目で受け入れていただいて本当に有難いという思いでいっぱいです。誠にありがとうございました。

 ごくたまにですが、私のことを「いい人」だとか、「八方美人」でみんなに気を使っていると勘違いしている方もおられるようなのですが、現実はまったく逆、私はいつも超わがままで、心のままに動いているだけなのです。つきあいたい人とつきあい、言いたいことを言っているだけ。

 わかりやすく、たとえばAさんとBさん(あくまでも「たとえ」ですので具体的に誰かを想像しているわけではありません)がいて、この二人の仲が悪いとしますよね、でも私にはそんなの関係ないわけで、両方とつきあいたければつきあうし、どっちも嫌ならどっちともつきあわない。それだけならまだしも、Aさんと会えばAさんの悪い点とBさんの良い点を指摘してしまう。Bさんと会えばその逆。まさに傍若無人(笑)。私も決してKYではないと自分では思っているので、もちろんそんなに非常識なことは言いませんけれどもね。まあ、その全く逆のことができれば本当の「八方美人」にもなれたと思うのですが。

 そんななかで、私が本当に感謝しているのは、今のところ、上のたとえで言いますと、AさんとBさんの両方が私を受け入れておつきあいしていただいていることです。これは簡単なようでいて、実は難しいことだと思います。自分のほうが相手より正しいと思っている時に、傍若無人に「あんたもここが悪い」とか「相手にも良いところがある」とか言ってくる相手に、自分の意見は意見として冷静に反論しつつ、それでもわけへだてなくつきあってくれる人というのは、そうそういないと思うのです。本当に尊敬すべきことで、有難いことだと思います。まあ、私みたいな変人とつきあえるのが(笑)、そういう尊敬すべき忍耐の持ち主ばかりだという結果でもあるのでしょうが。

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はじけよ団塊世代!「老人文化」をつくっておいてくれ

懐かしい由美かおるさんの看板 先の自転車を買った話に続いて、ブログではなく会員日記のほうに投稿しようかと思ったけど、たまにはブログにも軽いめの話題もいいかと思い、こちら(と mixi )に掲載してみるテストでおます。日記とブログの使い分けって難しいね。ほかにも告知やらニュース紹介やら動画や掲示板とかありますが、ほとんどの人はこれら全部をブログ一本でやっておられるんでしょうね。細かい更新はトップの更新案内にもいちいち載せていませんし、他にもいろいろあるんで、ブログが更新されていなくても、たまにはサイト全体を見て回ってくださいね。

◆「水戸黄門」の世代交代にしみじみ

 さて、ご自身の意向でまもなく「水戸黄門」を降板する由美かおるさんの後継は、雛形あきこさんだそうです。先月末頃に決まったようですが、テレビや芸能ニュースを見ない私は全然知りませんでした。さらに助さん格さんも、それぞれ東幹久さんと的場浩司さんが起用されちまったそうです。じいちゃん世代は由美さんら「去っていく」人にしみじみしていて、マスコミもそういう報道が目立ちますが、私はむしろ新しく「来る人」のほうにしみじみしますね。

 「フーテンの寅さん」および「ドラエモン」と並んで、日本人なら知らない人はいないだろう「水戸黄門」ですが、物心ついたから時から放映していた黄門さんは、子供の頃やはりどうしても「おじさんが見るもの」という印象が強かった。そのメインキャストが、自分の青春時代に人気だったかつてのアイドルと交代していく。これはちょっと感慨無量ですねえ。単に同年代の人だとかではなく、ずっとテレビで見続けてきた方という点が大きい。「あいつももうそんな歳になったか」みたいな。今まであまり考えたことがなかったけど、「そうか、おれもおじさんなのか」と思ってしまう。

 黄門さんが里見浩太朗さんに交代した時は、普通に「里見さんも黄門さんをやる歳になられたか」としか思いませんでした。特に何の感慨もなかった。だからきっと今の20代の方も、その時の私と同じく、今回の配役にしたって、「ふーん」くらいにしか思わないんでしょうね。まあ、そう思っているあなたも、あっというまに私の気持ちがわかる歳になりますよ(笑)。私もそのうち同世代の人が黄門さんをやるようになった時には、おれも老齢に入ったのかとしみじみ思うことになるんでしょうが。
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東トルキスタン(新疆ウイグル)についてー資料編


ウルムチでの機動隊による弾圧
 ご存知のように「新疆ウイグル自治区での暴動」がマスコミで報道されています。今のところ情報は決して充分とはいえませんが、とにかくまず、日本ではほとんど知られていない東トルキスタンについての前提的な基礎知識や認識を、それぞれの論者の間で共有するべきだと思っています。

 しかし運動の初期には仕方がない面があるとは言え、日本語で読めるネット上の情報は今のところどうしても扇情的なものが多いです。そこで左右を問わない冷静な議論の試みの一つとして、多少古いものですが評論家で右翼活動家の三浦小太郎さんがあえて左派系の掲示板である「四トロ掲示板」に投稿された講演抄録をここにも再録しておきたいと思います。三浦さんの講演録は非常にコンパクトにまとまっていますし、扇情的にならずに、東トルキスタンの歴史を概括しておられます。それを知識として学ぶことについては謙虚であっていいと思うのです。

 なお、この講演録では、前半が東トルキスタンをめぐる客観的な歴史的経緯、後半に進むにつれてそれに対する三浦さんの意見という流れになっています。収録にあたっては、この三浦さんの見解に対して同掲示板によせられた左派側の意見も収録しました。同時に本サイト内の「カゲキ派への100の質問」からも一部を転載しておきます。これらをあわせて読むことによって、(まともな)左右の人々が共に「東トルキスタンの人々の平安と中国の圧制に対する抗議」という目的と善意を共有しながらも、どこで意見が分かれるのかがよくご理解していただけると思います。

 このエントリーが「反中国」や「嫌中」、あるいは「漢民族 vs ウイグル人」のような偏狭なナショナリズムや民族的偏見ではなく、本来の核心問題である人権・人道の問題としての幅広いウイグル人への支援や問題への理解に役立ち、またそのための議論のきっかけとなることを願っています。

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東トルキスタン独立記念日とは 投稿者:三浦小太郎 投稿日: 2006年 4月 6日(木)18時29分36秒

ここが相応しいかどうか分からんのですが、東トルキスタン問題(新疆ウイグル)について、左派の方々にもお考えいただければと思い、拙文を紹介します。現在の東トルキスタン亡命政府や独立運動には様々な問題もあると思いますし、また最近ちょっと扇情的過ぎる報道が多い気がしますので、まあ私としては冷静に語ってみたつもりです。
「諸君!」06年5月号に、尊敬する水谷尚子氏の、独立運動家ラビア・カデイールへの優れたインタビューが載っています。こちらも手にとってみる事をおすすめします
(本稿は11月12日、13日、大阪、東京で行われた東トルキスタン独立記念式典にて講演した内容を抄録したものです)

◆盛世才による新疆支配

盛世才 本日は、通常日本では「新疆ウイグル」といわれております、東トルキスタンの独立記念日を祝う集会にお越しいただきありがとうございました。日本でこのような集会が行われるのは多分初めてのことと思います。本日は、東トルキスタン共和国の独立とはどのような経緯で生じたものなのか、その歴史的意味合いとは何なのかについて、私なりに簡単に述べてみたいと思います。なお、この問題、また中国の民族問題についてより詳しくお知りになりたい方は、毛里和子著『周縁からの中国』(東京大学出版会)を是非お読みください。最も公正な学問的著作であると思います。なお、本日はいまだに一般的である新疆という言葉を便宜上地域名として使わせていただきます。

 1933年、新疆地域は、盛世才といういわゆる軍閥がクーデターを行い、政治的に支配しておりました。盛世才は政治的には親ソ・新中国共産党の政策を採り、同時に中華民国政権とは独立した勢力を築こうとしていたのです。実際、ソ連もこの地域に親ソ政権ができれば中国に対して圧力をかけられるわけですから、経済的にも軍事的にも積極的な援助を行いました。多くのウイグル人、カザフ人がこの時期からソ連に留学していること、ソ連の影響の強いエリート層が作られていたことは、今後の新疆の運命に大きな影響を及ぼすことになります。

 しかし独ソ戦が勃発し、ソ連が当初のドイツの電撃戦の前に敗北の一歩手前まで追い詰められると、盛世才は直ちにソ連を見捨て、それまでは国内で活動を許していた中国共産党員をも逮捕し、さらには外交官以外のソ連人を全員国外追放し、急遽姿勢を転換して蒋介石の国民党との接近を図ります。1943年1月から国民党の大軍が駐屯し、約10万人の兵士が新疆に駐留しますが、軍隊というのは生産をする機関ではありませんし、もともと経済的に豊かなわけではなく、農業、牧畜などの平和な生活を営んできた新疆にはあまりに重い経済的負担がかかるようになりました。ウイグル人、カザフ人は、労役や挑発に苦しみ、ソ連との貿易の停止がさらに経済に打撃を与えます。しかも、誇り高き遊牧民から1万頭もの軍馬を徴発するなどの、各民族の精神を踏みにじる行為が続発しました。

 しかし、ここまで其の時其の時のマキャベリズムだけで同盟関係を変えるような政治家は結局信頼されないのですね。盛世才と国民党との間には次第に対立が生じ、国民党は軍事的圧力の元結局1944年8月に盛を免職し、無理やり重慶に連れ去ります。新疆がこのような政治的混乱の只中にあったときに、東トルキスタン独立への民衆運動、そして各国の干渉が起こったのでした。

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万博と月の石

 ここんとこ休日出勤ばかりだったのがやっとこさ久しぶりに今日は休みです。勤務時間も4種類が混在して12時間以上が当たり前なので、今日が何曜日かもわからないっすが、仕事があるだけ幸せ・・・とか思い込まされて、ますます立場が弱くなるという(悲

 その休みも一日だけなので、今のうちに何をしようかなあと考える貧乏性ですが、もう今日はぐうたら体を休めようと決めました。そうせんともたんしね。で、いかにもお金のかかっていないテレビのバラエティ番組なんぞ見るともなく眺めていたら、天童よしみさんが「大阪人の忘れられない日」として、「月の石が大阪にやってきた日」をあげていたので、とても懐かしくて笑ってしまいました。

 もちろん大阪万博のアメリカ館に、アポロ11号が持ち帰った月の石が展示されていたことを指しているわけですが、当時、まだ小学校にあがるかあがらないかの子供だった私にとって、万博そのものよりも「月の石がくる!」ということのほうが、はるかに興奮することだったわけです。これは私だけかなあと思っていたのですが、あとで検索してみると、いろんな方が月の石にまつわる当時の思いを熱く語っておられる。天童よしみさんからしてそうなんですからね。なにしろアポロ11号が初めて月面に着陸したのは深夜か早朝かだった記憶があるのですが、その瞬間はどんな小さな子供でも起きていられる限りはテレビの前にいることを許され、まあ一種の大晦日かお正月のようなお祭り騒ぎだったことをかすかに覚えています。

 子供がいる京都の家庭であった我が家としても、当然に万博に連れて行かないですますわけにはいきません。入場チケットも手に入れ、その日を指折り数えて待ちました。企業系を中心として各パビリオンの集客パンフもあちこちで手に入りましたし、「少年マガジン」の巻頭カラー特集などを切り抜き、自分なりに「こことここは絶対に行きたい」などと夢想してわくわくしました。確か、アメリカ館のほかには三菱未来館に行きたいと言っていたような気がします。太陽の塔の中にもぜひ入りたかったけれど、ここは普段は公開されていないようなので半分はあきらめていました。

で、とうとうその日がきた!「迷子ワッペン」をつけていざ、人ごみの中へ。
めざすはひたすらアメリカ館の月の石・・・と思いきや。

 とにかくアメリカ館は月の石効果で大人気でして、中に入るだけで3時間待ちの状態。そういう行列に並ぶのを両親が嫌がったみたいなんですよね。それでアメリカ館に行きたいという私が「似たようなもんだからここで我慢しとけ」とばかりに連れて行かれたのがソ連館でした(笑)。ソユーズ宇宙船の現物などが展示されていまして、一応は間近でそういうものが見られるんですが、「ほらほら、宇宙船だよ」と言われた私は「小さい子供をうまくなだめようとしているな」と思いました。

 ソ連館はなんかアメリカ館の混雑にくらべてガラガラだったような記憶があります。入ると吹き抜けの頭上に巨大なスクリーンが設置されていまして、髭で禿頭のおっさんが何やら演説している白黒映像が私を見下ろしていました。このおっさんがレーニンだったと気がつくのはずっと後年のことであります。ただ、意味はさっぱりわからんが、自分の国の歴史を紹介しているのだなということはわかりました。それはともかくですが、いくら親が「ほらほら」と盛り上げようとしても、見慣れないソユーズ宇宙船などにはさっぱり興味がもてなかった。やっぱりテレビで見慣れたアポロの月着陸船が見たかったですね。

 その後もなんだか比較的人気がなくて、あまり並ばずに入れるところばかりを適当にまわったようです。もちろん三菱館など、私があらかじめピックアップしたところには一つもいきません。覚えているのは「フジパン館」だったと思うのですが、ただ手が上下するだけの「スタンプロボ」に来館記念スタンプを押してもらったこと、松下館でタンスかロッカーみたいな大きさのテレビ電話と「人間洗濯機」を見たこと。父がコンパニオンのお姉さんに「これなんぼ?」とテレビ電話の値段を尋ねたら「10万円です」とお姉さんが答えていたこと。今の感覚なら50万くらいかな。「買おか?」と母に冗談まじりに言ってましたが、自分だけ持っていても仕方ないって(笑)。それから「ケベック館」でしたかね、外観が丸太を組んだような形になっていて、中に入ると椅子なども全部丸太型だった。ほんでその丸太の椅子に座って映画を見せられるのですが、その映画も子供の目にはただひたすら材木を切り出して丸太にしているだけの映画でした。

 そうこうしているうちに夜になりまして、とにかく月の石を見られなかったのががっかりでしたが、最後にエキスポランドのダイダラザウルスに乗れたので、まあよしとしようと自分を納得させました。当時のダイダラザウルスはコース別に5種類くらいあったと思うのですが、そのうちで一番すいている(あんまり怖くないコース)で待ち時間が40分くらいだったでしょうか、最後にこれだけは両親も我慢して並んでくれたのです。なので、両親も子供に気をつかってくれているんだなあと、これ以上は文句言えないかなと。事前の期待があまりにも大きすぎたんですよね。

 今回、いろいろと検索してみて、見覚えある光景に懐かしさがあったとともに、かなり記憶と実際が違っていることにも気がつきました。子供だったとは言え、「体験者の証言」って細かいところではあてにならないもんですね(笑)。それと、建物にしろ印刷物やその他の記念品などにしろ、そのデザインのユニークさや美しさに驚きました(参考:大阪万博記念写真館)。時代の匂いはするものの、全体として今のものよりずっといい。人間の(つか日本人の)センスってどんどん画一化されて退歩しているんかしら?太陽の塔の中と、月の石は今でもみたいですね。それと、子供って、案外大人の顔色をみているんですよねー。

※書き終わってからいろいろ検索して見つけた記憶違い
1)ソ連館はそれなりに人気でガラガラではなかったようです(でもすぐに入れたような記憶があるんだがなあ)
2)人間洗濯機とテレビ電話があったのは松下館ではなく三洋館
3)ケベック館だったと思っていたのはブリティッシュ・コロンビア館。でもなんでケベック館なんてものがあったのを記憶しているのだろう?

今週の他サイトへの投稿

素敵な仲間◆非国民通信様 「民主党にもリセットボタンはあるようです」への投稿

民主党支持者の3分の1くらいは自民党に見切りをつけて流れてきた人でしょ。ちょっとしたことで自民に帰っちゃう。
実際、自民にかえっていた部分が、また民主に戻ってきただけ。この人らは元来が「反自民」じゃないんですよ。だから私たちとは全然感覚が違うし、民主党に求めるものや批判的する部分も違う。でも、この部分が総選挙での勝敗の行方を決するんでしょうね。
(2009-05-19)



◆農家便り様  「悲しい」への投稿

 何と申しましょうか勝手に「脱落派」代表みたいな書き方をされるのは心外というか、「脱落派(旧熱田派系)」の人も前回の全国集会には何人も来ていますよ。今後もそういう人は増えていくと思うし、それは「白さん」への批判と関係なく両立するものです。その「支離滅裂な白さん」への批判は当人たちに向かって行うものだと思いますし、私はそうしています。まるでネトウヨが左派系サイトを巡回して何の脈絡もなく「北朝鮮はどうした」と書くみたいなことはやめるべきだと思います。
人様のサイトのコメント欄で論争になってしまっては迷惑なだけなのであまり書きませんが、鈴木さんに何をどうしてほしいのですか。「白さん」への批判にしても、三里塚闘争の進め方や闘いの団結をめぐって建設的になされてこそ初めて意義があると思います。その上で今も現地で闘い続けている農民への、あなたなりの提起や要望をすればいいのではありませんか?それでこそあなたの「白さん」への批判は力を持つと思いますよ。これでは単なるあてこすりにしか見えません。
(2009-05-22)


◆TAMO2ちんの日常様 「人権の不可能性」への投稿

 私は出所して日が浅い人が、服役した犯罪と同種の犯罪で捕まったという報道を見ますと、どうしても「刑務所は何をしていたんだ!」と思ってしまう人なんですが、それではいけませんか?(笑
 以前に読売新聞で、刑務所では出所後の生活や社会復帰に向けての準備や教育、カウンセリングなど何もなされていないという記事があり、ああやっぱりねと思いました。その記事では特に再犯率が高いとされている性犯罪者の社会復帰対策の無策を槍玉にあげていましたが、私もそう思います。
以前の私は、犯罪者の社会復帰というのは、きっと偉い人たちが大勢でいろいろと考えているのだろうと思っていたのですが、読売の記事では「刑務所では、ただ時間がすぎるのを待つだけの毎日だった」という再犯者(性犯罪者)のインタビューを読んで、そこまで言われるとちょっとショックでした。そこにもってきて、鳩山法相(当時)の「刑務所が快適で懲らしめにならないから問題だ」という趣旨の発言を聞いて、その程度の浅い認識の法相では再犯者は減らんやろと絶望しました。
 刑法学でも逮捕するまでとか判決までの分野は人気もあって研究者も多いですが、監獄法など判決後の分野にはほとんど研究者がいない。泥棒でもスリでもカッパライでも喧嘩でも、全員死刑か終身刑というなら別ですが、有期刑というものがある以上、ちょっと本気で考えないといかんのではないでしょうか。
(2009/5/22)


◆枕元の計算用紙様 「アナログテレビの活用法」への投稿

 うちはチューナーつけて臨終されるまで使いきってあげようかと思ってます。
 そうかもうテレビ見るのやめようかな。その場合はこの巨大な箱の置き場所を確保するほどの価値があるような利用法を思いつかない。
(2009-05-24)


◆ユニオン・エクスタシー様 「遊んでないで真面目に仕事を探せ」への投稿

コンセント使うなって・・・(笑
あまりにセコい。そのうち「水飲むな」とか言い出したりして(爆笑
つーか、単にストの「違法感」を演出するために、無い知恵しぼったのがミエミエで気の毒なくらいですね。
首にした労組員と理性的に話し合いをすることもなく、問答無用で部外者扱いするなど、今の法律でさえ許されないことです。争議行為中に「電気をつけるな」などと屁理屈が通ったらこの世は闇です。
そもそも自分たちの乱暴な行為をこんな稚拙な印象操作で相殺できるとでも考えているのでしょうか?他にもっと説得力のあるアイデアはなかったのしらん。
(2009-05-24)


◆レッドモール党様 四トロ同窓会三次会への投稿

三浦小太郎さんへのお返事です。

 亡くなられたのですか。
 と言っても滝平さんのことは何も知らなかったし「八郎」や「ベロ出しチョンマ」の切り絵の人という認識しかなかったのですが、その作品は今も心に強く残っています。
 特に私や三浦さんの世代は小学校の頃から親しんできた人ですよね。もちろんそれ以外の世代の人もそうでしょうが。
 エピゴーネンと言っては失礼にあたると思いますが、私や三浦さんの中学時代前後には滝平さんの作風に影響を受けた(?)作品もよく見かけたような気がしていますが、そんなことはないですかね。私は記憶の中で「オイノコは夜明けにほえる」も“あの人の挿絵”だったような気がしていたのですが、あらためて見直してみたら全然違いました。人の記憶なんてあてにならんもんだなあと思いました。
 「八郎」は小さい頃に何度も何度も読みました。「ベロ出しチョンマ」もよく憶えています。本人のことは知らなくても、あるいは亡くなられても、今後も作品は永く生き続けていくのでしょうね。ご冥福を祈りいたします。
(2009年 5月24日)

2008 謹賀新年 貧乏人が貧乏のまま幸せになれる年へ!

あけましておめでとう! みなさま、あけましておめでとうございます。
 旧年中は旗旗を御利用いただき、大変にありがとうございました。

 毎年そうですが、2007年も多くのご縁をいただき、多くのみなさんに助けていただき、なんとかここまでくることができたと思います。

 今はなんとなく人が大切にされない時代のように思います。人の存在はすべて統計上の数字に還元されていきます。そこには一人一人の人生があるというのに。そこに思いいたる人々の想像力も減退し続けています。
 そうだからこそ、今年も人との出会いを大切にしたいと思います。誰かに出会ったとき、それを「敵か味方か」「損か得か」でわけたくないですよね。

 政治的に右か左かなんてことは、その次の問題だと思うのです。人が食べるものも住む家もなくて寒空に震えていたり、他国の軍隊に踏みにじられて爆弾や銃で殺されていたり、あるいはそこまでいかなくても、たとえばごく普通の市民が素朴な善意や正義感で開設したブログやサイトが心無い人に荒されていたり、そういう理不尽な事態を見聞きして、怒ったりなんとかしたいと思うことは「政治運動」ではありません。人間としての最低限の良心の発露です。そういう心情を非難することは誰にもできないはずです。

 政治姿勢の左右なんてものは、その次の段階です。「では具体的にどうすれば、寒空に震えている人や理不尽に殺されていく人を救うことができるのか」という考えをすすめていくなかで、はじめて左右がわかれてくるのです。だから、こういう人々のことなんて「ほおっておけばよいのだ」という意見は、政治的な左右の違い以前の問題なのです。こういう暴論や人々の無関心とこそ、私たちは今後とも一致して闘っていかなくてはなりません。

 こんな問題にもならない暴論が幅をきかせる、人間が大切にされない社会では、人との出会いや「縁」が大切にされません。人々の間の「縁」が次々と切れていきます。それこそが新自由主義やネオリベ、グローバリズムの思い描く「理想の社会」です

 たとえば釜ケ崎などの日雇い労働者の街も、かつては貧しいながらも家族が肩をよせあって暮らす、ちょうど落語の貧乏長屋のような時代もあったと言います。それがいつしか資本の使い捨て労働力として便利な、単身の男性下層労働者がドヤと呼ばれる簡易宿泊所で暮らす街になりました。それも今や住人が高齢化し、福祉の負担が増えてくると住民票を取り上げ、極寒の寒空に野宿者のテントを破壊して「早く死ね!」と言わんばかりの殺人行政がまかり通っています。さらに信じがたいことに、こういう非道な人殺し行政を支持するような人までいると聞きます。

 釜ケ崎などの日雇い労働者の街が、こうした高齢化による衰退や縮小に向かっているのは、何も社会が豊かになったからではありません。資本主導の「労働ビックバン」以来、労働者がバラバラにされ、抵抗の手段を奪われ、かってのカッコ付「左翼」がそれと妥協・屈服して体制内化しています。その中で生まれてきたのが「ワーキングプア」や「格差(=差別)社会」「ネットカフェ難民」などの問題です。
 つまりかつての釜ケ崎などでおこってきたことが社会全体でくり返されているのです。日本中が釜ケ崎化している。だから特別に釜ケ崎のような街や、今まで日本を支えてきた日雇い労働者が資本にとって不要となり、その利害を代弁する行政から「死ね!」と言われているわけです。

 いえ、それは「日本中」に限りません。グローバリズムの波の中で、それは世界中に広がっています。グローバリズムの洗礼を受けた国では、今までごく普通に暮らしていたその国の人々が、均一の資本主義イデオロギーの元で「貧乏人」の烙印をおされて不幸になっていきます。
 つまり昔の釜ケ崎のように「貧乏長屋」から「ドヤ街」への流れが、全世界ですすんでいます。お金だけが基準で人々が差別されていく層の薄い単一イデオロギーの社会では、お金の無い貧乏人が幸せになることは難しい。それが「縁」のない社会です

 「縁」とは、何かしら超自然的なものや宗教的なものではなく、人間が社会的な諸関係の中でつくりだしていくものです。私たちはこういう新自由主義やネオリベの資本主義イデオロギーに対抗しうるような、「縁」を大切にする豊かな文化を対置していかなくてはならないと思います。たとえば「釜パトの会」のような野宿労働者(マスコミ用語でホームレス)支援・連帯の運動の中に、人間が本来持っている無限の可能性、隣人への慈しみや仲間同士の助け合い、理不尽な仕打ちへの人間的な怒り、そしてそれを文化や生き方にまで高めていく萌芽のようなものを見ることができます。

 と、言いつつ、自分の生活の厳しさや忙しさを言い訳に、メールなどの返信もなかなかできていない私です。本当にすみません。いつも大変にありがたく思っています。大晦日まで仕事で正月休みもろくにありませんでしたが、社会人が忙しいのは当たり前なので、そんなことを言い訳にしないようにしなくてはと頭では理解しております。でも、仕事から帰ると体が鉛のように重くてなかなか体が言うことを聞いてくれません。

 とりあえず、サーバーを引っ越して以来、うまく動かなくて削除した「ショップ旗旗」の復活を最優先でとりくんでいます。続けてリクエストをいただいたものですから。

それでは、本年も見捨てずにゆるゆると気長に見守って下さい。よろしく御願いします。

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左翼だって「面白いこと」がしたい!

(当サイトのムービーコーナーと、某巨大SNSサイトの日記に掲載したものですが、思いのほか反響をいただいたので、加筆訂正の上、こちらにもあげておくことにします)

「驚異的人数でハレ晴レユカイを踊るoff in 秋葉原」(YouTubeより)

 2007年4月8日、秋葉原中央通りにて。タイトル通りの内容ですが、「こいつらなんなんだ!いったい 何の真似だ?」と思ったおじさん達はこちらをご覧下さい。とりあえず、この「ハレ晴レユカイダンス」が一部で流行っておるとご理解くださればよろしいかと。

 で、この映像の一番面白いところは、解散させようとやってきた警官の姿が見えたとたん、全員が(文字通り)蜘蛛の子を散らすように四方八方にザーッ!と逃げていくところです(笑

 本当に大笑いしてしまいました。その場にポツンと残された警官の後姿が情けない。インターネットを使って集まった仲間たちが、ゲリラ的に一瞬で集結して一瞬で解散、そしてまた近所の別の場所に集結という感じらしいです。ちゃんと事前に打ち合わせ(練習)までしてる。政治とは全く関係ない「面白イベント」なんですが、こんな「戦術」もありかもね。むしろ私にむいてるよ、このやり方(笑

 おそらく今も左翼やっている人の99%は、単なる「オタクのおバカイベント」で片付けるでしょうが、考えてみれば、私よりちょっと上の時代には、政治闘争をやっている若者以外にも、街頭に出てこういう「おバカ」なパフォーマンスをする若者が山ほどいたのです。その一部は重なったりしていましたし、要するにエネルギーに溢れていたのです。私の学生時代の若者はすっかり大人しくなってそのエネルギーは内にこもり、すこしばかり流行っていたのは「新・新興宗教」くらいという有様だったから、むしろこういうエネルギーを見ると羨ましく思えるのです。

別の角度から撮ったもの←こちらのほうが状況がわかりやすい。呆然と立ちすくむお巡りさんの後姿が笑いを誘う
場所を変えて最後まで踊りきった時のバージョン
事前の打ち合わせ(練習)風景
秋葉原駅前編 / ヨドバシカメラ前編 / 大阪日本橋編

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「エホバの証人(ものみの塔)」の人たち

「めざめよ!」エホバの証人の刊行物の一つ 都知事選の総括めいた文章を書く書くといいながら、毎日の忙しさにかまけているうちに日がたってしまいました。先日の文章だけだと、問題の半分にもならないし、いらない誤解を(特に共産党系の方から)受けかねませんので急がねばとは思っていますが、なかなかまとまった文章を書けません。

 そこで今日はちょっと箸休めとして、先日に某SNSサイトに掲載した日記を転載しておきます。これもまとまった文章が書けない間に、日常の雑文として書いたものですが、意外とたくさんのコメントをいただいたものです。

 で、ここからその転載になるわけなんですが、先日「 ものみの塔(エホバの証人)」の人達が家に訪問してこられたわけですよ。このあたりにも定期的に巡回しておられます。私は彼らについて語るべき何らの知識をもっていませんが、私の周囲でも彼らをよく見かけます。おおむね底抜けに善良な印象なので、私は彼らのことが嫌いではありません。よく、アムネスティの救援者リストに名前をみかけたりもするのですが、特に政治的な意見を表明してるわけではなく、徹底的な非暴力主義であり、なおかつ既存の大宗教がしてきたような、教義を政府の方針と妥協させるということをいっさいしないので、軍事的な独裁政権下では、信者がしばしば弾圧の対象になってしまうわけです。

 こういう善良な人々と会話することは、ギスギスした住みにくい世の中で暮らしている自分には、むしろほっとするひと時なのであります。「自分だけは損をしないぞ」と思って身構えて暮らしている人々や、揚げ足とられないように先の先まで読んでからでないと書き込めないようなネット上の掲示板などになれていますと、こういう無防備な普通の人々が本当に貴重に思えてしまいます。私自身が結構無防備なんで、同じオーラを感じてしまうのかもしれません。おそらく、こういう集団に参加してその雰囲気に染まってしまいますと、ものすごく居心地がよくて、もうそこから抜け出して外で暮らすことなんてできなくなるだろうなというのは私にも容易に想像がつきます。

 彼らは新興宗教によく見られるような、しつこい勧誘をしません。どこにでも出てきて、家庭にも訪問してきますが、ただ自分たちの自己紹介をし、「読んでいただけますか?」とたずねて、同意があった場合にのみ刊行物を置いて立ち去ります。それ以外に何の要求も要請もしませんので、ほぼ1分とかかりません。特に迷惑というわけでもなく、私はいつも笑顔で応対して、刊行物も受け取っています。

 彼らと同じ生活をする気はなくとも、その「善良なオーラ」に接し、何もきがまえる必要なく会話できるというのは、現代社会においては悲しいことにそれだけで癒されるひと時なのです。そんな時には自分が近所の人や職場の同僚と会話する時でさえ、心のどこかで多少はきがまえて会話していることに気がつきます。本当に悲しいことです

 ところが、せっかくもらったのだから、一応は読んであげようと思っていつも手に取るのですが、だいたい途中で挫折してしまいます。一言で言って「つまらない」のです。お世辞にも、次が読みたいからまた来てくれないかなとは思えません。インターネットの現状や若者の風俗、さらには愛知万博など、テーマ自体はそれなりに興味のある話題をとりあげていて、これについてどういう見解を示しているのかなと思って読むんですが、最後まで読むのが苦痛になるのです。

 なんでこんなにつまらないのかと思うのですが、要するに論証というか、理由付けが全くないのですね。いくら宗教といえども、そのへんは「なぜ自分たちが正しいか」とか「なにゆえに今この信仰が必要なのか」ということが多少は書かれているものです。そういうのが全然なくて、ただ「聖書にはこう書かれている」ということしかないのです。

 おそらく、宗教に興味のある方なら、いろいろと突っ込みどころというか、「それは違うぞ」みたいに興味をもって考察できる点もあるのでしょうが、私のような無宗教(というよりは単にいい加減な不信心者ですね。無宗教も一つの宗教ですから)にとっては、「ああそうなんですか」以外に何も言いようがありません。文字通り信じるか信じないかの「宗教的」な世界なのです。

 私は宗教についてはむしろ好意的にみています。一つくらいは自分の信じる宗教があってもいいかなとさえ思います。だけど申し訳ないが、興味がひかれなかったり、心が動かないものは仕方がないと思います。きっとその宗教と自分には縁がないのだと思います。無理に信者の集まりに勧誘されて、天上ではなく地上の人間の集まりに心引かれて参加し、そこに染まっていくのは、宗教への帰依とはちょっと違う気がするのですよ。新興宗教の組織的な勧誘に対する疑問はそこにありますね。

しかし考えてみたのですが

○一人一人は動機において善良で献身的な良い人ばかりである
○刊行物の内容がおそろしくつまらない
○おつきあいするのは楽しいが、その仲間になろうとは思えない
○存在してくれるのはいいけど、増えすぎるのも困る


これって左翼組織の人々と同じかも(笑

リビング新聞と階級闘争

家計はどこへ●はじめに(言い訳)

 実質一年半ぶりの「左翼的発想の研究」カテゴリーへの記事投稿であります。実は今、私の職場では、「サンケイリビング新聞」の「家計簿診断」というコーナーが、ちょっとしたブームになっております。で、今回のエントリーは、私の職場の「パートのおばちゃん」達が、リビング新聞を読みながら大きな声で話していた内容を、左翼的に翻訳してみようという試みであります。さらに、その文章形式を、2ちゃんねるで一般に『吉牛コピペ』とか『小一時間問い詰めたい』とか呼ばれているテンプレートに当てはめて作りました(これが一番しっくりきたので)。よって今回は多少下品であり、とりわけ文中の登場人物に対して非常に失礼な表現が多様されておりますことをご了承ください。と、あらかじめお断り&言い訳しておきます。(_ _(–;(_ _(–; ペコペコ

●本文ここから

そんな事より1よ、ちょいと聞いてくれよ。スレとあんま関係ないけどさ。
「リビング新聞」って知ってる?サンケイが出してるフリーペーバーなんだけどさ、そこに「家計診断」っていう相談コーナーがあるわけよ、で、このあいだ、それを読んでみたんです。
そしたらなんか、毎回、新聞を破って踏みつけたいようなアホな「相談」が一杯あるんです。
で、先日読んだやつには、夫月収60万、妻月収25万、子供二人の夫婦からの相談で、必要なものを買うとお金が残らないので「どうすれば貯金ができるようになるでしょうか?」とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。

お前らな、月収が85万円ないと買えない「必要なもの」っていったい何なんだよ、ボケが。
世の中には、その「妻月収」の25万以下の収入で、一家4人が立派に生活している家なんて普通にあるんだよ。15万とか18万とかで暮らしている家だって、ちっとも珍しくなんてないんだよ。そんな家でも、将来の子供の教育費とか言って、ちゃんと毎月コツコツ貯金してたりしてるんだよ。
サンケイ側の相談員も相談員で、こんなアホな質問に「資産運用という観点が必要です」とか言いながら、大真面目に答えてやんの。おめでてーな。
そんなに貯金したけりゃ、「妻月収25万」だけで生活して、「夫月収60万」を全額貯金すればいいじゃねえか。相談の回答、一行で終わりだよ。

また、別の日の相談には、夫月収80万円の妻から「老後を考えると将来が不安です」とか書いてあるんです。
もう死ねと。夫が月に80万稼いでも遣り繰りできないような人に、どんなアドバイスしても無駄だろうと。もう諦めて野たれ死んでしまえと。

で、たまにはまともそうな相談もあるんです。夫月収15万、妻月収10万で、妻が出産のために一時的に仕事を辞める予定だから家計が心配とかね。これなら理解できる。相談したい気持ちもわかる・・・とか思っていたら、この夫婦、夫のこづかいが月5千円なのに、自動車の維持費関係で月に3万も使っているんです。生命保険にも月2万5千も使っている。
お前ら実は、「家計が苦しい」つーよりは、下層労働者階級なのに「中流」のふりをしたい、自分が「中流」だと思い込みたいだけじゃないのか、と問い詰めたい。
小1時間問い詰めたい。

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